爆風が吹き抜けた後、空気が変わった。
ただそこに“いる”だけで、まるでこの場所の“重力”が変わったような錯覚。
「し、しんじらんない……ほんとに、学校にいたんだ……」
作身が呟く。
彼女の頬をつたうのは、汗か涙かわからない。
けれど、その目には確かな光が戻っていた。
象徴が来た。
オールマイトは、構えることすらしない。
胸を張り、悠然と。まるで、彼がそこに立つだけで、全てが救われると信じて疑わないように。
「キミは、厄介なヴィランだ」
「けどな――!」
ドン、と大地を蹴った瞬間、オールマイトの姿が消えた。
一瞬後。
脳無の顔面に、拳がめり込んでいた。
彼の登場と共に、空気が変わる。ヴィランの息が止まり、味方の目が潤む。
⸻
「行くぞ!!」
オールマイトが踏み込む。
爆風とともに放たれる拳。それは、山をも砕く正義の一撃。
脳無の顔面にぶつかる――轟音。風が、空間を抉るように裂けた。
脳無は吹き飛ぶ。しかし、その巨体は即座に体勢を立て直し、地面を蹴る。
(再生……そして衝撃吸収、か)
拳を交えながら、オールマイトは冷静に分析する。
だが、それでも――
「パワーでは俺が上だ!!」
怒涛のラッシュ。重すぎる連打に、脳無の身体が後退する。
それでも壊れない。それでも倒れない。
「ちょっとはやるじゃないか……!」
睨み合う二人。その時、視線の端――ぬるりと、灰色の影が揺れた。
「さて……そろそろ、こっちも混ぜてもらおうかな」
5指がオールマイトに向かってくる。先程の型形女史とのやり取りを見ると、5指で触れられたら文字通り崩れるのだろう。
それに反撃しようとすると脳無との息があったコンビネーションでなかなか有効打を与えられない。
死柄木が、一歩、戦場へと足を踏み入れると戦況が変わっていた。
しかし、違和感がある。これは……いったい?
⸻
「……脳無。少し左に寄って」
その指示に、脳無が動く。
刹那、死柄木の指先が、すれ違いざまに地面へ触れた。
ズ……と空間が、崩れるように崩壊していく。
砂のように、建物の柱ごと、地面が崩れ落ちる。
その空間を跳躍で抜け、オールマイトが着地する。
「ふむ。その黒いのは脳無って言うのか、それにしても、ずいぶん派手な事してくれたね。初犯でこれは、覚悟しとくんだな」
「当然でしょ。これは、演出なんだよ」
死柄木が淡々と呟く。
「……演出、だと?」
「気になるよね。顔と手先ばかり狙ってる理由、聞きたい?」
「……ああ。教えてくれよ」
オールマイトがわずかに身構える。
死柄木は、笑わない。だが、唇だけで小さく口角を上げた。
「だってさ――全裸のおっさん、見たくないよね?」
その言葉に、脳無が前方へ踏み込む。オールマイトは反応して拳を振るう――が、それは囮。
「それに、服だけが残るってのは……なかなか、恐怖を煽れる演出だと思わない?」
死柄木が、空間を掴むように、五指を広げる。
その“動作”と共に――
ゴキ、グシャ、と空間が悲鳴を上げたかのように、斜めに切り裂けて崩れる。
まるで目の前の“世界”ごと壊れたかのような異常な光景。
誰かがつい口に出す
「ヤバい……!かもしれない」
すぐ外で、避けたオールマイトの表情が、一瞬だけ鋭くなる。
「その個性……やはり、ただ触れれば崩すというだけではないな」
「さあ?まぁ、結構使える個性なのは確かだよ」
死柄木は、あくまで冷静だ。
オールマイトと脳無の間を、意図的に動きながら、連携と崩壊で翻弄していく。
⸻
――脳無の怪力。
――死柄木の崩壊。
ふたりがかりの殺意が、今、オールマイトに迫っていた。
だが、次の瞬間――
「フンッ!!」
オールマイトの拳が、脳無の腹を撃ち抜く。
そのまま地面ごと吹き飛ばす。――再生があるとわかっていても、殺さずに無力化する、プロの仕事。
「……やっぱり厄介だな。“象徴”ってのはさ」
死柄木が唾を吐くように言う。
オールマイトは視線を逸らさず、ただ言った。
「……お前の“怖さ”も、よくわかった」
風が吹く。
この戦いの終わりは、まだ見えない。
「こいつはヒーローの戦場じゃない。“子どもたち”のフィールドだ! ――だから!」
ドゴォォン!!
爆風と共に、脳無が数メートル吹き飛び、鉄骨をいくつもなぎ倒していく。
再生する筋肉がブチブチと音を立て、脳無の体がすぐに立ち上がる。
けれど――
「私は、立ち止まらないぞ!」
次の瞬間には背後に回っていた。
拳、拳、拳。すべてが重く、すべてが的確に、心臓と関節を狙って放たれる。
まるで、一つの“信念”が拳となって脳無に叩き込まれていた。
「ヒーローの有精卵達よ!私を見るんだ!逃げるな。立ち向かえ。恐怖の中でも前を向け――!」
「これが、ヒーローの背中だ!!」
最後の一撃が、まるで爆弾のように炸裂した。
「UNITED STATES――!!」
ドン!!!
「――OF SMAAAAASH!!!」
作身を含めた1年A組全員がオールマイトの戦いに魅入られていた。これが象徴、自分たちの目指す背中。遠すぎる、近づけるか分からない。でも憧れて、焦がれて、本気で目指したいと思った姿。
全員が息すら忘れたかのように、しかし、拳を強く握り、わずかでも見逃すものかと目を凝らしている。
風圧だけで建物がきしむ。
音すら一瞬消えた後、すべての振動が“ドォォン”と重低音で跳ね返ってくる。
脳無は、地面ごと砕かれ、数十メートル後方まで吹き飛ばされた。
「うおおーー」「すげー!!」「さすがオールマイト!!」「超えてやる!!」「あれが、No.1の力かよ」
生徒たちが一斉に叫び、雄叫びが上がる。
「「「「ワアアァァァ!!」」」
それは“勝利”ではない。
――それは、絶対だった。
煙の中に、オールマイトは立っている。
拳を下ろし、ほんの少し、息をついて。
その背中を、緑谷・作身達は――言葉もなく、見つめていた。
「あれが……」
隣で、カタチがぽつりと言った。
「……“象徴”なんだね……」
脳無が吹き飛ばされ、数十メートル先の建物にめり込んでいる。
爆煙の中に立つのは、なおも静かに呼吸を整える“象徴”――オールマイト。
その姿を、死柄木は静かに見つめていた。
「……ふぅん」
口元に手を当て、何かを計算するように目を細めた。
「脳無、再生限界まであとどれくらいだと思う?」
返答はない。ただ、煙の中でごうんごうんと唸る音だけが聞こえる。
オールマイトがわずかに前へ歩み出す。
風が、また吹いた。空気が張りつめる。
だが――死柄木は笑う。
「弱ってるのは嘘なのかな?……もう、やめようか」
その一言に、空気が変わる。
「戦力差、想定以上。象徴ってのは伊達じゃないってことだ」
「…黒霧」
呼びかけと同時、空間が渦を巻く。どこからともなく黒い靄が立ち上り、人影の形を成していく。
「承知しました、死柄木葬華(そうか)。速やかに、退きましょう」
「脳無と協力者たち全員連れて帰るよ」
黒霧の声に応じるように、建物から出てきた脳無が靄のなかに入る。複数の黒い手が伸び、多くのヴィランが回収される。
「おやすみ、オールマイト。次は……もっと楽しく遊べるといいね」
死柄木葬華は最後に、立ち尽くす作身と震える1年生たちへと視線を向ける。その目は、まるでヒトをヒトとして見ていない、この目は、まだ何かを数え、冷えた湖面のようだった。
「止まれっ!」
――誰かの叫び。
声は届くが、手が届かない。
オールマイトが一歩踏み込む。
「逃がすと思うか――!」
「うん、もう“今日は”満足したから帰るね」
死柄木の指が、転送口のふちに触れる。
「象徴を倒すには、まだ材料が足りない。次は……もっと、いい舞台を用意するね」
その言葉を最後に、“彼女”達は姿を消した。
黒い靄の中へ――
黒霧のゲートが完全に口を開いたと同時に、彼女たちの姿は黒煙に溶け、かき消えるように視界から消えた。
……ただ、空気に残されたのは焦げた空間の匂いと、深く染み付いた敗北感だった。
空気が、ようやく落ち着く。
残されたのは、破壊された建物と、震えるヒーローたち。
そして――まだ立っている、ただ一人の象徴。
「ふむ……“崩壊”か」
オールマイトは拳を握りしめた。
「……次は、確実に仕留める」
風が吹く。
USJは、戦場の後の静けさに包まれていた――
◆ ◆ ◆
オールマイトが歩いて戻ってくる。
相澤先生を抱えて、作身の前で静かに立ち止まる。
「キミが守ってくれたんだな。ありがとう」
その声に、作身は言葉を失った。
身体が震えていた。恐怖じゃない。
心が――動いたから。
「……っ。わ、私……全然、守れませんでした……カタチだって、吹き飛ばされて……私、ただの……」
その言葉を、オールマイトは手で制した。
「――“戦った”んだろう?」
その目は、笑っていた。
けれど、ただ優しいだけじゃない。
そこには“誇り”と“信頼”が、込められていた。
「なら、君はもう、立派なヒーローだよ」
その言葉に――型形作身の目から、大粒の涙が零れた。