ヒーローのカタチ   作:サモア リナン

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不快な表現がありますので読む際にはご注意ください

※特に市民防衛戦


第37話「残響」

 

対 SVP社員隊

 

工業区の一角。

瓦礫が積み重なり、火花が散る戦場に低く響く咆哮が轟いた。

 

「オオオオォォォ──ッ!!」

 

ギャングオルカの衝撃波が前線を薙ぎ払い、重装兵の列ごとリ・デストロを吹き飛ばす。

その影で骨抜柔造が地面を柔化させ、社員やロボット兵を次々と呑み込む。

 

「柔化で足を取った! 今だ、黒色!」

「闇に還れッ!!」

 

黒色支配の闇が伸び、敵を絡め取った瞬間、雄英特製ロボット群が一斉に火線を走らせた。

連携は鮮やか。プロヒーローとロボットの共同戦線により、戦場は拮抗しているかに見えた。

 

だが──。

 

「ぐっ……押されてる……!」

「ちぃ! 数が多すぎる!」

 

次第に形勢は傾き始める。

理由は明白だった。

 

「気をつけろ! アイツら、セルドライバーを装着してやがる!」

「脳無まで出てきたぞ!」

 

状況を見守っていたギャングオルカの表情が険しくなる。

さらに追い打ちをかけるように、背後の丘陵地帯から二つの影が現れる。

 

「……まさか……ヴェットと柄木!?」

 

最悪の報せに場の空気が凍りついた。

 

「後退は許されねェ……!」

オルカが唸り声を上げる。

「救援を要請する! 一気に踏み込むぞ!」

 

 

 

通信に応じたのは、バスティオンで敗れ重傷を負いながらもなお戦場に戻ってきた者たちだった。

リューキュウ、鎌切尖、宍田獣郎太、柳レイ子、泡瀬洋雪、回原旋。

 

さらに──。

 

天喰環、峰田実、切島鋭児郎、佐藤力道。

そして自衛隊の増援部隊と戦闘機群。

 

戦場の光景はもはや国家間戦争の様相を呈していた。

 

 

 

「……やるしかねぇ」

天喰環が自らを奮い立たせるように呟く。

 

仲間たちが命懸けで繋いできた戦線。

ならば自分が開ける番だ。

 

「こんなの間違ってる……でも……今しかない!」

 

両腕に集約した“混成大夥”の光が暴発する。

 

「──プラズマキャノン!!!」

 

轟音。

白光。

 

ズオオオオオオォォンッ!!

 

「「バカなあああぁ」」

 

炸裂した砲撃はリ・デストロと外典を巻き込み、SVP社員たちをまとめて撃ち抜き、そのまま丘陵地帯へと貫いた。

 

「はぁ、はぁ……ッ! みんな、今だぁーーーッ!!」

「見事だ!」

 

歓声が飛び、戦場は一瞬だけ希望の色に染まる。

 

 

 

リューキュウの背に飛び乗り、ヒーローたちが刃を振るう。

宍田が咆哮し突進、柳レイ子の霊体が敵の銃を弾き飛ばす。

泡瀬はロボットを改造し即席の盾を作り上げ、宙を駆ける。

 

切島の硬化は車体を鉄壁と化し、峰田のモギモギは立体防壁を張り巡らせる。

佐藤は後方で糖分を蓄え、出番に備えていた。

 

劣勢は覆せていない。

だが、確実に“攻め”へと転じつつある。

 

 

 

そして戦況は、敵後方の丘陵地帯にそびえる巨大建造物へと移った。

 

だが──その建物は僅かに蠢いていた。

 

「まさか……黒ノ家……!」

 

阿賀月事件を知る者ならば、その名だけで血が凍る。

入れば終わり。催眠の罠が待ち受け、最悪の全滅が約束されている。

 

だが、敵はあえてわかりやすい罠を提示している。

──挑発だ。

 

「……舐めやがって……」

 

血管が浮き上がり、ギャングオルカが咆哮する。

その姿は一回り巨大化し、まるで本物の怪物。

味方ですら息を呑んだ。

 

「これは確かに腹が立つ──。

沢山食べておいて正解だったぜ!!」

 

佐藤力道が高機動車から飛び降りる。

「黒ノ家」は自分に任せろと告げ、助走をつけるため一直線に駆け出した。

 

その走りは車を追い抜くほどのスピード。

わずか2kmを全力で踏破し、砂煙が地面を覆う。

 

ドドドドドドドッ──!!

 

黒ノ家の目前50m。

力道は大跳躍し、両脚は空気摩擦で赤熱する。

 

「いっくぜぇぇぇッ!!

シュガーフレイル・マキシマム!!!」

 

ゴンッ!!!

 

全力のドロップキックが直撃。

巨大な黒ノ家は壁を貫かれ、外壁と屋根が吹き飛び、内部が露わになる。

 

バキバキバキバキ……!

 

「ぎゃあああああ!!!」

 

建物自体が呻くような音を立て、やがて完全に崩れ落ちた。

 

ッズザザザザザザァーーーッ!!!

 

力道は勢いのまま反対側に着地し、ようやく減速。

膝に手をつき、汗を滲ませながらガッツポーズを決める。

 

「はぁ、はぁ……よっしゃぁーー!!」

 

峰田と切島は「「流石やで佐藤!」」と声を揃え、ハイタッチ。

だが、その光景を目の当たりにした天喰、ギャングオルカ、そしてプロヒーローや警備隊員たちは、ただ呆然と口を開けていた。

 

「「「…マジで?」」」

 

──黒ノ家は完全に倒壊。

 

 

これで終わればどれほど良かっただろうか。

 

 

 

……決着はついていない。

 

土煙の奥から、二つの影が姿を現した。

 

一人は──サンバの羽飾りを思わせる、ド派手すぎるドレス型セルドライバーを纏うヴェットだった。

煌びやかで、紅白歌合戦のステージからそのまま抜け出してきたかのような派手さ。

だがその笑みは、楽しげでありながらも不気味さを孕んでいる。

 

問題は、その“スケール”だった。

中心にいるはずのヴェット自身がオマケのストラップか何かにしか見えないほど、異様な巨大感を放っていた。

 

──完全に場違い。

だがその違和感すら、戦場における威圧となってのしかかってくる。

 

そしてもう一人。

 

そこにいたのは超巨大脳無。

人間の域を遥かに超えた巨体の、頭部がくり抜かれ、操縦席のようになっていた。

その座席に座る柄木が握っているのは、無骨な縦レバーが二本。

 

「……あれでどうやって操作してんだ……?」

 

誰もが一度は疑問を抱いた。

二本のレバーで、この巨躯を制御できるのか。

そもそもこれはロボットなのか、人造人間なのか。

問い詰めたいことは山ほどあったが、残念ながらここは戦場。そんな余裕はない。

 

場違いで、異様で、ジャンルを履き違えた存在感。

だがその圧力だけは、疑いようもなく本物。

 

「ヒーロー嫌いだわー! ノックくらいしなさーい!」

「ヒーロー嫌いじゃわー! お邪魔しますも言えんのかー!」

 

場違いな軽口とは裏腹に、その存在感は戦場を圧倒する。

 

「…てか…おい、ちょっと待て。黒ノ家より……でかくね?」

 

「「「え…その装備と脳無でどうやって家に入ってた!?」」」

 

誰もが突っ込まずにはいられなかった。

だが次の瞬間には、戦場全体を覆う圧力が牙を剥く──。

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

街区大通り

 

大通りは、もはや地獄そのものだった。

怒号と罵声が飛び交い、投石が雨のように降る。

市民に紛れ込んだダツゴクが火種を撒き散らし、群衆は暴徒と化す。

 

数に押されるヒーローたち。

やむなく下した決断は──「ここは後回し」。

 

落ちたバスティオン外周にセメントの壁を築き、暴徒を隔離する。

苦渋を飲み込んでの切り離しだった。

 

だが、ただの暴徒ならそれでよかった。

問題は……群衆に混じる脳無だ。

 

その中でも、ひときわ厄介な存在。

元・死穢八斎會の構成員「玄野 針」を素体とする脳無である。

 

型落ち脳無を遥かに上回り、並のヒーローを次々と矢印で貫く。

リューキュウ達に勝った怪物。

中途半端な戦力をぶつければ被害が拡大する一方だ。

 

──ゆえに、転送対象に選ばれた。

月面基地へ、強制排除。

 

白羽の矢が立ったのは葉隠透。

進化した透明化は「触れた対象も一緒に透明化」できる。

つまり、“カタチ”を持って接近しさえすれば……転送可能。

 

だが、透過はしない。攻撃は当たる。砂埃が舞えば存在もバレる。

だからこそ──囮が必要だった。

 

立ち上がったのは士傑高校の3人。

夜嵐イナサ(旋風)、現見ケミィ(幻惑)、肉倉精児(精肉)。

 

「君はライバル校の生徒だ。将来は共に切磋琢磨する仲……1人で死地に向かう必要はない。いや、させはしない」

精児が静かに断言する。

 

「っすね!よっしゃ……作戦通り行くっすよ!!」

夜嵐が雄叫びを上げ、

 

「え、え、そんなガチで考えなくてよくね? フツーに頑張ろ〜でいいっしょ?」

ケミィが空気を柔らかくする。

 

──それが、葉隠の胸を軽くした。

「ふふ……ありがとう。うん、頑張ろう!」

 

作戦はSAT(特殊強襲部隊)の援護を受けて開始された。

 

 

現場に到着し目で見て耳で聞いたのは怒号、罵声、火の粉。

瓦礫の散乱する大通りは、まさに戦場。

 

「Right side、Left side、……Clear、Go」

隊員の号令で、迅速に前進。

 

犠牲なく玄野脳無の目前まで辿り着く。

 

暴徒の群れの中を、矢の雨が切り裂く。

──玄野脳無。

矢印を生やした全身が、異様な唸りをあげて蠢く。

 

「ワ……カ……」

 

一閃。

放たれた矢は街灯を貫き、ビル壁を抉り、悲鳴と共に弾け飛ぶ。

 

SATの銃撃が火花を散らす。

閃光弾、手榴弾が爆ぜ、黒煙と衝撃波が脳無を包み込む。

しかし──歩みは止まらない。

 

「貫通弾、炸裂弾、熱傷弾、榴弾に…龍弾も効かない…か、情報通りだな」隊員が呻く。

 

「俺が行きます!旋風ッ!!!」

夜嵐が両腕を広げる。

大気が唸り、五本のトルネードが荒れ狂い、瓦礫を巻き込みながら玄野脳無を包囲した。

 

ゴウウウウウッ!!

 

だが。

脳無の矢印が一斉に解き放たれる。

──バキバキバキィィン!!

竜巻は瞬時に裂かれ、散った。

 

「な、何だよコイツ!!」

 

「まだだぁぁぁ!!!」

夜嵐がさらに十本の竜巻を起こし、天へと吹き上げる。

大通りが轟音で震え、ビルの窓ガラスが次々と砕けた。

 

だが脳無は正面から突っ込んでくる。

矢印が風を切り裂き、空気そのものを叩き潰すかのように。

 

「ぜ、ぜんっぜん効いてねぇ! 自信なくなるっすよォ!!」

 

突き刺さる矢印。

夜嵐の胸を貫いた──かに見えた。

 

「……ワ? カ?」

脳無が訝しげに首を傾げる。

 

通り抜けた矢は虚像。

ケミィの幻惑だ。

 

「ガチでワロす〜! 幻のワンチャン、見抜けなかったぽよ」

 

矢印が幻像を追い、周囲に降り注ぐ。

瓦礫が砕け、アスファルトが弾け飛ぶ。

 

その隙を──肉倉が突き進む。

「隙ありだ! 我ら士傑の華麗なる連携、喰らえッ!!」

 

精肉の個性で脳無の腕が肉塊へと変わり、地に落ちる。

だが次の瞬間。

矢印を自らに突き刺し、肉塊は逆巻くように再生した。

 

「回復……いや、巻き戻しか。厄介だな……!」

 

「ワ……カ……!!」

全身の矢印が唸り声をあげ、八方へと解き放たれる。

 

→ ↗︎ ↙︎ ⤴︎ ⤵︎ → ↗︎ ↙︎ ⤴︎ ← ↑ ↓ ↖︎ ↘︎

 

嵐のように襲いかかる矢。

まるで意思を持った群れだ。

 

「くっ……来るっす!!」

 

「これガチやば! バリぶっパで無理ゲすぎて草ァ! でも──アンタ、今はもう詰み案件☆」

ケミィが幻像を保ち続ける。

脳無には全て命中しているように錯覚させて。

 

──本命は、背後だ。

 

「みんな……ありがとう。私、行くよ」

透明の影が忍び寄る。

葉隠透。

 

足音も、息遣いも消して。

ゆっくり伸ばしたカタチの手が、脳無の背を掴む。

 

……シュン……

 

光が走る。

玄野脳無の巨体が一瞬で霧散し、月面基地へと転送された。

 

「……まずは一体」

葉隠が小さく呟く。

 

SATがすぐに暴徒を制圧する。

銃声は正確無比、拘束はなし。

個性ではなく、技術と経験で戦場を掌握していた。

 

「我々で対処できるなら、ヒーローは要らない……だが限界はある。だからこそ、我々は“出来る範囲”を極める努力を続けている」

 

自らを把握し卑下せず、矜持を持つ大人の姿。

それは葉隠たち学生の胸を強く打った。

 

──だが休息は無い。

公安…鷹見から新たな指示が届く。

 

「葉隠、ケミィ。君達の連携の有用性が証明された。

次の転送目標に向かってくれ」

 

「夜嵐と肉倉は物間と待機、コンプレスが現れた際の出撃に備えてくれ」

 

「……はい!」

「ガチで行くよん」

 

「了解っす!」

「最も多くのヒーローを圧縮している灰濁のMr.コンプレス…相手にとって不足なし」

4人は力強く頷いた。

 

プロの戦場に、足を踏み入れた実感を胸に突き進む。

 

 

◆ 市民防衛

 

合流したのは、エネルギー供給を担当する上鳴電気と、広範囲を俯瞰できる高速飛行状態の飯田天哉。

 

避難拠点となるのは、雄英高校・根津校長が事前に用意した地下施設。

人工太陽の光に照らされた広大な空間へ、何千もの市民が誘導される。

 

押さえつけてしまった市民には謝罪の言葉を心から告げる。

外で隔離するのが困難と判断し、まだ未完成ながらも温かい人工光と広さを備えた空間は、人々の心を少しずつ落ち着かせていった。

 

しかし地上では、戦いはまだ続いている。

イレイザーヘッドが暴徒を抑え、プレゼントマイクが広域拡声で誘導。

セメントスは街路を封鎖し、暴走する群衆を物理的に隔離していた。

 

「落ち着いてください! この人数での混乱は危険です! 先ほどの抑圧は誠に申し訳ありません。心から謝罪致します。そしてどうか…どうか皆さん、雄英高校の準備が整った地下施設へご案内させてください!」

 

だが喧騒は鳴り止まず、声を荒げる市民の中には、混乱を煽る意図のある者も混ざっていた。

 

《「力で解決しやがって!!テメェらやってる事、ヴィランと同じじゃねぇか!」

「もうやめてくれ、アンタらが暴れたせいで避難出来なくて、子供や年寄りに怪我人が増えているんだよ!俺だって怪我したんだ!本当に危ないんだからマジで何もするなよ」

「はぁ?こんな扱いで納得すんのかよ!!俺はただ人間扱いしろ、ゆっくり休める場所がほしいと言っているだけじゃねぇか!」

「言ってねぇ!!ただ不満を暴言にして煽ってるんじゃねぇか!迷惑だからやめてくれ、静かにしてくれよ」

「なんだと!?みんなが納得して休めるように身を切って意見している俺を否定するのか!!俺は自分のためだけじゃなく周りを見て、みんなのために言っているんだぞ!?」

「だから!そう言う正論は分かなくもないが今はやめてくれと言っているんだ」

「はぁ!?俺の言葉でここまで救援が進んでいるような物だろ?無かったら絶対に今より避難は進んでいなかった!それが恩人に対する態度かよ!!」

「うぅ…なんなんだよアンタ達…勘弁してくれよ」》

 

言葉による暴力、不安の扇動。

明らかに市民を混乱させる存在がいる。

教員たちは決戦場へは向かわず、後方防衛に徹する。

少しでも状況を落ち着かせるために。だが、それでも、文字通り「舌戦」がここまで必要になるとは思わなかった。

 

怪我人も多数。

状況がエスカレートすれば、死者が出る可能性もある。

──小を犠牲にして多数を守るしかない。

強行避難が必要だと判断したその時、プレゼントマイクが個性を使い、大声で宣言する。

 

「ナーーウ! 他者を扇動したり不安にさせる者は雄英の隔離室に強制収容します! ヴィラン判定ではありません! ただ静かにしている方々と同じ空間にいることは出来ません! 落ち着けば、避難はもっと早く進みます! 地下には人工太陽と広大な敷地があります! どうか、俺たちに助けさせてくれ! Does everyone understand?」

 

しかし声は届きにくく、混乱は続く。

 

《「全員助けるべきだろ! 自分に都合の良い人間だけを助けるのか!」》

《「俺をどこに連れて行くんだ! 平等に扱え!」》

 

「申し訳ありません。あなたは別の場所へ避難していただきます。貴重なご意見は今後の参考にさせていただきます。しかし今は、皆様の身体と精神の安寧を優先させてください。落ち着けば、改めてお話を伺います」

 

飯田は飛行形態で煽動者を確実に隔離する。

時間はかかるが、一人ずつ、確実に。

 

中にはヴィランの可能性がある者もいれば、パニック障害で自分の感情を制御できない人もいる。

だからこそ隔離は、肉体的にも精神的にも負担が大きい。

しかもこの場のほぼ全員が、飯田の姿を見ている。

 

──それでも、最も多くの市民を守るために。

“自分の行動は正しいのか”と迷う暇はない。

後から誰に何を言われようと、守るべきは今ここにいる人々。

そう自分に言い聞かせ、飯田は前へ進む。

 

直接ヴィランと戦ってはいない。

だがここもまた、間違いなく戦場だった。

 

 

 

そして……

 

 

 

地下施設の扉が閉ざされると、外の喧騒は次第に遠くなった。

人工太陽の柔らかい光が広大な空間を満たし、壁や床に温かみのある色彩を映し出す。

 

人々は最初、押し合い、戸惑い、言葉を荒げていた。

だが、少しずつ空間の広さに気づき、足元の安全を確認すると、肩の力を抜き始める。

 

「……ここなら大丈夫そう」

小さな子どもが、母親の手をぎゅっと握りながらつぶやく。

 

「怖かったよね……でも、もう安心だよ」

年配の女性が隣の人に微笑みかけ、周囲の緊張を和らげる。

 

人工太陽の光が照らす穏やかな空気は、言葉だけでは伝わらない安心感を人々に与えていた。

息を整え、互いに顔を見合わせ、戸惑いの中にあった表情が少しずつ柔らかくなる。

 

「……ありがとう、ございました」

子どもが静かに言うと、周囲の人々から小さな頷きや微笑みが返ってきた。

 

上鳴と飯田も周囲を見渡す。

喧騒で固まっていた人々が、座り、立ち止まり、互いに声を掛け合う様子を確認する。

──少しずつ、ここにいる全員の呼吸が揃い始めた。

 

「落ち着いてきたな…」

飯田は胸の内で小さくつぶやき、

「あぁ、一時はどうなるかと思ったけど…委員長のおかげだよ。ありがとな」

上鳴が飯田の肩に手を置く

 

「何を言う。上鳴くんこそ…受け入れるための不足分エネルギー供給は君がいなければ解決しなかった。その手大丈夫なのかい?」

 

上鳴は施設の自家発電では賄えない分のエネルギー供給に大きく貢献した。

実際はこの広大な空間は稼働は可能。

だが、消費ばかりで供給がなければこの人数を収容して安定した生活は望めない。

彼の電気エネルギーは継続的に市民が暮らすために必要不可欠となっていた。

だが、その莫大なエネルギーに身体はついていかなかった。掌の皮膚が焼けただれてしまったのだ。

 

「リカバリーガールに直してもらったからな!明日から大丈夫だってよ。流石だよな」

 

 

「そうか、無理はしてはいけないぞ」

「おぅ!そっちもな」

 

隣り合わせで2人は拳を合わせた。

 

警戒は緩めない。

ここが完全に安全になったわけではないが、今はこの穏やかさを維持することが最優先だ。

 

小さな子どもたちは笑い声を取り戻し、大人たちは互いに励まし合い、避難者たちは緊張の糸を少しずつほどいていく。

 

「──よし、一息つくか」

上鳴が軽く頷くと、飯田も同じく微笑んだ。

地下施設の人工太陽の光の下、数千の人々が、束の間の安心を取り戻した瞬間だった。

 

──ここで守られた命が、また次の戦いを支える希望となる。

 

 

 

……………

 

 

 

公安本部──。

昼日中、白昼堂々、ムーンフィッシュが潜入した。歯刃が振るわれる度に、血溜まりと無言の肉、動かぬ骨が生まれる。屋内に“死の雨”が降り注いでいた。

 

迎え撃つは、教師としての誇りを背負ったブラドキング。

「ここは通さん!」

血の鞭を振るい、無数の刃を弾き飛ばす。

 

「歯!手負いだな、油断はせん……ただ死ね、私は今…とても機嫌が悪い」

ムーンフィッシュの刃は、止まることを知らない。

 

「仲間が犠牲になって苛立っているのか……ふざけるな。だが、だからといって我々に抵抗せず死ねというのか! お前達のせいでどれだけの命が奪われたか、考えたことがあるのか。お前達が犯罪に手を染めず、普通に暮らしていれば……こんなことにはならなかったんだ……!!」

 

ジャキンッ!

「ッ!」

鋭い歯刃が襲いかかる。ブラドキングは咄嗟に回避する。攻撃は突き刺すだけでなく、斬り、挟み、あらゆる角度から殺意を叩きつけてくる。高次元の戦闘が、今ここで繰り広げられる。

 

「やるじゃないか……その能力、もっと良い使い道があっただろうに」

思わず感嘆するが、ムーンフィッシュには血で作った鞭も弾丸も届かない。

 

「歯歯歯……これが“普通”だ。無駄な抵抗をせず死んでいれば、ここまで大事にならなかった。仲間を失った悲しみや復讐心……お前達も同じ気持ちだろう?」

 

「分かっていながら、他者を傷つけるのか?」

「仲間以外の他者などどうでもいい。邪魔なだけだ」

 

ムーンフィッシュの狂気に、ブラドキングの心が瞬間冷える。

「だが、その他者が巡り巡って自らを助けるかもしれない。それでも構わんのか?」

「目の前で仲間を殺した奴の仲間ならいるんだがな……関係ないか」

 

そう言うと、ムーンフィッシュは唐突に手榴弾を取り出す。

「これでも喰らっておけ」

 

「なっ!? 貴様!!!」

爆音が轟き、閃光とともに空気を裂く。公安本部の中枢が揺れた。

 

「ぐっ……!?」

ブラドキングは咄嗟に血の壁を展開するが、破片が全身を抉り、鉄片が血の壁を汚す。

 

「……逃げ場のない場所での爆弾は、最高だろう?」

涎のように垂れる声と狂気の笑み。ムーンフィッシュは牙を振り乱し、迫る。

 

「……ッざけるな」

膝をつきながらも、ブラドキングは血の鞭を振るい続ける。

鞭は大蛇のようにうねり、鋼鉄の牙が敵の刃を薙ぎ払った。

 

「その体……限界だろう?無理せず死ね」

「限界だと?──舐めるなよ」

血を“素材”に、膝を裂きながら鞭と盾を形成するブラドキング。戦うための“材料”は自らの体だった。

 

「──俺は“守る側”であり、教師だ!」

血の鞭が牙の嵐を叩き伏せ、廊下を血塗れの戦場へと変える。

 

ムーンフィッシュの狂笑は止まらない。

「歯歯歯ァ! いいぞォ!もっと血を見せろ、楽しくなってきた!」

 

刃と鞭が何度も衝突し、火花が散る。公安本部はすでに戦場を超え、“屠殺場”の様相を呈していた。

 

──その時、乾いた銃声が一発、空気を裂く。

ムーンフィッシュの肩に弾丸が突き刺さった。

 

「ッ……!?」

煙の向こう、帽子を深く被った男が現れた。鋭い眼光がムーンフィッシュを捉える。

 

「スナイプ先生……!!」

ブラドキングが息を吐く。

 

「遅れてすまねぇ、ブラドキング先生」

 

銃声が止んだ一瞬、ブラドキングは荒い息を吐きながらスナイプに目をやった。

その姿に、胸が痛む。

 

──右袖は虚しく揺れている。

片腕だけで銃を構え、なおも冷静に敵を狙い撃つ姿。

ここに来た代償が、あまりにも大きすぎたことを誰よりも理解していた。

 

「……すまん、スナイプ先生。右腕を繋げる間もなく来させてしまった……!」

ブラドキングの声は悔恨に満ちていた。

 

スナイプは薄く笑い、左手で銃を器用に回してみせる。

「気にすんな。片腕でも撃てりゃ十分だ。……それに、俺たち教師だろ?自分の生徒に情けない姿は見せたくないんだよ」

 

その言葉に、ブラドキングは奥歯を噛み締める。

心配と罪悪感、そしてトップヒーローを育てる教師として誇りが胸にせめぎ合っていた。

 

「……歯ァァ……面白い、たかが教師が俺を殺せるかァァ!!」

狂笑と牙、そして銃火器の雨が同時に降り注ぐ。

 

ブラドキングは血の鞭を突き立て、立ち上がる。

「……俺が前衛だ。援護頼むぞ、スナイプ先生」

「了解だ!」

 

狂気と血と火花が廊下を埋め尽くす中、二人は互いの信頼と覚悟を頼りに戦った。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

それからしばらくして…駆けつけたのは鉄哲徹鐵、小大唯、円場硬成のB組の三人。

 

 

「あぁ…あぁぁ…あぁぁぁ!!ブラドせんせー!!」

「嫌だ嫌だ!うぞだぁぁあ!!」

「……そん…なぁ、スナイプ先生、そんなぁ…うあぁぁ…間に合わなかった…」

 

着いた時は既に遅く

ムーンフィッシュは大口を開けたまま笑った顔で大の字となっている。

額には弾痕があり絶命している。

 

壁にもたれ掛かり座り込んでいるスナイプ。

 

顔が見えないぐらい俯いている。

 

 

ズル、ズル……

 

バシャン…

 

自らの血溜まりに顔から堕ち、息を引き取っていることが分かってしまう。

 

ブラドキングは天井に歯刃で縫い止められ、首に刃が貫通している。

 

ぴちゃん…ぴちゃん…

血溜まりに落ちた血液

 

わずかな水滴音

 

その身体に、あの逞しさを見る影はない。

血の出し過ぎで枯れてしまっている。

 

それは、もう…誰が見ても………。

 

周囲に無事な壁などなく血塗れ、破壊、弾痕、刺突跡、斬痕、大小様々な傷が付いている。

 

相打ちの跡。

 

どれほどの死闘だったのか…知る術はない…

 

「「「うわあああああぁぁぁぁ!!!」」」

 

彼らが確認したのは戦いの大き過ぎる犠牲だけ

口から出たのは途方もない悲しみの声だった。




煽り言葉って難しいですね…

いや、
ギャル語はもっと難しかった!!
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