使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第85話『牙を剥く脅威』

 

 さて、フリーレンたちがジープを満喫していた、その頃。

 

「あら、ギーシュじゃないの」

 ラ・ロシェールの街をぶらついていたキュルケは、外から丸見えのテラス席で飲んでいるギーシュたちを見つけた。

 

「そういうきみはキュルケじゃないか!?」

「なぁに、デートなの? あんなことがあったのにもうよりを戻したんだ、あんたら」

「うっさいわね、それはもう解決したからいいのよ」

 酒に上機嫌なギーシュを横から小突きながら、モンモランシーはワインを少しずつ口に運んでいる。

 

「そういうあんたは、なんでこんなところに?」

 モンモランシーは逆に尋ね返した。ゲルマニアの人間からすれば、今回の婚姻はあまり面白い話でもない。

 トリステインとアルビオンの結束強化。それはつまり、ゲルマニアへの対抗意識も含んでいるということなのだから。

 

「べっつにー? まあ、暇だったからとしか言いようがないわね」

 

 キュルケ自身、別に本国へ強い忠誠心を抱いているわけではない。

 ある意味、それもゲルマニア貴族らしい気質だった。

 フリーレンたちを見送ったあと、アニエスとも別れたキュルケは、一人で街をぶらついていた。

 本当に、それ以上の理由はない。

 

「それにしても聞いたかい、キュルケ!」

 ギーシュが酔った勢いのまま身を乗り出す。

「トリステインが誇るあの麗しき一輪の花、アンリエッタ姫が、空の国の王子と結婚だなんて……!」

「あーはいはい」

 おいおいと泣き始めるギーシュを、キュルケは適当になだめた。

 

 その美貌ゆえに、アンリエッタを慕うトリステイン男子は少なくない。

 女好きのギーシュなら、なおさらである。

 

 どうやらこの二人、アンリエッタ姫を一目見るためだけに、わざわざ夏休みを利用してラ・ロシェールまで来たらしい(十中八九、ギーシュが行きたいと駄々をこねたのが想像できたが)。

 

「実際問題、あんたたちの国、これからどうなるのかしらね? マリアンヌ大后って、今も隠居同然なんでしょ? ……あ、あたしにもワインちょうだい」

 

 キュルケはするりと二人の隣へ腰掛ける。

 モンモランシーは露骨に嫌そうな顔をしたが、当のキュルケはまるで気にしない。

 

「さあねぇ……。あーあ……ぼくはずっと、アンリエッタ姫がそのまま女王になってくださるものだと思っていたのに……」

 

 そうすればゆくゆくは出世して、そんな麗しき女王陛下を守護する近衛として名を馳せるつもりだったのにぃ……と、ギーシュは顔を赤らめ愚痴をこぼす。

 人生設計をめちゃめちゃにされたとばかりに情緒が壊れているギーシュに対し、モンモランシーは冷静だった。

 

「まあ……当分は玉座も空いたままでしょうね。下手したら、このまま枢機卿に実権を握られるんじゃない?」

 

 まともな王がいない以上、今最も権力を持っているのがロマリアからやってきた枢機卿、マザリーニとなっている。

 ただ、彼はアンリエッタ姫と比べると評判が良くない。『鳥の骨』とも揶揄される見た目の細さもさることながら、外様の人間であること、何より『平民の血を受け継いでいる』との噂もあって、とにかく貴族からの人気が無いのだ。

 

 ……もっとも、そんな外様の人間へ、国家運営の大半を委ねざるを得ないという事実そのものが、今のトリステインの歪さを表しているとも言えた。

 とはいえ、そんな宮廷の裏事情を、学生の身分であるギーシュらが知る由もない。

 

「でも、さすがにそんなことになったら、ヴァリエール家あたりが動くんじゃないの?」

「ルイズのお父様が王様、ねぇ……。まあ、血筋と家格を考えれば、絶対に有り得ない話でもないんでしょうけど……」

「でも、あの子、エルフを召喚しちゃってるからねぇ。それを問題視されたら、どうするつもりなのかしら?」

 

 そう口にしたモンモランシー自身、別にフリーレンへ悪感情を抱いているわけではない。

 危ないところを助けてもらった恩もあるし、民間魔法にも素直に興味を持っている。

 ただ、それでも世間に根強く残る『エルフ差別』を考えれば、厄介事が付きまとうのもまた事実だった。

「面倒な国ねトリステインって。ゲルマニアなら、そんなの絶対気にしないと思うわ。むしろ、あの貪欲な皇帝陛下なら、〝民間魔法〟を積極的に取り込もうとするんじゃない?」

 グラスの中で揺れる赤い液体を眺めながら、キュルケは肩をすくめた。

 そんなふうに、それぞれ好き勝手語っていた、その時だった。

 

 キュルケが、ぴくりと眉を動かした。

 夏休みの間も、コルベールとの修行という名の恋愛駆け引きを続けていた成果か。まだ未熟ながらも、彼女は『探知』系統の民間魔法を扱えるようになっていた。

 

 その〝魔力探知〟に、微かな違和感が引っかかったのだ。

 街の向こう側、まるで魔法の撃ち合いでも起きているかのような、不規則な魔力の乱れ。

 弱い。だが、確かに感じる。

 

「…………」

「ねーモンモランシー、あんたも気付いているんでしょ?」

 

 隣のモンモランシーは、知らぬふりをするようにワインを飲み続けていた。だが、その表情にはわずかな強張りが浮かんでいる。

 どうやら彼女もまた、第六感めいた何かで異変を察知しているらしかった。

 ちなみにギーシュは、完全に酔っ払っていたせいだろう。探知能力なども鈍り切っているのか、何一つ気づいていない。

 

「いや、さて、なんのことかしら…………?」

 

 モンモランシーは露骨に目を逸らす。

 実のところ、彼女は『民間魔法学』でもかなり優秀な部類の生徒だった。

 ルイズほどではないにせよ、花を咲かせる程度の技術は持っているし、探知精度に関してはむしろキュルケ以上。

 繊細な気質が、〝魔力探知〟の特性と噛み合ったのだろう。

 そんな彼女が、キュルケすらも気付いた異変に、気付かないはずもなく。

 でも当人は「気付きたくなかった」という後悔の表情を無意識に浮かべていた。

 

(なによもう、どこの馬鹿が暴れているというのよ……!)

 

 感じ取れる気配からして、かなり殺気立った攻撃魔法の応酬でも起きているのかもしれない。

 どうして各国の重鎮が集まっているこんな場所で、そんな騒ぎが起きているのか。理由は分からない。

 だが、絶対に関わらない方がいい類の面倒事が起きている。それだけは、嫌というほど理解できた。

 周囲はまったく気づいていない。後ろの席で出来上がった騎士(メイジ)たちが横切っていく。

『ディテクトマジック』を唱えれば気付けるかも、というぐらいの微弱な波長なのだ。ギーシュのように酔っぱらっていて気付いていない者しかいないのだった。

 この違和感を探知できたのは、杖を使わずとも魔力を探知できる、フリーレンから異世界の魔法を学んだ者たちだけだ。

 

「面白そうじゃない、行ってみましょうよ」

 

 やがて、グラスを置いたキュルケが立ち上がる。

「ええぇぇぇ!? 嫌よ! なんでわざわざそんな面倒事に首突っ込まなきゃいけないのよ!」

「いいのー? もし見過ごして、『あなたたちの姫様』に何かあったらそっちの方が大問題なんじゃない?」

「なんだって! そんな事態、このギーシュ・ド・グラモンが断じて許さん!」

 その瞬間、ギーシュが勢いよく立ち上がった。

 アンリエッタ姫の名を聞いた途端、酔いも吹き飛んだらしい。杖まで掲げ、完全にやる気満々である。

 

「ちょっとギーシュ! あんたまで何言ってんのよ!!」

「姫君の危機に立ち上がらずして、何が貴族だ! モンモランシーだってそう思うだろう!」

「いや、まぁ……そう言われると何も返せないんだけど……!!」

「観念なさいモンモランシー。女とはいえ、杖を持つ以上、有事には立ち向かう。そういうお国柄なんでしょう? ルイズだったら、間違いなく行くわよ?」

「分かった! 分かったからもう!」

 

 二人に押し切られ、とうとうモンモランシーも観念する。こうして三人は、微かに魔力の乱れが生じている方向。

 ラ・ロシェール外れの、鬱蒼と茂る林へ向かっていった。

 

 

 

「う~、暗い……」

 すっかり日も落ち、林の中は完全な闇に包まれていた。

 キュルケの杖先に灯る小さな明かりだけを頼りに、ギーシュとモンモランシーは慎重に奥へ進んでいく。

 

「だ、大丈夫さモンモランシー。いざとなったら、このぼくが身を盾にしてでもきみを守るよ」

「信用できないこと言わないで頂戴。あんた、さっきまで千鳥足だったじゃない」

 

 つん、と澄ました顔で返すモンモランシー。もっとも、それも無理はない。

 何せ先程までのギーシュは、酔いのせいでふらふらと蛇行していたのだ。

 モンモランシー特製の即席酔い醒ましポーションで多少は回復したとはいえ、そんな直後に「頼りにしてくれ」と言われても説得力がない。

 

「……しっ。もう近いわよ」

 

 キュルケが、人差し指を唇へ当てながら囁く。その一言に、ギーシュとモンモランシーの表情も強張った。

 二人とも杖を抜き、臨戦態勢を取る。先ほどまで感じていた魔力の乱れは、ほとんど収まっている。

 

 だからこそ逆に、不気味だった。

 

 抜き足差し足。

 なるべく音を立てないよう、三人は慎重に歩みを進める。

 やがて、茂みの奥から、ガサゴソと何かが暴れる音が聞こえてきた。

 それに混じって、低いうめき声のようなものまで聞こえる。

 

「や、やめて……! たすけ……!!」

 

 女性の悲鳴だ。息を潜めていたキュルケ達は、とうとう覚悟を決めて身を乗り出す。

 

 

 

 そこにあったのは。

 二つ結びの少女、ベアトリスが、自身の騎士たち『空中装甲騎士隊(ルフトパンツァーリッター)』の面々によって縄で拘束され、袋詰めにされているという、あまりにも異様な光景だった。

 

 

 

 話は少し前に遡る。

 

「あぁぁぁもう! つまんないつまんないつまんないぃ!!」

 

 アンリエッタとの会談を、ほとんど追い出されるような形で終えたベアトリスは、廊下で地団駄を踏みながら喚いていた。

 せっかくの晴れやかな結婚式。

 この機会に少しでも王室へ取り入り、存在感を示そうと、わざわざラ・ロシェールまで足を運んだというのに。

 

 蓋を開けてみれば、無駄に喧嘩を売り散らかしただけで終わってしまった。

 いくら大公国の姫とはいえ、流石にやり過ぎだったという自覚くらいはある。

 

 何せ昼間はヴァリエール家。そして先ほどはアンリエッタ姫。おまけに、その側近であるマザリーニですら、自分を見る目は完全に冷え切っていた。

 

 しかも、その三者は全員、父アフォンソから『絶対に喧嘩を売るな』と、口酸っぱく言われていた相手でもある。

 もし関係を悪化させれば、自国の立場にも響くからと。そう忠告されていたのだ。

 

(どうしましょう……このまま帰ったら、流石のお父様もお冠よね……)

 

 甘やかされて育ったベアトリスだが、父が厳しい時は本気で厳しいことも理解している。

 忠告を無視し、好き放題やらかしたと知られれば、間違いなく大目玉では済まない。

 そこで、少し冷静になった彼女の脳裏に、ふと、悪知恵がよぎった。

 

「――そうだわ。『ヴァリエール家はエルフと通じている』。その証拠を掴んで王室へ差し出せばいいのよ!」

 

 先ほどアンリエッタ姫に叱責された理由は、“曖昧な噂を事実のように語ったこと”だった。

 ならば、きちんと証拠さえ掴んで提示すれば、今度こそ文句は言われないはず。

 それに、ヴァリエール家とエルフの関係が公になれば、あの大貴族とて立場は揺らぐ。そうなれば、父アフォンソが王権へ近づく道も開けるかもしれない。

 そして何より自分の留飲も下がる。

 

(よし決めた! こうなったら何が何でも、あの女の化けの皮を剥いでやるんだから! 見てなさい……!)

 

 昼間に出会ったルイズの、あの憎たらしい顔を思い出しながら、ベアトリスはメラメラと執念を燃やしていた。

 そんな彼女へ悲劇が降りかかるのは、その直後のことである。

 

 

「ベアトリス姫殿下。少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 そう言って部屋へ入ってきたのは、子飼いである『空中装甲騎士隊』の隊員だった。兜まで被った完全武装の姿である。

「なによ、こんな時間に無礼ね。用件があるなら明日にしなさい」

「無礼は承知の上にございます。実は『ある件」について、姫殿下にもご同行願いたく」

 

 隊員は跪きながら、わざと含みを持たせるような声音で告げる。

 突然の訪問に苛立っていたベアトリスだったが、その隊員の神妙な態度に、少しだけ冷静さを取り戻した。

 

「……なによ、その『ある件』って」

「ええ。実は、『エルフの件』でございます」

 

 その言葉に、ベアトリスは目を見開く。

 この状況で『エルフ』と聞けば、ヴァリエール家と関係している例の存在を連想するのは当然である。

 

「いるの!? エルフが!」

「目撃情報を掴んだ段階ではありますが、かなり確度は高いかと」

「すぐ捕まえて連れてきなさい! ヴァリエール家との関係を洗いざらい吐かせてやるわ!」

「それが……」

 

 隊員はわずかに声を潜めた。

 

「たとえエルフとはいえ、ヴァリエール家と繋がりのある者をこちらの独断で拘束すれば、後々問題になる可能性もございます」

「……むぅ」

「ですので、現場確認を行う立会人として、ぜひ姫殿下にもお越しいただきたく」

 

 それを聞き、ベアトリスは露骨に面倒そうな顔をした。同時に、その瞳にはわずかな不安も浮かぶ。

 確かに、いくら名高い『空中装甲騎士隊』とはいえ、下っ端騎士の証言だけでは、「捏造だ」と押し切られる可能性もある。

 そういう意味では、自分のような立場ある人間が直接確認する意義も分からなくはない。分からなくはないのだが……。

 

 

「大丈夫なんでしょうね? エルフって、とんでもなく凶暴だって聞くけど……」

「我ら『空中装甲騎士隊』の力を信じていただければ」

「……昼間の大騒ぎについては、当然あんたも知ってるわよね?」

「問題を起こした者たちは、すでに処分済みにございます。残った精鋭たる我々をお信じください」

 

 そこまで言われてしまえば、ベアトリスも強くは出られない。

 エルフは怖い。怖いが……、それ以上に、胸の奥で渦巻くどす黒い感情が、「ここで引く」という選択肢を飲み込んでいた。

 

「いいわ、案内なさい。もしまたヴァリエール家のあの女が現れたとしても、確かな証拠さえ押さえれば、もう言い逃れはできないでしょう。エルフ共々、その場で異端審問にかけてやるわ!」

 

 そう言って、高笑いするベアトリス。

 そしてそのまま、騎士に促されるまま人気のない雑木林へ足を踏み入れたのだが――。

 

 

「……誰もいないじゃないの」

 

 

 現場へ着いたベアトリスは、困惑したように周囲を見回す。

 エルフどころか、人の気配すらない。

 

「ねぇ。本当にエルフを見たの?」

 

 思わず声を荒げ、案内役の騎士を見上げる。だが、騎士は、先程から一言も喋らない。兜に覆われた顔からは、表情すら読み取れなかった。

 その不気味さが、かえってベアトリスの不安を煽っていく。

 

「……何とか言いなさいよ。こんな真似して、ただで済むと思ってるの? もし嘘だったら、お父様に言って騎士団から追い出してやるんだから」

 

 その時だった。

 ガサゴソ、と。

 林の奥から、慌ただしく駆け寄ってくる音が響く。

 

(ま、まさか……本当にエルフが……!?)

 

 期待と恐怖の入り混じった目でそちらを向くベアトリス。だが、現れたのはエルフではなかった。

 

 同じ『空中装甲騎士隊』の面々。

 その中には、騎士隊長の姿まである。

 そして、駆けつけた騎士たちは、ベアトリスを見るなり叫んだ。

 

 

「殿下! お逃げください! そいつらは、騎士団に化けた“敵”です!!」

 

 

 

「――――え?」

 ベアトリスが呆然としている間に、彼女の身体へ魔法の縄が巻きついた。

 見れば、ここまで案内してきた兜の騎士が、自分へ向かって魔法を放っている。

 

「貴様ッ! その御方がクルデンホルフ大公国のベアトリス姫と知っての狼藉か!!」

 

 騎士隊長が激昂する。今、ベアトリスを拘束している騎士の装備。

 それは、昼間問題を起こした部下たちから剥ぎ取られたものだった。

 

 姫が謁見を終える前。

 騒動を起こした兵士たちは別室へ拘禁されていたのだが。その全員が、すでに殺されていた。

 下手人は不明。

 だが、保管されていた鎧や兜だけが綺麗に消えていた。

 つまり『空中装甲騎士隊』の装備を奪い、内部へ紛れ込んだ『何者か』がいる。

 

 それに気づいた時には、すでに姫は誘い出されていたのだ。

 隊長は即座に杖を向ける。

 

 だが次の瞬間。

 胸を貫かれたのは、隊長の方だった。

 

「……は、ぇ……?」

 

 ごぼり、と。

 隊長の口から血の塊が零れ落ちる。

 草木の陰から『魔法の矢(マジック・アロー)』が放たれたのだ。

 

 敵は一人ではなかった。

 暗がりの中から、次々と人影が現れる。

 その全員が、『空中装甲騎士隊』の鎧を身に纏っていた。

 

「な、なんだ貴様らは!!」

 ベアトリスを救援に来た騎士たちも慌てて杖を構える。

 だが遅い。

 あらゆる動作で、相手の方が一枚上だった。

 

 仮にも彼らは、アルビオン軍を除けばハルケギニア最強とも称される竜騎士隊。その精鋭である。そんな彼らがあっけなく、次々と殺されていく。

 だが、それも当然だった。彼らが相対しているのは……。

 その『ハルケギニア最強』たるアルビオン竜騎士団、その中でも選りすぐりの精鋭だったのだから。

 

 

 戦闘は、一瞬だった。

 瞬きする間に、救援へ来た騎士たちは全滅する。

 

 敵兵たちは鬱陶しそうに兜を外した。

 整った顔立ちだが、その瞳には感情らしい感情が何もない。まるで人形のよう。

 彼らはベアトリスを、道端の石でも見るような目で見下ろしながら告げる。

 

「邪魔者は消えた」

「この女がクルデンホルフの娘か」

「急げ、早くこの女をアウラ様に献上するぞ」

 

 そしてそのまま、縛り上げたベアトリスを袋詰めにしようとする。

 

「や、やめて……! たすけ……!!」

 

 その時だった。

「あ、あんたたち! 一体何やってるのよ!!」

 その声に、蝋人形のような無表情が、一斉に声のした方へ向く。

 そこにいたのはキュルケ、ギーシュ、モンモランシーの三人だった。

 

 

 

「……えっ?」

 その光景を目にしたモンモランシーは、完全に言葉を失った。

 あまりにも凄惨な現場を前に、脳の理解が追いつかなかったのだ。

 

 人が殺される瞬間を見るというのは。こんなにも、心が凍りつくものなのだろうか。

 そんな場違いな思考だけが、頭の中をぼんやりと漂っていた。

 

 だが場数を踏んでいるキュルケだけは、即座に反応する。

 

「ギーシュ! モンモランシー! 伏せて!!」

 叫ぶと同時に、キュルケは二人を強引に地面へ押し倒した。

 

「でぶっ!?」

 情けない悲鳴を上げる二人の頭上を、『魔法の矢(マジック・アロー)』が掠め飛ぶ。

 

「モンモランシー! ギーシュ! 〝防御魔法〟は!?」

「つ、使えるけど! まだ破片程度しか作れないわよ!」

「ぼ、ぼくも似たようなものさ……!」

 

 モンモランシーは半泣きで叫び、ギーシュは力なく笑う。

 それでも彼らは、『民間魔法学』の中では優秀な部類だった。

 まだ〝防御魔法〟そのものの構築に苦戦している生徒が大半の中、『形』だけでも発現できる彼らは、十分上澄みである。

 とはいえ当然、こんな実戦で使った経験など皆無だった。

 

「でしょうね……っ!」

 キュルケは即座に杖を振る。

 放たれたのは『炎球』。追尾性能を持つ、トライアングル級の火球だった。

 

 だが、敵側が放った水魔法によって、炎は一瞬で掻き消される。

 キュルケも牽制用に撃っただけで、当然通用するとは思ってない。

 だが……、

 

 

(こいつら……かなり格が高いわね……最低でもトライアングルクラスはある……!)

 

 せめて一対一なら勝機はある。

 だが、このレベルが複数で連携しているとなると話は別だ。

 

「いったん退くわよ! この数は、流石に分が悪いわ!」

 

 キュルケの判断に、二人も慌てて頷く。

 だが、現在進行形で袋詰めにされかけているベアトリスからすれば、たまったものではない。

 

「い、嫌っ! 助けて!! ……って、あなた! グラモン家のギーシュ殿じゃない! 隣はミス・モンモランシーでしょう!? まさかわたくしを見捨てる気!?」

 それを聞き、ギーシュたちの肩がびくりと跳ねた。

 よりにもよって攫われかけている相手は、『借金先』のお嬢様だったのである。

「あんなにお金を融通してあげたじゃない! こういう時こそ命懸けで返しなさいよ! もう二度とお金貸してあげないわよ!!」

「ど、どうしようモンモランシー……」

「ど、どうしましょう……」

 

 そんなことになれば困るどころではない。親から特大の雷が落ちる。

 結果逃げ腰だった二人の足が、完全に止まった。

 そして当然のように、その隙を狙って、『魔法の矢(マジック・アロー)』が容赦なく飛来する。

 

「ったくもう! ボケッとしない! 戦うか逃げるかはっきりなさい!」

 

 キュルケは二人の前へ飛び出すと、防御魔法を展開した。

 六角形の光盾が瞬時に形成され、『魔法の矢(マジック・アロー)』を受け止める。

 

「おおっ! すごい!」

 

 ギーシュたちは思わず声を上げる。

 しかし、キュルケはすぐに障壁を解除した。

 

「ちょっと! なんで解くのよ! 張りっぱなしにしなさいよ!」

「無茶言わないでよ! この盾、維持するだけでも相当きついのよ!!」

 

 ほんの一瞬展開しただけ。

 それにもかかわらず、全力の『炎球』を何発も立て続けに撃ったかのような消耗感が襲ってくる。

 ギーシュたちには見えていないが、キュルケの額にはすでに汗が滲んでいた。

 もちろん、これは練度不足もあるのだろうが……。

 

(盾だけでこんなに消耗するのに……これを何分も維持した上、全方向へ展開できるとか……ルイズ、本当にどうかしてる魔力量してるわね……)

 

 一方その頃。

 ベアトリスは猿轡を噛まされ、袋へ詰め込まれていた。

 

「こいつらはどうする?」

「放っておけ。戦いぶりを見る限り、アウラ様のお眼鏡にも適わん」

 

 あの褐色の炎使いには、多少見るべきものがある。

 だが、『主人』の貴重な時間を奪ってまで攫う価値があるかと言われれば微妙だった。

 

 騎士の一人が指笛を鳴らす。

 すると、夜空から風竜が降下してきた。

 

 袋詰めにされたベアトリスを、竜の鉤爪が無造作に掴み上げる。

 さらに援護とばかりに、八メイル級はある火竜までもが上空から飛来した。

 

「生死は問わん。やれ」

 

 火竜に短く命令だけを残し、騎士たちは次々と風竜へ跨っていく。

 その時だった。その中の一人が、不意にぶるぶると震え始める。

 

 

「……」

「どうした。早く乗れ」

「……ちがう……。『アウラ』じゃない……。『テューダー家』こそが……アルビオンの……真の……王……」

 

 次の瞬間だった。

 兵の一人が、うわ言のように呟いていた仲間へ向けて躊躇なく魔法を放ち、首を刎ね飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 当然、その光景を見たキュルケたちは愕然とする。

 ドラゴンの襲撃よりも、敵が、何の前触れもなく仲間を処刑したという事実の方が、遥かに異常だった。

 

 

 

 

 

 だが。さらに恐ろしかったのはその後。

 首を飛ばされた兵士が。平然と動き続けていたことだった。

 

 

 

 

 

「――――ひっ……ぃいいいい!!」

「な、なんだあれぇっ!?」

「……まともじゃないわ……」

 

 キュルケですら、口元を押さえながら呆然と呟く。

 モンモランシーに至っては、ほとんど錯乱寸前だった。

 ちなみに、この光景は袋詰めにされたベアトリスも見ている。

 彼女は完全に精神が限界を迎えたのか、そのまま白目を剥いて失神した。

 

「これでよし」

「愚か者め。大人しくアウラ様へ忠誠を捧げていればいいものを」

 

 敵兵たちは、首無しの兵士を見ても何一つ動揺しない。まるで、それが当然であるかのように。

 首無し騎士も、先程までの不審な動きを止め、他の兵に支えられる形で竜へ乗り込んでいく。

 そして、そのまま飛び去ろうとしていた。

 

 ギーシュたちは、ただ固まったようにその光景を見送ることしかできない。

 どれだけ別魔法を学ぼうとも、実戦経験がなければ、こういう異常事態に身体は動かない。

 

 だがキュルケだけは違った。

 一瞬、彼女の瞳に、明確な殺意が宿る。

 杖先が、飛び去ろうとする敵へ向いた。

 

(撃つ……!? 〝地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〟を――!)

 

 逃がせば、絶対に厄介になる。そう本能が告げている。

 そして同時に『撃てば、殺せる』。

 確実に殲滅できると、己の勘が囁いていた。

 

 だが、まだこの時点でのキュルケは、この魔法の完全制御には至っていない。

 こんな森林地帯で獄炎を放てば、自分だけでは済まない。ギーシュも、モンモランシーも、ベアトリスすら巻き込む。

 

 

『火の本質は、破壊と情熱』

 

『でも、それだけでは寂しいと私は考える』

 

 

 脳裏に浮かんだ言葉と共に、キュルケは殺意ではなく、理性を選んだ。

 ここで全てを焼き払う意味はない。

 それよりも――。

 

「ちょっと! あの火竜、どうするつもりなのよ!!」

 

 そう、敵が残していった火竜が、こちらへ迫ってきていた。

 巨大な顎。爛々と光る瞳。

 捕食者の目で、三人を見据えている。

 

「……やるしかないでしょ!」

 

 キュルケは杖を握り締める。

 

「あたしだって、()()()()()()を見てきたのよ! こんなドラゴンくらい、やってやるわ!!」

 

 彼女は、かつて目にした『災厄の古代竜』を思い出しながら、火竜へ向き直った。

 

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