ヒーローのカタチ   作:サモア リナン

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…敵も味方も強くなりすぎてない!?
個性の進化と深化の独自解釈が楽しいせいだ(笑


第26話「浮遊群訝山トラブルシューティング」

 

地下にて蠢いていたかつての脅威は、ついに完全なる沈黙を迎えた。

 

激戦の舞台となった蛇腔病院。

 

その内部で繰り広げられた戦いは凄まじく、激烈を極め、人々の心に深く、そして鋭く傷跡を刻み込んだ。

本館は原形を留めぬほどに崩れ去り、変わり果てた姿で瓦礫の山と化した。

その余波は病院の敷地にとどまらず、周囲の施設や静かな住宅街にまで拡大し、都市の一角をまるごと戦場に変貌させた。瓦礫に埋もれた街並みが、そこで何が起きたのかを雄弁に物語っていた。しかし――

 

奇跡は、確かにその場に存在した。

 

住民の中に、命を落とした者はひとりとしていなかった。死者ゼロ。それはただの偶然ではない。

ヒーローたちが、自らの命を賭けてまで、血を流し、肉体を裂かれながらもなお、「市民を守る」という揺るぎない信念を貫いたがゆえの結果だった。

 

だが、その代償はあまりにも大きいものだった。

 

戦闘に参加したヒーローの多くは重傷を負い、何人もがその場で力尽きるように倒れ込んでいた。クラスト率いる班や、最前線で活動していた救護部隊、さらには敵の猛攻に応戦した全てのヒーローが、心身共に限界まで疲弊していたのだ。

 

しかも、今回立ち向かわねばならなかった敵は、殻木やシン脳無だけではなかった。

 

市街地や住宅街では、“型落ち”と揶揄される旧型の脳無が暴れ回っており、地上班は市民の保護と並行して、それらの対処に奔走する必要があった。

 

さらに地下の戦闘は地上にも影響を及ぼし、すでに安全とされていた避難場所の多くが突如として使用不能となり、市民たちは急遽避難先を再移動せざるを得なかった。その混乱は計り知れず、恐怖と疲労が市民の精神をじわじわと蝕んでいた。

 

「避難民の人数を再確認したぜーぃ! 増減はナッシン! 負傷者は……A LOT……バァーーット! 死亡者はゼロだ、ゼ〜ロ!これ、上出来だろッ!?」

プレゼント・マイクが、やや張りの欠けた声で現場に報告する。普段よりも抑え気味のトーンだったが、それでも彼なりの明るさで、皆を励まそうとしていた。

 

「玄謐凰、活動停止を確認した。……大丈夫だ。もう、問題ない」

クラストの報告は静かだったが、その声には張り詰めた緊張がほどけた安堵と、積み重なった疲労が滲んでいた。

 

「虎武龍は……バラバラになった。確実に仕留めたわ。迅速な搬送……ブラドキングには、心から感謝する」

ミルコが肩で息をしながらも笑みを浮かべて報告した。その姿には、血と泥にまみれながらも揺るがぬ強さと、不屈の意志が宿っていた。

 

ブラドキング率いる班は、壊滅寸前の状態にまで追い詰められていた。メンバー全員が傷だらけで、その体は血と汗で濡れていた。物間に至っては、外見こそ無傷であったが、個性の酷使によって体温が異常に上昇し、ついには意識すら朦朧とし始めていた。

 

――そう。無傷の者など、誰一人として存在しなかった。

 

この戦いに身を投じた者は、例外なく何らかの傷を背負っていた。それは身体的な外傷だけでなく、心の奥深くに刻まれた痛みでもあった。

 

それでも、奇跡は確かに起きたのだ。

 

今回の非常に困難とされた作戦をヒーローたちは生還し被害者を出さなかった。再会の瞬間、彼らは互いの無事を喜び合い、傷だらけの体を称え合うことで、その痛みを誇りへと昇華させた。

 

クラスト班は、他と比べれば比較的軽傷だったが、それでも彼らの顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。勝利の実感に浸る余裕すら与えられず、次なる不安の影がすでに迫っていた。

 

搬送された異形のヴィラン――シン脳無『セキ』。その首だけが残された姿は凄惨そのもので、現場に居合わせた者たちの心に深い戦慄を与えた。

 

その時、クラストの低く静かな声が、沈黙した空気を切り裂くように響いた。

 

「……エンデヴァーは……どこにいる?」

 

数人が、無言のまま一点を指し示す。

 

その先にあったのは――まるで灰色の彫刻のように、時を止めた男の姿だった。腕を振り上げ、まさに今、炎を放たんとする姿勢を保ったままの存在。誰が見ても、それがエンデヴァーであることは明らかだった。

 

「これは個性の影響かもしれませんが……こんな症状は見たことがありません!どう治療すればいいのかも不明です……しかし、生きています……!」

 

医療班の一人が緊迫した様子で報告を上げ、応急処置の体制を急ぎ整えるよう指示を飛ばす。

 

「応急処置チーム!石化の進行を止められる可能性のある個性を持つ者は全員、ただちに連携を!」

 

現在、石像のように変化したエンデヴァーは生死不明の状態であり、全リソースがその治療と解析に注がれていた。

 

しかし――その時。

 

誰かが、病院の屋上から空を指差し、絶叫した。

 

「……見ろよ、あそこの空!何だありゃ!?」

 

病院屋上から見える南の空。

 

誰かが呆然と呟いた言葉に、視線が集中する。

 

その先には――信じがたい光景が広がっていた。

 

大地が、空に浮いていた。

 

巨大な山塊が、空を割り、地平線を突き破るようにして宙に浮かんでいる。その重厚で威圧的な質量は幻覚などではない。確かにそこに、“浮かぶ大地”が存在していた。

 

ありえない光景だった。

 

「……なんだよ、アレは……そんなの、聞いてないぞ……」

 

誰かが呟いた。呆然と、息を飲むように。

目を疑いたくなる光景。だが、それは確かに群訝山荘の跡地――

ホークスがかつて潜入した、SVP社の本拠地の上空に現れていた。

 

そこは今、1年A組の生徒たちと、イレイザーヘッドを含むプロヒーローたちが作戦展開中の最重要地点だった。

 

しかし、突如として浮上したこの“空中拠点”の出現により、戦況は一変する。

もはや戦術では測れない、異常事態。

 

「……まさか、敵の新たな要塞……? いや、それ自体が“拠点”になってるってのか……?」

 

その時、緊迫した空気を切り裂くように、通信が入る。

 

『こちらヒーロー公安。カタチくん、蛇腔病院での戦闘終了、確認しました。そして……申し訳ないが、休息の暇はありません。今すぐ群訝山荘跡地へ向かってほしい』

 

『……!』

 

切迫した公安の声に、カタチの表情が険しくなる。

 

『目標が達成されたかは不明です。加えて、現地との連絡が取れない。襲撃部隊の安否確認と救出を、最優先任務と判断しました』

 

『……了解しました、長官。ただ……今から向かっても、間に合うかどうかは……。それでも僕に依頼するということは――』

 

少し間をおき、公安の声が低く響いた。

 

『頼みがある。要塞戦艦――《バスティオン》を、出撃させてほしい』

 

『……!?』

 

カタチの表情が一変する。

 

『I・アイランドのデヴィッド・シールド博士、そしてDr.マルコム・レイらのAI技術支援により、建造は85%まで進んでいると聞いている。最低限の稼働も可能だと』

 

『……なぜ知ってるんですか!?I・アイランドとの連絡は極秘ルートのAI通信を介していたはずです!国家レベルの秘匿性で進めていた計画です、それを……どうやって?』

 

『…………では、よろしくお願いしますね。……ブツッ……ツー……ツー……』

 

『ちょ、ちょっと待って! 長官!? 長官ーッ!!』

 

一方的に通信を切られ、カタチの悲鳴がこだまする。

その叫びに場の緊張がわずかに緩んだのを、作身は見逃さなかった。

 

「カタチー!? あんたまた、とんでもない秘密を一人で抱えてたの!? 私、今初めて聞いたんだけど!? バスティオンって……もう稼働直前だったの!?」

 

「ご、ごめん……」

 

冷や汗を流しながら目を逸らすカタチ。

 

「実は85%どころか97%ぐらい完成してて……あとは音響設備の設置くらいなんです…」

 

「音響設備って何よ!? 音楽流す気!?」

 

「……なんでバレたんだろう……」

 

そんなやり取りも束の間、カタチは真剣な表情に戻り、声を張り上げた。

 

「えぇい!もうそんな事はどうでも良い!動ける人、挙手! バスティオンに転送します! 目標地点への到達時間は……15分!!」

 

「「「15分!?」」」

 

あまりの迅速さに、周囲がどよめく。

 

「リラクゼーションルームもあるし、最先端の治療設備で応急処置もできるよ! 無理やりでも回復してから送る!」

 

「もう……なんだかわからないけど……行くしかねぇな……!」

 

ミルコは、血まみれの両手を動かせない状態ながらも、力強く片脚を挙げて応じた。

挙手ならぬ“挙脚”。その姿に、誰もが奮い立った。

 

次々と名乗りを上げ、転送されていくヒーローたち。

 

拳藤、鉄哲、エクスレス、マスコーダー、鱗飛竜、シールド――

今、再び戦場へと歩みを進める。

 

ヒーローとは、そういう存在だ。

 

ブラドキングは意識不明、物間は行くと言っていたが41℃の高熱で意識朦朧状態のため搬送されて参加は出来ない

 

「ねえ、カタチ」

 

作身がふと思い出したように問いかける。

 

「バスティオンって……今どこにあるの?」

 

「あー、あの雲の上。光学迷彩で見えないだけ」

 

「……嘘でしょ!? 最初からそこにいたの!?」

 

準備が良すぎて、もはや予知能力かと疑うレベルである。

 

そして、最後の一人が転送される直前――

 

「待て! 間に合ったか……! 私も連れて行ってくれ! この最新で最高のデニムの可能性を秘めた繊維たちと共に!!」

 

その声と共に現れたのは――

 

かつて死んだと報道された、“あのヒーロー”だった。

 

そして、すべての希望を乗せて――

要塞戦艦《バスティオン》が、静かに発進する。

 

曇天を割り、大気を切り裂き、未来へ向かって飛び立つ。

戦いは、終わってなどいない。

 

満身創痍であろうと、誰一人として歩みを止めない。

ヒーローとは、そういう存在なのだ。

 

目指す先は――浮かぶ大地。

空に聳える“次の戦場”だった。

 

⸻

 

群訝山荘跡地上空――《浮かぶ大地》

 

それは、もはや“山一つ”を超える規模だった。

新たな空中領域が、空に影を落としていた。

 

そして、そこに立つ一人の少女――

 

麗日お茶子に姿を変えた、トガヒミコ。

 

この浮上を引き起こした原因が彼女であることを、ヴィラン側ですらまだ知らない。

知っているのは、本人と――緑谷出久、麗日お茶子。たった三人だけ。

 

その浮上が、世界の戦線にどれだけの影響を及ぼしているのか。

それすら、本人はまだ知らないままだった

 

 

轟音が空を裂いた。

 

黒く巨大な影が、曇天の遥か上空からゆっくりと姿を現す。

その正体は――新型要塞戦艦《バスティオン》。

SVP社の空中拠点《浮かぶ大地》すら見下ろすその高度で、静かにホバリングしていた。

 

出撃から約20分。予定より若干の遅れが発生していたが、それでも破格の速さだ。

戦艦内の救助・戦闘区画に、電子音声の館内放送が鳴り響く。

 

『予定時刻となりました。各ヒーローは速やかに出撃準備を。現時点を以て、本作戦の正式名称を“浮遊群訝山トラブルシューティング”とします』

 

「「「「「「名前ダッサ!!」」」」」」

 

放送直後、艦内に響き渡ったのは、全ヒーローからの容赦ないツッコミだった。

名前のセンスはさておき――任務は真剣だ。

 

空間転送装置が一斉に稼働を始める。青白い転送光が室内を包み、ヒーローたちは次々と“危機の最前線”へと投下されていく。

それぞれが選んだ座標に正確に転送されるシステムにより、各自が別々の地点へと分散し、襲撃部隊の救助・ヴィランの捕縛へと向かっていった。

 

――その中で、ひときわ鋭い視線を放つヒーローがいた。

マスコーダー。彼女は転送直前、モニターの座標マッピングから、群訝山荘跡地から大きく離れた地点に二つのヒーロー反応を発見していた。

 

「……まさか、緑谷くんとお茶子ちゃん……!?よし、座標、設定完了。転送までカウント3、2、1……!」

 

青白い閃光が弾ける。

彼女の姿は一瞬でその場から消えた。

 

――そして到着したのは、《浮遊群訝山》のほぼ端。

不安定で今にも崩れそうな地盤、強風が吹き荒れる中、彼女が見たのは…疲弊しきった緑谷出久と、麗日お茶子の姿だった。

 

突然目の前に転送された光に、一瞬身構える2人。だが、それがマスコーダーだと分かると、緊張が一気に解け、安堵が表情に広がった。

 

「よかった、無事だったんだね! 蛇腔病院は制圧済み。私たちは後方支援として派遣されたの。公安からの正式依頼で、目的は“救助”と“無理のない範囲でのヴィラン捕縛”。この浮遊状態、いつまで続くかわからないから、早くバスティオンへ戻ろう。今ならすぐ転送できるから!」

 

焦りと安堵が混ざった声で、早口になってしまうマスコーダー。

だが、次の瞬間――彼女の言葉を遮るように、麗日お茶子が嗚咽混じりに声を発した。

 

「この浮遊状態は……トガヒミコの“個性”によるものです。私たち、何とか……説得しようとしたんやけど……全部、裏目に出てしもて……。ごめん……全部、私のせい……」

 

彼女の頬に涙が伝い落ちた。

救援が来て緊張の糸が切れたのだろう。肩を震わせながら、崩れるように地面に膝をついた。

 

マスコーダーは胸が締めつけられるのを感じた。しかし今は、感情よりも事実が必要だった。

意を決して、問いかける。

 

「……ごめん。辛いところを聞くけど、教えてほしい。どうして……こんな事に?」

 

「……それは、僕から説明します」

 

静かに口を開いたのは、緑谷出久だった。

彼はお茶子を気遣うように一歩前に出て、トガヒミコとのやり取りの全てを語った――。

 

……

……

 

話が終わったとき、マスコーダーは静かに目を伏せた。

 

この状況を招いたのは、誰の責任でもない。

むしろ、あのトガヒミコに向き合い、彼女を変えようと対話を試みた2人の行動は、賞賛されるべきだ。

その上で――彼女は、はっきりと理解した。

 

彼女が語ったのは――「答えが見つからないことは、考え続けることが大切。でも、それ以上に大切なのは、そんな悩みを話し合える“仲間”の存在だ」と。

 

その言葉だけを聞けば、まるでポジティブな悟りを開いたようにも思えた。

けれど――なぜ彼女は、そこまで辿り着いておきながら、日常を破壊するような選択をしてしまったのか。

なぜ、自らの意思で、これほど多くの人を巻き込む迷惑行為を実行できたのか。

 

その答えは一つしかなかった。

――トガヒミコは、やはり“心から”ヴィランなのだ。

 

マスコーダーは悔しさを堪えるように唇を噛み締め、はっきりと言った。

 

「……なにそれ、トガヒミコ…そんなん理解できるわけないじゃん…緑谷くん、ありがと!すごく重要な情報だったよ…すぐに全体に共有するね」

と、作身は情報を送る

 

 

その間にカタチが考えを述べる

「んー、この話…かなり興味深いね。犯罪心理学的にポジティブな考えを持ってるのに悪事をする人は、大きく分けて4つ説明出来るらしいんだ…

 

ひとつは共感が偏りすぎてて好きな人だけに優しくて、他の人はどうでもいいんだよね…だから、誰かを傷つけても平気。

 

ふたつ、自分の正しさを疑わなくて、これは愛のため、仲間のためって信じ込んでるから、悪いことでも正しいと思い込んじゃう

 

みっつ、感情が暴走しやすい…コレは結構ヴィランに当てはまる人が多いみたいなんだけど、感情が高ぶると、自分を抑えられない。思いついたまま行動してしまうみたいだね

 

最後のよっつめ、心が未熟で極端

好きか嫌いかで世界が分かれてるんだよね、拒絶されたら「全部敵」と思って、攻撃的になっちゃう。

 

要するに、感情は本物だけど、考え方とコントロールが未熟。だから、ポジティブな事を言いながら危険なこともできてしまうんだね。

 

“今”のトガヒミコは1と2の複合がベースなのかもしれないね…」

 

 

「項目だけ聞いたら自分でも当てはまるかもってことあったよ?だったら、ただ感情の強弱の話にならない?」

「うん…特に『感情が暴走しやすい』って言うのは誰にでもあるって思う」

「心の未熟…

じゃあ成熟ってどんな物差しで測って“成熟”って言ってるんだろう?そもそも、それって測れるモノなの?」

 

話を聞いていた3人

麗日、緑谷、作身はそれぞれディスカッションを開始しそうになる

 

…が、

 

作身が分割思考しつつ片手間で

《浮遊群訝山》が発生している原因がトガヒミコであること、

そして彼女が極めて危険であることを、すぐさまヒーロー側の通信網に共有した。直後、別の通信が入り、ディスカッションは中止された。

 

送信者はエクスレス。

 

『こちらエクスレス。救助したMt.レディからの共有事項だ。死柄木弔は、“崩壊”の範囲と速度を完全に制御している。治療にも応用できるほど、個性の洗練が進んでいるらしい』

 

さらに続けて――

 

『ホークスも重要な情報を持っているが、現在は意識不明。だが命に別状は無いとのこと。まずは安心してくれ』

 

ヒーローたちの間に、小さな安堵の空気が広がる。

同時に、死柄木の“個性進化”という事実に、緊張が走った。

 

また、1年A組のほとんどの生徒は生存が確認されており、各自が灰濁メンバーと交戦し、無事でいることも報告された。

特に、上鳴電気・耳郎響香・瀬呂範太の3名は、“トゥワイス”を完全に無力化し、捕縛に成功しバスティオンに転送済みだ。

未だ誰も成し得なかった快挙。仮免ヒーローたちの成長は、まさに希望の光だった。

 

――しかし、明るい報告ばかりではない。

 

浮上による地表の影響が想定よりも甚大であることが判明。

巨大な地割れが発生し、落下の衝撃により複数名のヒーローが命を落としていた。

 

さらに――

 

『プッシーキャッツとリューキュウによれば、ウワバミが荼毘と交戦し、殉職したとのこと……』

 

「……っ」

 

誰もが、その報せに言葉を失った。

重く、沈黙だけが場を支配する。

 

けれど、報告者は悔しさをにじませながら、ぽつりとこう付け加えた。

 

「……皮肉な話ですが、あの地面が浮いてなければ、自分たちも……同じ運命だったって……そう言っていました」

 

――次なる焦点は群訝山荘跡地。

そこへ突入したイレイザーヘッド、1年A組の数名、そしてプロヒーローのエッジショットたちの安否だった。

 

今、救助された雄英の生徒たちを含む待機組──つまり、地上でなく浮遊する山の外側で活動していたメンバーたちが主力だ。

 

だが、山荘に突入したヒーローたちとの通信は、いまだ繋がらず。

戦況は、まさに混迷の極みにあった。

 

……それでも、ヒーローたちは、進み続ける。

 

「この話は後でね……今は、彼女を止めよう」

マスコーダーがそう言って、緑谷とお茶子を連れて動き出す。

行方不明のトガヒミコを探すために。

 

浮かぶ大地の上で、希望と覚悟を胸に――。

 

 

 

……プルルルルル……

 

プルルルル……

 

プルルル…

 

「緑谷くん? 電話鳴ってるよ。ご家族からかも? こんな時だからこそ、安心させてあげなきゃ」

 

「あ、あっ、はい! すいませ……あれ?」

 

見慣れぬ番号。緑谷は少し戸惑いながら、通話ボタンを押した。

 

ポチ。

 

「……もしもし?」

 

『ふふっ……わたし、トガヒミコ。今、あなたを見ているの』

 

「………え?」

 

緑谷の指が止まり、言葉が凍る。

耳にあてた端末から聞こえてくるのは、聞き覚えのある、けれど異様なまでに落ち着いた少女の声。

 

『ねぇ、緑谷くん。そんな顔してどうしたの?……もしかして、怖い?』

 

まるで、恋人に語りかけるような――

甘くて優しい声だった。

 

「……トガ……ヒミコ……!?」

 

その名を聞いて、即座に反応したのはマスコーダー。

目を走らせ、周囲を警戒する。

風が強まり、浮かぶ大地の縁――足場がどんどん増えていく。

 

緑谷は少しでも情報を共有しようと、端末をスピーカーモードに切り替えた。

 

『あは……ありがとう。これでみんなに聞こえるね。ねぇ、お茶子ちゃん。わたし、あなたになれた。個性も使えた。それってね、あなたが“好き”だからなんだよ?』

 

ピクリ。

 

その一言で、お茶子の身体が小さく震えた。

まるで呪いのような、歪んだ愛の告白だった。

 

『だって……大切なことを教えてくれたお友達だもん』

 

「トガヒミコ……この大地を……元の場所に、できるだけ被害なく戻すことは……できませんか?」

 

緑谷は、慎重に言葉を選びながら、静かに交渉を始めた。

 

「うん……お友達って思ってくれるの、すごく嬉しい。ありがとう。この大地を戻してくれたら……もっと嬉しいな」

 

お茶子もそれに続くように、優しい声で訴えかける。

 

マスコーダーは、そのやりとりを静かに見守るしかなかった。

彼女には、トガヒミコとの間に特別な関係はない。

だからこそ、下手な言葉で状況を悪化させるわけにはいかなかった。

 

だが――

 

『え? なんでそんなこと言うの? わたし、この“土”を……みーんなの上から、ドンッて被せてあげようと思ってるんだよ?』

 

歪んだ笑顔が見えた気がした。

 

『だって、この上にいる人たちも、下にいる人たちも……仲間じゃない、大切じゃない、むしろ、わたしの大切な人を捕まえたり殺したりするかもしれない、嫌な人たちだから。だから……もっともっともっと、土を増やしてから、落とそうと思ってるの。ふふ…まぁ葬華お姉ちゃん達はこんな事じゃ死なないから、そこは心配してないんだけどね」

 

話にならなかった。

 

でも、確信に変わった。

 

――そう、“こういうこと”なのだ。

 

彼女の意志は……あまりにも、硬い。

 

そこで、マスコーダーが口を開いた。

 

「トガヒミコさん……それは、あなた自身と、あなたの大切な仲間をさらに追い詰める理由になるだけです。絶対に逃げ切れない。……いえ、逃がさない。だから……お願いです。これ以上の罪を重ねる前に……やめにしませんか?」

 

まるで教本に載っているような、犯罪者への説得テンプレート。

それでも、それしか思い浮かばなかった。

逆効果かもしれない、けれど――

止めなきゃいけないという気持ちだけは、本物だった。

 

『知ってるよ。葬華お姉ちゃんの邪魔者、マスコーダー。……かわいくないです……バイバイ』

 

「作身! 来るよ!」

 

「くっ!?」

 

ビーー! ビーー!

 

「早っ!?」

 

ドシュン!!

 

嫌な予感は、見事に的中。

アラートが鳴る前に急上昇したけれど、糸と爪――視認しにくい武器による奇襲は、完全には避けられなかった。

 

……だから、やるしかない。

 

多少やりすぎでもいい、ここは見た目が派手な兵装で牽制する!

 

装備したのは、30mmガン砲身付きランチャーライフル。

 

ガシャン、キリキリ…カチッ。

 

従来の1.5倍の射程距離。

威力も1.85倍に強化された、長大な砲身。

扱いにくさはあるが、空中砲撃がメインなら問題ない。

 

その名も――

《30mmエネルギー弾コンバインド・ブラスターライフル》

愛称『ディアッカ』

 

もちろん、非殺傷設定。

 

「つまらない人間でごめんね。でも……なりふりかまってられないの。サーモグラフィーであなたの位置は把握済み。降伏して……さもなくば、その射程外から撃ち続けるわ」

 

慣れない脅し。でも、それでも、信念を貫くためにはこれしかなかった。

 

――そして。

 

トガヒミコからの応答は、なかった。

 

ただ、風の音だけが、浮遊する群訝山の縁を吹き抜けていた。

 

その静寂のなか息を殺し――

次の一言を、待っていた。

 

…そして。

 

『……ふふっ……はははっ、あははははは!!!』

 

突如、通信の向こうから響き渡ったのは――狂気の混じる、あの少女の笑い声だった。

 

『やっぱりさぁ、そういうの……ヒーローっぽいよね?「降伏して」だなんてさ……うーん、なんかもう、ゾクゾクしちゃう。そんな怖い顔で、怖い銃まで向けてさ、ほんと最高!あ〜、怖いなぁ……でも……だからこそ、ウズウズしちゃうの。どうなるんだろうなぁ〜って、試したくなっちゃうじゃん?』

 

 

『解除。』

 

ズズズズズ……

 

直後、通信機越しに低く唸るような不穏な音が響く。

 

そして、それは確かに始まった。

 

《警告:浮遊群訝山の落下を確認。地上落下まで……42.1秒》

 

「「「――なっ……!?」」」

 

誰もが息を飲んだ。

まさかこの局面で――まさか本当にトガヒミコが“浮遊”を、解除するなんて。

 

『バカな……群訝山が……墜ちてる!?』

『まだ全員を救助できていない!何人ものヴィランが意識を失ったままなのにッ!』

『早く!早く戻せ!死ぬぞ!このままじゃ死ぬ!』

『っく……っ、ダメだ!間に合わない!今この瞬間、戦艦に戻れる奴だけでも急げッ!』

『ヴィランは……最悪、仕方ないとしても――俺達ヒーローが!仲間を見捨てていいはずがないだろ!』

『じゃあどうすんだよ!正義も信念も、落ちたら死ぬんだぞ!!』

 

──混乱。

 

──絶叫。

 

──決断を迫られる、極限の状況。

 

通信機から届く複数の声は、焦燥と怒号にまみれて混沌と化していた。

 

誰もが想定していなかった。

だって、トガヒミコ自身も巻き添えになる可能性が高いんだ。あの狂気は、確かに――命を懸けてさえ“やってみたい”と思ってしまうほどに、純粋で、壊れている。

 

「まずい……このままじゃ……!」

 

緑谷出久の足元に電流のような光が奔り、フルカウルが一気に最大出力で発動される。座標はすでに共有済み。彼は迷わず、トガヒミコの元へと疾走する。爪が、糸が、飛来する無数の針が体を裂く。それでも止まらない。止まるわけにはいかない。

 

「お願いだ、トガヒミコ……!このままじゃ……!街が、住宅が……沢山の人が死んでしまうんだ!風の流れも変わった!今、群訝山の真下には住宅街がある!このままじゃ、壊滅する……!」

 

そう、懇願した。

血まみれになりながら、叫んだ。

命の価値を信じて。

 

しかし、彼女は――

 

「あぁ……その顔。傷ついて、苦しそうで……でも必死で。あぁ……素敵。イズクくん、やっぱり素敵だね……」

 

両頬に手を当て、うっとりとしたように――まるで普通の女の子のように、彼女はそう言った。

 

――なんだよ、その反応!!

 

「うぅぅ……げぇっ、がはっ……!!」

 

「お茶子ちゃん!?」

 

麗日お茶子は、自身の“個性”で、群訝山をもう一度浮かせようとしていた。

だが、限界はとっくに超えていた。全身が悲鳴を上げ、内臓が逆流する。だが、それでも……彼女は踏ん張っていた。

 

「かはっ……あかん……あかん!!こんなん落ちたら、絶対あかん!!浮いて……お願い、浮いてぇえええ!!」

 

一人の少女が背負うには、あまりにも巨大な質量。

たった一人で止めろというのか? 先輩たちが? 教師が? そんな理不尽なプレッシャーを、“頑張って”の一言で託すのか?

 

「……あり得ないでしょ!!」

 

カタチが叫ぶ。

 

「バスティオンを……群訝山の下に!!移動させて!!!」

 

「マジで……それしかないじゃん!!了解だよ!バスティオン、最大加速で浮遊群訝山の真下へ!くぅぅ、でも……時間がない!全部は受け止めきれない!助けられる分だけでも……やるしかない!!」

 

戦艦“バスティオン”が悲鳴を上げながら、機動を始める。

だが、巨大な船は俊敏ではない。

 

「間に合ええええぇええええ!!」

 

カタチと作身が叫びながら、ギリギリのタイミングで戦艦を滑り込ませた。

 

ゴゴゴゴゴ……

 

ズゥゥゥン!!

 

群訝山の半分が戦艦に覆い被さり、そのバランスは崩れ始める。

 

〈ビーッ!ビーッ!〉

《警告:過重量が超過しています。速やかに排除して下さい》

 

〈ビーッ!ビーッ!〉

 

『うおお!?この戦艦まで落ちるぞ!!』

『バカ言ってんじゃねぇ!ここまで若い奴らが命懸けでやってんだ!今度は俺らの番だろうが!』

『行ったって何が出来んだよ!!』

『分からない?上等だ!俺たちはヒーローだろ!分からないから、足掻くんだよ!!』

 

『何が出来るか分かんなくても……俺達も……なぁ!!』

『はい!微力ながら、力を貸します!』

『頭使えやコラァ!!空飛べる奴は俺に続けぇえええ!!』

『そうか、空に投げ出される人もいるかもしれない!』

『私、巨龍化できるよ!背中に乗せて連れてく!』

『俺達も行くぞ!!』

 

混乱を超え、地獄の中に立ち向かう意思が連鎖していく。

 

諦めなんて、そこにはなかった。

「それでも」と叫ぶ声が、幾重にも響き渡る。

 

「カタチ!ドローンだ!救助用、出せるだけ出して!」

 

「了解!!フル展開で援護するよ!!」

 

絶望的な状況にあって、それでも誰もが“可能性”に希望を託している。

 

『負けるもんか!』

『諦めるもんか!』

『逃げるもんか!』

『明日のためにッ!!』

 

『一人じゃない!皆で、だろ!!』

『あぁ!!』

『そうだ……そうだよな!』

『行こうぜ、皆ぁああああ!!』

『おうッッッ!!』

『当たり前だコラアァァァア!!!』

 

その叫びには、雄英1年生全員の想いが全て――乗っていた。

 

『『『『『『Puls Ultra!!!!!!!』』』』』』

 

「……皆……すごい……!私にも……できる気がしてきた。いや、違う。やるんだ……!」

 

麗日の内から、ピンク色の輝きが溢れ出す。まるで心そのものが“進化”していくように。

 

──“浮遊の伝播”。

 

それは、彼女の“個性”が進化した証。

 

《重量制限のない、接触による浮遊の伝播》。

 

それは、触れたものだけじゃない。触れている者、そのまた接触している対象までも、すべてを――“浮かせる”。

 

バスティオンが、ふわりと空へ持ち上がった。

 

……奇跡だ。

 

彼女の意志が、皆の想いが、その力をここに実現させたのだ。

 

しかし――その“奇跡”は、敵をもまた、惹きつけてしまった。

 

「いやいや……そこは、ヒミコの気持ちを汲んでほしかったなぁ」

「仲間の行動を無駄にするのは、見てて辛いよねぇ……」

「トガ姉様の邪魔、するなよブサイクが!」

 

突如、空中に姿を現したのは……

 

死柄木弔。

 

Mr.コンプレス。

 

睡魔(スイちゃん)。

 

そして――

 

「ほーら、解除だよん」

 

Mr.コンプレスが笑いながら、麗日の真上に、拳ほどの玉を投げる。

 

──バキン!!

 

中から、膨れ上がるように現れたのは……気絶したままの、巨大な巨人――ギガントマキア

 

「え……?」

 

眼前の空間が、巨大な“脅威”で埋め尽くされる。

 

――麗日お茶子に、避ける術は、ない。




最終話近くのお茶子ちゃんの能力はここで解禁!

…さぁ!もっと強くなるのだ
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