盲目少女は蟲で踊る ~ダンジョンでおとりにされて死にかけましたが、蟲使いに覚醒したので復讐に参ります。~   作:千田伊織

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第32話 ヒルシムの苦悩

 隣にピッタリと並ぶようにエリシアと洞窟を行く。ミアは小声で、先ほどの戦闘が素敵だったことを伝えた。

 踊り子のようで、すごく綺麗だった、と。

 率直な誉め言葉にエリシアは耳を赤くしながら小さく首を傾げる。

 

「いつもと同じようにしか戦っていなかったんだけど……教会時代に踊りを習っていたおかげかしら」

 

 ミアは突然の告白に目を瞠った。エリシアが自身の過去について語ることはそう多くない。両親がすでにこの世にいないことは察していたが、教会時代ということは……。

 

「孤児だったんですか?」

「あれ、言ってなかったかしら?」

 

 エリシアは小さく口を動かして話した。表面はあくまで淑やかな箱入り令嬢らしく。

 

「次潜るときも、この格好ではだめですか?」

 

 ミアがささやかな願望を伝えると、エリシアは少し苦さを含んだ笑みを浮かべて首を振った。

 

「ミアのお願いなら、って言いたいところだけど……いやよ」

 

 そしてレオタードの臀部に手を伸ばすと、尻を隠すようにフリル状の布を引きのばす。ミアは一連を見て、嫌なら仕方ないと肩を落とした。布面積が少なく、身体のラインが出る服装は好き嫌い分かれるだろう。

 

 そのとき、視界の外から肩を強く掴まれた。エリシアも同じようにされたのか、ほとんど二人同時に各々の武器へ手を掛けながら振り返る。

 

「……武器、しまえよ」

 

 そこにいたのはヒルシムだった。警戒心を隠そうともせずにレイピアの柄へ手を掛けるエリシアに、杖を構えて魔法陣を瞬時に展開するミアに、彼は頭の上の耳を垂れ下げて言う。

 

「あんた、あの時の女だよな。……広場でなぜか蟲型モンスターに取り囲まれたときに、助けてくれた」

 

 エリシアは柄から手を離さず、ヒルシムの続きの言葉を待つ。

 やはりバレていたのだ。香水など気休めにしかならなかったらしい。

 

「戦い方を見て、そうじゃねぇかって」

 

 ミアはまさかの盲点に、思わず天を仰ぎそうになった。そうだった。エリシアの戦闘を彼は見ていたのだ。あの日、ミアが仕掛けたことが仇となって帰ってきてしまった。

 

「あんたら、なんか企んでるんだろ?」

 

 ミアもまた、下ろしかけていた杖を構え直す。それを見てヒルシムは誤解だと言わんばかりに手を振った。

 

「いや違う。オレは問い詰めたいんじゃねえんだ」

 

 そして彼はミアの背負うバックパックに目を向ける。ミアは確認するように後ろ手でバックパックの底面を撫でた。

 

「さっき渡されたポーション、絶対に飲むな」

 

 ヒルシムの忠告に、ミアとエリシアは固まった。

 なぜヒルシムがそれを言う。イルクの仲間ではないのか。そんなことを言ってしまえば、エリシアパーティーが手作りポーションを怪しんで、ギルドへ検査を頼みに行くかもしれないことは明らかなのに。

 

「どうしてそんなこと、私たちに言うの?」

 

 エリシアは毅然として尋ねた。その問いに言葉を詰まらせるヒルシムは、後頭部を掻いて唸る。

 

「……あれはポーションなんてもんじゃねえ。ヤクだぜ、ヤク」

 

 手のひらを返してみせる、その指先はわずかに震えている。

 

「もうコイツから逃れたいんだよ。昔のオレに言ってやりたいな、お前はバカだって」

「『逃れたい』なんて貴方は言ってるけど、この討伐はアムドゥシアスの角を……ポーションの材料を手に入れるためなんでしょう?」

「それは……」

 

 ヒルシムが言い淀むのに、エリシアはふう、とため息を吐いた。しかし柄からは手を離して、前を進む人影を目で追う。

 ヒルシムの表情はミアから見て懇願そのものだったが、エリシアはまだ心を許すつもりはなさそうだ。ミアも気を引き締める必要がある。

 

「とにかく、今の貴方を信じるなんてできないわ」

 

 エリシアはヒルシムに前を歩かせた。エリシアとミアは彼の後ろに回って、見張るような体勢に収まることになった。

 

 

 

 

 

 

 三十階層。ここまでの階層主はすでに討伐済みだった。おかげでモンスターの湧きも少ない。しかし全くいないわけでもなく、ミアは着実にイルクパーティーに関する情報を集めていた。

 

 しかもおかしなことに、ヒルシムが内部通告をしてくるものだから、戸惑うことこの上ない。話す限り極悪非道というわけではなさそうだが、口ではやめたいと言っておきながら本人は材料を求めてダンジョンにやってきている。まるでちぐはぐだ。

 

「エリシア、階層主との戦闘は必須なんですよね」

 

 ミアはバックパックの中にあるポーションを思い出しながら尋ねた。エリシアはもちろん、と頷く。このポーションだけでは証拠として不十分だ。だから階層主に出会ってアムドゥシアスを出現させ、角の回収を行わせなくてはいけない。彼らが製造している瞬間をギルドに捉えてもらう必要があるからだ。

 

 しかし。

 エリシアは、数歩進んでは後ろを振り向いてくるヒルシムを睨みつけた。

 

「何よさっきからちらちらと」

「いや……手伝えること、ねえかなってさ」

「はあ? 手伝うって何よ」

「おかしなこと言ってるってのはオレだってわかってる! でもさ……身体中が痛てぇんだよ」

 

 ミアは驚いた。ハイポーションにはそんな副作用があるのか。彼の話を聞いていると、副作用の方がひどそうだ。代償があまりに重い。

 

「勝手にやめればいいじゃない。私たちに頼ろうとしている時点で甘いのよ」

「あんたらはこの恐ろしさがわからねえから、そんなこと言えんだよ!」

 

 ヒルシムが牙を剥いて叫んだ、そこは三十四階層だった。ほとんど同時に、足元から地鳴りが響いてくる。ヒルシムは露わにしていた動揺を収め、エリシアもモンスターに向き合う真剣な目つきに代わる。

 

「今、そんなことを話してる暇はないみたいね」

「そ、そうだな」

「待ってください」

 

 ミアは一人冷静に二人を呼び止めた。今にも三十五階層へ駆けだそうという時に勢いを妨げられて、つんのめったようになる。

 

「ヒルシムさん」

「な、なんだよ……」

 

 今の今まで黙っていたミアに話しかけられて、ヒルシムは再び動揺を表情に見せた。

 

「手伝ってくれるんですよね?」

「ちょっと、ミア。何を言う気?」

 

 エリシアは慌てて止めようとしてくるが、ミアはこれが悪い策だとは思わない。彼がギルドに捕捉されることを望んでいるなら好都合なのだ。利用するほかない。

 

「では、死ぬ気でアムドゥシアスの角を集めてください。死ぬ気で」

「……そんなことでいいのか?」

「一つも取りこぼしてはいけません。あるだけ狩りつくしてください」

 

 狩人の職業にふさわしいように。

 ヒルシムは神妙な面持ちではっきりと頷いた。

 

「……わかった。死ぬ気でな」

 

 そして彼は誰よりも早く、三十五階層へと駆けだした。

 

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