盲目少女は蟲で踊る ~ダンジョンでおとりにされて死にかけましたが、蟲使いに覚醒したので復讐に参ります。~   作:千田伊織

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第6話 ミアの失踪

「ん、ミアぁ?」

 

 朝日の差し込む酒場でエリシアはピクリと瞼を動かした。しかし返事がないので、エリシアはズキズキと痛む頭を押さえながらもなんとか身を起こす。

 

 エリシアは目の前の席を見て、ミアの姿がないことに気が付いた。慌てて立ち上がり、酒場を見回すが見慣れた紺のローブは一つとして転がっていない。

 エリシアは慌てて酒場を飛び出した。

 

「……帰ったのかしら」

 

 そんなことあるだろうか。ギルドに行く以外で、ミアがそんな行動をとったことは今まで一度もなかった。

 

 拠点に帰ってみるが、人の気配はしない。リビング、風呂、台所。次々と扉を解放して、謝罪を口にしながらミアの部屋も覗く。人の気配が薄れているそこは、嫌に殺風景だった。ベッドのサイドテーブルにあるはずの目覚まし時計や本がない。大きなトランクもない。

 

 エリシアは直感的に消えた、と思った。

 では次にミアがいると考えられるのはギルドだろうか。しかしミアがギルドに向かうのは、ダンジョンに潜る直前くらいだ。エリシアは痛む頭を押さえながらギルドに走った。どうしてこうも飲みすぎたのだろう。昨夜のことを思い出そうとするが、思い出せそうにない。

 

 何か言った? 不快に思わせるようなことをしてしまった?

 

 ギルドの扉を押し開くと、乱れたエリシアの姿にギルド職員が目を瞠った。しかしエリシアはカウンターに身を乗り出して尋ねかける。

 

「ミアは、ミア・グーテンベルクはここに来ませんでしたか」

「……え、ええ。一時間ほど前に」

 

 女性は戸惑いを見せつつも頷く。

 

「何をしに?」

「エリシア様ですよね? ミア様であれば、お金を下ろして行かれましたよ」

「いくらよ」

「ええっと、それはいくら同じパーティーの方とはいえ」

 

 渋る女性に、エリシアは頭を掻きむしって懇願した。

 

「お願い。ミアがどこに行ったかわからないの」

「でも……ミア様はもう十六歳ですよね?」

 

 エリシアは動きを止める。

 このウルサリアでは十五歳から成人と認められる。十六歳のミアが何しようが、被保護下にないので保護者という立場は成立しない。

 

「……お、お願い。何か悪いことを言ってしまったのかもしれないの。昨晩は酔っていて」

 

 ギルド職員の女性は困ったように首を傾げた。守秘義務がありますので、と言いたげだ。

 エリシアは肩を下げて大人しくギルドを去ろうとした。その様子を見かねたのか、先ほどの女性がエリシアの肩を軽く叩く。そして誰にも聞こえぬよう囁いた。

 

「……何か事件に巻き込まれていないといいのですが……。ミア様が下ろされたのは口座にあった分、すべてです」

「すべて……?」

 

 エリシアは思わず足を止める。いくらあったのかは分からない。でもエリシアパーティーでは、報酬はいつも山分けだった。ミアは物欲が無く、部屋に物も少なかった。

 そこから逆算すれば、家一軒ほどなら買えそうな金額はたまっていたはずだ。それを全額引き出すなんて。

 

「エリシア様、ギルドには尋ね人のサービスがございます。もし必要であればご利用ください」

 

 女性はエリシアに深々と頭を下げた。しかしありがとうの一言も返せないほど、エリシアは頭が真っ白になっていた。

 

 平穏な日々が一瞬にして崩れ去った。自分のせいか、はたまた違うのか。エリシアはおぼつかない足取りでギルドを出る。階段を踏み外しそうになりながら、通りに立った。

 

 そんなところに突然メルバが、エリシアに掴みかかってきた。彼女は何やら文句を並べているが、エリシアの耳には入らない。メルバはすぐにエリシアの呆然自失とした様子に気づいたようだった。

 

「どうしたんだ、エリシア。ミアは? ミアは一緒じゃないのか」

「……消えたの」

「は?」

「消えたのよ。口座から全額引き落として、トランクを持ってどこかに行っちゃったの」

 

 エリシアの目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。舗装された石畳に水玉模様が浮かび上がった。

 

「どうしよう、私。ミアのおかげで冒険者やれてたのに」

「早まるなよ、まだ失踪したって決まったわけじゃないだろ」

 

 がっくりとその場に膝をつく。メルバはしばらくおろおろとして、最終的にエリシアの背中を撫でた。

 

「ミアが頼りにしてくれるから頑張れていたのに。私もリクラスみたいになってしまう……」

 

 往来で人目を気にせずエリシアは嗚咽を漏らした。

 あの日、蟲に食い荒らされたミアを見つけた日、エリシアは冒険者をやめるつもりだった。でも彼女がダンジョンに向き合う決意をしたから、エリシアは彼女を守る剣士であり続けることにした。

 空回る正義感は、すべてミアのために思い出したものだった。

 

 エリシアは涙が枯れるまで子供のように泣き続けた。

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