盲目少女は蟲で踊る ~ダンジョンでおとりにされて死にかけましたが、蟲使いに覚醒したので復讐に参ります。~ 作:千田伊織
エリシアはホットミルクの入ったマグを前に鼻を啜った。
メルバはエリシアの様子を目の端で追って、それから目の前で優雅にティータイムを楽しんでいる年長のエルフに声を潜めて話しかける。
「あそこまで拗らせているなんて、あたしは知らなかったぞ」
「幼馴染みに弱みを見せるやつはそうそういない」
レイノワールは透き通る絹のような長い金髪を耳にかけて、ティーカップに口をつけた。
「とはいえ、私も知らなんだ。エリシアがミアにあれほど固執していたとは」
「あたしだって知らなかったよっ! 時の流れが解決してくれたんだとばかり思ってたが、エリシアもダンジョンが嫌になってたんだな」
一年前、エリシアパーティーは六人構成だった。
メンバーはリーダーのエリシア、メルバ、レイノワール、リクラス、そしてヒューマンの男性と、
当時エリシアはLv.5になったばかり。三十階層のダンジョン階層主が久々に目を覚ましたということで、エリシアパーティーは他のパーティーの協力を募り、階層主討伐のクエストへ向かっていた。
集まったのは素性の知れない四人組のパーティー。名乗りもしないし、深くフードを被って顔すら見せない。話すうちに判明したのは、男三人女一人の構成だということだけだった。
「討ち取れば大儲けだと浮かれていた私たちにも非はある」
深い紫水晶のような瞳を揺らがせ、レイノワールは呟いた。
メルバは否定しなかった。確かにあの時はエリシアもレベルが上がったということで、皆気が大きくなっていた。共闘仲間くらい選べばよかったものの、よく知らない人たちと手を組んだのだ。
三十階層の階層主は思った以上に手ごわかった。予定以上のポーションを必要とし、魔力の枯渇も著しかった。ここで手を引くか、犠牲を払ってでも押し切るか。そんな瀬戸際、異常に気づいたのはメルバだった。
「おいっ、あのパーティーはどこに行った⁉」
その一声がチームバランスを崩した。皆一斉に青ざめて、剣を振るいながらもフードの姿を探す。しかし一つたりとも見当たらない。
後方支援していたレイノワールがポーションの詰まったバックパックを開いてみれば、その中はほとんど空になっていた。
「くそっ、やられた。撤収しよう、私たちだけではこの敵に勝てないだろう!」
四人組はエリシアパーティーの武器やポーションを軒並み奪って逃げたのだ。はめられた、とエリシアは絶望する。
それからはエリシアの判断に委ねられた。死人が出ても戦い続けるか、四肢一つを置き土産に逃げるか。エリシアは後者を選ぶほかなかった。十八歳に生きるか死ぬかの選択は酷で、逃げるという選択肢はほとんど必然だった。
結局、ヒューマンの男性は自慢の拳を失って故郷に戻り、角人の女性は足を不自由にしたことで機織りに転職した。リクラスは無傷だったが巨大なモンスターを前に足がすくむ癖が抜けず、冒険者をやめて酒場で働き始めた。
エリシアは一見、何もトラウマが無いように見えた。しかし毎日ダンジョンに潜り続け、仇のようにモンスターを切り伏せ続ける姿は狂気に満ちていた。そんなエリシアを目に、誰かが『半狂乱の
メルバは思い返す。ミアを連れて帰ってきた日の前日、エリシアが冒険者をやめることについて言及していたことを。メルバは冗談だろうと軽く受け流していたが、どうやら本気だったようだ。十何年も側にいて気づけなかったのは悔やまれる。
けれどエリシアがミアに出会ってからは見違えるように元の明るい性格に戻っていった。事件から三カ月も経っていたので時間が解決してくれたのだろうと安心していたが、ほとんどミアのおかげだったわけだ。
メルバは頬杖をついて、窓際でしきりにため息を吐き続けているエリシアを横目で見た。レイノワールはメルバに一度目を合わせると、ギルドの方へ流し目で示す。
「……はあ、わかったよ」
メルバは重い腰を持ち上げると、落ち込むエリシアの肩を叩いた。エリシアはげっそりとしていて目の下に隈さえ見える。
「エリシア、ギルドに行くぞ。尋ね人の張り紙を注文しにな」