微ェ□かも?
──ばるんっ!
世に多くの
そう、おっぱいである。
実際にそんな振動が鼓膜を叩いているわけではない。しかし、視覚情報は明確にそんなオノマトペを感知してしまった。
神獣サラマンドラの襲撃を見事に撃退してみせた妙齢の怪僧ニノンは、雪と氷が溶けて出来上がった風呂を見てこういったのだ。温泉に入りましょう、と。目を無邪気に輝かせて。
それは覚えている。
しかし神獣退治からまったく結びつくはずのない肉の踊りに、
「えっ」
しゅるっ……衣擦れの音が聴こえたのか全く理解出来なかった。それから反応する暇もなく脱ぎはらわれ空中を舞う袈裟。
その放物線をあほ面晒して眺めていると、ニノンが袈裟の下に来ていた布袍の裾をおおいにめくった。
極北の地だと言うのにニノンは薄着だった。だからすぐに布に包まれた象牙の肌にもたどり着く。
ばるんっ、目に叩きつけるようなオノマトペが痛烈に
──それは一個のメロンだった。
胸元を晒したとたん鼻をつく麝香と龍涎香、そして成熟した女性のかおりが
おもしろい模様を幾筋も刻みつけ緑したたる
「おォォォおおおおおおおおぉぉおおおおおぉぉおおおおお!!!! やっっべええええええええぇぇええええ!!!!!」
人生で一番精力旺盛とも言える二十歳寸前の男だ。ストライクゾーンど真ん中の美女が脱げば股ぐらで生理現象が起きるのは止められない。
さしもの
故に
全力疾走し、体力をすり減らし、ち……海綿体に集結しつつある血流を他の部分に分散させるために!
「……ダメだ! 身体中から下半身へ進撃していく止まらねえ!!!」
ふと。
『〜〜〜♪』『www』
そして気づく。何故かこの黒白魚どもが股ぐら付近で屯し、煽るようにグルグル円をえがいて回転している。
「クソがッ! テメエらのせいで血の集中が加速してんじゃねえか! 見せもんじゃねえぞ散れ散れ!」
慌てて追い散らす。モリグナ戦で
「ハァハァ……ちょい休憩。てか、もう諦めただろ……うん?」
息を吐いて立ち止まった
「後ろまで透けて見える? なんだこのカラス……もしかして霊体、なのか?」
よく見ればカラスの輪郭は酷くぼやけている。東洋では
幽霊鴉と視線があった。瞳の色は見覚えのある
おそらくカラスを象った幽霊とシギュンは繋がっている。肉体から離れた魂──エクトプラズムの一種なのだ。
そして幽体離脱を体験した人間はたいてい幽霊になった時の記憶を持っている。つまり観測霊。
先日までは存在しなかったシギュンの力──彼女が弑逆したまつろわぬモリグナから簒奪した権能《
「潜影もだけどよォ……こんな場面で権能掌握してんじゃねえよ!!!」
弑逆したまつろわぬモリグナへの陳謝を添えて。
結局、逃げ回っていた
本当になんのドラマも冗長もなく素っ裸になって湯のなかに入ってしまった。
思わず拍子抜けしてしまう。
「シギュンもニノンさんもさあ、裸見せて恥ずかしいとかおもわないの?」
というかアメリカ暮らしの長い
「別に」
そっけなく言い、湯に身を委ねているのはシギュン。
アイスランドは火山島だから温水プールや温泉が呆れるほどある。アイスランド、と聞いてイメージすれば湯気の立ち上る露天風呂を想起する者もいるだろう。
シギュンもアイスランド人ということか、慣れた様子で湯に身を沈めていた。
(ビスクドール……みてえだ)
裸を晒したシギュンは工芸品じみていた。
第一に白い。白人特有の白さもあるが、髪色の白も相まって、白が際立つ。
それも背筋が泡立つ戦慄を覚えるほど肌が白い。一切の穢れがない。肌を白磁と讃える言葉はあるが、まだ足りない。
男が触れれば、そこから壊死してしまいそうなほどの無垢。少女の極地。
厚手のコートを脱いだシギュンは予想たがわず華奢だった。
しかし情緒も起伏が薄くとも、しっかりと女らしい肉付きがあった。
一口で頬張れそうな形の良い
カンピオーネは男女問わず美しい者が多いと聞くが、シギュンは頭一つ抜けているように思った。ムスリムの詩人でも連れてくれば四十行にもおよぶ少女讃歌を謳ってくれそうだ。
ただ一点、ケチをつけるなら足首の切断痕だけが異様に浮いていた。
「ここで会ったのもなにかの縁でございましょう。裸身の交で我らの絆を温めるのも一興かと」
湯治で赤らんだ肌と結んだ髪からのぞくうなじ、纏めた髪から零れるおくれ髪。
ニノンの裸体には
シギュンが男に屈服した事のない処女であれば、ニノンは身ごもりやすそうな肉感の女。
シギュンやまつろわぬ神のような、稀代の職人が生涯をかけて作りだした精緻さはない。
しかし話しかけることすら躊躇わせる壮絶な美はなく、親しみやすいとっつきやすさがある。
特筆すべきは
二つのバストは不揃いで、脂肪量に差があった。心臓の真上にある左側の乳房は血流量が多い。そのため右乳房よりも形良く
ニノンは顕著だった。
アシンメトリーな左乳房が、艶っぽくあるが品がなく淫靡だった。
シギュンが男を知らない貴種の令嬢。
ニノンは貴賤なく男を閨に呼び、そして愛を乞うアスパシアのような高等娼婦だ。
そして二人とも
シギュンもニノンも羞恥心がないのではない。ハナから
部屋の中にペットがいても構わずに着替えるのと同じ。透明だ。
そう、
(生まれ直してぇ……)
誰もが羨むほどの酒池肉林にいるのに、
「ってかニノンさん、あんた尼さんじゃなかったのかよ!? 教会のシスターみたいなもんだろ!? 裸体晒すの少しは躊躇ってくれよ!」
「はあ。そう申しますが我が身体、一切恥じるものではないと自負しております。
「うっ」
湯船に沈んだニノンが身体を揺すった。すると胸元を起点にして大きな波紋が波打った。
女体のセンシティブな部分を器用に隠す湯けむりやら謎の光やらが存在しない現実世界で、ニノンの優美な女躰は余すところなく視界に入ってくる。
「ふふふ……♡ 高ぶった牡の臭いに粘ついた獣の眼光をひしひしと感じます……♡」
「どわっ! 待て、ち、近づいてくるな! 指を絡め取るな、こんな距離だと色々当たっちゃうだろ!!!」
「な、なんと。
明らかにからかわれてるが、
「
「そりゃあ……」
盲人の彼女は色恋なんてした事なんて望むべくもなかったはずだ。
いや、それよりもこの美貌だ。食い物にしようという輩はわんさかいたはず。過去に相当の苦労をしてきたのかもしれない、と
「色のない身ゆえに……。──たまーになら色慾のままに
「いやダメだろ、何言ってたんだアンタ」
一瞬気遣ってしまったが、一瞬で気持ちを翻してゴミ箱に捨てた。そもそも神獣を蹴散らす猛者が、人間の有象無象に苦労するはずないのである。
「それに拙僧、戒律を守るために禅宗をはじめた訳ではございませんので……」
「そりゃあ……そうだろうが……」
マジで格好だけだな、
盲目なのに一切悲壮感がないのは間違いなく彼女の美点だ。しかし奔放すぎる奔放通り越して淫奔に片足突っ込んでいる。
「はあ……。で? サラマンドラが出て有耶無耶になってたけど、ニノンさんが言ってたアンドヴァリの指輪って何だったんだ?」
「……んん。そうですね。
「まあな」
先日も邂逅したまつろわぬ神。その忌まわしいワードを耳にするたびに
「しかし……顕現するのは神仏のみにあらず。神に由来する奇跡を秘めた、いわく付きの逸品の数々も世に現れるのです」
「"神具"ってやつか?」
「その通り」
脳内によぎったのは牛皮で拵えたれた古めかしい神話を書き連ねられた書物。結果的にまつろわぬモリグナを召喚する触媒となった神具『赤牛の書』が、苦みとともに記憶から蘇った。
「神々が地上にいるだけで厄災を引き起こしてしまうように、神具もまた周囲に影響を与えてしまう逸品があっても不思議ではありません。そうは思いませんか?」
「神具が……、神様みたいにか」
死神モリグナは死をもたらし、地母神でもあった彼女は火山をも噴火させた。
それと同じ性質を神具が持っているとしたら。
「有り得ね話じゃないな……」
しかし神具はピンキリだ。民間伝承を触媒にしたような人間でも扱えるレベルの神具もあれば、不死たるまつろわぬ神でさえ殺害する代物もある。
神の殺害を成さしめるほどの神具となれば最高峰。数も少ないだろうし、人や土地に超常現象を引き起こすのも頷ける。
「じゃあニノンさんが探してる物も、周囲に災いを起こしてる……?」
「はい。此度アイスランドにあると噂される神具はアンドヴァリの指環──神具『アンドヴァラナウト』です」
「なんか聞いたことあるな。映画で聞いたことある」
「トールキンが綴った傑作"
指環物語も、アンドヴァリの指輪の系譜だ。
──北欧神話からザクセンの楽劇王リヒャルト・ワーグナーの傑作"ニーベルングの指環"へ。
──"ニーベルングの指環"からトールキンの"指輪物語"へ。
神話から現代まで連綿と続いできた傑作たちのバトン。そのバトンは最悪なことに神具という形で地上に現れたらしい。
「なあ、もしかして道路沿いに家財を並べて祈ってた人がいたけどそれと関係があるのか? フリーマーケットなんかじゃなく?」
「ご明察です」
ニノンの肯定。そして続けた。
「『アンドヴァラナウト』は持ち主を次々と変える神具です。ロキ、フレイズマル、ファフニール、ジークフリート……その先々で持ち主に、永遠の破滅を呼ぶ。『アンドヴァラナウト』はその性質があるのでしょう……その影響か、今、アイスランドではこういった超常現象が頻発しているのです」
ニノンが白の布袍をまさぐり、ひとつの拳大のリンゴを取り出した。そして両の手のひらを合わせて堅実心合掌──祈る動作をした。
すると。
「リンゴが……ネックレスになった?」
食べ頃の熟れたリンゴが、瞬きの間に金の装飾を施したネックレスへと変わった。
「変化したのではなく持ち主が変わったのです。先ほどのリンゴは顔も知らぬ誰かの者と交換され、拙僧のもとにはこのネックレスが現れた……といった具合に」
「はあ」
「アイスランド国内すべてで、祈りさえすればこの距離や時間を無視した交換という超常現象起きるのです。家財を食料へ。食料を金銀財宝へ……」
等価交換を至高とし、精密さを要する錬金術ではない。ひどく大雑把で乱暴な、交換の儀式。
日本のわらしべ長者という逸話がある。一本の藁を交換しつづけて、やがて富豪となる成り上がりの物語だ。
それに似た現象がアイスランドで起きている。
「──おそらく原因は神具『アンドヴァラナウト』。かの神具が、真の持ち主を求めて世を歪めているのでしょう」
神具は当然だが動けない。足がないからだ当然だ。
だから人間に運んでもらっているのだろう、いつか真の持ち主へとたどり着くために物々交換されつづけ移動し続けているらしい。
「しっかしニノンさんはなんで『アンドヴァラナウト』を? たしかに祈ったら交換されちゃうのは変な感じだけど不利益はないはずだろ? 直接的に人が死ぬわけじゃないじゃん」
「もし──」
「もし?」
「一昨日のラキ火山の噴火をはじめとした厄災。そのすべてが今現在、アイスランドを旅している破滅の指輪の魔力だとすれば?」
「!」
違う。
それは彼が……
まつろわぬモリグナの猛りが、ラキ火山の噴火を促してしまったのだ。
だがニノンがそれを知る術などない。
彼女はアイスランドで起きる災害と超常現象を結びつけ神具『アンドヴァラナウト』の存在を推理したのだろう。
「…………」
まつろわぬモリグナが顕現したのは『アンドヴァラナウト』が原因だとしたら。そういう甘美な誘いに抗えなかった。
「破滅を呼び込む神具はどこにあるか全く見当もついていない状況です。ですが居ても立ってもいられず、こうして各所を行脚しておりました」
ニノンは
貧すれば鈍する、というが貧しくて利己的な思考しかできない
「ああ、じゃあ神獣のサラマンドラの巣に入ったのって『アンドヴァラナウト』を探すためだったのか!」
「……? いえ、あれは趣味です」
「そ、そすか」
「それに野良の神獣はよく財宝を溜め込んでおりますゆえ、当座の金を得るのに持ってこいなのです」
「…………。あ、はい」
この人ホントに聖職者なんだろうか。
この言い様、おそらくさっきのサラマンドラが初犯ではない。旅する盲人の彼女がどうやって身銭を稼いでいるのか謎だったが、その卓越した武威で野盗のごとく神獣や魔獣をしばいて来たのかもれない。
「サラマンドラは置いておいて、『アンドヴァラナウト』の件は見過ごせません……そして拙僧は盲目ゆえ不利な場面も多いのです。厚かましいことこの上ありませんが……
「捜索ぅ!?」
ニノンからの予想外の申し出。
強さは本物のようだが、世の中それだけではない。目が見えない彼女が探し物など困難極まる……それも自分で移動し続ける代物だ。
正直、断っても良かった。所詮ザコ同然の
アイスランドの魔術師に頼んだほうがもっと役に立てるだろう。
でも。
「シギュン」
「…………。……
決まりだった。
「わかったよ。……ニノンさん、『アンドヴァラナウト』を探すの手伝うぜ。……モリグナ招来した原因押し付けられるかもだし……」
「まあ!」
ニノンが手を叩いて歓喜しているが、頼むべきは俺みたいなパンピーじゃないと苦笑した。
しかしながらニノンは考えられる限りで最上位の選択肢を選びとった。
幸運にしても凄まじいことだ、
破滅の指輪? まつろわぬ神? この地上に発生するありとあらゆる人智を超えた災厄を純粋な暴力で解決できるデウス・エクス・マキナ──カンピオーネのスカウトに成功したのだから。
あるいは騒動に事欠かないというカンピオーネの宿命かもしれない。
(ま、アイスランドの事件はアイスランドの王が解決すべきだろうしなあ)
「……では、お礼という訳ではありませんが……。えいっ」
「えっ」
肩が触れるほど隣合ってたニノンに、腕を取られそれから手繰り寄せるように腕引っ張られた。
むにゅん!
絡め取られた腕が引っ張られ、柔肌の感触が肘部から上腕部にかけてしっとりと広がった。
湯で湿ったきめ細やかな乳房の柔肌が、
「なっ」
──Chu♡
「!?!?!?!?!?!?????」
ニノンのご乱心に驚く暇もなく、口唇に限りなく近いところに口付けされた。目を瞬かせてニノンを見るが、言葉は返さず艶然とした笑みのまま髪を耳に引っ掛ける仕草で煽ってくるのみだった。
髪の間から迸るのは麝香猫と抹香鯨とも違う、男をくすぐる乳臭い。その生々しい匂いは若い
「おつかれ魔羅なのですね……♡」
本格的に固くなり始めた陰部を目ざとく見つけたニノンが、むっちりとした太ももで擦る。
腰蓑にしていたタオルが膝の動きで一瞬で毟り取られ、人肌のなかでも最も肉付きがあり滑らかな柔肌が陰部に押し当てられる。
上半身も、下半身も、ニノンの官能でいっぱいになる。
「かつてフランスにも一時は
この怪僧いや破戒僧、ついに化けの皮が剥がれてきたな。
半日も経っていないのに化けの皮が剥がれるのが早すぎるだろう。ちょっとは取り繕えよ。
……と心の中で毒づくが触れれば離れがたいほど魅力的な魔性の肌を密着させ、胸板で潰れた不揃いな乳房から目線を剥がすことができない。
「
片耳を指で塞がれ、もう片方の耳に「ふぅ〜……」っと息をかけられた。
ぐわん、と殴りつけるように性欲を煽る仕草に
「だめ」
全てを終わらせたのは、『王』の一言だった。
視界の隅でぼーっとこちらを眺めていたシギュンが唐突に割って入った。
「それ以上は、ダメ」
モリグナとの戦いでさえ捉えどころなく飄々としていたのに、強い語調だった。
それからすぐに
「怒られてしまいましたね。では
脱ぎ散らかしていた布袍や袈裟を回収すると、ニノンは呆気ないほど名残り惜しむことなく去っていった。
「な、なんだったんだ……つかシギュン、すまん。見苦しいところを見せちまった」
さっきまでの己の醜態を思い出しつつ、おっかなびっくりシギュンへと視線を移す。
が。
ダメだ。
シギュンの目が(눈_눈)こんな感じのハングル文字になっている!
「……。──て」
シギュンがなにか言った気がしたが、問い返すすきもなく影のなかへ沈んで行った。
一人取り残された
まつろわぬモリグナとの戦いが一昨日のこと。
早く戦闘まで行きたいですねマジでね