無限に広がる空の下で愛を紡ぐ 作:亀半
マミと杏子が顔を合わせてから数分の時が流れた。二人とも黙々とケーキを口にし、騒ぎながら食べる紡たちを見ながら微笑む程度である。
「──悪かったな、あん時は」
杏子が小さくそう呟いた。マミが少し驚きながら杏子の顔を見ると、彼女はそっぽを向いていた。
「佐倉さん……」
「……あんたに迷惑、かけたくなかったんだ。あたしの個人的な理由で」
佐倉杏子の父親は聖職者だった。とある教会を受け持ち、教えを語っていた。
日々、新聞を読んではそこで報道される出来事に心を痛め涙を流すような人物で、新しい時代には新しい教えが必要と考えるようになる。
自身が信じるモノを語る彼の姿は側から見れば胡散臭い新興宗教でしかなく、教会からは人が減っていった。日々減っていく人々、困窮していく家庭。自分の教えは間違っているのか。
そんな彼は家族の前でふと、弱音を溢す。
「話さえ聞いてくれれば──」
と。杏子は父親の教えに共感しており、なんでみんな父の話を聞こうとしないんだと怒っていた。そんな時だ、きゅうべぇが現れたのは。
──みんなが、親父の話を真面目に聞いてくれますように。
佐倉杏子が願ったのはそれだけだった。
願いによって人に話を聞かせることができるようになった父と、魔法少女になった自分とで裏と表の両面からこの世界を救おうと意気込む杏子だったが、それが彼女の父親の願いを否定していた事に気付いていなかった。
「お前は……魔女だ」
今までの信者は全て魔法で集められただけだと知った父親は、絶望のあまり願いで人々を集めた杏子を「魔女」と罵って勘当し、家族に暴力を振るうようになり、酒浸りになって正気を失った末に杏子の妹・モモや母親を道連れに無理心中をしてしまった。
教会の跡地は今も残っている。彼女の、罪の証として。
こうして他人のための願いが破滅を招いた結果を、「自業自得」と受け止めた杏子は二度と他人の為に魔法は使わねえ、と決意し、師事していたマミにも考えが合わないと袂を分かち、見滝原にも立ち入らなくなった。
その後、杏子の生活は酷く荒んでしまい、空き巣や万引きなどで金や食糧を入手したり、魔女にグリーフシードを孕ませるために一般人を見捨てたり、時には他の魔法少女と争ったりと、嘗ての理想とは程遠いアウトロー状態になってしまう。
そんな生活を続けていた頃、彼女はある人物と出会う様になった。
「術式順転──蒼」
高い身長に目立つ白髪、おまけにサングラスを掛けた
魔法少女でもない男が謎の力を振るい、グリーフシードを拾って去っていく様を見た杏子は自然と足が動いていた。
「あんた、何モンだ?
杏子が槍を突きつけながら男を脅迫するが、真っ黒なサングラスをかけた男は表情一つ動かさず、べーっと舌を出した。
「ハッ、やなこった」
突き出された槍の上に脚をかけ、地面に叩き落とすと、凄まじい速さで走り出したのだ。舌打ちをしつつ男を追いかけようとした杏子だったが、既に姿は消えていた。
そんな出会いから日は経ち、魔女に襲われ、両親を亡くしたゆまという少女を拾い、その日暮らしを続けていた杏子は、偶にその姿を見ることはあれど、厄介そうな力を持つあの男に対して八つ当たりの様に言葉を投げることはあったが、自分から近づこうとはしなかった。
「赤毛に聞きたい事があってさ」
だからあの日、男から声を掛けられるとは杏子も思っていなかった。
「へー……そりゃあ好都合だ。こっちもアンタに聞きたいことがあるんだよ。これまで散々はぐらかされてたからな。それと、赤毛じゃねえ。あたしは
"無限"の力を持つ男、五条紡は自由と言うか、図体のデカい子供のようだと杏子は思っている。
少し話したくらいでダチ認定してくるし、色んな所に連れていかれるし、挙げ句の果てにはゆま共々ウチに住めば? と言う始末だ。邪な下心があるわけではなく、ただ純粋にダチならそれぐらいするだろう。という感覚で。
「私は、貴女を責める気は無いわ。理由を知っていれば尚更。──ねぇ、佐倉さん。私たち、もう一度、やり直すことはできないかしら」
「……本気か?」
「本気よ? 一度はすれ違いで解消してしまったけれど、佐倉さんが悪い子じゃないって知っているもの。そ、それとも、もう五条さんとコンビを組んでいたりするのかしら?」
マミの発言に思わずがくり、と頬杖が崩れた杏子。
「は、はぁ? どうしてそうなるんだよ」
「その……側から見たら、そうとしか見えなくて……」
「あー……」
確かに、家にまで住んでてただのダチだと言っても信用されないだろう。そもそも、自称最強の紡がコンビ組もうぜと自ら言うタイプではないし、杏子もこれ以上世話になるつもりはないとコンビを提案することはないだろう。ギブアンドテイクの関係性がしっくりくるだろうか。
「あたしは──」
「キョーコのコンビはゆまだよ!」
なんと答えればいいか悩む杏子に救い船を出したのは小さな少女の挙手だった。
「貴女が?」
「うん! ゆまはキョーコの弟子なんだっ!」
頬にクリームを付けながら胸を張る少女を見て、マミは杏子が弟子を取っていたという事に嬉しさを感じていた。
「そうなのね。ごめんなさい、佐倉さんを取ろうとして」
やはり、佐倉杏子という人物はあの時から変わっては居なかったのだと、マミは再確認する。
「いいよ! なんたってマミはゆまにとって大師匠だから!」
「だ、大師匠?」
「うん! マミはキョーコのお師匠なんでしょ? だから、ゆまにとって大師匠なの」
「な、なるほど……?」
無邪気な笑みを浮かべるゆまに困惑しながら返答するマミだが、満更でも無さそうだった。
「話終わった?」
今まで比較的大人しくしていた紡はようやく口を開いた。
「あぁ。一応な」
「良かったなー杏子! 仲直りできてさ」
「お前が無理矢理連れてきたんだろ……」
「そんな事ねーよ。な?」
紡に連れてこられた時の様子を思い出してマミは頬を赤く染めていた。その様子を見て杏子はなんかやったんだろうな、と半ば確信する。
「ぶっちゃけ、喧嘩の後の仲直りは殴り合いになるって思ってたからちょっと期待してたんだよね」
「どこの知識だよそれは! あたしらはそんなに血の気が多くねーよ!」
「でもジャンプじゃ──」
「また漫画の話か!」
ショートケーキのいちごをフォークで突きながら話す紡と、呆れながらツッコむ杏子。
「んじゃあまぁ、仲直りも済んだっつーことで。さっき言ってた話の続きしようぜ、マミ」
「話の続きってなんだよ?」
「魔法少女が救われる街ってのがあるらしいぜ」
「はぁ?」
怪訝な表情を浮かべる杏子にあくまでウワサらしいけどな。と紡は付け加える。
「ほんとかよ、マミ」
「えぇ、私が三滝原で他の街から来た魔法少女が去り際に言っていたの。此処でも無理ならそのウワサに縋るしかない、って」
マミ曰く、発現した魔法が戦闘向けではなかったり、そもそも戦いそのものが恐怖でできない者たちはチームを組んだりする事があるらしい。三滝原に来たのも、この街でならやっていけると踏んだのか、それともマミを引き入れようとしたのか定かではないが、その魔法少女はウワサの街に向かったのだろう。
「杏子は聞いた事ねーの? そんな街があるってさ」
「さぁ。そんなウワサ気にする暇があったら魔女と戦ってたからね」
「じゃあ情報なしか」
そんなウワサが流れていると言うことは、何処かには実在するのだろう。しらみつぶしに探すのは流石に怠すぎる。とは言え、これ以上紡に魔法少女の知り合いは──。
(……居るわ。もう一人)
その顔を思い出し、紡は顔を顰めた。
その魔法少女とは、美国織莉子の事だった。才女と呼ばれる彼女ならば、そう言ったウワサ話も調べているであろう。だが、紡は彼女の事が苦手だった。
(めんどくせー……)
たくさんの魔法を見たいと言う欲求と、美国織莉子と会うと言う事を天秤にかけた紡は、面倒くさいが会いに行くと言う結論に至る。
「あー、オレはその街のウワサ調べるからさ、その間にマミはゆまに訓練付けてやってよ。こいつ、ほぼ戦闘経験無いからさ」
「訓練?」
「そ。立ち回りとか、戦闘の基本でいいよ。こいつの魔法、どっちかというと後方支援だし」
少女の頭の上に手を乗せながら紡は語る。千歳ゆまの魔法は簡単に言うと癒しの魔法であり、武器はメイスとの事。
「紡。ゆまを無理に戦わせる必要は無いだろ。グリーフシードもまだお前が貯め込んでる在庫もある」
千歳ゆまはまだ11歳の少女である。そんな少女に命を賭けた戦いをさせるというのは杏子はあまり乗り気ではないらしい。
「いずれは戦う事になるだろ? 今からやっとけばいいじゃん」
「そのいずれが早すぎるって話をしてんだ。お前みたいな魔法持ってたら話は変わるが、ゆまは攻撃手段が近接しかねーんだぞ」
「だから、今からやらせとくって話だろ?」
ゆまの育成方針に違いがある二人の論争をマミはまるで父と母の喧嘩のようだ、と少し思ってしまった。口にすれば杏子が怒りそうなので言わなかったが。
「ゆま、大師匠の訓練受けたい」
「……本気か?」
「うん。ゆま、キョーコも、ツムグも、大師匠もみんな守れるようになりたい」
決意の灯った瞳に見つめられた杏子は溜め息を吐く。
「言っとくけど、あたしは厳しいからな」
「キョーコも訓練つけてくれるの!?」
「……マミよりあたしの方が近接武器に関しちゃ経験者だからな。それに、一応お前の師匠って事になってるし」
「ふふ、そうね。一緒にゆまちゃんを立派な魔法少女に育てましょう?」
「ゆま、頑張るよ!」
やる気満々の少女は頬にクリームを付けたまま笑顔で宣言していた。
「──じゃあ、オレ用事あるから出かけるわ」
「用事? んな事言ってたか?」
「さっき出来た」
紡の言葉にまたこいつは……と呆れる杏子。残ったケーキを食べ終わった紡は適当に寛いで行けよ、と言い残し部屋を出て行った。
ひとまず紡が向かう先は、日頃から世話をしてもらっている使用人の場所だった。