盲目少女は蟲で踊る ~ダンジョンでおとりにされて死にかけましたが、蟲使いに覚醒したので復讐に参ります。~   作:千田伊織

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第14話 失踪の終わり

 ダンジョンには特別、モンスターが湧かない場所がある。いわゆる安全地帯と呼ばれるところで、冒険者たちはそこで武器の確認や休憩を行う。大抵は奥に進む道から逸れるように横道という形で伸びており、ミアはその奥深くにこもっていた。こんなところまでわざわざやってくる冒険者はいないので、他人(ひと)の手による物音は何一つ聞こえない。

 

 そのとき檻の中で蟲が突然、活発的に動き出した。

 ミアは異常事態を察知し、檻に布をかぶせた。それから息を殺してじっと気配を探る。

 

 微かに耳に響く音がある。耳鳴りのようなそれは、ミアにじっとりとした緊張感を与えた。

 

「静かに待っていてください」

 

 檻に向かって囁くと、ミアは杖を手に立ち上がった。ここはモンスターが特別生まれない場所のはずだ。足音を潜めて曲がり角に張り付く。それから慎重に角の奥を覗いた。

 

「……」

 

 誰もいない。聞き間違えだろうか。

 ミアは首を傾げながらも檻の方へ戻ろうとした。

 その時、振り向いた目の前にメルバが仁王立ちしていた。ナイフを片手でくるくると弄びながらミアをじっと見つめている。

 

「──っ」

 

 咄嗟に逃げだした。途中で檻を回収し、奥へと駆けてゆく。

 

 見つかった。

 これはまずい。エリシアに探し出されてしまうことだけは、避けなくてはいけないのに。

 

 けれどLv.5のメルバに走力で勝てるはずがなかった。ミアは背中に強い衝撃を受けて、地面に倒れ込む。

 杖を離さなかったのは英断だ。身を翻して杖を構え魔法陣を展開、中級魔法を繰り出そうとする。距離さえ取れたらいいのだ。しかし彼女の俊敏には叶わなかった。

 

 ミアの身体に乗り上げたメルバは手に持っていたナイフで杖を弾き飛ばし、それからナイフを逆手持ちに変えミアの側頭部を柄で殴る。

 

「ぅぐっ……」

 

 ミアは視界に火花が散るのを捉え、ゆっくりと暗転した。そのまま意識を手放してしまう。

 

 次に目が覚めたのはメルバの背負うかごの中だった。両手両足がひもで頑丈に縛られているのに気づき、必死に解こうともがく。しかし結び目はあまりに頑丈で、少し身を捩っただけでは隙間さえも作ることができない。

 白い岩壁は十階層よりも上だ。随分上の方まで連れてこられたことに気づく。

 

「メルバ! 解いてくださいっ」

 

 揺られるかごの中でミアは叫んだ。彼女がいくら小さな体とはいえ、力はあった。ミア一人を背負いながら、ダンジョン内を駆けまわっている。

 

「お願いです、話を──」

「お前が話をしなかったんだろ」

 

 ミアはぐらりと傾いたかごの中で目を瞠った。

 本気で怒っている声色だ。メルバのこれほど低い声をミアは聞いたことがなかった。

 

「あ、あの……」

 

 ミアはメルバが出来るだけ気に障らない言葉を選ぼうとする。けれどそれは無意味だった。

 

「どれだけエリシアが悲しんだと思ってる!」

「わ、わたしはただの拾われです。エリシアも新しい調教師(テイマー)を探せばいい。わたしに固執する必要は……いっ」

 

 メルバは乱暴にミアの入ったかごを降ろすと、転げ出たミアの胸倉を掴み上げた。ミアは青筋浮きだった鬼の形相に口を噤む。

 

「エリシアはな、いなくなったお前を探すのに昼夜寝る間も惜しんでたんだよ。情報収集して、貼り紙もして、行き交う人に呼びかけて……ミアをただ拾っただけの仮調教師だと思ってたらそこまでしないだろ! 勘弁してくれよ……」

 

 メルバは額を押さえて呻いた。

 ミアはそれほどにも愛されていたのだと知って、軽率なことは言えなくなってしまった。貼り紙をしたら見つかってしまう可能性が上がるじゃないか、と迷惑がっていた自分を殴りたい。エリシアの心配を迷惑だなんて。

 

 メルバはミアの拘束をナイフで切ると、その切っ先を今度はミアに向けた。

 少ない光がナイフの刃に反射して、ミアは息を飲む。

 

「ダンジョンで何をしようとした。全部言え」

 

 ミアは目の前に突きつけられた刃先の距離を確認すると、彼女を見上げた。

 きっと拒否すれば喉を一突きされてしまうんだろうな、とさえ思えた。彼女の怒気はミアの心臓を押しつぶさんばかりだ。

 

「……言ったらエリシアに嫌われてしまいます」

「うるさい、早く言え。嫌うかどうかはミアが決めることじゃない」

 

 ミアはそれもそうだと納得する。

 心配させた償いに、全ての企みを吐いてしまおうと思った。そうすれば、エリシアもミアの心の底を知って幻滅するだろう。貼り紙も下げてしまって、ミアを追うようなことはしないだろう。

 でも到底言えない。あの人に自分の醜い考えを知られたくない。

 

「イルクパーティーに復讐しようと目論んでたか」

 

 ミアが拒否を告げようと躊躇いがちに口を開いたとき、メルバから的確な発言が飛んできた。ミアは唖然として目を剥く。

 

「……どうして、それを」

「一年前、ミアが死にかけたのはイルクパーティーの仕業だな」

 

 エリシアパーティーの誰にもそれを言ったことはなかった。もちろん、周囲の人物にも。

 

 ミアはそこまで知られているならもう逃れられないと、はっきり頷いた。

 メルバはぎり、と奥歯を噛みしめ、握っていたナイフを取り落とす。そして首を項垂れた。表情は分からないが、きっと彼女も落胆しただろう。

 死にかけのところを助けてあげた人間が、その一年後に復讐をするなんて。

 

「ごめんなさい。もう、エリシアパーティーには戻れません。正義を掲げるエリシアに今のわたしは、あまりにふさわしくない」

「ふざけんな」

 

 立ち上がり、ダンジョンの奥深くへ戻ろうとすると、メルバは低い声で呟いた。首根っこを掴まれ、ミアは後ろに転倒しそうになる。

 

「……復讐を一つとして遂行できてないお前ごときが、悪人ぶってんじゃねえ」

「え……?」

「お前がやったことはな、ただのちょっとした騒動にしか過ぎないんだよ。ちょっと怪我をさせて、痛い目を見せてやったってだけだ。そんなもの復讐になってない」

 

 ぎらつくメルバの瞳にミアは後ずさりした。

 平和なエリシアパーティーだけに居たら、そんな言葉は出てこないはずだ。たしか彼女はパーティーを掛け持ちしていた。触れてはいけない部分に踏み込んでしまったのかも、とミアは思わず身を縮こまらせた。

 

 メルバにささやかな恐れをなして逃げ出すことを諦める。

 

「はぁ……。ま、それも後だ。まずはエリシアとちゃんと話せ。エリシアがどれだけ心配していたか身をもって実感しろ、いいな」

 

 ミアは不意に、初めてエリシアパーティーの拠点で目を覚ました時を思い出した。不慣れな蟲生のスキルで見た、ばらばらと今にも壊れそうなほど不安に満ちたエリシアの表情。つきん、と胸が痛む。

 

「ごめん、なさい」

 

 ミアはかすれた声で、謝罪を絞り出した。

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