あけおめ
ああいったパーティーは性に合わず、何よりもJTFや市民軍の上に立つ存在だったので俺がいると周囲を気まずくさせてしまう。仲間のエージェントに対してもそうだった。結局のところ、俺は第二波のエージェントだった。若さや経験となれば、俺に並ぶ人はそうそうにいなかった。
ため息をつき、ロリポップを咥えて舐める。これで口の中に広がっている酸っぱさが消えるかもしれない。
今の気分だと、皆が察してしまってせっかくのお祝いムードが台無しになる。まだ仕事は終わっていない以上、完全に気を緩めていない。それにただサンクトゥムタワーを眺めているわけにもいかない。
ISACはまだ理事を追っている。もうエージェントではない、これ以上のことはしなくていいと何度も自分に言い聞かせてはいるが、感覚が腹の奥底と手にはっきりと感じられる。本能と経験がこう告げている──また問題を起こす前に理事を対処しなければならないと。
だが…
「先生。」と後ろから聞き覚えのある声がすれば、軽く頭を下げるスズミがいた。「こんにちは。」
“やあ。”
笑顔で返す。
“手を貸してくれてありがとう。本当に助かった。”
「そこまでのことは…」と俺の横に来たスズミはロリポップを見つめていた。「戦車のほとんどが砂漠にいたゲヘナとアビドスへと向かい、そして風紀委員長のおかげで特に苦戦することもなく終わりました。それに先生を見つけた時も、僅かに残っていた敵は全てヒビキさんが倒してくれました。」
“君がいただけでも充分に助かった。”
笑顔でそう返すとスズミは眉をひそめて目を細める。俺は肩を落し、 責に身構える。
「先生、ユウカさんからも既に伝えられたとは思いますが、危険なことをなさる場合は一言だけでもいいですので、必ず私たちにお伝えください。」どこか、スズミの目つきは柔らかくなっていた。「それだけ先生が強いということは皆さんも承知しています。ですが私たちもシャーレの生徒として、そしてそれぞれの学園に通う生徒として、責任があります。誰も傷ついた先生の姿を見たくありません。」
“その言葉、そっくりそのままトリニティの走る閃光弾にも返すぞ。”
スズミが目を大きく見開くと、赤くなった顔を翼で隠す。
“ただ、偽善だとしても俺みたいな大人にそう言ってくれるだけでも俺よりも偉いぞ。”
「うぅ~…」と顔を隠そうとするスズミ。「そこにはあまり気付かれたくなかったのですが…」
“後よりも今気付いた方がいいからな。”
ため息混じりに答え、賑やかな場所を見る。
“皆疲れているようだ。”
「"疲れた"だけで済んだのが奇跡でした。」と感心したような眼差しを向けられて、俺は困惑する。「カイザーのような大軍と相手にするのは…容易なことではありませんし、開けた場所となれば尚更です。先生は覆面水着団を支援するファウストの計画を見抜き、逆に利用することで敵を一か所に集め、その結果ゲヘナが突入し、対策委員会の援護を可能にして、ヘルメット団が撤退した隙に残った敵を一掃して撤退へと追い込みました。またその間に、他の部隊は先生がいる場所へと向かい、便利屋68による主要インフラの破壊の成功に繋がり、先生が敵部隊と交戦したことで出来た隙を私たちが突き、包囲からの撃破が出来ました。ハイリスクな作戦ではありましたが、敵の部隊を分断したことで攻略が容易になりました。」
興奮気味にそう説明され、俺は片眉を上げる。
“そうだ。分断し、欺かせることで撃破した。戦闘ではある二つの要素が重要だ。指揮系統と補給体制だ。戦闘中に補給拠点が破壊されたことで、カイザーは補給と通信手段を失い、攻撃…いや、俺が自衛したことで──”
どこか、スズミは信じられないといった様子だった。
“指揮系統は引き剝がされ、兵士達は上官共々撤退し、これから始まる嫌な調査からも逃げるしかなかった。”
カイザーの不正行為の証拠は既にリンに送ってある。なんとかしてくれるはずだ。
「そうなんですね。」と俺が途方に暮れている時と同じトーンでスズミは言う。
軽く笑い、俺は彼女の髪に手を当てて、軽く撫でる。
“それについては大丈夫だ。俺はあとですぐに行く。”
そう言ってロリポップを噛み砕く。
“少し電話をしないといけない。”
ため息をつき、スズミは頭を振る。「分かりました。ですがあまり待たせない方がいいかと。そろそろ風紀委員会は帰るようですし、私たちも先生が出す解散をお待ちしておりますので。」
“分かった分かった。”
視線をサンクトゥムタワーに戻す。
“すぐに行くから。”
次第に足音が小さくなり、完全に聞こえなくなったら、ため息を吐く。
“もう帰っていいぞ。”
そう呼びかけると、直後に足を鳴らす音がした。
「うぇ~見つかっちゃった~」とホシノが俺の隣へと歩き、アビドスを見やる。「もしかして超能力でも使って見つけたタイプ?」
“それがあったら苦労はしないけどな。”
キーナーのローグやハンターの正体を掴むのがどんなに楽になったことか。
“で、何でホシノはここに?”
「怪しいことしてないかの確認。」とホシノはいたずらっぽく笑う。「前も、目を離したらいつの間にか敵のど真ん中にいたしね。」
“俺を尾行するつもりだったのか?”
面白おかしくそう呟く。
“それはちょっとやりすぎだ。”
「そうかな?」と俺の方を向くが、表情にも声にも一切の面白みが出ていなかった。「ここに来た時から、先生は不良を追い出すのに手伝ってくれて、怪我をしてでもセリカちゃんを助けて、情報を集めてくれて…お金もだね。ビナーを倒して、銀行強盗をして、そのお金でカイザーPMCから土地を買って、アビドスに返してくれた…ほら。」とホシノは商店街の方へと指差す。
エージェントとして、努力が実を結ぶ瞬間を見ることはほぼほぼなかった。場所を転々としなければならなかったからだった。グループ間の和平交渉や都市の開放、道端での人助け等──時々戻って確認することもあったが、長くは留まらなかった。
だが今は…その時が見れる。変化だ──商店街は人でごった返し、笑顔で買い物をしたり、掃除をしたり、写真を撮っている。校門を覗く人の姿も見え、俺とホシノを見つけて手を振ってくれる人もいた。
俺もゆっくりと、手を振る。
「先生。」と、ホシノは柔らかい笑顔を浮かべ、目は生き生きとした輝きを放っていた。「私たちに希望を与えてくれて、誰も気にしなかった私たちを気にしてくれて、それに…」途中で言葉が途切れ、手を宙に浮かせてかすかにひきつりながら笑い、恥ずかしそうに顎を掻く。「うへ~…先輩も一緒だったらもっと上手にいってたね…」
次第にホシノの目に輝きがなくなっていく。見覚えがある──かつて何度も目にした、何かに憑かれたような虚ろな目つきだった。
“教えてくれないか?”
そう尋ねるとホシノは驚いて身を固くした。
「何を?」
“ホシノの先輩のことだ、どんな人だった?”
「うへ~…えーっとね…どうしようもない人だったんだ。」と軽く笑ってホシノは話し出す。「私が一年生だった頃は生徒会は二人だけで、生徒の代表だった。成績はドベだったのにね。」とそう言って再び軽く笑う。「もうどうしようもないほど楽観的で、人を疑うことを知らなくて、ちょっとおっちょこちょいで…私はとにかくトラブルに巻き込まれないようにしていた。」と前のめりになり、手すりに顎を乗せる。「でもそれなのに…先輩には"信頼できる"っていう雰囲気があった。そのせいでいっつも丸め込まれて、ずーっと振り回されてきたと思うんだよね。」
「先生そっくりだったね。」とホシノは顔を輝かせて俺の方を向き、俺は思わず鼻で笑う。
“俺が?どうしようもないほど楽観的で?人を疑うことを知らない?”
驚いて尋ねるが、ホシノは首を横に振る。
「でも先生の方が賢いよ。だけどね、こんな有様を見て"何とかできる"って言って本当に何とかする人ってそうそういないんだよ。」
“今まで対処してきた中では最悪ではなかった。”
実際、ハリケーン後のファーストレスポンダーとしての対応はあまり良いものではなかった。
一瞬だけ、ホシノは腕の傷跡、首や肩に見えるわずかな傷、そして俺の武器などを順に見つめ、まるで俺という人間を丸ごと観察しているようだった。
「…先生の故郷って、いい所じゃなかったよね。」
俺は両手を見つめ、グローブの繊維が擦れ合う感触を確かめた後、指関節部分のパッドを指でなぞる。
“多少の思い出はあったぞ。”
ホシノは一瞬言葉を詰まらせた後、不思議そうに俺を見つめる。「教えてもらってもいいかな?」
“いいぞ。”
そう答えると、彼女は顔をしかめる。
“だが一つだけ頼みたいことがある。”
手すりの金属部分を指で叩く。
“少しだけ皆の気を逸らしてほしい。”
「どこに行くの?」とショットガンのグリップを握りながらホシノは尋ねる。「できたらおじさんも一緒に──」
“駄目だ。”
毅然として断る。
“本当に頑張ってくれた。だからここからは大人に任せろ。”
「何をするつもりなの?」ホシノが険しい目つきで俺の前に立つ。「教えてくれるまでここからどかないよ。」
手すりにもたれかかり、俺は顔をしかめながらゆっくりと息を吐く。
“理事を捕まえに行く。”
「なんで──」途中で言葉を止め、ホシノはあることに気付いて瞬く。「…ねえもしかして──」
“俺はPMCが大嫌いだ。”
嫌悪感を滲ませて口を挟み、理事がいるおおよその方角へ見る。
“いや、"大嫌い"だとそいつは金で動く殺し屋以上の価値があると認めることになる。PMCを束ねる奴は優しさと嘲笑の区別ができてなくて、自分の目的しか目に入っていない。そういう奴らは絶対に戻ってくる。それが気に食わない。”
沈黙が深まる中、ホシノは無表情で俺を見つめ、どちらも一歩たりとも引かない。
やがて、ホシノはため息をつく。「ねえ先生、そういうしょうもない人たちを気にする必要ってあるの?」
“俺の方がマシと?”
その言葉でホシノは固まり、それを発した俺も動揺していた。俺を見ようとするホシノだったが、俺はというと既に視線を逸らしていた。
エージェントとして行った行為は全て"選択"だった。"他に選択肢がなかった"という理由でやった行為はほとんどなかった。
“だから気を逸らしてほしいんだ。”
手すりから身を離す。
“だが、別にやらなくてもいいぞ。”
肩をすくめる。
“流石に頼んだ俺が酷すぎた。”
ドアの前まで進むが、「先生。」とホシノの声が聞こえ、振り向く。そこにはしっかりと立ち、不安げでぎこちない笑顔を浮かべ、ショットガンのグリップと盾をきつく握りしめていたホシノがいた。「…」その目には内面で繰り広げられている葛藤があった。そして俺の虚ろな視線と交わり、ホシノはついに口を開く。「…気をつけてね。」
ティーンエイジャーらしい言葉と共に再び微笑み、太陽の光がその表情を照らし出すと、彼女が感じた不安が明確に写っていた。「そろそろみんなを帰さないといけないよね?」
不安、困惑、恐怖──
でも、俺がやってくれると希望を抱いている。
腹の奥底の不快感はさらに増し、胃が落ち着かなくなる。慣れ親しんだラーメンの味で思い出した。
これ以上の正当性の主張は無理だが、問題はない。
“ああ。そうだな。”
ドアを閉じ、階段を下りながら覚悟を決める。
まずはシャーレチームの解散だ。真っ先にそこへ向かう。
“やあどうも。”
入り口で立ち止まり、待っていた皆が俺に振り向く。
“改めて、協力してくれて本当にありがとう。”
「いえ、こちらこそです。」と笑顔でユウカが答える。「シャーレと共に行動できて光栄です。」
「私もです。」とチナツはうなずくが、俺に向いて目を細める。「ですがあのような無茶はしないで欲しかったです。」
「でも先生は大丈夫。」と割り込むヒビキ。「集めたデータでより良いものを作るから、先生は心配しないで。」決意がこもったうなずきを返すと、俺もそれに応える。
“それは良かった。”
「先生が教えてくださったお味、決して忘れませんわ。」とハルナは誇らしげな笑みを浮かべる。「いつか他の方もお連れになるかもしれません。」
スズミも笑顔でうなずく。「また先生とお会いできて良かったです。」
“俺もだ。ではこれで解散だ。また会おう。”
そう言ってうなずくと、チナツに止められる。
「先生。」と俺の肩を掴み、耳元で囁く。「本当に動いても大丈夫でしょうか?お怪我のことはセナ先輩から聞いてます。」
“大丈夫だ。”
そう答える。大丈夫だ。リストアラーで治った。
“本当だぞ。”
仕方ないと言わんばかりにチナツは放す。「先生がそうおっしゃるのなら…いつかゲヘナでまたお会いしましょう。落ち着いた時に…ですが。」かすかに微笑むような表情を浮かべる。
“また実際に会おう。”
軽く髪を撫でると、チナツは恥じらう。
“それじゃあ。”
そうしてシャーレチームが帰り始め、便利屋の方へ向く。
“便利屋もだな。”
そう聞けば、アルは叫び、ハルカもよろめくが、ムツキはバッグを振りながらスキップし、カヨコもその後ろから続く。
「だね~」とムツキが俺の背中へと跳んで抱きつく。「アビドスはもうすぐ解決するし、それに新しい事務所用のお金もあるしね。」
「ちょっと!?」とアルは叫ぶが、拳を握って咳をする。
「別に先生も知っていることだし、それに元からここに残るか引っ越すかの二択しかなかった。」
「アルちゃん的にはずっとアビドスに頼りっぱなしにはできないからね。」ムツキがそう言うと、アルの姿は更に崩れていくばかりだった。
“まあ、それでもいいぞ。”
そう言って優しくムツキを降ろし、便利屋に笑顔を向ける。
“君たちの力は本当に助かった。本当に感謝している。”
そう言ってお辞儀をすると、便利屋は驚く。
「い、いえ…そんなことは…その、私なんかにそこまで頭を下げてくださらなくても…」
「そこまでかしこまらなくても大丈夫。」とカヨコが言うが、頬が少し赤くなっていた。「私たちは仕事をしただけに過ぎないから。」
「そ、そうよ!」とアルは調子を取り戻し、俺は姿勢を正す。「一日…いえ、『一銭一惡』!それこそが便利屋68よ!」
「ひゅ~!」と笑顔のムツキ。「それじゃ何かあったら呼んでね~おっけ~?」
“ああ。”
そう言いながら頬を掻く。
“シャーレは捜査をする部だが、メンバーは俺だけでしかも危険を冒す俺を良く思ってない人もいる。何か連絡先とかはあるのか?”
「もちろんよ。」と誇らしげに言って、アルは自分のバッグに手を伸ばせば、手慣れた様子で名刺を取りだす。いつもの笑顔を浮かべながらそれを差し出し、冷静になったようだった。「はい、私たちの名刺よ。」
眉をひそめるカヨコ、笑いを堪えるムツキ、特に何も変わらない様子のハルカ。俺はアルのIDカードを見て驚く。一年生…もしくは二年生…アメリカでは中学は二年間、高校は四年間だが、日本では中学は三年間、高校は三年間ということを思い出した。いずれにしろ幼い顔立ちに眼鏡をかけ、少し内気そうな表情の可愛らしいアルの写真が、俺を見返していた。
“まあ…その年齢の時の俺よりも整っているぞ。”
そう言って笑う。アルは困惑し、自分が見せつけたものを見れば、表情があっさりと崩れていく。
「そ、そんな…」そう言いながら身体中を撫でまわして名刺を探そうとするが、何かに気付いてしまったのか顔に焦りの色が浮かぶ。「しんじ…られないわ…見られた…あぁ…もうおしまいよ──あっ!?」
これ以上卑下するのを止めるため、俺はアルの鼻をつまむ。
“ここまでだ。”
鼻を放して、頭を振る。
“アル以外で持っている人はいるか?”
「はい。」
「どうぞ!」
「こ、こちらを。」と深々と頭を下げながら名刺を渡す。「こんなに大切なものを私なんかから頂くことになってしまってすみません。」
“むしろありがたい。”
名刺を受け取り、下げられたその頭を優しく撫でて、アルに向く。
“たまには部下を頼ってみろ。いいか?”
ハルカの頭から手を離し、今度はアルも撫でる
“あと、シャーレには来たくなったらいつでも来ていいぞ。いつでも開いているからな。君たちもだ。”
そう念を押す。困惑したアルから手を離すと、アル以外にもうなずく。
“じゃ、グッドラック。”
そう言えば、カヨコはため息をつく。
「あんな危険な作戦を乗り越えた時点で運はもう使い果たしたけど…」と呟かれ、俺は肩をすくめる。
“最初から無謀で大胆だったが、そういうのを求めている人が多くて良かった。”
「そう…」と無表情でそう言った後、カヨコの顔には柔らかい笑顔が浮かぶ。「ありがとう、先生。もしかしたらいつか行くことになるかも。」
“待っているぞ。”
そうして、皆帰っていく。
対策委員会を撒こう。
ふと見下ろせば、アロナが俺の身体に抱きつき、ヘイローが赤い破片状の冠のようになっていて、まるで俺の心を読んでいるかのように鋭い視線を向ける。
“なあ──”
| S ダメです。 |
(アロナ…)
内心でそう呟く。俺にどうしてほしいのか分からない。
俺はあのクソ野郎をぶっ壊しに行くが、そんな俺の姿をアロナには見せたくない。かつての自分に戻って拷問するとなれば尚更だ。とはいえ拷問と言うのは大げさかもしれないが、人を痛めつけたことはある。だがこれはそれよりもずっと気楽なものだ。
だがそれでも、その光景を見せるべきではない。
“…分かった。”
そう言えばアロナの目が輝き、ヘイローが緑色に変わったのを見て俺は折れる。
”ただし、ブリックの中で俺をバイタルだけを監視してくれ。外を見るのは禁止だ。いいな?”
アロナは不機嫌そうに睨みつけるが、俺も視線を逸らさず、諦めるまで動かない。
| S 分かりました。でも食べ物をもっと奢ってくださいね、いいですか! |
“仰せのままに。”
そう答えると、アロナは頬を膨らませる。そしてバイクに向かって歩く。
“さて、そろそろ行こう。”
ISACが指定した目的地へ向けてバイクを走らせる。振り返ると、シロコが窓越しにじっと見つめていたが、見なかったことにした。
ロボット共をスクラップにしてしまう前に、来なければいいが。