俺の個性は、他人を救けなきゃ四肢が爆発するらしい 作:おっちょめん
ふらつく足を引きずりながら、さっきの路地裏に戻ってきた。
足が重い。吐き気もする。
──貧血でそろそろ限界が近い。
無意識に歩を進めて、シャッター街の一角──人気のない古びた店の裏側に背中を預ける。
そして、そのままズルズルと座り込んだ。
金属の冷たさが背中に伝わる。意識が、ほんの一瞬ふわっと浮いた。
「……クソ」
悪態をつきながら、足元を見る。
簡易的に止血したはずの傷口から、血はとどまることを知らず流れ出していた。
地面に広がった血溜まりが、じわじわと靴先を濡らしていく。
このままじゃ、冗談抜きで死ぬ。
舌打ちを一つ鳴らして、俺は目を閉じた。
そして、全神経を意図的に体の傷口に集中させる。
──細胞レベルで、自分を修復する。
これは、昔編み出した“無理矢理な自己治癒法”だ。
オレの個性の副次効果みたいなもんだが、使えば体力を爆速で食いつぶす。
だから、あんまり使いたくない。正直、しんどい。
けど今は、そんな贅沢言ってる場合じゃない。
イメージしろ。細胞が、一つ一つ、縫い合わされる様を。
傷口に集まった白血球や血小板が、必死に漏れ出る命を塞ごうと蠢いている。
その動きを、もっと早く、もっと強く──そう、無理矢理にでも促進させるんだ。
細胞一つ一つに、命令を叩き込む。
結合しろ。繋がれ。再生しろ。生き延びろ。
痛みが、強烈に跳ね上がる。
脳が焼き切れそうだ。
心臓が悲鳴を上げて、全身の血管が膨れ上がるような錯覚に襲われる。
意識が、ぐらりと揺れた。
だんだんと、世界が遠ざかっていく。
音が、色が、匂いが、手触りが、全部──薄く、ぼやける。
ここで意識を失ったら間違いなくお陀仏だ。
歯を食いしばる。
気合だ。
気合だけが、俺を現実に繋ぎとめている。
──細胞を、結合しろ。
──命を、手繰り寄せろ。
思考が、ノイズ混じりに途切れかける。
でも、俺は手を止めない。
たとえこの命令で、細胞の一部が死んだってかまわない。
生き残るために必要なのは、完璧な体じゃない。動ける体だけだ。
血の海に座り込みながら、俺はひたすら自己修復を続けた。
――――――――――――――――――――
どのくらい時がたったのか、わからない。
数分にも、数時間にも思えた。
全神経を傷口に集中させたまま、ただひたすら耐えて、耐えて、耐え続けた。
──血が、止まった。
完全に、とは言えない。
だけど、ドクドクと命を垂れ流していた感覚は、ようやく収まっていた。
ズキズキと脈打つ痛みはまだ残ってるが、まあ、致命傷にはならなさそうだ。
代償に、体力はすっからかんだった。
まるで空っぽの電池みたいに、身体の芯が冷え切っている。
少しでも油断したら、そのまま動かなくなりそうな感覚。
でも──まあ、知ったこっちゃないけどな。
「は……」
浅く笑いながら、俺は背中を預けていたシャッターに手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
足元がぐらつく。
コンクリートが波打つように揺れて、視界は二重、いや、三重かもしれない。
どっちにしろ、まともにモノを認識できる状態じゃない。
だが──問題ない。
これくらい、いつものことだ。
心臓が痛かろうが、肺が焼けるようでも、血が流れようが、倒れそうでも。
そんなもん、ガキの頃から腐るほど味わってきた。
痛みなんかに、いちいち止まるタマじゃねぇ。
ふらつく足を引きずりながら、俺はさっきまで戦ってた路地の奥へと向かう。
薄暗い路地裏。
街灯にぼんやりと照らされた先で、ぐったりと転がる男の姿が目に入った。
意識は──まだない。
念のため、倒れた直後にロープでしっかり拘束しておいた。
足首も手首も、ロープでがっちり固定。
あの貧血地獄の最中によくここまで丁寧にできたもんだと、自分で自分を褒めてやりたくなる。
ぐるぐる巻きにされた男は、今やただのゴミ袋みたいなもんだった。
──そして、認識阻害も完全に解けていた。
暗がりの中、その全容が露わになる。
ボロボロのコートに、ほつれたズボン。
髪は脂ぎってボサボサ、肌は煤けたように黒ずんでいる。
明らかに浮浪者。
どこをどう見ても、“社会に属していない”匂いしかしなかった。
まあ、想像通りだな。
ぼんやりとその顔を見下ろしていると、
男が微かに身じろぎを始めた。
そして、ゆっくりと、目を開ける。
「……っ、あ、ああ……?」
ぼやけた声。
状況が理解できてないのか、混乱した顔で周囲を見渡している。
俺はポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと顔を近づけた。
仮面の下、血だらけの顔で、にこっと笑う。
軽く手をひらひら振ってやる。
「おはよ。よく寝れた?」
空元気。
心にも体にも余裕なんかないのに、無理やり軽口を叩く。
男は俺の顔をぼんやりと見つめたまま、しばらく呆けていた。
だが、次第に、今置かれている状況を理解し始めたらしい。
バタバタともがき始める。
必死で縛られた手足を引っ張り、どうにか逃げ出そうとする。
俺は、そんな姿を見て、心底おかしそうに笑った。
「あはっ、逃げれるわけないでしょ。わかる? あんたはもう詰んでんだよ」
ロープを指で弾いてやる。
きゅっと締まった音に、男の肩がビクリと跳ねた。
「……っ、離せ……離せよ……!」
うわ言みたいに喚きながら、男は縛られた体を必死に揺らす。
「離せって言われて離す馬鹿がどこいんの?」
鼻で笑いながら言い返してやると、男はぎりぎりと歯を鳴らし、喉を震わせた。
「ふ、ふざけんな……俺は悪くねぇ……! 俺を見ないあいつらが、あいつらが悪いんだ……!」
耳慣れた台詞。
自分は被害者、世界が悪い。
そんなの、聞き飽きた。
「アイツらが悪い──? たくさん人殺しといてよくそんなことが言えるね」
俺の言葉に、男はさらに必死で喚いた。
「見ないから悪いんだよ!! 俺を無視しやがったから……俺は、仕方なく……っ!!」
男は、自分の罪を必死でねじ曲げようとしていた。
罪悪感なんてかけらもない。
あるのは、自分は可哀想だっていう、世界一ダサい自己弁護だけ。
俺はそんな男を見下ろして、心底うんざりした気分になった。
「見てもらえなかったから殺しました? 注目してほしかったから人殺ししました? ねぇ、それ、誰が聞いてもただのクソガキの駄々ってわかるよ?」
男の顔が、みるみる歪んでいく。
怒り。
羞恥。
恐怖。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、汚く濁った顔をしていた。
「う、うるせぇ……! お前に、俺の何がわかる……! 今まで幸せに暮らしてきたお前に、何がわか──!」
男の顔の前で、俺はパンッと手を叩いた。
音が弾ける。
男がびくりと肩をすくめるのを見届けてから、俺は言った。
「そうなんだよ。俺はあんたのことがわからない」
それは事実だ。
俺には、こいつの絶望も、憎しみも、本当の意味では理解できない。理解したくもないが。
俺は心の中で薄く笑った。
こういうハズレヴィランにやっているいつもの方法がある。
それは思いの丈を吐かせること。
そのあと同情したふりをするのが効果的だ。
罪悪感で立ち止まらせるより、希望をチラつかせた方がコントロールしやすい。
「だから」
そう言いながら、俺は男の目の前に腰を下ろした。
目線を合わせる。
対等だと錯覚させるための、小さな仕掛け。
「聞かせてよ。これまでのことを。どうして、こんなことしたのか」
男は、激情の渦の中で、徐々に落ち着きを取り戻していった。
長い、長い沈黙が訪れる。
俺は黙って待った。
急かさない。
自分から話し出させるのがコツだ。
やがて──
男は、ぽつりとつぶやいた。
「……全部、全部存在しなかった……家族も、仲間も、……最初から、俺には何もなかったんだ」
声はか細く、絞り出すようだった。
その言葉とともに、男の体から力が抜けていくのがわかった。
そして、男は語り出した。
自分の過去を。
自分の絶望を。
自分の壊れていった理由を。
――――――――――――――――――――
「人が本当に死ぬのは、忘れ去られたときだ」
誰かがそう言っていた。
──ならば、俺は最初から死んでいたのだろう。
どうせ忘れるだろうが名前を教えてやる。俺の名前は、存在 希釈(そんざい きしゃく)。
滑稽なほど皮肉な名前だ。存在を名に冠しながら、俺の存在は、生まれたその瞬間から誰の視界にも映らなかった。
泣いても、笑っても、怒鳴っても。
俺は、誰の記憶にも残らない。
まるでこの世界の“設定ミス”のように、最初から見落とされていた。
親でさえ──いや、親だからこそ、俺を見ようとしなかった。
抱き上げられた記憶も、名前を呼ばれた記憶もない。
それは“個性”の発現を境に、より明確になった。
あれは力などではなかった。ただ、俺を世界から淡く薄め、輪郭を奪う機能に過ぎなかった。
やがて、彼らは完全に俺のことを忘れた。
「自分に息子がいた」──そんな事実すら彼らの脳裏から剥がれ落ちていた。
家を出た。いや、逃げた。
自分を見ない世界から、せめて遠ざかりたかった。
そうして始まった日々は、他者の家に忍び込み、残飯を喰らい、布団に潜り込む、泥のように曖昧で無名の暮らしだった。
罪を犯しても、名は残らなかった。
窃盗も、侵入も、破壊も、俺のものと判明することは決してない。
あらゆる罪を繰り返し、結果だけが世界に刻まれた。
だがそのどれも、「希釈」という名と結びつくことはなかった。
俺の仕業だと知る者は、ひとりとして存在しなかった。
何も変わらない。
どれだけ必死にもがいても、何一つ俺に焦点が合うことはなかった。
それは、途方もなく苦痛で、吐き気がするほどに空虚だった。
そんな生活に、終わりの気配が差し込んだのは、あの夜だった。
限界を越えた俺は、衝動のままに、俺は一度も犯したことのない罪である殺人に手を染めた。一人の男の命を奪おうとした──その刹那、奇跡のようなことが起きた。
死を目前にした男が、俺を「見た」のだ。
ゾクリとした感覚が背骨を這い上がり、心臓が妙な速さで脈打つ。
その男の目が、確かに、俺の存在を捉えていた。
恐怖に染まった視線が、俺という“誰か”を認識していた。
初めての感覚だった。
見られるということ。
この世界に、確かに自分が“生きている”と感じられた、たったひとつの瞬間。
その陶酔に、俺は抗えなかった。
──もっと、見てほしい。
それから、俺は“見られる方法”を学んだ。
殺す。
ただそれだけではない。
じっくりと痛めつけ、命乞いを引き出し、絶望を味わわせる──
その過程こそが、俺を見つめる時間となる。
目を逸らさず、俺の顔を、声を、存在を確かに刻み込む。
殺すことが、目的じゃなかった。
見てもらう手段として、それが“もっとも確実”だっただけ。
そうして俺は生きている実感を拾い集めた。
断末魔の中で、ようやく俺は“生”を感じられた。
そんなある日、ひとつの仮説が浮かんだ。
──俺を捨てたあいつらも、死の淵に立てば、俺を思い出すだろうか?
その答えを確かめるために、親を探し出した。
刃を突きつけ、恐怖に晒し、いつものように“見つめられる瞬間”を待った。
けれど──彼らは、最後まで俺の名を口にしなかった。
俺の顔を見ても、ただ恐怖に涙を流すばかりで、何も思い出さなかった。
俺という人間は、彼らの人生において最初からいなかったのだ。
──その結末は、俺の存在を根こそぎ奪った。
俺はその様子を見ながら、静かに、嗤った。
血に濡れた手を見つめながら、嗚咽を漏らした。
俺は、最初から“いなかった”のだ。
家族の記憶にも、過去の時間にも、産声の痕跡にも。
彼らはただ恐れ、泣き喚き、命乞いを繰り返すだけだった。
なぜだか知らないが、今回は、どうしようもなく涙が止まらなかった。
何度も、何度も刺した。
死体が“人”であった面影を失うまで。
それでも、埋まらない空虚が胸の奥で蠢いていた。
──俺は、生きていない。
誰にも“生かされて”など、いなかったのだ。
それからも俺は殺し続けた。それだけが俺の存在証明だから。
――――――――――――――――――――
……聞いて思ったことがある。めんどくせぇと。
希釈と名乗った男は、途切れ途切れに、けれど確かな熱量で、自分の過去を語った。
無視され続けた人生。誰にも見てもらえなかった生。
存在しないものとして扱われた絶望と、その果てに辿り着いた狂気。
俺は、仮面の下で、作り物の優しい目を向けながら、それを黙って聞いていた。
うんうん、と相槌を打つ素振りまで加えてやる。
あたかも、「わかるよ」とでも言いたげに。
──心底どうでもいい。
同情? するわけねぇだろ。
こいつがどれだけ苦しかったかなんて、知ったこっちゃない。
自分が満たされなかったからって、他人を殺していい理由にはならねぇ。
生き地獄だった? だったら尚更、地獄を広げるなって話だ。
それを、さも当然のように語るそのツラが、もう鼻につく。
……被害者ぶってんじゃねぇよ、殺人鬼。
心の奥で毒づきながら、それでもオレはにっこりと笑ってみせる。
今は、こいつを暴れさせるわけにはいかない。
ここで同情した“フリ”をするのが、最適解だ。
俺の仕事は、ただ一つ。
こいつに、「一時的にも救われた」と思わせること。
本当に救う気なんて、さらさらない。
冷静に考える。
どうしたら、こいつは救われたと勘違いしてくれるのか?
──答えは、すぐに出た。
話を聞く限り、こいつは過去に異常なまでに執着している。
特に、“親”という存在に。
名前を教えてきたのも、親にまつわる唯一の証だ。
存在 希釈。
どれだけ見捨てられようと、記憶から消されようと、それだけは確かにこの世に残った。
たった一つの、自分の存在を繋ぎとめる鎖。
──つまり、ウィークポイントは、名前だ。
親に与えられた、たった一つの形見。
希釈にとって、親そのもの以上に重い呪縛。
そして必要なのは、肯定。ただ、それだけだ。
過去との決別? 新しい人生?
そんなもの、こいつには絶対に受け入れられない。
もし無理に促したら、たぶんその瞬間にぶっ壊れる。
例えば、「名前を捨てろ」とか「殺しはもうするな」なんて言ってみろ。
それは、こいつの生存理由そのものを否定するのと同じだ。
俺は知っている。
こいつに、変わる未来なんか期待しない。
改心も、贖罪も、そんなもんできるわけがない。
──だって、こいつはもう、壊れてる。
「殺人」っていう線を一度越えた奴は、生まれつきネジが外れてる。
オレがそうだったように。
頭じゃない。根っこから、人間として詰んでる。
どこまで行っても、救えねぇ。
だったらせめて、
ほんのひととき、偽りの救いを見せてやるだけだ。
そいつが最後に見る光景が、ちょっとでも温かったなら。
その方が、俺にとって都合がいい。
そう──
これは慈悲なんかじゃない。
ただの、“後始末”だ。
俺は、そっと目線を落とした。
目の前の男──存在 希釈は、今にも崩れ落ちそうな顔で、地面に突っ伏していた。
どこにも逃げ場なんてないって、ようやく悟ったんだろう。
なら、そろそろだ。
俺は一歩、希釈に近づいた。
血まみれの手を、そっと伸ばす。
そして、静かに、できるだけ優しそうな声で言ってやった。
「──あんたのこと、ちゃんと覚えたよ」
希釈の肩がビクリと震えた。
おそるおそる顔を上げる。
その目は、信じたくないものを見てしまったみたいに、揺れていた。
俺は、微笑む。
仮面の下、薄っぺらい慈悲を貼り付けた笑みで。
「存在 希釈。……お前は、確かに生きている」
言葉を選ぶ。名前を呼んでやる。それだけでいい。それだけで満足するような人生だったろ。
どこまでも優しく、どこまでも嘘くさく、
けれど、絶対にこいつにはバレないように。
「お前の存在は、俺が保証する」
希釈の瞳から、涙があふれた。
「……俺は、俺は……!」
嗚咽混じりの声を上げて、希釈はその場に崩れ落ちた。
まるで、長い長い絶望の果てに、やっと辿り着いたみたいに。
俺は、そんな姿を冷めた目で見下ろす。
心の中では、鼻で笑っていた。
俺に言われたくらいで、満たされると思ってんのか。
本当に救われると思ってんのか。
無理だ。
どうせまた、すぐに空っぽに戻る。殺しはやめられねぇ。
だけど──それでいい。
今この瞬間だけ、
“救われた気になって”いれば、それでいいんだ。
希釈は、しゃがれた声で最後の言葉を絞り出した。
「そうか……俺は、生きてるって、生きててもいいって言ってもらいたかったんだ……」
こいつは類を見ないちょろさだな。
「ああ、俺はお前を決して忘れないよ。約束だ」
泣き疲れて、ぐったりとした希釈を見下ろす。
しゃくり上げながら、こいつは「ありがとう」を何度も繰り返していた。
滑稽だ。
この瞬間だけ、救われた気になってる。
たった今、自分を殺す気満々だった相手に、心から感謝してる。
おめでたいにも程がある。が計算通りだな。
俺はため息をひとつだけ吐いてから、そっと手を伸ばした。
右手の手刀を作る。狙うのは首筋、脳に軽いショックを与えて意識を刈る。
なぁに、手慣れたもんだ。
ヴィジランテ始めてから何度やったか分からない。
「……おやすみ、存在 希釈」
ボソリと、誰にも聞こえない声で呟いて、軽く“トンっ”と首を叩いた。
カクン、と。
希釈の身体は、あっけなく崩れ落ちた。
地面に転がったそいつを、俺は無感情に見下ろす。
少女を救った時ほどではないが快感が来て、仮面の下で口元が歪む。
「ごめんな、希釈。俺は……お前の存在を、明日になったら忘れてるよ」
俺は、ぐったりとした希釈の身体を見下ろしながら、静かに息を吐いた。
血溜まりの冷たさは不思議と感じなかった。
ぽつりと思っていたことがこぼれる。
「……タルタロスにでも、一生幽閉されてろ」
誰にも見られず、誰にも知られず、
存在しているのかどうかも曖昧なまま、静かに腐り落ちろ。
お前にはそれが似合ってる。
どこかでサイレンの音が聞こえる。
通報は済ませてある。
あとはこいつを、警察に引き渡すだけだ。
報道はきっと、こう書き立てるだろう。
「若きヴィジランテ、セイバートゥルーが、連続殺人鬼を確保」
「命を賭して市民を守った英雄」
なんて。
──ああ、笑える。
俺は世界を守ったんじゃない。
ただ、俺自身を守っただけだ。
この世界は、どこまでも壊れている。
救いなんて、どこにもない。
あるのはただ、錯覚だけだ。
だからせいぜい、感動でもしてろよ、世界。
美談に酔って、胸を撫で下ろして、
何も変わらない明日を、また繰り返せ。
……俺は、もう知ってる。
この世界に、“本物の救い”なんて、最初からなかったってことを。
――――――――――――――――――――
翌朝。
昨日、あれだけ血を流して死にかけたというのに、俺は何事もなかったかのように制服に袖を通し、いつもと変わらない顔で教室へ向かった。
いつもの景色。
騒がしい廊下。無意味に大声を張り上げるクラスメイト。
くだらない話題に笑う声。
俺にとっては、どれもこれも、ただの雑音だ。
席に着くと、すぐにあいつがやってきた。爪切回だ。
「日色大丈夫か? いつにもまして顔色悪いぞお前」
「ん、問題ないぞ」
「そうか、ならいいんだけどよ」
爪切は机に腕を乗せたまま、興味津々といった顔で俺に話しかけてきた。
「なぁなぁ、救雄。聞いたか? 噂の殺傷事件のやつ」
俺はノートをめくりながら、適当に相槌を打つ。
「ああ、連続殺人犯のやつだろ」
爪切は興奮気味に続けた。
「すっげーよな! まさかこんな街で、そんなヤバいのが捕まるなんてよ。
しかもさ、ニュースによるとヴィジランテが取り押さえたんだって! なんか黒い仮面の奴……セイバートゥルーとかいう、最近噂になってるヤツらしいぞ!」
……知ってる。
その仮面の裏で、“ヒーローごっこ”をしてたのが、この俺だ。
でも、何も言わない。
そういう役回りは、とうに慣れてる。
爪切は続けた。
ちょっと眉をひそめながら、首を傾げる。
「そんでよ……犯人の名前なんだけど……あれ? 思い出せねぇ。確か、なんか変な名前だった気がすんだけど……なんだっけな?」
ポン、と手のひらで額を叩きながら、必死に思い出そうとしている。
でも、出てこない。
そりゃそうだ。
あいつは、もともとこの世界に存在してなかったも同然だったんだ。
殺しを重ねても、叫びを上げても、
誰の記憶にも──正しくは、誰の“日常”にも刻まれなかった。
俺はノートをめくる手を止めず、淡々と答えた。
「……さあな。忘れちまったよ」
たったそれだけ。
何の感情も込めずに。
爪切は「あー、俺も!」と笑って、すぐ別の話題に移った。
誰も、もう昨日のことなんて気にしちゃいない。
血だまりも、絶望も、哀れな亡霊も──何一つ、世界には残らない。
机の上、蛍光灯の光をぼんやりと映す白いノートを眺めながら、
俺は仮面の下で、心の底から乾いた笑いを漏らしていた。
これが現実だ。
誰も何も覚えていない。
誰も何も救ってなんかいない。
──なのに、世界は、今日も何事もなかったみたいに回っている。
連続殺人犯、存在 希釈。
救われた気になった亡霊。
誰にも思い出されることなく、たぶん今ごろはタルタロスの暗闇でひとりきり。
そして、俺も。
今日もまた、何事もなかったふりをして、
──この腐った世界を生き延びる。
主人公の通っている中学校をデクたちが通っていた折寺中学校にしようか迷っていますデクたちの絡み見たいですか?
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中学での絡み見たい
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高校からでいい