前世で有名だった鬱エロゲーに転生した男。

でも転生したのは敵組織の幹部だった。

うーん、主人公が可哀想な目に合うのはやだなぁ

じゃあ、鬱イベ潰す為に先に組織ぶっ倒そう


そんな話

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月明かり

 

 空は満点の星空を写し、月は完全なる満月を空に打ち上げていた。

 

 月明かりが街を照らし、生命を彩る。

 

「……何で、なの」

 

 目の前で華美な衣装に身を包んだ銀髪の少女が呻く。信じたくないような、信じられない光景を見たかのように目を見開いた。

 

 誰も居ない摩天楼の如きビルの頂上で、俺と彼女は二人きりだった。ただ、月明かりだけが俺達の間に照らす。

 

 場違いな程、美しい夜だった。

 

 まるで、世界で俺達しか居ないみたいに。

 

「どうして、なんで……貴方が……」

 

「なんで……か」

 

 血に塗れた刀を担ぎ、彼女に向き合う。未だ新鮮な血液が滴る刀は悪趣味な程赤く、それでいて血で錆びれていた。

 

 先程まで彼女の父親『だった』それは生前の温かさをまだ残していた。ひたひたと滴りビルの頂上に血の跡を残す。

 

 彼女はそれを見てさらに身体を震えさせた。手に持つ蒼色の魔法剣の剣先が揺れる。まるで、彼女の心を表しているかのように。

 

 

 それを、嘲笑う。

 

「別に、理由なんてねぇよ」

 

 物語の悪役に見える様に、笑う

 彼女が敵意を見せてくれるように嗤う。

 

 心を隠して、狂人の仮面を被る。彼女の為に嘘を吐く。

 

 

「……あ、貴方、自分が何をしたか分かってるの?」

 

 余りにも巫山戯た俺の様子を見て彼女は震えた声で問いかける。

 

「分かってるに決まってるさ」

 

 当然と言わんばかりに俺は言う。常識を宣う様に宣言する。

 

「なぁ、どうだ。父親が死んで、どんな気持ちだ?」

 

 敢えて挑発する。微かに残っていた俺の無罪という少しの希望を打ち砕く。

 

「知りたいなぁ。あんなに大切にしてた家族を殺されて、何を思うのか」

 

 彼女は俺の言葉を聞いて震え始めた。先程の悲しみからでは無い。舐めた事をほざく俺に対しての怒りだろう。

 

 ああ、そうだ。

 

 君は優しいから、他人の為に怒れるんだ。

 

「……許さない。幾ら貴方でも、許される事では無い。あんなに良くしてくれたあの人を、傷付けるなんて許さない」

 

 憤怒を宿し、彼女は俺に向き直った。

 

 紅く、宝石のような瞳が俺を見つめた。その感情は怒りで染まり先程まで見せていた戸惑いは微塵も無い。迷いは完全に消え、ただ俺に対しての殺意で満ちていた。

 

「許さない?どうでもいいな、お前に許されて何になる?」

 

 俺も血濡れの刀を構え、彼女に突き付ける。

 

 今この瞬間、間違いなく世界は俺と彼女の二人だけだった。

 

「……好きだったのに。貴方の事が好きだったのに!」

 

 悲しみを吐き出しながら、彼女は蒼の剣を掲げ俺に斬りかかってきた。咄嗟に刀を俺と剣の間に入れ、攻撃を防ぐ。

 

 刀と剣が鍔迫り合いになり、火花が飛び散る。力は拮抗しているらしく何方も押し切ることは出来なかった。

 

 接近した中で、彼女と目が合う。憎しみに濡れた、復讐の瞳だった。それでもその奥には悲しみと後悔が満ちていた。

 

 「……ああ」

 

 彼女も、俺との生活を快く思ってくれていたのだろうか。だったら嬉しい。また、彼女と過ごしたいと願う程。

 

 でも、それは無駄だ。だってそれは絶対に叶わないから。

 

 そういう様に世界は出来ている。

 

 作られた世界で、哀れに道化は踊るだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから早く。

 

 俺を、殺してくれ。

 

 血と欲望に塗れた愚かな俺を、どうか地獄に送ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ふと俺は、『九条 明』はこの世界の真実に気が付いた。

 

 いや、正確に言えば思い出したというのが正しいのかもしれない。俺は前世の記憶を持っていた。それもただの記憶では無い、重要な情報を持った記憶だ。

 

 それは、この世界がゲームの世界だと言う事だ。

 

『月光のメサイア』

 

 そう名付けられ世に出されたこのゲームは、俺の生きていた世界で絶大な人気を誇っていたゲームだった。俺もプレイしたことがあり、好きなゲームの一つだった。

 

 可憐な魔法少女が世界の平和を守り、悪の組織と戦うような世界観だった。主人公もそんな魔法少女であり、魔法少女協会で活動して悪の組織から平和を守っていく。

 

 そんな世界に俺は転生したのだ。

 

 それだけなら良かったかもしれない。大好きなゲームの世界に転生して主人公達を拝めてオタクとして満足出来たかもしれない。だが幾つか大きな問題があった。

 

 問題というのは、このゲームのジャンルについてと、俺が転生した人物についてだ。

 

 先程、月光のメサイアは絶大な人気を誇っていたと言ったが、その理由はこのゲームが鬱イベたっぷりなエロゲーだったからだ。

 

 綺麗なイラストに抜けるストーリー、素晴らしいゲームだった。世の紳士達はこのゲームにぞっこんだった。だが、このゲームはエロいだけではなく、鬱要素も兼ね備えていた。

 

 主人公が敵組織に捕獲されて陵辱エンドだったり、主人公のせいで街が壊滅して絶望しながら死ぬエンド、敵幹部に敗北して一生奴隷エンドなど、結構一般ピーポーにはきついものだった。訓練された紳士達だけは歓喜していたが。

 

 後、俺が転生した人物について。

 俺が転生したのは幸か不幸かモブではなかった。それも名前付きでイラストもあるキャラクターだ。だが役回りが最悪だった。

 

 原作の『九条明』は学生でありながら悪役で、しかも組織の幹部だった。普段は学生なのだが、悪の組織の時はガスマスクを被り刀を巧みに操り魔法少女を殺傷している。勿論主人公にも被害は及び、あんな事やこんなことをされてしまうのだ。

 

 だから一人暮らしの家で風呂に入っている時、転生したと気付いて気持ち悪くなった。

 

 元の俺と『九条 明』との差異に苦しんだ。当然とも言える。原作で九条明は根っからの悪役で、魔法少女と敵対する組織に所属している悪だ。そんな奴がまともな訳が無く、今までしてきた行いに苦しんだ。

 

 魔法少女を拷問した。

 魔法少女を蹴り飛ばした。

 魔法少女を切り刻んだ。

 魔法少女を陵辱した。

 魔法少女を――――

 

 列挙すればキリがないほど記憶にある過去の俺は悪を積み重ねていた。沢山の人間を殺した。

 

 前世の正常な感性を持っていた『俺』は九条明の所業に頭がおかしくなりそうだった。

 

 だから、俺は気づいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は、この世に存在してはいけない生き物だと。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「ははは!どうだこのクソ魔法少女が!普段威張りやがって!」

 

 黒の装いに身を包んだ男が、道路に倒れた少女を蹴り飛ばしている。自分は悪だとでも言うかのような格好は、悪の組織『バベル』の一般戦闘員の正式な戦闘服だ。

 

 倒れた少女は煌びやかな服に袖を通し、所々に宝石やリボンが取り付けられている。それは魔法少女を象徴する変身衣装だった。

 

「はぁ……しかし。中々エロい格好してんなぁ」

 

 男が欲望に塗れた視線を少女に送る。成長途中の女の身体であったが、それは男の欲求を刺激するには十分な起伏を備えていた。

 

「どれどれ……」

 

 服を破り、白磁の様な白い肌が顕になる。それを少女は気を失い止めることは出来ない。無抵抗な様子はより一層男を興奮させた。

 

「はぁ……はぁ……このクソ魔法少女が。せめて俺の役に立――――」

 

 息を荒らげて少女に手を伸ばそうとした時――

 

 銀の一閃が走り、男の首が綺麗に落ちた。

 

 男が目を見開いたまま地面に頭を落とす。

 

 後から気付いたかの様に断面から血が噴水の様に吹き出し、辺りに血溜まりを作る。血が道路に広がる中、地に降り立つ一つの影。その人影が身につけた服は黒づくめの服とは違い、幹部用の特別な装飾がなされていた。頭にはガスマスクが被せられ、腰には刀を下げている。

 

「……危なかった」

 

 降り立った俺は、思わずそう呟く。

 

 血が一滴も付着すらしていない刀を鞘に戻した。こんな奴だが、戦闘の技量は高いらしい。原作でも九条は中ボスにしては強い敵だったしな。

 

 「おい、大丈夫か」

 

 倒れている少女に声を掛ける。だが彼女はぴくりとも動かず、声に反応すらしなかった。だが寝息を立てているので気を失っているだけだろう。

 

 溜息を吐き、少女を背負って歩き出す。こんな所に寝かせていては風邪を引くだろう。もうちょっとはマシな所に寝かしてやらないと。

 

「なんとか、防げたな」

 

 歩きながら、思わず呟く。

 

 先程の男と少女のシーンは『月光のメサイア』のオープニングシーンだった。彼らの交わりからゲームはスタートする。そんなことゲーム時代ならまだしも、現実で許すはずは無かった。

 

 こんな穢れた魂の俺だが、目の前で起きる悲劇を見て見ぬ振りはできない。俺が殺してきた魔法少女達への贖罪として、新たな犠牲者が出ないように魔法少女を守っているのだ。

 

 一応俺も悪の組織である『バベル』に所属はしているが、そんなものどうでもいい。ただ魔法少女を守る為に動くだけだ。

 

 未だにバベルに入っているのもそれが理由だ。起こるであろう幾つもの悲劇を察知する為に、あのクソみたいな組織に居る。本音を言えば、吐き気を催す様なゴミ共が集うあそこには一分たりとも居たくないが、仕方ない。

 

「……」

 

 それでも確かな事がある。さっきの事で確信に変わった。

 

 運命は変えられる。

 

 ゲームの筋書きは変わるのだ。

 

 

 

 だから、原作で主人公を襲う悲劇も防げる。

 

 その為に俺は生きているのだ。

 

 正直に言えば、俺は今すぐに死にたい。

 

 これまで傷付けて来た魔法少女たちに懺悔しながら首を吊りたい。

 

「……おぇ」

 

 嗚咽。

 

 今も聞こえるのだ。飯を食べていても、風呂に入っていても、布団に入っている時も。

 

 

 俺の死を願う少女たちの声が常に聞こえる。昔の俺に傷付けられた少女達が、背後に居る。列を成して怨念を呟いている。

 

 

 死ね、早く死ね。何故生きている?今すぐに首を吊れ。その刀を自分に突き刺せ。

 

 

 俺の妄想かもしれない。ただの幻聴かもしれない。それでも確かに俺には聞こえる。

 

「もう少し、待ってくれ」

 

 少し、待って欲しい。

 

 まだ、やらなきゃ行けないことがあるのだ。

 

 

 どうせ俺は地獄行きだ。死んだ後は存分に苦しめていい。

 

 

 だから、どうか今だけは許してくれ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 普段俺は学生の身分ではあるが、一人暮らしの生活を送っている。理由としては、母親が俺と会いたがらないからだ。父が亡くなってから母は他の男と恋を繰り返しているらしく、父の忘れ形見である俺は邪魔者扱いだ。そんな俺を母は高校入学と同時にボロアパートに押し込み、こんな事になっているのだ。

 

 こんな生活環境が、原作の九条明を作り出したのかもしれない。やったことに一切の同情は出来ないが、理解は出来る。九条明になってしまった俺には、その歪みが体験出来た。だから彼は悪の組織に入ってしまったのだろう。心が終わり歪んだ思想を携えて。

 

「……あつ」

 

 昼、料理を自炊していると油が手に跳ね、思わず声が漏れる。手に目を向けると、傷だらけの手に赤く油の点が出来ていた。

 

 切り傷や打撲痕が隠せない手は、母からの虐待の証だ。彼女から離れて数年が経ったが中々傷跡は無くならない。毎日虐待されてるなら消える事を期待するのは難しいだろう。

 

「……はぁ」

 

 手を見て溜息を吐く。

 

 俺は直接虐待された事は無い。だがこの身体と記憶が母親の虐待を覚えている。確かな痕跡を残していた。

 

「大変だったんだな……」

 

 呟いていると、玄関から物音。

 

 すぐ様インターホンが鳴った。

 

『明、来たよ』

 

 少女の声がインターホンから鳴る。急いで画面を見ると銀髪の美少女が切れ長の瞳をこちらに向けていた。

 

「扉空いてるぞ」

 

 俺がそう言うと直ぐに玄関の扉が開き、足音が此方に向かってきた。顔を向けると、そこには先程画面で見た美少女が俺を見て首を傾げていた。

 

「ん、何か作ってるの?」

 

「まぁな、飯食ってくか?」

 

「ん」

 

 こくりと彼女は頷き、そのまま部屋に設置された布団に入り込んだ。布団の隙間から彼女の白い肌が見え隠しており、心臓に悪い。

 

 彼女は俺の友達であり……

 

 この美少女こそ、月光のメサイアの主人公。

 

 彼女の名前は『月宮結衣』であり、この先主人公として魔法少女として街を守っていく少女だ。今も見習いとして勤務はしているが、本格的に戦力になるのはもっと先だ。それからゲームでは彼女は幾つもの災難に遭って、悲惨な最期を迎える事もある。

 

 何故悪役の筈の俺が彼女と親しいのかと言うと、俺達の境遇が似通っていたからだ。

 

 月宮家は俺の家の様に片親であり父が深夜まで働き長い間帰ってこないので、高校で自然と話が合った。彼女と仲良くなる事は良くない事だとは思っていたが、その頃の俺は転生したことに随分落ち込んでいたので邪険にすることは出来なかった。原作の九条は高校に行かず不登校だったので、結衣とは出会いすらしなかった。

 

 そして仲良くなると、彼女は俺の家に転がり込んできた。結衣は日中は暇な自宅ではなく、友達が居る心地いい家の方がいいとのこと。

 

 そして、それを嬉しく思う自分が居たのも事実だった。

 

「うー、早く食べたい」

 

「もうちょっとだから待ってろ」

 

 脚をバタバタして急かす彼女に苦笑いしながら鍋を掻き混ぜる。一応多めに作っておいたが、正解だったみたいだ。ここの所彼女は毎日放課後や休日に俺の家に訪れて来る。親は心配しないのか聞いたが、父公認らしい。どういうことだ。

 

「そういえばお父さんはまた遅いのか?」

 

「うん、残業らしい。電話でげっそりしながら言ってた」

 

「そうか、まぁ疲れてるだろうなぁ」

 

「明の事もなんか言ってたよ。今度休みの時家に連れてこいだって」

 

「えぇ……」

 

「ふふ、何その顔」

 

「いや、怖ぇじゃん。友達のお父さんと会うのってさ」

 

 俺の言葉がよく分からなかったのか、頭に疑問符を浮かべる結衣。そっか、そういえばこいつ友達があんま居ないんだった。だからこそ俺と気が合ったのもあるが。

 

 少しの間、沈黙が訪れる。

 

 それは気まずい物ではなく、むしろ心地いい静寂だった。

 

「出来たぞ」

 

「……!」

 

 俺の言葉を聞くと顔を瞬時に上げ、料理が置かれた机に飛び込んでくる。行儀良く席に座る彼女を見て、俺も椅子を引いた。

 

「「頂きます」」

 

 彼女と声を合わせ食事を始める。

 

 箸を進め、時折彼女と顔を見合わせてああだこうだと話す。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女こそ、俺が今生きている意味そのものだった。

 

 これから彼女に降り注ぐ不幸を未然に防ぐ事が、俺の生きている理由だった。これから彼女が戦う未来であるバベルの幹部を先に皆殺しにし、ボスを殺す。結衣が幸せなエンディングを迎えられるように、障害は全て消す。

 

 それだけが、俺の生きている理由。

 

 

 こんな日々に、俺は幸せを感じていた。

 

 でも、同時に怖くもあった。

 

 

 この日々が零れ落ちることが分かっているのに幸せに浸っていて良いのか。いつか終わる日々を、噛み締めていていいのか。

 

 別れは、必ずいつの日か来る。

 

 

 俺は、それに耐えられるのか。

 

 怖かった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「な!貴様……」

 

 背中にずぷりと入り込んだ刀を抜き取る。刀には悪党の血がこびりついていた。路地裏で暗殺を仕掛けたが、不意打ちは成功した。

 

「よくも裏切ってくれたな……!」

 

「知らねぇよ」

 

 目の前のバベルの幹部である爺の言葉にそう返すと、さらに一閃。

 

 爺の体を袈裟斬りにして、血が斜めに吹き出す。奴は身体を抑えながらよろめき、俺を睨んだ。

 

「ふざけおって……何故ワシを……バベルを裏切る。幹部だろう!金か!?金なら幾らでも出してやる!だからワシを助け――」

 

「黙れ」

 

 一喝し、さらに刀を振るう。

 

 銀の煌めきは確かに爺の首を通り抜け、頭を宙に飛ばした。途端に胴体の断面から血が吹き出す。幾度も見た光景に微塵も心は動かなかった。

 

「……」

 

 やはり、俺は外道だ。

 

 理由がどうあれ人殺しを是とし、それに少しも忌避感を覚えない。これを外道と言わずしてなんと言うのか。

 

 だが、目標を達成できるのなら何でも良い。外道でも鬼にでもなってやる。

 

 目の前の二つになったゴミの死体を見て思考を回す。

 

 こいつを殺して、幹部は後二人程度だ。随分少なくなったが、後が手強い。

 

「早く……早く倒さないと」

 

 彼女が戦わない未来が訪れるように奮闘する。それだけが俺に出来る贖罪だから。

 

 タイムリミットは近付いてきている。

 

 バベルの全てを壊滅させるためには、全ての時間を注がなければならない。そして、バベルの全てには、幹部であるこの俺『九条明』も含まれる。

 

 そう、全てが終わったら。

 

「死のう。どこか、遠い場所で」

 

 やっと死ねる。ゴールが出来たことに内心俺は安堵しながら、次なる標的を見定めていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 机に向かって教師の説明を聞く。

 

「えー、ここはaがこの――――」

 

 退屈な授業を寝ないように気を付けてなんとか重い瞼を上げる。周囲には机に突っ伏している生徒も珍しく無かった。

 

「ふぁ……」

 

 欠伸が漏れる。

 

 一応単位を逃さない様に最低限学校には出席して赤点にはならない程度にテストで点をとっているが、本音を言えば全ての時間をバベル殲滅の為に使いたい。

 

 一刻も早くあいつらを殺さなければ、苦しむ人々が増える。魔法少女たちもバベルのアジトが分かっていないため、防戦一方なのだ。度々街に押し寄せる戦闘員から人々を守るしか出来ていない。

 

 だから、彼女らを救えるのは俺だけなのだ。高校生でありながら悪の素質を認められ、バベルの幹部である九条明にしか出来ない。最悪の裏切り者にしか、バベルは殺せない。

 

 でも、学校に行かないというのはできなかった。

 

 普通の高校生を演じなければ、俺がバベル幹部だとバレてしまう。それは困るのだ。魔法少女達に捕まって時間を無為に過ごすのは嫌だった。

 

 結衣を襲う悲劇を防ぐことが、俺が生きてる意味だから。

 

 それが終わったら、もう殺してくれていい。

 

「あきらー、授業終わったよ」

 

 考えていると、肩に手を置かれた。

 

 振り返ると銀髪の少女が俺を見ていた。

 

「結衣か、来るの早いな。授業終わったのか?」

 

「うん、もう結構前に終わった。それより、早くご飯食べよ」

 

 結衣は違うクラスのはずだが、昼休みになると俺と一緒に昼食を摂る為に俺のクラスに素早く来るのだ。自慢じゃないが彼女は流石エロゲの主人公とだけあって結構可愛い。そんな美少女と共に学校生活を送れるのは正直嬉しかった。魔法少女の仕事がある時はいないので、他の人間とも話しているが。

 

「ん、いい天気」

 

「暑いなー」

 

 校舎を出て、校庭の中に向かう。所々に昼食を食べる生徒の集団があった。最近天気が良いので外で食べる生徒も珍しくないのだ。

 

「今日は……」

 

「まぁ待て、どうせこの後食べるんだから変わらないだろ」

 

「むぅ……」

 

 結衣が俺の持つ弁当箱を盗もうとしてきたので何とか弁当を逃がす。それに彼女は頬を膨らませたが、俺の言葉に納得したのかそのまま歩き出した。

 

 

 何故彼女が俺の弁当箱を取ろうとしたのかというと、俺が彼女に弁当を作ってあげてるためだ。彼女の父は仕事で常に忙しく弁当を作る暇なんてない、いつも結衣にお金を渡してコンビニで買ってくれとお願いするだけだった。

 

 それを可哀想に思った俺は結衣を通じて彼女の父に連絡を取り、俺が彼女の弁当を作るという意志を伝えた。渋る彼だったが結衣の反応も考えて、それを了承してくれた。

 

「さて、ではどうぞ」

 

 設置されたベンチに結衣と共に座り、彼女に弁当箱の片割れを渡す。彼女はすぐさま手を出して受け取り、蓋を開けた。

 

「……!」

 

「どうだ?お前結構好きだっただろ」

 

 弁当に入れていたのは、彼女が好きだと聞いていた唐揚げだった。彼女の父が良く昔作ってくれていて、それからずっと好みだと言っていたのを覚えていたのだ。

 

「……うん!」

 

 結衣は嬉しそうに笑うと、渡した箸をとって弁当を食べ始めた。もぐもぐと頬を膨らませて、笑顔でこくりと頷く。

 

「そっか、なら良かった」

 

 俺も彼女の幸せそうな顔を見ていたら食欲が湧いてきた。俺も自分に作った弁当を開け、食べ始めた。

 

 穏やかな季節の中、二人で弁当を食べる。

 

 日が照らす中、心地よい気持ちで彼女と話す。

 

 

 たまに二人で馬鹿みたいな話をして笑い合う。

 

 そんな日々に、幸せを確かに噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 溜息を吐き、俺は戦闘員を引き連れて街中を歩いていた。俺達を見た市民が悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それでいい、二度と振り返るな。

 

「げへへ……リーダー、魔法少女を捕まえたら好きにしていいんすよね」

 

「まぁ勝手にしろ。任務の範囲でならな」

 

「さすがリーダー!」

 

 勝手に歓声を上げる戦闘員達に吐き気を催しながらひたすら目的地まで歩く。嫌々やっている任務だし、早く辞めたいが奴らを殺す為には仕方ない。信頼を獲得してから暗殺するのが得策だ。もし魔法少女を捕まえても大丈夫だ、俺がこいつら殺すし。

 

「なぁどうするよ、捕まえたら」

 

「俺さぁ……金髪の女が好きなんだよ!だからいたら譲ってくれよ!」

 

「まぁいいぜ、そのかわり銀髪の奴は俺に譲れよ」

 

「はぁ!?銀髪は俺も好きなんだけど!」

 

「……」

 

 早く死なねぇかな、こいつら。頼むから死ね。

 

 うんざりしながら歩いていると、突然目の前の戦闘員の頭が飛んだ。

 

「……!」

 

 数々の戦闘によって培われた勘が危険を察知し、目の前に刀を翳す。次の瞬間甲高い音が響き、刀によって何かが弾かれる。それは間違いなく俺の命を狙っていた。

 

「ごめん、防がれた」

 

「あれを弾くのね……幹部かしら」

 

 女性の声が戦場と化した街中に響く。声の出処に目を向けると、煌びやかな衣装に身を包んだ少女が二人立っていた。

 

「……ん、刀持ち」

 

「ちょっとまずいわ。あれはバベルでも屈指の危険度の幹部よ。撤退も視野に」

 

「了解」

 

 少女達は話し合うと、それぞれの武器を向けてきた。金の少女は杖を、銀の少女は蒼い剣を。そこから発射された無数の弾幕が戦闘員達と俺を襲う。

 

 戦闘員達の大部分は一切の抵抗すらできずに身体を消し飛ばされ、血と肉片が宙を舞う。残された幸運な戦闘員も同僚の悲惨な姿を見て震えるだけだった。

 

 そんな中で俺は。

 

「嘘……全部弾いたの……?」

 

「ちょっと……まずいわね」

 

 研ぎ澄ました集中で刀を正確に操り、弾幕の雨を全て捌いた。峰で弾き、切っ先で真っ二つに切り裂いた。

 

「……」

 

 だが俺には達成感など微塵もなかった。

 

 だって彼女は、この世界の主人公だ。

 

 正確に言えば、あの銀髪の少女。魔法で認識阻害が為され一般人には分からないが俺には前世の記憶から正体が分かってしまった。

 

 彼女は、間違いなく主人公である月宮結衣だ。魔法少女として戦闘員達を鎮めに来たのだ。

 

「……クソ」

 

 間に合わなかった。彼女を戦場に引きずりこんでしまった。

 

 俺がバベルをもっと早く潰せていれば。もたもたしているからこうなるのだ。

 

「なんか油断してる?」

 

「今の内に発射よ!」

 

 頭を抱えていると、再び弾幕。

 

 今度は俺だけを狙った集中砲火だった。流石に全てを弾くのは困難なので、身体能力を駆使して街中を駆ける。

 

 俺を追いかけるように色とりどりの弾幕が打ち込まれ、それを全て回避しきった。街中は瓦礫塗れになっていたが、見たところ巻き込まれた市民はおらず安堵。

 

 そして大きく息を吐き、吸う。身体に力を溜め込み放出する為に動く。

 

「……やば」

 

「来るわ」

 

 そして、全力疾走。

 

 向かうは金髪の魔法少女。彼女は原作でも居た人間だ。魔法は把握しているし、勿論その弱点も分かっている。

 

「なんで当たらないのよ!」

 

 その弱点は、杖の方向転換の遅さ。一度放てば射撃方向を変えることは困難を極める。ゲーム時代ではそれに泣かされてきたが、今では有利に働く。

 

 そして結衣は魔法を放てない。俺が金髪の魔法少女が壁になるように移動しているからだ。剣を向けるが、彼女は撃てないことに気付くと苦い顔をして斬撃を諦める。また移動して斬撃を撃とうとするが、その度に俺は場所を変えていた。同士討ちを誘うが賢い結衣は博打で放つことは無いと踏んでいた。

 

「ぐ、くぅ」

 

 十分に近づいたと判断した俺は、金髪の魔法少女に斬りかかった。彼女は杖を横にして刀を防ぐが、それでも力で押し込む。

 

「……う、ぁ」

 

 力で彼女が抗っていた時、ふっと、あえて刀から力を抜いた。

 

 力の行き場所を無くした杖が空に浮き、魔法少女は隙だらけな身体を晒す。それを逃さずに刀の峰で頭を叩いた。くぐもった音が響き、金髪の魔法少女が倒れる。瓦礫に倒れ込んだ彼女を見て結衣は驚愕の表情をした。

 

「な……よくも……先輩を……」

 

 結衣が蒼い剣を握りしめる。

 

「まぁ待て」

 

 言葉を放ち、刀を金髪の魔法少女の首に添える。結衣もそれを見て止まらざるを得なかった。

 

「……何が、目的なの」

 

「こいつを返してやるから、俺達も見逃せ」

 

「ふざけないで!ここまでやって引き下がれる訳……」

 

「ならこいつの命は無いな」

 

 刀を少女の首に食い込ませる。首からたらりと血が一滴垂れ、少女が苦しそうに顔を歪めた。

 

 

 少し、死にたくなった。

 

 

「……分かった。貴方たちを見逃すから、早く先輩を解放して」

 

「良いだろう」

 

 金髪の魔法少女を結衣に放り投げ、踵を返して歩き出す。背後を向けているが、律儀な彼女の事だ。魔法を放つことは無いと断言できる。

 

「……いつか、倒す」

 

 後ろから、決意を固めた結衣の声が聞こえてきた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 少し歩き、まだ残っていた戦闘員達をこの手で殺し切り帰還しようとしていた時。俺は戦闘服の一部であるガスマスクを頭から取り、道の先から輝く夕日を眺めていた。

 

 俺の高校があるこの街は故郷と言ってもいいぐらい馴染み深いもので、どんな所に店があり、どんな所に誰が住んでいるのかすら分かっていた。

 

 そして、ここは結衣の故郷でもある。主人公である彼女が守る街でもある。

 

 そんな街を、俺は乱していた。大切な物を自ら傷つけている。

 

 先程まで街を荒らしていたのに、感傷に浸る自分が気持ち悪かった。気分が悪くて仕方ない。

 

「……ほんと、カスだ」

 

 多分、今の俺は酷い顔をしてるに違いない。

 

 そう思うと少しは笑えた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 刀を構え、神経を研ぎ澄ませる。

 

 この先の奴を始末する為、準備は怠らなかった。アジトを警備する戦闘員は打ち倒したし、俺は今任務に向かっていることになっている。

 

「らぁ!」

 

 入室禁止と名付けられた扉を刀で切り裂き粉々にする。その奥に身体を使って突入する。

 

「……なっ、貴様ぁ!」

 

 そこには痩躯の黒髪の男が椅子に座っていた。彼は俺を見て驚愕したのか目を丸くしている。普段従順な俺を完全に信じていたのか、刀を持ち殺気を漲らせた俺を信じ切れていない。

 

「死んでくれ、ボス」

 

 刀の切っ先を男に向け、駆け出す。

 

 鋭く輝く刀の切っ先は男の腹に向かい、そのまま突き刺さった。それだけでは飽き足らず、根元まで貫き通す。刺さった彼の腹から血が染み込み、広がっていく。それを見て俺は内心高揚を抑えきれなかった。

 

 刀を男に押し付け、荒々しく息を吐く。

 

 やったぞ。

 

 刺してやった。

 

 これで、終わりだ。

 

「……か、ふ。お前……か、九条」

 

「ああ、俺だよ」

 

 これを成したのは偶然では無い。俺の持つゲーム知識を活用した必殺の策だった。戦闘員の警備ルートは知っていたし、組織の任務管理が杜撰であることも理解していた。何より、最強と目されるボスは戦闘能力を有していないことを、恐らく俺だけが知っていた。

 

「……なぜ、俺を殺した?」

 

 ボスが口から血を垂らし、問いかける。青ざめた顔は彼に死が迫っている事を表していた。

 

「守りたい人がいるんだ。俺が死んでも、その人には幸せに居て欲しい」

 

「……魔法少女か」

 

「……!」

 

 ぽつりとボスが呟いた言葉に思わず反応してしまう。ボスはそれを見逃さなかった。

 

「はは……成程。お前も好きな奴が出来たのか。道理で性格が急に変わった訳だ」

 

「なにか仕掛けたのか!?」

 

「安心しろ、お前の生活を監視できるほど人員はいないし、魔法少女を攻撃出来るほどウチに戦力は揃ってない。多分お前のやっただろう工作のせいでな」

 

「……」

 

「それより……コフッ。お前は……愚かだな」

 

 ボスは穏やかに笑った。それは俺を嘲笑しているようで、全てを諦めた人間の顔だった。

 

「どういう意味だ」

 

「そのままだ。お前は街から脅威を取り除く為に俺を、バベルを殺したんだろう。それが本当なら……お前は馬鹿だ」

 

「……」

 

 意味が分からなかった。バベルは確かに街で暴力を振るっているし、それを市民達は迷惑に思っている。俺の認識に間違いなどない筈だ。

 

「まぁ……いいさ。道半ばだが、後悔は無い」

 

 ボスは目から光を失いながらそう呟く。刀が突き刺さった腹からは血が止まらず、口からも血を吐き出している彼は間違いなく助からない。だがそれは今の俺には困る事であった。あれ程死を望んだ男の延命を願う。

 

「待て……さっきのはどういう意味だ……!」

 

「どうせ……分かる……さ」

 

 最後にそう言い残して、ボスは死んだ。

 

 それを契機にバベルは崩壊した。幹部すら居ない組織に残る戦闘員など一人も居らず、アジトは数日でもぬけの殻となった。

 

 それは世間にも広く知らせられ、民衆は歓喜した。魔法少女達も脅威が去った事に胸を撫で下ろした。内部から崩壊したのは驚いていたが、荒くれ者が集う悪の組織なら珍しい事では無い。

 

 余りにも呆気なく、全てが終わった。

 

 ゲームではこれで終わりだ。悪の組織バベルが消えて結衣はハッピーエンドを迎えて、それでエンドロール。

 

 

 

 

 

 全部終わった、筈。

 

 筈なのだ。

 

 

 ■

 

 

「ど、どうも」

 

「いやー君が九条君かい。随分良い男じゃないか」

 

「あはは……」

 

「お父さん!変な事言うから明が困ってる!」

 

 ポカポカと男を叩く結衣の姿を見て苦笑いを浮かべる。あまり見ない彼女の姿を意外に思いながら、男を見る。

 

 今俺は結衣の家に呼ばれていた。結衣の父親は夕方しか時間がなかったらしく、ご飯をご馳走になる予定だった。

 

 正直初めて現実で出会う彼は窶れた男と言った印象だった。それも当然かもしれない、小さな頃から結衣を男手一つで育てる苦労は想像を絶するものだろう。

 

「それよりも、こんな時間に呼んで悪かったね」

 

「いえ、何時も暇なので」

 

「……そういえば、九条君の親御さんは……」

 

「居ません。母は生きてますが、何処にいるかすら分かりません」

 

「……そ、そっか」

 

 若干気まずい空気になりかけたが、結衣のお父さんが話を変えてくれたお陰で楽しい気分になった。

 

 前世ぶりの複数人での食事に心躍りながら時間が過ぎていく。結衣のお父さんは優しい人だったし、結衣はそれを受け入れていた。そこには美しい家族愛があった。

 

 俺には無い物があった。

 

「あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」

 

「分かった」

 

 途中、結衣がトイレに行く為に退出した。構わず食事を続けていると、彼女の父が口を開いた。彼は穏やかな笑顔を浮かべて俺に語り掛ける。

 

「ねぇ、九条君」

 

「なんですか?」

 

「結衣の事、どう思っているんだい?」

 

 一瞬、思考を巡らせる。答えは直ぐに出た。

 

「友達ですね。仲のいい友達」

 

「……そっかー」

 

 少し、残念そうに彼は答えた。結衣のお父さんは目を伏せて呟く。

 

「うーん、九条君はさ、あの子が魔法少女なのは知ってるよね?」

 

「はい、勿論」

 

「魔法少女ってさぁ、大変な仕事だよね。市民の為に戦うのが当然で、命懸けで戦うのが宿命。そんな中で失敗でもしたらニュースで叩かれてさ、酷いと思わない?」

 

「……そうですね」

 

 ゲーム時代でもそれはあった。任務に失敗すると市民評判ポイントが下がり、それが限界を超えると暴走した市民に取り押さえられ――――

 

 そんな事があるのだから、ネットやニュースで叩かれるのも当然あるのだろう。

 

「心を壊す人も少なくないらしいんだ。敵からの攻撃は勿論だけど、国民からのバッシングでもね。だからさ、君になら任せられると思ったんだ」

 

「何をですか?」

 

「結衣の心を支えて欲しかった。あの子は多分決定的な何かがあるまで魔法少女を続けると思うんだ。でも、その何かがあっては遅いんだ。心を壊してから魔法少女を辞めてもそれは手遅れなんだよ」

 

 彼ははっきりと俺と目を合わせて言う。

 

「だから、君に結衣の心を繋げて欲しかった。いつか壊れかけてしまうあの子の心を繋ぎ止める誰かが、絶対に必要なんだよ」

 

 熱を込めて彼は言う。その姿は子を想う父親に間違いなかった。

 

「頼む、君なら大丈夫なんだ。あの子がそこまで懐いてるのは見た事がなかった。多分、これ以上の人は居ない」

 

 頭を下げられる。真摯な彼の思いが伝わる。

 

「……」

 

 何も言えなかった。もう、俺は死ぬつもりだった。全てが終わり、満足していた。あとは何処か田舎で適当に自殺しようとしていた。

 

 でも、答えは在った。確かに導き出した迷いの無い答えが

 

「俺は――――」

 

 言の葉を紡ごうとした時、扉が開く音がした。口を閉じ箸を持つ振りをする。目の前の彼も同様に取り繕う様に口に唐揚げを含んだ。

 

 不自然な沈黙が広がる。静寂の中、結衣が首を傾げた。

 

「……?どうしたの?」

 

「別になんもないよ」

 

「ああ、何も無かった。ただ九条君とから揚げについて議論していただけだよ」

 

 

 意味が分からん。

 

 そんな事を考えながら俺は楽しく彼らと夕食を共にした。

 

 

 

 このままな訳ないのに、俺は油断していた。

 

 

 

 

 平和なまま終わるわけなかったのだ。

 

 

 

 俺への罰が、下される。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「大丈夫か!?」

 

 病院に着いた俺は知らされた病室にすぐさま駆け込んだ。扉を急いで開き、中の様子を見る。

 

「ん、大丈夫だって」

 

 そこにいたのは、腕を包帯で包んだ銀髪の少女だった。痛々しい印象を思わせる身体の傷は軽傷だったが、腕の包帯から未だ血が滲んでいた。

 

 

 

 

 俺は高校で授業を受けていた時、突然スマホが鳴った。悪い事だとは思いつつ、通知を見てみるとそれは結衣の父からのメールだった。内容は、結衣が戦闘で怪我をしたとの知らせ。

 

 急いで学校を早退し知らされた病院に駆けつけたが、そこで見たのは結衣の痛々しい姿だった。

 

「や、ちょっと油断しちゃった。まさかあんなに強いとは」

 

 俺が絶句する中、彼女は穏やかに話し出す。話によると彼女が戦闘したのは、最近ここら辺に勢力を広げてきた別の悪の組織らしい。そいつらはバベルの構成員よりも強力で、結衣は歯が立たなかったとのこと。一応行動を共にしていた魔法少女と街から逃げ出し、なんとか帰還したが共に病院行きだとか。

 

 笑う彼女を見ながら、俺は静かに思考を回していた。

 

 全てに心当たりが在った。

 

 

 何故悪の組織が勢力を伸ばしたのか。

 何故結衣の力が弱いのか。

 

 

 全て、俺のせいだ。

 

 

 

 

 

 悪の組織が勢力を伸ばしているのは、恐らく対抗勢力が消えたからだ。ライバルが居なくなれば自然と勢力範囲も広くなるだろう。そして対抗勢力とは恐らくバベルの事だ。

 

 そしてバベルを倒したのは、俺だ。

 

 ボスが言っていたのはこの事だったのだ。バベルを倒したとしても、悪の組織は無くならない。むしろより強力な組織すら出てくる可能性すらある。それを考慮しない俺を、ボスは笑っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結衣が弱いのはしっかりとした理由がある。魔法少女とは想いの力で強くなる物だ。感情がどんな方向であれ、強い想いを抱いた魔法少女は強い。

 

 現に結衣は弱い。ということは彼女が強い想いを抱いていないということだ。だがそれはおかしいのだ。原作では彼女は最強の魔法少女として成り上がっていくことになる。何故、今の彼女は弱いのか?

 

 それは、俺のせいだ。

 

 俺が、彼女の成長の機会を奪っている。結衣が戦うはずだったバベルを全て俺が倒し、彼女は強い想いを抱く機会を失ったのだ。俺が過保護に扱い鬱イベントを全部壊したせいで、結果的に彼女は弱くなっている。良かれと思ってやった事は、彼女を苦しめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、はは……」

 

 結衣の病室から退出して帰り、自宅の洗面台の鏡の前に俺は居た。

 

 本当に笑える。笑うしかない。

 

 馬鹿な男が、鏡に映っていた。何にも考えない、愚かな男が。

 

 ボスの言った通りだ、本当に俺は愚かだ。

 

「ははは……」

 

 何にも笑えないのに、笑いが止まらない。乾いた笑いが俺の口から出る。

 

「……死ねよ」

 

 口から溢れ出る。役立たずのゴミへの罵倒が止まらない。

 

「なぁ……死ねよ。頼むから死ね」

 

 気付くと目から涙が零れていた。それにもイラついた。何故俺が泣くのか。泣いていいのは結衣や魔法少女など理不尽な目にあったものだけだ。

 

「……ぅあ……クソ……死ね……」

 

 途中で吐き気がして、トイレに駆け込んだ。何度も吐いた。

気持ち悪かった。こんな事をしてのうのうと生きている自分が。

 

 

 早く、死ね。首を吊れ。刀で腹を刺せ。

 

 

 いつかの俺が殺した魔法少女達が耳に囁く。今の俺にそれは効果的すぎた。

 

「……いや、まだある」

 

 そんな中、俺は閃いた。

 

 全てが解決する天才的な策を。

 

 今の問題が一つ残らず解消される夢みたいな考えを。

 

 

 

 その代償は、俺の命。

 

 

 

「……」

 

 

 どうでもよかった。俺の命でも世に貢献できるなら幾らでも差し出す。

 

 

 

 だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が彼女の壁となろう。越えるべき障壁となろう。

 

 

 彼女が覚醒するための、犠牲になろう。

 

 

︎ ︎ ︎ ︎ ︎彼女が強くなる為に。

 

︎ ︎ ︎ ︎ ︎ハッピーエンドを迎える為に。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

「はぁ……」

 

 刀から滴る血液を見てぼんやりと思考の渦に入り込む。頭にはガスマスクを付けてバベル時代の装備を再現していた。既に悪の組織バベルは無いと言うのに、街中では悲鳴を上げられる。それがいい事か悪い事かは分からなかった。

 

 深夜。

 

 この街唯一のビルの頂上。そんな場所で俺は刀を持って座り込んでいた。深夜だからか、空の真ん中では月が煩いほど輝いている。

 

 満天の星空。

 

 月明かりが差し込む中。

 

 それは現れた。

 

「貴方は……バベルの残党?」

 

 月明かりで輝く銀髪に、紅いルビーのような瞳。煌めく魔法少女の衣装をはためかせ、少女はビルの屋上に飛び込んで来る。手に持つは蒼色の魔法剣。

 

 確かにそれは、俺の友人である結衣だった。

 

 俺が、ここに呼んだ人だった。

 

「貴方?私のお父さんを誘拐したのは」

 

 怒りに顔を染め上げて、彼女は俺に聞く。少し前に戦った記憶が残っているのか断定するように言った。まぁそれは合っているんだが。

 

「ああ、それは俺だ。お前の父は俺が誘拐した」

 

 ガスマスクでくぐもった声で答えた。理解した結衣が憤怒に燃える。

 

「お父さんをどうしたの!!」

 

「どうもしてないさ、ただ……」

 

 そう言って、俺は手に持つ刀を彼女に見せびらかした。数多の人を斬ったその刀は血で錆びれており、また、新鮮な血液が滴っていた。

 

「これを見たら分かるだろ?」

 

 その血液の量は明らかに少し斬った程度ではなく、命の危険が感じられる程だった。血液と共にこびり付いた肉片は刀が先程まで何かを殺傷していたのが分かる。

 

 結衣が僅かに怯むが、それ以上の怒りで吠える。父の容態は分からないし何故誘拐されたのかは分からないが、こいつを倒すべきだと思っているのだろう。

 

「お父さんを返せ!」

 

 そう言って蒼色の魔法剣を携えて斬りかかってくる。碧の軌跡が宙を煌めき、月を反射した。

 

「軽い」

 

 刀で軽く防御。軽い音が響き、容易く彼女の攻撃を受け止める。目を丸くする彼女を尻目に、俺は結衣の力の無さに悲しんでいた。自らの行いの結果、彼女から力を奪ったのだ。

 

「……すまない」

 

 小さく呟き、結衣を蹴り飛ばす。

 

 俺の足が彼女の胸にめり込むのが分かり、そして吹き飛んだ。ビルの屋上の端まで彼女は蹴飛ばされ倒れ込む。

 

「ぐ……」

 

 結衣は脚を使い立ち上がろうとするが、震えて立てないようだった。

 

「そんなものか」

 

 あえて笑う。

 

 鼻で笑い彼女の覚醒を促す。

 

 俺に激情を抱くように、挑発する。

 

「うるさい!」

 

「そんなんだから、父も守れねぇんだよ。弱ぇからな」

 

「黙れ!」

 

「叫ぶだけじゃ何にもならないなぁ」

 

「黙れぇぇ!!」

 

 結衣が叫ぶと、彼女の身体から光の粒子が溢れて来た。神聖な光が溢れ、夜空に消える。

 

 彼女の、覚醒演出だ。

 

 そう、理解した時には遅かった。

 

「倒す!!」

 

 先程からは想像すら出来ない速度で結衣は動く。まるで蜃気楼のように彼女の姿が掻き消え、闇に消える。

 

 瞬間。

 

 目の前に、結衣が現れた。

 

 突然目の前に現れた彼女に俺は対応出来なかった。頭は反応してるが、体が追いつかない。

 

 彼女が振り翳した碧の軌跡が俺に迫る。鋭利な刃が俺を切り裂き、頭部を狙う。

 

「ぅっあ!」

 

 咄嗟に頭を動かし回避したが、僅かに服が切れた。何とか致命傷は避けたらしい。良かった、まだ死ねない。彼女はまだ覚醒の余地を残しているのだ。

 

 まだ、この命に使い道は有る。

 

「……え」

 

 彼女が漏らした声に反応し目の前を見ると、何故か結衣が目を見開いていた。

 

「……はは」

 

 もしやと思い頭に手を当てると、ガスマスクの留め具が外れていた。先程の攻撃によって、切り裂かれていた。

 

 

 素顔を、晒していた。

 

 

「……あ、え?」

 

「はは……」

 

 本当に、馬鹿だな。俺は。

 

 何にも上手くいかない。

 

 無能でしかない。

 

「……あ、明?」

 

「ああ、そうだよ。俺だ」

 

 もう、こうなったら貫き通すしかない。悪の組織バベルの残党、『九条明』の仮面を被り続ける。

 

 悪の仮面を被る。

 

「何で、なの……」

 

 結衣は信じられないと言いたげに身体を震わせた。目の前の事実を受け入れられないのだろう。

 

「どうして、何で貴方が……」

 

「何で……か」

 

 彼女が俺の事を大切に思っているのは知っている。親友とも言える間柄だと、俺は思っている。

 

 俺も君が大切なんだ。

 

 だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 その想いを踏みにじる。原型を留めないようにぐちゃぐちゃに潰す。

 

「別に理由なんてねぇよ」

 

 驚愕している彼女を嘲笑う。まるで悪の様に残酷に冷酷に笑う。彼女が一心に俺に殺意を向けられる様に、全てを投げ出す。

 

 痛む心を無視して、悪を演じる。

 

「あ、貴方……自分が何をしたか分かってるの?」

 

「分かってるに決まってるさ」

 

 震えた声で問う彼女を肯定する。当然とでも言うように血濡れの刀を担ぎ、見せびらかす。

 

「なぁ、どうだ。父親が死んで、どんな気分だ?」

 

 彼女の心を煽る。

 

 悪の演技をする。

 

「知りたいなぁ。あんなに大切にしてた家族を殺されて、何を思うのか」

 

 原作の九条を思い出して口を開く。何だかすらすら言葉出てきた。

 

「……許さない。幾ら貴方でも、許されることでは無い。あんなに良くしてくれたあの人を、傷つけるなんて許さない」

 

 それが通じたのか、結衣は蒼い魔法剣を持ち俺を睨んだ。赤の瞳は普段俺に向けていた感情とは真逆の怒りの感情が篭っている。

 

 ああ、嫌だ。

 心が傷んだ。

 こんな事、したくない。

 彼女と笑顔で話していたい。

 

 でも、それは叶わないのだ。

 

 

 

 溢れる感情に蓋をする。彼女に悟らせる訳にはいかない。俺はバベルの九条で、父を傷付けた快楽殺人鬼。知るのはそれだけで良い。

 

「許さない?どうでもいいな、お前に許されて何になる?」

 

 闇の中、彼女に刀を突きつける。血濡れの刀が月明かりに照らされて妖しく光った。それは、俺の罪の証だ。今まで幾人もの命を奪ってきた、最悪の象徴。

 

「……好きだったのに。貴方の事が好きだったのに!」

 

 結衣は絶叫しながら剣を持ち、俺に駆け出す。その速度は覚醒によって強化されていた。先程とは比べ物にならない速度と力に驚く。

 

 刀と剣が打ち合い、火花が散る。鍔迫り合いになるが、覚醒した彼女と力は互角らしく押し切ることは出来なかった。

 

 そんな中で、顔と顔が近づき結衣と目が合った。

 

「……ああ」

 

 思わず言葉が漏れる。

 

 彼女は泣いていた。憎しみに溢れたその朱の瞳は、しかし後悔と悲しみで満ちていた。

 

 宝石の様な瞳から涙が溢れ、それは頬を伝って地面にぽつりと落ちる。

 

 「なんで……、明ぁ……」

 

 呻くように彼女は言う。だがそれでも感じた憎しみが彼女の身体を突き動かす。

 

 抑えた刀が震え出した。鍔迫り合いで段々と押されてきているのだ。それは彼女が力を引き出す事に成功している証。彼女の身体からは光の粒子が止まず、感情の強まりを表している。彼女の覚醒が、始まっている。

 

 この調子だ。俺なんか超えて、どこか遠くに羽ばたけ。

 

「くっ……!」

 

 結衣が力づくで剣を振るうと、単純に力負けしたのか俺は吹き飛ばされた。僅かに後ろに退けられる。

 

 そこに更に追撃、強化された結衣の斬撃は先程よりも何倍の威力を持っていた。構えた刀が弾かれ、持つ手が痺れる。

 

 火花が散る中。

 

 刀を構え直し、彼女に切っ先を向ける。

 

 そして再び剣戟。

 

 だがそれは先程とは内容が違っていた。明らかに押され始めている。俺と彼女の差が急速に埋まっていくのが分かった。単純な力で押され、小手先の技術で絡め取られ、気迫で負けている。

 

 そしてそれは必然だった。

 

「う……あ」

 

 僅かの意識の切れ目。その綻び。

 

 彼女によって弾かれた刀を戻そうとしていた時。

 

 俺の脇腹から、剣が入っていくのが見えた。蒼色の剣が戦闘服を着た俺の腹にめり込む。

 

 直後に、激痛。

 

 上手く力が入らない中で何とか後退し、攻撃を回避する。刀を振り回し結衣の追撃を中止させる。形振り構わない俺を危険視したのか彼女は攻撃してくることは無かった。ビルの淵に立って腹を抑える。

 

「……かふ……ごふっ」

 

 口から迫り上がる何か。

 

 手で抑えて咳き込むと、掌には血がべったりと着いていた。何だか体も重いし、腹も痛い。立つのもしんどい。先程血液を失い過ぎたのか、身体の奥底が寒い。

 

 

 

 

 

 

 

 もう、終わっていいだろうか?

 

 そんな気持ちが湧く。

 

 

 

 

 

 いや、まだ。この程度で終わっていい訳がない。

 

 俺が、九条明がこの程度で許されていいわけない。

 

 だから、

 

 

 

 

「……ぅっ、ゴホッ!はぁ……はぁ……こほっ」

 

 気合いを振り絞って血塗れの刀を構える。最後まで使命を全うする為に戦う。多分、俺はこの瞬間の為に生まれてきたのだ。不思議とそう思えた。

 

「……明……何で……」

 

 異常な俺の姿に結衣は戸惑っている。死力を尽くして戦う俺に困惑している。それでいい、だから早く俺を殺せ。

 

「まだ……終わってねぇぞ……」

 

 ただの意思だけで脚を動かす。もう体は限界を迎えていた。

 

 

 雲が動き、月明かりが俺達を照らした。眩いほどの光が俺達を覆う。その明かりを目印に刀を持って結衣に駆け出す。

 

「……まだ……まだぁ……!」

 

 狂気的なまでに迫る俺に呼応して、彼女も剣を構えた。揺らぐ脚を抑えて走り、彼女の元まで駆ける。

 

 佇む銀髪の少女に向け、袈裟斬りで刀を奮った。

 

 間違いなく本気の一閃で、手加減は無かった。

 

 だが、次の瞬間。

 

「が、はっ」

 

 瞬く間に俺の刀は弾き飛ばされ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま、剣で身体を貫かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀が宙を舞い、ビルから追い出され下の市街地に落ちていく。

 

 「はぁ……はあ……がふっ」

 

 月明かりの元、結衣と身体が重なる。まるで抱き着いたかの様に俺達は重なっていた。彼女の暖かい体温が冷え込んだ身体に染み込む。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

「……あきらぁ……なんで……!」

 

 そのまま彼女に押し倒される様にビルの屋上に倒れ込む。俺に馬乗りになった結衣は、瞳から涙を溢れさせていた。

 

 仰向けに倒れ込んだから、空の景色が良く見えた。

 

 満天の星々で彩られた、綺麗な空。

 

 まるで主役の如く金色に輝く満月。

 

 そんな中で、涙を流した少女。

 

「……」

 

 もう、死ねるのに。

 

 もう終わりなのに。

 

「泣かないで、くれよ」

 

 余計な事を口走ってしまう。

 

 このまま黙って死ねばいいのに、何か残してしまう。

 

 目の前で泣いている彼女を放置できない。

 

 悲しむ彼女を、泣き止ませたい。

 

「……なんで、あきらぁ……なんでよぉ……なんで、お父さんを殺したの……」

 

「結衣の……父さんは、まだ……生きてる」

 

 そう、言い放ってしまう。

 

 俺の言葉を聞いた結衣が目を見開く。涙に濡れた紅の瞳が俺の事を見つめる。

 

「俺の家で、寝てる……縛ってるから……早く解いてやってくれ……」

 

「……じゃぁ……刀の、血は……?」

 

 言葉に応える為に体から抜けていく力を振り絞り、戦闘服の腕を捲る。そこにある血が滲む包帯を解いた。

 

「え……」

 

 そこには長年の虐待で刻まれた古傷とは違う、最近傷付けられたであろう酷い傷があった。ぐちゃぐちゃに切り刻まれて、所々には肉片が切り取られたであろう傷すらあった。

 

 そう、俺は確かに結衣と戦う為に彼女の父を誘拐したが、彼を殺傷することはしていない。当たり前だ、そんな事出来るわけがないのだ。

 

 先日俺は自らの腕を刀で切り刻み、彼女の父を殺したとカモフラージュする事を決めた。苦痛を伴う作業ではあったが、彼女の為と思えば何とも無かった。刀に自らの血と肉片を塗りたくり、包帯をキツく巻いた。

 

「そういうことだ…………はは、……ごめんな……」

 

 彼女を強くするという目的は達成して、後は死ぬだけなのに。

 

 謝りたい。

 

 酷い事をしてしまった。

 

 彼女の為とはいえ、勘違いさせるような事をした。

 

「なんでそんなこと……したの、それに……なんでバベルに入って……」

 

「それは――――」

 

 答えづらいが仕方ないと、言おうと思った時。

 

 口から血が、溢れた。

 

 咳き込むと詰まった様な音が響き、大量の血を吐き出す。

 

「ゲホッ…………がは……」

 

 口からは血の塊を吐き出し、腹からは突き刺さった魔法剣がとめどなく血を流させている。傷付いた臓器が出血を続ける。

 

 血を流し過ぎたせいか、寒い。

 

 視界も、狭まってきた。

 

「あぁ……待ってよ……明ぁ……」

 

 結衣が俺の身体を掴んで縋る。服を力強く握りしめて、離さない。

 

「死なないで……ちゃんと……、説明してよ……!」

 

「はは……ごめん……ほんとに、ごめん……な」

 

 寒い。

 

 寒い。

 

 寒気がする。

 

 多分、これが死だ。これが全身に行き渡った時、俺はその生を終えるだろう。

 

「置いてかないで……私を……なんで……治ってよぉ……こんな傷治して……また、遊ぼうよ……」

 

「大丈夫だ……結衣なら、また新しい友達ができる」

 

 心の底からそう思う。

 

 彼女が素晴らしい魔法少女になって、沢山の人々を救う姿を思い描けるし、その姿を知っている。彼女が人々から人気者になる姿も見ていたのだ。

 

 でも、結衣は首を横に振った。

 

 月光で輝く銀髪を振って、俺の言葉を否定した。

 

「でも……でも、明が居ないと……意味無いよ……」

 

「……そんなこと、ない。お前なら……他に良い友達が出来る。俺の事なんて……すぐに忘れるさ」

 

 結衣なら、他に良い友達ができる。

 

「いやぁ……そんな事ない……」

 

 だがそれを結衣は否定した。

 

「明みたいな人……居ないよぉ……もう、見つからない……」

 

 彼女は俯いて涙を零し始めた。

 

 まるで、大切な人を想うかのように。

 

「大丈夫だ……だって、結衣は人気者じゃないか。悪を倒すヒーローなんだから、だから……良い人も見つかる……」

 

 結衣は学校でも魔法少女として有名だった。街を守るヒーローみたいな扱いで、告白も良くされていた。だから、俺が居なくても大丈夫だ。それに、俺は彼女に相応しくない。

 

 こんな穢れた俺は、清らかな彼女の傍に居るべきではないのだから。

 

「違う……違う……、明は……分かってない」

 

 だが結衣はまた、強く手を握りしめた。

 

 分からない俺に言い聞かせるように口を開く。

 

「明は替えが効かないの……貴方は、貴方だけなの……あなたしかいないの……」

 

 そう言って、結衣は俺を抱きしめた。綺麗な衣装に俺の汚い血が染み込むが、関係ないとでも言うようにさらに強く抱き寄せた。

 

「……」

 

 暖かった。彼女の温もりが心地よかった。

 

 でも、少しずつ冷え込む。

 

 頭の芯まで冷えていく。

 

 身体の機能が停止していく。

 

 

 

 

 

 目が霞んでいく。

 

 呼吸が止まっていく。

 

 音が聞こえなくなっていく。

 

 感覚が消えていく。

 

 

 死が、そこに在った。

 

 何時も願っていた死が在った。

 

 

 

 

「結衣、最後に――――――

 

 

 彼女に、何か言いたかった。

 

 

 俺がこの世界に生きていた証を、残して欲しかった。

 

 俺を覚えていて欲しかった。

 

 

「いままで、ありが……と……な」

 

 

 掠れた声で呟く。

 

 

 

 冷えきった身体が、やけに暖かった。

 

 

 

 そんな時、

 

 

 

「――――」

 

 

 

 冷たい唇に、何かが触れた。

 

 

 柔らかい、何かが。

 

 

 霞む視界を広げると、そこには息が当たる程の距離で涙を流している結衣がいた。赤の瞳は止めどなく涙を零していて、彼女は笑うと、また俺と唇を重ねた。

 

「――――」

 

 初めてのキスだった。

 

 それも相手は、好きな人。

 

 

 こんな事されたら、もう思い残すことなんて無い。

 

 

 ああ、でも少しもったいないことをしたかもしれない。せっかく彼女と両想いなら、少しは恋人らしい事をしても良かったな。でも、これで良かったのだ。

 

 これ以上の最期なんて、考えられない。

 

 彼女に看取られていけるなんて、最高の終わりだ。

 

 こんな穢れた俺でも、幸せに死ねる。

 

 

 どうせ罪深い俺は地獄行きだ。だから、今だけは、この気持ちを受け止めていたい。地獄で罪を償うから、今だけは

 

 彼女の気持ちを、噛み締めていたいのだ。

 

︎ ︎ ︎ ︎俺が最低な人間だとしても、どうか今だけは許してくれ。

 

 

 

 徐々に瞼が落ちていく。

 

 

 視界が狭まる。

 

 

 穏やかな眠りに落ちる。

 

 

 

︎ ︎ ︎ ︎ただ、月明かりだけが俺と結衣を照らしていた。

 

 

 

 

 永遠の闇に、飲み込まれる。もう、後悔は無かった。

 

 

 

 

 

 そして

 

 

 最後に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣いて、泣いて、それでも綺麗な彼女を視界に収めて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼が、落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






まだ、続きます

時間は空きますが待っていて下さい

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