ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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13.握りしめた手を

 そこに、かつて古にあった正しき魔術師本来――己が欲する者のために己が全てを賭す魔術師の姿があった。

 

 暴力的なほどに駆け抜けた熱波と炎嵐でを一瞬で灼熱地獄と化した路地裏。

 無数の刃風でばらばらの石塊と化して、四散した鐘塔の天辺。

 

 ぶつかり合う炎嵐が、凍嵐が、ありとあらゆる障害物を粉々に破壊してゴーストタウンを蹂躙し尽くしていき。

 殺気と狂気が満ちた黄昏の空は眩むほどの紅が差し、暴音を轟かせる。

 

「ははははははッ!そうでないと!やはり君はそうでないと!」

 

 手袋から舞い散る錬金術試薬、疑似霊素粒子粉末(パラ・エテリオンパウダー)から深層意識に潜む神魔を減じるの存在として投影・具現化された、多種の人工精霊(タルパ)を操りながらジャティスは歓喜を叫ぶ。

 

「君より強い魔術師は掃いて捨てるほどいる!だが君しかいないんだッ!そんな弱さで……拙い魔術で……己が正義を――勝利し続けることができた魔術師はッ!」

 

 そしてジャティスの手袋から風に乗って零れ落ちる、輝く粉――

 

「君は百戦して九十九負ける戦いでも、残り一回の勝利を必ず最初に引き当てる!魔術と呼ぶにはあまりにも子供だましな手品で、君は勝利して自分の正義を貫き続ける!」

 

 抜けめのない詠唱と研ぎ澄まされた感覚で、絶えず銃声を放ち続けるグレンはそんなジャティスの妄言を聞き流しながら、惚れ惚れするような体術で屋根の上を疾駆する。

 

「これは凄いことだ!奇跡だと言っていい!力こそ正義――魔術師の理を覆す埒外の御業だッ!」

 

 再び、ジャティスの背後に現れる人工精霊(タルパ)彼女の左手(ハーズ・レフト)】。

 

「誇っていいよ、グレンッ!君の正義は、やはり得体のしれない大いなる意思に守られているッ!もし、この世界に選ばれた人間がいるとしたら――君こそ選ばれた人間だと思うッ!」

 

 その【彼女の左手(ハーズ・レフト)】が携えた黄金の剣がぎらりと、不吉に光る――

 

「ゆえに――君の正義を、僕の正義が打倒することで――僕の正義はより高みに立てるんだ!これは君しかできない偉業なんだ!」

「グズグズ、うっせぇ――ッ!」

 

 グレンは鋭角の屋根を素早く滑り降り、ヘリを蹴って、次の建物の屋根へと跳躍。

 空中で銃を抜き、並走するジャティスへ向け、激情のままにファニングする。

 

「殺し合いくらい――黙ってやれッ!」

 

 連続咆哮する銃撃。

 

 黄昏の空を走る、火の線。

 

 乱射された弾丸が、並走するジャティスへ殺到し――刹那、【彼女の左手(ハーズ・レフト)】が動く。

 瞬時に、六度振るわれた剣が、飛来する銃丸を全て切り落とす。

 

 その圧倒的な剣圧が周囲を襲い、ばらばらに切り裂かれ倒壊する建物たち……。

 豪音と共に舞う砂埃に片腕で目を守るグレン、その眼前に伸びる幅の広い道路の先――

 

「はははははは――ッ!グレン――ッ!」

 

 彼我の距離にして約五十メトラ地点に見事な着地を決めたジャティスがグレンに向かって、もう突進をはじめていた。

 

 走りながら、ジャティスは縦横複雑に腕を振るい――左方に【彼女の左手(ハーズ・レフト)】、右方に【彼女の右手(ハーズ・ライト)】を顕現させ、グレンに向かって一直線に駆けよってくる――

 

 その表情を満たすのは、羨望と、歓喜と、狂気。

 

 爛々と光る目がグレンを、グレンだけを見つめる――

 

「ジャティスゥウウウウウウウ――ッ!」

 

 その姿を見ただけで虫唾が走るグレンは、魂割れよと吠えて応じる。

 

 その表情を満たすのは、憤怒と、激昂と、殺意。

 

 煌々と燃える目がジャティスを、ジャティスだけを見据える――

 

 そして、グレンの手は鮮やかに、滑らかに、かつ激流のように動き。

 瞬時に交換される銃のシリンダー。

 落ちる空のシリンダーが地面を叩くより速い。

 

 今まで続いた中毒者達との戦闘が、ジャティスとの死闘が、かつての魔導士としてのグレンを急速に呼び起こし再研磨していく。

 

 グレンは、向かってくるジャティスへ、撃鉄を起こした拳銃を構え――

 

 次の瞬間、乱舞する人工精霊(タルパ)

 咆哮する銃声が交錯する。

 

 

 戦いは、際限なく過熱していく――

 

 

 

―――――――――

――――――――――――

 

 

 薄暗い路地裏に二つの足音が響く。

 

 システィーナは酸欠でグラグラする頭を抱えながら、自分の前を走る白い少女に連れられるままに足を動かす。

 零れる吐息は熱く、掴まれた腕は冷たく、時折もつれる足は棒のようだった。

 

「はぁ……ッ!はぁ、はぁ……ッ!……うあッ」

「……ッ!システィーナ……ッ!」

 

 遠くから一際大きく聞こえてきた戦闘音にびくりと跳ねた身体に、とうとう悲鳴を上げた足が地面を踏み損なって……システィーナは盛大に転ぶ。

 

「大丈夫……?」

 

 ここにきて初めて振り返ったノアが瞬時にしゃがみ込むと手を差し出した。

 

 しかし、システィーナにはその手を取る余裕がなかった。

 

 呆然と自身が纏っていた美しいウェディングドレスは泥土に汚れ、裾が擦り切れているのを見て。逃走で酷使した体中からあらゆる悲鳴が聞こえ……ふと、我に返る。

 

「だって……だって、仕方ないじゃない……ッ!」

「……システィーナ?」

 

 システィーナは身体を震わせながら涙声で叫ぶ。

 

「だって、先生が行けっていうから……それに、私なんて足手まといだし……だから……ッ!」

 

 システィーナは賢かった。だが同時に聡くもあった。

 

 足手まといだから。

 それは事実ではあるが……そんなのはただの言い訳に過ぎないという事もわかっていた。

 

「大丈夫……先生は負けない……そうよね……?」

「………」

 

 祈るように問いかけた答えをノアが口にしない理由も分かっていた。

 

 だって、自分は確かに聞いたのだ。

 

 『……達者でな』

 

 自分たちの去り際に、グレンが呟いた言葉。

 グレンは例えあの戦いに勝利したとしても……もう自分たちの所に帰って来てくれない。

 

「……ぅ……うう……ッ!」

 

 自分が、否定してしまったのだ。

 自分が、あのグレンを。

 

 恐ろしい、と。

 怖い、と。

 別世界の人間だ、と。

 

 ……拒絶してしまったのだ。

 

 グレンが過去、軍関係の人間であるというのは知っていた。どこか普通じゃない、後ろめたい仕事をしていたというのも、何となくわかっていた。

 

『……誰かを教え導くには……手が汚れすぎている……』

 

 以前、グレンが言った台詞。

 普段はお調子者のロクで無しだが……表面には出さないだけで、やはり心の奥底でずっと気に病んでいたのだろう。

 

 こんな自分が、本当に、此処にいてもいいのか。

 

 グレンが時折、自分達のためにと命を賭して戦い続けてきたのは……ひょっとしたらそのせいかもしれない。

 

 自分はここにいていいんだと、自分で自分を肯定したかったのかもしれない。

 自分はここにいていいんだと、誰かに肯定してほしかったのかもしれない。

 

 だと、いうのに。

 

「……私は……なんで……ッ!」

 

 否定して――拒絶した。

 

 涙がぼろぼろと溢れてくる。後悔は尽きない。それでも、どうしようもない。

 

 ジャティスは恐ろしく強い。

 こうしている間にもグレンは血だまりの中に沈んでしまうかもしれない。

 

 考えれば考えるほど、状況は絶望的だった。

 

 ルミアもリィエルもいない。アルベルトもいない。セリカもいない。学院は巻き込めないし、軍に助けを呼ぶ時間もコネもない。あらゆる意味でグレンを救えるとしたら、それは自分かそれとも……。

 

(もう一人……ッ)

 

 光明が見えたというようにシスティーナは涙にぬれた顔を勢いよく上げる。

 そこには膝をついて手を自分に差し伸べたままのノアがいた。

 

 システィーナは悲鳴を上げる体を無視して瞬時に身を起こすとその手に縋りつくように懇願する。

 

「ノア……ッ!お願い、先生のこと助けに行って……ッ!!」

 

 ノアがグレンを助けに行ってくれればもしかしたら……。

 そんな希望がふわりと胸の中で灯る。

 

 ノアは自分なんかよりもずっと強い。

 魔術も、剣術も、戦術もずっとずっとシスティーナよりも実戦に向いていて、そして何よりグレンの心を優しく守ってくれる。

 

 だから――

 

「ごめん」

「……え?」

 

 いつもの声音であるはずなのに胸の奥を抉るような冷たさを含んだ声がシスティーナの耳に届いた。 

 

 あまりにもあっさりとしたノアの答えに理解が追い付かず、システィーナは大きく目を見開いて目の前にいる彼女を見つめる。だが、その表情は逡巡も悔恨も微塵もない。

 

 ノアは本気で”グレンを助けに行かない”と言ってる。

 

 それを悟った瞬間、システィーナの目の前が真っ暗になる。

 だって――

  

 

 ノアはグレンに心を許し、大切に思っていたでしょう?

 

 

 グレンと話すとき、一人称は『僕』を使っていた。

 偶に二人で冗談を言い合っているのを見た。 

 魔術だけでなく趣味に関しても何度か議論をしていたのも聞いたことがある。

 

 それなのに……。

 

「ど、うして……?」

 

 驚愕、困惑、焦燥。

 

 色々な感情が織り交ざってじわりと滲む涙に目の前が歪むシスティーナに、ノアは目を逸らさずはっきりとした口調で諭すように言った。

 

「先生からシスティーナを頼まれた。僕は何があってもシスティーナを守り抜いてみんなの所に戻らなくちゃいけない」

「でも、私はもう、だいじょうぶだから……ッ!」

「まだ中毒者がうろついているかもしれない」

「――ッ!!」

 

 システィーナはそのノアの温かな庇護と言葉の裏に隠れる冷酷な現実に息を吞む。

 彼女は言外に”システィーナは戦えるのか”と問いかけている。

 

「わ、わたしは……ッ!!」

 

 システィーナの脳裏に甦るのはグレンとの逃走の最中のこと。

 何もできず、ただグレンに手を引かれるままに足を動かし、悲鳴を上げることしかできなかった自分はなんて無力だったのだろう。

 

 情けなさで隠れてしまいたいくらいの羞恥よりも、心の奥底から湧き上がる恐怖が勝りシスティーナの身体を駆け廻る。

 

(震えが……止まらない……ッ)

 

 カタカタと震える身体、湧き水の様にあふれ出る涙、ノアの手を握りしめて離せない手。

 どう考えてもシスティーナが中毒者と戦えるなんて思えない。

 

 そんなシスティーナの手をそっと握り返したノアは小さく微笑みかけて言った。

 

「大丈夫、そのために僕がいる」

「……っ」

 

 大丈夫――それは本当に?

 ノアの優しい言葉に罪悪感を抱きながらシスティーナは思案する。

 

「先生の願いも、システィーナの命も僕が守る」

「……っ……ぅ」

 

 システィーナの手を引いてくれる人がグレンからノアに変わっただけなのに?

 傷つく人がグレンからノアになるだけなのに?

 

「ルミアやリィエルとも約束したから」

「……ぁ」

 

 でもその約束はきっとシスティーナのことだけでなく、グレンのことも含まれているのだろう?

 それなのにノアはシスティーナの為にグレンを諦める選択をしている。

 

 それを一生ノアは背負っていくの……?

 

「だからみんなの所に戻ろう、システィーナ」

「私は……」

  

 それがシスティーナにとって幸せな未来なの?

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……幸せ?

 

 ぽつりと浮かんだ疑問。それと同時にどこか懐かしい情景が思い出される。

 

 頭の中にはかつて眩しいほどの夕日が差していたあの温かい馬車の中でシスティーナがノアに語った”幸せ”がふわりと浮かんで。心に確かな足跡を残していく。

 

 

――その幸せは、あなたやルミア、リィエル、家族、クラスの皆……あと、先生も。ちゃんといてくれることが前提なのよ

 

 

 悪夢から覚めたようだった。

 気付けば涙で滲んでいた視界は明瞭になっていて体の震えも止まっている。

 

(……そうよ。私は先生に一緒にいて欲しいの)

 

 グレンのいない未来で、システィーナは。

 ルミアは、リィエルは、クラスの皆は……ノアは”幸せ”になれるのか。

 

 答えは、否。

 

 グレンの存在は自分たちの中で大きくなりすぎている。

 

 ルミアがいて、リィエルやノア、クラスメイト達がいて。その中心ではグレンがいて。

 そんな何気ない日常こそがシスティーナにとって幸せで、絶対に失いたくないもの。

 

 それを失わないためにグレンと毎朝特訓して強くあろうとしたのに。

 失ってしまったら自分が自分でいられないことももう分かっていたはずなのに。

 

 ”誰か”じゃなくて”自分”が守るって決めたのに。

 

 だから。

 

(ここで泣いてる暇なんてない……ッ)

 

 システィーナは涙を拭って、顔を上げると宣言する。

 

「私は――先生の所に戻るわ」

 

 目の前の少女の黒い瞳が大きく揺れた。

 その目に映るのは驚愕、恐怖、焦燥。

 

「な、んで……?」

 

 動揺を隠せない彼女に今度はシスティーナが安心させるように微笑みかける。

 

「だって私は、先生がいてくれないとやっぱり嫌なの」

 

 ”あなたもそうでしょう?”

 

 ぴくり、とシスティーナの手を握りしめてくれていたその小さな手が震えるのがわかり、システィーナは今までの情けない自分を恥じるように苦笑する。

 

 そう。

 ノアだってシスティーナと同じただの少女なのだ。

 

 ただ人よりも魔術や剣術ができるだけで、少し人見知りだが時折微笑んでくれる表情は年相応で、そして悪夢を見れば怖がって眠れなくなるような一つ年下の少女。

 

 それなのにグレンの願いとシスティーナの未来のために彼女には酷な選択をさせてしまった。

 彼女も本当は苦しかったはずなのに。

 

「ごめんなさい、ノア。でも私はもう大丈夫だから」

 

 ルミア、リィエル、家族、クラスの皆……そして、先生とノア。みんながいてくれる大切な日常を今度は自分が守ってみせるから。

 

 システィーナは黙り込んでしまった彼女に微笑みかけながらその冷え切った手をそっと握り返した。

 

 

 




難産だった……
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