東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 エリック・クラプトンが「いとしのレイラ」を歌うより前に、聞いておかねばならない著名なロックミュージシャンは何人もいる。何より現役のビートルズは外せない。エルヴィスもだ。

 しかしその前にクラシックを聴かねばなるまい。録音されることなく楽譜と記録だけを遺して過去に埋没していった華美な音楽たちを、私のこの目と耳で記憶し、鮮明なものとして保持する必要がある。

 なので私はしばらくその辺りを鑑賞する一人の聴衆として、ヨーロッパ旅行を楽しんでいた。

 

 ドイツだのオーストリアだの色々と地域は広いが、何も難しいことはない。写実主義の絵画の出現は私の人探しをとても簡単にしてくれたのだ。

 どんな顔をしているかは五億年前から知っているし覚えている。著名な音楽家の人相は学校の音楽室で飽きるほど見てきた。

 私の培った美術技能であればそんな記憶の肖像も再現できるからね。

 問題はこの骸骨ボディのファッションをどう誤魔化すかだけど、まぁその辺りはいつも通り適当にぐるぐる巻きにすれば問題ない。たまーに不審者として追い回されるだけだ。

 

 それに、骸骨ボディの不審さも時代が進むに釣れて段々と和らいでくるはずだ。

 多分今の私がスーツを着込んで東京の路上でパントマイムしてたら人が集まってきて写真撮りまくってバズるだけで終わるだろう。骸骨が動くことに対する恐怖心なんてものは、人々の信仰心などが薄れればすぐに鈍くなるものだ。

 実際、ドイツでも似たような兆候は見られていた。おおらかというか、鈍さというか、そういうものだね。

 

「わぁ、お似合いですよライオネル」

「そうでしょ。これぞジェントルマンというやつだよ神綺」

「紳士ですかー」

 

 私は黒いスーツを着込んで神綺に見せびらかしていた。

 横向きの飾り紐が特徴的な肋骨服の丈をやや長めにアレンジし、スーツっぽい雰囲気を盛り込んだものである。

 細い骸骨ボディを盛るように内部に板や綿材を仕込んでおり、着ている間のシルエットは細身の人間に見えるようになっている。

 

「あとは黒いハットとステッキを持てば完全な紳士だよ」

「わぁー……顔は人間にしないんですね?」

「包帯ぐるぐる巻きにしてオシャレな仮面でもつけるさ、これとか」

 

 取り出したるは骸骨をモチーフにした仮面。ゴテゴテと宝石などで飾っているわけではないが、デザインで頭蓋骨の美しさを追求したものだ。今回のスーツにも合うだろう。……私の頭蓋骨もこんなデザインだったら良かったのだが。まぁ人間の進化の過程に文句を言っても仕方ない。生物の誰もが猛禽類のような美しい存在になれるわけではないのだ。

 

「それだけ大掛かりに準備したということは、またどこか変わった場所に行かれるんですね?」

「うむ。ちょっとばかし、イギリスへ旅行しようかと思ってね」

「イギリス。英国ってやつですね?」

「そう、ロックの聖地イギリスだ。まぁ私が行く時代にはまだそんな素っ頓狂な音楽は欠片もないだろうけども……街並みや文化に興味があってね」

「見に行く度にがっかりしてるライオネルにしては、今回は随分と前向きなんですねぇ」

「なに、今回はある程度汚さや臭さもわかっているつもりだから。織り込み済みで行けばショックもないさ。むしろそういうところを見てみたくもあるからね」

「なるほどー?」

 

 紳士が皆スーツを着て歩いている……と言われて現代のオフィス街を想像するほど私の頭は紅茶をキメていない。

 昭和初期くらいの薄汚さや治安の悪さは承知の上さ。

 

 何より、今回は観光だけでなくちゃんとした行く理由もある。

 

「国に仕える魔法使いの一族……実に気になる情報じゃないか」

「まだ人間の世界にそんな魔法使いがいたんですね」

「ああ。既に魔法使いなんてものは、在野に散って久しいものだと思っていたのだが。居るところには居るもんなんだねぇ」

 

 紳士の国イギリス。正式名称グレートブリテン及びアイルランド連合王国。長い。長いけど確かに前世で習った正式な国名はこんな感じだった気がする。

 歴史あるこの国に仕える魔法使いの一族がどんな存在なのか……そして、それは私の“栞”の反応と一致するのかどうか。

 たまにはそんな人々と出会い、言葉を交わしてみるのも面白いだろう。

 

「お土産は食べ物が良いですねぇ」

「あー神綺。食べ物に関してはあまり期待しない方がいいよ」

「えー? 現地の美味しいものだったら何でも良いですよ?」

「ウナギのゼリー寄せとかニシンの頭が飛び出したパイとかになるんだけど……」

「お土産話、期待してますからね!」

 

 うむ、それが一番だと思う。

 私も怖いもの見たさで一通り味わってはみるつもりだが、期待はしていない。

 

「では、またしばらくのお別れだ。いってきます」

「いってらっしゃーい」

 

 そういう流れで、私はゲートを潜っていったのだった。

 

 

 

 

「……やはり、まだお前には早いのではないか。身体もできていないし、上手くいくかも……」

 

 薄暗い地下室で、男の心配そうな声が響いている。

 男は四十を過ぎた頃だろう。華奢な体格は、彼が労働者階級でなく知識階級であることを示していた。

 

「ゴホッ、ゴホッ……良いの。こういうのは、私の病が進行する前に、さっさと終わらせた方がいいから。死んだら死んだで、新しい子を作って。ゴホッ……」

「……悲しいことを言わないでくれ」

 

 対する声は少女のもの。か細い声は年齢を感じさせないが、抑揚の少ない落ち着いた雰囲気と言葉選びは、彼女の早熟さと聡明さを示している。

 

「私は曾祖父様の意志を継ぐわ。ノーレッジ家も、いつまでも薬師だけを輩出しているだけでは沽券に関わるでしょう。お父様」

「……それは、なにもお前でなくとも」

「だったら、お父様が継ぐの?」

「……私は……いや……」

 

 言葉に詰まる。

 ノーレッジ家を真の意味で継ぐためには、ある試練を受けなければならない。その上で、生き残らなければならない。

 父と呼ばれたその男は、その試練によって既に肉親を三人も失っていた。彼にとって試練とは恐怖そのものでしかなく、家族を失う悪しき習慣であるという認識さえあった。そのため彼は試練を避け続け、一族の副業とも呼ぶべき薬師としての一面に逃げていたのだった。

 しかしその薬師としての力量を持ってしても、愛する娘の病を快方に向かわせることができていない。

 

「試練は、私の病を和らげる可能性がある。ゴホッ……なら、やるしかないでしょ」

「……パチュリー」

「なら、迷う必要なんて無いわ。それに、私は病がなくともこれを読むつもりだった。ただ、それが少し早まっただけ……」

 

 パチュリーと呼ばれた少女が、厳重に保管された書物をその手に取る。

 

 プリズムリバー家より受け継がれた呪われし魔導書“虹色の書”。

 読む者には魔法使いの素質が与えられるが、凡庸な者は尽くその生命を散らすという試練の魔道具である。

 

「私は……魔法使いになって、ノーレッジ家を継ぐ」

 

 魔導書が開かれ、怪しい光が解き放たれる。

 知識がパチュリー・ノーレッジの脳内へと流れ込む。

 

 

 

 西暦1864年。彼女は虹色の書を開き、同じ年のうちに魔法使いへと至る。

 パチュリー・ノーレッジの肉体年齢は15歳で止まり、彼女の長い人生が始まったのだ。

 

 

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