別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ   作:さすらいの旅人

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大抗争①

 夜空を裂く爆発音は、まるで都市そのものが悲鳴を上げているかのようだった。『星屑の庭』から遠く離れた場所で起きているはずの破壊が、まるですぐ隣で起きているかのように響き、建物の壁を震わせ、空気を歪ませる。

 

 爆発の光が窓越しにちらつき、アストレアの横顔を一瞬だけ赤く照らした。その表情は、普段の穏やかさとは程遠い。神である彼女ですら、今の状況を前にして不安を隠しきれない。

 

 隆誠はその横顔を見て、胸の奥がざわついた。自分が鍛えた仲間達への信頼は揺らいでいない。だが、都市全体を巻き込む爆発となれば話は別だ。

 

 これはただの襲撃ではない。都市そのものを破壊するための計画された戦争だ。

 

 そして、その戦争を許したのは、自分の見落としだ。

 

(俺は……何をやっていたんだ……)

 

 白か黒の装束を纏った者だけを敵と断じ、変装した構成員を見逃した油断が、今の惨状を招いた。

 

 隆誠は拳を握りしめ、爪が掌に食い込むほど力を込めた。

 

 爆発音は止まらない。遠くで瓦礫が崩れる音がし、誰かの悲鳴が夜気を裂く。

 

 その瞬間、アストレアが駆け出した。

 

「ッ!」

 

 隆誠は反射的に手を伸ばしたが、思考の渦に囚われていたせいで一瞬遅れた。アストレアの胡桃色の長髪が闇に溶けるように揺れ、彼女は迷いなく外へ向かって走る。

 

「お、おい! 何処へ行く、アストレア!?」

 

 声を張り上げながら追いかける。普段の隆誠なら、彼女の行動を止めることなど容易い。

 

 だが、今は違う。自責と焦燥が判断を鈍らせ、足が半拍遅れた。

 

 しかも、隆誠は本来本拠地(ホーム)から一歩も出るなと厳命されている。けれどアストレアに何かあれば、アリーゼ達に合わせる顔がない。故に隆誠は迷いなく言いつけを破り、アストレアの後を追う決断をした。

 

 その一方で、隆誠は指を軽く弾いた。空気が揺らぎ、もう一人の自分が現れる。分身は隆誠と同じ表情で、同じ焦燥を宿していた。

 

「アストレアの護衛を頼む」

 

「分かった。そっちは任せたぞ」

 

 分身は即座に頷き、アストレアの後を追って走り出す。

 

 それを見た隆誠は深く息を吸い、再度指を鳴らした。

 

 直後、黒い外套が身体を包み、白般若の面が顔を覆う。『仮面の狩人』としての姿だ。

 

 分身はアストレアの護衛へ。本体である隆誠は、本拠地(ホーム)の庭から跳躍し、爆発の中心へ向かって闇を裂くように飛び出した。

 

 夜気を切り裂くその跳躍は、まるで黒い彗星のようだった。爆発の光が彼の外套を照らし、白般若の面に赤い影を落とす。

 

 都市は今、地獄へと落ちようとしている。そして隆誠は、その地獄の中心へ向かって飛び込んでいった。

 

 

 

☆

 

 

 

 爆発によってオラリオは瞬く間に大混乱へと陥った。

 

 夜の街は赤い閃光に照らされ、建物の影が不規則に揺れ、まるで都市そのものが悲鳴を上げているかのようだった。

 

 石畳には砕けた瓦礫が散乱し、焦げた匂いが風に乗って流れ込む。空気そのものが熱と恐怖で歪んでいる。

 

 市民達は安全な場所へ避難しようとするも、どこが安全なのか判断できず、右往左往するばかりだ。

 

 泣き叫ぶ子供を抱えた母親、荷物を放り出して走る男、呆然と立ち尽くす老人。混乱は瞬く間に波紋のように広がり、街路は秩序を失った群衆の奔流と化した。

 

 だが、それだけでは終わらなかった。

 

 今まで潜んでいた闇派閥(イヴィルス)が、爆発の混乱に紛れて突如として姿を現したのだ。逃げ惑う市民達へ、何のためらいもなく刃を振り下ろす。

 

 その動きには人間らしい逡巡も、罪悪感も、躊躇も一切なかった。まるで殺すという行為だけが彼らの存在理由であるかのように。

 

 反撃する術を持たない者達は、連中の凶行によって次々と命を奪われていく。血飛沫が石畳を染め、悲鳴が夜気を裂き、街路は瞬く間に地獄絵図と化した。倒れた者の手から転がったランタンが地面を転がり、炎が布に燃え移り、さらに混乱を加速させる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」

 

「ふふふっ……ハハハハハハハハハハ!!」

 

 その中で、一際異様な存在がいた。

 

 男の名はヴィトー。とある主神の唯一の眷族であり、同時に闇派閥(イヴィルス)の幹部。【顔なし】の二つ名を持つ『Lv.4』の実力者。

 

 彼は生まれた時から『欠陥』を抱えていた。

 

 色彩能力が欠如し、視界に映るものは全ておぞましき灰色。

 

 人々の声は耳障りな雑音。

 

 口に入れるものは全て形容できない異物。

 

 香りという概念すら存在しない。

 

 五感がほぼ機能しない、世界そのものが苦痛で構成された男だった。

 

 そんな灰色の世界で、彼が唯一美しいと感じるものがあった。

 

「ああ、美しい! この血だけが、私の枯れていた心を潤してくれる!」

 

 それは『人間の血』。恐怖、嘆き、悲しみ、絶望といった負の感情が混ざった血だけが、彼の荒んだ心を癒すのだ。

 

 血が流れるたび、彼の世界は灰色から“赤”へと変わる。その瞬間だけ、彼は生を実感できる。

 

「さぁ! 私の視界を美しい血で埋め尽くして――」

 

「それより良い物をやるよ。激痛というプレゼントを、な!」

 

「~~~~~~~~~~~!!!???」

 

 背後から聞き覚えのない声がした直後、ヴィトーの股間に表現不能の激痛が走った。

 

 何かが潰れた音が響き、ヴィトーは情けない悲鳴を上げて地面に転がる。灰色の世界が一瞬だけ白く弾け、視界が揺らぐ。

 

『ヴィ、ヴィトー様ァァ!?』

 

 その光景を目にした闇派閥(イヴィルス)の構成員達は、一斉に顔を青褪めた。彼らの視線の先――そこに立っていたのは、災厄と呼ばれる存在。

 

「あ、アイツは――『仮面の狩人』!」

 

 白般若の面をつけ、黒い外套を纏った影。

 

 夜気の中でその姿は異様なほど浮かび上がり、まるで『死』そのものが形を成したかのようだった。

 

 末端の一人が震える声で名を呼んだ瞬間――

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

『ギャァァァァァァァァァアアアアアアアッッッ!!!』

 

 指で文字を描くような動作をした瞬間、見えない音の衝撃波が放たれた。

 

 空気が震え、鼓膜が軋み、次の瞬間にはイヴィルスの構成員達が吹き飛ばされていく。

 

 全身がボロ雑巾のように裂け、石畳に叩きつけられ、動かなくなる。

 

 突然の光景に、市民だけでなく駆け付けた冒険者達も呆然と立ち尽くした。これは人間の戦いではない、と思いながら。

 

「き、貴様は……!」

 

 股間の大事なものが二つ潰れ、激痛に悶えるヴィトーは、それでも目の前の存在を凝視していた。

 

 『仮面の狩人』。その名を知らぬ者はいない。

 

 彼と交戦した者は全員倒され、『Lv.5』のディース姉妹すら瞬殺されたという噂の怪物。

 

 血に酔っていたとはいえ、不意打ちを許した自分を呪いたくなるほどの絶望が胸を締め付ける。

 

 そんなヴィトーの心情など知ったことではないと言わんばかりに、『仮面の狩人』は――

 

「取り敢えずお前みたいな性格破綻者は――お星さまにでもなってろ!」

 

「がぁっ!」

 

 怒り任せのように見えるが、正確無比な軌道でヴィトーを真上へ蹴り上げた。蹴りの衝撃は骨を砕き、内臓を揺らし、ヴィトーの身体は矢のように夜空へ突き抜ける。

 

 凄まじい勢いで上空へ突き抜けたヴィトーは、夜空の中でキランと光り、まるで本当に“星”になったかのように見えた。

 

 その光は一瞬だけ街を照らし、次の瞬間には闇に溶けて消えた。




ヴィトーが退場する流れになりました。

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