新人です。エースパイロットやってます。   作:今井亜美(ハーメルンのすがた)

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●前回の新人パイロット!

 帝国軍の追撃を受けて地球に落ちてしまったベル!
 彼女が墜落した森林は、ゲリラ部隊【フロッグ隊】のテリトリーだった!

 帝国軍に捕らわれ絶対絶命の状況の中、部隊長のトルドからベルへと、ある取引が持ちかけられる事に……!?

 一方その頃、同じく地球に落ちていたナナシは、ポテチ切れによる禁断症状に苦しんでいた。

 癇癪を起こしたナナシは、自分の手でポテチを生み出すという悪魔的発想に辿り着く!

 美味しいポテチを作るため、じっちゃん、ばっちゃん、ワンコロと共に畑仕事に従事し、遂に念願のじゃがいもを手にするのだった!



三十話 新人、幸せすぎて泣く

 

「いい? こうやって、芽の部分を取ってねぇ────」

「ん……こうか?」

 

「そうそう! ナナちゃん、とっても上手!」

 

 どーも、新人です。

 早速だが、今日はキッチンで料理中です。

 

 昨日の夜、ばっちゃんと一緒にポテチを作るって約束したからな。

 

 今は、花模様の白いエプロンを身に付けて、包丁片手に芋の皮剥きをしてる。ばっちゃんにじゃがいもの皮剥きの仕方を教わってるんだ。

 

 でも包丁ってあれだな。案の定、ナイフと扱いは似てるな。軍用ナイフよりも切れ味は落ちるだろうからそこだけ注意しないといけないけど。

 

 力加減を誤るとぐちゃぐちゃになっちゃいそうだ……芋も、包丁もな。

 

 慎重にじゃがいもの芽をくり抜いた後、残った皮を剥き取る。でこぼこしてちょっと切り辛い。でも皮が残ってしまって味が落ちると嫌だから、めんどいけど丁寧に、丁寧に……。

 

「よし────これで全部皮剥いたか?」

「うん、バッチリ!」

 

「うむ。で、次はどうすんだー?」

 

 キッチンの空きスペースでゴミを啄み掃除をしているアイリスに尋ねる。ヤツは咥えていた芋の皮をゴミ箱に捨てた後、話し始めた。

 

『ポテチの形状からして、薄く切った後に油で揚げて塩を振ればそれっぽくなる筈ですが……』

 

 どうにも煮え切らない言い方である。

 まだこのポンコツカラスはクリーン作業が終わってないからな。

 

 ネットに繋げなくて、推測するしかないんだろう。

 ポテチのレシピなんてストレージに保存されてる訳がないしね。

 

 とはいえ、料理なんてした事ない私には、当然レシピなんて分からん。となると、ポンコツカラスの言う事を信じるしかない訳である。

 

「薄く切ればいいんだな?」

『はい。しかし気を付けて下さいね? 相当薄くしなければ、パリッとしたポテチの食感は出ないでしょうから』

 

「分かった。任せろ」

 

 私のクソ映画仕込みのナイフ裁きをみせてやる!

 じゃがいもを薄くスライスするくらい楽勝だ。

 向こう側が透き通って見える程薄く切り取ってやるぞ!

 

「ナナちゃん、包丁で物を切る時はね、こういう感じに左手を丸めて具材を押さえるの────そう、そんな感じ! ナナちゃんほんとに上手ねぇ〜」

 

 ばっちゃんがニコニコと笑って私を褒める。

 ふふふ、そうだろ? もっと褒めていいぞ!

 

 スパスパっと迷わず包丁を振り、じゃがいもを切っていく。私の腕前を持ってすれば全てを均一の薄さに切り取る事すら可能だ。

 

 しかし、アイリスはそれに待ったをかけた。

 

『マスター、何枚かわざと少しだけ太くしてはどうでしょう? 食感に違いがでて、より楽しめるかと』

「分かった」

 

 という訳で、薄いじゃがいもの中に、わざと他のやつより少しだけ太くしたやつも作っていく。

 ノンストップで手を動かし続け、カゴいっぱいの芋の下拵えを完了させた。

 

「出来たぞ、次は?」

『演算中…………そうですね。まず、水に浸しましょう』

 

「水に?」

『じゃがいもにはデンプンがありますから。一度水につけてぬめりを落とし、その後水気をよく切ってから揚げた方が上手くいく、というシミュレート結果が出ました』

 

 アイリスの指示に従い、ボウルに水をためて芋をつける。恐ろしい事に、なんとそのまま十分くらい待つらしい!

 

 十分も黙って待っていたら……普通の人間は退屈で死んでしまうっ!

 

 私は老い先短いばっちゃんに芋の番を押し付ける事にした。ばっちゃんは余程覚悟が決まっているのか「はーい」と軽く返事をして戦場に残る。合掌。

 

 すまん、ばっちゃん……必ず戻るから死ぬなよ!

 

 早々に離脱した私はアイリスと共に、暇つぶしにリビングの探索をしてみた。すると、壁掛けの小さなモニターを見つける。

 

 壁掛けって点は良いが、少しサイズが小さすぎるね。もう少し大きければ、クソ映画を鑑賞するのにぴったしなんだけどなぁ。

 

『あれはモニターではなく、フォトフレームですね』

「フォトフレーム?」

 

『つまり写真を鑑賞するためのものです。折角ですし見てみましょうか────ん?』

「どうした?」

 

『いえ、プログラムが古くバグが残っていましたが、問題ありません。改修したので、つけます』

 

 その言葉と同時にモニター……ではなくフォトフレームが勝手に起動する。アイリスが遠隔ハックしたんだろう。

 

 パネルが映し出したのは、説明通り、静止画。

 一枚の写真だった。

 

 じっちゃんとばっちゃん。更に見たことないおっさんとおばさんがいて、おっさんは右手で生意気そうなメスガキを抱っこしつつ、左手でおばさんの肩を抱いている。

 

『家族写真、でしょうか?』

 

 家族……うーん、私にはよく分からない。

 どいつが【親父】なんだ? このおっさんか? それともおばさんの方か? 

 

 私が知ってる家族ってのは大体【親父】って奴が暗黒面に落ちてだな……そのままラスボスになるんだよ。ラスボスは倒さないといけない。そうだろ?

 

『父親=ラスボスではないと思いますけど』

「……ッ確かに、ラスボスよりも幹部とかの方が多いイメージあるっ……!?」

 

『まず闇堕ちから離れましょうよ』

 

 アイリスとやいのやいの話していると、

 

「ナナちゃん、十分経ったよぉ」

 

 と、ばっちゃんの呼ぶ声が聞こえる。ばっちゃんはそのままキッチンからリビングまで歩いてきて、私の方を見る。

 

 が、すぐにその目は隣の、壁の写真に釘付けとなった。

 

「────ありゃ!? 写真が……それ、もう随分前に壊れちゃってたのに……!」

 

 素っ頓狂な声を上げるばっちゃん。

 これは……あれですか? またなんかやっちまったパターンですかいボブの兄貴……?

 

 私は素早くアイリスを指差す。犯人はコイツです。だから何か罰を与えるならコイツだけにしてくれ。

 

「コイツがやりました」

『私が直しました。えっへん』

 

「あぁアイリスちゃん。ありがとうねぇ」

 

 意外にも、ばっちゃんは犯人に対してお礼を言った。怒ってたんじゃないのかな……?

 

「大事な写真だったけど、何年か前に機械の方が壊れちゃってねぇ……もう古いものだし、諦めてたんだけど……直って良かったわぁ」

 

 あ、そうなんだ……直ってよかったね。

 あと実をいうとこれを直したのはアイリスじゃなくて私だ。こう、チョチョイって感じで直した。お礼に今日のメシを大盛りにしてくれ。

 

「ふふふ……ナナちゃんもありがとねぇ」

 

 ばっちゃんが笑って私の頭を撫でる。くるしゅうない。もっと撫でろ。大盛りは頼んだぞ。

 

「それにしてもまぁ、随分懐かしい写真だよ……十年は前じゃないかしら」

『おじいさんとおばあさんですよね? 後の御三方は……?』

 

「息子とその奥さんに子供だよ。この頃はよく遊びに来てくれてねぇ。毎年、夏はウチで過ごして……この写真も、その時に撮ったんだよ。でも今は戦争も始まっちゃったから、お仕事も忙しくなったとかで……もう長い事、声も聞いてないねぇ……」

 

『……息子さん、お仕事は何を?』

「連合軍のパイロットをしてるらしいわ」

 

『ッ!』

(…………)

 

「危ないお仕事だから心配なのよねぇ……前線じゃなくて後方待機だって聞いてるから大丈夫だと思いたいけどねぇ……」

『後方待機……そうですか。連合軍は現状、優勢の立場だと聞きます。きっとご無事でしょう』

 

「そうね。そう願ってるけどこの間も空で何かあったっぽいし……」

「……おい。そんな事よりポテチの続き作んぞ、ばっちゃん!」

 

 じっちゃんとばっちゃんの息子が無事かどうかなんて……別に、どうでもいいよ。

 

 パイロットなら死ぬのなんてよくある事だし。

 殺して、殺されて、死んでさ。そんなもんでしょ兵士なんて。

 

 私はそんな事より旨いポテチが食いてぇんだ。

 

「あ、うん。そうよね……美味しく作りましょうねぇナナちゃん」

「おう」

 

 ばっちゃんの手を引いてキッチンに戻る。

 アイリス……フォトフレームの電源はオフにしろ。

 エナジーの無駄だ。

 

『…………承知しました』

 

 

 

 じゃがいもをボウルから引き出して、よく水気を切った後、熱した油で素揚げする。

 

 すると途端に市販のポテチみたいな、旨そうな見た目に変わるからじゃがいもって奴は中々どうして不思議生物だ。

 

 芋を油から取り出して、保存容器に詰めた後、塩を振ってから蓋をしてシェイクする。コツは力を込めて振りすぎない事だ。本気で振ると折角のポテチがジャガイモパウダーに変わってしまう。

 

 程よく振った後、皿に盛り付ければ……。

 

「で、出来たっ……!」

『やりましたね! マスター!』

「やったわねぇナナちゃん」

 

 遂に……遂に完成したっっっ!!

 人類の夢の結晶……黄金に輝く、ゴールデンポテチ!!!

 

 こんな究極の一品を完成させてしまうとはっ……私、料理の天才だったのかも……!?

 

 は、早く食べたい……!

 この時をどれだけ待ち望んだかっ……!

 

 待たせたねポテチ、今キミに会いに行くよっ……!

 ワナワナと震える手を何とか抑えて、ポテチに向かって手を伸ばした。

 

 そっとポテチをつまみ上げて、パクリ。

 

 パリ……パリ、パリ……。

 

『……どうですマスター? お味は?』

「…………しょ」

 

『しょ?』

 

 しょっっっぺえッッッ!!!

 しょっぱいッ! 塩辛いッ! 塩溜まりッ!

 

『あぁ……塩がダマになってましたか。手作りあるあるですね』

 

 んあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっっ!!

 水! 水! 水〜!

 

「はい。お水よ、ナナちゃん」

「ゴク……ゴク……プハァッ! 生き返った……サンキューばっちゃん」

 

 死ぬかと思った……まさかこんな目に合うとは。

 まさか、ポテチという神の料理を作り出す事は、まだ人類には早かったのか……?

 

『私も頂いていいですか?』

 

 一度痛い目を見た事で二枚目をすぐに食べる勇気が湧かず逡巡していると、アイリスがそう告げてきた。

 

「お前、物食えんの?」

『はい! 味覚も消化器官もバッチリです! 食べた物はその90%以上をエナジーに変換し、残りはレーザーで消滅させますので排泄も不要です!』

 

 マジかよ凄すぎでしょ……デカパイちょっとガチりすぎじゃない? ホントに五日で作ったのこのカラス?

 絶対構想自体は前々から用意してたやつじゃん。

 

「……仕方ねえな」

 

 ポテチの山の中から一番小さい欠片を探し出して渡してやる。アイリスはパクリとそれを咥えてパリパリと食べた。

 

『……成程。これがポテチの味』

「しょっぱくないの?」

 

『マスターの食べた箇所が悪かっただけみたいです。場所によって当たり、外れがあるかもしれませんがほぼ問題ないですよ』

 

 本当かぁ〜?

 どうにも疑わしいが、このまま黙って見ていても何にもならない。折角作ったポテチと、こんな嫌な思い出を残したままお別れしたくない。

 

 ええいままよっ! といわんばかりにポテチを掴み取り口の中に放り込んだ。

 

 そのまま無言でパリつく。

 1パリ、2パリ、3パリパリ。

 

「…………むむ!? これは────」

 

 ────うまいッッッ!!

 

 これぞッッまさしくポテチの味ッッッ!!

 遂に至ったというのか、人類は……涅槃へっ……!

 

 おぉ……まるでお口の中が幸せの宝石箱やぁ!

 幸せが溢れて零れ落ちとるんやぁ! 涙が止まらんのやぁ! おーんおーん!

 

『急にテンション高いですね』

「泣くほど美味しかったのね〜」

 

 人は幸せすぎる時も泣く事が出来る! 新しい発見だ!

 

 あゝ〜いわんや、コークがあればんや〜。

 

『ちょっと何言ってるか分かんないです』

 

 ポテチは良きだが、コークがあればもっと良き(翻訳)。

 

 ここで一句

 揚げたての ポテチが誘う コークかな

 

『テンション高すぎません?』

 

 とはいえ、ポテチだけでも十分すぎるほどに良き。

 やっぱり作ってよかった……。

 

 あんなに辛かった日々は、無駄じゃなかったんだ!

 

 人間には、血と肉があり、それらを動かすのは内に秘めたエナジーだが、ポテチは食べる事で生きる為のエナジーになる。つまりポテチとは人が生きる為に必要不可欠な栄養素であって、人はポテチを食べないと死ぬ。オーケー?

 

『ちょっと本気で何言ってるか分かんないです』

「よかったわね〜ナナちゃん」

 

「うんっ!」

 

 ポテチ、サイコー!

 明日も作るぞ、ばっちゃん!

 

「あらあら、明日も?」

 

 おう! 明日も明後日も明々後日もだ!

 畑仕事もちょっとなら手伝ってやるから!

 

「いいでしょ!? いいよねっ!?」

「ふふふっ……畑を手伝ってくれるなら、ね」

 

「やったぁ〜!」

 

 人間何事も成せばなる! 

 幸せポテチライフ、ここに完成だーッ!!

 

 

 

☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

 チチッと木々の上で鳥が歌う。

 風がシャワシャワと枝葉を鳴らす。

 

 フォレスタンの外れの森は、穏やかな音を奏でて、朝の時間を告げている。

 

 柔らかな日差しの殆どは木々に阻まれ、うっすらとした木漏れ日が差し込んでいる。唯一日光がしっかり当たるのは、森にぽっかりと空いた、この広場くらいのものだろう。

 

 自然に出来た広場……ではない。

 そういうには余りにも周りの木が乱雑に薙ぎ倒されている。

 

 広場の中心には円形のクレーターが出来ていて、クレーターには、この広場を形作った根本の原因と思われる三本角の白い機体が、土の中に横たわっていた。

 

「トルドさん! こっちの解析、終わりましたよー!」

 

 三本角……コスモスの肩の上からひょっこりと顔を出したベルが、下に向かって声を上げる。その両手足は以前までと同じ様に縛られているが……服装は帝国軍の軍服だった。コニーのものを借りたのだ。

 

 下の地面で端末を弄っていたトルドが顔を上げて、「よし降りてこい!」と返事をした。

 

 ベルは「はーい!」と元気よく返して、

 

「コニーさん!」

「はいはい、了解」

 

 側で控えていたコニーの名前を呼ぶ。コニーもすっかり慣れた様子で、未だに両手両足が拘束され一人で動けないベルを背中に乗せてロープを掴み、下に降りた。

 

「首尾はどうだ?」

「バッチリです! メインカメラとの連動データは確保しましたよっ!」

 

「よし! 実戦データがあれば後は調整するだけだ……向こうに戻るぞ!」

「はいっ!」

 

 何故ベルがトルド達と仲良くコスモスの解析なんてやっているのか。

 それは、ベルと彼らが、ある取引をしたからである。

 

 ベルがコニーのテントで休息した次の日の事。

 帝国軍ゲリラの隊長、トルドからベルへと取引が持ちかけられた。

 

 彼曰く、技研のアーク技術に興味があるので機体について教えて欲しい。対価として、ベルの安全を保証する……との事である。

 

 自分の安全が引き合いに出されては、一度拷問を受けたベルにとって、選択肢は無いに等しい。

 

 それでも初めは、守秘義務を理由に断った。宇宙で別れた仲間達……開発者のティアナへと義理立てした形になる。

 

 しかし、トルドは言葉巧みにベルの思考を誘導した。

 

「もし君が頷いてくれるなら、こっちからは帝国軍のアーク技術もプレゼント出来る」

「帝国のアーク……って、ジャッコ、とか?」

 

 ベルはビーム一発で簡単に爆散するジャッコの姿を思い浮かべる。

 

 帝国軍のアーク=弱っちい。

 

 子供でも知ってる等式だった。

 そんな技術を貰っても嬉しくないよ……と内心小馬鹿にしていると、トルドはニヤリと不敵に笑う。

 

「言いたい事は分かるぜ。弱っちいアークの情報なんて貰っても嬉しくないって思ってるだろ」

「えっと……まぁ、はい」

 

「俺から言わせれば、ソイツは素人の考え方だ。いいか? 確かに帝国軍の主力アーク……ジャッコの総合性能は、連合の主力、フラットなんかと比べて大きく劣る」

 

 でもそれは、あくまで総合的に見た場合だ、とトルドは言うのだ。

 

「実はジャッコの内部に使われてるフレームは、フラットのフレームと比べてもかなりの高性能品だって事は知ってたか?」

 

「フレームが……?」

「それだけじゃない、関節周りの強度もトップクラスだ。連合ならエース用のカスタム機に匹敵するレベルでな」

 

「え!? そんなに!?」

「つまり、ジャッコって機体は……理論上で言えば、どんな無茶苦茶な動きにもついていける様な仕様になってる。ま、あくまで理論上だけだけどな。人間には乗りこなせないだろう」

 

「な、なんでパーツは凄いのに、ジャッコはあんなに弱いんですか……?」

「それが分からない。内部フレームと関節や各種部品は一流なのに、何故か貧弱なジェネレーターと薄い装甲、火力不足の武装に使い物にならないレーダー、安物のセンサーとカメラが組み合わさってる。なんでこんな台無しな真似をしてるんだか……」

 

「それって────」

 

 まるで────わざと【弱くしたかった】みたいだな、とベルには感じられた。しかしその意味までは、残念ながら彼女には分からなかった。

 

「こんな欠陥品でも乗りこなせちまうんだから、【量産機の死神】って奴は凄いんだろうな」

 

「量産機の……死神?」

「知らないか? 帝国軍の量産機の中にとんでもなく強い死神が紛れ込んでる……って噂。何度か連合の通信を傍受したが、結構広がってるみたいだな」

 

 量産機の死神……何故だろう?

 ベルにとってその話は初めて聞く筈なのに……妙に胸がザワついた。

 

 この先に起こる何かを予期している様に感じられたが……残念ながら、ハッキリとしたモノは見えなかった。

 

「話を戻すとして……そっちにも多少なりメリットはあるって事だ。どうかな?」

 

 この提案に対してベルは少しだけ考えるも、そもそも悩む余地自体が大して存在しない事にすぐ気付いた。

 

 ベルはただのテストパイロットである。

 コスモスについて知っていると言っても、マニュアル以上の事は分からないし、特殊機構やシステムについても、存在は知っているが理論にはそこまで明るくないのである。

 

 どうせ教えられる事は限られている。

 ならば、教えてしまって、安全を確保した方が良い。

 

(ティアも言ってたしね、コスモスなんかより私の命の方が大事だって)

 

 そうして、最終的には取引を飲む事となった。

 ベルはコスモスについて知っている限りをトルドに伝え、逆に帝国製アークについても様々な事を教わる。

 

 そうした奇妙な技術交流が続いてから、既に八日の時が経とうとしていた。

 

 初めの内はお互い遠慮がちに話をするだけだった。

 しかし、話をする内に分かってくる。お互いが、お互いの想像を遥かに超えていた事に。

 

 ベルにとってトルドは、想像より遥かにマシンオタクだった。

 

 三度の飯よりアークのカスタムが趣味という彼は、それが原因で部隊の皆からアーク関連の話を自然と避けられていたのだが、ベルという絶好の話相手を見つけ、遂に秘めていた情熱が爆発。

 

 貪欲にベルに対して質問するだけでなく、本来隠すべきである帝国製アークの内部事情を裏の裏まで語り尽くしていた。

 

 その【アーク馬鹿】っぷりは留まる事を知らず、遂には捕虜の筈のベルに自身の部隊のアークを直接見せる所までいくほどである。

 

 一方逆にトルドにとっても、ベルという存在は想像を超えていた。

 

 ベルはアホだった。想像以上にアホだった。

 トルドは最初、ベルから与えられたコスモスの話を半信半疑で聞いていた。

 

 ベルは連合軍ではない。

 が、技研と帝国の関係は悪くこそないものの、お世辞にも良いとは言い難く。

 

 そんな関係性の両者であり、尚且つこちらは相手を一方的に拘束し拷問まがいの事までしているのだ。

 

 となれば普通、了承したとはいえ素直に全て技術提供する筈がない。

 

 なるべく隠す様に努力はするだろう。

 そう踏んで不完全とはいえ入手出来たデータと照らし合わせてゆっくりと進めていくつもりだった。

 

 しかしベルはアホだった。底抜けのアホだった。

 彼女にはそんな、小手先の駆け引きをするという考えがまるで無かった。

 

 何の話をしても全力で真実を教えてくれた。

 どんな突っ込んだ質問をしても、真剣に答えてくれた。

 

 ベルの思考回路としては取引として教える事が決まったんだから、ただ全力で応えているだけである。それ以上でも以下でもない。

 

 良く言えば素直、純粋。率直に言うとアホ。

 ちょっとこっちが心配になるレベルだな、とトルドは思った。勿論彼からしてみれば嬉しいだけの話なので何も言わない。

 

 ベルのアホさに引き摺られる様に、トルドも技術交流に熱中した。というのも、ベルが思ったよりも【話せる】奴だったからである。

 

 伊達に技研でパイロットをやっている訳じゃない。

 難しい専門用語を並べても、ベルは普通に話に付いてきた。

 

 それが嬉しくて遂には自分らのアークまで見せてしまうんだからトルドの方も結構な馬鹿だ、と二人に付き合わされているコニーは思っている。

 

 馬鹿とアホで丁度良いのかもしれない。

 

「……でも面白いマシンですよね。フロッグ隊のアーク! 【ガン・エルゥ】でしたっけ?」

 

 緑に紛れる迷彩色、やや厚みのある中〜重量級な体型、特徴的な逆足関節。

 

 そのガン・エルゥの足元で脚部のコネクタから有線接続された端末を弄りながらベルが言った。

 

「足元にホバリング用のバーニアを組み込んで地面を滑らかに移動しようなんて。どうやったら宇宙で思い付くんだろう……?」

 

「宇宙暮らしだからこそ、地球の事をよく研究したんだろ。それにガン・エルゥの開発時期は開戦後。地上戦のデータが出てきてからだから、それが大きな要因だろうな」

 

 そんなものかな、とベルはボンヤリと目の前のマシンを見上げる。

 

 ガン・エルゥは、地上戦用に開発された量産型アークで、南北戦線の末期を支えた名機である。

 

 アークは元来より重力圏での飛行が可能なマシンだった。しかし、アークをフライトモードにしている状態では武装が満足に使えない。全エナジーを動力に集中する為である。

 

 なので、重力圏での戦闘中は自由飛行する事が出来ない。基本的には地に足ついて戦う必要がある。

 

 この機動性の問題に対し、連合軍はハイグランドの様な変形機で以て解答を示した。だが、変形機の複雑な機構は、現代の技術力ではコストが高く量産に向かない。

 

 そこで帝国軍が考え出したのが、ホバー移動なのである。地面の上を滑らかに動くホバーは、操作感が宇宙に似ている。

 

 安価で帝国人の気風にも合うホバー移動が可能なガン・エルゥは確かな戦果を挙げた……のだが、如何せん、時期が悪かった。

 

 投入時期が遅く、それまでに抱えた劣勢を覆せはしなかったのである。

 

 ベルにはそんな、帝国軍が辿って来た歴史なんて分からない。知る由もなかった。

 なので薄ぼんやりとマシンを見上げては、また作業に戻るのだった。

 

 

 

 それからは黙々と作業を続け、気付けば日も落ちかけていた。辺りはすっかり薄暗くて、端末の発するモニター光だけが手元を映している。

 

「よし……これで終わりだ」

 

 最後の作業を終えたトルドが、ふう、と深く息を吐き、大きく伸びをする。それから笑って、ベルに向き直った。

 

「ありがとう。君のお陰で何とか全機、調整が間に合ったよ。劇的な変化じゃないが、機体の追従性が上がって、操作感が向上する筈だ」

 

「それは良かったです(…………?)」

 

 ベルは答えつつ、頭の奥で別の事が引っ掛かった。

 

(……【間に合った】? 間に合うって……何に?)

 

「じゃあ帰るか」

「あ、はい」

 

 トルドが使用した機材を纏めて軍用カバンに放り込み背負う。

 いつもの様にコニーはベルを抱え上げた。

 

 妙に胸騒ぎがする。ざわ、ざわ、と得体の知れないざわついた何かが、ベルの知覚出来ない場所から背中に忍び寄って来る……そんな気がする。

 

 コニーの腕の中で何とも言い難い不安を抱えながら暗い森を移動していると、不意に、ベルは見覚えのない気配を前方に感じた。

 

 ニールやレイフの気配と混じって……二人。

 知らない人間がキャンプにいる。

 

「コ、コニーさん……!」

「ん?」

 

「誰かいる。知らない人……!」

「……はぁ?」

 

(敵意はない……? けど、すごく嫌な感じ)

 

 ベルは小声でコニーに警告したが、コニーは怪訝な顔をするだけで立ち止まる事はなかった。

 前方にいるトルドが藪を掻き分け、コニーの為の道を作りながら迷わず前へと進んでいく。

 

 キャンプが近付くにつれて、魚の焼けた匂いが鼻腔をくすぐり始めた。

 

「すぐにメシにありつけそうだ」

 

 嬉しそうにトルドが笑った。

 ベルの顔は強張っている。

 

 やがて最後の藪を掻き分けて三人はキャンプに戻ってきた。そこに待ち構えていたのは魚を焼いて食べているニールとレイフ……そして、見知らぬ軍服の男二人だった。

 

 男達は二人共坊主頭だ。

 

 片方はあまり目鼻立ちが整っていない凶暴そうな吊り目で、ポケットに両手を突っ込み肩を怒らせ如何にも乱暴者という佇まいで立っている。

 

 もう一人は太い眉に強面の顔。対閃光防御用の黒いゴーグルを身に付けており、ゴーグルの向こう側……右目には、ゴーグルで隠しきれない程の大きな傷跡が縦に通っていた。

 

「遅かったじゃないか、トルド・フロックマン中尉」

 

 ゴーグルの強面が、トルドに向かって声をかけた。トルドは少し驚いた様な顔をしつつ礼を返す。

 

「グラット・ブロンズネス大尉……直接お会いするとは思いませんでしたが」

「なァに、作戦の前に共に戦う者の顔を見たくなったのよ……だが、フロッグ隊は四人と聞いていたが? その縛られてる者は、まさか捕虜かね?」

 

 ギロリ、と鋭い目がベルに向かって動いた。

 ひゆっ、とベルの喉が短く鳴る。

 

 こころなしかベルを抱えるコニーの手に力が入った。

 

「いや、コイツは降下の直前で入った新人でして。乗るアークもありませんし、てんで役に立たないので、数にも入れていませんでした。今も備品を壊して謹慎処分中でしてね」

 

 サラリとトルドが嘘をつき、ベルを庇う様に前へ出た。

 

「ほう……?」

 

 グラットの目が探る様にニールとレイフへ向いた。

 二人は恨みがましくトルドを睨みながらも沈黙を貫き、黙々と魚を食べている。

 

 前もって秘密にする様言っておいて正解だったぜ……とトルドは内心冷や汗を掻いた。

 

「使えん部下を持つと苦労するな、中尉」

「ええ、まったく」

 

 チラリと一瞬、トルドがベルに目配せする。

 何もするなよ、と言葉にせずともその目が語っていた。

 

「それで……作戦はいよいよ明日だが、抜かりはないだろうな」

「勿論です、大尉。アーク各機の調整は済ませました」

 

(作戦……?)

 

 その言葉はそっと、ザワリ、とベルの胸を心地悪く撫でて耳に入った。ベルは直感する。さっきまでの胸騒ぎの正体はコレだと。

 

「フフフ……これでやっと連合の鼻を明かせられる。明日が楽しみだ。そうだろう? 中尉」

「はい。いえ、しかし不安でもあります。大尉達【クラブ隊】のお力があれど、我々が足を引いては戦力が足りるかどうか……」

 

「フン! 精強なる帝国軍においても我らがクラブ隊は拠点攻撃特化の隊だ! 軟弱な連合軍の基地を襲撃するのに、一体何の問題がある!?」

 

「れ、連合軍基地、襲撃!?」

 

 思わず声を上げてしまったベルに対し、一斉に視線が集まった。

 

「……説明していないのか中尉?」

「はい、いえ! 使えない兵でしたので、説明もまだで……! 後で説明しておきます!」

 

 トルドが慌てて言い訳をするが、ベルは止まらなかった。

 

「基地の襲撃って……どういう事ですか?」

 

 空気を読まず聞くベルに、グラットは律儀に答える。

 

「そのままの意味だ。我々クラブ隊とお前達フロッグ隊の合同でフォレスタンの街を襲撃する!」

「ま、街を────!?」

 

「我らクラブ隊の一部が街を爆撃して陽動となり、ノコノコと基地から出てきた連合軍をお前達が叩く! そうして奴等の目を街に釘付けにしておいて、別働隊で基地を破壊……我ら帝国軍の力を奴らに見せつけるのだッ!!」

 

「ば、爆撃……!? って、そんな事したらっ! 街の人が何十人……何百人も死んじゃいますよ!?」

「それがどうした? 死ぬのは地球人だ、一体何の問題がある?」

 

 グラットは平然とそう言ってのけた。

 彼はどうしようもなく、帝国の軍人だった。

 

 余りの話の通じなさに、ベルは目眩がする様だった。しかしすぐにハッとして、今度はトルド達フロッグ隊の面々を見た。彼らならまだ話が通じる筈だ! と。淡い期待を込めて。

 

「こ、こんな作戦で良いんですか!? 本当に納得してるんですか!? トルドさん! ニールさん、レイフさんも!」

 

 しかし彼らは何も言わなかった。皆一様にベルから目を逸らし、顔を合わせてもくれなかった。

 

「っ……コニーさんも、何とか言って下さいよ!」

 

 痺れを切らしたベルがコニーの顔を見上げる。

 だがコニーの顔は、能面と見紛うほど恐ろしく無表情だった。コニーはベルの方をゆっくりと見た。

 

 そこには何の色もなかった。光を感じさせない暗い瞳が、ベルをただ、見ていた。

 

「本当に何も知らない様だな」

 

 呆れた様にグラットが首を振る。

 

「今回の作戦は任務じゃない。これは、我々の希望だ。我々は望んで、地球の街を燃やすのだ」

 

 それは事実だった。

 地球一斉脱出作戦以降……諸々の理由で離脱出来なかった部隊の全ては、連絡手段を失い、上層部とコンタクトが取れていなかった。

 

 故に今回の作戦も、あくまで彼らが話し合いの上で、決めた事だった。

 初めは、トルドも街を襲う作戦には難色を示していたのだが……しかし最終的には、納得した上での、【作戦】である。

 

「……ひ、人が死ぬのに、何とも思わないんですかっ!? 貴方達はっ!」

「ッ!! 地球人が人であるものかぁっ!!!」

 

 突然グラットが激昂し、ベルはビクリと肩を縮こませた。するとグラットの怒りに呼応するかの様に、側に控えていたもう一人の乱暴そうな男も怒り出す。

 

「さっきから聞いてればテメエッ! 隊長に向かって何だその口の聞き方は!? そこに直れ、俺が修正してやるッ!」

 

 大きな声に怯えながらも、ベルは気丈に睨み返す。

 トルドは悟った。ここが限界だと。

 

「いや、それには及ばない。コニー」

「はい、隊長」

 

「────やれ」

「……了解」

 

 コニーは抱えていたベルの身体を地面へ乱雑に投げ捨てた。そしてそのまま、マウントポジションを取る。

 

「コ、コニーさん……?」

「────じゃあね」

 

 ベルはそのまま、首を強く絞められた。

 顔が赤く腫れ、視界が徐々に暗くなっていく。

 

 縛られた手で懸命にタップした。が、益々首に加わる力が強くなっていく。

 

(なん……で……?)

 

 彼女の目から、涙が一筋、零れ落ちた。

 ベルが意識を保ってられたのはそこまでだった。

 最後に見たのは、漆黒の闇に隠れたコニーの顔だった。

 

 

 

☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

 長かった様で短かった様な。

 ナナシが目覚めてから、十日が経った。

 

 十日……それは、アイリスが定めた自身のクリーンアップが終わるまでの時間である。

 

 クリーンアップが終われば、安全にネットワークに接続出来る様になり、そうなれば宇宙に戻るまでの算段をつけられる様になる。

 

 実際に、クリーンアップが終了したアイリスはすぐにネットに接続。周辺の地理情報を手に入れて、地球脱出までの最短ルートを既に選定していた。

 

 

 

 その日、ナナシはリビングにいた。

 

『マスター』

 

 アイリスの呼びかけにナナシは答えない。

 振り返りすらせず、壁の方をジッと見つめている。

 

『あれから十日が、経ちました。私のクリーンアップ作業も終わり、安全にネットへ接続可能です』

「そうか。んで、どうやって宇宙に帰るか決まったのか?」

 

『はい。まず、正規ルートでの地球脱出は不可能と言っていいでしょう。ステーションから出る一般的なシャトルの乗車には身分証が必須です。ある程度でしたら私が偽造する事も可能ですが、戦争が始まってからは特に警備が厳しくなっています。少しでも怪しまれれば、軍に拘束されてしまう……』

 

「今の私は人間以下のゴリラパワーだしなー。アークならまだしも生身での戦闘になると、サイボーグが何体も出てきたらかなりキツイ」

『はい。リスクばかりが大きく、成功しても行き先は連合の支配域で固定……帝国領に移動する事は出来ないので、リターンも少ない……よって、私が推奨するのは連合軍基地内に潜入してマスドライバーを使用し脱出する方法です』

 

「この国にマスドライバー付きの基地があんの?」

 

 ナナシは少し意外そうにアイリスに聞いた。

 マスドライバーは大型の施設であるが故に敷地を食う。地球は人口増加によって敷地面積に余裕のない状態が慢性化してしまっているので、マスドライバーはその重要度に反して、まだまだ数が少ない。地球全体で見れば比較的珍しい部類の施設なのである。

 

『いえ、厳密には隣の国です。少し遠いですが、アークで移動すればすぐの距離ですよ』

「そりゃいいけど、アークなんて持ってないぞ?」

 

 ナナシの言葉に対し、『なら盗みましょう』とアイリスは平然と言い放つ。

 

『近くの街に連合軍の基地がありました。そこに入って、アークを一機盗みましょう。私のサポートとマスターの技量があれば成功確率は十二分に高い』

 

 ナナシは聞いてるんだか、いないんだか……首元のペンダントを弄りながら上の空で何かを考えている。

 

『……マスター? 聞いてますか?』 

「ん……うん。作戦は、分かった。じゃあ、それでいくぞ。明日の朝、出発する」

『あ、明日の朝ですか!?』

 

「ああ。別に留まる理由もないだろ?」

『マスター……一体どうしたのです? 確かに留まる理由はありませんが……そんなに早く出ていく理由も無いと思うのですが……?』

 

「別に……早く本物のポテチが食いたいだけ」

 

 直感が使えないアイリスにも、その言葉が嘘だと言う事はよく分かった。だからこそ困惑が隠せない。

 

 本当は……アイリスはある事を提案しようとしていた。

 

 宇宙に戻る事なんて止めようと。このままここで、戦争なんて忘れて暮らした方がマスターは幸せになれると。

 

 そう提案しようとしていた。彼女の中で、その提案が通る確率は四割程と計算されていた。

 

 たったの十日で、四割である。

 それだけナナシはお爺さんお婆さんと犬一匹にある種の情を抱いている……と、アイリスは見ている。

 

 それが……なぜ今日、急に。

 

(まるで……ここからすぐにでも立ち去りたいかの様な────)

 

 ────そんな言い方を、する様になってしまったのか。

 

「とにかく、明日だから」

『あ……』

 

 アイリスが声をかける間もなく、ナナシはとっととその場を立ち去ってしまった。その場に残されたアイリスは、ふとナナシが先程まで見ていたリビングの壁に目をやる。

 

(────フォトフレーム……?)

 

 そこには、以前ポテチ作りの際に見つけた壁掛けのフォトフレームがあった。

 

 アイリスはなんとなく、フォトフレームの電源をいれてみた。

 

 映し出されたのは前に見た家族写真、だが……。

 

(フォトフレーム……登録されている写真は、当然一枚ではありませんよね?)

 

 スッスッ……と写真をスライドさせていく。

 

 みんなで仲良くスイカを食べている写真。

 畑仕事を手伝う女の子の写真。

 犬とじゃれる女の子とそれを微笑ましそうに見る母親────。

 

(────ッ!? これは!?)

 

 そして一枚の写真で、アイリスはスライドを停止させた。

 

 そこに映っていたのは……お爺さんとお婆さんの息子だという、男性だった。

 恐らく、軍の集合写真だろう。

 

 ある一機のアークの前で、少し照れた様に笑う顔をした息子さんと、その周囲を囲む彼の仲間達。

 

(な、なんという事…………)

 

 その写真を見た瞬間に、アイリスは全てを悟った。

 ナナシの態度が、どうしてあそこまで変わってしまったのかの、その理由を。

 

 写真において注目すべきポイントは────二箇所。

 

 まず一つ目は……彼らが着ている軍服にある。

 

 まずアークの前で撮られている事からも分かる通り、これは軍の仲間達と息子さんが撮った写真である。その証拠に彼らは全員連合軍の軍服を着ているし、別に服装そのものにおかしな点は無い。

 

 では何がアイリスの目に止まったのかと言うと……答えは、軍服に付いているバッジとロゴである。

 

 まず所属を表すバッジは【NEZE】……つまりコロニー・ネーゼの所属である事が分かる。地球出身者なのに所属がネーゼ扱いというだけで大分奇妙ではあるのだが……その疑問の答えになるのが、胸元に刺繍されたロゴである。

 

 青い丸の周囲を囲む様に入ったバツ印のライン。

 十日前にも、よく見たデザインだ。

 

(地球を護る封鎖線の部隊……そのロゴに間違いないでしょう。封鎖線は確かにお婆さんの言う通り、前線では無いですからね……)

 

 そして注目ポイント二点目は……後ろにそびえるアーク、その種類である。特徴的な羽根付きの機体……。

 

(あれは連合の誇るエース機、ハイグランド……!)

 

 恐らくこの写真はハイグランドの受領式か何かを行った際に撮った物だろう、とアイリスは当たりをつける。

 

 となるとパイロットは写真の中心にいる者の可能性が高くなり……つまりは、お爺さんらの息子さんという事になる。

 

 そしてハイグランドはまだ量産体制が整っていない希少な機体である。前線でない封鎖線にわざわざ配備するとしたら、その数は精々一機〜二機が限度であり……。

 

(そしてマスターは……宇宙での戦いで、封鎖線に配備されたハイグランドを一機堕としているっ……!!)

 

 アイリスはそっとフォトフレームをオフにした。

 ここまでの話は全て憶測……可能性の羅列に過ぎない。しかし、恐らく高確率でナナシは……。

 

(お爺さんとお婆さんの息子さんの命を、奪ってしまった……)

 

 

 

 アイリスと別れ、一人自室に戻ったナナシは何もする気になれず、お昼寝と洒落込んでいた。

 布団の中に入り、ペンダントの月光石をギュッと握り締めている。

 

 やがて、ワンワン! と元気な鳴き声がして、白くてモフモフとした動く毛玉……犬のシロが、いつもの様にベッドに入り込んできた。

 

 ナナシは鬱陶しそうに眉をひそめながらもぞもぞと動いて、シロの寝るスペースを作ってやる。そうするとシロはナナシの腹の前の空間に移動し、ゴロンと手足を投げ出した。

 

 一人用のベッドは、大型犬と寝るには少々狭い。

 ナナシは落ちない様に、後ろからシロを抱き締めて密着体勢を取る。

 

「ワンコロ」

「?」

 

「狭いから……もっと、くっつけ……」

 

 シロを強く抱き締めて、首元の毛に顔を埋める。

 犬の出す独特な獣臭を鼻から吸い込んで、ナナシは目を閉じた。

 

 明日は別れの日。

 その時は、刻一刻と迫ってきている。

 

 目を閉じているとその事がやけに強く感じられて、この家で過ごした思い出達が、鮮明に浮かび上がってしまう。

 

 浮かぶ思い出はいちいち幸せだった。

 幸せすぎたから────。

 

 

 

●大解剖! アイリスの秘密!

 実はアイリスの嘴と喉は何層かに分かれており、物を食べる場所と、収納する場所でハッキリと区分されている。なので、ポテチを食べても中に入れていた物が油でベトベトになったりはしないのでご安心。

 

 なお嘴を全部一斉に開くと、とんでもない化け物みたいな見た目になる。

 

アイリス『ぐぱぁ』

ナナシ「きっも……」

 

 

 

●ガン・エルゥ / GUN-ELLE-u

 帝国軍が地上戦用に開発した量産型アーク。

 

 中〜重量級の体型に、帝国らしいモノアイ。特徴的な逆足関節を持つ。カラーリングは迷彩色になっていて、緑やベージュなどのバリエーションあり。フロッグ隊の機体は緑に近い色。

 

 何とか地球でも宇宙の様な滑らかな動きが実現出来ないかと試行錯誤の結果、ホバー移動に行き着いた。基本はホバーで移動しつつ、いざという時は逆足のバネを利用して素早く動く。

 

 基本武装は低射程・高威力のヘビーショットガンとシールド。背中に小型ミサイルポッドがある。

 

 シールドを構えてミサイルをばら撒きつつホバー移動で高速接近してショットガンをぶち当てる戦法は中々の戦果を挙げたが、投入時期が遅すぎた為に南北戦線は崩壊。本機体の活躍は非常に短いものとなってしまった。

 

 ニール、レイフ、コニー! ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!

 

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