飛鷹は高く   作:鷲鷹隼燕

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 アクイラ・ロックは、物心ついた頃には既に孤児院に居た。

 教会が援助を行う施設のうちの一つで、敷地内には聖堂もあり朝昼晩の祈りや日曜日のミサなどが行われるそんな場所。

 神の教えを受けながら育ったアクイラは、しかしその一方で擦れた面があった。

 早熟であった彼は、自分が孤児院の前に捨てられて拾われた存在だと知っていたからだ。更に、神への祈りよりも腹の満たされる食事の方が好きだった。

 

 一度、彼は主が葡萄酒とパンをふるまう話を聞いた。それを聞いて、腹が減った時に彼は祈ってみたのだ。

 

 何の足しにもならなかった。腹は減ったまま、パンが頭の上に降ってくる事も無い。

 祈った所で、自分の困窮は救われない。この時、アクイラは神への信仰心を半分ほど捨てていた。

 祈りは形骸化し、やらなければ食事にありつけないから祈るだけ。

 

 そして、アクイラが7歳になった頃転機は訪れた。

 

 孤児院をはぐれ悪魔が襲ったのだ。悪魔が天界関連の施設を襲うのは稀ではある。だが、その可能性は決して0ではなく。その限りなく低い確率を彼が居た孤児院が引いてしまっただけ。

 結果として、職員が数人と院長が亡くなった。そして、悪魔を討伐したのは()()()()()

 

 アクイラである。彼は、聖堂にあった銀のカトラリーで悪魔を殺傷した。

 

 この腕を買われて、彼は教会の戦士を育成する機関へと放り込まれる事になる。

 

 そこで、自身が居た孤児院の真実を知った。

 

 教会では、非人道的な実験が行われていた場所がある。多くの悲劇を生んだが、強力な戦力を生み出す為に必要な事だと推し進められた実験の事だ。

 アクイラの居た孤児院の院長も、そこに一枚噛んでいたらしい。具体的には、神器を持っていたりする将来有望そうな子供を養子縁組などをでっち上げて売り捌いていたのだ。

 この事実を知った時、アクイラはショック以上にある種の納得を覚えていた。

 

 自分の知り合いが時折消えていたのはこの為だったのか、と

 

 院長が死んだことにより孤児院はクリーンな状態になった。新しく就任した院長や職員は何れも子供を大切に育て、養子縁組が決まれば泣いて喜び送り出す、そんな善人。

 繋がりの合った教会の組織も()()()()、繋がりは残っていない。

 

 結果的にはなるが、少年少女らの未来を悪魔が救った事になる。同時に、どれだけ祈っても信仰しても神は救ってくれないのだとアクイラは理解してしまった。

 

 アクイラ・ロックが9歳の頃の話だ。彼は、信仰を捨てた。

 

 彼が教会の戦士となったのは、生きていく為。金を稼ぎ、風雨を防げる屋根を得る為。

 その中で、多くの後ろ暗い内情と言うものを見てきた。政治に対するセンスも勝手に磨かれていった。

 

 そして、少年は今の歳不相応の懐の深さと政治的視野をもった、神父へと成長していったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場に現れた第三者。

 頭の先からつま先まで、身に纏った白銀の鎧に包まれた何者かであった。

 

「敗れたか、コカビエル。鈍った腕ではこの結果も仕方が無いか」

「貴、様ァ……!なぜ、ここに居る…………!」

「無論、お前を連れ戻しに来た。アザゼルからの命令でな」

 

 アクイラに向けていたのとは違う鋭い目を、コカビエルは鎧の誰かへと向けた。

 視線だけで殺しそうな程に鋭いが、当の視線を向けられた誰かは気にした様子もなく鉄仮面に覆われた顔をサーベル片手の神父へと向ける。

 

「お前の話は聞いている。神器も聖剣も無く、高ランクのはぐれ悪魔を討伐する教会の戦士の話を、な」

「ふむ…………そう言うお前は、その白銀の全身鎧にその気配。噂の白龍皇か」

「ふっ……有名になったものだな」

「コカビエルを連れていくのなら、好きにしろ。仕留めるに足る理由はあれども、堕天使側としては数少ない武闘派だろうからな」

 

 アクイラの言葉を受けて、白龍皇は仮面の下で目を細めた。

 

 聖書陣営は三大勢力と呼ばれているが、実のところのその力関係は完全に拮抗しているとは言えない。

 悪魔側と天界側は、ほぼ伯仲だが一方で堕天使は少し違う。

 そもそも、天使が堕ちた結果発生したのが堕天使という種族だ。どうしても、大本の天使を超える様な数を用意する事は出来ない。

 更に、現在はとある理由から純正の天使が生まれなくなってしまった状態。それはイコール、新たな堕天使も生まれにくいという事でもある。

 現在は、両陣営が睨み合う状態で、そこに堕天使側が敢えて静観を決め込む事で大規模な戦闘となる事を抑制している。

 というのも、伯仲の実力差であるのならどちらかの陣営に堕天使が助力すればそれだけで力関係がひっくり返りかねないという事だからだ。そうでなくとも、両者疲弊しきった所で、堕天使が総取りという事もされかねない。

 

 そんな危ういバランスの中で成り立つ三大勢力。実の所、政治を担っている上層部としては互いに大きく戦力を削られる事を嫌がっている節がある。

 今回の件にしても、教会上層部としては堕天使の勢力を削りたいが、天界側の天使としては大きく堕天使の力を削った結果悪魔側への牽制の手札が削れるのは痛かったりする。

 

 白龍皇は一つ頷くと、その手に引き摺っていた何かをコカビエルを回収する代わりにアクイラの前に放り出した。

 

「あぐっ!ぐ、おぉぉぉ……!」

「!バルパー・ガリレイか」

「俺としては、君と戦いたいんだが…………まずは仕事を果たすとしよう。それの処遇は好きにすると良い」

 

 それだけ言うと、彼は血塗れのコカビエルを担ぎ上げてその場を去って行った。

 残ったアクイラは、温度の無い瞳で好々爺然とした外道を見下ろす。

 

「…………ふむ」

 

 少し間を挟んだが、徐にアクイラは右手のサーベルを持ち上げた。

 主犯の一人であるバルパー・ガリレイだが、その犯行理由などを聞こうかと一瞬考えて、そもそも慈悲の余地も無い外道である事を思い出したからだ。

 一瞬、木場に憂さ晴らしをさせる事も頭を過ったが、聖剣の話だけで荒れた少年の事がありコレも脳内で却下。

 

 結論、生かす価値無し。

 

 しかしこれに焦るのは、外道の方だ。

 

「ま、待て!待ちたまえよ!少しはこちらの話を聞こうとは思わないのかね!?」

「ないな」

「ぐっ……!こ、これが有れば教会の戦力をさらに増やせるんだぞ!!」

 

 喚くバルパーが法衣より取り出したのは、掌に収まる程度の大きさの球体。

 命乞いに対して、アクイラは眉根を寄せるがバルパーはここが攻め時といわんばかりに言葉を紡ぐ。

 

「コレは、私の研究成果なのさ!ここには、聖剣を扱うための因子が圧縮されている!」

「なに……?」

「フリードを見ただろう?あの男は、元々聖剣を扱うための因子が低かった!だが、この因子の一部を施す事により、生まれながらの聖剣使いと遜色なく扱えるようになった!これは革新だ!そうだろう!?」

「…………」

 

 黙ったアクイラに、バルパーは更に言い募る。

 

「君もそうだろう!?アクイラ・ロック!聖剣の因子を持たず、神器も持たない君だ!これさえあれば、聖剣を――――」

 

 言葉が、途切れた。

 アクイラの手に在ったサーベルが振り抜かれ、遅れてバルパー・ガリレイの体は崩れ落ちる。

 

「それ以上、喋るな」

 

 サーベルの刃に着いた血を振り払って鞘へと納めて、アクイラは吐き捨てる。

 

「他人を足蹴にした成果を、よくもまあ自慢げに掲げられるものだな。俺はそういう教会の体質が嫌いなんだ」

 

 言いながら、アクイラはバルパーの手より落ちた因子を取り上げてカソックのポケットへと仕舞い、代わりに懐から聖書を取り出した。

 開かれたそこからは、独りでに無数のページが千切れて宙を舞い死体となったバルパーへと張り付いていく。

 聖書のページに包まれた遺体。直後、聖書のページが青い燐火に包まれた。

 

 本来、教会の教えでは火葬などはしない。

 だが何事にも例外と言うものは存在する。そして、その例外を行うのが教会の戦士(エクソシスト)の仕事の一つでもあった。

 

 土葬を行うのは、死後の復活の際に体が無ければ困るから。しかし、主の教えを愚弄し破門された者たちと異教徒は別だ。

 彼らを処断する役目を受ける事のある教会の戦士たちは、彼らを処理した後、その体が残らぬように焼き尽す。骨の一欠けらも残さずに、灰を灰へと還すように。

 

 程なくして燐火は消え、残るのは灰の山とそれから少しだけ焦げた草地。

 アクイラは手を使って、この燃え残った灰を聖書を仕舞った後に取り出した革袋に収めていった。

 教会の戦士に火葬された異端者は、魂すらも燃え尽きる。その為の、燐火(煉獄の火花)

 

「…………さて、仕上げに向かわなくては」

 

 感傷はない。いつもの事であるから。

 神父の心に一筋のさざ波も起きる事無く、その姿はその場より消えるのだった。

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