空気が薄い。
宇宙だから当然、というわけではない。
ここはイズマコロニー。そして連邦の最新鋭
「なんだ? 妙に息が詰まる……」
しかし、パイロットであるゲーツ・キャパの喉には何かがつかえるような感覚が纏わり付いていた。
いくら咳払いしても解消されない不快感に苛立ちながら隣のサイコ・ガンダムに目を向ける。
ムラサメ研秘蔵の強化人間。この暗殺計画の要であるドゥー・ムラサメの精神は、初めは安定していたものの、今は不安定な状態が続いている。
サイコ・ガンダムのサイコミュはパイロットに大きな負担を強いるもの。いくら圧倒的な火力があっても狙いに当たらなければ意味もない。
故に、この作戦はドゥーの精神が保たれている間の短期決戦でなければならなかった。
厄介なことにクランバトルに参加したガンダムたちや軍警の木っ端の
今はサイコ・ガンダムの装甲による質量兵器とiフィールドで何とか前進しているが……この原因不明の息苦しさの影響を受けていないか懸念していた。
「ヒュー……ヒュー……うっ……キラ、キラ……」
「ドゥー!?」
通信で聞こえるドゥーの声は苦悶に満ちていた。
ひとつひとつの呼吸が深く、荒い。
ゲーツとは異なり、全力で深呼吸をしなければ呼吸さえままならないほどの重篤な状態のようだ。
何の……いや、誰の仕業なのだろうか。
ゲーツはこの現象が人為的なものによって引き起こされていることを感じ取っていた。
“強化”された感覚によって導き出された直感に従い、周囲を警戒する。
サイコ・ガンダムの装甲から見える隙間。遥か高い標高から一直線に近づいてくるものを見つけた。
夜空よりも黒い躯体。四対の羽。
動物のように肥大化した両腕両足と、中半身とも言える腹部から飛び出る人間の隠し腕。
ゲーツは戦慄した。
この作戦において最も警戒するべき対象が、現れてしまった。
「“獣”だ! “獣”が現れたぞ!」
その呼び名は先日の黒いゾゴックの戦闘を見たジャンク屋の界隈が発祥となったものだ。クランバトルというコンテンツを破壊するべく現れた無法者。凄腕とされたMAVを瞬く間に葬ったあの中継は、数々のジャンク屋たちを撤退へと駆り立てた。
何せ、奴が現れなければマッチングすら成立しない。その上、あのような操縦に追いつけるわけがない──────命の無駄遣いとなるだけだ。
元々、コンテンツとしては過渡期であったクランバトルを終わらせる存在として呼称されることとなったのが、この“獣”という呼び名あった。
「近づかれる前にキシリアを始末する! 出来るな、ドゥー!?」
ゲーツ達はクランバトルに興じるわけではないが、作戦の障害となり得る情報として仕入れている。
その上で講じた対策は“邪魔される前に目的を果たしてしまうこと”であった。
そう、肝心な目的はキシリア・ザビの殺害である。
いくらサイコ・ガンダムの火力があっても、まともに相手をしていれば消耗は避けられない上……最悪、何も果たせずに死んでしまう。そんな無駄死には死んでも御免蒙りたい。
歴史に名を残す、なんて大それた口にしていたバスクの言葉を思い出し、ゲーツはドゥーへ必死に呼びかける。
「う、う゛う゛う゛」
「ドゥー! 気にするな! そのまま前進して目標を狙うぞ!」
何とか目標である金色のビルへと向かっているものの、“獣”と会敵しなければならなくなるのも時間の問題だ。
……暗殺にしては乱暴であるが、最悪、ビルごと吹き飛ばす作戦に変えないとまずいか。
ゲーツは、選択を迫られていた。
「キラ、キラ……! キラキラ、どこ……!?」
一方、ドゥーは未だに暴走状態が続いていた。
かろうじて作戦行動を取れているものの、それはあくまで偶然に過ぎない。本質は“キラキラ”と呼ばれる現象が確認できなくなり、錯乱しているだけである。
この“キラキラ”について詳細を語れる者はこの場に向かっている最中であるが──────この現象にはニュータイプの意識を極大化させる作用がある。
彼女はそれによる全能感への依存が強いがために、ふとした拍子で消えてしまったこと、そして先程から首を締め付けられるほどに強い圧力が彼女の精神を不安定にしている。
纏まらない思考のまま、見上げた全天囲モニターに映りこむ──────黒い影。
八つ当たりのように攻撃していた軍警よりの色よりも遥かに漆黒のそれ。
並々ならぬ殺意を感じ取り、理解した。
ああ、アレのせいだ。
アレがいるからこんなにも苦しいのだ。
アレが、自分のキラキラを奪ったのだ。
「お前かァ──────!!!!」
サイコミュにより操作されるサイコ・ガンダムの装甲の数々が黒い
絶え間ない物量の押し付け。並の
そんな物理の暴力……に加え、サイコ・ガンダムの両手の指から高出力のメガ粒子砲が放たれる。
ドゥーの内には初めから手加減などと言う考えは存在しない。日中は全力全開で遊び続け、家に帰ったらこてんと眠る無邪気な子どものような戦い方をする。彼女一人では作戦行動など成り立たないからこそ、ゲーツという
尤も、この場においてその性格が幸いしているのは間違いない。キシリアの暗殺のために理性的に温存なぞしていたら、その隙をつかれていたことは容易に想像できることだろう。
しかし、それでもゾゴックが接近してくる速度は止まらない。
このまま避けきれずにサイコ・ガンダムの装甲と衝突し、ゾゴックだけがぺしゃんこになる──────
「──────!」
……はずが、高速で飛来する装甲をすれ違うタイミングで四本腕で掴み取り、そのまま遠心力に身を任せて投げ返す。
装甲の一破片が、後から来る破片たちを巻き込みながら積み重なる。ダメ押しとばかりにゾゴックが勢いのまま蹴りを加えると、傘状のバリケードが出来上がった。
メガ粒子砲はバリケードに沿うように反射し、雨粒のようにサイコ・ガンダムへと跳ね返る。
跳ね返る様子は水滴のよう。傘の裏面にホースで水を噴射しているような間抜けな光景であった。
サイコ・ガンダムの装甲は、表面上はガンダリウム合金による堅牢な防御を誇るが、背面はリフレクターの機能がある。
本来は敵の意表を突く他、高出力のメガ粒子砲を広範囲に拡散させることや、乱反射させて全方位からの攻撃を可能にさせるための機能であったが、このように敵から逆に利用されることなぞ想定しているはずもない。
「何だそれ!? お前、何なんだよ!?」
“キラキラ”の中にいても思いつかない発想に一周回って冷静になってしまうドゥー。
反射されたビームの出力は減衰しており、iフィールドを展開するサイコ・ガンダムには傷一つつかないどころか、街にあるビルなどの構造物も少し焦げる程度にしか影響はない。
しかし、己の攻撃をああも簡単にいなされてしまうことに苛立ちを隠せないドゥーは、腹部のメガ粒子を放とうとする。
狙いは勿論、装甲の先にいるはずの怪物。
さあ姿を見せるがいい。この極光がお前を焼く準備が整っているぞ。
サイコミュの操作を受け付けるようになった装甲を退ける。
だが、そこには粒子により生じた煙が立ち込めるばかり。件の
「……はっ!?」
気づいた時には遅かった。
既に漆黒のゾゴックはサイコ・ガンダムの腹部に辿り着いていた。
腕部に轟々と輝きを放つ桃色のそれは、下腹部に向けて容赦なく、深々と突き刺さる。
「お゛っ゛……!?」
思わず下腹部を抑え、涎や胃液が抑えきれずに口から垂れ流しになる。口から出るものが血ではないかと錯覚するほどの痛覚が押し寄せ、悲しくないのに生物として反射的に出てしまう涙を止められない。
ドゥーとサイコ・ガンダムはあらゆる技術を総動員して、可能なかぎり感応を高めるための細工がされている。
機体の反応速度を速めるための措置であったが、かえってそれは機体からの反動がパイロットに直接襲いかかるというデメリットがある。
そして、その短所はパイロットを使い捨てるという乱暴な解決策に行き着いてしまった。
先の一年戦争において連邦の“数”による成功体験を得てしまったが故の歪みとも言えよう。
その思考停止とも言える開発者の結論によって、今のドゥーが割を食っていた。
「フゥーッ……! フゥーッ……!」
だが、脅威は近くにいる。
目の前の獣は荒々しい呼吸のように排熱を繰り返しており、更なる追撃を画策している。
突き刺さった腕とは別の、もう片方の手が輝きを放つ。
頭で輝く単眼は、余所見もせずに、コクピットに居るドゥーの方を向いていた。
「〜〜〜〜っ!」
またあんな痛みが襲いかかってくるのか。
いやだ。いやだ。いやだ。
ドゥーは身を縮こませてしまう。
いくら強化人間と言えど。
いくら痛覚が鈍く調整されようとも。
あんな、麻酔無しに臓腑を焼きごてで抉られるような感覚は耐え難いものだった。
加えて、あの
『おれ、もう、
なんて深い闇であろうか。
望んで人間から逸脱したドゥーとは異なり、望んでもいないのに人間から逸脱してしまった男がいた。
大切な人を守れるのであればそれでもいいと己を納得させようとしても、結局誰も守れないどころか、それを空虚に処理してしまう自分に絶望する男がいた。
……そんな醜い自分を悟られないように、“キラキラ”から必死に目を背ける男がいた。
「ふざけるなぁ!」
“キラキラ”こそが己の人生の愉しみであるドゥーにとっては到底理解し難い思考である。
いや、それ以前にこいつの在り方は、ドゥーの存在そのものを否定している。
故に、負けられない。
刺し違えてでも殺さなければならない。
とうに、
戦意を奮い立たせたドゥーはサイコ・ガンダムの両腕を腹部の前で交差させる。
掴むためではなく、抱きしめるために。
この至近距離ではサイコ・ガンダムのiフィールドは機能しない。その身を守るための装甲も宙に浮いたままだ。
ならば敢えて距離をゼロにして、回避できない状態でメガ粒子砲を叩き込んでやろう。
当然、サイコ・ガンダムも無事では済まないだろうが──────関係ない。
肉を切らせて骨を断つ。敵のゾゴックも大した頑強さだろうが、装甲のないサイコ・ガンダムとは規模が違う。粒子砲の中で最後に生き残るのはどちらかと言われれば答えは明白だ。
「い゛っ゛……あ゛あ゛あ゛っ!?」
だが、反射的に腕を引っ込めてしまう。
一瞬、ゾゴックの機体全体が輝きを放った。
目くらまし……ではなく、機体に搭載されたビームサーベルを一瞬だけ展開させた。
頭、肩、肘、膝……あらゆる部位や関節から放たれた閃光はサイコ・ガンダムの腕を焼く。
またも感応が高すぎることが裏目に出てしまった結果的にドゥーの思惑は通用せずに終わる。
「っ」
さて、この数瞬でもはやドゥーが取れる行動は使い果たした。
もう目の前にはゾゴックのサーベルが迫っている。頼みのiフィールドも意味を成さない。もはやサイコ・ガンダムだけでは逃れる術はなかった。
しかし、まだドゥーには残っていた。
己ではなく、己の側にいる者が。
「ドゥー!? 大丈夫か!?」
水生生物を思わせる紺の
ゾゴックはそれに何か危険を感じたのか、攻撃を中断し、回避に徹する。
「っ!」
隙を与えないよう、ドゥーは全ての装甲をゾゴックへと放った。
さすがにこの波状攻撃を掻い潜って攻撃を仕掛けるのは難しいと判断したのか、みるみる上空へと距離を離していく。
「まともに相手をするなと言っただろ、ドゥー!」
「……ゲーツ」
途切れ途切れの通信から聞こえる相方の声。
ゲーツの
しかし、致命的なタイミングで割り込めるように機を伺っていた。この判断は賢明であったと言えよう。
「あいつは俺が足止めをする! お前はキシリアのところへ行け!」
ハンブラビは淀み無く変形し、上空へと飛び立っていった。
ビーム砲を数発放たれる。牽制のものもサイコ・ガンダムの装甲を操作させ、リフレクターで反射させても、まるで背後に目がついているかのように躱される。
時には先程の紐──────海ヘビを振るうも、触れることなく回避される。迂闊に触れれば電流が流れるのだが、あの様子ではその絡繰も見抜かれていると見て間違いない。
このままハンブラビが墜とされるのも時間の問題だろう。少しでも攻撃を緩めれば瞬く間に反撃されるのは目に見えている。
一分、持てば御の字だろう。
しかし既にキシリアのいる建物は目の前にある。
ドゥーが本来の目的を忘れていたことを除けば、ゲーツが囮を名乗り出た判断もまた正しいと言えよう。
──────尤も、新たに横槍が入らなければ、の話だが。
「ぐっ!?」
ハンブラビの片翼が黄色の粒子に焼かれる。
ではどこから、何から攻撃された?
ハンブラビの足元からずっと先、キシリアを守るように浮いているそれは、一年戦争時の連邦において、赤いガンダムの次に脅威とされたもの。
「灰色の幽霊まで……」
キケロガ。
かつて白い悪魔によって撃墜寸前まで追い込まれた
修理された、というよりは新しく作り直されたように見えるほど傷一つ存在しない。
「──────」
キケロガのメガ粒子砲の
有線を介し、母機から離れた砲門は遠隔操作によってあらゆる角度から攻撃が襲ってくるオールレンジ攻撃が繰り出される合図だ。
「くっ、舐めるな!」
ゲーツのハンブラビは即座に変形し、軌道を読まれないように動き、キケロガ本体へとビームを放つ。
キケロガも難なく回避し、キシリアのもとから引き離すようにハンブラビを追いかけ回す。
「ほう」
ドッグファイトが始まると、キケロガのパイロットであるシャリア・ブルは感心していた。
敵……いや、連邦の
六門ものメガ粒子砲によるオールレンジ攻撃を仕掛けているものの、意外にも直撃には至らない。
ハンブラビの軌道上に置いていた攻撃も、
「その変形機構……なるほど。さすが手が早い」
ハンブラビは体制を立て直すべくサイコ・ガンダムへと近づいていく。
ジオンの
趨勢は完全にあちらに傾いてしまった。
暗殺はもはや失敗と言わざるを得ないだろう。
……こうなったらやむを得まい。
ゲーツはドゥーに命じようとする。
キシリアのいるビルごと焼き払え、と。
せめて、目的は達成させてもらうとしよう。
「ドゥー! 全部薙ぎ払──────」
だが、言葉は最後まで続かない。
ハンブラビの下には有線で繋がれた巨大な腕が一本。
五本指から放たれた細いレーザーのような粒子砲はハンブラビを両断するかのように薙ぎ払われた。
「ゲーツ!?」
爆発四散する相方を前にドゥーは目を見開く。
ミノフスキー粒子によって通信がノイズ混じりのまま、彼の断末魔すら聞けずに命を散らされてしまった。
ハンブラビを葬った腕は、有線に繋がれた先──────キケロガの元へと戻っていく。
元々有していたメガ粒子砲、
近代化改修によって追加された巨大な両腕の指、一本一本に搭載されたメガ粒子砲、
合計、
「……人が造ったニュータイプですか」
シャリア・ブルはコクピットからサイコ・ガンダムを見下ろす。噂に聞いていた連邦によるニュータイプ研究の成果を直接目の当たりにしたその視線はどこか悲しげで、哀れみのこもったものであった。
「うるさいっ! 黙れっ!」
しかし、ドゥーは慟哭する。
明らかな窮地においてもその瞳からは敵意は強まるばかりである。
特に、シャリアによって向けられた感情こそ、ドゥーは最大の侮辱と受け取ってしまった。
「自ら進化を望んだボクが──────ボク
名前すら貰えなかった
そしてたった今、命を散らされたゲーツも含め、サイコ・ガンダムの心臓になったドゥーはあらゆる
そうして得られたキラキラで遊ぶのが、ドゥーにとってかけがえのないものであった。
純粋に綺麗で、全能感に溢れていて、そして彼らの献身がこの境地まで導いてくれたことを身をもって実感できるから。
だから、そのような哀れみをかけられるような存在ではない。
そんな感情を向けられれば──────彼らの献身は、ただの悲しい
「…………」
シャリアは黙るしかなかった。
そもそも、彼女のような人工のニュータイプが作られるようになってしまったのは、戦争におけるニュータイプの有用性が示されてしまったからだ。
その一因には他ならぬシャリア自身も含まれている。
その背景もあり、最早シャリアが彼女にかける言葉はすべからく侮辱に当たってしまうのだ。
そして、同時に思う。
果たして己が目指すニュータイプがニュータイプとして生きられる世界において、彼女たちのような存在の居場所はあるのだろうか。
答えを出すには、シャリア自身もまだ歳月が必要であった。
「……余所見をしていて良いのですか?」
だからこそ、シャリアは空を見上げる。
サイコ・ガンダムの装甲は無残にも粉々に粉砕され、宙に漂っていた。
その惨状を作り上げた獣は、今度こそ獲物に向かって一直線に降下していく。
邪魔をする装甲を全て壊す、なんて乱暴な解決方法を取るほどに荒ぶってしまっているようだが……同じく彼女のような存在を生み出してしまった原因である彼が、どのような結論に至るのか。
シャリアは最後までこの目で見届けることにした。
「やめろやめろやめろ!!!!
来るな来るな来るな来るな!!!!」
瞬く間にみるみる近づいてくるゾゴックに、ドゥーは頭を抱える。
もう彼女には何も残されていない。
己の身を守る装甲も、援護してくれる相方も。
あの“獣”にとって、サイコ・ガンダムは最早棺桶になってしまった。
考える。考える。
考えても解決策は何も出ない。
そして最後に至ったのが、相方の最後の言葉であった。
「気持ちが悪いの!!
みんな、消えちゃえ!!」
上空に向けてサイコ・ガンダムに残された全てのメガ粒子砲が最大出力で放たれた。
全身全霊。最後の攻撃は雑兵であれば百は葬れるもの。しかし、現在相対する者にとってはたった一度の旋回で躱される程度であった。
だが、回避されたその先──────破片となって宙に浮いていたリフレクターの残骸に触れた。
偶然にも、全てを焼き尽くす粒子砲は広範囲に降り注ぐ。
このまま酸性雨のようにこのコロニーの建物を焼き、人を焼き、溶かしていくことであろう。
「あ」
そんな死を呼ぶ黄色い閃光は届くことはなかった。
突如、間に傘のような桃色の閃光が広がり、地面に落ちる前にかき消されてしまうことになる。
しかし、黄色と桃色の光は互いに反発し、更なる輝きを放ち始める。
万華鏡のように極彩色を放った光景を華麗に動く、漆黒の
おかしいな、とドゥーは思った。
先程まであれだけ怖かったそれが、彼女が好きな“キラキラ”に似ているほど、目を奪われる綺麗な光景であった。
「キラ、キラ」
気がつけば、息苦しさは止まっていた。
◆◆◆◆◆
頭が痛い。
ビームだったり爆発だったり、ずっと光を見すぎたせいで頭がおかしくなりそうだった。
いや、頭がおかしいのは元々か。
何せ
面倒だった装甲を全て破壊した後、サイコ・ガンダムへと直進する。
狙うは当然、頭。かつてのフォウ・ムラサメが乗っていたものはそこがコクピットになっていたはず。
……決めつけるのは良くないか。胸になっている可能性もある。であれば頭から胸にかけて削り取ろう。
キマイラの手に輝くサーベル……いや、“ブランド・マーカー”の出力はサーベルの四倍。厚い装甲やコーティングなど問答無用で貫くことができる。この武装であれば次の一撃であのサイコ・ガンダムを確実に葬ることができる。
さあ、年貢の納め時だ。
こんな街中でテロなんて起こした報いを受けてもらう。
「─────────!」
悪あがきのように放たれたメガ粒子砲を避けた瞬間──────閃きが走った。
あの光の先。俺が破壊した装甲たちが反射して光の雨が降り注ぐ。
地面に辿り着く時には建物も、車も貫通する出力は残されているだろう。
そうなれば、無辜も人間も大勢焼かれてしまう。
「ちっ、面倒だな」
偶然にしてはできすぎているが、もう少し細かく装甲を処理しなかった俺にも非があるか。
全く、最後まで厄介なことをしてくれる。
キマイラの頭部。最も出力の高いサーベル四本の内、三本を機体から切り離す。
さらに同時に機体を回転させることで、遠心力により切り離されたサーベルたちはビーム刃を展開しながら宙を舞う。
……本来の使い方ではないが、少しでも被害を収めるためにはやるしかない。
背面のビーム砲を、正確にサーベルの刃に当てる。
すると、高出力のビームが広範囲に乱反射、拡散していく。
「──────ビーム、コンフューズ」
黄色い閃光はかき消され、地面に降り注ぐことはなく相殺されていく。
反発し合う光は花火のように幻想的な光景を作るも──────サングラスのない俺には眩しすぎた。
「死ね」
さあ、後顧の憂いは無くなった。
重力と推力。勢いを殺さずに躊躇いなく腕を突き立てブランド・マーカーがサイコ・ガンダムのアンテナを溶かしていく。
このまま胸まで……いや、いっそ機体を真っ二つにしてくれよう。
恨んでくれて構わない。頼むから死んでくれ。
ぶわり、と。
極彩色の光が、俺を包み込んだ。
『やめてくれ』
「────────────え?」
頭に直接響く声。
しかし、雑音よりも遥かに心が安らぐもの。
『貴方は、化物なんかじゃない』
目の前に広がるシルエット。
特徴的な外郭。歪なアンテナ。
そして光る、緑の眼光。
『これ以上、自分で自分を傷つけないでくれ』
間違いない、あれは。
「──────
「ごほっ、ごほっ」
瓦礫をかき分けて外に出る。
辺りを見渡すと、慣れ親しんだ整備用トンネルと、天井に見える、ぽっかり空いた大きな空洞。
大きさとしては、瓦礫の下敷きになっているキマイラがすっぽり入るくらいのものだ。
……結局、俺はサイコ・ガンダムを討てなかった。
寸前で腕をずらしてしまい、そのまま道路を突き抜け、トンネルまで落ちてきてしまったのが事の顛末だ。ギャグ漫画みたいな着地になってしまった、と恥ずかしくなってしまう。
それより、気になるのはあの瞬間──────聞こえてきた、あの声。
「違う……けど、間違いない」
あれは、アムロの声だった。
俺が聞き間違えるはずがない、あいつの声。
あいつが、ジークアクスを通じて俺に呼びかけてきたのだ。
それと同時に、あれは俺の知るアムロではないことも理解できた。
どこか大人びていると言うべきか……印象が違うというか。
形容しがたいものの、少なくとも俺の知るアムロとはまた別のものであることは前世とも意見は一致している。
「何だったんだ、あれは」
独り言を呟いても答えなど返ってくるはずもなく、反響する己の声だけが返ってくる。
答えてくれる者は、誰も居ない。
……ふと、先程まで感じていた頭が割れそうな感覚が消えていることに気づいた。
嘘のように軽い頭と、反面、背中に感じる大きな違和感。本来あるべき部位が体にない、幻肢痛とも言ってもいい感覚が襲う。
「不思議だ。頭は痛くないのに、気分が悪い」
頭痛の解消については不明だが、背中の違和感はサイコミュの使用に伴う弊害だろう。
俺はどうやらサイコミュ兵器と相性が良くないらしい。
元々、操作している機体を己の肉体と遜色なく把握できる能力があるせいか、サイコミュで己の肉体にない部位を動かすと、
今でもそうだ。
己の背中に尻尾がないことに強烈な錯覚を感じている。
テムさんがあそこまでサイコミュの使用を禁じた理由にはこれがあったのか、と認識を改めることにした。使ったけど。
「……さて、問題はこいつか」
冷静になった頭で、瓦礫の山を降りた先に転がっている一つの頭──────サイコ・ガンダムの頭部へと近づく。
あの瞬間、ブランド・マーカーの直撃は避けたものの、翼のサーベルが首から下に当たってしまい、偶然にも首だけを切り裂いてしまった。
機体から離れた頭部はコロコロと転がっていき、俺のキマイラが開けてしまった穴に落ちて、ここに来てしまったようだ。
これに関しては完全に偶然だった。
現に、顔の正面はブランド・マーカーによって切り裂かれてしまった跡が残っている。
隙間から見えるパイロットは、白目を剥いて項垂れたままだ。
「こいつ……本当に強化人間なのか?」
片腕でも掴めそうな細身の身体。
コクピットから取り出して見ると、肉体全体が細い上に薄いこともわかる。ボディラインがハッキリわかってしまう黒いパイロットスーツが尚の事それを引き立たせていた。
「ん、ん……」
コクピットの中は色々酷い有様ではあったが、呼吸は確認できた。
どうやら生きていることは間違いない。
こんな細身でもサイコ・ガンダムを動かしたり、高所から落ちてきても生き延びられるなんて、強化人間恐るべし、か。
……さて、こいつをどうするべきか、だ。
当初の予定通り、ここで始末するべきだろうか。
きっと、沢山の人を殺めたのだろう。ここで報いを受けさせれば、この先生きていけるかどうかもわからないこの子の為にもなるだろう。
ただ、こうも考えられる。
あの瞬間──────アムロが止めようとしたのだ。
きっと、それには意味があるのではないか、と。
『今の貴方の心は安定しているわ。きっと、ここ最近の関わってきた人たちが良い影響を与えてくれたおかげね』
目を閉じて、昨日一緒に居てくれたセイラさんの姿を思い出す。
確かに、俺の心は落ち着いていた。
ニャアンやエグザべ君との交流は俺に安らぎを与えてくれた。
シャリアは……何か、嫌だな……認めるの。一旦保留で。
シイコさんは……ちょっと色々強いな。一旦保留で。
『けれど、忘れないで。貴方がそうなった根本的な問題は何一つ解決できていないことを。
だから、どうか絶対に無理はしないで頂戴。貴方の傷はまだ癒えていないのだから』
しかし、セイラさんははっきりと問題を突きつけてくれた。
俺がこうなった原因。
前世との折り合い、アムロの失踪……そして、フラウとのすれ違い。
何一つ解決しないまま、ただただ時間を費やして痛みを鈍くさせただけに過ぎない。
……目の前で意識を失っている子をここで始末して、果たして俺はどうなってしまうのだろうか。
一瞬の痛みだけで、後は楽になれればそれでいいのか。
「これも、俺の責任か」
責任と十字架。
どちらを天秤にかけて前者を選ぶ。
寝かせたこの子をキマイラの複座に乗せて、その場を後にした。
迂回路として飛び出した宇宙でふと考える。
この子のような存在が生まれてしまったのは、俺の責任でもある。
望んで強化人間になったかどうかは関係ない。
俺が助けたいから助けるだけ。単なるエゴの押し付けだ。
それでも、この選択が間違っていなければいいな、と切に願う。
背後の複座で寝る女の子に視線を向ける。
目元のそばかすが──────暫く顔を見ていない妹の面影を思い起こさせる。
〈人物紹介〉
■イセリア(主人公)
サイコ・ガンダムに渾身の腹パンをお見舞いし、ガンダリウム合金粉砕マシーンになったり、ビームコンヒューズしたり暴れるだけ暴れ散らかした男。
天パの声を聞いて湿度MAXになったものの、賢者タイム中なので落ち着いている。
それはそれとして再び女の子を連れ帰ったとさ。多分セイラさんにまた鬼詰めされる。ちゃんとお世話するから! 散歩もさせるから!
■ドゥー・ムラサメ
強化人間を助けようとすると助からないなら、逆に初めから助けようとしなければ助かるのでは?(発想の転換)
ということで生き残りました。良かったね。
ニュータイプ云々の話は洗脳されて言わされている説もあるけど、同類に仲間意識があったからこそ口にした言葉として描写した。研究所の出身は違うけど、ゲーツもちゃんと仲間として認識していたらいいな。
それはそれとして本作ではクソガキ路線で行きます。よしなに。
■シャリア・ブル
は? 着地ミスなんて彼がするわけないでしょう?
あの一瞬で何かあったのだと悟っているただ一人の人物。
それはそれとしてキシリア様守れて良かったね。あとで殺すけど。
ついでに大佐も虚無ったら殺しますね?(湿度MAX)
それはそれとして酒の席ではギャグ漫画着地は半年くらい擦る。
■エグザべ・オリベ
出番はなかったものの屋上でビームコンヒューズの際はキシリア様をギャンの盾で守っている。
これには壺おじも拍手喝采。
■○○○○○○○・○○○○
知らない人だが、とてもじゃないが見ていられなかったためつい口出ししてしまった。
ああいう人が近くに居てくれたら、違った生き方もできたのかな。
それはそれとして、そこまでサーベルをつける必要はなくないか?
実弾武装とか積んであらゆる状況に対応できた方が良くないか?
〈機体・武装解説〉
■ブランド・マーカー
ゾゴックの腕についている武装。本来はビームシールドの開発をしていたものの偶発的に生まれてしまった。ビームサーベルよりもリーチは短いものの出力が高いため、ここぞのトドメで使用される。
「うぐぐぐ……このビームシールドさえ完成すればむこう80年は通用するはずなのに! 彼から聞いた理論でやってみても上手くいかん! 何が足りないのだ!」
「あ、テムさんありがとうございます! メリケンサックみたいな武装欲しいなって思ったので嬉しいです! テムさんもようやくビームサーベルの万能性に気づいてくれたようで何よりです!」
「…………」
テム・レイはキレた。
■ハンブラビ
公式サイトから直々に変形が遅いと解説されてしまった哀れな機体。本作では変形速度の遅さは改善されており、しっかり急速変形、変形解除もできるようになっている。
ん? 変形速度が速い理由ってフレームとコーティングのおかげだよね? 妙だな?
■キケロガ弐式
天パによって破壊された機体を戦後ジオンが改修した……と名目上なっているものの、実際は一から作り直したシャリア・ブル専用機。
従来通り有線による六門のメガ粒子砲を内蔵したサイコミュ兵器の他、更に横部には腕のような形をした砲門も追加されている。指もしっかり動く仕様なので、サイコ・ガンダムとの戦闘後、しっかり暴走一歩手前のジークアクスを鎮圧してソドンにお持ち帰りしている。
勿論
アルテイシア様即位しちゃったかぁ……となりましたが、まあ何とかなりそうです。これはこれで美味しい展開にできそうなので。
とにかくありがとう、ジークアクス。半年間ずっと楽しかった。