2025年5月14日――ベルリンの空は、灰色の雲に覆われていた。
ハインツ・アクスマンは、かつてのシュタージ将校としての全コネクションを総動員し、祖国ドイツへの帰国を決断した。
あおぎり高校のメンバーたちが夢見た「東ドイツをテーマにしたドラマ」を実現するため、彼は迷わず行動に移した。
Studio Berlin GmbH――旧ドイツテレビ放送協会(DFF)の放送センター施設を一部使用する、由緒ある名門制作会社。
アクスマンは信頼できる同胞五名を伴い、ドラマ製作責任者との対談に臨む準備を整えた。
その五名の中には、忠実なる側近ミヒャエル・ゾーネと、あおぎり高校でただ一人彼を擁護し続けるエトラの姿もあった。
ベルリンの空港に降り立った瞬間、アクスマンの瞳に、久しぶりの冷たい輝きが戻った。
かつての威厳をまとったように、背筋を伸ばし、薄い笑みを浮かべる。
「ようやく……私の舞台だ。」
Studio Berlin GmbHのオフィスは、ガラスと鋼鉄の近代的な外観の中に、歴史の重みが静かに息づいていた。
エトラは少し緊張した面持ちでアクスマンの後ろに立ち、ミヒャエルは冷静に周囲を警戒しながら主を支える。
残る三人の同胞――アクスマンの過去を知る旧東ドイツ出身の技術者とプロデューサーたち――も、静かにその場に控えていた。
しかし、運命は彼にさらなる試練を用意していた。ロビーに足を踏み入れたその瞬間。「ハインツ・アクスマン……まさか、貴方がこんな場所に顔を出すとはな。」
低く、怒りに満ちた声が響いた。
そこに立っていたのは、グレーテル・イエッケルン。
かつて国家人民軍(NVA)第666中隊の政治将校だった女。
今は左翼党の議員として、過去の体制の闇を鋭く批判し続ける存在。
彼女の眼差しは、アクスマンを一瞬で凍りつかせた。
「シュタージの亡魂が、ドラマ制作だと? 笑わせるな。」
アクスマンは一瞬、息を飲んだが、すぐに不敵な笑みを浮かべ返した。
「グレーテル・イエッケルン、相変わらず口が悪いな。議員になった今も、過去に縛られているようだ。」
エトラが慌てて口を挟む。
「あの……私たちはただ、ドラマを作りたいだけなんです。東ドイツの歴史をテーマにした、意義ある作品を……。」
純粋なその声に、グレーテルの視線が冷たく突き刺さる。
「エトラ、貴様はこの男の過去を知っているのか?シュタージの将校として、どれだけの命を奪い、どれだけの人生を壊したか。」
エトラの表情が曇る。
ミヒャエルが静かに一歩前に出て、グレーテルを牽制した。
「イエッケルン議員、今は過去を掘り起こす場ではない。我々は新しいプロジェクトのために来た。」
グレーテルは鼻で笑い、アクスマンを睨みつけた。
「新しいプロジェクト? 貴様の『プロジェクト』は、いつも血と涙で塗りつぶされてきた。Studio Berlin GmbHが貴方のような男を受け入れるとは思えない。」
その言葉は、アクスマンの胸に深い亀裂を刻んだ。
その時、静かな足音と共に、Studio Berlin GmbHの製作責任者、マイク・クリューガーが現れた。
彼はアクスマンたちとグレーテルの対峙を穏やかに見つめ、静かに口を開いた。
「アクスマン氏、予定通りのアポイントメントですね。……しかし、イエッケルン議員もご一緒とは、興味深い状況だ。」
アクスマンは冷静さを取り戻し、クリューガーに視線を移した。
「我々は、東ドイツの歴史をテーマにしたドラマの制作を提案しに来た。Studio Berlinの設備と経験は、このプロジェクトに最適だ。」
グレーテルが一歩踏み出し、クリューガーに訴える。
「マイク、この男の提案を安易に受け入れるべきではない。彼の過去は、貴方の会社に暗い影を落とすぞ。」
クリューガーは静かに頷き、両者を交互に見つめた。
「アクスマン氏、提案の内容は興味深い。しかし、過去の経歴に関する懸念は無視できない。まずは企画書を提出し、我々が慎重に検討します。その上で、協力の可否を判断しましょう。」
エトラがほっと胸を撫で下ろし、小さく呟いた。
「ありがとう……ちゃんと聞いてくれて。」
そして、脳裏にあおぎり高校の仲間たちの顔が浮かぶ。
魂子、あかり、こまる、ゐぶき……みんなの笑顔。
彼女は改めて決意を固めた。
「このドラマ、私たちの絆を世界に伝えるものにしたいんです!」
アクスマンはグレーテルの視線を避けるように、クリューガーに頷いた。
「分かった。企画書はすぐに用意する。」
だが、心の奥ではグレーテルの言葉が重く響き続けていた。
かつての罪は、決して消えない。
一方、日本・viviONのあおぎり高校スタジオでは――魂子たちが大きなモニターを囲み、ベルリンからの連絡を待ちながら祈るように手を握りしめていた。
こまるが不安げに呟く。
「あの男、ほんとに信用できるの?」
月赴ゐぶきがハスキーボイスで、いつものクールな調子で答えた。
「信用はできんけど、チャンスは与えてみる価値はあるんちゃう?失敗したら、うちがケーキでも投げつけたろか。」
その言葉に、スタジオは一気に明るい笑い声に包まれた。
魂子が拳を握り、皆を見回す。
「みんなでなら絶対に大丈夫だよ!アオギリエースの絆、なめんなよ!」
メンバーたちの視線は、遠いベルリンの空へと向けられていた。アクスマンの贖罪の道は、まだ始まったばかり。
過去と未来が激しく交錯する中、あおぎり高校の物語は、新たな局面へと突き進もうとしていた――。
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