伊地知虹夏はやり直す   作:BB

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 みなさんお久しぶりです。きっと忘れられた頃だとは思いますが久々に書いたので載せようと思います。よければ読んでやってください。


Another 後藤ひとりもやり直す。
後藤ひとりもやり直す。


 目が覚めたとき、部屋に広がっていたのは懐かしい匂いだった。

 古い畳のにおい、窓の外から聞こえるカラスの声。

引っ越してからはしばらく目に入れなかった襖の押し入れ。

 それがどこか懐かしくて――胸がきゅっとなった。

 

 あれ……? ここ……実家、だ。

 

 壁のポスターは色あせてるし、押入れの中は“はじめてのコードブック”を始め、音楽理論の本がずらりと並んでいる。相当読み込んでいた、すっかり頭の中に入ってる本たちぁ。

 昔はずっと使っていたレスポールも、私が知るより綺麗な状態で丁寧に置かれている。

 

「……ゆ、夢……じゃ、ない?」

 

 スマホを手に取る。見慣れた機種じゃない。

 画面に浮かぶ日付は、十年以上も前。

 2017年。高校一年。

 27歳の私は、あの夜、確かに――死んだはずだった。

 イヤホンで聴いていた音楽。

 まぶたの裏に焼きついた強い光。

 全身を襲う強い衝撃。

 そのすべてが、確かに“終わり”の記憶だった。

 

 なのに、いま、息をしている。

 時計の秒針が進む音がやけにうるさい。

 空気が軽い。

 時間が、巻き戻っている。

 

「ど、どうして……」

 

 でも、考えるより先に、心の底から思った。

 

 ――これで、もう、あんな思いはしなくていいんだ。

 

 あの解散も、あの沈黙も、もう来ない。

 今度は、最初から間違えなければいい。

 最初から、バンドなんて――組まなければ。

 

 

 放課後の教室。

 夕方の光が黒板の端を金色に染めていた。

 人気のない空間に、弦の音だけが静かに響く。

 何百回も指板をなぞってきた手は、勝手に動く。

 十年以上、プロとしてギターを弾き続けてきた感覚は、

 もう体の一部みたいに染みついていた。

 

 でも、この音だけは、懐かしい。

 中学の頃は毎日何時間もただ無心で弾いていた。

 そしてあのバンドでも解散するまではずっと。

 

 あの頃の記憶が溢れてくる。4人で楽しくやっていた記憶が。

 段ボールに包まれて出た初めてのライブ。

 陽の者であるあの子に連れられて行った江ノ島。

 そしてみんなから告げられた解散の言葉。

 

 ――どうせ捨てられるのなら。

 

 “虹夏ちゃんに拾われなければいい”

 

 今度は、結束バンドを作らなければいいんだ。

 拾われなければ捨てられない。願わなければ傷つくこともない。望まなければ失望だってない。

 そんなふうに思って、私はただ、

 “音を鳴らす”という行為だけに没頭していた。

 

 そのときだった。

 

「すご……! えっと……2組の後藤さん、だよね? ギター上手なのねーっ!」

 

 反射的に体が硬直する。

 声の主は、教室の入り口に立っていた。

 赤い髪の、明るい女の子。

 キターンとしたまぶしい笑顔が、夕日と重なって……いや、夕日すら超える勢いで私の目を焼く。

 

「あ、あの……え、えっと……」

 

「……あの、ね。その、よければギターを教えてもらえないかしら!? ギター弾けるって言ってバンドに入ったけど全然弾けなくて……!」

 

「うぇっ、わ、わた、私がですか……?」

 

 言葉が詰まる。

 けど、頭の中では冷静に思考が巡っていた。

 

 前の世界では、喜多ちゃんは最初のライブ前に逃げた。

 そのおかげで虹夏ちゃんが「代わりのギター」を探して、私は拾われた。

 

 つまり――この子が逃げなければ、私は拾われない。

 

 それなら、教えればいい。

 ちゃんと弾けるようになれば、逃げる理由もなくなる。

 それで、私を除いた三人でバンドは結成される。

 結束バンドも、解散もしない。

 誰も、傷つかない。

 

 ……それが正しいはず。

 

「……わ、わかりました……!」

 

 そう決意をして、力強く返事をする。

 

「ほんと!? やったー! じゃあ、明日も放課後ここで!」

 

 喜多さんは、まぶしいほどの笑顔で手を振った。

 その笑顔が、あまりに無邪気で、

 うまく喋れない自分が少し情けなかった。

 

 けど、久しぶりだな、この感じ。喜多ちゃんちゃ振り回されてたあの頃は楽しかった。

 今回はそんなに仲良くは慣れないだろう。けれどそれでいい、それで私は――。

 

 

 指先がわずかに震える。

 びり、と弦が鳴った。

 空気の中にその音が溶けて、

 私は、静かに目を閉じる。

 

 ――それで、いい。

 

 

 家に帰る途中、駅で座って電車を待っていた。

 

 反対側のホームから笑い声が聞こえる。

 楽しそうに話す高校生たち。

 その中に自分から混ざれたら、私も少しは違う人生を歩めたのかな。

 あんなふうに話せる友達がいたら、普通になれたのかな。

 

 でも、それは叶わない。

 私は、“音楽を選んだ”人間だから。それはきっと、今回も変わらない。

 たとえこの世界で誰にも拾われなくても――

 ギターさえあれば、生きていける。私には、ギターがある。ギターしかない。

 

 ……ほんとは、そう言い聞かせてるだけなんだけど。

 

 後ろ手にギターケースを撫でると、冷たい夜気が頬を撫でた。

 懐かしくて、優しくて、

 どこか、泣きたくなるようなにおい。

 

 ――ああ、ここから2時間、電車に乗らないといけないんだ……

 

 車に慣れた私には、やっぱりその時間は苦痛だった。

 

 

 翌日、同じ教室で集まった私と喜多ちゃん。そして喜多ちゃんが出してきた『それ』に、思わず頭を抱えそうになる。

 

「……あの、喜多さん。それベースじゃないですか……?」

 

「私そこまで無知じゃないわよ!? ベースって弦が4本とかのやつでしょ?」

 

 ああ、そういえば喜多ちゃんって多弦ベースとギター間違えて買ってたんだった……

 胸を張って自慢げにそう言う喜多ちゃん。うう……すごい言いにくい、けど言え、言うんだ後藤ひとりっ!

 

「げ、弦が6本のとかもあります……そ、それは多弦ベースです……」

 

 私の声を聞いた瞬間、喜多ちゃんは笑顔のまま固まった。

 

「ローンあと30回も残ってるのに……あひゅう……」

 

「と、とりあえず私の貸しますからそれで練習しましょう!?」

 

「ご、後藤さん……!」

 

 何だかすごいキラキラした目を向けられた。

 

  ライブハウスってギターの貸し出しとかやってるかな……?

 




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