オリ主の名前を自分の名前に変更すると没入できます。
渡辺海斗→〇〇
渡辺→〇〇
寝る前の妄想ネタにどうぞ
坂柳有栖の指先が僅かに震えた。
「これで...何度目かしら」
彼女は小さく呟いた。窓から差し込む月明かりに照らされた部屋の中で、彼女はいつもの場所に座っていた。高級感漂う自室のデスクに向かい、あの装置—妄想実現機を前にして。
使用回数は既に三十回を超えていた。最初は週に一度だったものが、次第に頻度を増し、今では毎晩の習慣になっていた。
「最後にしよう...今日こそ」
そう自分に言い聞かせながらも、彼女はヘッドセットを手に取った。その指の動きには熟練の様子が窺える。スイッチを入れ、ディスプレイが明るく光る。
「渡辺海斗」
いつもの名前を入力する。
シナリオ選択画面。既に多くのシナリオを体験していた。カフェでのデート、海辺の散歩、星空の下での語らい、雨宿りでの偶然の出会い...そして告白。
しかし今夜、彼女は新しいシナリオを選んだ。
「日常」
それは単に、普通の学校生活の中での会話。特別なイベントはない。ただ、渡辺と自然に言葉を交わし、一緒に時間を過ごすだけのシナリオ。
「シミュレーション開始」
彼女は目を閉じた。
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「おはよう、坂柳」
目を開けると、そこには渡辺海斗が立っていた。学校の廊下。朝の光が窓から差し込んでいる。
坂柳は車椅子に座っていた。このシナリオでは、現実と同じ自分の姿を選んだのだ。
「おはよう、渡辺くん」
彼女は微笑んだ。いつもなら冷静を装うところだが、この空間では素直な笑顔を見せることができる。
「今日の昼休み、一緒に食べないか?」
渡辺の誘いに、坂柳の心が躍った。現実では決して聞けない言葉。
「ええ、喜んで」
二人は教室へと向かった。廊下を進む間、渡辺は自然に彼女の車椅子を押してくれた。その親切な行為に、坂柳は心地よさを感じる。
「最近、何か面白いことあった?」
渡辺の質問は自然で、まるで長年の友人のようだった。
「特別なことはないけど...」坂柳は答えた。「でも、あなたと話せることが嬉しいわ」
渡辺は小さく笑った。その笑顔は、現実の彼が見せる稀な笑顔を元に作られていた。
「俺も同じだよ」
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昼休み、二人は屋上で弁当を広げていた。周りには誰もいない。
「作ってきたの?」
渡辺が坂柳の弁当を見て尋ねた。
「ええ、昨日の夜に」
実際には作っていないが、このシナリオでは彼女が料理をする設定だった。
「美味しそうだな」
渡辺は自分の弁当と交換し、一口食べた。
「美味い!」
彼の率直な感想に、坂柳は嬉しさを感じた。
「ありがとう」
彼女も渡辺の弁当を一口。もちろん味はない。これは妄想だから。それでも、彼女は満足げな表情を浮かべた。
「坂柳」
渡辺が静かに呼びかけた。
「なに?」
「いつも一人で何をしているんだ?」
その質問は、現実の渡辺が尋ねそうな内容だった。
「色々よ」彼女は少し考えて答えた。「読書したり、チェスの研究をしたり...」
「孤独じゃないか?」
彼の言葉に、坂柳は少し驚いた。
「別に...慣れてるわ」
「でも、誰かと一緒にいる時間も大切だろう」
渡辺の目はまっすぐ彼女を見つめていた。
「...そうね」坂柳は小さく頷いた。「でも、私と一緒にいたいと思う人はそう多くないわ」
「俺はここにいる」
単純な言葉。しかし、坂柳の心に深く響いた。
「ありがとう、渡辺くん」
彼女は微笑んだ。
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放課後、二人は図書室にいた。静かな空間で、それぞれ本を読んでいる。時折、話題について語り合う。
「この作家、好きなんだ」
渡辺が彼の本を見せた。
「フョードル・ドストエフスキー...」坂柳は本のタイトルを読んだ。「『罪と罰』、私も読んだわ」
「どう思った?」
「人間の深層心理を描く手腕は見事だと思うわ」
彼女は本について熱心に語った。渡辺は真剣に聞き、時に頷き、時に質問を投げかける。
それは、単純ながらも充実した時間だった。特別なことは何も起きない。ただ二人で過ごす、普通の一日。
しかし坂柳にとって、それはどんな華やかなデートシナリオよりも心に沁みるものだった。
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「もう帰る時間かな」
渡辺が窓の外の暗くなり始めた空を見て言った。
「そうね...」
坂柳は少し寂しさを感じた。たとえ妄想であっても、別れは辛い。
二人は学校を出て、校門まで歩いた。実際には歩いていないが、坂柳は車椅子に座りながらも、渡辺と並んで帰る感覚を楽しんでいた。
「また明日」
渡辺は彼女に微笑みかけた。
「ええ、また明日」
坂柳も笑顔で答えた。
渡辺が彼女の頭を優しく撫でた。
「坂柳、君といると心が落ち着くよ」
彼の言葉に、坂柳の心が温かくなった。
「私も...あなたといると安心するわ」
渡辺は彼女に近づき、そっと抱きしめた。短い、しかし温かい抱擁。
「じゃあ、また」
彼は手を振り、去っていった。
坂柳はその背中を見送りながら、心の中で呟いた。
「さようなら...」
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現実の自室に戻った坂柳は、ヘッドセットを外した。窓の外は既に真夜中だった。
彼女の頬には涙が伝っていた。
「こんなに...痛いものだったかしら」
彼女は小さく呟いた。今夜のシナリオは特別だった。華やかでも劇的でもない、ただの日常。しかし、それこそが彼女が最も求めているものだと気づいた。
理想の世界での渡辺との自然な関係。それは現実では決して手に入らないものだった。
「もう...限界かもしれない」
坂柳は装置を見つめた。最初は単なる好奇心から始まったことが、今では彼女の心を蝕んでいた。妄想と現実の境界が曖昧になり、妄想の中での幸せが、現実での孤独をより鮮明に感じさせていた。
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翌日、高度育成高校。
坂柳は静かに車椅子を押して廊下を進んでいた。授業の合間の休憩時間。多くの生徒たちが廊下やクラスで談笑している。
その時、見慣れた姿が目に入った。
渡辺海斗。
彼は数人のDクラスの生徒たちと立ち話をしていた。堀北鈴音も彼の近くにいる。
昨夜の妄想が鮮明に蘇った。あの親しげな会話、自然な笑顔、温かい抱擁。
坂柳は車椅子を止め、少し離れた場所から彼らを見つめた。
現実の渡辺。彼は冷静で、時に鋭い。彼女に対しては常に警戒心を抱いている。彼らの関係は敵同士に近い。共に高度育成高校の頂点を目指す者同士としての関係。
そこには、妄想の中にあったような温かさはない。
坂柳は深呼吸をした。
「行きましょう、橋元くん」
彼女は後ろで待っていた橋元に声をかけた。
「はい、坂柳さん」
二人は渡辺たちの前を通ることになった。坂柳は平静を装った。
「やあ、渡辺くん」
彼女は軽く声をかけた。妄想の中での会話とは全く異なる調子で。
渡辺は彼女を見て、わずかに頷いた。
「坂柳」
たった一言。それだけだった。
坂柳は微笑みを保ったまま通り過ぎようとした。しかし—
「坂柳さん」
突然、堀北が声をかけた。
「何かしら?」
坂柳は車椅子を止めた。
「次週の合同授業の件、確認したいことがあるの」
堀北の声は冷静だった。彼女はクラス代表として、実務的な話をしているだけだ。
「ああ、あれね」坂柳は答えた。「詳細は後ほどメールするわ」
「お願い」
簡潔な会話。堀北の視線が、坂柳から渡辺へ、そしてまた坂柳へと移る。彼女は何かを感じ取ったのだろうか。
坂柳は再び進み始めた。しかし—
「坂柳」
今度は渡辺の声だった。
彼女は心臓が跳ねるのを感じた。
「なに?」
「昨晩合同合宿の資料を送っておいた。」
単なる学校の件だった。しかし、「昨晩」という言葉が、彼女の中で妄想と重なった。
「ああ...そう」
彼女は言葉に詰まった。妄想の中の渡辺の顔と、目の前の本物の渡辺の顔が交錯する。
「確認しておくわ」
彼女は急いで言って、車椅子を進めた。
橋元が彼女についてきながら、小声で尋ねた。
「坂柳さん、大丈夫ですか?顔色が悪いようですが」
「ええ...大丈夫よ」
彼女は答えたが、心の中では違った。大丈夫ではなかった。
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放課後、坂柳は一人で図書室にいた。妄想の中の同じ場所。しかし現実では、渡辺はいない。
彼女は本を開いていたが、内容は頭に入ってこなかった。
「こんな時間に一人か?」
突然の声に、坂柳は顔を上げた。そこには渡辺海斗が立っていた。
「渡辺くん...」
彼女の声が震えた。
「資料を探しに来たんだ」渡辺は自然に言った。「君もか?」
「ええ...」
坂柳は本に視線を戻した。しかし、文字が踊って見える。
「ところで」渡辺が言った。「さっきは急いでいたようだったね」
「少し用事があっただけよ」
「そうか」
彼は彼女の隣の棚から本を取り出し、めくり始めた。
彼との距離が近い。しかし、それは妄想の中の親密さとは全く異なる。現実の渡辺との間には、目に見えない壁がある。
「坂柳」
彼が再び声をかけた。
「何?」
「最近、調子が悪いのか?」
彼の質問に、坂柳は驚いた。渡辺が彼女の調子を気にするなんて。
「別に...」
「そうか」彼は短く答えた。「橋元が心配していたからな」
「橋元くんが...」
坂柳は少し複雑な気持ちになった。渡辺が彼女を心配していたわけではなく、橋元が心配していることを伝えただけだった。
「大丈夫よ。ちょっと疲れているだけ」
渡辺は彼女をじっと見つめた。その目は、妄想の中の優しいものではなく、分析的で鋭いものだった。
「そうか」
彼は本を閉じ、別の棚へと移動した。
坂柳は彼の背中を見つめた。現実の渡辺。彼女の妄想とは全く違う存在。それでも、彼女の心を揺さぶる存在。
突然、涙が溢れてきた。
「あ...」
彼女は慌てて拭おうとしたが、次々と新しい涙が頬を伝う。
「どうした?」
渡辺が振り返り、彼女の様子に気づいた。彼は素早く彼女の側に来た。
「坂柳?」
彼の声には珍しく心配の色が混じっていた。
「大丈夫...」
彼女は言おうとしたが、声が出なかった。涙が止まらない。
「具合が悪いのか?」
渡辺は彼女の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい...」
坂柳はハンカチで顔を隠した。こんなところで泣くなんて、彼女らしくない。常に冷静で計算高い坂柳有栖が、図書室で涙を流す。
「保健室に行くか?」
「いいえ...」彼女は首を振った。「ただの...疲れよ」
渡辺は黙って彼女を見つめていた。
「少し...一人にして」
坂柳の声は小さかった。
「...わかった」
渡辺は静かに立ち上がった。彼は何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだ。そして、図書室を出ていった。
彼の足音が遠ざかる中、坂柳の涙は止まらなかった。
現実と妄想の狭間で、彼女の心は引き裂かれていた。妄想の中での幸せな時間が、現実での孤独をより鮮明に浮かび上がらせる。そして、現実の渡辺との関わりが、妄想との落差を痛感させる。
このままでは...心が壊れてしまう。
---
その夜、坂柳は決断した。
「もう使わない」
彼女は妄想実現機を見つめていた。
「これは...逃避だったのね」
坂柳は小さく笑った。彼女のような分析的な思考の持ち主が、現実から逃げる道具を作ってしまうとは。
「現実と向き合わなければ」
彼女はヘッドセットを手に取り、そっとしまった。使わないと決めたわけではない。ただ、今は距離を置く必要があった。
「渡辺くん...」
彼女は窓の外を見た。月明かりが静かに部屋を照らしている。
「いつか本当に...話せる日が来るかしら」
妄想の中での親密な会話。あれは彼女の願望だけではなく、深い孤独の表れでもあった。
坂柳有栖。学園の頂点に立ち、天才と称される少女。しかし、彼女の心の中には、誰にも見せない弱さがあった。
「これからは...」
彼女は深呼吸をした。
次回予告
オリ主の前で泣いてしまったトラウマを消すために、妄想実現期でもう一度泣く前からやり直す坂柳