2023年1月。IS学園から2人目の男性操縦者である井上大河が脱走したその日、更式楯無と織斑千冬がもぬけの殻となった部屋で脱走の痕跡を発見。すぐさま大河を発見して連れ戻すべく、1年の専用機持ちと代表候補生を招集。事態の収束に向かう。しかし、それが全世界を揺るがす大事件に繋がる事も知らず…
「大河が脱そッ「痛ぇ!?」」
「声が大きい!馬鹿者」
「駄目ですよ織斑君。誰が聞いているか分かりませんから」
職員室で大声を出す一夏の頭を千冬は出席簿で殴って黙らせた。職員室には千冬、真耶を含めた教職員、楯無を初め専用機持ちが集まっていた。
「しかし、何故脱走したのか…」
「わたくし達は何も心当たりはありませんわ…」
箒とセシリアの言う通り、彼女達は全く心当たりがない。
「大河の奴何考えてんのよ…!」
鈴音は脱走した大河に憤りを覚えていた。それもそのはず…
「ねぇ、大河って当然鉄鋼神を持ってるよね? しかも男だから…」
「あぁ。各国の軍事機関やIS企業関係者が地の果てまで追うだろう」
シャルロットとラウラは起こりうる最悪のシナリオは目に見えていた。大河は身柄を拘束されれば、この世界においてどうなるのかは簡単に予想が付く。
「うん。でも一番気になるのは、大河がどうやって脱走したのか…」
簪はここにいる誰もが気になるであろう疑問を口に出した。そもそもまず大河はどのように脱走したのか。まずはそこだ。
「そうですね。厳重な警備のIS学園からどのように脱走したのかを突き止める必要があります」
「大河の奴、無事だといいけどな…」
誰もが不安を募らせる間も、何も解決はしない。外部からの情報漏洩を防ぐためにも箝口令を敷いた。全ては大河を発見する為に。最悪の結末を迎えさせない為に。
「ねえねえ。井上君は来てないし、織斑君と専用機持ち達も職員室行っちゃったし、何だろうね?」
「織斑君達がいないと、何だかすっごく静か…」
「おりむーもいのきちもいないとなると、何だか不吉な予感〜」
1組ではいつもの雰囲気では無いと感じながらも授業に取り組んでいた。
「これより、井上大河の身柄確保の為の捜索を始める。専用機持ちは山田先生と捜索にあたる教員と共に井上を捜索と足取りを追え。現在学園内には箝口令を敷いている。くれぐれも外部に情報を漏らすな。発見次第私か山田先生にすぐに通達しろ。いいな?」
「「「「「「「はい!」」」」」」」」
いよいよ千冬の指揮の元、大河の捜索が始まった。専用機持ち達は特例でISを用いての捜索が許され、職員室でオペレーターを担当する真耶の指揮の元一斉捜索へ向かった。
「それと織斑は残れ。私と更織に付け」
「はい?」
一夏は千冬と楯無と共に大河の部屋で、脱走したルートを調べる為にカメラやパソコンを持ち、壁ごと切断されたクローゼットの内壁を見つめていた。
「寮の部屋の壁に、よくこれだけの穴を作りましたね」
「よくもバレずに作ったものだ…」
「うわぁ…大河の奴こんなとこに穴空けてたのか…」
千冬達は寮の壁に穴を開けた大河の行動に複雑な気分を覚えた。
「織斑。今からこの穴を辿って井上がどのルートを通って脱走したのか確かめろ」
「わ、分かりました」
「というわけで一夏君。早速これに着替えてちょうだい」
楯無は一夏に青いツナギと手袋と安全靴を渡した。汚れてもいい服装にする為だ。
「これで大丈夫ですか?」
「OKよ。それからこれもつけてちょうだい」
次に楯無が一夏に渡したのはカメラ付きのヘッドライトと通信機だ。
「これでよしっ…と。それじゃあ入ります」
一夏は装備を整えてヘッドライトをつけてクローゼットの穴から壁の中へ入り始めた。千冬と楯無は一夏のカメラから送られる映像をパソコンでモニタリングするのだ。
「よっと…ん? うわ!壁の中に何も入ってない!空洞だ!」
一夏のカメラが映す壁の中は人1人が入れる空洞がある。その中には断熱材が入っていない。
「壁の中に断熱材が入っていないだと…」
「明らかに手抜き工事ですね。施工業者の下請けが行ったんでしょう。恐らくここ以外にも…」
施工業者が行ったであろう手抜き工事に千冬と楯無は憤りを覚えた。
『聞こえますか? 今からこの穴を進んでいきます』
「よし。そのまま進め』
一夏は大河が掘った穴を這って進み始めた。ライトを頼りに這って進んでいく。
「はぁ…はぁ…長い穴だな…大河の奴隠れてこんな穴を掘ってたなんて…それにしてもどこまで続いてるんだ…?」
一夏のカメラにはパソコンを通じて穴の内部が撮影されている。
「この穴、とても長く掘られていますね…」
「井上の奴、いつからこの穴を掘っていたんだ…?」
千冬と楯無の目に見えるのは、一夏のカメラが映す大河の掘った長い穴。やがて、穴の中は少しスペースが広がり下へ続く部分へ到達した。そこには大河が製作した猿梯子が壁面に固定されていた。
「この梯子…あの時以来一度も見なかったのにまさか脱走の為に…!」
一度見覚えがあった猿梯子がまさかここで使われていたとは。作ったのに何故大河が使わなかったのかがやっと分かった。
『聞こえますか?この穴、下に続いています。降りてみますね』
『分かったわ。降りてちょうだい』
楯無の指示で一夏は猿梯子に足をかけて下へ続く穴を降り始めた。
「危ないなぁ…慎重に…慎重に…」
そして、どんどん下へと降りていくと、壁を貫通する極太の陶管が見えた。一夏は陶管に降りると開けられた穴を見た。
「うっわ…でっかい穴だな…この穴から大河は脱走したのか…」
一夏のカメラは大河がハンマーで開けた陶管の穴をしっかり映し出していた。その様子は寮内にいるパソコンを見る千冬と楯無の目にも入っていた。
「あいつめ…この配管に穴を空けたというのか? 配管は鉄製のはず。そう簡単には穴を開ける事は出来ないはずだ」
「……ん?これって…」
配管を見る楯無はある事に気づいた。
『一夏君聞こえる?』
「はい。どうしましたか?」
『その配管、素手で触ってみてくれる? 何で出来てるか知りたいの』
「あ、はい。分かりました」
一夏は右手のグローブを外して配管を触った。
「ん? 鉄にしてはなんはざらざらしてて…あれ? これ、何か塗ってあるぞ?」
一夏は陶管の感触にざらつきがあるのと、爪を立てると、銀の塗装がはげて茶色の素体が顕になった。さらに剥がすと「S45 07.15」の刻印が出てきた。その様子は一夏のカメラを通じてパソコンにしっかり映し出されていた。
「この配管、鉄製じゃなく陶管ですね。それに刻印を見てください」
「S45……まさか…昭和45年だと…?」
陶管の刻印のS45は昭和45年。つまり、1970年製の陶管。半世紀前の物だ。
「恐らく取り替えた古い陶管をそのままこちらに流用して銀の塗装で鉄製に偽装したと思われます」
「手の込んだ事を…!陶管の耐久性を過信しすぎだ…!」
「一夏君聞こえる? その周囲に何がある? 周りを映してくれない?」
「周りですか?えーっとこんな感じですか?」
一夏はライトで周囲を照らしながらゆっくり頭を動かしながら辺りをカメラで映した。
「何だこれは…配管の繋ぎやバルブ部分の工事があまりにも杜撰過ぎる…!」
「フランジ部分がボルトではなく接着剤やテープで留められていますね…接合部にはシリコンを塗っただけの物もあります。あれだけの建設費用からどれほど中抜きされたんでしょう…建設に携わった会社や施工業者、下請け業者や関係者を全て洗い出す必要があります」
あまりにも杜撰な手抜き工事に憤りを覚える千冬と楯無。
『織斑。その配管の中に入れ。そこから井上の逃走ルートが分かるはずだ』
「分かりました!」
一夏は大河の空けた穴から配管の中へ入り、その中を這って進み始めた。ヘッドライトを頼りに一夏は配管の中を進んでいく。進んでも進んでも出口になかなか辿りつかない。そして、どんどん先へと進んでいくと…
「ッ!」
前方に微かだが光が見えた。外が近づいてきた。聞こえるのは風と波の音。潮の匂いが一夏の鼻に入る。進むごとに光は大きくなりついに一夏は出口にたどり着いた。
「はぁ…はぁ…海だ…!ここってもしかして…」
一夏が陶管から顔を出すと、そこは島の西側だ。千冬と楯無もパソコンからその光景を見ている。
「海…島の西側か!」
「監視カメラに映らない様に、陶管の中を這って海に出た様ですね…ここまでバレずに実行出来たという事は、念入りに計画を練ったんでしょうね…」
大河の行動力に驚かされた千冬と楯無。すると、千冬の通信機から通信が入った。
「篠ノ之か?どうした?」
『織斑先生!聞こえますか?大河の脱走ルートと思われる場所を見つけました!』
「場所は?」
「IS学園の対岸の東京の海岸です!」
通信の声は箒だ。そこには箒だけでなく、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、簪、真耶もいる。海岸には大河が乗り捨てたゴムボートとオール、暗視ゴーグルやIS学園の生徒手帳が海岸に残されていた。
「これは…暗視ゴーグルでしょうか…?」
「間違いないわ…この生徒手帳大河のよ!」
「このゴムボートでここまで漕いで来たって事だよね…?」
「あの極寒の海の暴風雨の中を…一歩間違えれば低体温症か溺死だぞ…!」
「でも大河ならやりそう…」
「井上君…無事でいて下さい…!」
極寒の海の暴風雨の中をゴムボートで漕いで渡った大河の行動力に脱帽しながらも、箒達は真耶と共に捜索を続けた。しかし、この日は結局発見する事なく1日が終わった。一刻も早く発見しなければ全世界に知れ渡るのだけは避けたい。ただただ大河の無事を祈りつつも一夏達は捜索を続けた。
2日後…
「それにしても、見事な穴ですね…」
「はい。綺麗過ぎるくらいです」
真耶は楯無と共に大河の寮内でクローゼットごと空けられた穴を改めて見ていた。そこには千冬はもちろん一夏をはじめとした専用機持ち達も集まっていた。
「寮内の壁は確実にノコギリ状の道具で切断されている。この学園で道具を持ち出せる場所といえば…」
「整備科…ですか?」
「考えられるとしたら…だ。井上は整備科にも頻繁に顔を出していたらしいからな」
千冬の推理では、大河が頻繁に整備科に顔を出していた為、道具の持ち出しも容易であろうという訳だ。すると…
「ありえないと思います…」
口を開いたのは、簪だった。
「簪ちゃん? どうしたの?」
「更識。その根拠は?」
「確かに大河は整備科にも頻繁に顔を出していました。でも、整備科では工具類の管理は徹底しています。生徒が授業やISの整備で工具類を使用している時は、必ず先生や先輩達が目を光らせています。それに作業が終われば、所定の位置に必ず戻さなくてはいけません。整備科では工具類が無くなっていないか、朝と昼、放課後に何度もチェックしています。もし仮に持ち出せたとしても、工具類には盗難防止のGPSが搭載されたシールが貼られていますし、出入り口には金属探知機が搭載されたセンサーも設置しています。これだけ厳重な管理の中、整備科から工具を持ち出す事は不可能なんです」
「簪の言う通りだね。実習の時も六角レンチ1本無くなっただけでクラスのみんなで徹底的に探したのを覚えてるなぁ」
「あの時は本当に焦りましたわ…」
セシリアもシャルロットも道具1つ無くなった事で見つかるまで徹底的に探す程、IS学園において工具の管理が徹底している事は知っている。
「……なるほど。学園内の道具は使用不可。だったら話は早い」
「どういう事ですか?」
真耶の疑問に千冬は答えた。
「外部から持ち込んだんだろう。後はどの様に持ち込んだかだ。お前達、何か心当たりはあるか?」
「心当たり…ね…大河が道具を使う時なんて修繕作業くらいよね…セシリアはどう思う?」
「そうですわね…IS学園では生徒がISの整備以外で工具類を持ち込むのは校則で禁じられており、普通に持ち込めば確実に没収されます。だとしたら…」
「何かに偽装したか、紛れ込ませた…か」
セシリアの後にラウラが続けて推理した。
「武器の密輸は様々な物に偽装したり、物資に紛れさせて運ぶのはよくある手だ。一夏。大河が何か学園内に持ち込んでいた物はあったか?」
「えぇっと…そういや大河、ハンバーガー作る為にひき肉とかバンズを買ってきてたっけ」
「…ひき肉だと?」
「はい。5kgは持ってきてました」
「そういえば確かにひき肉を持っていたな。1人であの量を平らげるとは思えなかったが…」
「織斑先生!楯無さん!」
千冬と楯無を呼んだのは何気なく部屋の机の引き出しを空けていた箒だ。
「篠ノ之。どうした?」
「これ、見てください!」
箒が引き出しの中から取り出したのは、ホチキスで止められたレシートだった。大河が残していた物だ。
「それって、レシート?ちょっと見せてちょうだい」
楯無が箒から受け取ると、レシートを捲りながら確認する。
(確かにスーパーでひき肉やバンズは買ってるわね…ん?)
レシートをめくっていくと、スーパーのものではなくホームセンターのレシートに変わった。
(ホームセンター…!? 買った物は…ノコギリの替刃…ハンドドリル…ドライバーに…ハンドライト…日付も一緒…)
間違いなく、大河が脱走に使用した道具を買って、学園内に持ち込んだ証拠だ。
「織斑先生。大河君はひき肉やバンズに紛れ込ませて、ドライバーやドリル、ノコギリ等を持ち込んだとみていいでしょう」
「ガキのくせに手の込んだ事を…!見抜けなかった私も間抜けだがな…!」
出し抜かれた事とそれを見抜けなかった事に千冬は怒りで拳を握りしめた。再び大河の捜索は始まったものの、肝心の授業等は大河が見つかるまで受けられない。発見出来なければ一夏達は特別授業を、連れ戻したら大河はそれの倍以上の特別授業を受けさせられる為、草の根分けても見つけ出すと専用機持ちは誓った。
事件発生から4日後…
「どういう事だ…何故…!」
千冬は精悍な顔付きで手を振るわせ、目を見開いたままタブレット端末を見つめていた。それもそのはず…
「IS学園から2人目の男性操縦者、井上大河君が逃亡しました」
「まるで映画や小説の様な脱走事件です」
「行方は未だに不明であり、警察や自衛隊、公安の捜索は拡大しています」
大河の逃亡がメディアに報道されていたのだ。どういう事なのか。箝口令は敷いたはずなのに。何故メディアがこれを知っているのか全く分からなかった。
その日から全世界のメディアはこぞってこの大脱走を報道した。2人目の男性操縦者のIS学園脱獄事件は連日報道され、各テレビ局では特番が毎日のように放送されて、視聴率はみるみる上昇していった。
脱獄の手口がアメリカの映画のロックハンマーで壁に穴を掘り、配管を通って脱獄する手口と似ていた事、場所がIS学園にちなんで、この脱獄は、アメリカで「ISハイスクール・エスケープ」と呼ばれた。
IS学園だけでなく、日本の威信もかけた大捜索が始まった。動員された捜索員は全国の警察、陸海空の自衛隊、海上保安庁、公安警察を含め約16万8500人。費やされた捜索費用は、約96億円以上。大河に懸けられた懸賞金は、24億円。もちろん財源は税金。それは、日本の事件において史上最大コストの捜索となったのだ。
その頃、日本重工の社長室。屈辱に満ちた表情に歪ませて机に大河の脱走の見出しが印刷された新聞を叩きつけているのは王龍愛。そう。実はその日九龍グループが大河を北京に連れて行く為に迎えに行こうとしていたのが今日だ。
「……!」
その時、スマホの着信音が鳴り、龍愛は電話に出た。
「もしもし?」
『社長…テレビをご覧になられましたか…?』
電話の声の主は女性の声だが、震えている様子。
「お前の息子をこれから迎えに行こうとしたのにどうなってんの? まさか私を出し抜こうとしてたんじゃないわよねぇ?」
『ととと…とんでもございません!その様なことは!私は社長に尽くすおつもりです!』
怒り心頭の龍愛に電話の声の女性はかなり慌てふためいている。完全に龍愛に逆らえない様子だ。
「ならさっさと見つけて来い。こっちはお前にいろいろ与えて良くしてやってんのに、それを裏切るようならどうなるか分かってるよなぁ?見つけられなかったら、 海の藻屑になるか、人体の不思議展に行くか、選べよ?」
「は、はいぃぃぃ!」
18歳の少女でありながらドスの効いた声で男口調で話す龍愛はその声と脅しに完全に怯え切った女性の情けない悲鳴を聞いた後に通話を切った。
「さてと、こっちも準備しないとね…見つけたら日本政府からたんまりお金貰った後に、死ぬまで種を搾り取ってあげるからね…!旦那様…!」
「ふふ〜ん♪ なーんか面白くなって来たねぇ。でも、お楽しみはこれからだよ。ちーちゃん♪」
世界は、1人の天災によって再び引っ掻き回される。
いかがだったでしょうか?大河の脱走が知れ渡り捜索が始まりました。箝口令を敷いても情報は漏れるものだと思います。次回は最後に出たあの天災が世界を引っ掻き回していきます。
今回はここまでです。感想お待ちしています。