首刈コリス   作:ことのはだいり

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第25話 I always prioritize what I want to do, but I also make a lot of mistakes

「それで……この女どうしましょう?」

 

 満ち足りた顔で眠るシン・こりすキュラを見下ろしながら、たきなが拳銃を自分の頭の横に掲げた。

 

「殺ります?」

 

「おいしまえ」

 

 結構本気で殺害を検討していたたきなを千束が止めた。

 

「縛ってもこの足だと抜け出してきそうだしな〜。手足を外せるならそれが一番なんだけど……これどうやって外すの?」

 

 千束とたきなが尻を並べてシン・こりすキュラの義肢を弄くり回す。

 

「……外れませんね」

 

「……こりゃ駄目だわ」

 

 しばらく思いつく限りの手を試してみたが、シン・こりすキュラの義肢は外せなかった。

 

「仕方ない。下であんぽんたんトリオと戦ってる先生たちが心配だから、こいつは首にこのまま手綱付けといて、不審な動きしたらいつでも絞められる状態にして連れてこう」

 

「残しておいて逃げられたら面倒ですしね」

 

「じゃあそういうことで……おら! 起きろ!」

 

 担いで運ぶには重すぎるため、シン・こりすキュラには自分の足で移動してもらわなければならない。

 シン・こりすキュラを覚醒させるために千束がその脇腹を乱暴に蹴った。

 

「ぐびゅ……あら? 千束さんにたきなさん、どうして服を着ていますの? 今宵はまだ終わりませんわよ?」

 

「どんな夢見てたんだよ……」

 

「どうせ聞く価値なんてありませんよ。さあ、地上に向かいますからおとなしく歩きなさい」

 

 女王の風格を身に着けたたきながシン・こりすキュラの首に巻き付いた手綱を強めに引いた。

 

「あんっ! お散歩に連れて行ってくださいますのね!」

 

 シン・こりすキュラが命じてもいないのに四つん這いになった。

 普通に歩いてくれればそれで良かったのだが、まあいいやとたきなは思考を放棄した。

 

「さあ千束、急ぎましょう」

 

「おう!」

 

「その必要はねえぜ」

 

 たきなたちが出発しようとした瞬間、割れたガラス窓の方から知らない男性の声がした。

 

「誰だ!」

 

「何あれ浮いてる!?」

 

 シュタルフクス王国の言葉で話し、シン・こりすキュラの本来の髪と同じ銀色の髪を短く整えている高そうなスーツ姿の男は、なんと窓の外の空中に立っていた。

 

「お父様!?」

 

「あれお前のお父さん!?」

 

「じゃあ、あれは空気を蹴って空中を歩くという……」

 

 水や空気のような流動体も、高速で衝突すれば固体のような振る舞いをする。

 つい先程シン・こりすキュラが言ったように、尋常ならざる脚力で空気を地面のように蹴って空中を歩くその男……シュタルフクス王国現国王ヘルゲ・シュタルフクスは、千束たちがまばたきをした次の瞬間には千束たちの目の前に立っていた。

 

「嘘……見えなかった」

 

 目の良さに自信がある千束はヘルゲの動きが全く視認できなかった事実に驚愕した。

 

「うわっ!?」

 

「くっ!」

 

「あひぃっ!」

 

 さらに千束とたきなは遅れて吹き付けてきた風の圧力に吹き飛ばされて後退し、重量のためその場に留まったシン・こりすキュラはたきなが移動したことで首が絞まり嬌声をあげた。

 

「……やばい」

 

「……これは」

 

 ほんの少し動きを見ただけで、千束とたきなはヘルゲがその気になれば気付く間もなく殺されると理解した。

 しかもたきなはヘルゲの大切な娘の首に巻き付いたワイヤーを握っており、傍目には危害を加えようとしているとしか思えない状況だ。

 まるで自分に迫ってくる車を前に硬直してしまう小動物のごとく、千束とたきなは一歩も動けずにいた。

 そんな二人の前で、ヘルゲは拳を振り上げ、そして……シン・こりすキュラの四肢を粉砕した。

 

「…………………………あえ?」

 

 四肢を失ってシン・こりすキュラからヘルゲの娘カリスに戻された少女は、なぜ自分は父親に胸ぐらを掴まれて宙に浮かんでいるのだろうかと首を傾げた。

 

「あの、お父様? これはどういう……ひぃっ!?」

 

 ヘルゲの怒りに満ちた目で睨まれたカリスは悲鳴をあげて黙った。

 

「お前の偽物がこの国にいる本物のお前が危ないって言うから助けに来てやったんだよ。だがなんだ、下で墜落してたお嬢ちゃんに話を聞いてみたら、どうにも話が違うじゃねえか」

 

 実は千束とカリスの人工心臓は常時その稼働情報をシュタルフクス王国に送っている。

 それは本来カリスが千束から離れている時に人工心臓の不具合にすぐ気付けるようにするための措置だったのだが、今回は千束のみならずカリスまでもが人工心臓の不具合を起こし、その通知がシュタルフクス王国のメカリスに届いてしまった。

 そして企みの内容を伝えられていなかったせいでカリスの置かれた状況の緊急性を正確に把握できなかったメカリスは、武力面で最も頼りになるヘルゲに事情を明かし、人工心臓の位置情報を元にカリスの救援に向かってもらったのである。

 

「まず、これだけは言っとく。お前が無事で安心した」

 

 娘を心配する父親としての安堵の表情を見せたヘルゲは、その直後に一転して鬼の形相となった。

 

「それはそうと……いい加減にしろよてめぇ!」

 

「ぴっ!?」

 

 身動きが取れない状態で至近距離から怒声を浴びせられたカリスは竦み上がった。

 

「お……お仕事をさぼったことですか? でも、私の代わりはメカリスがちゃんと……」

 

「そうじゃねえ。いやそれも良くはねえが、お前が偽物と入れ替わったことで何か問題が起きたわけじゃねえから、それに関しちゃ説教はなしにしてやる。で、他に心当たりは?」

 

「では……人体に無害な電子麻薬を突然発表してお仕事を増やしたこと、ですか?」

 

「違え。まあ大変だったのは確かだが、娘が世の中を良くしたんだぜ? 褒めることはあっても叱りゃしねえよ。つうわけで、他に心当たりあんだろ?」

 

「…………………………?」

 

 カリスは賢い頭を絞って答えを探したが、全く心当たりがなくて首を傾げることしかできなかった。

 

「よーし、分かんねえなら教えてやるよ。よく聞いとけ」

 

 他人の命を大事にしないことを叱るのだと千束は思った。

 自分の欲のために味方を裏切るという人としてあってはならない愚かな行為を咎めるのだとたきなは予想した。

 

「エルから受け継いだ出来のいい頭を! こんなくだらねえもん作るために使ってんじゃねえ!」

 

「叱るとこそこ!?」

 

 タコ足の残骸を蹴飛ばすヘルゲに千束が思わず突っ込んだが、ヘルゲは構わず説教を続ける。

 

「いいかカリス。お前が腹の中にいた時、エルはよくこう言ってた。この子は将来きっと沢山の人を幸せにするってな。だから俺はエルと相談して、お前に願いを叶える聖なる杯……カリスって名前を付けたんだ」

 

 先程まで声を荒げていたヘルゲが今は亡き愛する妻の姿を思い出して声を落とした。

 

「だからって別に世界から戦争をなくすような救世主になれとまでは思ってなかったぜ。俺みたく誰かを傷つけるんじゃなくて、誰かを助けられる優しい人間に育ってくれりゃ十分だったんだ」

 

 さらに当時エルと子供の明るい将来を語り合ったことを鮮明に思い出してしまったヘルゲは目に涙を浮かべた。

 

「だが、お前は俺が思ってたよりずっと大した奴だった。お前が作ろうとしてたロボット……遠隔操作で人間と同じ動きができるロボットの設計図を見た時、俺はお前が本当に救世主になれる奴だと確信した!」

 

 娘を自慢するように語気を強めたヘルゲにカリスは困惑した。

 

「……なぜあれを見てその発想に?」

 

 なぜならカリスにとっては首刈り用のロボットでしかなかったので、それを見て救世主になれると言われても繋がりが理解できなかったのだ。

 

「その発想しかねえだろ! これまで生身の人間がやってた危険な仕事を全部代わりにやらせられんだぞ!?」

 

 首刈りにばかり使われていたVロボではあるが、労災の多い危険な作業でも、災害現場での人命救助でも、毒を持つ生物が潜む未開の地の開拓でも、空気のない宇宙空間での活動でも、これまで人間が命懸けで携わっていたありとあらゆる危険な行為を代替させるために使うことだって可能ではあったのだ。

 

「それでお前が救世主になってくれりゃ、そいつは天国にいるエルへの最高の手向けだ! だから俺はお前があのロボットを作れるように金を工面してやった! 先祖から受け継いだもんを全部裏社会で売り捌いてな!」

 

 出資者である王家の反感を買って現金の供給が絶たれていたシュタルフクス家であるが、かつて表舞台で王家に仕えていた頃に褒美として賜った宝物の数々は残されていた。

 王家に忠誠を誓うシュタルフクス家の歴代当主が大切に守ってきたそれらを、王家よりも娘と妻への想いを優先したヘルゲは手放し、金に換えたのだ。

 

「えっ……あの時のお金はアラン機関が……」

 

「あのネックレスはうちの周りをうろついてた不審者が持ってたもんだ。金のことで俺に気を遣わせたくなかったんでな」

 

 ちなみにヘルゲに殺された本物のアランチルドレンの男は女性を悦ばせる天才で、金持ちの女性を支配して貢がせることを生業としていた。

 仮にカリスがその男の毒牙にかかっていたとしたら、実は自分の本当の性癖を見つけられずにいたカリスの苦しみはとっくの昔に解消されていたのだ。

 ただしその場合はカリスの頭脳がその男のために使われることになり、最終的にカリスが開発する催眠装置で世界がその男に支配されることになるため、知らないうちにヘルゲは世界を救っていたのである。

 

「だってのにお前は……誰かを傷つけるようなもんばっか作りやがって!」

 

「あっ、後で人のためになる使い道を見つけているんですからいいじゃないですか!」

 

「その前に物騒な使い道を挟む必要性がねえだろうが!」

 

 娘が圧倒的に不利な親子喧嘩を眺めながら、不意に千束が呟く。

 

「そっか……あれがお父さんかぁ」

 

 寂しそうな千束の隣にいつの間にか寄り添っていたたきなが会話を繋ぐ。

 

「千束は……親に会いたいですか?」

 

「そう言うたきなはどうなのさ」

 

「私は別に。現状に不満はないので」

 

「私もそうだよ。でも……」

 

 ヘルゲに泣かされるカリスを見て、千束は目を細めた。

 

「あの人はカリスに人殺しじゃなくて、誰かを救けられる人になってほしいって思ってる。それが、羨ましいなって」

 

 縋るような目で千束に手を伸ばすカリスに優しい微笑みで手を振りながら、千束は話を続ける。

 

「私を最初に救けてくれた人も、あんなふうに思ってくれてたのかなぁ……」

 

 もはや嗚咽以外の音を発せなくなったカリスの姿を羨望の眼差しで見つめる千束が誰にともなく問いかけた。

 

「直接聞いてみればいいじゃないですか」

 

 独り言に近いその疑問にたきなはあっけらかんと答えた。

 

「えっ? いや、でもどこにいんのか分かんないし」

 

「千束の探し方が甘いんですよ。ちゃんとこの国の中を隅々まで探しましたか?」

 

「いや……私はリコリコから近いとこしか……」

 

 なんだかたきなに説教を受けているように思えてきた千束は気まずそうに答えた。

 

「だって仕方ないじゃん! 私が遠く行こうとするとDAがうるさいんだよ! それに……いちお遠いとこは先生が探してくれたし……」

 

 一瞬開き直りかけた千束だったが、たきなの視線の圧力に負けて語気が急激に下がっていった。

 それに反比例するように、ヘルゲに抱えられたカリスがこれまでに聞いたことがない大声で泣き叫ぶ。

 

「おら、下に転がしてきた三人を回収して、さっさと国に帰んぞ!」

 

「い〜や〜で〜す〜!」

 

「一年も海外旅行しやがったんだ! もう休暇は十分だろ!? さっさと戻って三人目作りやがれ!」

 

「やだやだやだあああああ! 私に上に乗られて喜ぶ男の相手なんてもう嫌ですううううう! 私は千束さんとたきなさんの下に敷かれて首を絞められたいのにいいいいい!」

 

 手足のないカリスは絶叫できても暴れられず、荷物のようにヘルゲに脇に抱えられたまま旧電波塔から運び出されていった。

 

「なら海外ですね」

 

 強制送還されるカリスの尻を見送った後、たきなが唐突に言った。

 

「え?」

 

「この国を探し終わったなら、普通に考えて次は海外を探すべきでしょう。パスポートの偽造はクルミができるはずです。私も一緒に行きますよ」

 

 数秒かけてたきなの意図を理解した千束は、カリスに親子の触れ合いを見せつけられて暗くなっていた顔を花が咲くように明るくした。

 

「行っちまうか! 海外旅行!」

 

          ◯

 

「先生!」

 

「店長!」

 

「千束! たきな! 無事だったか……良かった」

 

 旧電波塔から脱出した千束とたきなは、ヘルゲの到着まであんぽんたんトリオと戦って負傷した三人とヘリコプターで墜落したミズキが搬送されたDAの関連病院に向かった。

 硬気功が使えるおかげで常人よりも頑丈だった蘭子と、シュタルフクス王国製の高価な装備に助けられたジンは軽い負傷で済んだ。

 しかし残る二人は重傷だ。

 墜落時に脱出こそ間に合わせたが着地の際の受け身に失敗して頭を打っていたミズキは、念のためにと受けた検査で脳内に微細な出血が発見されたため入院となった。

 そして前線から退いて長いミカは本人が思っていた以上に体力的な衰えがあり、不覚にも片足をポンと破裂させられてしまった。

 

「私たちは大丈夫だけど、先生、足が!」

 

「なぁに、元々使い物にならなかった方の足だ。大した問題じゃない」

 

 切断手術を受けて短くなった足をミカが病衣の上から撫でた。

 

「でも……」

 

「しばらくしたらシュタルフクス王国製の義肢でも発注するさ。本来は手が出ない値段だが、今回の慰謝料代わりと言えば少しは安く作ってくれるだろう」

 

 失った足への未練を全く感じさせずにミカが笑った。

 

「……もうっ! そこはタダにさせなきゃ駄目だって!」

 

「そうですよ! それに加えてリコリコの再建代金も請求しないと!」

 

「ははっ、まあほどほどにな」

 

 足を失った当の本人が悲しむ様子を見せないので、千束とたきなも気落ちしていられなかった。

 加害者にどれだけの賠償を請求するかで盛り上がり、通りすがった病院スタッフに静かにするよう注意されて静まり、それでもしばらくしたらまた声が大きくなったのでついには病院から追い出されることになった。

 

「ごめん先生! また今度来っから!」

 

「私たちはいったん家に帰ります。失礼します」

 

 千束とたきなが去り、ミカの病室に静寂が戻った。

 

「入りますよ」

 

 ようやく休めると思ってミカが身体の力を抜こうとすると、千束たちと入れ替わるように楠木が入室してきた。

 

「重傷者を酷使するのは気が引けますが、今回の事件をどう処理するか決めなければならないので……話を聞かせていただきたい」

 

 配下のリコリスが早々に撤退したため、DAはその後の展開を何ひとつ把握できていなかった。

 

「ああ……と言っても私もそれほど理解できていないぞ」

 

「構いません。今は少しでも情報が欲しい」

 

 楠木の懇願にミカは頷き、それから事件の流れを少しだけ捻じ曲げて説明する。

 

「とりあえず今回の件の主犯は例の銃取引事件の首謀者、真島だ」

 

「真島が……!? ウォールナットではなく?」

 

「ああ。協力関係にあったのは確かなようだが、ウォールナットは姿を見せていない」

 

 ミカは事件の主犯がカリスでもウォールナットでもなく真島であったということにした。

 カリスを庇うつもりはないが、もしもカリスの関与を説明する場合はウォールナットAIについても話す必要があり、そうなるとクルミに余計な危険が及びかねないため、全てを丸く収めるためには真島に全責任を押し付けるのが一番なのだ。

 

「ウォールナットにハッキングさせたリリウムを延空木に送り込んだのは陽動だ。真島の目的は十年前に自身を打ちのめした千束への復讐と、平和のシンボルとして再建された旧電波塔を再び破壊することだったようだ」

 

「……なるほど。延空木が標的とばかり思い込んでいましたが、この国の平和神話に泥を塗るのが目的だとすれば同じ標的に対するテロを再度やり遂げるというのは非常に効果的だ」

 

 楠木は勝手にそれらしい理屈を作り出して納得してしまった。

 好都合なのでミカは訂正せず頷いた。

 

「何にせよ、真島は千束が倒した。戦闘が激しく痕跡を多く残してしまったので、そちらで隠蔽を頼む」

 

「隠蔽は了解しましたが……真島の身柄は? まさかいつものように逃がしてはいませんよね?」

 

「逃がしてはいないが、逃げられはした。奴は千束に勝てないと見るなり旧電波塔の頂上から飛び降りた。死体は見つかっていない」

 

「……そうですか。では、千丁の銃の行方は分からないと」

 

 上にどう言い訳したものかと頭を痛めた楠木にミカが朗報を届ける。

 

「それなんだが、一部は延空木に持ち込まれたようで既に回収済みだ。そして残りはひとつずつ袋に入れてそこら中にばら撒いたそうだ。それを発見した一般人が事件を起こすのを期待したのだと、奴自身が自慢げに語るのを千束が聞いた」

 

 正しくは捕縛中にたきなが聞き出した情報だが、それを話すと真島が延空木にいたことになってしまうので、ミカもDAのやり方に倣って情報を操作させてもらった。

 

「素晴らしい……すぐに捜索させます」

 

「ああ、頼む」

 

 喜びを隠しきれていない楠木にミカは苦笑する。

 

「もう千束には頭が上がらないな」

 

「……否定はできませんが、それを態度に出すと際限なくつけあがらせるので」

 

 眉間にしわを寄せた楠木に、ミカはますますしわが深くなる話題を出す。

 

「たきなにも謝っておけ。責任を押し付けて追い出した彼女に今回は随分助けられただろう?」

 

 言葉にされるとあまりにも気まずい現状に楠木はため息をついた。

 

「……そうですね。復帰の辞令を出しておきます。それと、ファースト昇進の通知も」

 

「……! たきなが帰ってくるって!」

 

「おいバカ声がでけぇ! 司令の話の邪魔すんじゃねえ!」

 

 廊下の方から聞こえてきた声を聞かなかったことにしてやりながら、ミカは念を押す。

 

「それでいいと思うが……選ぶのはたきなだからな。断る余地も残しておけ。くれぐれも強制はするなよ」

 

「千束のような例外でもなければ選ぶまでもないことのはずですが……了解しました」

 

 その後、楠木はDA支部である喫茶リコリコの再建予定について決定事項だけを通知し、病室を出て行った。

 

「おい喜べ、司令から復帰の辞令だ。おい? いねえのか!? おい! ……っち、まあ郵便受けに入れときゃ後で読むか」

 

 この話し合いを元に楠木が作成した辞令の手紙はフキに託され、本来の届け先である喫茶リコリコが崩壊していたためにたきなが借りている賃貸物件に届けられたのだが……ずっと千束の部屋に入り浸っているたきなはその存在に気付かなかった。

 やがて返答期限が過ぎた頃、真面目なたきなが期限を守らないはずがないと考えた楠木は、DAが彼女にした仕打ちに対する怒りの表明としてわざと返答しなかったのだと深読みして、復帰も昇進も断固拒否の姿勢であると受け取ってしまった。

 万年セカンド・リコリス井ノ上たきなの喫茶リコリコ永久就職が決定した瞬間であった。

 

           ◯

 

「リリウムはラジアータとの接続を禁止した上で運用を継続、リコリスは現在育成中の個体のみこれまで通り運用し、以降は追加生産しないものとする」

 

 たきなの活躍でリリウムが壊滅した結果、現役のリコリスはかろうじて処分を免れた。

 しかし情報技術の発展に伴い今後ますます孤児から作る殺し屋の存在を隠すのは難しくなることは間違いないため、生産を終了して在庫が尽きたら廃業という結論に落ち着いた。

 

「これで構わんな?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 リコリスの扱いについては楠木の提案がほぼそのままの形で受け入れられたのだから、僅かな不満もあるはずがない。

 

「ところで……カリス姫に何があった?」

 

「リコリス登録が抹消されたようだが……」

 

 かつてDAに反旗を翻した蘭子たちがそうであったように、朱雁こりすの記録もDA内から完全に抹消された。

 

「自国で姫としての職務に注力するため、戯れにやっていたリコリスはもう辞める……と千束に伝言を託して帰国されました。ウォールナットの脅威は今なお残っていますし、肩書きだけとは言え彼女がリコリスをやっていたことが世間に漏れると、我々にとっても、シュタルフクス王国にとっても面倒なことになります。そのような理由から情報抹消措置を取らせていただきました」

 

 実際には千束からは「あ〜、あいつ? 仕事さぼり過ぎて父親に強制送還されましたよ」としか言われていないが、ウォールナットによる情報漏洩は重要な懸念なので、楠木の配慮という形でリコリスをクビにさせてもらった。

 

「ふむ、まあそうせざるを得ないか」

 

「ウォールナット……忌々しい老人よ」

 

「どのような手段を使おうと構わん。絶対に見つけ出して確実に殺せ」

 

「はい」

 

 ラジアータをハッキングできるハッカーなど生かしておけるはずもない。

 ウォールナットは真島を超えてDAの最優先抹殺対象に指定された。

 

「司令! お疲れ様です!」

 

 会議終了後、会議室の外で待機していた秘書の女が楠木に声をかけた。

 

「DAは……」

 

「とりあえずは現状維持だ」

 

 それを聞いた秘書の女が胸をなで下ろした。

 リコリスが処分されるとなれば、その存在を知っている関係者もどこまで口を封じられるか定かではなかった。

 楠木はまず確実に消されるとして、楠木の秘書として重要な情報を多数扱ってきた彼女もかなり危うい立ち位置にいたのだ。

 

「だが上の気分がいつ変わるか分からん。一刻も早く成果をあげる必要がある」

 

「はい。総力を挙げてウォールナットの捜索を……」

 

「いや、奴がそう簡単に見つかるとは思えん。それよりも手負いの真島を優先しろ」

 

 旧電波塔の現場検証の際に真島のものと思われる多量の血痕が発見された。

 軽くない傷を負った真島の動きは相当に鈍っているはずなので、それほど遠くに逃げられたとは思えず、最初から海外にいた可能性が高いウォールナットよりも狩りやすいだろうと楠木は見込んでいる。

 

「了解しました。情報部に通達しておきます」

 

「頼んだ。大まかな方針はそれでいい。あとは細かいことだが……延空木の完成延期についてはカバーできたか?」

 

 リリウムとの銃撃戦の傷跡に加えて、展望フロアで起きた規模の大きい爆発の影響もあり、延空木の修復には少なくとも半年は必要になる。

 

「はい。プロモーション映画の撮影中に破損したためであると世間には説明しました。急遽作成した映画は近日公開予定で、こちらが配信中の予告動画になります」

 

 別に映画の内容はどうでもいいのだが、せっかく秘書がタブレット端末に動画を表示してくれたので、楠木は一応目を通す。

 

『チサ友のみ〜んな〜! こ〜んに〜ちさ〜!』

 

「…………………………なんだこれは」

 

「映画自体は実写ではなくラジアータによる生成ですが、話題性を出すためにこちらの事情に理解のある大人気配信者のチサを主演として起用しました」

 

『平凡なJKの正体はこの国の平和を守る凄腕エージェントだった!? 私演じるコードネーム・リコリスがテロリストに占拠された延空木を取り戻す! リコリス・クライシスシリーズ、記念すべき第一作目は近日公開! 乞うご期待!』

 

「予告動画の再生数から想定される観客動員数は……」

 

「いやもういい。カバーとして機能するのであれば売れようと売れまいと知ったことではない」

 

 ここで話を打ち切ってしまったために、後に売れ過ぎた映画の関連商品販売や続編の有無について一般企業から問い合わせが殺到し、何の覚悟も準備もない状態でDAは対応に忙殺される羽目になるのだが……千束と違って映画が一大興行であると理解していない楠木には予期できるはずもなかった。

 

「……そうだ、そいつの顔を見て思い出した。爆破された支部の再建はどうなっている?」

 

 喫茶リコリコの地下には表に出してはならない射撃訓練場などの施設があり、そのカバーとなる地上の喫茶店の再建は急務だ。

 一般の建築会社を関与させるわけにもいかないため、爆破されたその日の内にDAから人員を出して全力で再建させるよう指示を出したので、そろそろ完成してもいい頃合いのはずだ。

 

「それでしたら……こちらを見ていただければ早いかと」

 

 秘書が新たに端末に表示したSNSの投稿を見て、楠木は小さく口角を上げた。

 

『喫茶リコリコは本日からリニューアルオープン! 皆様のご来店をお待ちしてます!』

 

 そんな文面と共に投稿された写真には、二人の腕を繋げて大きなハートの形を作り出した、満面の笑顔を浮かべる千束とたきなのツーショットが写されていた。

 

          ◯

 

「……そうか、真島は千束と戦うことすらできずに他のリコリスの手で倒されたか」

 

 豪華な食事を給仕されながら、吉松シンジは姫蒲という名前の女性秘書からその報告を受けた。

 

「はい。真島を倒したリコリスの名前は……」

 

 吉松は手を小さく上げて姫蒲の言葉を止めた。

 

「よろしいので?」

 

「凡人に興味はないんだ」

 

「アランチルドレンの真島に勝利した者が凡人だと?」

 

 従順な部下である姫蒲が僅かに不快感を滲ませたように思えたが、アラン機関の者としてアランチルドレンの敗北に気が立っているのだろうと考えた吉松は気にしなかった。

 

「凡人だとも。生まれた時に凡人だったのなら、その後の人生で何を成そうともその事実が揺るぐことはない」

 

「……努力を必要とする者は天才ではない。そういうことでし……ですか?」

 

 今少し噛んだなと思いながら、気付かなかったことにして吉松が話を進める。

 

「努力の有無は重要じゃない。天才と凡人の間にある絶対的な違い……それは人類の積み重ねの上に立つか、横に立つかだ」

 

 表現が抽象的で姫蒲に理解できるだろうかと懸念した吉松であったが、この日の姫蒲は見違えたように頭が回っていて、杞憂だった。

 

「……なるほど、少し掴めてきましたわ。アラン機関にとって、先人たちが切り拓き整えてきた道を引き継いで歩く者は凡人で、誰も歩いたことのない道なき道を歩ける者こそが天才ですのね」

 

 なんだか姫蒲の言葉遣いが妙だと吉松は感じていたが、普段よりも丁寧というだけで無礼な物言いになったわけではないため、吉松は指摘しなかった。

 

「その通り。我が道を行く天才はどうしようもなく目を引くものだ。その輝きをアランが見落とすはずもない。つまり真島を倒したそのリコリスも、DAが長い年月をかけて洗練させた人殺しの技術を習得しただけの凡人で間違いない。リコリスの中で真に殺しの天才と言えるのは、ただひとり千束だけさ」

 

 吉松が恍惚とした顔で千束の才能を言語化すると、それを聞いた姫蒲は態度を豹変させた。

 

「そうですのね、ええ、よ〜く理解できましたわ。そういう理屈で動いているのでしたら、既存技術をしっかり学んで発明をしてきたワタ……カリス・シュタルフクスが対象とならなかったことも、既存の部品と互換性が皆無で異常なほど整備性の悪い独自技術の塊だった人工心臓の開発者が対象となったことも、納得せざるを得ませんわね」

 

 ここまで来てようやく吉松は姫蒲が纏う違和感に意識を向けたが、時は既に遅く、それによって吉松の命運が変わることはなかった。

 なぜなら吉松は姫蒲に……姫蒲型Vロボによって首を落とされてしまったのだから。

 

「アラン機関には恩義があると思っていましたけど……勘違いだったとわかりましたので」

 

 吉松の不運はクルミに使われて初めてその能力を最大限に発揮できるウォールナットが単体でシュタルフクス王国の機密情報を狙った攻撃を仕掛け、呆気なくカリスの手中に落ちたこと。

 そしてミカの携帯端末に連絡先が残っていたことだ。

 それらの条件が揃った結果、カリスは簡単に千束の探し人である吉松を見つけ出し、千束の好感度を上げるためにいつでも居場所を教えられるようにと側近の姫蒲を殺してすり替えたVロボに常時監視させていたのである。

 

「……今の話を聞いた限り、あなたと千束さんを引き合わせても面白くない事態にしかならないでしょうし……何よりたきなさんを貶したことが不愉快ですわ」

 

 シュタルフクス王国から遠隔操作で姫蒲型Vロボを動かしているカリスは、切り落とした吉松の頭部に言い捨てる。

 

「たきなさんは千束さんと肩を並べるに相応しい存在ですわ。そしてそんな二人の間に挟まるのはワタクシだけでよろしくてよ。ごめんあそばせ、救世主さん」

 

          ◯

 

 冬が過ぎ、春が終わり、夏が訪れた頃。

 もはや習慣となってしまった流産寄りの早産を無事に切り抜けて元気な女の子を産んだ私は、やっと千束さんとたきなさんに会いに行くことが許されました。

 

「千束さん! たきなさん! ワタクシが戻って来ましてよ!」

 

 準備中と書かれた板がぶら下がっている喫茶リコリコの扉を勢いよく開いて店内に踏み入った私を出迎えたのは、夢にまで見た愛しき人たちの姿……ではなく、あまり接点のない二人のリコリスでした。

 

「千束ならいねえぞ」

 

「たきなもいませんよ」

 

 店内を清掃しているその二人は、ファースト・リコリスの春川フキに……確か蛇ノ目エリカという名前のセカンド・リコリスです。

 

「……こちらに左遷されましたの?」

 

「ちげぇよ。一時的に留守番してるだけだ」

 

「まあ、それでは千束さんとたきなさんはお出かけ中ですのね。いつ頃お帰りに……いえ、どこに行きましたの?」

 

 今回は一週間という期限をお父様にきつく約束させられてしまいましたので、無駄にできる時間は一秒もありません。

 出かけているというのであれば、私の方から会いに向かうべきでしょう。

 

「あいつらならリコリスのくせして海外旅行に行きやがった」

 

 そう思っていた私にフキさんが教えてくれた千束さんとたきなさんの行き先は想像よりもずっと遠い場所でした。

 ここから向かうとすれば早くても半日近く……こうしてはいられません!

 

「教えてくれて助かりましたわ! ワタクシ、急ぎそちらに向かわなければなりませんので、これで失礼いたしま……」

 

「行ってどうするんですか?」

 

 立ち去ろうとした私を呼び止めたのは、笑顔なのに目が笑っていないエリカさんでした。

 

「どうするも何も、愛する者と会ってすることなどひとつしか……」

 

「あなたにできますか? あの二人……結婚しちゃったかもしれないのに!」

 

 エリカさんのその言葉はまるで悲鳴のようでした。

 

「……結婚? どういうことですの? 旅行に行っただけではありませんの?」

 

「だって! あの国……調べたら同性婚が合法だって! それで観光客がよく式を挙げるって! たきなが……たきなが他の女のものになっちゃうぅ! うわあああああん!」

 

 エリカさんが泣き出しました。

 千束さんとたきなさんの結婚という話も気になりますが、それ以上に目の前の情緒不安定な少女が気になって動けません。

 

「また始まりやがった! だからって式挙げんのが目的とは限んねえって何度も言ってんだろ!」

 

「限るもん! 絶対そういう雰囲気だったもん!」

 

「まあまあ、どうか落ち着いてくださいまし」

 

「これが落ち着けるわけないでしょ! というか、あなたは何でそんなに冷静でいられるの!? 千束さんが好きなんでしょ!?」

 

 確かに、かつての私であれば「千束さんがたきなさんに盗られてしまいますわあああああ!」と絶叫しながら走り出していたはずです。

 でも千束さんだけでなくたきなさんも性の対象として見るようになった今ならば何も問題ありません。

 

「千束さんはたきなさんのもの。たきなさんはワタクシのもの。そしてワタクシは千束さんのもの。その逆回転も然りですわ」

 

 相手の股の間に首を突っ込み、女の子の大切な部分に口づけすると同時に足で首を絞められ、三人で輪になって絡み合うその姿はまるで自分の尾を飲む蛇のよう……なんて素敵な体位でしょう。

 

「たきなはあなたのじゃありません!」

 

「お前のもんでもねえけどな! つうか隣でうっせえんだよさっきから!」

 

 エリカさんのその叫びは今日一番の大きさで、隣にいたフキさんが耳を押さえて怒鳴りました。

 

「ちょっとあんたたちこれ見た!? チサさん主演のリコリス・クライシスが続編製作決定だって! 公開はいつ!? DAの方で何か情報出てんなら教えなさいよ!」

 

 そこに蘭子さんまで乱入してきて、喫茶リコリコはますますうるさくなりました。

 

「わだじのだもん! だぎなはわだしのだもん!」

 

「あら蘭子さん。ごきげんよう」

 

「げっ、あんたまた来たのね……まあいいわ。そんなことよりチサさんの映画の情報を……」

 

「首が疼くのでワタクシそろそろ行きますわ。あっ、でもその前にお二人の正確な所在を教えてくださいまし。捜索に無駄な時間をかけたくありませんもの」

 

「びええええん! たぎなあああああ!」

 

「チサさん! チサさん!」

 

「こんちわっす! パフェ食いに来たっす!」

 

「だあああああ! もおおおおお! うるせえええええ!」

 

 私たちの声をかき消す大音量でフキさんが吠えます。

 

「どいつもこいつも! 同性相手に! 盛ってんじゃねえぞぉ!」

 

 そしてフキさんはこう付け加えるのですが……。

 

「ちったあ先生を見習えやあああああ!」

 

 ミカさんの愛が同性である吉松シンジに向けられていて、今もその愛を心に抱いていることを、どうやらフキさんは知らないようです。




フキが自分の首を絞める発言をしたところで、この物語は完結となります。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
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