ヒーローのカタチ   作:サモア リナン

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ん?これどうやったら勝てるんだ?


第35話「それぞれの敗北」

 

◆ 対 ギガントマキア(秋芳洞)

 

Mt.レディ

フェイ・ロン(中国ヒーロー)

虎(プッシーキャッツ)

常闇踏陰

障子目蔵

角取ポニー(B組)

 

――山口県・秋芳洞。全長8.9kmに及ぶ日本で二番目に大きい鍾乳洞。

鍾乳石が天井から垂れ下がり、地下水の湿気が洞窟内をしっとりと包む。地鳴りが遠くから伝わり、空洞全体に振動が広がる。そんな広大な迷宮の奥深く、巨大な影が進軍していた──ギガントマキアである。

 

「ここなら……アンタの大きな身体も、狭い通路で動きが封じられるはず!」

Mt.レディは洞窟内でも周囲を邪魔しない程度の大きさに巨大化。細心の注意を払いながら、巨体に合わせて位置取りを調整する。

 

だがマキアは感情のまま、際限なくさらに巨大化する。狭い通路で四肢を振るいながら怒声をあげる姿は、まるで生きた岩の塊のようだ。

「がああぁ!こんな狭い所で…動きにくいじゃねぇか!卑怯者どもめぇぇ!!」

 

常闇踏陰は冷静にダークシャドウを伸ばす。闇に溶け込み、影の中から脚や背を斬撃で狙う。

虎は自身の柔軟な身体を駆使し、マキアの足元に滑り込むように入り込む。軟体で押さえつつ、反撃の隙を生む作戦だ。

障子目蔵は複製能力を最大限に発揮。手足を無数に増やして絡め取り、四方八方からマキアを拘束する。

角取ポニーは地面に角を生やし、洞窟内を撒菱のように改変。足を踏み出すたびに、マキアは痛みを避けたくても逃げられない。

 

フェイ・ロンは個性「飛車」を繰り出す。一撃は打撃点から十字に衝撃が拡散し、巨躯に打ち込まれる。その衝撃は広範囲に渡り、マキアの巨体を揺らす。

さらにMt.レディは柔道やプロレス技で追撃。巨体を壁に押し付け、反動で背中をたたく。

 

「主よ……!主よぉぉぉぉ!!」

「うるさいわね!夢の中で慰めてもらいなさい!」

Mt.レディは自らの毛髪で編んだ紐状の抑制帯──よくせいたい──を引き、マキアの頸に巻きつける。自分の大きさに応じて紐も巨大化する、特殊サポートアイテムだ。

皆の協力で巻きつけることには成功した。しかし背中合わせで締め上げるのは危険極まりない──一歩間違えば自分たちの死に直結する。

 

だが、マキアは冷笑するかのように紐を振りほどき、ブチブチと千切っていく。

「うおぉぉぉ!!!こんなものごときおおぉ!!」

Mt.レディは息を呑み、背筋が凍る。まだ倒せない──マキアの暴力への対抗は容易ではない。

 

抑制帯は千切れ、一旦距離をとるMt.レディ。

ヒーローたちは戦略を再確認する。いかにここで下すことが重要か──その認識は、全員の背筋を冷たく走らせた。

 

フェイ・ロンが連続打撃を叩き込む。その衝撃は洞窟内に共鳴し、全身を走る。だがマキアは微動だにせず、力強く歩みを進める。

「くぅ!!浸透勁でも身体内部まで衝撃が届かないのか!!」

虎は悔しさに歯を食いしばり、拳を握りしめる。

 

「ならば…これでどうだ!!」

障子目蔵は複製能力を限界まで拡張。腕から腕を生み、さらにその腕から更に複製される──無限樹形図のようにマキアに絡みつく。全身を複製して攻撃を繰り返し、追撃を続ける。

常闇はダークシャドウを自らの影に取り込み、力を増幅。「ダーク・グラス・アビス・ジョイント!」で攻撃力を三乗にまで押し上げる。

 

Mt.レディは距離を取り、助走をつけて全力のドロップキック──

ドゴンッ!!!

 

全員の力が合わさり、ついにマキアは膝をつく。

生まれて初めて、脳が揺れるような衝撃を受け、「痛い」以外の思考が浮かばない。

「ぐほぉ!?……何だ…これは……主よ、お助けを……主よぉぉぉ……」

 

さらに角取ポニーの角が飛び回り、特殊繊維で動きを制限。5人の連携で、ついにマキアは追い詰められた。

「おいしいところ、いただき!これで…決めた!!」

「ナイス!トドメだあぁ!!」

 

角取の角が最後の制圧を試み、5人が総力を注いだ──はずだった。

 

洞窟の暗がりで、不穏な影がうごめく。

「マキアに正面から勝つなんて無理なはずなのに…ヒーローってのは強いなぁ…ムカつくぐらい」

Mr.コンプレスの姿が現れた瞬間、空気が凍る。

 

ぎゅごおぉ………

 

「「「……え?」」」

 

その瞬間、マキアもヒーローも、全員の身体が圧迫されるように力を奪われた。洞窟内の空間が歪み、音が歪み、振動が連鎖する。

次の戦場へと向かう重々しい足音だけが、静寂を破った。

 

「あいたたた…頭痛かぁ……次はどこが痛くなるのかな……怖い怖い……」

Mr.コンプレスの乱入によって、秋芳洞での対ギガントマキア戦──ヒーロー側は完全敗北を喫したのである。

 

 

◆ 黒霧の護衛任務(中央病院)

 

サー・ナイトアイ

マンダレイ(プッシーキャッツ)

ピクシーボブ(プッシーキャッツ)

耳郎響香

拳藤一佳(B組)

 

──中央病院・特別警備区画。

 

黒霧を収容する病室を中心に、複雑な警備ラインが幾重にも張り巡らされていた。侵入者の突破を防ぐべく、ヒーローたちと警官隊がそれぞれの配置に着く。

 

ナイトアイは冷徹な眼差しで配置図を見下ろし、未来視を駆使して“敵の侵攻の手”を先読みしていた。その指示は無駄なく、しかし確実に味方へ届く。

 

「マンダレイ、全兵力の連携を統一しろ。私の指示は即時に全員へ伝達するんだ」

念話を受けたマンダレイは、冷静に全員に指示を飛ばす。ピクシーボブは地形を自在に操作し、廊下や階段を落とし穴に変える。敵の侵攻速度を徹底的に削ぐ──通路そのものが罠となるのだ。

 

耳郎響香は静かに壁際に身を潜め、進化した個性「オーディオ・ディスプレイヤー」で、マンダレイの念話をさらに強化。通信はほぼリアルタイムで全員に届く。

 

その連携に合わせ、拳藤一佳や他のヒーロー、警官隊は正面突破を阻むための動きを徹底した。

 

「黒霧は病室から出すな。敵は必ず収容区画の中央に直線的に突破を狙う」

ナイトアイの声は冷たくも確信に満ちていた。

「警官隊は病室手前の廊下で二層防衛を。銃火器は通路の死角を埋めるように固定せよ」

 

「耳郎響香、敵の動きは必ず音に出る。壁越しでも察知できるはずだ。逐一報告しろ」

「拳藤一佳、耳郎の情報を元に常に動け。ヴィランを倒しつつ臨機応変に対応し、通路を塞ぐ時間を稼げ」

 

ナイトアイの指示は容赦がない。しかし、ヒーローたちは迷わず従う。非戦闘員の避難ルートも地下駐車場に確保され、警官隊の一部は護送につけられている。

 

──黒霧の病室前。

 

耳郎は壁へジャックを伸ばし、静かに息を潜めた。

「来る……左翼の外壁を突破してる!」

 

即座にナイトアイが応じる。

「拳藤、廊下三番の出入口を塞げ! ピクシーボブ、床を崩して落とし穴を展開! 警官隊、銃列は後退せず前進しろ!」

 

マンダレイの念話が全員に響き渡る。

《ナイトアイの指示! 全員、指定位置へ!》

 

地響きと共に通路が沈み込み、敵の先陣が穴に飲み込まれる。

直後、拳藤の巨大な拳骨が壁を変形させ、別の侵入路を完全に閉鎖する。

 

「各員、決して黒霧を渡すな!」

ナイトアイの声は冷たく、しかし絶対的な確信に満ちていた。

 

「おりやあぁぁぁ!!」

拳藤の手のひらは有象無象の敵など意に介さぬ大きさで扇状に薙ぎ払い、時には天罰の如く振り下ろされる。ヴィランたちは恐怖に声を失い、逃げ惑う。

「なんだコイツ!? うわああぁぁぁ…」

 

拳藤は前線で指揮を執る特攻隊長のような役割を果たしていた。

 

耳郎も負けてはいない。

「私だって!! アークアンプ・シェイカー・プレスティッシモ!!」

地にジャックを打ち込み、個性を発動する。それは人工的な地震となり、割れた地面にヴィランたちが嵌り、動きが制限される。

 

地の利すらも自ら作るヒーローたち。だが、押し寄せる敵の波は──終わらない。黒霧を求めて、ヴィランたちは際限なく押し寄せる。

 

「こんなの…っ…時間の問題じゃない!」

防衛線は数の多さに揺らぎ、心すら崩れ落ちそうになる。しかし、彼らの隣には──かつてのナンバーワンのサイドキック、サー・ナイトアイがいた。

 

「まだ耐えられる! 大丈夫だ、ここはまだ突破されない!」

その声に、全員の士気は僅かに高まる。

 

だが──ナイトアイの目に映る未来は、残酷だった。

 

(未来は……見えている。ここは敗北する。黒霧も奪われる。だが、私たちは少しでも多くのヴィランを足止めするための時間を稼ぎ、全滅の未来を遠ざけることが目的だ……)

 

サー・ナイトアイは、この全面戦争で多くのヒーローが死ぬことも知っていた。公安のトップにも報告済みだ。だが、全体的な被害を最小限に抑えるためには、犠牲もやむを得ない──。

 

(なんて……度し難い。歯がゆい。無力。自らに吐き気がする。想定通りの被害連絡ですら、軽くはならない。私たちのしていることは、敗北の未来を見えなくなる未来まで先延ばしにしているだけ──)

 

それでも──諦めてはいない。

耐え、戦い、少しでも多くの時間を稼ぐ。それが、自分達のできる精一杯だと信じて。

 

「私は……今日ほど、自分の個性が恨めしいと思ったことはない……」

その独白は誰に聞かれることもなく、自らの胸に響いた。

 

当然、この場所が囮であることを知っているのはサー・ナイトアイだけ。

他のヒーローは、命を懸けて黒霧を守ろうとしている──それこそが、本気の布陣なのだ。

 

だが、勝利したとしても、この事実を公表できない。公表すれば、戦術的犠牲としての自らの判断が責められる。それを恐れれば、結局自分たちの命も危うくなる。

 

「はぁ……本当に……嫌な役回りだ……」

サー・ナイトアイのため息は、止まることを知らなかった。

 

 

◆ 対 SVP社員隊(市街地戦)

ギャングオルカ

骨抜柔造(B組)

黒色支配(B組)

雄英特製ロボット群

 

──焦げたアスファルト、崩れ落ちたビルの瓦礫、立ち上る黒煙。街は完全に戦場と化していた。

 

その中に立つのは、元異能解放戦線の幹部たち──リ・デストロ、外典、スケプティック、トランペット。

 

「雑兵ではない……全員、精鋭だ」

戦場を見渡すヒーローたちの胸に、緊張が走る。SVP社の社員は、これまで出会ったどの敵とも違う――未知の力を秘めた強敵だった。

 

 

前線──ギャングオルカ vs リ・デストロ

 

リ・デストロの筋肉が膨張し、拳を振り上げればビルがガラガラと崩れる。まるで地面まで揺れるかのような衝撃波。

 

「ぐわああぁ!!」

ギャングオルカは咆哮を上げ、超音波を放ってリ・デストロの巨体を揺らす。

「よろめいたか…?」

しかしリ・デストロは微動だにせず、巨体を揺らしながらも前進を止めない。

 

その隙に、外典が氷の壁を展開する。仲間を包み込み、街の一角を即席の要塞に変える。冷たい氷壁が、炎と瓦礫の間で無言の盾となる。

 

「ここを守る…! 絶対に通させない!!」

ギャングオルカの咆哮は、戦意をさらに奮い立たせる。

 

 

外典 vs 骨抜柔造&黒色支配

 

「街ごと捻じ曲げてやる!」

骨抜柔造の個性“柔化”が建物をぐにゃりと曲げ、氷壁を押しつぶす。

 

黒色支配は影を広げ、外典の足元を捕らえた。冷たい氷の上に、暗い影が絡みつく。

 

「影と柔化……どう捌く?」

外典は氷嵐を巻き上げ反撃する。しかし都市そのものを武器に操る二人の連携は強烈で、押され気味の状況が続く。

 

「まだ……まだ、諦めるわけにはいかない!」

外典の声が、氷と影にかき消されそうになりながらも戦場に響く。

 

 

雄英特製ロボット群 vs SVP社員群

 

別区画では、雄英特製ロボット群と社員部隊が激突していた。

 

閃光弾が炸裂し、装備を駆使して応戦する社員たち。しかし後方から、スケプティックのドローンが精密な支援攻撃を放つ。

 

「この街は我々が守る!」

トランペットの演説が戦場に響き、社員たちの士気を鼓舞する。戦列は崩れず、まるで意思を持った生き物のように前進を続けた。

 

 

戦場は混沌を極めている。

 

オルカの咆哮が街を震わせ、リ・デストロの怪力がビルを崩す。

骨抜と黒色が氷を打ち破り、外典が必死に反撃する。

ロボット群と社員たちのぶつかり合いは拮抗し、どちらも一歩も退かない。

 

炎が街を包み、氷が割れ、影が伸び、音が裂け、機械が轟く。

 

街の原形はもはや無い

 

 

 

◆ 対 扇動された一般人 + ダツゴクヴィラン(墜落戦艦バスティオン内部)

 

──崩落した戦艦バスティオン。

暗く、閉ざされた鋼鉄の迷宮。

その奥で、ヒーローたちは市民を守るため奮戦していた。

 

リューキュウが巨体へと変じ、通路を塞ぐように構える。

「ここは通さない──!」

鋭い鉤爪で暴れる脱獄ヴィランを弾き飛ばす。

 

鎌切と宍田が前線を切り裂く。

刃と拳が閃き、敵の列を切り崩す。

「数が多すぎる……でも止める!」

 

背後では柳の幽体操作が敵の武器を絡め取り、泡瀬が即席のバリケードを築き、回原が足止めの回転を繰り返す。

「戦える、押し返せる──!」

仲間の心が一瞬、希望に揺らめいた。

 

その時だった。

 

「……ワカハ……ドコニ……」

 

不意に響いた、濁った声。

次の瞬間、黒い槍が鋼鉄の壁を貫き、空間を埋め尽くした。

幾千もの漆黒の杭が、空から、地から、壁から、無差別に伸び出す。

 

悲鳴が上がった。

市民もヴィランもヒーローも、区別なく串刺しにされる。

 

姿を現したのは──脳無。

だが、その面影を知る者は僅かに気づくだろう。

かつて死穢八斎會に属した「玄野 針」。

 

今はもう、名を呼んでも届かない。

トゥワイスに回収され、柄木によって補完され、タルタロス脱獄者ヴェットの手で脳無に作り変えられた存在。

セルドライバーを背負った巨躯が、戦場そのものを貫通していた。

 

「ぐっ……動けねえ!」

宍田の腕が壁に縫い止められる。

鎌切が斬撃で杭を断つが、切った端から再生し、無限に増殖する。

「斬っても斬っても……止まらねえ!?」

 

柳の幽体操作も、槍の本数に押し潰され、影のように飲み込まれる。

泡瀬が急造の障壁を組み立てるが、鋼材すら紙のように貫かれた。

 

「止まれえええッ!」

回原がスピンで槍の群れを薙ぐ。

だが、ただの一撃で体ごと吹き飛ばされ、鉄壁に叩きつけられた。

 

リューキュウが雄叫びをあげる。

巨体で全身を張り巡らせ、味方を庇う。

黒い杭が幾十も突き刺さり、鱗を貫いて赤が飛び散る。

「う……あああッ……!」

龍の咆哮は痛みに濁り、動きが鈍った。

 

脳無となった玄野は、感情の欠片すら見せず、ただ機械的に杭を射出し続ける。

鋼鉄の迷宮は瞬く間に黒い林と化し、ヒーローの動きを奪っていった。

 

やがて戦場の音は、悲鳴と崩落だけになった。

 

リューキュウの巨体は杭に縫い止められ、鎌切も宍田も動けず、柳も泡瀬も無数の影に絡め取られる。

外国人ヒーローたちは次々と串刺しにされ、動かぬ肉塊と化していった。

 

──制圧できると思ったのは幻だった。

 

ただ一体の脳無が、戦艦内部のヒーロー部隊を壊滅させた。

その中心で、玄野針は意味を成さぬ言葉を繰り返す。

 

「……ワカハ……ワカハ……」

 

守るべき人々の血にまみれ、ヒーローたちの敗北は決定的となった。

 

爆発と崩落の中、辛うじて動けたのは、リューキュウとB組のメンバーだけ。

瓦礫の間を縫い、煙と黒い槍の林を抜け、やっと戦艦の外部へ辿り着く。

 

荒れ狂う風と崩落の轟音の中、リューキュウは肩で息を切らし、血だらけの手を握る。

「……負けた……」

呟きは、絶望そのものだった。

 

B組の生徒たちも、口ごもるように同じ言葉を繰り返す。

戦場に残された仲間、壊滅した戦力、そして目の前の脳無──。

「……俺たちは……負けたんだ……」

 

戦艦バスティオンの残骸を背に、彼らの視界に映るのは、血と鋼鉄と黒い槍に埋め尽くされた惨状だけだった。

 

 

◆ 対 型落ち脳無(工業地帯)

 

対 型落ち脳無

バーニン & “炎のサイドキッカーズ”

その他各事務所のサイドキックたち

外国ヒーロー10名

 

─工業地帯。焦げた鉄の匂い、油の燃える臭い、そして歪んだ機械の残骸が散乱する広大な敷地。

 

バーニンとその仲間、“炎のサイドキッカーズ”、そして各事務所から駆けつけたサイドキックたち、さらに外国ヒーロー十名が一丸となり、型落ち脳無の群れに立ち向かっていた。

 

「もう終わりだ! この戦いも、そろそろ決着がつくはずだ!」

バーニンの声が、焼け焦げた鉄骨に反響する。

 

無数の型落ち脳無たちは、彼らの必死の攻撃に次々と焼かれ、崩れ、沈黙した。勝利が目前に迫っている。

ヒーローたちの胸に、わずかな安堵の光が差し込む。

 

だが──その瞬間、工業地帯を包む空気が、かつてないほどに熱く、蒼い光に染まった。

 

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!」

 

誰もが息をのむ。信じられない光景が目の前に広がる。

 

「うそ…あれは……そんな、信じられるかあぁぁぁ!」

 

目の前に現れたのは、“薪骸”の荼毘─

─その背後に立つのは、かつて同じ事務所のトップそれが荼毘と同じく薪骸となっていた

 

「エンデヴァー…」

 

「……まさか、あいつらが……」

 

誰かの声が、震え混じりに響く。

 

──これは完全な想定外ではない。

自分たちの戦場に荼毘が現れる可能性は、ある程度計算には入っていた。だが、エンデヴァーの薪骸化はあり得なかった。現実に立ちはだかるその光景の前では、想定など意味を成さなかった。

 

二人から吹き出す炎は、ただの火ではない。赤橙色に燃えるエンデヴァーの炎と、青白く冷たくも猛々しい荼毘の炎が、工業地帯全体を包み込む。

 

「やばい……工業地帯が……地獄みたいになってる……」

誰もが声を潜め、しかし目を逸らせない。

 

鉄骨が熱で軋み、地面がひび割れ、炎の熱波が戦場を揺らす。型落ち脳無たちも、その熱量に翻弄され、次々と倒れ伏していく。

 

「くそぉ……止められるのか?」

バーニンは拳を握り締める。汗と煤で顔が黒ずんでいるが、その瞳には決意が宿る。

「いや……やるしかない……!」

 

炎の中、彼らは前進を続ける。薪骸となった荼毘とエンデヴァーは静かに立つだけで、熱と光で周囲の全てを蹂躙する。

その存在は、まるで戦場の中心に降臨した災厄の象徴のようだった。

 

──工業地帯は、青白い炎と赤橙色の炎が交錯する、まさに地獄絵図となった。

ヒーローたちは、血と汗と煤にまみれながらも、一歩も退かず前に進む。

だが──心の奥底で、誰もが悟っていた。

 

「……これは、ただの戦いじゃない……生き残れる者と、生き残れない者が分かれる場所だ……」

 

そして、蒼炎と紅炎が作り出す異様な光景の中、型落ち脳無たちも再び立ち上がろうとしていた──まるで、この地獄の火が彼らを再生させるかのように。

 

◆ 市民防衛戦(雄英高校・第一雄英バリア前)

 

市民防衛

根津(校長)

イレイザーヘッド

プレゼントマイク

セメントス

その他日本ヒーロー15名

 

 

──最後の砦、雄英。

街から押し寄せた避難民は数千。

それは守るべき「人々」だったはずなのに、砦の中に流れ込んだのは恐怖と怒りの奔流だった。

 

「全部ヒーローのせいだろう!」

「守るって言って、何一つできなかったじゃないか!」

「俺たちの家族を返せ!」

 

怒声と罵声が広場に木霊する。

誰もが冷静ではいられない。

失ったものの大きさが、そのまま敵意に変わっていた。

 

「落ち着け! 俺たちは君たちを守ろうとしてるんだ!」

プレゼントマイクが声を張り上げても、群衆のざわめきは消えない。

むしろその大声すら敵意を煽るように響いてしまう。

 

「……くそ」

セメントスが壁を築き、人波を押し返す。

だが押し寄せるのはヴィランではない。市民だ。

その事実が、彼の表情を苦く歪めた。

 

混乱に紛れて、暴力をふるう者、暴れ回る者が現れる。

誰かが叫んだ。

「そいつはヴィランだ!」

 

その一声で、空気は爆発した。

「捕まえろ!」

「殺される前に押さえろ!」

暴走する市民と、本当に紛れ込んでいるヴィランとを見分ける余裕はない。

 

イレイザーヘッドは一瞬だけ目を伏せ、そして決断した。

「……拘束しろ。隔離だ」

 

ヒーローたちは動いた。

力で押さえつけ、縄や拘束具で縛り、バリアの奥へと隔離していく。

抵抗する者は叩き伏せるしかなかった。

 

「やめろ! 俺は市民だ! ただ怒ってるだけで──」

「離せ! 怪我人を助けようとしただけだ!」

叫びも泣き声も、拘束の鎖にかき消される。

 

──ヒーローの手は、守るためではなく、抑えつけるために伸びていた。

 

その光景に、根津校長の小さな体は震えた。

「……これしかない、か」

前足を握りしめる。

小さな肉球に爪が食い込み、赤い雫が滴った。

「これが……我々の選択なのか」

 

横でイレイザーヘッドもまた、歯を食いしばっていた。

縛られていく市民の姿を直視しながら、握った拳に爪を立てる。

皮膚が裂け、血がにじみ、滴が地面に落ちる。

「……俺たちは、何をやってる」

その呟きは誰にも届かない。

届いたところで、答えはどこにもない。

 

それでも、命を繋ぐ術はあった。

物間がコピーした黒霧の個性──ワープゲート。

「急げ! 今だけは……!」

ゲートの向こうに、多くの避難民が転送されていく。

わずかだが、確かに命は救われた。

 

だが救えたという事実よりも、目に焼き付いた光景の方が大きかった。

 

市民の視界に残ったのは──

怒号を力で黙らせ、暴れる者を地面に叩き伏せ、拘束していくヒーローたちの姿。

 

そこに「守護者の象徴」はなかった。

代わりに映ったのは、恐怖で群衆を従わせる支配者。

──まるでヴィランのように。

 

そしてヒーロー自身も理解していた。

血の滲む手の痛みが、その事実を突きつけていた。

 

「これは……勝利ではない」

誰もが心の奥で、そう呟かざるを得なかった。

 

◆崩壊の報告──

 

モニターに映る戦場の映像。

崩れ落ちる建物、焼け焦げた地面、そして倒れるヒーローや脳無。

画面の向こうで、ヒーローたちの表情は硬直し、誰もが言葉を失っていた。

 

「……状況が悪すぎる……」

「これ…もう、勝てないんじゃないか……」

 

どの声にも、疲労と絶望が入り混じっていた。

息をのむような静寂が、通信回線を伝って画面越しの部屋を支配する。

 

そんなとき──。

 

「帰還したぞ……腕をやられた。治療を頼む……戦況が芳しくないのか?」

 

銃声の余韻と共に、スナイプが姿を現した。

その姿を見た瞬間、地上のヒーローたちの胸に、わずかな希望の光が差し込む。

 

報告は次々に続く。

 

クサナギの裏切りにどう対処したか。

死柄木葬華の成長ぶりと危険度。

脳無型セルドライバーの存在。

そして、月に残るマスコーダーの状況。

 

情報は冷徹かつ迅速に整理され、現場の絶望的な戦況を共有する。

それを受け、彼らは作戦の再構築に取りかかった。

 

──結果、導き出された作戦は、極めて過酷で非人道的とも言えるものだった。

 

若きAFO、老AFO、残る灰濁メンバー、危険度の高い一部のSVP社員、そしてヴィランやダツゴクまでも。

そのすべてを、死柄木葬華のように月面基地へ強制転送する──という案だった。

 

だが、個性犯罪者用の設備は未整備であり、時間が経過するほど劣悪な環境に変化するのは明白だった。

人としての対応は不可能。これは“人に人として接する”行為ではない。

 

しかもこれは、一時的な追放に過ぎず、問題を先送りするだけの策である。

成功する保証など、どこにもなかった。

 

だが、猶予はない。

状況を少しでも改善するには、この手しか思い浮かばない。

思考と理性が行き着いた先は──残酷な現実だけだった。

 

通信の向こうで、マスコーダーが短く、しかし確実な声で答えた。

 

「そんなに…酷いんですか……分かりました。死柄木を一人にするのは怖いですが」

 

彼女は、地上に転送される決意を示した。

覚悟を決めた瞬間、わずかながらも希望と恐怖が混ざり合う。

最後の希望か。それとも、ただの悪あがきか。

 

──決断の時は迫っていた。

最終戦への加速は、誰の心にも、容赦なく迫る。

 

戦場の空気は、今までにない緊張と重圧で満ちていた。

そしてその中心で、ヒーローたちは──人知れず、自分たちの全てを懸けていた。

 

最終戦は、もうすぐ始まる

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