傷だらけ異能者の日記   作:アサリを潮干狩り

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第九話

 

 ぱたり、と女は日記を閉じた。

 

 女の歳の頃は成人しているかしていないかという微妙な歳だった。艶やかな銀髪を腰の辺りまで伸ばし、サファイアのような碧眼を瞑っている。

 

 その日記は女の宝物だった。大切な人から託されたものだった。何回も読み直し、思いに耽った。

 

 最後の彼の言葉は初めて読んだ時は涙した。そして、更に想いが強まった。

 

 絶対に彼を死なせない、と。

 

 女は日記を机に仕舞い、立ち上がる。まだやるべき事が残っている。

 

「……」

 

 再会の日は、近い。

 

 女は、雪浦氷花は待ち望んだ日が訪れるのを願っていた。

 

 

 ■

 

 

 朦朧とした意識の中、柊は自分が死んだ事を自覚していた。揺蕩う意識の中で身体が浮かぶような感覚に陥る。壊れた身体を無理やり動かして異能を発動させた。その結果がこれだ。身体中から魔力が抜け出して死んだ。

 

 それでも、柊は後悔なんてしていなかった。

 

 昔、柊は異能官時代の同僚を看取ったことがある。彼は身体を引き裂かれながらも、柊を見て満足そうに死んで行った。それが当時の柊には不思議だった。死ぬのが怖くないのかと。そんな人間は協会には少なくなかった。

 

 でも、今彼らの事が分かった気がする。

 

 彼らは、死んでも自分の後を引き継ぐ人間を探していたのだ。死んだ自分の事を覚えていてくれる、そんな人が。自分の事を記憶してくれる人が彼らには必要だった。

 

 柊はまだ時間を見つけては同僚の墓参りに行っていた。多分これが彼が一番喜ぶ事だから。好きだったお菓子を置いたり、墓を掃除したりしていた。でもそれももう出来ない。柊の番が来たのだ。

 

 やっと解放されたと思う。正直清々しい気分だ。

 

 こんなどうでも良い世界から解放された。本当にクソみたいな世界だと思う。災害で溢れて、悲しみがやまないこの世界が。

 

 でもそこに住む人々は嫌いではなかった。

 

 任務で濡れて震えていた時、毛布を掛けてくれた人がいた。

 傷ついた時、必死に処置をしてくれた人がいた。

 疲れて寝ていた時、感謝の言葉を掛けてくれた人がいた。

 腹を空かせていた時、食べ物を分けてくれた人がいた。

 

 そんな暖かい人々は嫌いじゃなかった。

 

 でもクソみたいな協会に嫌気が差してそこから逃げ出した。柊は自分が生きているのかすら分からなかったから。死んだように日々を過ごしていた。

 

 

 そこで、輝くような少女に会えた事は幸運だった。彼女のお陰で柊は楽しいことを沢山体験できた。彼女の将来に少し不安はあるが彼女なら何とかするだろう。

 

 彼女と生活していくと同時に、柊の中の何かが嵌った。それは友情、家族愛など柊が落としてきたものだったのだろう。彼女を自分の家族の代わりにしていた訳では無い、それでも柊は暖かい何かを感じた。

 

 そしてそれを守る為に、命を投げ捨てても良かった。

 

 ただひたすらに彼女の幸せを願う。

 

 

 思い残すことは無い。

 

 だって満足したから。全力で自分の人生をやり切った。

 

 人のまま終われて嬉しいくらいだ。

 

 もう痛みは無かった。寒くも無い。

 

 ただ、包み込む暖かい何かに身を任せる。

 

 そして、全てが弾け――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――やけに重い体を自覚する。身体の隅々まで感覚が通り、柊はぼやけている頭を働かせる。重たい瞼を開き、微睡む意識を覚醒させる。

 

 目に映ったのは白い部屋。隅々まで綺麗にされ、清潔に保たれた壁と天井が見えた。そこで柊は自分が横になっていることに気付いた。

 

 驚いて意識が鮮明になり、体を起こす。柊は白いシーツのベッドに寝かせられていた。部屋の大部分が白の部屋に病室のような印象を持つ。まるで隔離された重病人の様に一人で大きな部屋を使っていた。

 

「いや……それより」

 

 何で、自分は生きているのか。

 

 そんな疑問を持った時、部屋の扉が開いた。

 

 扉からは看護師が現れ柊を見て驚愕の表情をしている。

 

「え!?……もしかして柊さんですか?」

 

「そうですが……」

 

「お、起きたんですね!直ぐに先生を呼んできます!」

 

「あの……」

 

 看護師は柊の答えを聞くとすぐさま部屋を飛び出していった。明らかに様子が変だ。まるで意識不明だった人間が突然起きたかのような反応をしている。

 

 だがそれよりも気になる事がある。

 

 柊の頭にある最後の記憶は全身を襲う苦しみの中、道端にぶっ倒れたものだ。異獣に最大出力の光を放ち、身体は完全に壊れていた。魔力はとめどなく流れ続け、内臓は破壊された。とても生きていられるとは思えない。だが現に柊は血を通わせて生きている。体も健康そのものだ。いや、健康すぎる。前と比べて身体の異常が治っている。

 

 頭に手を当て考え込んでいると部屋の外から人の話し声が聞こえてきた。

 

「先生――あの――――彼女――知らせました」

 

「――った――本当に――――な」

 

 そうして扉が開く。

 

「おお、本当に起きてますね。何だか感動します」

 

 声の出処を探すと、白髪の医者と看護師が入ってきていた。医者は傍にある椅子に座ると柊を見た。彼の発言に疑問を持ちながらも柊は静かに説明を待っていた。

 

「さて、身体に異常はありませんか?痛みや違和感があれば教えてください」

 

「いや、大丈夫です」

 

「それは良かった。もし気になる事があれば遠慮なく言ってください」

 

 尽きない疑問を柊は一つ聞いてみる。

 

「あの、俺は何で生きているんですか?」

 

「……それは、少し長くなりますね」

 

 医者は言いづらそうに言葉を詰まらせた。そして看護師と目を合わせると、また柊に向き直った。

 

「貴方の疑問に答える言葉ではありませんが、一先ず説明しなくてはいけない事があります。前提として知っておかねば恐らく混乱するでしょう」

 

「……?分かりました」

 

 困惑しながらも柊は彼の言葉を待つ。

 

 こほんと喉を整え、医者は少し緊張した様子で口を開いた。

 

「落ち着いて聞いてくださいね。これは現実ですし、夢でもありません」

 

「……分かりました」

 

 大袈裟に溜めるので急かしたくなる。医者は柊に心配そうな、憐れむような目で告げた。

 

「今日の日付ですが……貴方が倒れた日から六年が経過しています」

 

「……は?」

 

 柊は呆然とした。意味が分からない。自分が異獣と戦ってから、六年が経っただって?

 

 医者はそんな柊を見かねて懐を探り何かを取り出した。

 

「そう思う気持ちも分かります。でも、その証拠にほら」

 

 彼の手にあったのは柊が知らない型のスマホ。その画面にはあの日から丁度六年後の日付が示されていた。

 

「……本当、なのか」

 

 到底信じられることでは無かった。あの日の事はまだ昨日のように思い出せる。あまりにも鮮明な記憶は柊にその実感を湧かせなかった。

 

 というか。

 

「俺……三十一歳になったのか……?」

 

 知らない内に自分がアラサーになっていたことに衝撃を受けた。柊は愕然とした顔で医師を見る。

 

「あー……それは、どうなんでしょうかね。身体の方は歳を取っていないらしいので」

 

「え?六年経ったんですよね」

 

「それはそうなんですが……いかんせん珍しい事例というか、彼女に聞かないと詳細は分からないんですよね」

 

「……彼女?」

 

 その時、部屋の外から物凄い音が聞こえてきた。まるで何かが全力で走る音のように一定の間隔で鳴っている。緊急事態なのかと柊は医者と看護師の顔を見るが、彼らはこの音の出処が分かっているらしかった。

 

「丁度来たみたいですね、後の説明は彼女に任せます。親しい人同士、積もる話もあるでしょう」

 

「誰ですか、彼女って」

 

「彼女は貴方ととても親しいと言っていましたよ。見ればわかるんじゃないでしょうか」

 

 鳴り響いていた騒音が柊の部屋の前で止まる。だが暫く経っても何も起きない。不気味な静寂に柊は眉をひそめる。

 

 そんな事関係ないと医者と看護師は扉を開き、部屋から退出していった。その時、扉の隙間から銀の何かが見えた気がする。

 

「――なた――早く行っ――――ですよ」

 

「――六年会って――――もしかしたら――――柊さん」

 

「大丈夫で――――――元気――だから」

 

「――」

 

 部屋の外がやけに賑やかだ。恐らく先程の騒音の主と医者が話しているのだろう。ここに何の目的があるのかしらないが、用があるならさっさと入ってきてほしい。

 

 多分、来ているのは柊に用がある人物だろう。十中八九異能協会の人間だと柊は睨んでいた。それしか考えられない。あれだけ派手に暴れたんだ、四年前とは言え事情を聞きに来るだろう。

 

 扉が開く。恐る恐るといった様子でゆっくり、しかし確実に開いていく。

 

 姿を視認する。

 

 そこに居たのは、

 

「……雪浦さん?」

 

 涙を流し、柊を見つめる女性だった。銀髪を腰の辺りまで伸ばし、端正な顔が柊を見つめる。涙が溢れている碧眼は反射して蒼く美しく輝いていた。若く、二十代前半程度の年齢だろう。

 

 その顔には、当時の氷花の面影が色濃く残っていた。だから柊も気づいた。

 

「……ひ、柊さん……ですか……?」

 

「お、おう。そうだが、君は雪浦さんだよな、大きくなったなぁ」

 

 柊がそう答えると、銀髪の女性は更に泣き出した。端正な顔をくしゃくしゃにして嗚咽を漏らす。まるで子供のように泣く彼女に柊も戸惑う。

 

 やがて、女性は柊に近づき目と目を合わせた。赤く腫らした女性の目は柊にとって何処か見覚えのあるものだった

 

「……はい、私は雪浦氷花です。……ほ、本当に……っ!」

 

 そう言うと氷花は柊に抱きついた。壊れ物を扱う様に優しく、しかし決して離さないように様に強く抱き締めた。

 

 強く抱き締める氷花に戸惑いながらも、柊は彼女の背中に手を回して優しく叩いた。氷花はそれに言い表せない温かさと感情を抱き、涙が更に零れる。

 

「……ぁ……本物の……柊さんだ……ぅあああ……」

 

「本物の柊さんだぞ、安心してくれよ」

 

 暫く二人は抱き合い、氷花の涙が収まった頃。柊は漸くして落ち着いた氷花から話を聞く事にした。

 

「それで、ちょっと聞きたい事があるんだが良いか?」

 

「はい、何でも聞いてください。気になることも沢山あると思いますし」

 

 赤く目を腫らし、氷花はそう言う。すっかり大人びた容姿の氷花に柊は感慨深くなる。

 

「それじゃまず、何で俺は生きてるんだ?あの時の自分の身体の様子は分かってる。延命の手段は無いはずだ」

 

 氷花は柊を見ると、目を伏せた。

 

「はい、確かにあの日。私が見つけた時には貴方は死にかけていました。ほぼ死んでいるといっても良かったです」

 

「じゃあ何で……?」

 

 疑問を浮かべる柊に対し、氷花は涙を堪えながら語る。

 

「……あの時、私は思ったんです。今は貴方を救えない。でも未来の技術なら助けられるって」

 

「はぁ?」

 

 何言ってんだと柊は氷花を見る。氷花はその視線に顔を赤くしながら口を開いた。

 

「頭のおかしな考えだと今でも思います。でもそれは結果的に成功しました」

 

「まぁ現に俺は生きているしな。でもどうやったんだ?」

 

「コールドスリープみたいなものです。私の異能の事は昔に話しましたよね。咄嗟に思い付きですが、貴方を私の氷で包んで技術が出来るまでの時間稼ぎをしました」

 

「……いやそれは俺の魔力が邪魔に……あ、あの時は魔力が抜けてたな」

 

 確かに理論上は可能だ。何故思いつかなかったのか不思議ですらある。でも数年間も治るか分からない人間を気にかけていたのか。柊には氷花の苦労が想像できた。

 

「それで最近魔力関係の技術が発展してきて治療出来る目処が立って、漸く貴方を起こしたんです」

 

 この数年間の内に魔力関係の技術に大規模な技術革命が起きたらしく、沢山の技術が発明された。そして最近では柊を救う事が出来る医療技術も出来た。喜んだ氷花は何とか国内の有名な病院に予約を取り付け、眠っている柊を治療させることに成功した。

 

 氷花は全てを語り終え、椅子に座って一息ついた。

 

「……」

 

 柊は感嘆する。あの時のまだ氷花は高校生だった。親は大丈夫だったのか、異能協会からは何か言われたか。柊は聞きたいことが数多く出てきた。

 

 でもその前に彼女に言いたい事がある。

 

 心から湧き上がってきた思いを吐露する。

 

「助けてくれて、ありがとうな」

 

 感謝の言葉を忘れていた。この少女を、女性を称えるべきだった。

 

「……っ……はい!」

 

 涙を堪え、氷花は輝くような笑顔でそれに答えた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 それから柊は直ぐに退院した。六年間眠っていたとは言え、筋力などは衰えてはいなかったのでリハビリなどは必要無かったのが幸いだった。最新の機械で体内を検査されたりしたが、柊はすんなり自由になれた。

 

 だが柊には一つの大きな問題があった。それは帰る家が無いと言うことだ。元の家は死期を悟った柊が引き払っている。彼の親族は既に異獣災害で死んでいるし、親しい友人もこの世に居ない。

 

 そこで手を上げたのは氷花だった。

 

「あの、家が無いなら私の家に住みませんか?」

 

「そういえば今君は一人暮らしだったか」

 

「はい。それで、どうでしょうか……?」

 

「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

「……!本当ですか、やったぁ!」

 

 無邪気に喜ぶ氷花を不思議に思いながら、柊は彼女の家に住む事になった。氷花は現在大学に通っており、都内のマンションを借りているらしい。

 

 それでも柊は年下の女の子に養われているのは情けない、といつかは此処を出ると決めていた。流石にそれは柊のプライドが許さない。

 

 だがその思いは日に日に弱くなっていった。理由の一つに氷花の料理がある。確かに彼女の料理の腕は上がっておりまさに絶品とも言えるが、主な理由はそこではない。

 

「……!味がする!?」

 

 そう、柊の味覚が戻ったのだ。最新の魔力治療によって柊の身体の障害はほとんど治されている。その一つに味覚も入っていた。

 

 それに気付いてからは柊の食事量は明らかに増えた。笑顔が増え、食事が楽しくなった。そして氷花は喜んでご飯を作るので今では柊は彼女の料理を心待ちにしてしまう。

 

 

 

 そんな生活を二週間程続けた頃。

 

 時刻は夜。

 

 柊と氷花は二人で食卓を囲んでいた。テーブルには氷花が作った料理がずらりと並んでいる。相当な量だったが柊はそれを次々と食べていく。

 

 そんな柊を、氷花は愛おしそうに見ていた。

 

 殆ど食べ終わりお腹も満たした時、柊がふと呟く。

 

「……なぁ、何で俺を助けたんだ?」

 

 ずっと疑問だった。何故氷花は自分を助けたのか。

 

 話を聞くと六年前、当時の氷花は限界まで魔力を振り絞り柊を凍らせたらしい。柊を凍らせた後、魔力の使い過ぎで倒れてしまう程。搬送先の病院で何とか一命を取り留めたが、死んでもおかしくなかった程魔力を放出していた。

 

 また、氷花は六年間ずっと柊の事を気にしていて三日に一回は柊の包まれた氷塊を見に行き、氷を解いた後は柊が目覚めても直ぐに行けるように病院で寝泊まりしていた、と看護師の人から聞いた。

 

 氷花の理由の無い献身に少し怖くなった。

 

 柊の言葉を聞いた氷花は、言葉を探す様に目を瞑る。

 

「……昔、言ったことを覚えていますか。憧れの人が居るって言ったことを」

 

「ああ、覚えているが。確か異獣から助けられたんだよな」

 

「そうです」

 

 氷花は微笑む。かつての少女の面影を残した美しい笑みは、誰もが振り返る程魅力的だった。

 

「ずっと憧れていた人、そんな人が傷付いているのなら助けるのも当たり前ですよね?」

 

「は……え?」

 

 質問と繋がらない答えに困惑する。でも柊には何となく彼女の言葉の意味が分かった。これまでの彼女の態度が繋がる。

 

 もしかしてそういう事なのか、と。

 

 確認を取る意味で氷花と目を合わせる。視線を受けた彼女は頷き微笑んだ。

 

「……あの時、助けてくれてありがとうございます。お陰で元気に暮らせています」

 

「はぁー……成程」

 

 柊は溜息をつき腕を組む。確かにそういうことなら彼女の謎の態度も理解出来る。過剰な程優しい理由が分かって安心した。

 

 だが柊は勘違いして欲しくなかった。その程度の理由で自分の身を削って助けるなんてしないで欲しい。別にそんなこと望んでいない。

 

「君が俺を助けた理由は分かった。納得も出来るし理解も出来る。でも身を削ってまで俺を助けるなんてして欲しくなかった」

 

「いえ、私はやりたくてやったので。貴方がそう思う必要はありません」

 

「……俺に恩を感じて助けたのなら、それは必要の無いものだ。君は縛られず自由に生きてくれ。俺なんかに足を引っ張られて生きるのは窮屈だろうから」

 

 柊は笑って言った。やはり彼女には自由に羽ばたいて行く姿が似合う。余計な柵に邪魔されて未来が閉ざされるくらいなら、その程度の男なんて気にせず捨ててしまえばいい。

 

「……本気で言ってるんですか」

 

「何がだ?」

 

 銀髪の女が椅子から立ち上がる。その顔は若干の怒気を感じさせた。

 

「確かに、貴方に恩は感じています。でもそれだけの理由で助けたと本気で思っているんですか?」

 

「……どういうことだ?」

 

 柊は本当に意味が分からなかった。それ以外何があるというのだ。だが氷花の反応からして違うものもあるらしい。

 

「……なるほど、お金だな?分かった、今は無いが少ししたら君の口座に――」

 

「違います!!」

 

 柊の言葉が氷花に遮られる。突然の大声に柊も思わず言葉を止める。

 

「そんなの、要りません」

 

 氷花は悲しくなった。この人は何も分かっていないらしい。まだ言うつもりは無かったがその必要があるかもしれない。

 

「……何も分かってないみたいですね」

 

「……?」

 

「貴方を助ける理由なんて、決まっています」

 

 首を傾げる柊に氷花は、瞳に強い意志を込めて口を開いた。もう伝えない後悔なんてしたくない。想いを伝える事は大切な人が居ないとできない事だから。

 

「貴方の事が好きだからです」

 

「……ん?」

 

 どうやら自分の耳はおかしくなったらしい、と柊は思った。よく分からない事を言っていたがきっと勘違いだろう。

 

「すまん、もう一回言っ――」

 

「貴方が好きです、ずっと前から。出会ってから恋をしていました」

 

「いや多分それは違――」

 

「この六年間貴方の事を想い続けていました。この想いは変わりません。貴方の事が大好きです」

 

 氷花は有無を言わさぬ猛攻で柊の口を閉ざさせる。勘違いさせないように何を言おうがこれを言い続ける。黙らされた柊は眉をひそめて不満そうにしていた。

 

「私の気持ち、分かってくれましたか?」

 

「……まぁ、分かった」

 

「なんですか、その顔は。もしかして私の事が嫌いなんですか」

 

「それは違うけど……やっぱり君は勘違いしているよ。こんな年上なんかじゃなくて同年代の子達と恋愛した方が良い」

 

「……むぅ」

 

 なかなか受け入れてくれない彼に氷花は口を尖らせて唸る。まぁそれでも良かった。

 

「まぁ……いいです。これから時間はたくさんあるのでゆっくり分からせます。覚悟しておいてくださいね」

 

「君は異能官になるんだろう?時間なんてないさ、大人しく諦めてくれ」

 

「……あれ、言ってませんでしたっけ」

 

 目を丸くして氷花は言う。

 

「もう、異能協会なんて行きませんよ。だってやる事が無くなったので」

 

「やる事って……憧れの人に会う事だったか。あれ……俺じゃねぇか」

 

「そういう事です、もう夢は叶っています。だから将来は別の仕事に就きます。なので時間はたっぷりありますよ」

 

 氷花は怜悧な美貌を微笑みに変えて柊を見つめた。

 

「……やっぱり、貴方への気持ちはずっと変わらないと思います。だってこんな劇的な出会いなんて多分一生ないから」

 

「……俺は君の事を妹みたいに思ってたんだがなぁ」

 

「今はそれで良いです。これから好きになってもらうだけなので」

 

「……はぁ」

 

「……ふふ」

 

 柊は思わずといった様子で溜息をつく、それと対称的に氷花は嬉しそうに笑った。

 

 二人の夜は更けていく。

 

 それでも二人は楽しそうに日々を過ごしていた。

 

 これまでの時間を取り戻す様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ぬ運命だった異能者と光を目指した少女の二人は、奇妙な運命で道が交わった。

 

 そしてそれはこれからも続く。

 

 数多の偶然から続いた道の先を二人は共に歩んでいく。

 

 その先に何があるのか、それは分からない。

 

 

 死と悲しみに溢れて歪んだ世界を生きていく。

 

 





短い間でしたがお付き合い頂きありがとうございました。

とりあえず完結とさせていただきます。
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