別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ   作:さすらいの旅人

75 / 78
幼女との再会

 シル、もといフレイヤが、頬を真っ赤に染めながら隆誠へと詰め寄ってくる。その瞳は熱を帯び、魂の奥底まで覗き込もうとするような危うい輝きを放っていた。

 

「この前は視れなかった(・・・・・・・・・・)けど、力強く輝いている! 見惚れちゃう! 綺麗! やっぱり貴方が私の伴侶(オーズ)!!」

 

(分かってたけど、本当にフレイヤだ……)

 

 未来のオラリオで何度も見た執着。隆誠は改めて、目の前の少女がフレイヤそのものだと再認識した。

 

 もしこれが本当に初対面なら、流石の彼でも戸惑っただろう。だが、既に未来で面識があり、女神としての性格も理解している隆誠は、驚くどころか内心で頭を抱えていた。面倒な事態が始まったと、心の中で静かに嘆息する。

 

 シルが言った『この前は視れなかった』という言葉は恐らく、フレイヤとしての複雑な感情が邪魔をして、隆誠の魂を『視る』ことが出来なかったのだろう。

 

 だが今、改めて対面したことで彼女は完全に魂の色を捉えただけでなく、例外なく惹かれてしまった。

 

 自分の手元に置きたい、独占したい、誰にも触れさせたくない。フレイヤ特有の危険な執着が、シルの姿を借りて露わになっている。

 

「お嬢さん。突然何を訳の分からない事を言ってるんだ?」

 

 本当はシル(フレイヤ)を窘めたい隆誠だが、この時代では一応初対面という扱いになるため、強く出ることが出来ない。

 

「それに『好きです』と言われても、俺は君の事を知らないし――」

 

「嘘です!」

 

 鋭い声が割り込む事で、隆誠は眉をひそめた。

 

「は?」

 

「何故か分かりませんが、貴方は私の事を知っている筈です! まるで関わりたくないように、他人の振りをしてますね!?」

 

 心情を正確に言い当てられ、隆誠は内心でうんざりした。

 

(本当こういう事に関しては鋭い奴だ……)

 

 彼女が嘘と言ったのは神としての洞察ではなく、女としての勘だ。

 

 普段は完璧な観察眼を持つのに、ベルの時だけは何故あそこまで曇るのかと、隆誠は呆れ半分で思い返す。

 

 そして今のシルは、段々と女神フレイヤのそれへと変わりつつあった。このままでは、彼女は確実に自分との繋がりを得ようと行動するだろう。

 

「だからそんな貴方には――えいっ!」

 

「おいコラ! いきなり何をする!?」

 

 隆誠の予想が正しかったと証明するように、シルが突然飛びつき、抱きついてきた。

 

 一般人程度の力しかない抱擁から逃れることなど造作もない。しかし、そうしたら後々面倒な事になる。

 

 遠くからこの場を見ている【フレイヤ・ファミリア(ボディーガード)】だけでなく、彼女と感覚や感情を共有している狂神者(ヘルン)も黙っていないだろう。襲撃されたところで隆誠の敵ではないが、余計な騒ぎは避けたい。

 

「リュ、リューセーさん! その女性(ひと)とイチャイチャするなんて一体誰なの!?」

 

「君はこれがイチャ付いてるように見えるのか!?」

 

 完全に動揺しているアーディが場違いな発言をしたことで、隆誠は即座に突っ込みを入れた。

 

 アーディ自身、何故こんな気持ちになっているのか分からない。

 

 先程まで仲良く話していた隆誠が、見知らぬ女性と仲睦まじい(?)光景を見せている。その事実が胸の奥にモヤモヤを生み、徐々に広がっていく。

 

「とにかく何とかしてくれ! 俺、セクハラされてるんだけど!」

 

「――はっ!?」

 

 『セクハラ』という単語が引き金になったのか、アーディは漸く正気に戻った。

 

「は、離れて離れてー! 職権乱用で逮捕するよー!」

 

「おい、職権乱用は流石にダメだろ!?」

 

 いくら警備活動をしている【ガネーシャ・ファミリア】とは言え、職権乱用で逮捕など以ての外だ。姉のシャクティが知れば絶対に怒られる。

 

 だが、そのお陰で隆誠はシルから離れることが出来た。

 

「あ~! 放してくださぁ~い! まだその運命の人とイチャイチャしたいんです~!」

 

「初対面の筈なのにイチャイチャなんて正気の沙汰じゃないよ! リューセーさん、この初恋モンスターは私が抑えるから今の内に!」

 

「助かった! 恩に着る!」

 

 アーディには後でお礼としてスイーツを御馳走しよう。そう心に決めながら、隆誠は一旦この場から退散することにした。

 

 

 

☆

 

 

 

(ったく。あの時と違って、過去(こっち)の方は積極的だな……)

 

 アーディのお陰でシルから逃れることに成功した隆誠は、路地裏を駆け抜けながらも、先ほどのことを思い返しながら果てしなく呆れ果てていた。

 

 未来(あっち)で初めて出会った頃のフレイヤは、まるで獲物を観察する猛獣のように距離を置き、慎重に様子を探っていた。だが時間が経つにつれ、いつの間にか彼の傍にいることが当たり前になり、伴侶としてではなく、仲の良い兄妹のような距離感を保っていた。それに比べて過去(こちら)のフレイヤは、魂の色を視た瞬間に理性が吹き飛んだかのような、危険な積極性だ。

 

(まだ未来(あっち)の方がマシだ……)

 

 そうぼやきながら、隆誠は一旦足を止めた。息を整えてから周囲を確認し、シル(フレイヤ)の追跡がないことを確認する。

 

「まぁ、アイツ以上に厄介な奴はもう流石に――」

 

「やっと見つけた!」

 

「――は?」

 

 油断した瞬間、背後から勢いよく何かが飛びついてきた。腰に衝撃が走り、隆誠は反射的に視線を落とす。

 

 そこには金髪金眼の幼女――アイズ・ヴァレンシュタインがしがみついていた。

 

「今度は君かい……。一応訊いておくけど、俺に何の用かな?」

 

「私を強くして!」

 

 予想通りの返答に、隆誠は内心で深く嘆息した。

 

 脳裏に、あの日の騒動が蘇る。

 

 アリーゼ達が庭で基礎練習をしていた時、突然何者かが侵入した。

 

 闇派閥(イヴィルス)の襲撃かと全員が警戒するも、現れたのは【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 そして彼女は隆誠を見るなり、迷いなく飛びつき――

 

『おねがい! 私を強くして!』

 

 あまりの唐突さに、アリーゼ達が固まったのは当然だった。

 

 その後、団長フィンと副団長リヴェリアが大慌てで駆けつけて謝罪。無断侵入したアイズはリヴェリアの拳骨でKOされ、自身の本拠地(ホーム)へ強制送還された。

 

 それ以来、アイズは隙あらば隆誠に会おうとするも、フィン達に阻止され続けていた。だが昨日の襲撃で彼らが忙殺され、監視の目が緩んだ結果、こうして再び捕まったわけだ。

 

「この前も言ったけど、冒険者じゃない俺は君を強くすることは出来ないよ」

 

 隆誠は例外(アーディ)を除き、他派閥の眷族を鍛える気など毛頭ない。

 

 益してアイズは都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の主力候補。もし鍛えてランクアップさせれば、フィンは間違いなく【アストレア・ファミリア】へ交渉を持ちかけるだろう。それは面倒事の極みだ。

 

「じゃあ、どうやってあの人達はランクアップできたの!?」

 

 アイズが言う『あの人達』とは、【アストレア・ファミリア】のことだ。

 

 隆誠は肩をすくめ、以前と同じ返答をした。

 

「普段から地道に努力したからだろう。君も強くなりたいなら、努力を怠らない事だ」

 

 その言葉は、アイズの胸にまっすぐ突き刺さった。彼女の瞳が揺れ、何かを噛みしめるように唇が震える。

 

 隆誠はその変化を見て、ある事を思い出した。

 

(……そう言えばこの子、ただ強くなりたいだけじゃなかったな)

 

 隆誠はアイズの腕にしがみつかれたまま、未来(あっち)で見た彼女の剣を思い返していた。

 

 未来のアイズは単身で【フレイヤ・ファミリア】の本拠地(ホーム)『戦いの野(フォールクヴァング)』を訪れていた。その時、指導役として相手をしていたのはオッタル。

 

 隆誠はその場に居合わせたことで、アイズの剣の本質を知ることになった。彼女の剣は『怪物(モンスター)を殺す剣』に特化していると。

 

 それがどういう経緯で形成されたのかは未だ不明。だが、目の前にいる過去の幼女(アイズ)は、未来の少女(アイズ)よりも遥かに情緒が不安定だ。

 

 もし短期間で強くさせるような真似をすれば、彼女は間違いなく自ら破滅の道を辿る。

 

 隆誠はそれを知っているからこそ、絶対に手を貸すわけにはいかなかった。

 

「とにかく放してくれ。さっきから痛くてね」

 

「嫌(や)っ! 絶対放さない!」

 

「あのなぁ……」

 

 見た目は非力な幼女でも、アイズはアーディと同じ『Lv.3』の第二級冒険者。

 

 腕力は一般男性の比ではない。抱きつかれたままでは、振りほどくことすら難しい。益してや相手は顔見知りの幼女だから、乱暴に振り払う訳にはいかないのだ。

 

 一難去ってまた一難と、隆誠は本気でどうすべきか悩んでいた。

 

(あっ、そうだ)

 

 その時、隆誠はアイズを引き離す方法を思いついた。

 

「放してくれたら、ジャガ丸くんをあげるよ」

 

「っ!」

 

 アイズの身体がビクッと震えた。腕に込められていた力が、明らかに弱まる。

 

 彼女の好物を利用する。最も単純で、最も効果的な方法。

 

「……本当にあるの?」

 

 しかし、アイズは疑い深い目で隆誠を見上げた。今の隆誠の姿を見て、持っていないのではと疑っているのだろう。

 

 だが、隆誠は既に予想済みだった。コッソリと収納用異空間からジャガ丸くんを取り出し、手のひらに乗せて見せる。

 

「あっ!」

 

「ほら、これで信用してもらえたかな?」

 

 アイズは隆誠に抱きつくのを止め、揚げたてと思われるジャガ丸くんへ手を伸ばす。その瞳は、先ほどまでの執着や焦りが嘘のように、純粋な期待で輝いていた。

 

 隆誠はその変化を見て、胸の奥で小さく息を吐く。

 

「はむっ!」

 

 アイズは、差し出されたジャガ丸くんに迷いなくかぶりついた。

 

 その勢いは、まるで空腹を何日も我慢していた子どものようで、隆誠は思わず苦笑する。

 

(本当にこの子は大好物の前だと、別人みたいに大人しくなるな)

 

 さっきまで必死にしがみつき、強くしてほしいと懇願していた少女が、今はただのジャガ丸くんに夢中な幼女になっている。

 

 未来のアイズと全く変わらない。そのギャップが、どこか微笑ましくもあり、同時に胸の奥に不安を残す。

 

 アイズは頬をふくらませながら、熱々のジャガ丸くんを嬉しそうに頬張る。その表情には、焦りも渇望も、戦いへの執念も一切ない。ただ純粋な好きなものを食べている幸福だけがあった。

 

 その隙を逃すまいと、隆誠は静かに気配を消す。アイズの視線がジャガ丸くんに釘付けになっている今なら、逃げるチャンスは十分にある。

 

 足音を殺し、影のように後退してる事にアイズは全く気づかない。

 

 ジャガ丸くんを食べるたびに小さく揺れる金髪が、夕陽に照らされてきらきらと輝いていた。

 

(……やっぱり危うい子だな)

 

 強さを求める理由は単純ではない。その裏にある何かを知っているからこそ、隆誠は余計に胸が重くなる。

 

 だが今は、この一瞬の隙を利用して退散するしかない。

 

 アイズが「おいしい……」と小さく呟いた瞬間、隆誠の姿はすでに路地の奥へと消えていた。




感想お待ちしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。