((サイコロステーキ先輩と一緒に戦ったのが面白かった思い出だったので…w
今日の夢はどこかで懐かしさを含んだ…見知らぬ男女に対して見たくも無いものを見てしまったような感覚を感じながら息苦しさを覚えるような怒りに狂わされたような悪夢だった。会ったこともない、どこか愛おしさを覚える金髪の少年を自分よりも美しい少女に奪われたくないと必死に足掻いている夢。
幸せそうに笑い合っているその少年と少女がゆっくり抱き締め合い、接吻しようとする場面に割り込むように叫んだ。
「──やめてっ!!!!!」
自分の声が寝言として発されたのだろうの音が響きながらも勢いよく起き上がった。声混じりな息遣いの荒さ。吐き気がしそうな程激しく脈を打つ心臓の音。気持ち悪い程身体中にまとわりついている汗。身体が鉛のように重くてダルい。
あの夢は何だったのだろうか。あの少年も、あの少女も会ったこともない。なのになんで不快な気分が湧き出るのだろうか。そして、訳の分からない夢に囚われる自分が馬鹿馬鹿しい。
そんな時、パキッと誰かが枝を踏んだ音がした。何か来るだろうかと俯いたまま目だけ音がした方へ見やる。薄暗い中で動く人影。でもその人影は子供のようだった。その子供は恐る恐ると怯えたような姿勢で、近付いてくるのが分かる。少しずつ、少しずつ近付いてくる人影。ついには月の明かりに当たる所まで出てきたその子供は8歳くらいで、星のように煌めく金髪に、蜂蜜の飴のような色をした、潤いのある瞳。頬も橙色のパーカーも土で汚れており、何度も転んだのだろう。黄土色の半ズボンの下にある片膝から血が流れているのが証拠だ。
「お、おねえさん…誰…?」
オドオドとした声で話しかけてくる。よくよく自分の姿のことを考えて見れば、獣のような瞳、鋭い牙、額に生えた角もある。人間では無い鬼の姿に怯えるのは当然だろう。しかも、幼い男の子の膝から出ている血がいい匂いがする。随分長らく、人を食べていないため腹が男の子の血に、身体に欲している。その男の子に怖がらせないように穏やかな声で話しかける。
「私は桜娥だよ〜こんな所でどうしたの〜?」
男の子はまだ警戒を解けておらず、震えた声のままで答える。
「……家出してきたんだ…」
「親でも喧嘩したの〜?」
「……俺に親はいないんだ…孤児院に住んでいるんだ…でもあそこにいるのが嫌になって出てきたんだ…」
「そっか〜…ねえこっち来て話そう?君とお話したいな〜?」
「…………」
男の子はまだ警戒が解けていないながらも少しずつ桜娥と名乗った鬼の女性に近づく。近付いても襲われないと思ったのか、男の子は彼女の隣に座った。
「なんで嫌になったの〜?」
男の子は暗い顔をしながら俯いたまま答える。
「……みんなも…大人も…誰も俺のことを見てくれないんだ…俺のことなんかいてもいないような存在なんだ…誰も俺のことを愛してくれないし…そこに居るのが苦しくなって…逃げ出したんだ…」
「そうだったんだ〜……じゃあ…」
桜娥は目を細め、妖しげな笑みを浮かべながら男の子の頭を撫でる。そして、男の子の顔を覗くように近付いた。
「私と一緒にいようか?」
「…………え…?」
すると、桜娥は男の子を押し倒した。逃げられないように彼の肩を地面に強く押し付ける。桜娥の後ろに三日月があるため、彼女の顔に影が生まれ、一層恐ろしく見える。その恐ろしさのあまりに男の子は「いや…っ」抵抗し始める。
「暴れないでよ〜」
抵抗する男の子の片足をガシッと片手掴んだ桜娥。その足には血が出ている方で、その傷口に顔を近づく。そして、ペロリと生暖かい舌が傷口を、血を舐める。「はぁ…」と興奮が混じった息遣いをしながら舐め続けていく。そんな彼女の様子に怯えるように見ていた男の子はこのまま喰われると脳に恐怖が占めている。
「や…やだっ!!」
男の子は足を思い切り桜娥の肩を蹴れば、彼女は少し離れた。その隙に、男の子はよろけながらも逃げ出した。しかし、桜娥は男の子を追いかけなかった。
「あ〜あ、逃げちゃった〜」
一見穏やかにしているが、獲物を逃がしてしまったことが残念に思っている。そして、口の周りについた血を舌で舐め取れれば、ニヤリと口角を妖しく上げた。
「あの子の血…美味しかったな〜」
ふと、その血の味はどこかで味わったことがあるような気がする。でも、何も思い出せないので、気の所為だと思うことにしたのであった。
1年後の夜。桜がひらりひらりと散る頃にあの男の子がやってきた。ここは人があまり来ないため、その子だけのことがよく覚えている。でも、前より背が伸びているのが印象的だった。しかも、何故か黄色のバッグを持っている。
「おねえさん…俺のこと覚えてる…?」
相変わらず怯えた態度で見せてくる。前のことで警戒が残っているのだろう。距離がかなりある。
「覚えてるよ〜前は怖がらせてごめんね〜」
桜娥も変わらない穏やかさを見せる。しかし、男の子の警戒はまだ解けない。
「……あの時…なんで俺を追いかけて来なかったの…?」
面白い質問だった。あんなにも怖がっていたのに、2度もここに来るだなんて面白い男の子だと桜娥はクスリと微笑んだ。
「お腹が空いてて動けなかったからね〜」
少し嘘をついた。あの血の味に違和感を覚えて固まっていたのだ。しかし、今回はどこも怪我をしていない。あの血の味を確かめたいが、男の子はまだ警戒している。
「あ、あの…これ…!」
男の子が先程から持っていたバッグから取り出したのは、生肉が入った発砲トレーが2パック。
「足りないかもしれないけど…俺を食べる代わりにこれ食べていいから…」
予想外の展開で目を見開く桜娥。更には「俺を食べても絶対不味いと思うからさ…」と付け加えてきた男の子の言葉によって脳が一瞬よぎる。
『俺を食べても美味しくないからさ!!絶対不味いからさ!!』
硬直するように黙ってしまった桜娥に不安を覚えた男の子はオロオロとし始める。「おねえさん…?」「大丈夫…?」「これ嫌だった…?」と声かける。そんな彼の姿を見とれていた桜娥はまた穏やかな笑みを見せた。
「大丈夫だよ〜これ頂くね〜」
「よかった…あっ、そろそろ帰らないと…じゃあね、おねえさん!」
あ…っと桜娥が声を発した時には男の子は走って帰ったため、もう遠くへ去って行ってしまった。
「はぁ…名前聞きたかったな〜…」
桜娥の心の中には名を知らぬ男の子の存在に少しずつ芽生え始める。気になる。あの子が気になる。どんな名前だろうか。どんな風に過ごしているか。どんな食べ物を食べているか。色々と聞きたいのに、もういなくなってしまった彼に聞きたくても聞けない。
1年後の夜。また桜が散る頃にあの男の子がやってきた。また背が伸びてる。前と同じ黄色のバッグを持ってきた。でも、1つだけ違う所があった。
男の子の手元には彼の黄色い髪色と同じような色をしたフクジュソウを握っている。
「おねえさんの所に行く途中に見つけたんだ。これおねえさんにあげる!」
男の子と桜娥との物理的な距離は少しあるが、生肉が入った発砲トレー2パックとフクジュソウを差し出すように置いた。
「ねえ君」
「うん?」
「君の名前、なんて言うの〜?」
ずっと聞きたかったこと。やっと彼の口から聞ける。
男の子はそういえばと名前を言っていないことを思い出し、口を開いた。しかし、遠くから女の子の叫び声が男の子の言葉を遮ってしまった。
「お兄ちゃ〜ん!どこなの〜〜〜!?」
咄嗟に後ろを向きながら立ち上がった男の子は急いでバッグを手に取り、走って行ってしまった。
「ごめん!またね、おねえさん!!」
「…………」
また、聞けなかった。遠くから僅かに聞こえてくるはっきりとしない会話を聞きながら寂しそうに俯く桜娥。彼から持ってきたフクジュソウという花をそっと手に取り、眺める。
「また聞けなかったな〜…」
今度こそ。今度こそなら聞けるだろうか。彼の口から名前を。
1年後の夜。また桜が散る頃に男の子がやってきた。また背が伸びてる。初めて出会った時は小動物のように小さかったのに、今は少し俯いただけですぐに顔がある感じの高さだった。そしていつの間にか警戒心が徐々に消えており、手を伸ばしたら届きそうな距離になっている。相変わらず生肉が入ったバッグを持ってきている。しかも、彼の手元には白詰草で作られた花冠があった。
「おねえさん、これあげるよ」
男の子は花冠を桜娥の頭にそっと置いた。まるで、桜娥をお姫様として扱うように。これまでの男の子と違った接し方に少し擽ったい気持ちが湧いてきた桜娥は思わず黙ってしまう。そして、少し焦るようにずっと聞いてみたかったことを口を開いた途端、男の子の言葉によって止められる。
「俺を引き取ってくれる里親が見つかったんだ」
「…………」
「…でもここから遠くなってしまうし簡単には会えなくなるかも」
「……そっか…」
遠くなる。ということはこうして会えなくなるということ。この先も会えないかもしれない。だから名前を知る必要がないと思われたのだろう。
「おねえさん」
いつもは何気なく男の子の顔を見れていたのに、今は何故か見れない。恐る恐ると見上げれば、男の子は寂しげな色を浮かべながらも優しい笑みを見せた。
「元気でねぇ」
「……うん…」
男の子は去って行ってしまった。1度も振り返らずにそのまま行ってしまった。残ったのは寂しさだけ。
「…………」
1年後。あの男の子が言った通り、桜が完全に散っても、夏に近付いても来なかった。背はどのくらい伸びたのだろうか。彼が言った里親という者と仲良くやれているだろうか。泣いていないだろうか。そんなこと考えるばかり。
1年後。また来なかった。もうそろそろ自分の背より超えているのだろうか。今頃何をしているのだろうか。自分のこと忘れてしまっていないかな…そんなことも考えているばかり。
「もう…来ないかな〜…」
ボソリと不満を漏らした。その言葉は彼に届いていないことが残念に思う。
1年後。桜が散る頃にやっとあの男の子が来た。背は随分の伸びており、やっぱり自分の背より超えてしまっていた。しかも、黒い服を纏っている。でもどこか様子がおかしい。右目に痛々しい痣が腫れていて、左頬にガーゼが貼っており、口元に絆創膏を貼っている。しかもほんのりと血が漂ってきて、鬼である桜娥が興奮してしまっている自分を抑えている。
「久しぶりだね〜どうしたの〜?」
変わらない穏やかな声でかけてみる。すると、彼が桜娥に歩み寄り、抱き締めてきた。驚くように見開いた桜娥は固まる。
「ごめん…暫くこのままでいて欲しい…」
声が違う。あの甲高かった声が少し低めな声に変わっていった。でも、この震えた声は初めて出会った時の同じだった。そして、途切れ途切れに初めて聞く泣き声、鼻をすする音が耳元で聞こえてくる。こうしていると、初めて出会った時の彼に会ったような気分で、そっと抱き締め返した。
暫くすれば、彼は泣き止み、落ち着いていた。今度は甘えるように桜娥の胸に顔を埋めるように抱き締めたまま。何かあったのかと聞けば、彼はすっかり弱くなってしまった声で話してくれた。
彼はもう14歳で、中学校というものに通っている。その学校に入学してから彼のことが気に入らない人達にずっといじめられ、暴力暴言を浴びられたという。
その人たちが彼を悲しませた。泣かせた。こんなになってまで自分を求めてくる程辛かったのだろう。
「ねえ」
初めて出会った時、彼を襲った時に言った言葉をもう1度問おう。
「私と一緒にいようか?」
心が壊れかけている彼は受け入れたかのように「うん…」とか弱い声を出しながら静かに頷いた。
「一緒にいたいけど…じいちゃんに心配かけちゃう…」
じいちゃんとは里親のことだろう。彼曰く、学校を早退して、家に帰らずにそのまま桜娥の所まで来たのだ。道理で、この黒い服は学生服だったそうだ。
「ねぇおねえさん…」
桜娥の胸に顔を埋めていた彼は上目遣いで少し見上げる。そんな光景を見た桜娥はふと、脳に壊れた映像のようなものがよぎった。
『■■■ちゃん…』
彼が纏っている学生服に少し似ていており、その学生服の上に鱗文様がある黄色の羽織が羽織っている。でも顔がよく見えない。そして、壊れたような雑音によって遮られた見知らぬ少年の声がよく聞こえない。
「…………」
「おねえさん…どうしたの?」
「……ううん、何でもないよ〜何か言った?」
「……何でもない…」
男の子は何を言おうとしたのか気になったが、暫く学校のことや普段過ごしていることなど色々と話してくれた。寂しげな表情を浮かべたり楽しそうな表情を浮かべたり嬉しそうな表情を浮かべたりコロコロと表情を変えていく彼の様子をただ眺めている桜娥。そしてついには、彼の帰るべき所へ行ってしまった。
もう2度と会えないだろうか。2年も会えなかった寂しさが十分に埋まらずに、もっと会いたいと願ってしまう自分がいたのである。
1年後。桜が散ってもあの男の子は来なかった。来て欲しい、また姿を見たい、また話したい…そう願っていくばかり。
「……会いに行こう…」
ずっと待っているだけでは、一生来てくれないかもしれない。
桜娥は溜まりに溜まった不安が募るあまりに立ち上がり、ずっと住み着いていたその場から離れる。長らく下りていなかった人里。その人里は随分景色が変わっており、見たことがないようなものばかりだった。今は陽が沈んだばかりで、人がまだまだいる。鬼だと悟られないように人間として化け、男の子を探しに行く。
当然、彼が住んでいる場所も分からない。ずっと山の中にいたから。当てもなく探していくうちにだんだん、だんだん人も車も少なくなっていく。そろそろ家に帰り、寝る時間が近付いてきたのだろう。まだ男の子を見つかっていないのに。
「……はぁ…」
もう少し探してから帰ろうと歩いていると聞いたことがある声がした。
「家に送ってあげるよ」
まさかと声がした方へ辿って行けば、そこには見慣れた金髪の男の子。あの子だ。
桜娥はその子を見つけたことを喜びのあまりに近付こうとした途端、彼の側に誰がいることに気付き、足を止めてしまう。
その彼の側には、女の子だった。人間の女の子。その子は髪が長く、薄桃色の紐を髪に留めてあり、漆黒に混じった藤色のある瞳、綺麗に整った顔…美しい女の子だった。
「…………」
男の子はその女の子に照れたような笑みを見せていた。そんな顔は一度も自分に見せたことがなかったのに。
桜娥の心の中で息苦しくてドロドロとしたようなモノがジワリジワリと襲ってくる。そのモノによって暴走してしまいそうで、自分を抑えられるのがやっとだった。
でももう抑えられない。
凶暴化した桜娥がその2人を、その女の子を襲った。飛び散る血。その血が桜娥にかかる。でも、その血は女の子のものでは無い。男の子のものだった。つまり。男の子が女の子を庇ったのだ。
徐々に理解していく状況に我に返った桜娥は血を流す男の子を見て、血の気が引いた。そして、その男の子に何もせずに、逃げるように、その場から去って行った。そして聞こえてくる女の子の悲鳴。その悲鳴が桜娥の心を深く、深く残した。
1年後。月の下で、ひらりひらりと散っていく桜の下で蹲る桜娥。彼女は罪悪感と不安の色が現れた表情を浮かべながら地面をじっと眺めている。その眺めている地面に、人間の足、白いスニーカーが歩いてくるように移り、止まった。
「おねえさん」
その声の主はやっぱりあの男の子。でも見上げられない。どんな顔をしているのか怖くて俯いたまま。きっと怒っているのだろう。きっと恨んでいるのだろう。彼から発するどんな言葉を受け入れる覚悟はできていても、できていない自分がいる。
「おねえさん…顔見たいな?」
「…………」
桜娥は顔を上げない。恨み言でも何でもいいから早く言って欲しい。けど怖い。重々しい葛藤が桜娥の身体に縛り付けている。
「ねぇ、おねえさ…」
「嫌いにならないで…っ!!」
咄嗟に耳を塞いだ。男の子の声を掻き消すように防衛の言葉が次々と出てくる。
「お願い、嫌いにならないで…直すから……直すから捨てないで…閉じ込めないで…ねぇお願い…お願いお願いお願いお願いお願いお願い…っ!!!」
そんな時、闇の中から女性の手がこちらへ伸びてくる気配がした。
「いや…っ!!」
その手を抵抗するように払い除けると、そこには女性ではなく、頬についた傷口から血が飛び散っている男の子だった。
また…傷付けてシマッタ……。
もう完全に嫌われた、一生ここに来なくなるだろう、また独りぼっちになる…。
もう全てが見えない。聞こえない。まるで闇に包まれたようだ。
暗闇の中で独りぼっち…。
ガララッと引き戸のような開く音がした同時に一筋の光が自分自身の身体を包むように浴びる。しかし、その光を見ずに俯いたまま。そして、こちらへ近付いてくる2つの足音。そして、その2つの足音は止まり、ふわりと温かくて柔らかいものが頭に当たる。その温かいものは大切にするようにゆっくりと撫でてくれる。
『……──■■■』
垂れた長い髪の間で虚ろな青い瞳が反応するように見開いた。
その声の主によって少しずつ、少しずつ思い出していく。自分の名前も遠い記憶も。モノクロで壊れた映像から次第に色のある鮮やかな世界へと変わっていく。そして見上げれば、自分に撫でてくれた手の主は……。
「姉さん…」
双子の姉だった。明るい笑顔を見せてくれる光莉、静かで柔らかな笑みを見せてくれる愛闇。
それだけじゃない。だんだんと、だんだんと思い出していく。
『目の調子はどうでしょうか?』
胡蝶さん…
パンケーキを作ってくれた甘露寺さん…
いつも蛇と戯れている伊黒さん…
いつも煽ってくる猫屋敷さん…
いつもボンヤリしている時透くん…
お姉さんのような存在だった星宮さん…
ちょこんと1人で突っ立っている冨岡さん…
傷跡だらけな不死川さん…
サツマイモを食べている煉獄さん…
いつも楽しげだった寅島さん…
誰かを楽しそうに追いかけている宇髄さん…
憧れの存在だった悲鳴嶼さん…
『おい!俺様と勝負しやがれ!!』
勝負を挑んでくる伊之助…
『君は強いな!』
太陽のような笑顔を見せてくれる炭治郎…
『ゆっくり休んでいいぞ!』
いつも家事やってくれた雫…
『だぁいすき!!』
抱き着いてくる大の親友だった凛音…
『ム〜ッ!』
後ろから通り過ぎるように走っていく禰豆子…
その禰豆子が走っていった先には隊服の上に鱗文様で黄色い羽織を羽織っていて、白色の剣を腰に差している少年がいた。彼女はその少年に懐くように抱き着いた。
『ふひひっ、可愛いなぁ』
特徴的な笑い声もその言葉も自分に対してではなく、その禰豆子に向けてだった。
ああ…そうだった…。
その少年がいつも禰豆子ばかり構っているのが、いつも禰豆子に好意を向けているのが、気に入らなかった。
だから鬼になって、この少年を彼女から引き剥がすように攫った。無理矢理攫って、人気のない場所、山奥に連れ込んで、何処にも行かせないように足の骨を折った。そして、"自分のモノ"にするためにその少年を喰った。ゆっくりと、ゆっくりと…足、脹脛、膝、太腿…一部ずつ食べた。
最初は痛がるように呻き声を上げ、泣き喚いていた少年は静かになり、次第に身体が冷たくなって動かなくなってしまった。
そして、残った金色の髪に包まれた顔は木の下で埋めた。埋めたのは閉じ込めるため。ずっとここで一緒にいるためだから。
その少年の名前は……。
「ぜん…いつ……」
善逸。少年の名前は善逸だった。
今、抱き締められているこの男の子は、あの少年にそっくり。この男の子があの少年の生まれ変わりだろうか。
「善逸……なの…?」
そう聞いたら、男の子は少し驚くように固まっていた。今まで名乗ってこなかったため、本当の名前で呼ばれて驚いたのだろうか。
「……うん、そうだよ…何で分かったの?」
やっぱりこの男の子は善逸だそうだ。でも、前世の記憶は無いようだ。でも、いつか思い出していくだろう。
「莉々愛…私の名前は黒鈴莉々愛…」
"黒鈴莉々愛"。それが人間時代の名前。
「私は君のことをずっと片想いしてきたの…」
「え…片…えぇっ!?」
ああ…やっと見せてくれた…。あの女に向けていた照れ顔がやっと自分に向けてくれた。琥珀の瞳が自分を見てくれている。この照れによる真っ赤な顔が自分に向けてくれている。君の頭の中には自分の言葉だけ占められているのだろう。
そして、殆ど毎年、この春でやってくるこの日は"私の誕生日"。いつもその日に君はここにやってきた。人間代わりの肉も花も花冠も色々なものをくれた。
そして、今回は君の照れ顔という最高の贈り物をくれた。
「大好き…大好きだよ……善逸」
幻覚でも幻聴でも何でもいい。記憶が無い君の代わりに、桜の木の下で埋められている君に「誕生日おめでとう」「俺も大好きだよ」…と言われた気がした。
はらりはらりと祝福されるように舞い散る桜の中で2人きり。まるで夢の中に浸っているようだった…。
【解説】
●「桜の下には死体が埋まっている」「ニゲラ」「フクジュソウ」がテーマ
・「桜の下には死体が埋まっている」
➡︎物理的に桜の下には善逸の顔(死体)が埋まっている。それが、桜娥が桜の木から離れずにずっとそこにいた理由。
・「ニゲラ」
➡︎4月21日の誕生日花で、花言葉は「夢の中の恋」「密かな喜び」という意味。傍から見て(大正の)善逸側からしたら莉々愛から「逃げら(ニゲラ)れない」状態で、莉々愛からしたら善逸と結ばれたという喜びを抱いている。
でも実は、(大正の)善逸は莉々愛のことが密かに好きだった。でも、鬼化してしまった莉々愛に思わず怯えてしまい、結果的に片想いのような形に…。でも最後に「俺も大好きだよ」という幻聴のようなものは大正の善逸が最も伝えたかった想いだったもの。結果的に、夢の中のような恋に。
・善逸が渡した花の「フクジュソウ」
➡︎花言葉は「悲しき思い出」「幸せを招く」「永久の幸福」
「悲しき思い出」:善逸が莉々愛でもない禰豆子と仲良くしていることが最も悲しき思い出
「幸せを招く」:生まれ変わりの善逸が再会し、幸せを招き始める機会に
「永久の幸福」:鬼は長生きなため、現代まで、生まれ変わりの善逸が寿命に尽きるまで幸せになる
…というこの物語のメッセージ
●善逸が毎年4月21日に来てた理由
➡︎毎日そこにいる訳がないと思い、同じ日に行けば会えるかなと思ったため