アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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八話/夜の国のヘクセンキント

 

 

 

夕火(あぶり)の刻……はもう過ぎてるか。だが良い時間だ」

 

 

 ステンドグラスから覗く月光を仰ぐように、その男は──ベリルは呟く。無防備ではあるが、しかし同時に隙がない。

 

 なんとも奇妙な心持ちのまま、彼に対して攻撃をする。『無』の刃。不可視の斬撃。冬木の双子館でのように埃が舞っているなんてことはない。俺と同じ眼をしていなければ見破れないだろう一撃。

 

 当然ながらベリルは避ける素振りを見せない。

 

 呆気なくその動体が真っ二つに────。

 

 

「……なっ!?」

 

 

 ならなかった。

 

 俺の放った攻撃は、何故だかベリルの身体を素通りして長椅子をいくつか両断する。

 

 幻術の類いは自分には効かない。さっきまで、いや今この瞬間も確実に実体があったはずだ。となれば、考えられるのはひとつ。

 

 

「───身代わりか」

 

「正っ解! 勘が冴えているな、ベイカー」

 

 

 カラカラと笑って、小さなぬいぐるみ取り出した。

 青い鳥のぬいぐるみ。

 ズタズタに裂けて、中から飛び出る真っ赤な綿毛。

 誰がコマドリ殺したの。

 

 

「と言っても、ご覧のとおり一回こっきりなんだけどな?」

 

 

 あの綿毛には、おそらくだがベリルの血液が含まれているのだろう。それなりに高度な『空蝉』の術式。系統としては黒魔術とかか? 植物科(ユミナ)らしい魔術礼装だ。グートマンから貰ったものだろうか。

 

 予想外の出来事。

 しかし。

 だからなんだという話。

 

 一度きりだというのなら再びブチ込むまでのこと。踵を鳴らしてもう一度。一工程(シングルアクション)のリフレイン。七つの『無』を刃に変えて射出する。

 

 

「ただ、まあ───今のでだいたい把握した」

 

 

 ───と、聞き捨てならない言葉がベリルの口から飛び出した。把握した、と言ったのか。何を? 訊ねるまでもない。明らかである。

 

 

「風の魔術じゃねえ。ここは室内だからな、空気が動けば流石にわかる。でも今のは違った。例えるなら……そう、ガラスが飛んできたみたいだった」

 

 

 俺の魔術を把握した、と言ったのだ。

 

 

「なんの魔術かまではわかんねえけどな。でもそれで十分。タネは知らずとも仕掛けさえ分かれば手品(マジック)は形無しよ。推し量るに、透明な剣を投げてんのさ!」

 

 

 言うや否や────。

 

 ガシャン!

 派手な破壊音と共に、背後のステンドグラスが粉々に打ち砕けた。肌を刺す冷たい風と雪が一緒になってやってくる。それだけでなく、いつのまに発生していたのか、深い霧までもが大聖堂に流れ込んできた。

 

 

「ッ!」

 

 

 風も雪もいいが、霧はマズイ。

 いつかの埃のように『無』を浮かび上がらせる。

 

 霧が大聖堂に充満する前にベリルを仕留めるべく、俺は『無』の刃を飛ばす。待機させていた七つの剣は一直線に。

 

 けれど。

 霧はすごい勢いで室内を満たしていく。

 

 なんと俺の『無』の射出速度よりも、その霧の走る方が早かった。ぼんやりと霧の中に空間が浮かび上がる。視力を『強化』しなければ見えないけれど、言ってしまえばそれさえすれば見えるということ。

 

 ベリルはダンスでもするように華麗に七つの刃を避けてみせた。

 

 

「下手だねえ、どうも。あと一秒遅かった……!」

 

 

 森の草木の葉緑体をすべて呑み込んだのような緑色の霧の中、ベリルが俺に言う。ほんの数メートルの距離。だというのにその姿は霞んでよく見えない。視ようと思えば出来るものの、一般的な視界で云えば"見えない"で間違いないだろう。

 

 濃霧はさらに広がっていく。

 大聖堂を覆っていく。

 

 そして、外側から、数多の樹木が押し寄せてくる。

 

 アメリカ生まれのボードゲームに登場する木の怪物(トレント)のように。壁を破っていくつも枝が伸びてくる。遥場(はるば)にありて、回儀(まわりふるま)錐穿(きりうが)つ。狙いはこちらの心臓だ。

 

 攻撃はさほど速くない。身を捻って躱すのは容易だった。鞭のようにしなる枝が俺の数センチ横を通り過ぎて床を切り裂いていく。

 

 さて、と周囲に視線を向ける。

 

 質素ながらも荘厳であった礼拝堂は、いまや見るも無惨な状態である。薔薇窓は全壊。左右の壁も穴だらけで、椅子は瓦礫に潰されている。隙間風なんて形容することすら烏滸がましく、吹き荒ぶ風が全身に雪と霧を叩きつけてくる。

 

 たった数秒の出来事。

 

 怪樹が、すべてを粉砕した。

 

 

「……これは、俺への当てつけのつもりか?」

 

 

 裁断された祭壇の上。二つの聖杯の無事を確かめてから、ゆらゆらと霞む人影に訊ねる。

 

 生物を殺さんと妖枝を自在に動かす森とは。まさしく腑海林(アインナッシュ)のようではないか。まさかとは思うが、ハートレスよろしく"仔"を用意してきたのか?

 

 

「いンや? ()()()は必ずしもオレに忠実ってワケでもなくてね。この()()()はコイツの独断だ。オレは風通し良くしてくれって頼んだに過ぎない。……しかしまあ、そいつも悪くねえ!」

 

 

 と、ベリルが言った瞬間だった。

 

 外の森が(うごめ)いて、そのすぐ後には絶叫が(とどろ)いた。

 

 獣の声。狼とか熊とか。あとは多分、鳥とか兎。馬の(いなな)きにも似た声も混ざっていたかもしれない。とにかくそういう、多くの動物たちの叫び声がした。

 

 病みきった残響。断末魔と呼ぶのもいいだろう。

 

 まさに殺戮。鏖殺(みなごろ)しだ。それが森の木々によって為されたのだと理解した。事実、外から風に乗って血の匂いが運ばれてきている。

 

 しかし、そんな動物たちが元からこの森に居たとは思えない。狼とかは居るかもしれないが馬となると流石に変だ。つまりアレらはベリルが用意したもので、それを外の森に似たナニカが始末したってこと。

 

 

「あらら、もうライオンもユニコーンも、オオカミすらも必要ねえみたいだ。腑海林(アインナッシュ)──"シュバルツバルトの魔物"の方が()()()()だってよ」

 

 

 心底から同情するように、ベリルは(わら)う。

 

 

「オレじゃねえぜ? おまえがそう思っちまったんだ。恐ろしい怪物の正体を、"まさか"ってなあ!」

 

 

 闇の中、朱い血が どくん と脈をうつ。

 

 

「───ッ! そういう感じのヤツか!」

 

 

 しまった。

 そう思った時にはすでに遅かった。

 

 またも木の枝が飛来してくる。しかし、それは先ほどとはカタチがまるで違っていた。よくあるクルミの樹木だったはずのソレは、ヒビ割れた樹皮へと変質しており、ヒビの向こうには樹液ではなく血液が巡っていた。

 

 あかく、あかく、赫灼(かくしゃく)と。

 

 先ほど殺した動物たちの血を吸って、不死(いのち)の喜びに打ち震えている。

 

 たぶん、コイツは『認識』によって姿形を変容させる。すわ腑海林(アインナッシュ)の仔か、と俺が一瞬でも考えたから、コイツは()()()()()()()()()のだ。

 

 いや、正確にいうなら少し違うか。

 コイツには意思がある。思考がある。そして、元々はベリルの思うあり方に寄り添っていた。けれど、俺の思うあり方の方が面白そうだったから、こっちにしたんだ。

 

 ……あまりに無法すぎる。完全に使い魔の領分を超えている。サーヴァントも大概だったが、あれは聖杯の下拵えあっての代物。個人だけでこのレベルのものはありえない。

 

 となれば。

 なにかしらカラクリがあると見ていい。

 

 

「ともあれ、まずは───」

 

 

 カタチも定めず、やたらめったらに『無』を振り回す。周囲数メートルだけだが緑色の霧を退かせる。この霧もどうせベリルの仕掛けだ。毒性はないみたいだけど、万が一ってこともある。視界の確保と併せてのことだ。

 

 眼前に人影はない。

 ベリルもグートマンも姿を隠しているようだった。

 

 不思議と怪樹の追撃もない。

 

 

「俺が逃げるとは思わないのかよ。ここで殺せなきゃお前らの方だってヤバいってこと、分かってないワケじゃないだろ?」

 

 

 返答はない。

 ならばと大聖堂の扉に近づいていくと───。

 

 

「ああ、そう……」

 

 

 扉は存在しなかった。

 代わりにあるのは果てしない森。延々と、永遠に続くように思われる暗闇。腑海林(アインナッシュ)モドキでもアインツベルンのクルミの森でもなく、トネリコの木が屹立(きつりつ)する異界であった。

 

 ふと振り返れば、それにはもう何もない。

 大聖堂など一夜の夢であったかのように、壁も床も、ガラスの破片すら無くなっていた。

 

 これは箱庭。

 魔女の微睡む名無しの森。

 使用者と対象を取り込むだけの無害な結界だ。

 

 

「ヘイ、ベイカー。かくれんぼの時間だぜ?」

 

 

 どこかから、ニヤついたベリルの声がした。

 

 緑色の霧が風と共にやってくる。雪も相まって体温を急激に奪われていく。木々の隙間から覗く月の光さえ、今は冷たく感じて仕方なかった。

 

 それらを振り払うことはしない。しても意味がないからだ。先ほどのように室内ならともかく、屋外では霧がすぐに周囲を覆ってしまう。持って一秒。魔力の無駄だ。

 

 

「ッ────うぉ……!」

 

 

 音もなく、赤黒い枝が槍のように迫ってきた。霧のせいで突然現れたようにしか見えない。なんとか躱せたものの、この先も攻撃を喰らわないでいられる自信はない。

 

 ───どうにか突破口を見つけなくては。

 

 緑の霧を切り裂いて、(いぶ)り狂った(あぎと)の如く。黒い枝が素早く動く。赤い枝が長く伸びる。

 

 不意打ちじみた攻撃さえなければ、と考えて……ふと先ほどのことを思い返す。

 

 視界を確保するために霧を払った時のこと。あの時、何故だか枝の攻撃が来なかった。こちらを警戒してのことかとも思ったが、かろうじてとはいえこうして攻撃を防がれている状態でも怪樹の動きは変わらない。

 

 もしかすると、緑の霧の中でしか動けない───化けれないのか? いや、もっと云えば、この霧の発生源こそが怪物の正体なのか?

 

 

「かくれんぼって、そういうコトかよ」

 

 

 風雪を呑み込む霧を睨め付ける。先には闇だけが広がっていて、死体みたいに木が(たたず)んでいる。

 

 もし、この霧を一撃のもとに吹き飛ばすことができたのなら───。そう思わずにはいられない。

 

 俺には大技がない。殺傷能力の高い魔術を使用しているものの、所詮は対人魔術。簡単にいえば、火力が低いのだ。だからこそグレイの持つ対城宝具はより魅力的に映っていた。

 

 

「……でも、ま、いいさ」

 

 

 すうっと頭が冷静になっていくのを自覚する。

 

 そうだ。もともとは自分ひとりで片付けるべき案件だった。自分の家の初めのひとり、レーレ・ヘルツのワガママ。友人の願いを叶えてあげたい、なんて。根源への到達よりもそっちを優先するんだから魔術師としちゃ落第もいいところだ。

 

 腑海林(アインナッシュ)ではなく。

 腑海林(アインナッシュ)の仔でもなく。

 敵は出来の悪いマガイモノ。

 

 ならこの程度、ひとりで、二時間で、事をすべて済ませてやる。

 

 

「───Meine Idee(原理を廻せ)

 

 

 この濃霧。視覚は頼りにならない。単なる暗闇とはワケが違うからな。よって頼るべきは聴覚。音を聞いて位置を把握する。コウモリやフクロウのように。

 

 強く握りしめた手から滴る血液(エーテル)を凝縮させ、神秘と原理をもって鐘を生み出す。

 

 チリーーーーーン。

 鳴らせば、鈴に似た音が響き渡った。森全域へ届くアインナッシュの鐘。その音を聴覚を『強化』した耳で受け取る。

 

 

「よしっ……!」

 

 

 大体の位置関係は把握した。

 

 両脚に魔力を纏わり付かせ、疾駆する。

 

 狙いは前方200メートル先の人型。おそらくはベリル。この霧の発生源を彼自身が現在も持っているのか、或いは連れているのか、定かではないものの彼を殺害することに変わりない。どのみち彼を殺せば魔力切れでこの霧も消えるのだ。

 

 しかし当然ながら、タダで彼のもとまで辿り着かせてはくれない。

 

 こちらの命を刈り取らんと押し寄せる枝の波濤(はとう)。巨人が振るう棍棒の如き太い幹。いずれも血に飢えたように朱く点滅している。

 

 常に鐘を鳴らし続け、それらの動きを把握。怪樹の全体像を頭に思い浮かべながら走る。迫りくる枝葉を回避し、躱しきれないものは『無』で切断する。

 

 もっとも、無傷でとはいかない。死なず、さらに云えば運動性能が低下しない程度の傷は甘んじて受けている。

 

 近づくたび、霧がどんどん濃くなっていく。

 

 他のヤツより目の良い俺でさえ、もはや目を瞑っているのとさして変わらない。だって手を伸ばして、その指先が霞むくらいなんだから。

 

 音だけを頼りにした全力疾走。

 僅か十秒にも満たず、霧の中に人影は現れた。

 

 

「ヒュウ! やるねえ! 流石は元執行者。なかなかどうしてバケモンだ!」

 

「ハ、どっちが……!」

 

 

 繰り出した拳を軽々と受け流し、至近距離での斬撃すらも身を捻って躱された。およそ人間離れした芸当。加えて、まるで減っていない魔力の残量。

 

 というか、今の一瞬で理解したが、コイツ霧の発生源たる魔術礼装を持っていない。服の繊維やら、腰のナイフやら、神秘を纏ったものは数あれど、それらしきものがまるでない。

 

 

「いや、かくれんぼって、お前を見つけることじゃないのかよ」

 

「おいおい。しっかりしてくれよ。誰が、いつ、そんなこと言ったんだ。探すべき箇所はぜんぶ白紙の地図に書いてあるんだぜ?」

 

 

 ───煙る。

 月光を弾く緑の霧にまたも呑み込まれる。

 

 その瞬間だった。

 ズシンと、背中に何か重いものが乗っかってきたような感覚。別の表現をするなら、泥沼に足を取られて満足に動けなくなってしまったような。

 

 その隙を、ベリルも怪樹も逃さない。

 

 鋭い枝の槍が俺の脇腹を突き刺し、ベリルの脚が頭蓋を蹴り抜いた。僅かでも『強化』の切り替えが遅れていれば、そのままサッカーボールのように首が吹っ飛んでいっただろう。

 

 大源(マナ)小源(オド)

 大気に満ちる魔力と魔術師自身の魔力。

 

 当然、今のいままで前者によって魔術を行使していた。けれど、どうしても後者へ切り替えざるを得ない出来事が起きてしまった。

 

 

「……ッ! テメェ……────ッ!」

 

 

 大源(マナ)が、あの怪樹に支配された。それも完全に!

 

 これでは、本当に、腑海林(アインナッシュ)の……────。

 

 

Boo(残念)、時間切れだ。コイツは後からノッてくるタイプでね。霧が濃くなれば濃くなるほど力を増していく。どうも、すっかりシュバルツバルトの魔物を再現しちまってるみたいだなあ?」

 

 

 いっとう高い木の上。満月を背負って男は言う。

 

 木肌の軋む音は笑い声にも聞こえて、風の哭く音は囃したてる声にも似ていて。霧の中でぼんやり輝く月すらも、こちらを嘲笑っているように思えた。

 

 雪が、頬の上に落ちて溶ける。

 俺の代わりに泣いてやるとでも云うつもりか。

 

 いや。

 

【 】

 

 待て。

 

 

「…………雪……?」

 

 

 呟いた声は反響して、周囲の状況を脳内に映し出す。迫る無数の妖枝。串刺しになるか、或いはその物量で押し潰されるか。あまりにも明らかな未来を幻視する。

 

 けれど、それは『直感』ではなく────。

 

 

「────Anfang(セット)

 

 

 思考した"もしも"。

 訪れることのない未来だ。

 

 

Kugel(撃ち抜け)────ッ!」

 

 

 人差し指と中指を立てて、手で銃を(かたど)る。

 狙いは木の上の眼鏡野郎。その脳天を通る箇所。超圧縮された小源(オド)が解放され、弾丸は一直線に発射(ハジ)かれる。

 

 

「おおっ! 危ねっ!」

 

 

 が、弾丸はあっさりと避けられてしまった。

 

 

「間一髪だったぜ! 確かに小さくすりゃ殺傷力は落ちるが当たりやすくはなる。小源(オド)での魔術行使だから攻撃の予兆は尚更読みづらいしな。即興にしちゃ良く考えたよ、おまえさんは。でも、なあ────?」

 

 

 俺はいま攻撃の体勢をとっている。つまり防御に回せる余力が少ないってことだ。

 

 全方位から迫りくる"シュバルツバルトの魔物"モドキ。逃げ場はない。生命のストックでもなければとても耐えられない攻撃が一秒後には訪れる。

 

 

「終わりだな、ベイカー」

 

 

 勝利を確信したベリルの声。

 およそ殆どの場合においてその言葉は正しい。だから彼の言動を"取らぬ狸の皮算用(Counting your Chickens before they hatch)"などとは云うまい。

 

 けれど。

 

 

「残念ながら、そうはならねえよ、ベリル・ガット」

 

「なに……!?」

 

 

 俺の命にコンマ数ミリまで迫っていた怪樹の枝が霧と消える。

 

 枝だけではない。周りで朱く点滅する黒い木々だって煙のように溶けていった。まるで夢が醒めたみたい。朝の雲雀(ひばり)が鳴いたのか、それとも銃弾がよっぽど痛かったのか。

 

 

「今日、雪が降っているんだよ。月が出てるワケがないんだ」

 

 

 弾丸は、狙い通りの位置を撃ち抜いたらしい。

 

 ベリルの背後にあった月が、そのカタチを変えていく。真円を夜に描いていた明瞭な輪郭が解けていく。偽りの満月は、この一撃で見抜かれた。以て、その正体を現した。

 

 どのように形容すればいいだろう。

 

 (くじら)

 

 その頭部はヘビに似ていた。ヤドカリやカタツムリのような殻を背負っているようでもあった。サメのひれのようにも見えたし、ニワトリの翼のようにも見えた。剥き出しの肌と鱗と羽毛を携えていた。

 

 けれど、やはり、夜を泳ぐクジラであった。

 

 

「あーあ。見つかっちまったなあ……」

 

 

 緑の霧が夜を駆るソイツのもとへ集まっていく。

 

 トネリコの森も既に無く、もとの大聖堂へ戻っていた。もっとも全壊もいいところ。かろうじて残骸から分かるくらいだ。

 

 

「いやあ、しかし。お見事、お見事! 素直に関心するぜ。おまえさんは指貫と注意深さで『スナーク』を探し当てたワケだ!」

 

 

 心からの称賛である。

 わかってしまうのが逆に恐ろしかった。(いびつ)な心がわからなければ、ただの挑発だと流せたのに。

 

 

「さあ、見つけたなら次はなんだ? 狩り(ハンティング)だよなあ、ベイカー! フォークと希望(ホープ)は持ってるか? 鉄道株と石鹸は? 笑顔も忘れるなよ? ハハハッ!」

 

 

 呼応するように、空に浮かぶ神秘の化身は(うた)う。

 

 

 "己に弓引く不遜なる者に死を────"

 

 

 まったく。

 一難去ってまた一難とは……いや、そもそも難は一度たりとも去ってはいないのか。

 

 夜の海からこちらを見上げるソレと目が合う。あんまりの迫力に苦笑いを返すことしか出来なかった。

 

 視れば理解(わか)る。その正体。

 

 混血なことは分かっていたが、よりによってソレか。───この土地との相性。植物科(ユミナ)との繋がり。分かってしまえばソレ以外ないんだが、頭になかったな。こういうのってなんて云うんだっけ……コロンブスの卵? ちょっと違うか?

 

 

「いや。マジか、こりゃあ……」

 

 

 魔女の遺産。童話の怪物。プロイキッシャー。

 

 (ただ)れた月の油。

 ───スラックスナーク。

 

 

 

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