PHANTOM LORD   作:あんくせらむ

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◾️前回のあらすじ:樹海終了のお知らせ


霊王と八竜

 

 時は暫し遡る。

 ジョゼフィーヌとハイベリオンの一騎討ちが始まった頃。

 同じくしてニルヴァーナの起動準備が完了し、封印地点から立ち昇る光の柱も鳴りを潜めていた。

 

 『ニルヴァーナ』——それは古代人ニルビット族が生み出した光と闇を入れ替える善悪反転魔法。

 〝平和の国〟を意味するその魔法は名前通り、要塞都市国家レベルの威容を誇る巨大な遺跡だ。

 移動用の六脚から地脈に流れる魔力を吸い上げ、主砲から放たれる魔力に晒されたモノの精神属性を反転させる。

 

 連合軍を撃破してウェンディを拉致した六魔将軍(オラシオンセイス)の面々はこの移動都市の一角を新たな拠点とし、最初の攻撃目標であるウェンディの所属ギルド化猫の宿(ケット・シェルター)への侵攻を画策していた。

 

「うぅ……私の……私のせいだ……!

 私のせいでシャルルは、みなさんは……!」

 

 一方、渦中の少女であるウェンディは自責の念によって押し潰されそうになっていた。

 六魔将軍(オラシオンセイス)が拠点としている遺跡、その内部にある暗い石造りの牢屋の中で。

 錆びた鉄格子に囲まれ、膝を抱えて(うずくま)りながら、脳裏に浮かんでは消える死の光景を反芻(はんすう)する。

 

 もし連合軍の皆が六魔将軍(オラシオンセイス)と戦っていた時、自分が付加術や治癒でサポートしていれば、全滅は避けられたのではないか?

 もし霊王に襲われたあの時、天空魔法をより自在に扱えていれば、シャルルを抱えて逃げることができたのではないか?

 いや、そもそもこんな分不相応な戦争になど立候補しなければ……何も失わずに済んだのではないか?

 

 既にどう足掻こうと変えようのない過去、網膜に焼き付く後悔が波のように寄せては返し、ウェンディの思考を——そして性質を(さら)ってゆく。

 

 これはニルヴァーナの封印が解けた余波に過ぎない。

 かの超反転魔法は余剰として溢れた魔力だけで、光と闇の間で憂う者を反転させる。

 

 自責と後悔。

 負の感情に支配されつつあったウェンディが、その明滅する白と黒の魔力に脳髄を掻き乱されそうになる。

 

 まさに、その瞬間。

 

「オラッ! 反省しろこの守銭奴っ! もっかい反転するまで暫くそこのブタ箱で頭冷やしとくんだゾ!」

 

 全身を縄で亀甲縛りに拘束されたホットアイがウェンディと同じ牢屋に放り込まれた。

 

「おお……! これこそがのムチ、デスネ!?」

「ちがわい! 前とは別方向に話通じなくなってるゾ!? おそろしや、ニルヴァーナ……!」

 

 ばっちぃゴミ袋をポイ捨てするように牢獄に押し込まれた彼の顔にはまるで菩薩像もかくやと言わんばかりの笑顔が浮かんでいる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()……!

 

 暗い思考が渦巻いていたウェンディの脳内に亀甲縛りの大男がダイナミックエントリーをブチかますことで一瞬にしてホワイトアウト。

 ニルヴァーナさんの魔力も「今闇堕ちとかそういう感じじゃないっぽい」と空気を読んでご退出なされた。

 

 残されたのは泣き腫らした顔の幼女と縛られた巨漢である。

 なんとも言えない生暖かい空気が牢屋中に充満する錯覚をウェンディは味わった。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

 口火を切ったのはウェンディだった。

 この混沌とした状況下においてなお他者への心遣いを忘れない善性こそ彼女の稀有な美徳である。

 

「おお! とてもお優しいお嬢さんデスネ……!

 敵であった私にすら情けをかけてくださるとは!」

「それは、思うところはありますけど……。

 今のあなたは前とは少し雰囲気が違うと思って……」

「素晴らしい! それこそが正に愛!

 私もあなたを見習わなければいけないデスヨ!」

「は、はぁ。ありがとうございます?」

 

 いまいち会話が成り立っていないように感じながらも、ウェンディはいつの間にか普段の調子を取り戻していた。

 こうして奇妙な巡り会わせの末、二人は束の間の交流の機会を得ることとなる。

 互いに穏やかな気質を持つが故、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。

 

「じゃあホットアイさんは行方不明になった弟さんを探すためにお金を集めていたんですね」

「ええ、その通りデス。

 虫のいい話ですが、悪行の最中にあっても心中の罪悪感がどうしても拭えなかったのデスヨ……。

 そんな半端な状態だったからこそ再び愛の素晴らしさに気づくとは、なんとも皮肉なものデスネ」

 

 ホットアイの身の上を聞いたウェンディは、六魔将軍(オラシオンセイス)にも彼らなりの事情があることを理解した。

 無論、それで親友の仇への感情がさっぱりと晴れるわけではない。

 しかしそれでも、彼らのような祈りの在り方をウェンディは否定できなかった。

 

 人は容易く闇へと堕ちる。

 先ほどまでの自分のように。

 善と悪とはコインの裏表に近しいのだろうと、ウェンディは朧気ながらそう思った。

 

「……私には、よくわかりません。

 ホットアイさんが優しい人に戻れたのは良いことだったと思います。

 でも、人の心を無理やり操るなんて、やっぱり間違っている、って……そう思ってしまうんです」

「ふふ、気に病まれることはないデスヨ。私も同じ気持ちデス」

「そうなんですか?」

 

 ウェンディは意外に思った。

 今のホットアイはニルヴァーナによって反転した状態だが、彼はそんな己のことを不快に思っているようには見えなかったからだ。

 

「あまねく人間を光に還すことは、なるほどまさに神の愛と言っても過言ではないデスネ。

 しかし同時に、それは悪魔の誘惑デス。

 神から与えられた慈悲ではなく、自ら勝ち得た善性でなければ、いずれ無視できない歪みを生むものデス」

「否定しなきゃいけない、神の愛……?」

 

 ウェンディは未だホットアイの高潔な理想論を完全には理解できない。

 だが、この会話はこれからの戦いできっと重要になるという直感にも似た確信があった。

 

「ウェンディ。

 あなたは彼女と似たところがありマス。

 これはだからこその忠告デス」

「アドバイス……?」

 

 ホットアイの指す彼女とは誰なのか。

 彼は対象を明確にはしなかったが、ウェンディの脳裏には親友の命を奪った仇敵の姿が過っていた。

 

 あの、漆黒を纏う死神の姿を。

 

「もしあなたが再び彼女と出会ったならば、決して人であることを捨ててはいけないデスヨ」

「えっと……それはどういう?」

「安易な強さや憎しみに囚われてはいけない、ということデス。

 ヒトを辞めた程度の強さではあの高みには到底届かないデスネ」

 

 ホットアイは語る。

 それは彼女と友であり、なおかつ曇りなき愛に目覚めたからこそ理解できたであろう強さの秘訣。

 

「魔法の強さとは想いの強さデス。

 彼女の強さは人類すべてを呑み込むほどの愛に裏打ちされているのデスヨ」

「より強い愛を持てってことですか……?」

「愛に貴賤や強弱はないデスヨ。

 どれだけ折れないか、そして揺るがないかが大切なのデス。

 あなたがやるべきことは、ただ直向きに己の信念を貫くことデスネ。

 ウェンディ。あなたはきっとそれができる、真に強いお人デス」

 

 そして彼は野に咲く花のような素朴な笑顔を浮かべて。

 愛と希望に輝く瞳をウェンディに向けながら。

 

「ゆえにお願いデス。

 もし彼女と相対したときは、その歩みを止めてあげてほしいのデス。

 きっと唯一、彼女を倒し得るあなたであれば——」

 

 最後まで言い切る前に、顔の右半分を消し飛ばされて即死した。

 

「え……?」

 

 暗緑色の閃光。

 それが瞬いたと思ったその時には、既にホットアイは血飛沫を撒き散らして絶命していた。

 

 放心しながらも、ウェンディは恐る恐る牢の外を見やる。

 そこには冷ややかな視線で見下ろす浅黒い肌の男、ブレインが杖を構えて立っていた。

 奥には苦い顔をしたコブラも壁に寄りかかっている。

 

「腐っても六魔を名乗ったものが軽々と光に溺れるなど……恥晒しめが。

 報告ご苦労だったな、コブラ。お前は引き続き警戒に当たれ」

「……おう」

 

 コブラはブレインに対し、渋々といった面持ちで返答した。

 

「どうした。歯切れが悪いぞ、コブラ。不満でもあるのか」

「別に。アンタの采配に文句はねぇよ。

 だがな、なにも殺すまでしなくてもいいんじゃねぇか。

 どうせ反転すりゃ元通りなんだしよ」

「なるほど。うぬは何も分かっておらぬようだ」

「あァ?」

 

 訝しんだコブラはブレインを見て瞠目した。

 その表情はまるで悪鬼のように醜悪に歪んでいたからだ。

 

「このタイミングでの反転は半端な祈りの持ち主にしか意味を成さん。

 ホットアイは自ら意志の弱さを露呈しただけのことよ。

 そのような弱者は六魔に非ず。不要なゴミだ。

 なに、ニルヴァーナの起動さえ完了すれば幾らでも替えが効く」

「ブレイン、てめぇまさか……。

 ——いや、何でもねぇ」

 

 コブラは(かぶり)を振って、自身の思い付きを否定した。

 まさかブレインほどの悪に染まりきった悪党が。 

 よもや既に反転しているなどと。

 

「さて、天空の巫女よ。

 邪魔が入ったおかげでどうやら闇に落ちることはなかったようだな。

 だがそれは幸運ではなく不運だ。

 大人しく反転して居れば、この魔法の餌食にならずに済んだものをなァ!」

 

 ブレインが杖を掲げると、先端の髑髏が咥えた魔水晶(ラクリマ)から闇の魔力が幾条も伸び、ウェンディの身体を縛り上げる。

 

「あ……う、あぁあああ!?」

 

 秒単位で意識が遠のく。

 内側から自分が自分でなくなっていく異様な怖気に、ウェンディは絶叫と共に身を捩って抵抗した。

 

「無駄だ。これは霊王から直々に買い取った魔法。

 魂を縛り傀儡とする禁術よ。

 うぬもジェラール同様、物言わぬ骸の人形になるが良い!」

 

 闇の奔流がウェンディを一息に呑み干す。

 次第に朧気となる視界のなか、ブレインの嘲笑だけがこびりつくように残響した。

 

「愛などくだらぬ。

 希望などいらぬ。

 光など見えぬ。

 その魂に刻め、天空の巫女。

 新たなる六魔よ。

 絶対的な力の前では、(すべから)く無に還るしかないのだと」

 

---

 

 既に草木の一本さえ死に絶え、荒れ果てた大地と化した樹海。

 ハイべリオンさんの魔法が解かれ、先ほどまでは夜闇に包まれていたそこに陽の光が差し込んだ。

 

「……さようなら、ハイべリオンさん」

 

 彼は死に際に私の滅神魔法をコピーしていた。

 一度完全な死を迎えた後の黄泉返りだ。

 いくら理を覆す死神の魔法と言えど……いや、だからこそ不用意に扱った代償は大きい。

 

 その代償とは即ち使用者の魂。

 一時の廻生のためだけに、輪廻の輪に乗るための魂を全損させる。

 ……ゆえに、彼をもう一度蘇生させることは私であっても不可能だ。

 基盤となるべき魂魄が欠片も残っていないのだから。

 

「死者ゼロにするつもりだったんだけどなぁ……」

 

 ままならないことばかりだ。

 灰となって崩れ去ったハイべリオンさんを前にして、そう独り言ちる。

 

 せめて黙祷だけは捧げよう。

 何の慰めにもならないだろうが、偉大なる魔導士に心からの祈りを伝えたかった。

 

 瞼を閉じ、視界が暗くなったその瞬間。

 

 遥か彼方で、強大な魔力の気配を感じ取った。

 

「っ! 上……!?」

 

 距離にしておよそ10キロメートル。

 水平ではなく、垂直方向。

 雲の上から降り注ぐ、肌に食い込むような殺意。

 半ば反射的に腕を頭上で交差させて防御姿勢を整える。

 

 一秒後。

 

 蒼空を切り裂いて飛来した踵が両腕に突き刺さった。

 

「重たっ……!?」

 

 高度一万メートル分の位置エネルギーが凝縮された破城槌の如き蹴撃。

 細胞単位で強化した肉体にもかかわらず、両腕は一撃で豆腐のように粉砕され、ガードを貫通した踵は地面に触れただけで谷のような亀裂を刻んだ。

 

 衝撃を利用して後方に逃れた私は、両腕を復元させながら下手人を見やる。

 そして、もうもうと立ち込める土煙を振り払うようにして一人の男が姿を現した。

 

 彼は悠々と進み出ると……

 

「ハッ!」

 

 黒いマントを翻して華麗にターン!

 

「フッ!」

 

 両腕をクロスさせて不敵に微笑む!

 

「シャララーン!」

 

 最後に社交ダンスに誘うように右手を前にしてビシッと決めポ!

 

「聖十大魔道序列一位、ゴッドセレナ——ここに!

 見・参ッ!」

 

 二つに纏めた橙色の長髪を靡かせて、男は実に爽やかな笑顔を向けてきた。

 

「うわ……」

 

 うわ……。

 

「ありがとう」

 

 いや褒めてないんよ。

 ドン引きしてんだよ。

 どんな思考回路で誉め言葉と受け取ったんだよ。

 

 マジでやり辛いわぁ……このヒト。

 何考えてるかさっぱりわからん。

 

「久しいじゃないか、我が運命の女神!

 ジョゼフィーヌ! 七年ぶりの逢瀬になるかな!」

「アッハイ、ソウデスネ。オヒサシブリデス。

 ……ちなみにダメ元で聞いとくんですけど、コントしに来たわけじゃないですよね?」

「無論、無論だともジョゼフィーヌ!

 殺し合いに来たに決まってるだろう!」

「ですよね~」

 

 連合軍との会敵時から既に視線は感じていた。

 彼の魔法なら組み合わせ次第で遠見程度は児戯に等しい。

 

「相変わらず性悪ですね」

「んん? 何のことだ?」

「ずっと視ていたでしょう。

 聖十三人すら当て馬に使うなんてゴッドセレナさんぐらいしかいません」

「ああ、そのことか。

 ン〜、最初はそのつもりだったんだがなぁ。

 早々に萎えて以後は物見遊山に興じていたぞ」

「はぁ?」

 

 ゴッドセレナは心底つまらなそうな顔をして吐き捨てた。

 

「腐っても聖十が三人がかりだ。

 おまえの底も多少は覗けるかと思ったが、どいつもこいつも期待外れのザコばかり。

 これでは興も削がれよう」

「……へぇ」

「だが最後のハイべリオンはなかなかに良かった。

 まさか己の魂を贄に捧げておきながら、ああも無様に朽ち果てるとは!

 ハッハッハ! いやぁ素晴らしい道化ぶりだった!

 おまえもそう思うだろう? ジョゼフィーヌ!」

「……なるほど。よく理解できました」

 

 彼と私では、根本的な価値観が相容れないということが。

 

「よく吠えますね。

 あの三人を先行させて私の消耗を待っていた腰抜けの分際で」

「は……クク、ハハハハハ!!」

 

 つい口を突いて出てしまった私の言葉を聞いたゴッドセレナは、一瞬鳩が豆鉄砲を食らったように呆気に取られた後、声高に腹を抱えて哄笑した。

 

「いや、失敬失敬。

 おまえがあまりにも面白い冗談を口にするものでな。

 しかし消耗。消耗ときたか。

 ククク……笑わせてくれるなァおい。

 誰あろう、おまえが相手だぞ?」

 

 その笑みは。

 

「蟻を三匹潰した程度、消耗の内に入るかよ」

 

 魂を賭けて戦い抜いた魔導士達への侮辱と嘲りに満ちていた。

 

「……そちらこそ面白い冗談ですね」

 

 彼の評価は適切だ。

 見立て通り、滅神魔法を一瞬しか使っていない私はほとんど消耗していない。

 だが、それを理由にハイべリオンさん達を愚弄されるのは腹が立つ。

 

 まぁ、つまるところ。

 

「まるで自分は羽虫じゃないと言いたげだ」

 

 ムカつくからオラぶっ飛ばしてやる!

 乗ってやるさ、そのお安い挑発によーッ!

 開戦じゃオルァー!

 

「『幽体進駐(プロジェクション)』」

 

 瞬間移動で距離を取る。

 座標は水平方向3キロメートル後方、上空500メートル付近に設定。

 大きく離れたように見えるが、私やゴッドセレナのような対軍規模の魔導士にとってはせいぜい中距離と言ったところだ。

 

 さりとて小手調べには十分な距離。

 まずはお手並み拝見といこう。

 

「『憑喪神(ホーンテッド)』」

 

 支配下の霊魂を一粒選んで地面に垂らす。

 ポタリと地に落ちた魂は大地を即席の(身体)と見立て、一つの生き物として胎動を始めた。

 

 うねり、巻き上がる土砂と岩塊。

 大地がスプーンで掬ったように抉られてゆく。

 それらは私の頭上で寄り集まり、押し固められ、直径1キロ規模の巨岩と化した。

 

 陽の光隠す巨大な影。

 天と地が逆しまに転覆したかの如き威容。

 

 その土塊に宿った魂の座標を操作する。

 着弾地点はゴッドセレナ。

 速度は音速。

 

 そう、この空を覆う岩の塊の正体は——()()である。

 

「『天地転生(キュベレイ)』!!」

 

 空気を引き裂き、総質量10億トンに及ぶ弾丸がゴッドセレナへと放たれた。

 

 飛翔するだけで弾道を衝撃波(エアバースト)の嵐でこそぎ落とす死の凶弾。

 避ける間もなく、飛来した岩塊がゴッドセレナの頭頂に触れる。

 

 瞬間、半径2キロ四方の地表面にある物体すべてが文字通り蒸発した。

 当然だ。

 この魔法は着弾点から数十キロの範囲を塵滅させるほどの熱量を生み出す。

 それを限定した範囲に収まるように圧縮した。

 尋常な生物が直撃すれば文字通り骨も残らない。

 

 だが。

 ゴッドセレナは尋常な生物には含まれない。

 

「まぁ、この程度じゃ死なないとは思ってたけど……」

 

 地盤が蒸発して吹き上がった黒煙が、赫々とした爆炎を巻き込みながら急激に収束してゆく。

 まるで栓を抜いたバスタブのように、世界そのものが一点に向かって呑み込まれていた。

 

 否、まるでと言うのは確かではない。

 実際に、その男は世界を呑み込んでいた。

 

 喰らっているのだ。

 大質量の岩塊も、巻き上がった爆風も、肉を焦がす業炎さえ等しく腹に収めているのだ。

 

 たとえ物理現象が相手であろうと、呼応する属性に類するならば問答無用で糧とする。

 そんな荒業が可能な魔法など一握り。

 彼の異名も加味すれば、導き出せる解はただ一つ。

 

 そう、『八竜』の字義に相違なく。

 八つの属性を司るイシュガル大陸最強の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)こそがゴッドセレナの正体だ。

 

「く、はははは! 悪くない、悪くないぞ!

 が、前菜(オードブル)にしちゃ、ちぃっと物足りんな。

 まぁいい。とりあえず——()()()()()()()()()()()

 

 又聞きだが、彼はその身に八つの竜のラクリマを埋め込んでいるそうだ。

 火、水、風、土、雷、石、光、闇。

 これらの一切はゴッドセレナに何の痛痒も与えない。

 

 とはいえ、だ。

 いくら耐性があるとはいえども、『天地転生(キュベレイ)』を無傷で抑えるのは至難の業。

 なにせ質量と破壊規模が桁違いだ。

 普通なら食い切る前に終わりだろう。

 だが彼は耐えた。

 

 飛来する巨岩石を岩窟竜が平らげて。

 吹き荒れる爆風と衝撃波を暴風竜が呑み下し。

 生じたプラズマを雷霆竜が啜り上げ。

 肌を焼く光熱を閃光竜が噛み千切り。

 燃え盛る火炎を煉獄竜が喰らい尽くした。

 

 着弾の瞬間、彼は総じて五属性の滅竜魔法を行使していた。

 豪快なだけの使い手ではない。

 繊細なコントロールと天賦の才がなければ成しえない神業だ。

 

 ……警戒しといて良かった。

 普段通り()()していれば、彼にもっと魔力(エサ)を提供していただろう。

 

「オオオオオ!!」

 

 ゴッドセレナは呻りを上げ、取り込んだ魔力を臨界させる。

 指先まで満ち満ちたエーテルが彼の肉体を変質させる。

 

 肌は鱗に。

 犬歯は牙に。

 背には翼を。

 強靭な尾を。

 

 瞳孔が猛禽の如く縦に細まる。

 それは紛うことなき絶対的な生態系の頂点が宿す捕食者の眼光。

 

「『ドラゴンフォース』!!!」

 

 ドラゴンフォース——それは滅竜魔法の真髄のひとつ。

 竜を屠るために竜へと転じる、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の奥義である。

 

 その性質上、借り物のラクリマによって魔法を行使している第二世代の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)には扱えない代物のはずだが、ゴッドセレナはその秘奥を意のままに操っている。

 

 さすがに大陸最強の名は伊達ではない、か。

 

「さァ、()()()()か。オレの運命よ。

 舞台はここに整った!

 最初(ハナ)っからアげていこうじゃあないか!

 後れを取るなよ、ジョゼフィーヌ!!」

「ハァ~~~っもう、ほんとにめんどくさいなぁ!」

 

 お互い単なる小手調べ。

 切り札鬼札はまだまだ腐るほど揃ってる。

 ここからが本番だ。

 

 正直、殺し合いは勘弁したい。

 人の死に様なんて何度見たって悲しいだけだ。

 

 ああ、けれど。

 

「けど……()()()()()!」

 

 私も魔道を究める者の端くれだ。

 強い魔導士との術比べはどうしようもなく燃えて滾って仕方がない。

 

 それに丁度良い機会でもある。

 大陸最強の肩書には興味ないが、かと言って気に食わないヤツより見くびられるのもいい気はしない。

 いい加減、白黒はっきりさせようじゃんか。

 

「「一騎打ちで決めてやる! この大陸の最強を!」」

 

 そして、火蓋は切って落とされた。

 





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