盲目少女は蟲で踊る ~ダンジョンでおとりにされて死にかけましたが、蟲使いに覚醒したので復讐に参ります。~   作:千田伊織

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第4話 違法パレード

 目に飛び込んでくる夕焼けが、一日頑張ったご褒美に見える。エリシアはミアの隣で大きく伸びをした。

 

「エリシア、今日もあの酒場ですか?」

「そうね」

「エリシアってあの店ほんと好きだよなぁ」

 

 メルバがからかうが、エリシアはさも気にしていないように答える。

 

「当然でしょ。私たちの幼馴染みが働いてるんだから、ちょっとぐらいお金を落としてあげないと」

「あそこ商売根性ねぇよなあ。あたしらが通ってやらないと目を離した隙に潰れてそうだし」

「縁起でもないこと言わないで。それにミアはあいつのハンバーグが大好きなんだもの」

 

 ね? と同意を求められてミアは素直に頷いた。

 あの店──『バッカーノ』という酒場は、まるで食堂の優しい女将のような女店主が経営する、裏通りの隠れ家的存在だ。しかし木造の壁にはしっかりと酒の匂いが染みついている。

 

 そこではとある理由で冒険者をやめた、エリシアとメルバの男友達が働いている。幼馴染みとはいえ二人より一つ年下の十八歳だが、親しさはその年齢差を感じさせない。

 

 ミアは彼の作るハンバーグが大好物だった。何より料理は見習いだからと言ってタダで提供してくれるところがいい。

 

 駄弁りながら大通りに出ると、何やら道に人が多かった。いつもならこの時間帯は店が混んでいるはずだが、誰一人店に見向きもせず通りに声援を浴びせている。やけに女性の比率が高いが一体。

 

「パレードだな」

 

 メルバがその小柄を生かして、真っ先に様子を見てきた。

 

「はあ? 公道でのパレードは何があっても禁止でしょ。どこの誰がそんなことやってるのよ」

 

 ギルド職員らしい制服姿の男女が、通りに集まらないよう声をかけているのが聞こえる。特別に許可を取っているわけでもなさそうだ。

 

 エリシアに手を引かれるまま、ミアも人ごみに割って入っていく。

 ミアはエリシアのいつもの癖を見上げて、自分はその癖をあまり嫌っていないことを思い返す。エリシアはぼんやりそんなことを考えているミアを振り向きもせず、通りを占拠しているパレードに立ちはだかった。

 

 馬二頭に荷車をつけて、それを祝福するかのように花弁が舞い散っている。

 

 服を引っ張るミアの制止も聞かず、エリシアは馬の前に飛び出した。そして馬を使役する人物に言い放つ。

 

「ここは公道。条例により、公道でのパレードは禁止されているわ。今すぐ解散しなさい」

 

 ミアは人の集まり具合より随分小規模なパレードだと思った。ミアはフードで顔を隠しながらエリシアを引き留める。間違ったことをはしていないが、エリシアの癖──正義感はいつも行き過ぎるのだ。『あの』エリシアパーティーと一部から呼ばれているのには、それを疎ましく思う人もいるからだ。

 

「ねえ、聞いているの? ギルドの方々も困っているの、ウルサリアにいる以上ここのルールに従うべきよ」

 

 その瞬間、手綱を引いていた人物が、軽く馬を刺激したのが見えた。ミアはかすれた声で、エリシアを呼ぶ。しかし一歩遅かったようで、エリシアは足を上げた馬に蹴飛ばされてしまった。

 

 打ち所が悪かったのか、エリシアは腰を抱えてうずくまる。ミアはエリシアに駆け寄り安否を確認した。エリシアは額に汗を浮かばせながら、大丈夫だと作り笑いをする。そんなはずない。

 

 視界が陰になり、ミアは思わず見上げた。

 まるでゴミを見るような視線で見下ろしてくるその人は──一年前、ミアをおとりにした人物──イルクだった。

 

「……」

 

 しかし彼はにっこり笑ったかと思うと、膝をついて手を差し伸べた。人の好さそうな笑み。闇を感じさせない、人をだます顔だ。憎たらしいことに美形で、女性たちが集まっていた理由を知る。

 

「悪いね。この馬、人見知りなんだ」

 

 ミアはざっと鳥肌が立つ肌をさすった。

 

「ふ、ふざけないでっ!」

 

 エリシアがイルクから差し出された手を叩き落とす。しかしイルクはエリシアの手首を掴み、顔を引き寄せると囁いた。周囲には聞こえないように。

 

「『ふざけるな』? こっちの台詞だね。キャンキャン、犬みたいにうるさく喚きたてるな。だから女は嫌いなんだよ」

 

 エリシアは一瞬何を言われたのかと困惑を見せたが、すぐに顔を真っ赤にしてイルクの襟ぐりに掴みかかる。

 

「貴方ねぇっ!」

「おっと、大丈夫かな?」

 

 しかしイルクはエリシアの拳を軽く受け流した。群衆たちはエリシアの言動にブーイングをあげる。イルク様に手を差し伸べられておいて、傲岸不遜な女だと。

 

 幸せな人たちだ。今、彼は女性を一括りに馬鹿にしたというのに。

 

 イルクは群衆に向かって、まるでいい人のようにエリシアを庇った。

 さらりと髪をなびかせるおまけ付きで。

 

「突然のことで驚いたんだろう。俺も悪かった、馬の制御が利かなかったんだからね」

 

 黄色い声援が増幅する。

 周囲の女性たちはすっかり騙されてしまっていて、イルクを『口うるさく遮ってきた迷惑な女にすら手を差し伸べる聖人』、エリシアを『私のイルク様に手を振り上げた生意気な女』とみなしている。

 

 どうして、人一人を簡単におとりにしてしまえるような人間が、ここまでの人気を得てのうのうと暮らしているのだろう。

 

 どうして真面目にやっているエリシアがこうも蔑まれなければいけないのだろう。どうして右も左もわからなかった自分が、両目まで失わなければならなかったのだろう──。

 

 疑問と怒りが湧いてはふつふつと溜まってゆく。ミアはごぽ、と胃が沸騰するような音を耳にした。

 

 しかしその瞬間、フードを強く引っ張られミアは後ろにひっくり返りそうになった。そのおかげで我に返れたのだが、そのまま脇道まで引きずられ、人通りのない場所で解放される。

 

 痛む背中をさすりながら顔を上げると、仁王立ちのメルバがミアを見下ろしていた。しばらくして同じように、エリシアもレイノワールに引っ張られてくる。

 

「ミア、今何をしようとした」

「……」

 

 エリシアに聞こえないよう、声を潜めてメルバは尋ねてくる。ミアは言葉に詰まりながら、先刻の出来事を思い出そうとする。

 

 パレードでちやほやとされているイルクを見て、不条理さに怒りが湧いたのだ。それで──。

 

 ミアはみぞおちを軽く撫でると、落ち着つかせるために息を吐いた。怒りのあまり、無意識のうちに魔法を使おうとしていたらしい。メルバに引き留められていなかったら、どうなっていただろう。

 ミアは黙り込んでしまう。

 

「……反省してるなら、まあいい。おい、エリシアもだぞ」

 

 メルバはエリシアにも苦言を呈した。エリシアは反論すべく唇を尖らせるが何も言い返さない。また首を突っ込みすぎてしまったらしい、と反省しているようだった。

 

「若さは大いに認めるが、もう少し大人になりなさい、エリシア。ミアもだ、エリシアを蹴飛ばされて腹が立ったのは分かるが、あれほど公然堂々と詠唱を口にしかけるものじゃない」

 

 レイノワールの指摘に、ミアは思わず口を押えた。声にした覚えはなかったが、いつの間にか出てしまっていたらしい。

 

 しかしながら誰一人として、あのいけ好かない男がミアを殺しかけた張本人だと気づいていないようだった。ミアは不意に「好都合……」と口をついて出る。

 

 ミアはハッとして顔をあげるが、幸運にも誰もそれを聞いていなかった。三人はすでに話題を酒場に戻している。

 

 ミアは遅れないように慌ててその後ろについて歩いた。

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