どこか少し、自分に似ていると思った。
そのブログを見つけたのはたまたまだった。
特段やることのない夜、ネット上を徘徊していて、偶然に見つけたのだ。
おそらく、自分と同じような年頃の少女のブログ。
気になった。
理由は、年が近いということだけではない。
その少女が、自分と同じように、内気な性格に悩んでいたからだ。
他者に見せることを想定してはいない殴り書きのようなものだった。
だからこそ、少女の内面の吐露は、切実に感じられた。
「この人は、私だ」
そんな親近感がわいた。
天王寺璃奈は、その日以来、少女のブログを毎日のように読むようになった。
最初は、自分と同じように対人関係に悩む姿に共感し、弱いのは自分だけではないのだと心が楽になった。
やがて、少女のブログは、変化した。
ある時を境に、「頑張って自分を変えてみる」と宣言したのだ。
どういうきっかけがあったのか、明確に書かれてはいなかった。
だが、その宣言は本気だったようだ。
少女は、少しづつ、他者に話しかけたり、笑顔を作る努力をしたりしていく。
璃奈は感心した。
「私は、この人ほど頑張れていないかもしれない」
スクールアイドルとして人前に出て歌ったり踊ったりできるようになるまで成長はしてきたけれど、いまだ、仮面は取れない。
素顔を人前にさらすことや、笑顔を作ることが、できないでいる。
「私も、もっと頑張りたい」
そんな気持ちが芽生えた。
以来、璃奈は、ブログの中の少女のチャレンジを自分も真似るようになった。
少女が、クラスメイトに話しかけてみた次の日には、自分もクラスメイトに話かけてみる。
少女が、笑顔を作る練習として口角のマッサージを始めたら、自分もそれをやってみる。
そのようにして、数か月が過ぎた。
「りなりー、最近なんか笑顔が作れるようになったね!」
「え、ほ、ほんと?」
「うん! まだ少しぎこちないけどさ。ちゃんと笑顔になってる!」
学年は違うけれど、信頼できる親友の愛さんにそう言われ、璃奈は嬉しくなった。
「ほら、いまも微笑んでるよ! すっごく可愛い!」
「あ、愛さん、恥ずかしい///」
頬が熱い。
手に触れた頬は、確かに、動いている。
笑えているんだ。
璃奈は、名も知らないブログの少女に感謝した。
ありがとう、あなたのおかげで、私も変われてる。
さらに数か月が経った。
ブログの少女は、顔を隠したくて伸ばしていた前髪を、美容室でバッサリと切ったようだった。
璃奈は、その勇気に深く感動した。
そして、そのことが後押しになる。
決意した。
今度のライブは、顔にボードをつけないで頑張る。
そのことを、愛さんやほかの友達に告げると、みんなビックリしていた。
「りなりー、本当に、大丈夫?」
心配そうな愛さんの声。
「うん……! 心に、決めたから」
「わかったよ! じゃあ応援する。……でも、無理はしないでね」
「ありがとう」
みんな、すごく優しい。
心から、心配してくれている。
だからこそ頑張りたい。
そして、ライブの当日。
お台場の、比較的小さな野外ステージ。
バックステージで、璃奈は、深呼吸した。
観客に、素顔を見せるのは初めてだ。
体が震える。
心臓がどきどきする。
でも……。
ぎゅっと目を閉じて、ブログの少女のこと、それから、愛さんたち親友のことを思い浮かべる。
勇気を振り絞って、最初の一歩を踏み出した。
結果は、大成功だった。
素顔を見せるのは恥ずかしかったけど、大声援がその恥ずかしさをかき消してくれた。
もともと顔立ちが可愛らしい璃奈の素顔に、観客は「可愛い!」という惜しみない賛辞を贈る。
ドキドキしながら、歌い、踊る様子に、「頑張れー!」と温かい声が響く。
「りなりー! ファイトー!」
同好会のみんなも見に来てくれた。
もう、怖いものなんてなかった。
その日の夜。
璃奈は、感謝の気持ちでいっぱいだった。
こんなに頑張れたのは、ブログの少女のおかげ。
きっかけをくれたのは、あなただから。
感謝の気持ちを伝えたかった。
これまで、コメントを書いたことはないけれど、何か一言、書こうかな。
いつも見ています、私も同じように内気です、応援しています。
とか。
私も、誰かを応援したい。
そう思って、いつものページを開くと。
そこには、たくさんの呪詛のような言葉が並んでいた。
「え? え?」
戸惑う璃奈。
これまでの、努力を日々つづった過去ログはすべて消され、最新の日記だけになっていた。
そこに書かれていたのは、努力したが、何も変わらなかったこと。
学校時でひどいいじめにあったこと。
誰も信じられないということ。
そんな赤裸々な苦しみが、強い筆致で、誰かを呪うように書きなぐられている。
そして、ブログの最後は、もうすべて嫌になった、消える、と。
死を予感させる言葉でくくられていた。
「あ、かっ、はっ」
ゲロのようなものが、こみ上げてくる。
璃奈はまるで、少女の呪詛を体で受けたようになった。
自分は、ずっと彼女を見ていた。
勝手に、外から眺めながら、自分と同じだと思っていた。
自分と彼女は、まるで、同じ世界にいる双子のように感じていた。
だけど、違った。
違ったのだ。
こみ上げる嘔吐の欲求を我慢しながら、パソコンの画面を閉じる。
電源をシャットダウンする。
息を殺すように、ベッドにもぐりこんだ。
私と彼女は、いつから、どのように、違っていたのだろうか。
暗闇の中で、ずっと、そんなことを自問自答した。
翌朝、恐る恐る、少女のページを開く。
そのブログは、跡形もなく削除されていた。
ブログそのものが、無くなっていた。
NOT FOUND
空虚な文字が、冷たく画面上に点滅した。
その日から、天王寺璃奈は、自分が誰なのかよくわからないとう感覚にとらわれるようになった。
明るさへの一歩を踏み出した璃奈は、もう昔の璃奈ではない。
いつの間にか、自然に笑えるようになり、ライブにもボードが必要ではなくなる。
しかし、これは本当の私?
これは、もしかすると、あのブログの少女の望んでいた、彼女がなりたかった像ではないのか?
私は、彼女のブログを読み、それを実践するうちに、彼女の未来をコピーしてしまったのではないか。
テキスト文書や画像ファイルをコピーして、新たに生成し、オリジナルを消すように。
私が彼女のあるべき未来を奪い、代わりに歩んでいるのではないのか。
そんな妄想が、不意に頭をよぎることがある。
「今の私は、誰なんだろう」
放課後、愛さんと帰りながら、ふとつぶやいた。
「え? 何か言った?」
「ううん、なんでもない」
璃奈は自然な微笑を見せた。
「あ、いいね! 今の笑顔、すっごく可愛い」
愛さんがじゃれついてくる。
「ありがとう」
うなづきながら璃奈は、もう昔の自分には戻れないような気がした。
いかがでしょうか。