それこそが私の太陽。近づき過ぎて焦げ落ちるのも、悪くない。
セムラ強奪作戦でカズサと対峙し、彼女に心奪われた正義実現委員会のお話。
なんと、ラストに挿絵がございます。びっくり。
「ヤバ、正義実現委員会来ちゃったわよ!?」
今でも鮮明に覚えている。
謝肉祭の準備で浮ついた雰囲気の中、要請を受け駆け付けた先で揉み合いになる生徒たち。
「使徒と相対しようとも、獣は飢えを満たすまでその牙を止めることはないのだ、友よ」
騒動の中心では、大声で暴れながらミサイルを取り出す生徒と、何故かスパッツ姿で突撃を繰り返す生徒。
そして何よりも、一際大立ち回りをしている黒髪の少女が目に入った。
辺りの腕が立ちそうな人は軒並み、彼女の足元で倒れ伏している。正義実現委員会では自分が一番乗りだし、私が彼女を止めなければ。
「悪いけどそこ、退いてもらうよ……!」
姿勢を低くした彼女は素早く地面を蹴る。咄嗟に銃身を縦に持ってその突進を受け止めるも、徐々に私の体が後ろへ押し戻されていく。
おそらく彼女は私より強い。だから力負けしているのは分かる。
でもそれだけじゃない。彼女の眼だ。
ティーパーティー主催のイベントで襲撃を成功させることがどれだけ困難なのか、誰だって想像がつくはず。
それなのに、どうして彼女はこんなに迷いのない眼をしているのか?
私はその瞳に宿る決意に圧倒されたまま弾き飛ばされ、程なく到着した正義実現委員会の増援に襲いかかる彼女たちを、ただ眺めていた。
それから数日後。
私は彼女たちのココロを聴くこととなる。
――――――――――――――
「わわっ!?」
午前七時、寮の自室。
目覚めのアラームと共に来た携帯の通知は、私を二段ベットから突き落すほどの衝撃を与えた。
「……おーい、大丈夫?」
目を回しながらどうにか姿勢を立て直すと、下段のクラスメイトが心配そうに声をかけてくれる。
「大丈夫じゃないかも」
共に落下した携帯端末。
その画面に映し出された衝撃の文言に思考が未だ追いつかない。
『前回入賞を果たしたSUGER RUSH、今年の謝肉祭でも演奏を披露予定!』
ティーパーティー運営のニュースサイトで、あまりに信じがたい文字列が並ぶ。しかし夢の中にいる可能性は、先ほどの衝撃と痛みが否定している。
SUGER RUSHがもう一度!?彼女たちの演奏を再度、生で聴くことができるなんて……そんなことがあって良いのだろうか?
座り直して詳細を確認する。
今回はオープニングライブではなく、トリニティ中央広場の特設ステージで午後三時から開催されるとのこと。ああ、ああ!
「へえ、良かったじゃん」
「ヤバいヤバいヤバい!」
なんてこった!平凡な日常に突如舞い降りた奇跡に、心臓の浮つきが止まらない。
それと同時に、正義実現委員会としての内なる正義がメラメラと燃え盛る。
そこそこの確率で暴動の発生する我らがキヴォトス、万が一にも中止になるような事態があってはならない。
そんな危機が発生した場合、私は仮にツルギ委員長が相手であっても立ち向かうであろう。
「射撃場行ってくるッ!」
「まだ開いてないって、ふぁぁ……」
立てかけた銃を引っ掴んだところで、欠伸をする彼女に止められる。
そりゃそうか。
溢れんばかりのやる気をどうにか発散すべく、押し入れからとあるものを引っ張り出した。
「なにそれ?」
「こんな時のために作っておいたの!」
掲げたそれは、白地に『I♡SUGER RUSH!』という文字が刺繍された鉢巻。これを実際のライブで使う日が来ようとは。
「うおお、次のライブがあるかも分からないのにそんなの作ってたんだ」
若干引かれているけれど気にしない。
これは去年のライブ後、堪えきれない感情を押し留めるために無心になっていたらいつの間にか完成していた代物だ。
「ライブ映像観る時にも使えるし!」
端末を横向きにして、スタンドに立てかける。毎日見ている動画をセットすると、友人が背後から私の肩に顎を置いた。
ベース、ドラム、キーボード、ギター。
爽やかな風を感じるイントロの後、澄んだ声が聴こえてくる。
「すごいよね。楽器始めたのも一ヶ月前とかだったんでしょ?」
「うん!!!」
去年開催されたトリニティ謝肉祭、そのオープニングライブとして披露されたその演奏は、何度繰り返し聴いてもその煌めきを損なわせることがない。
この声、その手つき、あの瞳。
響くカルテットはあの日から私を魅了して止まないけれど、いつだって私の目を奪うのはメインボーカルを務める彼女、『杏山カズサ』。
ライブ中に見せた清々しいこの顔と、あの日相対した鋭い瞳。
それらは対照的に見えるけれど、私には同じ意味を持つ表情に思えてならなかった。
「あ、今年のシフト出たよ」
「ほんとだ」
演奏が終わったところで、通知が一つ届く。
イチカ先輩から全員に向けたメッセージだ。正義実現委員会は毎年、シフト制でトリニティ謝肉祭を警備して回っている。
「どれどれ……え?」
まだ寝ぼけているのか、目を擦ってもう一度表を見つめる。
別館巡回、14:50〜15:50。
えっと、SUGER RUSHの開演は15:00から──
「ぐえーッ!」
「朝から元気だね」
バカな!天は私を見放したのか?二度と巡ってこないこの機会に立ち会えないなんて、こんなことがあって良いのか????
五体投地し微振動を始めた私。その肩を、ゆっくりとしゃがみ込んだ彼女がポンと叩く。
「屋台、一個奢りね?」
「っ!?し、親友〜〜〜!!!」
天は私を見放さなかった。というか天は私の同室であった。
「愛してる!」
「愛してんのは杏山カズサでしょ?」
「二番目に愛してるーっ!」
────────────────
『SUGER RUSHの皆さん、素晴らしい音楽をありがとうございました!このステージは15:30より準備時間に入りますので、スムーズな退場にご協力を──』
「あ、ああ……」
歓声と拍手鳴り響く中、一年振りの復活ライブはトラブルもなく大盛況で幕を閉じた。
汗か涙かよく分からない湿り気をタオルで拭う。
数回瞬きしてから、徐々に散っていく人の流れに沿って歩く。今も脳内で渦巻くのは青春のメロディー。
「最高過ぎた」
身体中の水分と共に流れ落ちた語彙力を、どうにかかき集めながら反芻する。
一年越しでも、あの眼に宿った青春は変わらない。当時彼女たちが襲撃を企てた理由も、彼女たちがバンドを結成した理由も私は知らないけれど、この音楽が雄弁に語っている。
『無色の、透明のページに、色を描く!』
あの戦いも、このライブも、青春のキャンバスに虹を刻むための絵の具だったと。
それだけで、充分だ。
「おっと」
小石につまづいて転びかける。ライブで体力を使い果たしたのだろうか。
「着替えてくればよかった」
聴覚と視覚に全神経を集中させていたので、今になって体温が急上昇していることに気づく。
真っ黒なこの制服は熱をよく吸収する。
万一にも遅れてはならないと、シフトが終わり次第全速力で会場まで駆けつけたので、着替えるという発想に至らなかった。
初夏に差し掛かるこの頃、このままでは脱水症状にでもなりそうだし、どこかで飲み物でも買えないだろうか。
「自販機〜」
大通りには見当たらない。近くの屋台にあるものはシェイクくらいで、水分補給にはならなそうだ。
「お、ここにあった」
少し外れて路地をいくつか見ていくと、機械的な赤い光沢が目に入った。ポケットの中で小銭を漁り、百円硬貨を掴んでから顔を上げる。
その時視界に映ったのは、自販機のライト──ではなく。
「……ん?」
艶やかな黒髪、すらっとしたシルエット。
何度も網膜に焼き付けたその存在が、どうしてか目の前に立っているように見えた。
……んんん?
「あえっ!?!?」
杏山カズサだ!?!?
杏山カズサがその自販機の前で、天然水の入ったペットボトルを傾けていた。
切れ長の瞳に、アシンメトリーな黒髪とピンクのメッシュ。突然の事態に全身が硬直する。
「あわ、あわわ……!」
「……」
暑さでボヤついていた意識が一気に覚醒する。
何故ここに?休憩中?今私が取るべき行動は何かを脳細胞ぶん回して考えろ!
とにかくここは迷惑をかけないように、挨拶だけして去るのが一番じゃないか?
ライブ終わりで彼女も疲れているはずだし、もしも彼女に鬱陶しそうな顔で見られてしまった日には、懺悔室を一年分予約する羽目になるだろう。
ちょっと会釈して、脇をすーっと通り過ぎて──
「ねぇ、さっき観客席に居たよね」
「うぇっ!?」
ァ!話しかけられた!!!
何故私がライブにいたことを知っているのだろうか?あの場に正義実現委員会の制服を着た生徒はごまんと居たはずだ。
「これ」
彼女がずいっと近づいて、綺麗な人差し指で私のおでこを軽く突いた。
そういえば鉢巻を巻いたままだった。
デカデカと縫われた刺繍が主張するのは、アイラブ、シュガーラッシュ……
「応援ありがとね」
「は、はい!あの、その!」
大キョドりを晒し、挙句こんなものを自作するファンであることがバレてしまい顔から火が出そう。
ただ、ここまで来たら勢い余って欲を出しても良いんじゃないかと思えてきた。
推しに認知されようなんて気を持っているわけではないが、今更回れ右で逃げ出すのも失礼だ。
サイン、は紙もペンも無いし……
「あの!しゃ、写真撮ってもらえませんか!?」
「うん、良いよ」
やった!!!
杏山カズサとのツーショットとか家宝ものである。ワイルドハント芸術学院から高級な額縁を取り寄せる必要が出てきた。
「失礼、します!」
彼女に背を向けて、携帯を内カメラに切り替えようとする。汗で滑って上手くいかない!助けてー!
「っ……!」
なんとかカメラを切り替えることに成功して、枠内に二人の姿を映そうとする。
そういえばツーショットってどうやって撮るんだ?自撮りすらマトモにしたことがないのにそんなこと急にできる訳がない。
変な角度になったり、片方が見切れたりを往復する。もう訳がわからないし杏山カズサだけを撮った方がいい写真になるのでは──
「あっ!」
変に力を入れたせいか、携帯が手から滑り落ちる。
いくらなんでもテンパり過ぎではないでしょうか。生還した暁には毎日聖堂に通い、心を落ち着ける修練を積みます。
胡乱な思考の中で落下する携帯を見送っていると、背後から美しい手が伸びてそれを受け止めた。
「よっと。ちょっと貸して?」
背後の彼女はそう言うと、慣れた手つきでカメラをこちらに向け……
「はぇ?」
は?
「!?!?!?」
「自撮りはもっと近づかなきゃ。はい、チーズ」
ぱしゃり。
無機質な音を立て、端末が一度点滅する。
画面にその状況が焼きついたのを確認したけれど、依然として脳は理解を拒んだまま。
「おーい!カズサちゃん、自販機あった?」
「あったよ!今戻る!」
遠くから彼女へと声がかかる。
「じゃあね」
呆気に取られ立ち竦む私に、ぱちりと一つウインクを残してから、彼女は小走りで駆けていく。
その背中を見送り終えたその瞬間、私は足元から崩れ落ちた。
夢?幻?蜃気楼?
ぶっ倒れた目線の先に寝そべる携帯の表示は、それが現実であることを声高々に主張し続けている。
何より、あの柔らかな感触と制汗剤の香りが五感を支配してやまない。
「もう、死んでもいい」
驚天動地のファンサを前に、何もかも限界を迎えた精神が意識を手放そうとする。
彼女の青春に当てられた私は、走馬灯のようにあの瞳を思い浮かべながら静かに目を閉じた。
私の最推しは、青春が過ぎる。
数刻後、救護騎士団に運び込まれた一人の患者は、院内で『世界一幸せそうな熱中症患者』と噂されることとなる。
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「何作ってんの?」
「神棚!!!」
「やば」
なんと、最後までお読みいただきありがとうございます。
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