たぶんエレンも地ならしじゃなくて、世界観光してます。
頬を優しく撫でる潮風。渡り鳥に見守られながら寄り添って、何分そうしていたんだろう。今まさに大量虐殺が行われている裏側で、あたしたちは二人だけの自分よがりな幸福に浸っていた。
体温が溶け合って、誰のものかも分からなくなった頃。そろそろ潮時かと腰を上げようとしたあたしを「待って」アニが呼び止めてきた。
「最後に聞きたいんだけど……あいつと夫婦、ってどういうこと」
その口から紡ぎ出された単語に、腹の底がざわつく。なんでだろう。何度も言われてきたはずなのに、アニを通すだけでこんなにも不愉快さが増している。立ち上がり、歩き出そうとしていた足を止め、あたしはその場で振り返った。視線が交わるなり、アニが問うてくる。
「あんた、結婚したの?……ライナーと」
「……してない、まだ」
「まだ?」
苦々しく付け加えた一言に、アニが目ざとく反応してくる。あまり触れたくない話題なんだけど。ぴくり、と吊り上がった片眉が続きを促していて、観念するしかなさそうだ。
「そう。してないのに、みんな勘違いしてるだけ」
「私はあんたがあいつと駆け落ちしたって聞いたけど」
「それは、……また違くて」
そうだった。額が重くなってきて、過去の自分へ悪態をつく。その勘違いを正す暇もなかったせいで、みんなからしたらそう言うことになってるんだった。
「何が違うの」
「いや。確かに、婚約者ってことにはなってたけど。あたしは」
「待って」
アニの反論は尤もだ。あたしも上手く言えれば良いものの、何処から説明すべきなのかわからない。その上、面倒にも程がある。冴えない頭を回して弁解しようとしたあたしを、先程よりも一段と低い声が止めた。
「婚約者って何。あいつと?」
「だから、結婚はまだって」
「はあ……」
清々しい海風に紛れて、呆れ返ったようなため息が落とされる。その態度に落胆も驚嘆もなかった。ライナーを嫌っているアニにしてみれば、知りたくもなかっただろうし。なにより、この馬鹿馬鹿しさは、自分が一番よく分かっている。
「私がいない間に、何やってんのさ」
「主婦の真似事……?」
「……あいつの家で?」
「そう」
あたしが頷けば、意気消沈したように項垂れていたアニは無言で頭を抱えた。ただでさえ大変な時に、悩みを一つ増やしてしまったようだ。申し訳なさがないわけじゃないが、事実なので仕方がない。
息を吐くような、現実を受け止めるような沈黙のあと。前髪をぐしゃりと掴んだまま、アニが言った。
「本当。私がいない間に、……何やってんの……」
「色々?」
「色々、ね……」
ようやく受け入れられたのか、アニは手を下ろしてあたしの返事を反芻した。さっきより明らかに威勢がないけれど、掛ける言葉は何も思いつかない。
「子供がいるとか言わないでよ」
「子供は、できなかったけど」
「……できなかった?」
まずい。じろり、と向けられた碧色に、本能が囁く。余計なことを言ってばかりの口を抑えたところで、手遅れだった。
「……あたし、そろそろ部屋に」
「待ちな」
足早に逃げ出そうとしたあたしの体が、二歩目を歩き出すまでもなく、つんのめる。上体を倒し、抵抗しようとするも、服が伸びているだけで動かない。
「あんたも、変わらないね」
全身から血の気が引いていく。こんな感覚は、エレンと再開した以来じゃないだろうか。嫌な汗が顎までつたってきたと同時に、肩が重くなる。口端を引き攣らせたまま、軽く振り返れば、恐ろしいくらいの無を貼り付けた仏頂面があった。感じたくなかった懐かしさに、躾けられた心臓が降参を訴えてくる。
「こういう詰めの甘いところが、特に」
アニが地を這うような低音で言って、全身から血の気が引いていく。眼前に落ちてくる小柄な影、鋭い二つの青に貫かれれば、喉は何の音も通さなくなる。
「ア、ニ」
最後に、ひくり、と観念した唇が戦慄く。一連の流れを空から眺めていたであろう渡り鳥が、あたしを嘲笑うように一声鳴いていた。
————
いつまで経っても変わらない表情に、悪態を吐きそうになる。進行方向に広がる海は、はやる気持ちを嘲笑うかのように穏やかだった。皮肉なほど青い空。さっきから続いている茶番も相まって、苛立ちが沸々と湧き上がってくる。元凶の死に急ぎ野郎は後でとっちめてやるとして、今は目の前の野郎をどうにかするのが先か。鬱憤も込めて、手に持ったもんを押し付ける。
「これを……渡すのか」
「何もねぇよりか、マシだろ」
もう一人の馬鹿野郎は渡されたもんを手にしたまま、深くつぶやいた。どうにも煮え切らない態度に「一息つけば、落ち着いて話もできるだろうしな」と、念も押しといてやる。
「ああ、そうだよな……助かった」
「礼はいらねぇよ。それより、なんでお前らはそんなことになってんだ」
「俺と……ノエルのことか?」
「当たり前だろ。ヘタクソには、結局……聞きそびれちまったからな」
やけに神妙な面持ちのライナーから目を逸らす。ようやく色々と問いただしてやるつもりが、他のいざこざに巻き込まれたせいで何ひとつ分からず仕舞いだ。
「イェレナは夫婦がどうこうとか言ってたが……お前ら、俺たちの知らねぇとこで結婚してたのか?」
「は!?ライナー、お前……ノエルと結婚してたのかよ!」
「……結婚は、まだだ」
「まだ?」
コニーと一緒になって問いかけてやると、またも意味深な間が開いた。これが昔なら、妹分だからどうこうとか言い訳染みた冗談でも返してきたんだろうが。ライナーは前みてぇに笑って誤魔化すでもなく、隠していた秘密を打ち明けるような声色で言った。
「ノエルとは、婚約者みたいなもんで……」
「婚約者だぁ?……ヘタクソは、そんな風に見えなかったけどな」
ベタベタと鬱陶しくひっついてやがったあん頃のままならまだしも。牢で話した時のあいつは、惚気るどころか、間男がどうこうとかやっていたくらいだ。港を襲う前。ライナーを一蹴していたノエルの対応といい、婚約者同士にしては随分と素っ気ないもんだ。
「大体それなら、なんでお前が顔色伺ってんだよ」
「あいつとは、色々あって……だな」
「色々?」
「まあ……痴話喧嘩みたいなもんなんだか……」
言葉を濁すライナーに聞き返してやると、どうにも歯切れの悪い返事が返ってきた。もっと大層なことやらかしたのか、と少しでも考えた自分が馬鹿らしくなる。途端、今まで溜め込んできた呆れが込み上げてきて、深いため息を溢した。
「ったくよぉ……そんなもんに巻き込むんじゃねぇ、俺たちを」
「そうだぜ、ライナー。まあ、この俺の手を借りたくなる気持ちは分からんでもねぇけどよ」
「お前が酒持ってかせようとしたのを止めたのは俺だけどな」
ハンジさんの話のあと、オディハ港が見えてくるまで各自休息の運びになった。一眠りでもしてきたる決戦に備えたかったが、どうにも目が冴えた。
事に巻き込まれたのは、数分前。船内でもウロついて、このもどかしさを発散しようと廊下へ出た時だ。食糧庫から持ってきたであろうワインを抱えたライナーと、おそらく何らかの発端であろうバカが、二つ隣。ノエルの船室の扉の前で立っていた。
「何が駄目なんだよ」
「酒の力でどうこうしようとするんじゃねぇよ。ふざけてんだろ」
一丁前に不満げな馬鹿をあしらう。もしあのまま突入していたら。考えなくても分かりそうなことだが、こいつらは女心ってもんを何もわかっちゃいねぇらしい。痴話喧嘩中の相手に一杯誘って上手くいく訳がねぇだろ。
「そうか、ノエルを酔わせれば……」
「おい。ライナー、馬鹿みてぇなこと考えてんじゃねぇぞ」
妙案を思いついた、とでも言いたげな呟きへ、すかさず釘を刺しておいてやる。もう少し頼り甲斐のある男だったはずが、どうしてこうなったんだよ。そう悪態を尽きかけ、思い出した。そういや、こいつの女関係は前からこんなもんだったか。
男子寮の集まりで、毎度違うクリスタ談義を持ち込んできていたライナーの姿が脳裏に過ぎる。そしてふと、別の疑問が湧いて出た。
「と言うか、あいつって酔うのか?」
「ああ、一度しか見たことはないが……あの時は、かなり」
「んだよ」
ライナーが中途半端に声を窄めたので、顎先で続きを促してやる。何を思い出してやがるのか。あからさまなくれぇの動揺をみせたライナーは、それを隠すよう手を顔に添えた。
「……かなり、よかった」
「ライナー、てめぇ……今じゃなきゃ殴ってたからな……」
含みのある感想を述べてきたライナーの野郎へ、できる限りの非難を浴びせる。これじゃあ、律儀に返事を待ってやった俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。
「ジャン、お前が聞いたんだろ?」
「うるせえ、何もわかってねぇ奴は黙っとけ」
こう言う時ばかり無駄に鋭いバカを手で追い払う。さっきよりも痛いような額を抑え、改めて腕を組み直したとこで、「見つけた」廊下から低い声がしてきた。
「アニ?」
全員で音の主を見やるも、返事は帰ってこなかった。アニは表情をピクリとも変えずに歩みを進め、一つの影の前で止まった。その不穏な空気を、流石に感じ取ったらしい。何らかの標準を合わせられたそいつは、ごくり、と唾を飲む。息吐くような間のあとに、ライナーが言った。
「……アニ?どうし」
「ふん!!」
「お、ごッ——!?!?」
濁った悲鳴と、何かしらの骨が軋む音。床へ崩れ落ちかけたライナーの体を逃すまいと、アニが襟首を掴む。静止する間もなく、ライナーが宙を回転した。
その場に残ったのは、肺を潰されたような呻きだけ。なら、まだマシだったんだろう。
「お、落ち着け!一度、話をっ」
「ッ……!」
「ぐはッ!!!」
アニによる蹂躙は、それだけで終わらなかった。どう技名がつくかも知れねぇ関節技に締め技、もしくは単なる蹴りか。格闘技を使った寸劇が、ここ数分続いていた。
「うわあ、痛そう」
「お前……見てないで止めろよ、婚約者なんだろ」
そう呑気にも呟いたのは、さっきまでの話題の人物だ。アニを追ってきたノエルなら、何か知っていやがるはずだが、口角を上げるだけで一向に動こうとしない。むしろ、数年ぶりに再会してから一番生き生きとした笑顔な気さえする。
「あと、もうちょっとしたら。ね」
「の前に、ライナーが死んでもしらねぇぞ」
「巨人の力があるんだから大丈夫」
「半殺しまでならな」
言葉を交わしている内にも、一方的な攻防は繰り返されている。昨晩ライナーに同じようなことをした身としては、こうして休まずに手を——正確には足だが——をあげられんのは流石だ。一過性の怒りなら数発目で気が済みそうなもんだが、ここまで続いているのを見ると今までの恨みを発散しているようにも思えてくる。
「ジャンこそ止めないの?」
「止められんなら止めてんだよ、とっくに」
あの間に入ったらどうなるかは、火を見るより明らかだ。正直に答えれば、ノエルは「まあ、止めなくていいけど」そうケロリと言ってのけた。痴話喧嘩がなんだか知らねぇが、助けてやるつもりは微塵もないらしい。
「お前……いつそんな性格に捻じ曲がったんだよ」
俺とエレンの小競り合いにさえ、囃し立てるようなことはしなかった奴が、今や野次馬の先頭か。あまりの変わりようにぼやくも、ノエルの横顔は笑ったままだ。
「ほんと、前はアホみてぇだったのにな」
「……さあ?あと、バカには言われたくない」
「バカ……?誰のことだ……?」
「あ、あの!」
神妙そうなバカが首を捻ってすぐだった。顔を上げた先で、震えている瞳とかち合う。ピークに連れられて船室で休んでいたはずの二人が、廊下と部屋の境目に立っていた。
「ライナー!!!」
俺たちが口を開くよりも、その悲鳴の方が早かった。この惨状を理解したらしいガビが青ざめ、中央でぶっ倒れているライナーの元へ駆け寄る。
「ぐ……ぁ……」
「ら、ライナー。大丈夫?」
「ガキは退いてな」
「っあ、私は……」
白目を剥いているライナーの隣で座り込んだガビへ、アニが冷ややかに告げる。ようやく話ができそうだが、アニはまだやる気らしい。狼狽するガビの代わりに返事をしてやろうとして、ファルコが問いかけてくる。
「な、何でブラウンさんがこんなことに……なってるんですか?」
「こいつは、調子に乗り過ぎた」
「え、ええ……?」
何ひとつ伝わらないアニの返答に、戸惑いの声があがる。痴話喧嘩とか言ってやがったが、こうなってくるとそれすら怪しくなってくる。本当に、何をやらかしてんだ。
「ファルコ、危ないから下がって」
「ノエルさん、でも。俺は……」
「だめ。あんな人、あなたが庇わなくていいの」
「あ。あんな人……」
ガビの元へと行きかけたファルコを、ノエルがすかさず静止した。本人に丸聞こえなのが分かっているのか。分かってねぇのか、散々な言いようだ。
「お前。妙に優しくねぇか」
「え……そう?」
「無自覚かよ……」
きょとんと見上げてきたノエルの顔に、ため息が溢れる。どうやら、こういう時の鈍感さだけは健在らしい。文句を言ってやる気にもなれず、宙を仰ぐ。
このまま、港に着くまで放置したっていいんだが、そうもいかねぇだろう。この事態をどう収束させるか。すでに疲弊している頭を回しかけ、「っうぐ……げほッげほッ」床と仲良くしていたライナーが、咳き込みながら上半身を起こした。
「あ、アニ。俺がお前に何か……いや、分かってる。だが……なぜこんな急に」
「子供」
「え……?」
焦燥の滲んだ顔で訴えるライナーに、ノエルが返事をする。俺たちが唐突な単語の意味を理解できないうち、ノエルは続けた。
「あたしたち、ほら。妊活してたよね。ライナー」
「に、……っ!?」
「ニンカツ……?マーレの肉料理か?」
「ッ――バカは黙ってろ!!」
驚愕するライナーの横顔が、たちまち青から赤に染まっていく。盗みを見つかった時のサシャよりもひでぇ面を前に、バカの口を塞いだ。頬が熱いような気がするのは、ずっとくだらねぇことに付き合わされてるからだろう。
「あッ、ああ……そうだな。だが、それが……どうしたんだ?」
鬱陶しい頬の素熱を誤魔化していれば、ライナーが数回咳込んだ。どうにか衝撃からは立ち直ったようだ。ぎこちなく頷いたライナーは、訴えかけるようにアニを見上げる。
「アニには……関係のない話だろ……?」
どうやら俺は。解決策がどうこうより先に、もっと別のもんを教えてやるべきだったらしい。
「あ゙がッ――!!」
「ライナー!!!」
浮き上がったライナーの体。部屋に反響する悲痛な叫びに、改めて思い直す。
「なあ、ノエル。ニンカツって美味いのか?」
「……まあまあ?」
あとはこっからどうするかだが、止めようにも困りもんだ。隣で交わされている会話の通り、こいつらは頼りにならねぇし、ガビとファルコに仲裁させるわけにもいかない。
「あの、ノエルさん。そろそろ、腕を……」
「抱きしめられるの、嫌だった?」
「そ、そう言うわけじゃ、」
「じゃあ、もっとぎゅってしてあげる」
「ノエルさん……」
そもそも、ファルコは完全にノエルの手の内だ。こうなったら、甲板に行ったアルミンを呼んでくるしかねぇか。そこまで考えたとこで、また別の足音がしてきた。呼んでくる手間が省けたかと期待して。ミカサと同じ色合いの黒髪が見えた。
「おい、お前ら」
「へ、兵長!?」
予想外の登場に、コニーが素っ頓狂な声をあげる。流石のアニも兵長の前では手を止め、「ぐっ……」放り出されたライナーが勢いよく尻もちをついていた。
「もう、動いて大丈夫なんですか?まだ、休んでいた方が」
「これ以上休んでたら、お前ら俺の存在を忘れちまうだろうが」
兵長はそこで一度言葉を区切り、「それより」と周囲へ目をやる。鋭く細められた三白眼に、緊張が走った。
「さっきから何をクソみてぇに騒いでやがる」
「それは……」
「まさか、この後に及んで揉めてるんじゃねぇだろうな」
一段と低くなった声色に、ヒヤリとしたものが背筋を掠める。揉めていると言うより、ボコられている、の方が正しいんだが。静まり返った船内で答えあぐねていれば、兵長は痺れを切らしたように手を動かした。
「ガキの躾か……リハビリには丁度いいな」
「で、誰から躾けられたい」俺たちをぐるりと見渡した兵長に、恐ろしいくらいの沈黙が落ちる。その躾、とやらがどんなものかは聞かずとも明白だった。
「ライナー」
「ノエル?い、いや、リヴァイ兵士長。俺は……!!」
ひとつ間を置いて、ノエルが含みのある言い方で名前を呼んだ。何故か矢面に引っ張り出されたライナーが、訳もわからずに狼狽えている。ライナーには悪ぃが、ここで一度犠牲になってもらうしかねぇか。そう諦めた矢先だった。
「ノエルよ」
「……え?」
「お前は、まだ兵規違反の裁判を受けていないと聞いたが」
「え?」
ずっと薄ら笑いしていたノエルの表情が、ひくりと音を立てて凍りついた。まるで立場が逆転したように、ノエルの顔から血の気が引いていく。
「ま、待ってください!あたしは。えっと……ほんとうに、見ていただけで!」
「前に出ろ」
「ひっ」
兵長の眼光に凄まれたノエルが、小さく悲鳴を漏らした。ヘマをした時の表情は、昔から変わっていないらしい。あの頃の面影を俺が思い出すより早く、ノエルにリヴァイ兵士長が近づく。「リヴァイ兵士長、あたしは、その。えっと」肩を跳ねさせたノエルが後退るも、遅かった。
「あ゙ッ——!!!」
「ノエル!!」
「ノエルさん!?」
瞬きする間もなく、ノエルの体が床に崩れ落ちた。どうやら、兵長にリハビリはいらなかったらしい。
「ノエル、大丈夫か!?」
「ゔぅ……う……」
顔面蒼白になったライナーは、蹲っているノエルのそばで膝をつく。背を支えられたまま上半身を起こしたノエルが、口を押さえる。あ、と誰かが声を出した時には、遅かった。
「ノエル……?」
「おえええええ」
近くの体へ、縋り付くようにして背を曲げたノエル。見る見るうちに青ざめていくライナー。薄灰色のシャツの半分は、色を変え、もう取り返しのつかねぇ有様になっている。
「で。次は、どいつだ」
沈黙の間を埋めるように、船の汽笛が鳴る。
間延びするような音の中で、前に出ようとする奴はついに一人も出てこなかった。
「っ、ぐす……ファルコ。お願い……そのまま背中撫でて……」
「は、はい」
「ノエル……俺は」
「汚いから、近づかないで」
「な……あ……」