主人公の名前を自分の名前に変更すると没入できます。
教室の窓から差し込む夕陽が、机の上に長い影を落としていた。放課後の静けさに包まれた空間で、堀北鈴音は一人、資料を整理していた。
「堀北、少し話があるんだが...」
突然の声に、堀北は顔を上げた。そこには須藤健が立っていた。Dクラスのやや乱暴な振る舞いで知られる彼が、珍しく落ち着いた様子で彼女の前に立っている。
「何かしら、須藤君」
冷静な口調で堀北は答えた。彼女の心の中では、既に警戒心が高まっていた。
「放課後、少し時間あるかな?」
須藤の声には、いつもの荒々しさがない。
「今、ちょうど終わるところよ」
堀北は資料をカバンに入れながら答えた。しかし、彼女の心は別の場所にあった。
渡辺海斗。
彼女が心の支えとする人物。精神的に崩壊しかけた彼女を救い出し、今も彼女の心の拠りどころとなっている人。堀北は無意識のうちに教室のドアへと視線を向けた。彼がいつもの時間に迎えに来るはずだった。
「実は...」
須藤の言葉が、彼女の思考を現実に引き戻した。
「俺、お前のこと、好きなんだ」
唐突な告白。堀北は一瞬、言葉を失った。
「須藤君、あなた...」
「いつからか分からねえ。でも、お前を見てると、胸がざわつくんだ」
須藤は一歩近づいた。堀北は本能的に後ずさった。
「俺と付き合ってくれないか?」
堀北は深く息を吸い、冷静に考えようとした。しかし、頭の中は既に答えで満ちていた。
「申し訳ないけど、無理よ」
きっぱりとした口調。須藤の表情が曇った。
「なんでだよ...」
「理由が必要なの?」
「ああ、聞かせてくれ」
堀北は須藤をまっすぐ見つめた。
「あなたは衝動的すぎる。感情の起伏が激しく、それをコントロールできない。考える前に行動してしまう。そういう人と一緒にいると、私は疲れるの」
須藤の顔が僅かに歪んだ。
「それに...」堀北は続けた。「あなたは他人の気持ちを理解しようとしない。自分の感情だけで動く。私はそういう人を信頼できないわ」
「...それだけか?」
須藤の声が低くなった。
「他にも理由はあるけど、一番重要なのは...」
その時、教室のドアが開いた。
「鈴音、終わったか?」
渡辺海斗が現れた。堀北の表情が一変する。緊張していた顔が、柔らかな表情に変わった。
「海斗!」
堀北は即座に立ち上がり、渡辺の方へ駆け寄った。そして、彼の腕にしがみついた。
「ちょうど良かった。もう終わったところ」
堀北の声には安心感があふれていた。
須藤は目の前の光景を信じられないという表情で見つめていた。
「...渡辺?お前たち、そういう仲だったのか?」
堀北は渡辺の腕を離さず、須藤を見た。
「そうよ。私はこの人がいないと生きていけない」
素直な告白。堀北自身、自分の渡辺への依存を自覚していた。一度崩れた心は、彼によって支えられていた。
「だから、あなたのような人とは絶対に付き合えないわ。海斗は私の全てを理解してくれる。私の弱さも、強さも全て受け入れてくれる。あなたにはそれができないでしょう?」
須藤の顔色が変わった。怒りと屈辱が入り混じった表情。
「ふざけんな...」
彼の拳が固く握られる。
「お前のために俺は...」
次の瞬間、須藤は突進してきた。その標的は渡辺だった。
「海斗!」
堀北の声が教室に響く。しかし、心配は無用だった。
渡辺は冷静に須藤の拳を避け、彼の腕を掴んで一瞬で床に投げ飛ばした。特別高等部の裏側を知る彼の動きは、素早く正確だった。
「っ!」
床に叩きつけられた須藤は、痛みで顔をゆがめた。
「冷静になれ、須藤」
渡辺の声は静かだった。
「てめぇ...」
須藤は悔しそうに呻いた。
堀北は渡辺の後ろから須藤を見下ろした。
「須藤、覚えておいて。私は海斗以外の誰とも付き合うつもりはない。あなたみたいな、感情だけで動く単純な人間には絶対に心を開かないわ」
彼女の声は冷たく、断固としていた。
「海斗と私を邪魔するなら、次はもっと痛い目に遭うことになるわよ」
須藤は地面から身を起こそうとしながら、憎々しげに二人を見た。
「行くわよ、海斗」
堀北は渡辺の腕を取り、教室を出ようとした。
「ああ」
渡辺は堀北の手を取り、一緒に歩き始めた。
須藤は後ろ姿を見つめ、悔しさで拳を床に叩きつけた。
廊下に出た二人。堀北は渡辺の腕にしがみついたまま歩いていた。
「大丈夫だったか?」
渡辺が尋ねた。
「ええ、全然」堀北は答えた。「あなたがいれば、私は何も怖くないわ」
渡辺は静かに微笑んだ。
「依存しすぎだ」
「知ってるわ」堀北も微笑んだ。「でも今はそれでいいの。いつか私も強くなって、対等に歩けるようになるわ。それまで、少しだけ支えていて」
「ああ、約束する」
二人は夕陽に照らされた廊下を歩いていった。堀北の心は安らいでいた。彼女にとって渡辺は、ただの恋人ではなく、心の拠りどころ。彼がいる限り、彼女は再び崩れることはないだろう。
そして彼女は知っていた。いつか自分も強くなって、渡辺と肩を並べて歩けるようになると。
でも、今はこのままでいい。依存していることを自覚しながらも、彼の温もりに安心を感じる。それが今の堀北鈴音だった。
校舎を出る二人の影が、長く伸びていった。