もしもあの出来事がなければ、魔女は何も知ることが無かったかも知れない。それは幸運なのか、それとも。

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ある魔女の事

 戦争は人を狂わせ容易に命を奪える怪物にしてしまう、人を殺すくらいならすぐに降伏するべき、と学校で教えていた左寄りの先生は元気にしているだろうか。もう卒業してから十年くらいになるし、あれから会ってないけれどもそんな事を考えてみる。

 私は自分が戦争に行って、そんなのは嘘だと知りましたよ先生。仕事はどんなものでも大変で、そういう意味では前線にいようが後方支援だろうが重さは同じだ。事務員として就職した筈が、パイロット適正があるからと転属させられて戦闘機乗りになり、そして気がついたらMSを駆っていた。まあなんにせよしっかり働いてお給金を頂く、それが仕事というものである事は変わらない。

 バタバタと日々は過ぎ、戦争が事実上の痛み分けに終わって。今の私は退役軍人で、夫と子供がいる普通の主婦。

 戦争では一応エースなんて呼ばれたけれど、こうして平凡な生活に戻れている。私は狂ってなどいない、狂ってはいけない。宇宙(そら)に散った、あの子の為に。

 

 勘が良いと言うか、敏感なタイプなのだなとは思っていた。当時連邦軍ではMS戦闘のノウハウなんか無くてジオンのマニューバを模倣したりしていたのだけれど、そのなかには二機連携の突撃戦術――M.A.Vというのがあって。私の「相方」として当てがわれたのが、あの子だったのだ。

 物事の言語化が苦手だけどひたすら感覚は鋭敏で、もし軍になんか来なければ芸術家として大成しただろう。座学や理屈はともかくフィーリングでなんとかしてしまうその柔軟さは、ニュータイプかも知れないなんて言われていたっけ。まあ私にとっては可愛い後輩であり、共に戦場を生き延びた。……あの忌まわしい日までは。

 V計画の象徴でありながらジオンに滷獲され、赤い彗星のパーソナルカラーに染め上げられたガンダムとの交戦。何故かあの子は冷静さを欠き、まるで死に急ぐように血気に逸った挙げ句に撃墜されてしまった。その最期は今も目に焼き付いているけれど、それにも増して異常だったのがサラミスへ帰投してからの事だった。あの機体にはジオンの作り上げた新型サイココミュニケーターが搭載されている可能性が高く、それ故に思念を乱され錯乱したものと思われる、などという非現実的な分析を聞かされたのだから。

 赤いガンダムのパイロット……ガンダム簒奪者シャア・アズナブルは強力なニュータイプであるらしく、その思念が機械的に増幅され周囲に振り撒かれたと説明されても、理解は追い付かなかった。

 要するに機体の差でも腕前の違いでもなく、シャアはニュータイプだから勝利した。あの子は普通の人間、あるいは弱いニュータイプだから死んだ。そんなのが、認められるか。ニュータイプは何もかも手に入るのか、何もかも奪うのか。

 ――そんなのは、許さない。私がお前を殺して、ニュータイプなど存在しないと示してやる。

 そこからはもう、怒濤の如く日々は過ぎていった。新しいマヴたちと共に戦い、お肌の触れ合い回線こと接触通信用のワイヤーを使った変則軌道を駆使して戦い続けた。いつの間にか魔女だのなんだの呼ばれるようになったりしたけれど、赤いガンダムとの決着は付けられなかった。

 あれは第二次ソロモン海戦でソロモンの一部と共にロストし、今でもなお消息不明。これだけ出てこないとなれば、恐らくそのまま死亡したのだろう。連邦軍にとっては仇敵でジオンにとっては英雄のシャアが、何年も隠れて生き延びられるとも思えない。生きているなら必ず痕跡は残るし、それが僅かでも人の耳目に入れば絶対大騒ぎになる筈だ。

 そして兵たちの中心であり高い求心力を誇るシャアを失ったジオンは一気に弱体化し、程無く講和して形の上では戦勝国となった。

 コロニーは水一滴土一握りさえ自家生産出来ない、連邦が戦争ではなくテロルの道を選べばすぐにでもライフラインを断たれる。ジオンだって同胞を追い出してコロニーを地球に落としたのだ、連邦も非情手段に出られない訳ではない。報復に工作部隊を送り込み毒ガスを仕込むくらいは当時から可能だったし、そうなればコロニーは閉鎖された死の棺桶となる。人道上の懸念を言うなら先手を打ったのはジオンだ、何億もの命を奪い地球を滅茶苦茶にしておいて何を言うのかって話。

 そうでなくとも資源の無いジオンに持久力はない、兵隊だって『ジオンに兵無し』とも言うくらいには少ない。その状態でシャアという分かりやすい柱を失ったことは、ジオン側の致命傷足り得たのだろう。このまま続ければ勝ちきれないどころでは済まなくなる。今の段階で手打ちをしなければ、それこそ打つ手も上げる手も無くなってしまうと。

 

 なんにせよ戦争は御仕舞い、私は軍籍こそ形だけ残したがもうパイロットとしての任は外させて貰った。今の立場は即応予備官というわけだ。

 ようやく窮屈な生活から解放されたしこれからどうしようかなー、と思ってた時に幼馴染みにプロポーズされ子宝にも恵まれて、今や一介の主婦として家事に専念している。

 人が見れば都落ちと言われるかもしれないが、私はむしろ今の方が充実しているくらいだ。元エースなんて肩書きに頼る生き方は好まない、面倒なのは御免だし。

 私は普通に幸せになり、あの子の分まで人生を楽しむ。それが供養になると信じて。仇を打ってあげられなかった事は、向こうで会った時にでも謝ろう。

 しかしまあ、戦争が終わっても世の中は平和にならないものなのだな。この間も同じサイド6にあるどこぞのコロニーで、インストーラーデバイス密輸の大規模検挙があったそうだし。民間に払い下げられたMSの火気管制ロックを外してロボットプロレスするとか、なに考えてるんだろうなぁ最近の若者はさ。いやクランバトルの参加者が若いのかどうか、そんなのは知らないけど。食い詰めた元パイロットの貴重な資金源になってるから黙認しても良い筈だ、なんて与太話も出てくるし。そんなゲームみたいな事で命を落としたら浮かばれまい、本当にバカみたいな話だ。

 そう言えば赤いMSでコロニー外壁に、グラフィティ……?だかアート……?だかを描いて回ってるのもいるらしい。まさかシャアが生きている訳も無し、オンライン辞書サイトに日々垂れ流される真偽不明の武勇伝を見て感化された芸術家気取りがやっているのかな。……あれが実は生きてて、コソコソ落書きして憂さ晴らしする程落ちぶれてるとしたら笑えるけど。さすがにそんなのを殺したってあの子は喜ぶまい、いっそほっとく方が良い。

 ホントになんなんだろう、世の中って。結局おかしい奴は戦争があろうと無かろうと変わらない、という事か。

 まあ人は人、気にしても仕方がない。それぞれ目指す先は違うもの、私は全部手に入れて人生を謳歌したいと願うだけ。さしあたってはそろそろ二人目が欲しいかなー、なんてね。

 でも私はたまに、思うのだ。今こうしているのはきっと、奇跡のようなものなのだと。もし僅かでも歯車が噛み違えば、私は今でもシャアと赤いガンダムを追いかけていた。何もかも擲ってでも、復讐を果たすために。何も得られなくて良い、でも奪われたままなのは許せない。私は欲張りで強引だから、少しでも可能性があればそっちへ行ってしまう。

 そうならなくて、良かったよ。死んだ人間は殺せない、堕ち果てた人間を殺しても仕方ない。だからもう、私にはあれに執着する理由がない。

 なら幸せに生きよう、このまま穏やかに過ごそう。それが私の戦いだから。


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