酷い夢見の悪さに、俺は思わずベッドから転げ落ちていた。一応元パイロットなのに受け身もとれず、もんどり打って半裸のまま床に転がる俺。
なんてザマだ、本当に。四十を越えて寝小便垂れるとかよりはまだマシだが、同じくらいバカげた格好な気がする。
市長のこんな姿、他人には絶対見せられんよ。こういう時には嫁と寝室を別にして良かったと思う、まあ結婚してすぐに寝るとき電気を完全に消すかどうかで揉めたせいだけど。俺はどうもあの常夜灯と言うオレンジの電球が苦手だしアイマスクも落ち着かなくていけない、頭を締め付けてる感じがする。『コックピットでも平気で寝る癖に、変なところでデリケートなんだから』と言われたって、苦手なもんは苦手だ。
しかし他に誰もいないのに、こういう時に恥ずかしくなるのは何故だろうな。
やれやれと起き上がりつつ落下の拍子に落ちた写真立てを拾い、ふと夢の光景を思い出す。
全くどんな展開だ、俺たちが――ガンダムと戦うなんて。
赤い彗星の名を知らないジオン軍経験者はいないだろう、いや連邦軍にも恐らくいない。連邦のV作戦、その要だったというRX計画を打ち砕いた張本人だ。連邦が極秘利に開発していたモビルスーツ「ガンタンク」「ガンキャノン」を破壊し「ガンダム」を奪取、強襲揚陸艦まで引っ張ってきたのだから。そこからは破竹の勢いで連邦の軍勢を蹴散らし、そして第二次ソロモン海戦でロストした悲劇のエースパイロットとして伝えられてはいる。
だが俺たちにしてみれば士官学校なんぞで教科書通りに養成された、お坊っちゃんパイロットに過ぎない。こちとら現場で生き延びて戦争を学んだ叩き上げ、生っ白いエリート様とは気骨が違うんだ。しかし俺たちはガンダムを駆るシャアに手柄をどんどん奪われ、黒い三連星の名はすっかり廃れてしまった。俺たちがルウム戦役でレビルを捕まえた事さえ忘れられてしまった気がする、みんなして赤い彗星の話ばかり。
まあプロパガンダにも使いやすいだろうな、ああいうのは。素顔は知らんが美形っぽい雰囲気を出しまくってて、本国の娘っ子どもにも受けが良かったし。そして一年戦争中に政治の世界へ行ったガルマ・ザビと旧知の仲で、他にも太いパイプがあったらしい。腕も容姿もコネも一流、神は二物も三物も与えるわけだな。肖りたいやら金借りたいやら、ってね。
そんなこんなで今なおシャアに色々思うところがあるから、あんな夢を見たんだろう。
『オルテガ!マッシュ!モビルスーツにジェットストリームアタックを掛けるぞ!』
その声に身体が反応しガイア機の後ろにつく俺、その後にはオルテガが続く。
三体一組の機動突撃、ジェットストリームアタック。単縦陣で単機突撃に見せ掛けて肉薄し、ガイアがヒートサーベルで白兵戦を行っているところへ俺たちが射撃武器で追撃する。ミノフスキー粒子散布により電子索敵が制限され有視界戦闘の時代に逆戻りした戦場で、まだそれに不馴れな連邦相手では切り札にもなり得て対鑑戦闘にも対応できるこの戦術を向けたのは、どういう訳か――ガンダムだった。シャアのパーソナルカラーではなく、白く塗装されていたが。
ガンダムの機動力はこちらの想定を越えていて、突撃をかけたガイア機の頭を踏みつける形で跳躍。そのまま俺のドムへと奴のビームサーベルが突き立てられた瞬間、眠りは突然終わって現実へ戻された俺は混乱してスッ転んだ訳だ。
……なんだろうな、俺は。戦争から何年も経つのに。
ジオンは戦勝国になった、しかしそれにより復興の義務を負わされてしまった。
連邦は懐を傷めず戦後を迎え、ジオンはすっからかんの空財布でそれでも金を使わにゃならん。戦後復興は勝者の義務、これが近代戦争の決まり。勝ったら全部奪い取って許されたのは、何百年も前の事だ。
度重なる軍事費削減政策の余波で、俺たちが貰ったのは鼻紙にもならない額の慰労金だけ。後は自分でどうにかしろ、と寒空に放り出された。
一応エースだった俺たちでさえこうなんだ、一兵卒の連中は何の補償もなく駐車場の警備員にさえあぶれる始末。
これはどうにかしなければならない、同じ軍隊の飯を食った連中を見捨てて良い訳がない。世の中を変えようと必死でもがき、俺は市長選に立候補。元ジオン兵士の社会復帰を公約に掲げ、どうにか政治家として一人立ちしたのがつい最近。
政治もまた戦いではあるが、今の俺は大局を見て歩みを進める必要がある。モニター画面ではなく市民の声を基に戦略を組み、最適解を導きだし反映する。俺はもう三人組の中継ぎじゃないから、それを一人で。
正直あいつらがいてくれたら、とは思う。黒い三連星で居続けられたら、どんなにか良かったろう。『俺たちは荒事の方が向いてるよ』『お前の世話になるなんてゾッとしねぇや』と笑って別れて、もう何年にもなるな。今はジャンク屋をやりながら暮らしてるそうだが、今の社会情勢じゃ厳しいだろう。ジャンクの値崩れも深刻だと聞く、失業対策を急いでもまだ足りない。
――俺が諦める訳にはいかないが、な。
あのバカどもがちゃんと生きられるように、そしていつの日にか黒い三連星を再結成する為に。もっともっと、頑張らねば。
まあこの先歳取ったらパイロット復帰なんか無理だろうけど、教える側に回る手もある。今でももう軍からモビルスーツが払い下げられ、競技用に使われてる。今後は民間用に資格免許も緩和され、パイロット人口は増えていく。有望な若いのをプロデュースして師匠と呼ばせるのは面白そうだ、黒い三連星を継いでくれたら最高だ。
それとも政界引退までに金を溜め込んで、小惑星の一つも買って移り住もうか。嫁は文句を言うどころか三下り半を突きつけてくるかもしれないが、それでも良いさ。気心の知れた男三匹、勝手気儘なヤモメ暮らしも悪くないだろう。
楽しい夢は尽きないな、どうせならこういうのを見ながら笑って起きたいものだ。
……たまにはこっちから連絡してみるかな、久しぶりに。また昔みたいにバカ話して、時間があえば酒でも呑むか。
そうだ、そうしよう。あんな夢を見ちゃったし厄払いしないと、な。