ダウナー女神のアクア様   作:全智一皆

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第九話 素晴らしきかな爆裂よ!

 

 

■  ■

 雲一つない快晴というのは、いつだって心地が良いものである。どんなに廃れた心の持ち主だろうが、この草原に出ればきっと晴れやかな心持ちになる事は間違いないだろう。

 まぁ、その草原に家一つ食べるんじゃないかと疑ってしまう様なサイズのカエルが何匹も居なければ、という話ではあるものの。

 カズマとアクアがシリアスムードを展開し、カズめぐの喧嘩でアクアが大爆笑をしてから、軽く1時間くらいが経過した所である。

 なんかもうどうなってもいいの半ば投げやりな精神で、頭のおかしい紅魔の娘を仲間にしたカズマ一行は、その『爆裂魔法』とやらの性能を確かめるべく、わりと久しぶりにアクセルの外の草原へと赴いたのだ。

 

「ふっふっふっ……なんと大きい獲物でしょう。我が爆裂魔法を披露するには打って付けの相手!」

「ただのジャイアントトードだろ。しかしアレだな、あの黒い奴見た後だと、こいつら小さく感じるな」

 

 最初は通常個体にすらビビりまくっていたカズマだが、今となってはジャイアントトード程度ならただのデカいカエルだな、という認識に収まる様になっていた。

 これは大抵の人間に共通して言える事だが、突き詰めてしまえば人間は修羅場を潜れば基本的に何でも慣れる。それが殺しであろうが、その行為に対して抵抗が無くなり、恐怖も薄れていく。

 感情、或いは心は現代の科学でも未だ解明出来ていない、人類が最も研究を続けている永遠の未解明問題であるが、それだけの長い年月を費やしているのだがら、当然把握出来ている一部もある。それの一つが慣れというものだ。

 心理学において、これは『順化』と呼ばれる概念だ。ある刺激がくり返されることにより、その刺激に対する反応が少しずつ薄まり、見られなくなっていく現象の事である。

 カズマの場合は、モンスター討伐という現代では到底体験し得なかった刺激が恐怖という感情を引き起こしていた訳だが、無貌の神の化身の一体である黒いジャイアントトードを見た結果、順化が行われたのだろう。

 ちなみに、これがTRPGであったならば1D10のSAN値チェックが入っていた所であるのだが、カズマはダイスの女神―――あくまで比喩である。下手すると彼女(アクア)が妬けてしまいかねない―――に愛されている為、基本的に成功値かクリティカルのどちらかしか叩き出さないので、どちらにせよ無問題である。

 

「変異体……と言うには、少し怪しい所だけど、今はそれが妥当かしらね。大した機動力は無かったのが幸いね」

「む……私もその黒いジャイアントトードと戦いたかったです。あぁ、そのジャイアントトードに爆裂魔法を撃てたらどれ程良かった事か」

「いやマジで止めとけ。俺は二度とごめんだぞ、あんなデカブツ。あんなん目の前にしたら嫌でも足が竦むわ」

「あたしもオススメはしないわ。殴った感じがちょっと顔無しのカス(アイツ)に似てたし……」

「聞き間違いでしょうかカズマ。今、アークプリーストの口から決して出ない様な単語が出てきた様な気がするのですが」

「聞き間違いに決まってるだろ、ダウナークールビューティのアクアさんだぞ」

「恥ずかしいからソレやめてちょうだい……」

「そ、そうですよね。いやぁ、いけませんね。爆裂魔法を撃ちたくて昂り過ぎたのでしょうか」

 

 いけませんいけません、しっかりしなさいめぐみん。

 そうですよね、だってあんなに可愛らしい笑顔を浮かべる様な人ですよ? 少しばかり女としての敗北感の様なものを覚えずにはいられないくらいには可愛い笑い方をする聖女みたいなこの人が、今だってちょっと恥ずかしそうにしてるこの人が、そんな野蛮な事する訳がありません!

 

「よし! それでは気を取り直して、レッツ爆裂!」

「正確には殴って消し飛ばしたなんだよなぁ……」

「怒るわよ」

「すんませんでした」

 

 最近は土下座が身につきつつあるカズマであった。

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「では、参ります!」

 

 ―――まず最初に、唸りがあった。

 その矮小な肉体から溢れて暴れ出さんとしているのではないか、そう錯覚してしまいそうな程に膨大な真紅(あか)が、獣の如き唸りを以て獲物を狙う。

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の混淆を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理。無業の歪みとなりて、現出せよ!」

 

 唸りはさらに激しく、真紅(あか)は烈火をすら焼き尽くさんと身を滾らせる。

 爆裂魔法―――この世界において、威力だけで言えば間違いなく最強として名が挙がる無属性魔法。その一撃は結果として小国一つを壊滅させるにまで至り、遂には神にすら傷を負わせる。

 『全能の可能性』を秘めるアクアでさえ、マトモには喰らいたくないと言わしめるその魔法が、たった一人の少女の手によって、大地を焼き尽くさんとしている。

 

「踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!」

 

 奔流に気圧され、足が竦み、冷や汗が落ちる。だが、カズマは決して目を逸らす事はなく、寧ろそれとは全くの逆―――つまりは、その魔法に魅入っていた。

 これこそまさしく神秘(まほう)。佐藤和真という人間が前世で思い描いた異世界生活で、焦がれに焦がれ、触れたかった力に他ならない。

 真紅(あか)漆黒(くろ)が身を捩り、捻れ、歪み、曲がり、最後には一体へと合わさって、エネルギーへと昇華する。

 熱い。既にめぐみんからそれなりに距離を取っているというのに、カズマの身体はまるで溶岩を前にしているかの様な灼熱に犯され、呼吸に荒らさが現れつつあった。

 いつ放たれる?

 この力は、いつその姿を見せる?

 どう爆ぜる? 何を裂く?

 空間を、いや、もはやこの世界をすら粉々にしてしまうのではないか? そんな不安が―――自分でも恐ろしいと思えるが―――少しずつ期待へと高まっていくのだ。

 

「これぞ人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法! いざご覧に入れましょう―――《爆裂魔法(エクスプロージョン)》!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ―――じかんが、こわされたようだった。

 しかいには、せんこうがあった。しろく、まばゆく、めをやくようなひかりがめをくだいた。

 しょうげきだけがからだをくらった。なにがおきたのか、じぶんがどうなったのか、それをしるすべをかずまはもたなかった。

 いま、じぶんはたてているだろうか?

 いや、そもそもいきているのだろうか?

 あぁ、そうおもえばあたたかいひかりのようなものが、めのまえに―――

 

「死んでないわよ。起きなさい」

「はっ!」

 

 意識が鮮明になって、バッと起き上がったカズマは急いで辺りを見回した。すると、やはりと言うべきか視界がぐらっと歪んだ。

 

「景色がおかしい!」

「急に起き上がるからよ、バカ。生憎、ここは相変わらず異世界だし、貴方は死んでないわ」

「いやまた死ぬのは嫌なんだけど……うわっ、スゲェな爆裂魔法…マジでスゲェ」

 

 感動とは、まさにこの事を言うのだろう。

 アクアから爆裂魔法の評価を聞いた時、正直な事を言えばカズマは半信半疑だった。

 そりゃ、自分の仲間であり無自覚に惚れている相手の言葉なのだから、多少は信じていたりはしたが、しかしだからと言って、まるっと鵜呑みにはしていなかった。

 せいぜいミサイルぐらいのもんだろ―――そう思っていた自分を、過去に戻って殴ってやりたいくらいだ。それくらいには、爆裂魔法の威力は壮絶過ぎた。

 ミサイルなんて比較にもなりはしない。現代社会で言うならば、核兵器に匹敵するだろう。一発撃てば、それだけで戦争の終始を決められる。

 しかもそれが、理論的には複数人で同時に発動する事が出来ると言うのだから―――なんと恐ろしい話だろうか。

 

 ……まぁ、そんな大袈裟に言ってはみたものの。

 

「ふっふっふ……どうですか、我が爆裂魔法は。凄いでしょう! 素晴らしいでしょう!!! カッコイイでしょう!!!!!!! 筆舌に尽くし難い感動を得られたでしょう!?」

「お、おう。スゲェよ爆裂魔法」

 

 お前が地面にぶっ倒れてなければ、もっと凄かったけどな―――とも、付け足して。

 

「私は紅魔族の中でも高い魔力を持っていますが、そんな私でも爆裂魔法を使えばこの有様です。ですがそれは爆裂魔法が凄いことの裏返し! このロマンこそ、爽快感こそ、私が爆裂魔法を愛する理由なのです!」

「マジでロマン砲じゃねぇか。オーバキルにも程があんだよ」

「だから言ったじゃない、世間ではネタ魔法扱いだって。普通のマナタイトなら幾らあっても足りないわよ」

 

 どん、と足音がする。

 聞き耳、失敗。

 

「流石に納得だわ。うーん、運用が限定的過ぎんだよなぁ……ボス戦以外だと役に立たねぇじゃん。試しに『一撃熊』の依頼受けてみるか…?」

 

 どんどん、と足音が重なる。

 聞き耳、失敗。

 

「流石に無茶でしょ、それ。せめて『初心者殺し』くらいに収めましょう。最悪、全員死ぬわよ」

 

 どすん、どすん、と鈍くなる。

 聞き耳、失敗。

 

「撃ったらぶっ倒れるもんなぁ」

 

 音が無くなる。

 聞き耳―――失敗。

 

「あの……お話してる所悪いんですが、そろそろ私をおこ」

 

 ばくり。

 めぐみんは 遠くから来たジャイアントトードに 食べられた。

 

 

 

 

 カズマは思う。女の子をおんぶするのって、男からしたら夢の様なシチュエーションだよな―――と。

 思春期真っ盛りな学生時代に初恋がぶち壊され、それ以降は消えゆく様に同級生との関わりだって断っていったカズマだが、それでも夢見る事だってある。

 そこ、夢しか見てねぇじゃねぇかとか言わない。彼はあんまり女慣れしてないんだから。

 まぁそれは兎も角として、取り敢えずカズマにとって女性に触れる事自体がドキドキする行為である。童貞臭いとか言われるのも無理はなさそうだが、しかしカズマは実際に童貞であるので否定は出来ない。

 え? ダウナー女神にハグしてもらったじゃねぇかって? それはそれで、これはこれである。男はそういうもんなんだよ、察しろ。

 現在、カズマはめぐみんをおんぶしている状態にある。これが普段のカズマならば、ちょっと気持ち悪い顔面でアクセルを歩いていたかもしれないが、しかしどういう訳か、今のカズマの表情は決して穏やかでもなければ気持ち悪くもなかった。

 どっちかと言うと、カズマが嫌悪感に似たような顔をしていた。

 だが、それもその筈―――だって彼がおんぶしているめぐみんは、ジャイアントトードの唾液まみれでめっちゃ生臭いからだ!

 

「臭い」

「おい。確かに私もそうは思いますが、女の子の前で臭いとハッキリ言うのはどうなんですか? 良いんですか? 私がその気になれば今この場で大声で叫んで、貴方を犯罪者予備軍にする事も出来るんですよ?」

「その時はジャイアントトードの前に放り投げてやる。全員道連れだ」

 

 カズマはさらりと言ってのけ、めぐみんは普通に引いた。こいつこの状況で反論が出来るのか!? と。

 

「なんと非道な! 貴方それでも男ですか!?」

「こんなんでも男だよ悪かったな! てかジャイアントトード来てたなら言えよ! 全然気付かなかったじゃねぇか!」

「あたしも全く気付かなかったわ……ごめんなさいね、めぐみん」

「いえ、アクアは悪くありません。正直、私も食べられるまで気付きませんでしたし」

 

 さもありなん。

 カズマとアクアが長考モードに入ってしまったのは勿論だが、しかしそこにはちょっとしたギミックがあったりした。

 知っての通り、カズマは運が良い。ジャンケンやギャンブルといった、運が絡む事ならだいたい無双出来るくらいには運が良い。

 だが、そんなカズマと対を為す様に―――ダウナー女神様は運が悪い! それもとてつもなく悪い! 100連ガチャを回しても天井が発生しないとか言うバグみたいな天文学的悪運をゲームに反映させてしまうくらいには運が悪い!!!!

 そんな訳で聞き耳が失敗したという訳である。本来ならカズマの幸運とアクアの低運がプライマイゼロになるのに対して、この世界におけるカズマとアクアのラックは一緒に居ても完全マイナス超過である。

 

「おい俺は?」

「まぁ悪くない事にしてあげます」

「お母さんやっぱコイツ捨てて来て良い?」

「ダメよ。拾ったからには最後までお世話しなさい。あと誰がお母さんよ、誰が」

 

 普通こういうのは逆ではないのかという質問はさておくとして、やはりダウナー女神は母である。カズマが某暗黒童話の主人公作家なら発狂していた所だろう。

 

「てか、これアクアが洗い流せば良かったんじゃないのか? 『クリエイト・ウォーター』で」

「それだとめぐみんが濡れちゃうじゃない。服は乾かせても、体温の方はイジるリスクが高いから、出来ればしたくないのよ」

「ちょっと待ってください体温をイジるってなんですか私もしかしてとんでもない人体実験されそうでしたか?????」

 

 おんぶされながら、ブルリと身体を震わせるめぐみんに、アクアは慌てて違うわよと訂正を入れる。

 今の所、アクアは凄腕のアークプリーストという設定である。故郷では、水を神から与えられた最上の宝とする風習があった―――これはカズマの提案であり、アクアは心底嫌そうだったが説明を通す為に何とか納得させた―――為、それが幸いしたのかアクシズ教の女神アクアから恩寵を貰った、という経歴持ちの。

 他のアークプリーストよりも、こと水と浄化においては優秀―――そんな感じである。

 

「なるほど……まぁ、それなら問題はなさそうですね」

「問題ないのかよ。フォローしといてなんだけど、普通もうちょっと怖いとか思わねぇの?」

「まぁ、これが他人なら怖くはありますが……女神アクアから祝福ではなく恩寵を貰っているのであれば、何ら問題はないでしょう。しかし不思議ですね、恩寵まで貰っているのにアクシズ教ではないなんて」

 

(アクシズ教…アクアが主神の宗教だっけ? 確か―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか何とか)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 数が少ない事、本拠地がアルカンレティアである事は共通しているが、アクシズ教がアクシズ教である最大の理由が少しだけ異なる。

 この世界を管理しているのは、我らが虚乳の幸運女神エリスであるが、しかしエリスだけが主神という訳ではない。

 エリス教以外にも、アクシズ教といった宗派は存在している。だが、やはり国教たるエリス教程の勢力ではなく、人数が少ないと言われるアクシズ教ですら、その中では2番目の多さを誇る。

 だが―――アクシズ教は、相も変わらず忌み嫌われている。

 

 誰もが口を揃えて言う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――と。

 

「……そうね。親に感謝しなきゃ」

(……すいませんカズマ、もしかしなくても私地雷踏み抜きましたか?)

(そうだねとんでもない地雷踏み抜いたねお前ね!!!!!!! 今回は知らなかったから仕方ないけど、今後は避けろよこの話題!!! こういう神様とか宗教系の話題出すとぜっっったい地雷踏むから! 足の踏み場もない地雷原だから!!!!!!!!)

(わ、分かりました)

 

 明らかにテンションが下がったアクアの気を紛らわす様に、こほんとカズマは分かりやすく咳払いをした。

 

「あーあ、さっさと帰って風呂入りてーなぁ! おいめぐみん、お前後な」

「はぁ!? 何を言いやがりますかこの男は! レディファーストというものを知らないんですか!?」

「え、レディ!? どこどこ!?」

「節穴ですかその目はー!!!!」

「グえっ!? ちょ、やめろおま、絞まってる絞まっねる!!!! あくあ、あくあさーん! へるぷ!」

「自業自得よ、反省なさい。めぐみん、お詫びと言ってはなんだけど、背中洗ってあげるわ」

「良いんですか? ではありがたく」

「えなにそれうらやま」

「ふんっ!」

「すんません女の園に割って入ろうとしてすんませんでしただから首締めないでしぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 




【魔王軍・前線野営地跡の音声記録魔道具より】
こちら王都侵攻前線部隊! 聞こえるかっ!? 聞こえるなら誰か返事をしてくれ! 至急、応援をっ…クソッ! なんで繋がらないんだ!!! 頼む、誰でもいいから応援をくれっ! ひぃっ!?

なん、なんなんだよ! おれらが何したってんだ!? あ? そのシンボル……お前ら、アクシズ教か!? まさかっ、ここからきこえて

ぎっ、ぁぁぁぁぁぁぁぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ





―――状況は?
―――■■完了しました。これで我ら■■を罵った愚物共は、皆清く成り代わり深き■へと還るでしょう。
―――よろしい。では撤退する。全員、浄化魔法を掛けておけ。もはや奴等が吐き出す空気すら、獣の糞と何ら変わらん。
―――司祭殿。どうやらこの魔道具、声を記録するものらしいです。
―――ほう? 魔王軍はそんなものまで所有しているのか…結界に阻まれ、繋がる訳もないだろうに。ご苦労な事だ。だが丁度良い、我々も残しておこう。

―――我らが母の名を穢さらば、我ら汝らを陶工の器物の如くに打ち砕かん。我らの母を()()()()()()()()()に、天雨の如き厄災を……Aquae.
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