史実にはいない一人の人物を加えた原作キャラの学校生活。生徒会室で起きたささやかな日常です。
※時系列的には生徒会長選挙の後です。ある意味ネタバレになっているので、読む方は注意してください。

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殺伐とし、攻撃的な魔法が多く、家庭環境が複雑な人が多い世界に、こんな魔法があっても良いんじゃないかと思って書いたものです。



ある意味、幸せな魔法?

 彼は自分がその場のノリで生きるお馬鹿な性格をしていると自覚しているが、分類的にはごく普通の男子高校生だと確信を持っていた。

 珍しい魔法の担い手として魔法科高校に通っている時点で一般人とは呼べないかもしれないが。見た目や性格という点では、彼は普通の高校一年生――精々クラスのムードメイカーになれるかもね、という類の人間――だった。

 平均的な身長。平々凡々な造形。黒色の強い茶髪に黒目という、ありふれた容姿。平凡そうな人は?という質問をされて思い浮かぶような容姿そのままをしているのが彼だ。

 何度も言うが彼は普通。クラスメイトや他クラスの友人達とは違う。

 彼にはクラスメイトのように精霊を感じ取るスキルも無ければ、大型二輪にはねられて骨に皹が入る程度で済む耐久力も無い。

 白兵戦で有名な剣術名門家出身でも無いし、霊子放射光過敏症という体質も無い。

 極めつけは可愛くて優秀な妹がおり、座学トップで魔法工学に精通し、戦闘技術も最高クラスというトンデモ超人的な事実も皆無。

 成績は中の下。実技は底辺。中流家庭の出身で、生徒会長を勤める姉が一人いるだけの二科生。

 それが彼、一年E組所属の中条聡(なかじょう さとる)という人物だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あー、終わった終わった。ちゃんと出来るまで居残りってのも酷いよなぁ。苦手なんだからしょうがないじゃん。そう思わないかい、司波達也くんや?」

 

 午前最後の実技演習が終わり、昼休みに入って少し経った頃。授業用のCADを返却し終えた聡が隣のクラスメイトに話しかける。

 彼よりもだいぶ背が高い学生は、周囲がガヤガヤと騒がしい廊下を歩いて行く。

 

「苦手だからこそ克服出来るように頑張れ、という学校側からの優しい心遣いだろう。実際、俺達は実技が苦手なんだから、普通より時間を割かないとテストで痛い目を見るぞ、中条聡くんや」

 

 中条聡と司波達也。彼等の出会いに特別なイベントが絡んだという事実は無い。

 共に実技を苦手とするので居残りをする事が時々あり、更に聡は達也の知り合いの弟であるため、話す機会が意外と多かっただけの話だ。

 そして彼の裏表の無い、何事にも全力投球気味な姿勢は『良い奴だけどノリの良い馬鹿』という印象を抱かせ、警戒心を煽る事も無く自然と皆に受け入れられるポジションを獲得している。

 悪鬼巣窟に潜む腹黒人間と接触する機会が多い達也にとっても、気を使う心配の無い聡はガス抜き要因として大いに役立っていた。

 少なくとも、こうして態度を軟化させるぐらいには。

 

「はいはい。毎度の事ながら正論をありがとうございます」

 

 達也から密かに『コイツを警戒しても無駄に疲れるだけ。もしコレが計算付くの行動で腹に逸物を抱えているのなら、軽く人間不信に陥る』と称賛?されている彼は、両手を後頭部に組んでぶぅぶぅ文句を垂れる。

 西城レオンハルトや吉田幹比古といった仲の良い友人達とは違うタイプの聡は、研究や技術者という一面を持つ達也からしてみても少し興味深い。

 今までに無いタイプの人間だから珍しいという理由もあるだろうが、これといって彼の接近を拒むような事はしなかった。

 心の奥底。達也にも分析不可能な深層心理では、どう思っているか定かではないが。

 

「でもさ、苦手なもんは苦手なんだから仕方が無くない? 万能型も良いけど、そういうのは才能のある人の特権なんだからさ。俺達はこう、得意分野を伸ばして一点特化を目指した方が良いと思うんだ」

 

 冷静に自分を分析している人間がいる事も知らず、聡は観察者に自分の理屈を語っていく。

 その間にも彼等は廊下を歩き続けた。

 そして自分のクラスであるE組を通り過ぎ、てっきり食堂に良くのかと思いきや別方向に進む達也を見て。その理由に思い当たったように、聡の頭上で豆電球が光を灯す。

 

「あ、そうだ。なあ、たっちゃん。折角だし俺も昼食に同席して良い?」

「その呼び名を改めたら考えてやる」

 

 そう言うも、達也は彼が呼び名を改めるとは一ミリたりとも考えていない。

 悟り、諦め、内心で溜め息を吐く達也を置き去りに、聡は目的の部屋――生徒会室のドアを堂々と押し開いた。

 もしこの部屋が電子ロックされていたのなら、実に滑稽な姿を晒していた事だろう。

 それでも現実はそう都合よく行かず。残念に思う達也の願いをドブに捨て、一足先に聡の入室を許してしまった。

 

「ういっす! お待たせしてごめんねー」

 

 本来なら生徒会役員でも無い限り私的な理由で昼食の場にする事など出来ないだろう。

 用事の無い人や部外者の入室は極力お断り。

 しかし他の学校ならいざ知らず。この第一高校にその常識は当て嵌まらない。

 前生徒会長が生徒会役員の友人を招きいれての昼食会を開いてしまい、その風潮が現在も続いているからだ。

 よって生徒会の知り合いが多くいる聡が生徒会室で昼食を摂るのも一度や二度ではない。

 現に生徒会室で弁当を広げ、律儀にも達也が来るまで昼食を我慢している面々は、全員聡と顔見知りだった。

 

「あら、聡くんいらっしゃい」

 

 そう誰よりも早く聡に反応したのは前生徒会長にして栄えある十師族の直系、七草真由美だ。

 長い黒髪をたっぷりと背中に流し、いつも通り温和な笑みを向けている。

 これが部活連会頭なら思わず赤面してしまう程の優しげな笑みだった。

 その百万ドルの価値がある笑顔に対して、聡は疑問の表情を浮かべる。

 

「あれ、何でもう引退したのに真由美先輩と摩利先輩までここにいるんですか?」

「その言葉、そっくりそのまま君に返すぞ」

 

 真由美の隣に座っていた前風紀委員長の渡辺摩利が呆れたように言葉を返す。

 部屋の中央に置かれた四角い長テーブルの奥に座る真由美と摩利、その隣の椅子に荷物を置き、聡はその向かい側。

 遅れて部屋に入ってきた達也に挨拶をしている面々に向き直った。

 

「まあ、とりあえずお邪魔しますよ新副会長さんと新書記さん。あと北山さんも」

 

 一年生でも有名な成績優秀美少女三人組に挨拶をする聡は、彼女達のプロフィールを脳内で再生する。

 達也の妹であり極度なブラコン以外欠点が無いミス・パーフェクトな副会長、司波深雪。

 書記であり達也ラブな光井ほのか。

 そしてほのかの親友でありクールビューティーな北山雫。

 そのような彼女達も聡の登場に不満は無いのか。普通に受け入れ態勢を見せて挨拶を交わす。

 対面一列に座る彼女達に混じり、深雪とほのかの間に空いていた空席に達也が腰を下ろした所で、聡は周囲を見渡した。

 

「そういえば姉ちゃんはいないんだ」

「あーちゃんは職員室へお呼ばれされたわよ」

「ふーん。会長ってやっぱり大変なんですねー」

 

 独り言にも律儀に反応した真由美に返答し、聡は壁際に設置された食事用の自販機へと向う。

 彼は料理スキルが皆無な少年。毎日早起きして弁当を自作している姉は弟を甘やかさない方針を取っているため聡の分を作る事も無く、達也のように弁当を渡してくれるお姫様のように可愛らしい妹もいない。

 普段の彼は学食やコンビニ弁当を多用していた。

 

「あ、そうだ。たっちゃんさ、選挙の時に姉ちゃんをCADで釣っただろ。お陰で家では感情の浮き沈みが激しいんだぞ。裏工作大好きの腹黒人間め」

 

 安っぽいビニール袋に包装された菓子パンを複数掴み、聡はわざわざ達也の後ろを通るようにして席に戻ろうとする。

 おそらく肩や頭を叩くなりのアクションを起こそうとしたのだろう。

 それでも、彼の実行は未遂で終わる。

 原因は達也の横。微笑みながら邪神のオーラを纏う天下無敵のブラコンがいるからだ。

 

「って、愛しのお兄様を責めてる訳じゃないからその目は止めてください陛下」

 

 達也と深雪の中間。その場に停止して誠心誠意の謝罪を見せる聡。

 頭を下げているため、彼は深雪の顔を見ることが出来ない。天使の微笑み度が五割増しになり、静かにテーブルから離れて壁際まで避難する皆の表情も。

 兄妹以外が静かに席を立った中。

 暫し間を置いて聡へと問いかける深雪の声は、優しさと冷静さに満ち溢れていた。かえって不気味で、不自然な程に。

 

「……陛下、ですか?」

「そ、司波深雪女王陛下。いやー、あの選挙が印象深かったからさ。気付いたらそんな名前で陛下に投票して……た……」

 

 頭を上げ、漸く深雪の放つ雰囲気に気付く聡は、正真正銘の鈍感男だろう。

 パキパキと、彼女から放たれる冷気が聡の前髪を凍らせる。

 まだ夏の残暑が残る九月下旬。

 それなのにこの部屋には一足速い冬が到来している。

 寒さとは関係無しに、聡の身体は震え上がった。

 

「そうですか。あの投票用紙は中条くんが書いたものだったのですね」

 

 ゆっくりと、静かに彼女は席を立つ。

 例え表とは裏腹に内心で怒りのブリザードが猛威を振るっているとしても、一つ一つの動きに洗練された優雅さが溢れているのは流石の一言に尽きる。

 表は天使。裏では阿修羅。

 蛇に睨まれた蛙状態の聡は、漸く自分の失敗を悟る。

 

『も、ももももしかして地雷踏んだっ!?』

『それも特大』

 

 よく言えばクール。悪く言えば無表情。

 うっすらと冷や汗を垂らしている雫と視線で語り、聡の不安がMAXになる。

 壁際に退避している女生徒四人の哀憫に満ちた視線が心を抉った。

 

「ふふ……覚悟はよろしいですか?」

 

 そして死刑宣告が下る。

 数秒後に氷のオブジェと化している自分を幻視し、未だかつてないほど頭をフル回転させている聡は、藁にも縋る思いで周囲を見渡した。

 視線で合掌している北山雫。オロオロしている光井ほのか。不安一割、楽しさ九割の比率で傍観に徹している先輩二人。

 そして、溜め息を吐きながら最愛の妹を宥めようと席を立ち、声を掛けようとしている司波達也(救世主)の姿。

 

「秘儀、お兄様ガードぉおおお!」

 

 平均的な筋力しか持たない聡が自分よりも一〇センチも背の高い細マッチョを引っ張れたのは、明らかに火事場の馬鹿力。

 そしていくら四葉のガーディアンとは言え危機的状況下にない現状で力を振ろうと思う筈も無く。妹の教育のため、そしてあまりにも馬鹿馬鹿しいため、達也は許容範囲内の漫才染みたスキンシップを本腰入れて止める気は毛頭無かった。

 妹に対して過保護であると自覚しているが、こんな事で一々介入するほど、達也自身は過保護になったつもりはない。

 それに聡との馬鹿げたやり取りは、深雪にとっても良い経験になると達也は考えている。

 中条聡は今までの生活には存在しない未知のタイプだ。

 相手の真意を探る必要も無ければ、警戒する必要も無い危険性ゼロの少年。

 十師族の直系、次期当主最有力候補として堅苦しい生活を運命付けられた彼女は、例え親友と呼べる友人に対しても心の壁を築かなければならない。

 それでも人の心へと土足で侵入してくるお馬鹿な彼を前にすれば、その壁が少しは薄く、脆くなっている気がする。

 自分を偽らず、心を隠さず、歳相応に素を曝け出し、怒っている妹の変化を、兄は好ましく思っていた。彼女にもガス抜きは必要なのだ。

 

「ふっふっふ、これでそなたは攻撃出来まい」

「くっ、なんて卑劣なっ」

 

 達也の後ろに隠れて小物臭のする意地悪な笑みを浮かべる聡に、深雪は卑怯者と罵倒しながら歯噛みする。

 おそらくこのコントの様で馬鹿げた雰囲気の所為だろう。

 彼女の腕なら例え壁があろうともピンポイトで聡を痛め付けられるのに、強硬手段に出ようとしていない。

 彼女は心の奥底で、自分でも気付かない無意識の部分で、この馬鹿なやり取りを楽しんでいるのかもしれなかった。

 まあ、それでも聡の危機的状況に変わりない訳なのだが。

 

「なあ、たっちゃ……いや、達也様。お兄様パワーで何とかあのお姫様を宥められない?」

 

 少しは助けてやろうとしたのに、余計怒りを買う行為をしたのは何処のどいつだ。

 咄嗟に出そうになった言葉を飲み込むぐらいの自制心を達也は持ち合わせていた。

 

「……深雪がやりすぎないように気を付けてやるから、素直に一発受けてやれ」

「ちょ、冷たくない!? それでも同じクラスメイトで実技劣等生仲間かよ!?」

「あの投票用紙の所為で色々と大変だったんだ。このくらい甘んじて受けたらどうだ」

「甘んじて氷像なんかになりたくないわ!?」

 

 今のところ聡の盾になってあげているが、庇う気が無いのも達也らしい。

 やはり達也の心の中には常に最愛の妹がいる。

 つまり対氷の女王用最終兵器である最強のシスコンは当てに出来ない。

 周囲も傍観に徹している。結局、頼れるのは自分だけ。

 しかし聡には、一応現状を打破出来る秘策があった。

 まあ、秘策と言ってもあくまでこれは窮鼠猫を噛む行為に等しく、この状況を突破しても次手で報復される可能性が高いのだが。

 それでもやはり、どうせ痛め付けられるのなら一発は入れてやりたいというのが人の心、ひいては男のプライドというものだ。

 

「くそっ、こうなったら奥の手を使うしか無いか……あ、特に傷付けたりはしないから安心してくれ。外傷性皆無の魔法だから」

「内容による」

 

 魔法という単語に達也の目が鋭く細められる。

 いくら多少過激な学友とのスキンシップでも他者から妹へ魔法を掛けられるとあっては傍観出来ない。

 兄としても、ガーディアンという立場からしても、容認出来ない事態だ。

 しかし中条聡という正真正銘の劣等生がこの状況を突破出来る魔法を使える事に、少しばかり研究者魂が刺激されている自分がいる事を達也は自覚する。

 彼の姉である中条梓が珍しい魔法の使い手なので、彼にもその類の切り札があるのではないかと考えられたからだ。

 

(聞くだけ聞いてみるか)

 

 万が一を考え、例え善人でも、脅威になりそうな力を知っておくのは重要な事。

 効果だけ聞いて、却下すれば良い。

 この時の達也は、確かにそう考えていた。

 

「――って魔法なんだけど、判定は?」

 

 そして聡は自身が唯一まともに使える切り札の効果を達也に耳打ちし、たっぷり十秒間熟考した兄から了承を得る。

 決め手はやはりその魔法効果だった。

 おそらく深雪は少し恥ずかしい思いをするだろうが、その姿はきっと、ここにいる人達と更に打ち解けるための礎になる。

 それに魔法自体が興味深い。

 そして何より一人の兄として、魔法に翻弄され、安全に混乱する妹の姿を見てみたいという気持ちがあった。

 彼にしては珍しい、妹に対するちょっとした悪戯心だ。

 もちろん度が過ぎれば力付くで止めるつもりでいるので、対抗魔法である『術式解体』の準備はしているが。

 

(よし、一番の難所を突破!)

 

 とにかく最大の難関であるシスコンから許可を貰い、美少女の憎らしげな視線にそろそろ耐えられなくなっていた聡は心の中で喝采を上げた。

 早速、天使――邪神とも呼ぶ――の攻略作戦に取り掛かる。

 

「ちょっと司波さん。一言良いですか?」

「何でしょうか? 辞世の句でしたら許可しますが」

 

 聡如きの魔法力で切り札を切っても、この実技ナンバーワンの超絶美少女に防がれる可能性がある。

 彼女なら魔法が発動する前に自分をノックアウトするのも不可能ではないのだから。

 

(上手くいきますように!)

 

 今から行うのは陽動。彼女の心を乱し、魔法を行使する隙を生むための布石。

 陶磁のように白く、繊細な手――聡には毒手にしか見えないが――を掲げ、深雪は微笑む。

 背後に見える金剛力士像に戦慄し、それでも聡は自身の生存を賭けた大勝負を切り出した。

 

「…………たっちゃんがさ、君の事を愛してる、誰よりも一番大事に思ってるってよ」

「当然です!」

 

 

 

 ――当然なのか。

 

 

 

 今、全員の心が一つになった瞬間だ。

 殆ど語尾に被せる勢いで即答した深雪に何人かは頬を赤らめ、聡は乾いた笑みを浮かべた。

 ファーストアタックは失敗。

 けれども、まだ攻撃の手はある。

 出来ることなら封印しておきたかった悪魔の囁きが。

 

「くっ、じゃあこれは知ってるか!? たっちゃんの情報端末内にはアダルトなデータが沢山だぞ!」

「そ、そのようなモノは存在しません! 侮辱です! お兄様に限って、下劣で低俗なモノは――」

「え、でも俺、この前に妹系のやつあげたぞ?」

 

 ここでのポイントは『妹系』という単語。

 普通の十八歳未満お断りの物には動揺しないかもしれないが、リアル妹である彼女からすれば反応せずにはいられない。

 例え九割九分九里以上がブラフだと断定していても、つい彼女は疲れたような渋面を作る兄を窺ってしまう。

 静寂に包まれる生徒会室に、まるで困惑しているような、嬉しいような、怖がっているような、よく分からない声質の問い掛けが響いた。

 

「お兄様?」

「達也さん?」

「…………深雪、それにほのかも。コイツの言葉を全て真に受けるのは止めてくれないか?」

 

 こんなデマで注意を逸らすなら、許可なんて出すんじゃなかった。

 そう言っているような表情で深い溜め息を吐き、達也が心中で天井を仰いでいる時、それは起きた。

 

(隙あり!)

 

 この魔法に限り彼はCADを使わずとも簡単に、それこそ思考のみで魔法式を構築出来る。

 ただ一人を目掛けて展開された魔法式に、この場にいた全員が気付き、戦慄する。

 魔法式の効果を感覚的にある程度察する事が出来る魔法師の卵達は、今行使された魔法が系統外魔法の一種だと気付いたからだ。

 抵抗する間も無く発動されてしまった早業に驚愕する面々。

 あまりにも得意な事と不得意な魔法の落差が激しい彼の魔法に緊張が走る。

 

(……迂闊でした)

 

 ただでさえ実技は不得意。しかも兄がいるのだからと魔法の可能性を破棄していた深雪は、不敵な笑みを作っている聡へ警戒の眼差しを向けた。

 

「中条くん。貴方は私に何を――」

「隣の家が庭に塀を作ったんだってよ。へー」

 

 瞬間、この部屋に居た者は木枯らしを幻視したらしい。

 ぴゅーという間抜けな幻聴まで聞こえてきて、あまりにも有名でくすりともしないダジャレに身も心も凍り付かす。

 しかし、その静寂を打ち破る、必死に押し殺しているような笑い声が一人の女子から漏れていた。

 

「え、ちょっと……」

「深雪?」

 

 口元に手を当て、プルプルと全身を震わせながら必死に我慢している少女に、ほのかと雫の声が掛かる。

 少しでも気を抜けば、人として、そして淑女としての尊厳を失い兼ねない凶悪な魔法を、才色兼備の代名詞である司波深雪が必死に耐えていた。

 そんな彼女に追い討ちを掛けるべく、悪魔の声は続く。

 

「土管がどっかん」

「……くっ……」

「お酒を飲みすぎると、肝臓にいかんぞう」

「ふふっ……」

「アルミ缶の上にあるミカン」

「あはっ……」

「シャッター下ろししゃったー!」

「あはははははっ!?」

 

 ついに彼女の我慢が限界を迎えた。

 笑いの衝動を抑えきれず、彼女は目尻に涙を溜め、そしてお腹を抱えながら盛大に笑う。

 鈴の音を転がすような天使の声は、本来なら品位の欠片も無い爆笑声の中であっても、陰りを見せる事は無い。

 それでも人が狂ったように、まるで決壊したダムのように大笑いを続ける姿に、全員の『司波深雪』像がガラガラと音を立てて崩れていった。

 

「深雪! いったいどうしちゃったの!?」

「あは……くっ、苦し……っ!」

「……これが中条くんの魔法?」

 

 苦しそうに咽ている深雪の背をほのかが擦り、雫の驚愕かつ冷たい視線が小さくガッツポーズをしている聡へ向けられる。

 窮地を脱した喜びを隠しもせず、悪戯が成功したような笑みを彼は浮かべていた。

 

「おうよ。名称は『連鎖爆笑』。これだけはちょっと自信ある。一人だけならCADも必要無いくらい」

「中条先輩の『情動干渉系魔法』と同じく『精神干渉系魔法』の一種か。名称からして喜怒哀楽の内の『楽』に干渉する魔法なのか?」

「そそ。簡単に言えば、対象の笑いのツボのハードルを極端に下げる精神干渉系魔法。まあ、俺は姉ちゃんと違ってエリア対象には出来ないし、一度に掛けられるのも二・三人が限界。人を笑わす事しか出来ないけど」

「達也さん! 冷静に分析をしていないでなんとかしてください!? でないと深雪が……っ!」

 

 確かに、この副会長様はそろそろ限界のようだ。

 苦しそうにしている姿が痛ましく、少し罪悪感を覚えながらも、達也は『術式解体』で『連鎖爆笑』を掻き消した。

 そのやり取りを上級生二人が面白そうに見物しているので、本当に良い性格をしていると達也は思う。

 

「あーちゃんから話には聞いていたけど、面白い魔法よね」

「それに随分と珍しいものも見られた。昼休みの余興としては上々だ」

「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」

 

 中条聡にのみ許された唯一無二の魔法。

 そして、あの司波深雪の爆笑姿を見た二人の称賛に、聡は芝居が掛かったように恭しくお辞儀する。

 すると呼吸困難の危機から脱したのか。しかしまだ荒い息を量産している深雪が恨めしげな視線を聡に送った。

 

「ハァ……ハァ……中条くん……」

「何でしょうか司波さん」

 

 一撃入れたのだから悔いは無い。

 氷でも雪でも何でも来いと諦めの境地に立っている少年は、その後の意外な問い掛けに面を食らう事になるのを知らない。

 聡に声を掛けていても、深雪の視線は、既に隣にいる人物に向けられていた。

 

「その魔法は、どなたにでも掛ける事が可能なのですか?」

「え? ……まあ、もちろん」

「では、いつも冷静沈着で感情を表に出さない殿方も、中条くんの手に掛かればお茶の子さいさいな訳ですね?」

 

 冷静沈着で無表情な殿方。生憎そのような形容が似合う人物はこの場に一人しか存在しない。

 とりあえず生徒会室が氷河期を迎える恐れが無くなった事に安心し、壁際に逃げていた面々はテーブルへと近寄りながら、一人の男子へ視線を送った。

 その冷静沈着な殿方と評された達也は珍しく冷や汗を垂らしながら、最愛の妹を訝しげに見ていた。

 

「……深雪?」

「ふふっ、可愛い妹を見捨てた酷い人には、それ相応の罰が必要だと思いませんか?」

 

 良い意味で筆舌し難い最上級の微笑みを見せられ、戦略級魔法師の一人に数えられている最強の人物が少し後退する。

 彼女にしてみれば、乙女にあるまじき爆笑姿を強制させられた事よりも共犯と化した兄の裏切りの方が許せないらしい。

 良くも悪くも、深雪の心は常に親愛の兄へと向けられているのだ。

 

「中条くん」

「アイ・マム!」

 

 憎き相手から一転、忠実な僕と化した聡が敬礼をしながら達也の正面に立つ。

 その変わり身の速さに感心しつつ、元々の原因である彼の裏切り行為に呆れながら『術式解体』の準備をする達也。

 が、そう思い通りに行かないのがこの世の摂理だ。

 

「言っておくけど、『術式解体』を使うなんて空気の読めないのはダメよ」

「元風紀委員長として命ずる。素直に受けたまえ、達也くん」

「……達也さんが大爆笑する姿……」

「興味ある」

 

 周囲がそれを許さない。正に四面楚歌。

 作戦行動中に敵地へ一人残された心境を味わう達也に、笑いの死神が颯爽と両手を向ける。

 その仰々しいポーズは、あくまで雰囲気だ。

 

「中条くん、お願いします」

「了解であります」

 

 これは深雪の仕返し。

 しかし、これがとある事情で強い感情を抱けない達也に対する思いやりであり、せめて大笑いする体験ぐらいさせてあげたいという妹の気遣いだとポジティブに考え、大変不本意だが仕方が無く覚悟を決めた達也だったのだが――。

 

「我が主の命により、司波達也、君を笑いの快楽へと誘――」

「聡くん!」

 

 覚悟を決めた達也は、勢い良く飛び込んで来た第三者に助けられる事になった。

 栗色のセミロングで、髪の先がカールした特長的な髪型。高校生には見えない小柄な体型に、童顔な女生徒。

 現生徒会長の中条梓が教師とのお話を終えて戻ってきたのだ。

 そんな彼女は珍しく怒りの形相――それでもプンスカという擬音が似合いそうな顔――を浮かべ、目尻を吊り上げながら弟を指差した。

 

「あの魔法を使ったでしょう!? 無闇に『連鎖爆笑』は使わないってお姉ちゃんと約束したのに!」

「げ、姉ちゃん!?」

 

 同じような魔法を使う者同士だからこそ同系統の魔法には敏感になってしまう。

 こちらへ戻る途中に弟の魔法行使を察し、躾に厳しい姉が急いで駆けつけたのだ。

 その証拠に彼女は肩で息をしている。

 そして姉には逆らえない弟は、勝ち誇った笑みを捨て去り可哀想になるぐらい狼狽していた。

 思わず真由美が助けに入ってしまう程だ。

 

「あの、あーちゃん? そんなに怒らなくても……」

「真由美さん、甘やかしたらダメです! 私達の魔法は特に使用制限が厳しいんですから、きちんと自分を律せる魔法師にならないと!」

 

 確かに正論。

 反論の隙を与えない程の意見に、真由美も言葉を続けられなくなってしまう。

 それほど梓の言葉には正当性があり、何より並々ならぬ気迫に圧されてしまったのだ。

 普段の彼女からは考えられない姿に一年生全員が目を丸くしていた。

 

「いやいやいや、第一級制限を掛けられているのは姉ちゃんの『梓弓』であって。俺みたいに人を笑わせる事しか出来ない魔法は特に制限が――」

「口答えしないの!」

 

 小柄な姉に腕を引っ張られ、そのまま聡は生徒指導室へと連行されていく。

 場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、最後はあっさりと去ってしまうのは台風の様で。

 とんとん拍子に事が進み、漸く理解が追い付いてきた面々は、揃って深い溜め息を零した。

 何というか、昼休みなのに休んだ気がしない。

 残り時間が十分を切ったのに昼食さえまだなのだ。

 

「……あのような中条先輩は初めて見ました」

 

 あまりの事に達也に対する怒りも忘れ、聡に対しての溜飲も下がった深雪の言葉に同意するように、一年女子は何度も頷く。

 呆気に取られている面子の中でも回復が速いのは上級生だからなのか。

 真由美と摩利は直ぐに平然と、それでいて何処か和むような空気を醸し出していた。

 

「彼女は聡くんの事になると性格が変わるからな」

「教育に厳しい立派なお姉ちゃんになるのよね」

 

 出来の悪い、しかもその場のノリで生きようとする弟を心配しない姉はいない。

 彼に対しての厳しさは、その感情の裏返し。

 これも一種の愛情なのだろう。

 下の弟妹がいる者達は梓の気持ちを何となく察していた。

 

「渡辺先輩」

 

 皆がほっこりとした笑みを浮かべる中、一人だけ冷静に考え事をしていた達也に摩利だけでなく皆が集中した。

 そして皆が穏やかな気持ちを抱いている時に色々と思考を張り巡らせた達也は、本当に抜け目の無い良い性格をしているだろう。

 

「中条の魔法は、ある意味暴徒の無力化に適しています。風紀委員に打って付けなのでは?」

 

 笑わせる事しか出来ない。

 言い換えればそれは、どれだけ負の感情を抱こうとも、それ以上の正の感情で塗り潰せる事を意味している。

 敵意も、害意も、殺意すらも、彼の前では等しく無力。

 楽の感情に殺され、沈静化させられてしまう。

 それで相手が冷静さを取り戻し、気持ちを落ち着かせれば良し。改めて負の感情を抱いても、無力化している間に拘束すれば幾らでも対応可能。

 彼の『連鎖爆笑』はある意味最強の暴徒鎮圧魔法でもあるのだ。

 魔法の腕は、不意を突かれたとは言え深雪の対処出来ない速度で発動された事が実力の裏付けとなっている。

 CADを使わずに、あの速度。本気を出せば充分過ぎる程の戦力になるのは容易に想像出来る。

 常人とは違う着眼点を見せる達也の言葉は確かな説得力を持っていた。

 

「確かに、そうだな。よし、引退した身で口を出すのもアレだが。花音には私から推薦しておこう。ちょうど三年の引退で席が幾つか空く事だしな」

「お願いします」

 

 頷く摩利に、珍しく満足そうな微笑を浮かべる達也。

 やり遂げた感を見せる達也の気持ちを、深雪達は鋭く察していた。

 

「……お兄様、お言葉ですが、それはご自分の事を棚に上げておりませんか?」

「確かに原因を辿れば中条くんの所為ですけど……達也さん……」

「最後のあれは、流石に自業自得だと思う」

「二科生の風紀委員仲間が欲しいのは分かるけど……ねえ? 聡くんも可哀想に」

 

 深雪に怒りを向けられ、危うく痴態を晒す寸前だったのは、爆笑する妹の姿と珍しい魔法見たさに傍観した達也の所為だ。

 他にも色々と有益な思惑はあったが、結局の所はこれが全て。

 彼からすれば、別に爆笑の体験をしなくても良かった訳だし。

 謂わば騒動に巻き込まれたのではなく自ら騒動に飛び込んで行った達也に、意趣返しする資格は無い。

 そして二科生唯一の風紀委員として多忙を極めている彼が、激務をこなしやっかみを受ける道連れを欲していた事も何となくだが察しが付く。

 何よりこれが、確かに楽しいけどその分疲れさせる行動ばかりを取る中条聡に対するちょっとした仕返しである事を、この場にいる全員が理解していた。

 

 

 ――肉体スペックが平凡な男に何させようとしてんだよ、この腹黒大魔神っ!?

 

 

 ここには居ない中条聡の嘆きが聞こえたような気がし、泣く泣く激務に明け暮れる日々が容易く想像出来た所で、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くのだった。

 

 

 




色々と話題だったので読んでみて、パッと思いついたネタでした。
しかし、この作品の二次は本当に難しい……。
口調にも特徴が無い人ばかりですし、なによりシスコン・ブラコン思考を考察するのがこれほど難しいとは……。

達也などを初めとした原作キャラの性格や行動に多大な違和感があるかもしれません。
これを長期連載している作家様方には脱帽です。自分には到底無理です。
……原作キャラの改悪は絶対にしないよう心掛けていたのに……やはり二次創作は難しいですね。
その事を再認識する良い機会になりました、はい。

ちなみにオリ主が中条梓の弟なのは、同じ精神干渉系魔法を使うんだから姉弟の方が読者の皆様も納得しやすいかも、という打算的な理由からでした。

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