盲目少女は蟲で踊る ~ダンジョンでおとりにされて死にかけましたが、蟲使いに覚醒したので復讐に参ります。~   作:千田伊織

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第22話 二人きりの時間

 それから二人きりで、繁華街をまわった。

 民族衣装や地方の衣装を取り扱った服屋。甘い餡をパンのような生地で包んで蒸したものを売る露店。美容に執心する女子たちが列を成している飲み物の店。

 目移りするラインナップに、慣れていないミアとエリシアはきょろきょろとしながら練り歩く。

 

 ミアは不意にぴたり、と足を止めた。様々な種類の髪飾りを売る露店が目を引く。ミアはエリシアをその店へ誘った。

 

「これ似合うと思いますか?」

 

 シンプルなパールが散りばめられた白のカチューシャを指さして尋ねる。

 

「つけてみればいいんじゃない?」

 

 エリシアは手に取ると、ミアの頭にやさしく着けてあげた。軽く髪を整えられて、ミアは店に置かれていた小さな鏡を覗き込む。

 銀髪に白が埋もれてしまっている。三つ編みをまとめているリボンに違和感がないのは、シルエットの影響だろうか。

 

「もう少し落ち着いたものの方が似合いそうね。こういうのは?」

 

 ミアはつけたカチューシャを棚に戻しながら、エリシアが吟味してくれる横で、隣に置かれた髪飾りに目を向けた。そしてエリシアの頭に、それが輝いている様子を想像する。

 

「こういうのとか……黒でも似合うかしらね。……ミア?」

 

 ミアは店員に包んでもらった紙袋を後ろ手に、今もミアに似合うものを探してくれているエリシアに駆け寄った。

 

「受け取ってください」

「これは?」

「開けてくれますか?」

 

 エリシアはミアに言われるがまま紙袋を開いた。ミアはエリシアがそれを覗き込み、目を瞠るまでを見届ける。よかった、喜んでくれている。

 

「可愛い。素敵なアクセサリーだわ」

 

 白地に鮮やかな青のビーズが映えるデザインの布製バレッタだ。

 ミアはエリシアの今日の服装に、いいアクセントになるだろうと思って頬が緩む。

 

「つけてくれる?」

「もちろんです」

 

 エリシアが膝を軽く曲げると、ミアはハーフアップでまとめている部分にバレッタをつけてあげた。今日は天気がいいので、青のビーズが特にきらめいて見える。

 

「素敵です」

 

 その次は珍しい古書店に向かった。エリシアの提案だった。ミアはエリシアと繋がっている手を無意識に揺らしてしまった。

 

 薄暗い店内だが、高い天井に大きなシャンデリアが吊るされている。店内はこの辺りの店と同じく吹き抜けになっていて、違うのは壁一面本で埋め尽くされ、その周辺の棚にもたくさんの本が積み上げられていることだ。

 

「古いインクの匂いがします」

 

 ミアは店内の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「ミア、こういうの好きでしょう?」

「大好きです」

 

 しばらく背表紙のタイトルに目を滑らせながら、あの人の伝記があるだとか、あの人の日記があるだとか、胸を躍らせる。

 はたと目に留まった名前に、ミアは思わず声をあげかけた。一冊を棚から抜き取り、少し離れた場所で本を開いて中身を流し見ているエリシアに声をかける。

 

「ピエールの聖典です!」

 

 大きな囁き声で、ミアは興奮を抑えきれずに言う。

 

「故郷では、これを原点とした教えが中心だったんです。初めて見ました!」

 

 エリシアはミアの勢いに戸惑いながらも、薄汚れた本を眺める。

 

「そ、そうなの? 私はあまり詳しくないけど……すごいことなのね?」

「すごいどころじゃありません」

 

 地に足ついていないミアからエリシアはその一冊を取り上げると、店員を呼び止めた。

 

「お会計をお願いできますか?」

 

 ミアは慌ててその本取り返そうとする。

 

「待ってください、それちょっとお高いんですが……」

 

 それは特殊な古書で、高価なものを集めた棚に置かれていたことをエリシアに告げる。しかしエリシアはさっさと店員に渡してしまって、手に持っていたかばんの中を探り始めた。

 

「これのお返しよ」

 

 エリシアは髪を撫でて、頭に鎮座しているバレッタを見せてくる。ミアはああ、とたじろぐうちに聖典が自分のものになっていた。

 

「いいんですか?」

 

 本が包装されている袋を受け取り、ミアはエリシアを見上げる。

 

「もちろん。ミアが喜んでくれると、私も嬉しいわ」

 

 それならと本を大切に抱えこんだ。

 

「少し喫茶店に入らない? 本の中身も気になるんでしょ?」

 

 全部バレていることにミアは少し恥ずかしながらも頷く。エリシアは表情柔らかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、レイノワールのティーセットはいいの?」

「はい。……たぶん」

 

 レイノワールもいいと言っていたし、問題はないだろう。今頃ミアやエリシアと同じように、メルバとお茶でも楽しんでいるはずだ。

 

 ミアは綺麗な紅い花が絵付けされたティーポットを持ち上げると軽く揺らして、エリシアのカップに注ぎ口を近づけた。琥珀色の鮮やかな液体で白いカップの底が満たされていく。カップの半分が満たされると一度引き上げ、今度はミア自身のカップにポットを傾けた。

 

「やっぱり慣れてるわね」

「ほとんど毎日飲んでますから」

 

 もう一度エリシアの方に注ぎ足し、そしてミアの方にも。これが一杯目の基本的な紅茶の淹れ方だ。

 ポットをテーブルに置くと、ミアはカップを手に取った。

 

「このお紅茶、思ったよりフルーティーですね」

「そうなの? こういうのがフルーティーって言うのね」

 

 エリシアは一口飲んで、カップをソーサーに置く。ミアはさりげなくミルクピッチャーを差し出した。エリシアは眉を下げて「ありがとう」と言って手に取る。

 

 ミアは知っているのだ。エリシアはミルクを入れないと紅茶が飲めない。紅茶が嫌いというわけではないらしいが、少し苦みを感じるのだという。だからミアはメニューの数ある中でも、ミルクティーにして美味しいフレーバーティーを頼んだ。

 少しして運ばれてきたのはケーキだ。ミアの目の前にはイチゴのタルトケーキが、エリシアの前にはレアチーズケーキが並ぶ。

 

「ねえ、ミア。今晩は『バッカーノ』に行きましょうか」

 

 エリシアは一切れフォークに乗せたまま言った。ミアは口の中の少し酸味の強いイチゴを咀嚼しながら顔を上げる。

 

「……」

「リクラスにも、ミアが帰って来たこと言わないと」

 

 そうだった。

 失踪する前、最後にいたのはあの酒場だ。失踪を知っていて、ミアを心配していてもおかしくはない。

 ミアは軽く視線を下げて、ティーカップに映る自身の顔を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 聖書の一割ほどを読み進めたところで、ミアは顔を上げた。エリシアと目が合って、ずっと見られていたのだと悟る。

 ミアは本を閉じると、テーブルに置いた。そして紅茶を注ぎ足し、唇を湿らせた。

 

「もういいの?」

「続きは帰ってからにしようと思います」

「そう。……そろそろ出ましょうか」

 

 ミアは窓の外へ視線を移す。昼ほど人通りは多くなく、通りは歩きやすくなっている。

 二人は荷物を持って席を立った。

 

 会計はどちらがと尋ねられて、ミアはエリシアの前に出る。エリシアは負けじとしているのか、カウンターにお土産用で置かれた茶葉の缶と、クッキーの缶を店員に差し出した。

 

「美味しかったんだもの」

 

 エリシアはそう言って、数枚の札を重石の下に置く。そしてその店員にもう一つ尋ねた。

 

「ここのティーセットって、裏のお店に売ってましたよね?」

 

 店員は頷き、裏を指す。

 

「ご案内いたしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとう」

 

 エリシアは見ていたらしい。ミアがポットの柄を素敵だなと見つめていたことを。

 

 店内にはティーセットだけではなくずらりと様々な食器が並んでいて、どれも花柄の絵付けがなされていた。ミアはそのうちの一つに目を止める。偶然にも、エリシアも同じように足を止める。

 

「赤と青のお揃いですね」

「その上、二人用だなんて。ちょっとした運命を感じるわ」

 

 片方のカップに描かれた赤の花はサルビアに見える。細いラッパのような形の小さなお花が集まった植物で、白の磁器に情熱的な赤が良く映えている。

 もう片方の青い花はキキョウだ。まるで星のように花弁同士が繋がって大きく開いている。こちらはひとつひとつが大ぶりで落ち着いた色をしているが、淑やか、かつ華やかだ。

 

「ポットも粋ね」

 

 ポットは磁器の白が大きく使われている。花畑を模した小さな花は添えるだけで、隣にカップを置くことで一つの作品として成り立っているような印象を抱かせた。

 

「これにしませんか?」

「これからお茶を飲むときは、必ず二人一緒になりそうね」

 

 エリシアは嬉しそうに言った。ミアも一人ぼっちで飲むより二人で楽しめる方が好ましい。

 ミアはエリシアの手の中にある茶葉とクッキーの缶が詰められた紙袋を見て、楽しみだと思った。きっと明日か、明後日になるだろうか。待ちきれない。

 

 ミアは店員を呼んだ。店員は購入する予定のティーセットを、ミアとエリシアに確認する。店員はすぐに勘付いたようではっと目を丸くすると、すぐに頬を緩めている。

 赤も青も二人の目の色だった。今こそミアの目はないけれど、青色がミアを示していることは明白。

 けれど、仲良しなんですね、と言われてしまうと少しむず痒かった。

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