別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
アルフィアの気配が完全に途絶えたことを確認すると、隆誠は肩を落とし、追跡が不可能になった現実を静かに受け入れた。
その一方で、リヴェリアとガレスは、胸の奥に溜まっていた緊張をようやく吐き出すように、ほうと安堵の息を漏らしていた。
「相変わらずの暴君め……。潰すも去るも、まるで風の気紛れだ」
「ザルドに続き、アルフィアまで現れたのは苦境以外の何でもないが……それにばかり構ってもいられん。オラリオは今も地獄のままだ」
厄介極まりない存在が姿を消したことで、二人はそれぞれの胸中を吐露する。だが、彼等の視線はすぐに隆誠――もとい、『仮面の狩人』へと向けられた。
「お主の思惑は分からんが……敵ではないと言うのなら、協力できるか? 『仮面の狩人』よ」
「可能な限りの命を拾いたい。互いに何も知らない者同士だが……どうか力を貸してくれ」
(それは吝かではないが……)
仮面越しに二人を見つめながら、隆誠は状況を冷静に分析していた。今のオラリオは崩壊寸前の混沌。力を貸すべきなのは理解している。だが協力すれば、必ず面倒な事態が雪崩のように押し寄せる。
特に、あの団長――フィン・ディムナ。彼ならば、リヴェリアとガレスが受けた恩義を理由に、礼を述べつつ『ぜひ話を』と言いながら、巧妙に『仮面の狩人』を自軍へ引き込むための交渉を仕掛けてくるだろう。
そして今は、隆誠自身の正体を探られている最中。もし仮面の下が露見すれば、フィンは間違いなく厄介事を山ほど抱えて押し付けてくる。その未来が容易に想像できてしまうがゆえに、隆誠は迷いなく結論を出した。
「生憎、私は集団行動を好まない。自由気ままにやらせてもらう」
「お、おい、何処へ行く!?」
「待て! お前には聞きたい事が……き、消えただと!?」
背を向けた瞬間、隆誠の姿がふっと揺らいだ次の瞬間には、風切り音だけを残して消えていた。ガレスとリヴェリアが伸ばした手は空を掴み、二人は呆然と立ち尽くす。
残されたのは、『仮面の狩人』が駆け抜けた残滓と、暗黒期のオラリオに漂う不穏な空気だけだった。
☆
隆誠が『仮面の狩人』として出来得る限りの行動を重ねても、オラリオ全体が不利な状況である事実は揺らがなかった。
街路には瓦礫が散乱し、崩れた建物の隙間から黒煙が立ち上り、焦げた匂いが常に鼻を刺す。遠くで響く悲鳴と怒号は途切れることなく、まるで街そのものが苦悶の声を上げているかのようだった。
だが、それでも救われた命は確かに増えていた。
本来の歴史では、暗黒期のオラリオは『死の街』と呼ばれるほどの惨状に陥り、市民も冒険者も心が擦り切れ、希望という言葉すら忘れかけていた。
しかし今は違う。隆誠がこの時代に現れたことで、歴史の流れにわずかな誤差が生じている。その誤差は、ほんの小さな灯火のように、絶望の闇をわずかに押し返していた。
闇派閥の襲撃を受けても、オラリオはまだ反撃できている。冒険者達は完全に折れてはいない。市民も、恐怖に震えながらも逃げ惑うだけではなく、互いに手を取り合い、必死に生き延びようとしている。
そしてその背後には、『仮面の狩人』がいる。彼が駆けるたび、救われる命がある。彼が影を走らせるたび、
尤も、隆誠自身はそれを誇りとは思わない。救える命があるなら救う、ただそれだけだと。だが、その『ただそれだけ』が、今のオラリオにとっては何よりも大きな意味を持っていた。
その不吉な余韻がまだ街にこびりついている頃、『仮面の狩人』こと隆誠は、オラリオの表舞台から姿を消していた。
アストレアが市民の避難誘導に奔走していることは、分身体を通じて把握していた。解除した瞬間、断片的な記憶が一気に流れ込み、彼女が今も
人影の消えた広場。瓦礫の隙間から冷たい風が吹き抜け、昨夜の戦火の匂いがまだ残っている。そんな場所で、隆誠は淡々と昨夜の活動を報告していた。
「――とまぁ、こんなところだ。俺のやった事は微々たるものに過ぎなかったが、な」
「そんな事ないわ。貴方がいなかったら、今のオラリオはもっと悲惨な状況になっていたかもしれない」
アストレアは静かに、しかし確かな感謝を込めて言葉を返す。その声音には、女神としての責務と、救われた命への安堵が滲んでいた。
「でもまさか本当にゼウスだけでなく、ヘラの眷族までもが
アストレアは既に知っていた。【ゼウス・ファミリア】のザルド、そして【ヘラ・ファミリア】のアルフィア――かつてオラリオ最強と謳われた二人が、闇派閥に与していたという事実を。
隆誠がオッタルから聞いた断片的な情報を伝えた時、アストレアは半信半疑だった。だが昨夜、アルフィアが実際に姿を現したことで、その疑念は確信へと変わった。
「アルフィアと戦ってる最中に【ロキ・ファミリア】の二人が来た所為で、勝負はお預けになったが」
「お預けって……もしかして倒す事が出来たの?」
「ああ。その気になれば、な」
隆誠はあまりにもあっさりと言い切った。その声音には誇張も虚勢もなく、ただ事実を述べているだけの静けさがあった。
今のオラリオの第一級冒険者でも勝利が困難な『Lv.7』。その怪物を前にしても、隆誠は脅威とすら感じていないようだった。
アストレアは思わず息を呑む。アリーゼ達をランクアップさせるほどの力を持つ彼が強いことは理解している。だが、今の言葉はその強さの尺度を根底から揺さぶるものだった。
彼は一体どれほどの力を秘めているのか。どこまでが人の領域で、どこからが異質なのか。アストレアは、隆誠の本質を思わず探ろうとしてしまう。
しかし、隆誠はその視線を受け流すように、ただ立っていた。まるで、自分の強さなどどうでもいいと言わんばかりに。
そんな中、二人がいる広場へ向かってくる軽快な足音が、隆誠の耳に届いた。戦火の匂いがまだ残る静かな広場に似つかわしくない、弾むような足取り。
「リューセーさぁぁぁぁぁぁん!!」
「ん? この声は――」
聞き覚えどころか、最近よく耳にするようになった声。隆誠が振り向いた瞬間、勢いそのままに柔らかな衝撃が胸元へ飛び込んできた。
抱き着いてきたのは、一昨日にサファイヤのペンダントを渡したアーディ・ヴァルマだった。両腕を思い切り広げて突っ込んできたその姿は、まるで再会を全身で表現する子犬のようで隆誠は一瞬、反応が遅れた。
「あ……」
アーディが隆誠に抱き着いた光景を目にした瞬間、アストレアの胸の奥に、説明のつかないざわつきが広がった。
それは痛みでも怒りでもない。ただ、胸の奥がじんわりと熱を帯びるような、落ち着かない感覚。
なぜそう感じた理由は、アストレア自身にしか分からない。だが、女神の瞳がわずかに揺れたのは確かだった。
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