別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
シル、もといフレイヤが、頬を真っ赤に染めながら隆誠へと詰め寄ってくる。その瞳は熱を帯び、魂の奥底まで覗き込もうとするような危うい輝きを放っていた。
「
(分かってたけど、本当にフレイヤだ……)
未来のオラリオで何度も見た執着。隆誠は改めて、目の前の少女がフレイヤそのものだと再認識した。
もしこれが本当に初対面なら、流石の彼でも戸惑っただろう。だが、既に未来で面識があり、女神としての性格も理解している隆誠は、驚くどころか内心で頭を抱えていた。面倒な事態が始まったと、心の中で静かに嘆息する。
シルが言った『この前は視れなかった』という言葉は恐らく、フレイヤとしての複雑な感情が邪魔をして、隆誠の魂を『視る』ことが出来なかったのだろう。
だが今、改めて対面したことで彼女は完全に魂の色を捉えただけでなく、例外なく惹かれてしまった。
自分の手元に置きたい、独占したい、誰にも触れさせたくない。フレイヤ特有の危険な執着が、シルの姿を借りて露わになっている。
「お嬢さん。突然何を訳の分からない事を言ってるんだ?」
本当は
「それに『好きです』と言われても、俺は君の事を知らないし――」
「嘘です!」
鋭い声が割り込む事で、隆誠は眉をひそめた。
「は?」
「何故か分かりませんが、貴方は私の事を知っている筈です! まるで関わりたくないように、他人の振りをしてますね!?」
心情を正確に言い当てられ、隆誠は内心でうんざりした。
(本当こういう事に関しては鋭い奴だ……)
彼女が嘘と言ったのは神としての洞察ではなく、女としての勘だ。
普段は完璧な観察眼を持つのに、ベルの時だけは何故あそこまで曇るのかと、隆誠は呆れ半分で思い返す。
そして今のシルは、段々と女神フレイヤのそれへと変わりつつあった。このままでは、彼女は確実に自分との繋がりを得ようと行動するだろう。
「だからそんな貴方には――えいっ!」
「おいコラ! いきなり何をする!?」
隆誠の予想が正しかったと証明するように、シルが突然飛びつき、抱きついてきた。
一般人程度の力しかない抱擁から逃れることなど造作もない。しかし、そうしたら後々面倒な事になる。
遠くからこの場を見ている【
「リュ、リューセーさん! その
「君はこれがイチャ付いてるように見えるのか!?」
完全に動揺しているアーディが場違いな発言をしたことで、隆誠は即座に突っ込みを入れた。
アーディ自身、何故こんな気持ちになっているのか分からない。
先程まで仲良く話していた隆誠が、見知らぬ女性と仲睦まじい(?)光景を見せている。その事実が胸の奥にモヤモヤを生み、徐々に広がっていく。
「とにかく何とかしてくれ! 俺、セクハラされてるんだけど!」
「――はっ!?」
『セクハラ』という単語が引き金になったのか、アーディは漸く正気に戻った。
「は、離れて離れてー! 職権乱用で逮捕するよー!」
「おい、職権乱用は流石にダメだろ!?」
いくら警備活動をしている【ガネーシャ・ファミリア】とは言え、職権乱用で逮捕など以ての外だ。姉のシャクティが知れば絶対に怒られる。
だが、そのお陰で隆誠はシルから離れることが出来た。
「あ~! 放してくださぁ~い! まだその運命の人とイチャイチャしたいんです~!」
「初対面の筈なのにイチャイチャなんて正気の沙汰じゃないよ! リューセーさん、この初恋モンスターは私が抑えるから今の内に!」
「助かった! 恩に着る!」
アーディには後でお礼としてスイーツを御馳走しよう。そう心に決めながら、隆誠は一旦この場から退散することにした。
☆
(ったく。あの時と違って、
アーディのお陰でシルから逃れることに成功した隆誠は、路地裏を駆け抜けながらも、先ほどのことを思い返しながら果てしなく呆れ果てていた。
(まだ
そうぼやきながら、隆誠は一旦足を止めた。息を整えてから周囲を確認し、
「まぁ、アイツ以上に厄介な奴はもう流石に――」
「やっと見つけた!」
「――は?」
油断した瞬間、背後から勢いよく何かが飛びついてきた。腰に衝撃が走り、隆誠は反射的に視線を落とす。
そこには金髪金眼の幼女――アイズ・ヴァレンシュタインがしがみついていた。
「今度は君かい……。一応訊いておくけど、俺に何の用かな?」
「私を強くして!」
予想通りの返答に、隆誠は内心で深く嘆息した。
脳裏に、あの日の騒動が蘇る。
アリーゼ達が庭で基礎練習をしていた時、突然何者かが侵入した。
そして彼女は隆誠を見るなり、迷いなく飛びつき――
『おねがい! 私を強くして!』
あまりの唐突さに、アリーゼ達が固まったのは当然だった。
その後、団長フィンと副団長リヴェリアが大慌てで駆けつけて謝罪。無断侵入したアイズはリヴェリアの拳骨でKOされ、自身の
それ以来、アイズは隙あらば隆誠に会おうとするも、フィン達に阻止され続けていた。だが昨日の襲撃で彼らが忙殺され、監視の目が緩んだ結果、こうして再び捕まったわけだ。
「この前も言ったけど、冒険者じゃない俺は君を強くすることは出来ないよ」
隆誠は
益してアイズは都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の主力候補。もし鍛えてランクアップさせれば、フィンは間違いなく【アストレア・ファミリア】へ交渉を持ちかけるだろう。それは面倒事の極みだ。
「じゃあ、どうやってあの人達はランクアップできたの!?」
アイズが言う『あの人達』とは、【アストレア・ファミリア】のことだ。
隆誠は肩をすくめ、以前と同じ返答をした。
「普段から地道に努力したからだろう。君も強くなりたいなら、努力を怠らない事だ」
その言葉は、アイズの胸にまっすぐ突き刺さった。彼女の瞳が揺れ、何かを噛みしめるように唇が震える。
隆誠はその変化を見て、ある事を思い出した。
(……そう言えばこの子、ただ強くなりたいだけじゃなかったな)
隆誠はアイズの腕にしがみつかれたまま、
未来のアイズは単身で【フレイヤ・ファミリア】の
隆誠はその場に居合わせたことで、アイズの剣の本質を知ることになった。彼女の剣は『
それがどういう経緯で形成されたのかは未だ不明。だが、目の前にいる過去の
もし短期間で強くさせるような真似をすれば、彼女は間違いなく自ら破滅の道を辿る。
隆誠はそれを知っているからこそ、絶対に手を貸すわけにはいかなかった。
「とにかく放してくれ。さっきから痛くてね」
「
「あのなぁ……」
見た目は非力な幼女でも、アイズはアーディと同じ『Lv.3』の第二級冒険者。
腕力は一般男性の比ではない。抱きつかれたままでは、振りほどくことすら難しい。益してや相手は顔見知りの幼女だから、乱暴に振り払う訳にはいかないのだ。
一難去ってまた一難と、隆誠は本気でどうすべきか悩んでいた。
(あっ、そうだ)
その時、隆誠はアイズを引き離す方法を思いついた。
「放してくれたら、ジャガ丸くんをあげるよ」
「っ!」
アイズの身体がビクッと震えた。腕に込められていた力が、明らかに弱まる。
彼女の好物を利用する。最も単純で、最も効果的な方法。
「……本当にあるの?」
しかし、アイズは疑い深い目で隆誠を見上げた。今の隆誠の姿を見て、持っていないのではと疑っているのだろう。
だが、隆誠は既に予想済みだった。コッソリと収納用異空間からジャガ丸くんを取り出し、手のひらに乗せて見せる。
「あっ!」
「ほら、これで信用してもらえたかな?」
アイズは隆誠に抱きつくのを止め、揚げたてと思われるジャガ丸くんへ手を伸ばす。その瞳は、先ほどまでの執着や焦りが嘘のように、純粋な期待で輝いていた。
隆誠はその変化を見て、胸の奥で小さく息を吐く。
「はむっ!」
アイズは、差し出されたジャガ丸くんに迷いなくかぶりついた。
その勢いは、まるで空腹を何日も我慢していた子どものようで、隆誠は思わず苦笑する。
(本当にこの子は大好物の前だと、別人みたいに大人しくなるな)
さっきまで必死にしがみつき、強くしてほしいと懇願していた少女が、今はただのジャガ丸くんに夢中な幼女になっている。
未来のアイズと全く変わらない。そのギャップが、どこか微笑ましくもあり、同時に胸の奥に不安を残す。
アイズは頬をふくらませながら、熱々のジャガ丸くんを嬉しそうに頬張る。その表情には、焦りも渇望も、戦いへの執念も一切ない。ただ純粋な好きなものを食べている幸福だけがあった。
その隙を逃すまいと、隆誠は静かに気配を消す。アイズの視線がジャガ丸くんに釘付けになっている今なら、逃げるチャンスは十分にある。
足音を殺し、影のように後退してる事にアイズは全く気づかない。
ジャガ丸くんを食べるたびに小さく揺れる金髪が、夕陽に照らされてきらきらと輝いていた。
(……やっぱり危うい子だな)
強さを求める理由は単純ではない。その裏にある何かを知っているからこそ、隆誠は余計に胸が重くなる。
だが今は、この一瞬の隙を利用して退散するしかない。
アイズが「おいしい……」と小さく呟いた瞬間、隆誠の姿はすでに路地の奥へと消えていた。
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