「私さ……ずっと祥子に嫉妬してたんだ」
「え……?」
「私の欲しいものなんでも持ってて、私より断然優れてて、常に前を向いてて先を向いてて、誰からも慕われて誰からも愛されて。どっかでお前はそれを当たり前のように享受してるんだって思い込んでて、それで……そういうところが気に食わなくて」
「…………………」
「でも全然そんなことなかった。いや、そんなことなかったって分かる前に、私はお前を理解しようともしなかったんだ。理解するのが怖かった。もしお前が私と同じだって分かったら、私は自分の醜さを直視しなきゃいけなくなるから」
「立希……」
「……まぁつまりさ、私たち思った以上に似たもの同士だったんだよ。いや、その点でも祥子の方が凄い。お前はちゃんと逃げずに向き合ったんだ」
「…………本当に、わたくしと貴方はよく似ています」
祥子は腕を庇うようにしながら回想する。
「傷つくことを恐れて、過去を忘却したくて、人を遠ざけようとすることで自分を守る。自分の心に踏み込まれないために棘を出す。そして、その棘で自分を刺し続けるんですの」
「……………」
それは決定的な自己矛盾。救われたいと宣いながらも自分をころす。その先にあるのは孤独に苛まれる傷だらけの自分だ。
だが立希はそんな人ではない、と祥子は否定する。
「立希、貴方は優しい人です。貴方自身が思っているその評価は間違っていますわ。今だって、星海から一つ星を探すように精一杯言葉を探している。その優しさはもっと自分に向けられてもいいものだと、わたくしは思うのです」
「祥子……」
「もしわたくしのことで罪悪感を覚えているのなら、そんなもの必要ありません。貴方の心を労ってください。わたくしは、優しい貴方が大好きですわよ」
「……………………」
黙りこくる立希。
もしかしたら照れているのだろうか。だとしたらなんと可愛らしい。祥子は少し大人びた笑みを浮かべようとして………腕を掴まれた。
「お前さ…………ほんとさ…………それさ………ぜんっっっっっっっぶブーメランだから!!!」
「………………へ?」
先ほどまでの穏やかな表情から一変、立希は祥子の腕を掴んだままいつもの強気な態度に戻っていた。
「それ全部いま私が言おうと思ってた! お前ほんとにそういうとこあるよね、ブーメランの名手? オリンピック出れるんじゃない!?」
「な、何をおかしなことを」
「おかしいのはお前な!? あとそのしおらしい態度。それほんっとやめて。思わず燈を見る時と同じ感情湧いちゃったじゃん、祥子なのに」
「立希、貴方! なんだかすごく失礼なこと言いましたわよ!?」
ぎゃーぎゃー喚き始める2人。愛音とそよは「何してるんだこいつら」とジト目でそんな2人を眺めていた。
「頼むから私にそういう感情抱かせないでくれる? ちょっとでも弱々しいとこ見えちゃうと私だめなんだよ」
「貴方、大概歪んでますわよそれ……」
「お前はいつでも自信満々に、それこそ神みたいに振る舞ってるほうが似合ってるんだよ。私が『ああ、敵わないな』って思っちゃうような、そんな存在が豊川祥子なんだ」
「……そんな勝手な」
「お前も大概だから。似たもの同士なんでしょ、私たち」
そう言って立希は微笑を浮かべる。言葉のブーメラン、端々にお互いが発した言葉を含ませて返すそのやり取りに、祥子もまた笑みをこぼす。
とても心地がいい。立希とは元来こういうやり取りが合っているのだろう。
「ほら燈。こいつちょっとずつ戻ってきてる。今なら言いたい事言いたい放題だから、全部ぶつけた方がいいって」
「………うん。立希ちゃん、ありがと」
燈が前に、立希が後ろに、入れ替わるようにして位置を変えた。
高松燈。
祥子にとって始まりの女の子。
燈がいたからCRYCHICは始まった。燈の叫びに共感したから、祥子は前を向くことができた。生きる意味を、生きる糧を、生きる喜びをくれた女の子。祥子にとっての恩人のような存在。
「燈」
「祥、ちゃん……」
「ええ、なんでも言ってください」
「さき、ちゃんッ! 詩、きいてほしい……!」
燈は声を絞り出してやっと言葉にした。それは、ずっとずっと溜め込んでいた一番言いたかった叫び。祥子に一番伝えたかった言葉。
「私は……言葉にするの、あまり得意じゃなくて、だから、音にして叫ぶ。祥ちゃんは……きっと言葉じゃ伝わらない事もたくさんあって、それでたぶん、すれ違っちゃった、から……」
「ともり……」
「ステージ、とってあるもんね! ほら行くよみんな。祥子ちゃんも、ね?」
愛音は祥子と燈の手を掴んで走り出す。
ノートを抱きしめながら、それでも下を向かずに歩みを進める燈。もうあの時の燈じゃない。祥子の目に映る燈は本当に強い女の子になった。それが少し寂しくて、とても誇らしい。
ステージは既に準備が整っていて、楽奈なんてミュートにしながらギターを掻き鳴らしていた。
愛音、立希、そよもステージに上がって楽器を準備する。燈は強く強く祥子を見つめて一言、
「見てて」
そう言ってステージに上がった。
客席に取り残される祥子。そんな祥子の右手を睦、左手を初音が握る。2人に手を握ってもらい、心の準備が出来た祥子は再び燈を見た。
「これは、祥ちゃんの為に書いた詩……。CRYCHICじゃ、ない。MyGO!!!!!の詩。もう別々の道を進んでしまったけれど、後戻りはできないけれど……それでも進み続ける。その先でいつか、また交われるように」
「……ともり」
「聿日箋秋(いちじつせんしゅう)」
ギターとドラムの音、あの時より上手くなったドラム。新しく彼女たちを引っ張っていくギター。一抹の寂しさと哀しさ、そして心に温かい光が灯る。
ーーわかれ道の先へ、僕らは歩き出す
もう戻れない。自分で壊した輝かしい道。
それでも彼女たちは進んでいく。ずっと寂しい気持ちなのに、それでもこの胸の光は消えない。なぜ? どうして? このモヤモヤはなに?
ーーそれでも君のことわかりたかったんだよ
ーー君と手つないでいるみたいで
ーー君を見つけたいから
ーーひだまりのように笑っててほしくて
ーー優しい君が君のままでいられるように
ああ。
そうか。
心にすっと入ってくるこの温かい詩は、お別れの詩なんかじゃない。
これは『ごめんね』と『さよなら』の詩じゃなくて、『ありがとう』と『また今度』の詩なのだ。
言葉にしたらきっと心の奥では信じることの出来なかったであろうありきたりな想いたち。それを歌とメロディーに乗せて、精一杯手を伸ばしてくれたことで、ようやく祥子の元に届く。
涙が伝う。
心が震える。
胸が熱い。
全身から感情が溢れ出していく。
「ぁ、ぅ、ぁ、なん、で……」
演奏を終えた燈は、ステージを降りて泣きじゃくる祥子の前に立つ。祥子は必死に涙を止めようとしたが、言葉を止めようときたが、そんなのはもう無理だった。
「わたくし、は……きょう、お別れをしなくてはと、おもってて……」
「うん」
「罪を……裁いてもらおう……なんて……」
「うん」
「でも、貴方は……まだ、わたくしの大切な人で、居続けてくれていて……だから……いいのでしょうか……?」
「………」
「わたくしは、まだ、貴方に救われてもいいのでしょうか……?」
泣きじゃくる祥子をそっと抱きしめる。
行動で何かを現すのが苦手な燈は、普段なら絶対にこんなことはしない。
けれど今は言葉よりも詩よりも、なにより形が必要だと思ったから。だから精一杯の勇気を振り絞って、燈は祥子を抱きしめる。それが答えで、それが全てだった。
「いいと、思う……」
「とも、り」
「私は、祥ちゃんに出逢えて、救われた。だから、次は……私の番」
言葉、詩、形。
その全てでようやく祥子に届いた。だから伝える。1番伝えたかったことーー燈は救われたという事実を。そして、今度は救いたいという意志を。
またここから始めよう。
わかれてしまった道の先で何度交わってもいい。また離れてしまったとしても、今度こそちゃんと追いかける。もう見失ったりしない。一生、掴んで離さない。
いつも笑っててほしいから。幸せで居てほしいから。そして、そんな祥子を近くで見ていたいから。
◇◆◇
過去の傷は消えない。
祥子が負ったたくさんの傷はそう簡単に癒えるものではなくて、今でも時々酷い悪夢を見ることもある。
でも今は、1人じゃない。
1人で全て背負い込んで泣くのを我慢していたあの頃とは違う。だから、だから……。
その反動で、祥子はすっかり泣き虫になっていた。
「ううっ、ぐすっ、初音……」
「祥ちゃんまた怖い夢見ちゃったの? おいで、祥ちゃん!」
「祥、私の胸、空いてる」
「ふふっ、これが母性の差だよ睦ちゃん」
「流石、叔母さんは名前に『母』が入ってるから」
「ひ、ひどいよ! それは禁止カードだよ!」
泣き癖のついた祥子とすっかり弄られキャラが定着した初音、少しSになった睦の3人の同居生活は、なんだかんだうまくいっていた。
さてそんな祥子にもまだ悩みがあった。それは、
「この夢、いつ醒めるんですの?」
「………まだ言ってるの?」
そう。
この世界は夢のようなもの。それが祥子のスタンスだ。
だが現実はこうして未来と共に訪れる。認めるべきか、ここが現実なのだと。
「世界線分岐。祥は知ってる?」
「いくつかのあり得たかもしれない世界のことですわよね?」
「世界にはいくつもの可能性があって、そこに佇んでる。祥はこの世界を選択した。だから元の世界の方が、祥にとっては夢だったことになった」
「………あれが、夢」
「私の消滅も、夢になった。まだ、不安?」
「……えぇ。あの時のことを思い出すだけで……わ、わたくしは……わたくしは……うぅ、ううっ」
「大丈夫、大丈夫だよ祥。私はここにいる」
(泣いてる祥可愛い。閉じ込めたい。もっと見たい。でもそれはだめ、祥は幸せになるべき)
泣いてる祥ちゃん閉じ込めたい症候群の睦は、己の欲望と理性が戦いを繰り広げるが、取り敢えず表面上睦は祥子の頭を撫でるお姉さんを装う。
あれ以来、すっかり姉妹の役割は逆になっている節がある。というか、睦が進んで姉の役を演じている節がある。
「いつか納得できる日が来る。だから大丈夫。未来は無限」
「……睦」
「今ここにいる私を信じて、祥」
「………なんだか、すっかり大人っぽくなりましたわね、睦」
「祥は子供っぽくなった。良い傾向」
「まぁ、それは少し失礼ですわよ」
全てに納得はできない。
けれど睦の言うとおり、いつかあの世界が夢だと思える日が来るのだろう。後悔は消えない。傷も消えない。悲しい記憶も罪悪感も、苦しみも消えたりなんてしない。それらを胸に抱いて生きていく。
だけどそれらも今の、少しだけ幸せを感じることのできるようになった祥子にとっては自分を構成する一部なのだ。苦しみの果てにこの未来を選び、そして歩みを進める。
筋書きのない日々を生きていく。
また傷ついて、傷つけても、祥子は祥子のままここに立っていたいと思えたから。
(忘却はしません。それでも……さようなら、過去のわたくし)
バァンッ!
「なんかイチャイチャしてる気配がする!!!」
祥子の感傷は、すごい勢いで帰宅してきた初音によって霧散する。それ近所迷惑……。
祥子は苦笑いしつつ、まぁ、これで良いのだろうと思った。
道は、ちゃんと続いていく。途切れることなく、時々交わりながら。