ケモミミ少女が救われる話   作:霜降り 

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最近家の近くに猫が住み着いてます。
撫でさせてくれないかな〜


迷い猫の話

 

「……寒い」

「そう?」

 

 思わず呟いた一言に陽菜が反応する。

 横を見れば、結構な厚着をした陽菜がいた。

 首元にマフラーを巻いてニコッと笑う彼女はそのくせのある茶髪も相まってどこかふわっとしていて暖かそうだ。

 そんな陽菜を見てればこの寒さも吹き飛びそ……やっぱ寒い、ぶるぶると服のなかで尻尾が震えた。

 なにせ今は冬真っ只中。今年の寒波は中々に酷く、無意識に尻尾を体に巻き付けてしまうほどだった。

 

 そんな俺に対して陽菜はなぜだかやけに楽しそうな表情で、寒さなんてまったく感じてない様子。

 おかしいな、着てる防寒具は色違いなだけで全く同じなんだけど。犬と猫の差なのだろうか。

 

「やっぱ外なんて出るべきじゃなかった……」

「えー?」

 

 そんな寒い今日だが、俺達は外を歩いていた。

 なんのために、と言われたら特に目的はない。適当にぶらぶらと近所を歩き回るだけ。

 所謂散歩というやつであった。

 

「冬って、散歩する季節じゃないだろ」

 

 なんでこんな寒いなかにそんな事をしてるのかと言えば、ベッドでぬくぬくと過ごしてた俺を陽菜のやつが突如散歩しよう!と言い出し無理やり引っ張り出したからだ。

 しかし、寒い、寒いったらありゃしない。

 散歩ってのは冬にやるものではないと俺は思う。やるとしたら……当然夏はないとして、春も、秋も……うん、家から出たくない。

 

「でもさぁ、なつきちゃん最近ずっと引きこもりっぱなしじゃん」

「…………うぐ」

「それどころか、布団から出てこないし。健康に悪いよ?」

「うう……」

 

 陽菜の言葉に俺は押し黙る。

 まあ、うん、その、言われた通りここ最近は検診以外でまともに家を出ておらず、それどころか布団のなかにずっと引きこもっていた。

 仕方ないと思う。寒いんだから。

 しかし、それが健康に悪いというのは否定できない事実である。

 俺も自身の生活のふしだらさには自覚はある。

 だから、重い腰を上げて陽菜の散歩の誘いに乗ったわけだ。

 で、布団から抜け出した今。

 その選択を全力で後悔中である。

 ビュービュー風が吹き荒れる外は布団の中とは比べ物にならないほど寒い。

 

「布団が恋しい……」

「はいはい。分かったらもう少し歩こうよ。動いてたら暖かくなるしね」

 

 ぶるぶると震えながら言うが、陽菜はそれを軽く流してしまう。

 後悔なんて後の祭り。外に連れ出されてしまえばもう陽菜のもの、俺と違って楽しそうな陽菜に俺は仕方なしと一つ白いため息を吐いた。

 にしても陽菜は楽しそうだ。散歩の何が楽しいんだか。

 

「普通に歩き回るだけでも楽しくない?」

「そうかぁ……?何かあるわけでもあるまいに」

 

 散歩なんて近所を歩くだけで何かあるわけでもない、そんな楽しげになれるようなものでもないと思うのだが。

 そんな言葉に陽菜はくすっと笑う。

 

「散歩してたら何かあるよ」

「ソシャゲのガチャのほうがまだ期待値が高そうだ……」

 

 何かって言われても、散歩中に何か起きるなんてそうあることではないだろう。

 そんなのに期待して散歩する気になるほど、俺はギャンブル中毒じゃない。

 

 と、その時である。

 

 俺と陽菜が同時に、近くの街路樹に目を向けた。

 なんでかって、言えば音が聞こえたのだ。

 木々と何かが擦れるような音が。

 

「ほら」

 

 陽菜がニヤニヤと木の上を指差す。早速何かがあったと得意げだ。

 いや、しかしである。ちょっと物音がした程度よくあることではないだろうか?

 例えば風が木々を揺らしただけだとか、その程度のことで物音なんてするものである。

 だから、まだこの段階で何かがあったと言うのは早急というものだ。

 

 

 

 

 

 

 瞬間

 

 俺の視界が真っ黒に染まった。

 

「うにゃあっ!?!?」

「なつきちゃん!?」

 

 驚きの声を二人してあげる。

 何か、何かが木の上から俺の顔めがけて飛び込んできたのだ。

 視界を染める黒に俺は慌てふためきながら、手を伸ばすと、もふもふとした感触がする。

 おっかなびっくりそのもふもふの何かを俺は引き剥がす。

 すると、そこにいたのは、

 

「……猫?」

「にゃー」

 

 真っ黒な一匹の猫であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如俺を襲った黒いなにか。

 その正体は、一匹の黒猫であった。

 俺の手に掴まれ伸びるそいつはとても不躾視線をこちらにぶつけてくる。なんだ貴様。

 

「猫ちゃんだー!」

 

 陽菜はといえば、突如現れた猫に大興奮である。

 陽菜が手を伸ばし、その黒猫に手を伸ばすと、そいつは嬉しそうにその手を受け入れた。

 ……む

 

「黒猫だから、なつきちゃんとそっくりだね」

「おい」

 

 だーれが、この黒猫とそっくりだ。

 陽菜の言葉に黒猫を睨みつけると、向こうも同じ目をぶつけてきた。

 …………

 

「ぷっ!あはは!やっぱりそっくりじゃん!」

 

 睨み合う俺達に陽菜が吹き出す。

 くそ、俺の真似をするんじゃないお前!

 そんな黒猫は身を捻って俺の手から抜け出すと、陽菜の方に飛びついた。

 

「わあっ」

「あ、お前!」

 

 黒猫は陽菜の手のなかに収まると、コスコスと体を擦りつけ、陽菜に色目を使う。

 

「ふふ、甘えじょーずだね」

「お前お前お前!陽菜もそんな奴撫でるな!」

「えー」

 

 なぁに、陽菜に色目使ってるんだ!

 陽菜の撫でを心地良さそうに受け入れる黒猫に俺は怒る。

 すると、黒猫はこっちを見て……

 

 ふっ、と鼻で笑った。

 

「にゃーー!!にゃ!!にゃーっ!!」

「にゃあ」

「なつきちゃん、どうどうどう」

 

 陽菜が俺の頭を優しく撫でる。

 ……ふぅ、少し落ち着いた。

 

「……にゃー」

 

 不満気な黒猫に視線を向けてふっ。と鼻で笑い返してやる。

 どうだ。陽菜の手は俺のものだ。

 お前と違って、俺は毎日陽菜に撫でてもらえるのだ羨ましいだろう?

 そう思えば、こいつが陽菜に撫でられてるのなんてどうってことない。

 そう、それは余裕である。陽菜と家族であるという余裕なのである。

 

「なつきちゃんは可愛いねぇ」

「うっさい」

 

 陽菜の温かい目から逃げるように顔を逸らす。

 口に出してないのだが、なんとなく内面をすべて読まれた気がした。

 

「はぁ……それで、急に飛びついてきてなんなんだお前は」

 

 陽菜の腕の中の黒猫に手を伸ばす。

 

 ペシッ、弾かれた。

 

 もう一回手を伸ばす。

 

 パンッ、猫パンチされた。

 

 …………

 

 こいつ!!!!

 陽菜の手は受け入れるくせに、俺の手は受け入れないってか!?

 

「なんなんだよお前!!」

 

 地団駄を踏む俺に黒猫はこちらを馬鹿にしたような表情を向けてくる。信じられない、こいつホントに猫か?中身人間じゃないのか?

 

「どうどうなつきちゃん」

 

 怒りを再燃させる俺を陽菜が撫でる。

 すると、爆発していた怒りがするすると収まっていった。

 

 うん、俺チョロいな。

 ……まあいいか、陽菜相手だし。

 

「にしても、人懐っこい子だね。野良だよね?」

「人懐っこいかどうかは議論の余地があるが……こいつ本当に野良か?」

 

 こいつは人懐っこいのではなく、陽菜にだけ懐いていやがるだけというのは置いておいて。

 この黒猫、野良にしては毛並みがかなり綺麗だ。汚れもほとんどないし、正直俺の手には人の手が入ってるように見える。

 放し飼いでもされてるのだろうか。

 その時、黒猫が鳴いた。

 

「にゃー」

「はあ?」

 

 ところで俺は異世界症候群で猫の獣人となった。

 そのためか猫の言葉がニュアンス程度までは理解できるし、簡単な猫語なら話すこともできる。

 つまり、猫との意思疎通がある程度取れるのだ。

 そのため、今こいつが何を言ったのか分かったのだが……

 

「なつきちゃん?」

「ちょっと待って、にゃー、にゃ」

「にゃー」

 

 不思議そうにこちらを見る陽菜を置いて、黒猫のやつに確認する。

 しかし、黒猫の答えは今さっき聞いたものと全く同じものだった。

 そのことに俺は頭を抱える。なんでって知りたくないようなことを言われたからである。

 

「なんだったの?」

 

 そんな俺に陽菜が不思議そうに問いかけてくる。

 この黒猫が今さっき言った言葉、それを直訳すれば

 

 『迷った』である。

 

「え、それって……」

「ああ」

 

 そう

 

 こいつ、迷い猫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷っちゃったかー」

「にゃー」

 

 にゃーじゃないが。

 陽菜に話しかけられて嬉しそうな黒猫に内心で思わず突っ込む。

 こいつ自分の置かれてる状況を理解しているのだろうか。

 

「となると、流石に放置するわけにもいかないよね」

「だな……はあ、面倒くさい」

 

 さすがに俺もこんな真冬に迷い猫を放置して、はいおしまいとするほど終わってるつもりはない。

 こいつが迷い猫であると知ってしまった以上、ある程度のところまでは面倒を見てやらねば目覚めが悪いというものだ。

 だからこそ、その事を知りたくなかったのだ。

 迷い猫と知らなければ、ばいばいして終わりだったのだから。

 全く面倒くさい。こんな寒いというのに……

 

「近所の子だといいけど」

「どうだろうな。……にゃあ、にゃあ」

「にゃん」

 

 どこに住んでたのか聞けば、『近く』とのこと。参考にならん。

 けど、まあ近くであるのならまだ助かる。一応手に追える範囲ではありそうだ。

 

「さて、どうしたもんか」

 

 とはいえ、ヒントがほとんどないことには変わりない。

 近くと言われてもどのくらい近いのかすらわからないのだ。これではできることなんてほとんどない。

 どうしたもんかねぇ……と俺は黒猫を見る。

 陽菜の腕の中で寛ぐこいつは目を細めている。気持ちよさそうだなおい。

 

「取り敢えず歩き回ってみる?知ってる景色があれば反応するんじゃない?」

「……確かにな」

 

 陽菜の提案に頷く。現状それしかできることはないだろう。

 はあ、と思わずため息が出る。とっとと帰りたいと思っていたのに気が付けばこれである。

 恨めしげに黒猫を見れば欠伸をされた。いい加減にしろよお前。

 

「まあまあいいじゃん。なつきちゃんだってちょっとは外で運動しないとって思ってたんでしょ?」

「そうだけどさぁ」

 

 二人で並んで歩きながら黒猫を抱える陽菜と話す。

 それは、まあその通りではあるのだが。

 確かに外を歩く言い訳にはいいと言えるは言えるだろう。しかし、なあ

 そんな不満げな俺に陽菜は笑いながら言った。

 

「それにちょっと不謹慎かもだけど。私今結構楽しいよ」

「……陽菜らしいな」

 

 こういったトラブルも楽しめるのは陽菜らしい。

 笑顔を向けてくる陽菜に俺もふっ、と小さく笑った。

 ……そうだな、こうなったら楽しむべしか。

 ま、たった一日だ、こんな日があるのも悪くないのだろう。

 隣に陽菜がいるんだ。なにしたって、楽しいのは変わらない。

 なんて思った瞬間、吹いてくる冷たい風。

 

「けど、寒いもんは寒い!」

「あはは……」

 

 ビューと音を立てて走り抜ける風は直接寒波をぶつけてきて体の熱が奪われる。

 襲ってくる寒波はやはり堪えがたい。もっともっと厚着にしてくればよかった。

 

「じゃあ、なつきちゃんがこの子持つ?」

 

 震える俺に歩きながら陽菜が黒猫を手渡してこようとする。

 確かに毛玉であるこいつに抱きつけば少しは寒さもマシになるだろう。

 が……

 

「にゃ」

「お前ほんとムカつく!にゃー!」

「にゃあ!」

 

 『やだ』、そう言って黒猫は陽菜の手の方に戻っていった。

 ほんとこいつ、まじでムカつく。ムカつく度合いで言えば夕の奴以上だ。

 ふん、俺もお前なんてお断りだ。そんなことを言ってやれば向こうも『当然!』と返してきた。

 

「ちっ、気に食わない……」

「に゛ゃ゛ぁ゛」

「もー、喧嘩しないの」

 

 睨み合い火花を散らす俺達。

 そこに陽菜が仲裁に入り、俺達はふんっと同時に顔を背けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくそうやって歩き回ったのだが、黒猫の家は中々見つからない。

 それどころか、手がかりらしい手がかりすら見つからない八方塞がりな有様であった。

 

「見つかんないねー」

「はあ……にゃー、にゃ」

「にゃ」

 

 流石の陽菜もここまで見つからないと疲れの色が見えてくる。

 俺も体力的というよりは、精神的に疲れてきた。

 一応この場所に見覚えがないかと黒猫に確認するが、返事は『ない』という端的なものだった。

 

「ったく、まさかこんなことになるとは」

「ごめんね、なつきちゃん」

「陽菜のせいじゃない」

 

 思わず呟いたひと言に陽菜が反応する。しかし、別に俺は陽菜を責めたかったわけじゃない。

 悪いのは間違いなく家から抜け出して迷いやがったこのバカ猫である。

 

「にゃー」

 

 お前だぞお前。さっきから陽菜に撫でられて嬉しそうな奴。

 そりゃ動物のやることではあるのだが、なまじ意思疎通できるものだからムカつくものがある。

 

「あ、公園」

 

 なんてことを考えていたら、小さな公園についた。

 ほんの少し遊具の残ったそこは全体的に古臭く、ノスタルジーな気分にさせられる。

 やはり寒いからか公園の中には誰もいないようだ。

 

「ちょっと休憩しよっか」

「そうだな」

 

 歩き回って疲労を感じていた俺達にはその公園は丁度良かった。

 中に入り小さな木のベンチに並んで腰掛ける。黒猫は陽菜の膝のうえで丸まった。

 ここのノスタルジックな雰囲気がそうさせるのか、それとも陽菜が隣にいるからなのか、不思議と座ってるだけでも気持ちが落ち着いた。

 上を見れば、空を覆う真っ白な雲。いい天気とはとても呼べないが、それが逆になんだか心地よい。

 

「今度この公園で遊ぼうよ」

「いいけど、冬が終わってからにしてくれ」

「えー?まあそれもそっか」

 

 もうこんな寒さは十分だ。そう告げれば陽菜はちょっと残念そうにしながら頷いた。

 流石に陽菜とて寒いのは嫌らしい。

 

「なつきちゃんってさぁ」

「なんだ?」

「公園で遊んだことあるの?」

「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ?」

 

 確かに俺は引きこもりだが、そこまで酷いつもりはないぞ。

 陽菜にジト目を向ければ、陽菜はえへへと笑って誤魔化した。

 全く……まあ、公園で遊んだことなんて数えるほどしかないのは事実なのだが。

 

「お前は沢山遊んでそうだな」

「うん。泥んこになってお母さんに怒られてた」

「そうなったら俺も怒るからな」

「なつきちゃんも一緒に泥んこになろうよ」

「絶っっっっ対いや」

 

 昔ならともかくこの体で泥んこになろうもんなら、尻尾に砂が入ってとても不愉快な事になりそうだ。嫌がる俺に陽菜はくすっと笑う。

 そんな感じで暫く陽菜とくだらなくも心地よい会話をベンチで続けている時だ。

 

「あれ、猫のねーちゃん?」

「あ?」

 

 突然、公園の入り口の方から、声をかけられた。

 公園に今いるのは俺達だけ、だからこの声は俺達に向かってるわけだが……

 猫のねーちゃん、声の主は俺のことをそう呼んだ。しかし、俺は異世界症候群を隠しているのだからそう呼ばれるはずがない。

 いや、そもそも俺に話しかけてくるような知り合いなんて小柳さんくらいしかいないはず。

 そう思いながら声のほうを見て俺はあー、と納得した。

 

「お前か」

「久しぶり!」

 

 そこにいたのは一人のガキであった。

 この季節にしては明らかに薄い服を着ているあたりがとてもガキっぽい。

 子供ってホント寒さに強いよなぁ。

 サッカーボールを手に持っているあたりこの公園に遊びに来たのだろう。

 

「知り合い?いたの?」

「おい……まあ、ちょっとな」

 

 事実だが中々酷いことを言う陽菜に突っ込みつつ俺は懐かしい記憶を思いだす。

 病院までの道中でよくすれ違っていたガキだ。

 道で遊ぶものだから、危ないと思っていた奴らの一人。

 道で遊ぶなと注意してから見なくなっていたが、ちゃんと公園で遊ぶようになったようだ。

 しかしまさか、今になって再会するとは。

 黒猫といい、今日は面倒くさいことばっか起きる……

 

「猫のねーちゃんって」

「猫みたいだかららしい」

 

 ひそひそと小さな声で聞いてきた陽菜に答える。

 この呼び方は異世界症候群がバレたからではない。

 こいつが玩具を木に引っ掛けてるのを俺が木を登って助けてあげたのだ。その姿が猫みたいだったらしく、猫のねーちゃんと呼ばれてるってわけである。

 それを説明すると陽菜は『優しいね』と笑った。小っ恥ずかしい。

 

「こっちのねーちゃんは?」

「私?私はねぇ……犬のねーちゃんだよ!」

 

 ガキからの質問にちらっとこちらを見た陽菜は笑ってそう答える。

 全く、どことなく嬉しそうな陽菜に少し呆れる。

 まあいいのだけど、猫持ってるお前がその名乗りをしても信憑性はないんじゃないか?

 

「猫持ってるのに?」

「可愛いでしょ」

「にゃー」

 

 案の定突っ込まれたが、陽菜はスルーして黒猫を差し出した。ガキの方もそこまで突っ込む気はないのか、差し出された黒猫に手を伸ばす。

 黒猫はガキの手を嬉しそうに受け入れていた。

 こいつ……俺の手は受け入れないくせに。

 

「それで、ねーちゃん達は何してんの?」

「んー、散歩?」

 

 疑問形で陽菜が答える。元の目的はそうだったが、今やってることが散歩かと言われると怪しい。

 

「暇なら一緒に遊ぼうよ」

「無理、こいついるから」

「にゃ」

 

 子供らしいコミュ力で遊びに誘われるが、俺は陽菜の手のなかにいる黒猫を指差して即拒否する。

 ただでさえ歩き回って疲れてるのに子供の遊びに付き合えるほど精神的な余裕はない。

 それに黒猫を放置するわけにもいかないのだ。断る理由になってくれたことだけはこの黒猫に感謝してもいい。まあ元を辿れば色々こいつのせいなのだが。

 

「それもそっかー」

 

 幸いなことに納得してくれたらしい。ほっと内心で一息。子供を説得することほど面倒なことはない。

 隣にいる陽菜はそんな俺の内心を察しているのか呆れた目をしていた。

 

「ねーねー、この子に見覚えあったりしない?」

 

 と、陽菜が黒猫を抱えてガキに問いかけた。

 ふむ、ガキの情報など大して期待はできないが、今は少しでも情報が欲しい状況だ。聞いておくのはいいかもしれない。

 

 しかし、そんな考えをガキはいい方向に裏切った。

 

「?黒蜜だよね?そう言えばなんでねーちゃん達といるの?」

「え?」

「知ってるの?」

 

 なんと情報を持っているどころか、この黒猫の名前すら知っているというのだ。

 陽菜が確認すると、ガキはこくりと頷く。

 

「俺の友達が飼ってるやつだもん」

「!その友達の家はどこだ!?」

「え?あそこ真っすぐいったらすぐ」

 

 その情報に陽菜と俺は目を合わせる。

 身を襲うのはこの寒波すらどうでもよくなるほどの高揚感。

 半分諦めの感情を抱きつつあったところに答えに近い情報が手に入ったのだ。興奮するのは必然だろう。

 それから俺達はガキからもう少し詳しい情報を集める。

 その家の外見から、苗字まで。

 もう結構な時間歩いてきた以上、妥協する選択肢なんてのはなかった。

 端的に言おう。

 

 早く帰って布団に籠りたい。

 

「ありがとね。助かったよ」

「うん?ならいいけど」

 

 お礼を陽菜が告げる。事情を説明してなかったのでガキはよく分かってないらしい。

 軽く説明すると、まじ!?と驚いていた。

 

「じゃあ、俺達はもう行くから」

「バイバイ!」

「にゃー」

「あ、うん。じゃーね」

 

 情報も揃った今、ここにいる意味もない。

 その家に行くためにガキに別れの挨拶を告げ背中を向ける。

 公園の外へと一歩踏み出した時。

 背中から話しかけられた。

 

「ねーちゃん達今度は一緒に遊ぼうね!」

 

 後ろを見れば、ガキが笑顔でそう言っていた

 いや流石に子供と遊ぶのはなぁ、俺が何かを言おうとしてその前に

 

「そうだね。遊ぼっか!」

 

 陽菜が笑顔でそう返事をした。

 その言葉にガキは満足したのか、ボールを蹴ると俺達に背中を向ける。

 

「陽菜、お前なぁ」

「いいじゃん、たまにくらいなら」

 

 フフッと笑う陽菜に俺はため息を吐く。

 

「別に嫌ならなつきちゃんは来なくてもいいけど」

「分かってて言ってるだろ」

「えへへ」

 

 そんなの、陽菜が行くなら行くに決まってるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す」

「す?」

「すみませんでしたああああっ!!」

「「!?」」

 

 

 あのガキの情報を頼りに、俺達はこの黒猫の家へと向かった。

 そして、情報と合致するこの黒猫の住処らしい家のインターホンを鳴らすと出てきたのは落ち着いた雰囲気の女性だった。

 サラサラとした長い髪を後ろで軽くまとめた彼女は、垂れた目つきもあり大人びた印象を与えてくる。

 そんな彼女はこちら、というか陽菜の手のなかにいる黒猫を見て……

 その落ち着いた雰囲気から想像できないほどの勢いで頭を下げた。

 あまりにも凄まじい勢いだったので二人して尻尾を逆立たせたものである。

 

「本当に、本当に、ありがとうございますっ」

「いえいえー」

 

 黒猫こと黒蜜を抱え、こちらにペコペコと頭を下げる彼女。

 なんでも宅配を受け取っている最中にこのバカ猫はするりと誰にも気づかれずに脱走していたらしい。

 この人はしばらく経ってから猫がいなくなったことに気が付き、家中ひっくり返して探し、それでも見つからずこれはもう張り紙を出すしかないのか息子にどう説明したら、と涙目になっていたらしい。

 

「もう、本当に、なんてお礼したものか……」

「あ、あはは」

「にゃー」

 

 で、そんなふうに焦りに焦っていたところに俺達が来たというわけだ。

 そのせいか彼女はさっきから何度も何度もこちらに頭を下げている。陽菜ですら苦笑いしてしまうほどだ。

 まあ、それだけこの黒猫を愛しているということなのだろう。

 あとお前、『ごめんねー』じゃねぇよ。元はといえばお前が原因だからな?ペットは飼い主に似ると言うがこいつはそんなことないらしい。

 

「今後は気をつけてくださいね」

「勿論です!」

「にゃん」

 

 陽菜に言われて彼女は大きく頷く。

 大丈夫だろうか、あの大人びた雰囲気はどこへやら、まだあって数分だというのにこの人からかなりポンコ……あー、ちょっと抜けてるような雰囲気を感じるのだが。

 陽菜も同感なのかちょっと心配そうだ。ちなみに猫の方は『もう迷わないよー』と言っている。やっぱり飼い主と似てるかもしれん。

 

「あ、そうだ……少し待っててもらっていいですか?」

「?はい」

 

 と、その時彼女は何かを思い出したかのようにこちらへ聞いてくる。陽菜が頷くと、彼女は黒猫を抱え家の奥へと消えていった。

 

「良かったね」

「……そうだな」

 

 陽菜に言われて頷く。まあいくらあの黒猫がムカつく奴だとしても、家族と離れ離れになってほしいとは俺も思ってない。

 ちゃんと家に帰れて安心しているのは事実だった。

 

「てか、なつきちゃんも喋ってよ」

「無理」

「もー」

 

 初対面は苦手である。というわけで陽菜に任せた。

 姉の威厳はもはや今更である。

 なんて、話していたらドアが開く音がした。彼女が戻ってきたようだ。

 戻ってきた彼女の手には黒猫に加え、紙袋が増えていた。黒猫まだ持ってるんだ……

 

「こ、これ!どうぞ!二人で食べてください、羊羹です」

「羊羹!」

 

 羊羹、その甘美な響きに俺はその紙袋を素早く受け取った。

 って、待て待てこの羊羹は……

 

「こ、これ高級店の……!」

「え?ほんとに!?」

「い、いいの?」

 

 紙袋に書かれた店名、それは結構高級なお店のものだった。それこそかなりちゃんとしたお礼に渡すような奴である。食べたかったが小庶民な俺がその値段にちょっと遠慮してた奴である。

 思わず彼女に視線を向ければ、彼女はこくりと頷いた。

 

この子(家族)を見つけてくれたんです、そのくらいは」

「にゃー」

「やったねなつきちゃん!」

「お、おう」

 

 彼女(と黒猫)にいいと言われて、俺の口角が持ち上がる。まさか黒猫が羊羹に化けるとは……

 あと、陽菜、その言い方やめて。変なこと思い出す。

 ともかく、羊羹だ。高級な羊羹、絶対美味い、家に帰ったら陽菜と二人で分け合おう。

 

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「ふふっ」

 

 こんないいものを恵んでくれた彼女に礼を告げれば、彼女は優しく笑う。その笑みはどことなく母さんに似ていた。

 

「んじゃ……帰るか」

「そうだね」

 

 これにて、黒猫のお家探しもおしまいである。

 となればもう帰ろう。一杯歩いて疲れてるのだ。帰って羊羹食べて、二人で布団に籠るのだ。

 

「にゃー?」

「おう、もう帰るぞ」

 

 帰りの準備を始める俺達に、黒猫が『帰るの?』と聞いてきた。流石に彼女の前で猫語で返すのは恥ずかしいので人の言葉で返す。

 ムカつく猫だったが、最終的に高級羊羹に化けてくれた。なんやかんや楽しかったし、感謝してやってもいい。

 なんて、考えてたその時だ。

 するり、黒猫が飼い主である彼女の腕の中から抜け出し、陽菜へと飛びついた。

 

「わっ!」

「ちょっ!?く、黒蜜?」

 

 驚く陽菜に、やはり脱走がトラウマになってるのか焦る彼女を黒猫はちらっと見る。しかし、すぐに陽菜に視線を戻して陽菜の顔をじっと見つめた。

 

「ど、どうしたの?」

「にゃあ」

 

 おい待て、お前今何つった?

 黒猫の言葉に目を見開く俺に、その黒猫は顔を陽菜の顔へと近づ、け、て……

 

「ん」

 

 その顔と顔がぴたっ、と……

 

 にゃ

 

 にゃ

 

 にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!?!?

 

「も、もう急にどうしたの?ほら、戻って」

「黒蜜……ふぅ、良かった。随分と懐いたのね……」

「う゛ーーー!!!!!にゃー!!!」

「にゃん」

「にゃぁぁぁあ!!!」

「あ、あの、その子は……」

「あ、あはは、なつきちゃん!帰るよ!」

「にゃあああ!!!」

 

 にゃーーー!!!にゃぁ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー、機嫌直してよなつきちゃん」

 

 帰り道、不機嫌な俺を見て陽菜が呆れたように言う。

 しかし、しかしだ。あんな光景目の前で見せられて怒るなという方が無理に決まってる。

 

「できるか!だって、あいつは……あいつはぁ……」

 

 あんのクソ猫……まさか別れ際にあんなとんでもないことをしでかすだなんて。

 何が感謝だ。あの猫に感謝するものなんてない。

 思わず理性を全て放り投げて完全に猫になるところだった。

 ああ、くそ、あの光景を思い出したらまたムカついてきた……!

 

「もー……」

 

 そんな俺に陽菜はちょっと嬉しそうに苦笑いを浮かべた。陽菜もあのクソ猫のことあんま甘やかすんじゃないぞ。

 全く、あんな事するなんてとんだアバズレ泥棒猫である。

 

「じゃあさ、なつきちゃん」

 

 そんなふうに内心であの黒猫を貶す俺に、陽菜はくすっと笑いながら話しかけてきた。

 そして……

 

「私達も、する?」

「へ?」

 

 ぴきんっ、と俺の体が氷のように固まった。

 

「なつきちゃん、あの子に嫉妬してるんでしょ?なら、なつきちゃんともすれば平等だよね?」

「え、え……いや、そ、それは……えーと」

「ふふ、恥ずかしがらなくていいよ」

 

 陽菜はにっこりと笑って、足を止めた俺に一歩又一歩踏み込む。

 えっ、ちょっ、陽菜?

 い、いや待ってくれ、俺があの黒猫に嫉妬していたのは否定できないけど、流石に陽菜とそういうことするのはちょっとあのアレだと思うんだ。

 というか待ってくれ、ここ外だぞ、それはちょっと大胆がすぎるとお姉ちゃんは思う!

 

「ひ、陽菜ストップ!」

「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんに任せてよ」

 

 止めようとする俺だが、陽菜は止まらない。

 一歩引き下がる俺に、陽菜は二歩詰める。

 気が付けば陽菜の顔が目の前にあった。こんな距離感いつもよくあることなのに、何故だがいつもより心臓が鼓動する。

 

「なーつきちゃん」

「ひ、陽菜」

 

 顔が真っ赤に染まる。焦る俺に、陽菜の顔が近づいてくる。

 そして……そして……

 

 

 陽菜と俺の鼻がちょんっと触れた。

 

 

「え」

「はい、これでいい?」

 

 顔を離した陽菜がニコリと笑う。

 それはこの寒さを溶かす太陽のような、純粋無垢な笑みで

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「殺してくれ」

「ええっ!?」

「頼む殺してくれ」

 

 何やってんだろ俺。

 真っ赤に染まった顔で、俺は内心そう呟くのだった。

 

 

 

 




もうそろこの話を投稿してから一年らしいですね……ひぇ
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