この小説は東方project(原作:上海アリス幻樂団 様)の二次創作です。

射命丸が霊夢のことを昔から一方的に観測していたようなセリフとか、妖怪の山のお偉いさんたちの間で「妖怪の山で霊夢のことを一番知っているのはあいつ」と認知されているようなセリフが私の情緒を狂わせ幻覚に火をつけたんです。

※この小説は「小説家になろう」とのマルチ投稿です。

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この小説は東方project(原作:上海アリス幻樂団 様)の二次創作です。


じぇねしす

 妖怪の山・九天の滝。

 

 雄大な瀑布に隠された滝裏の洞窟。その中で待機していた下っ端哨戒天狗・犬走(いぬばしり)(もみじ)はちらりと傍らの小さな置き時計を見た。

 

 将棋友達の河童が作ってくれた物で、将棋の駒を模している。この世に一点しか無い特別な置き時計だ。

 しかしそんな素敵な逸品を見下ろす椛の視線にはジトっとした陰気が込められている。

 

「……あと三分だのに」

 

 恨めしい。一分経過するのに六〇秒もかかるこの世界が。

 ……もう四捨五入で退勤時間って事にしちゃダメですかね。

 

 天井を仰ぎ、口やら眉やらをもにょもにょさせ、再び時計に視線を落とすが……一〇秒も過ぎちゃいない。

 

「いや、まだ希望を捨ててはいけない。さっきのアレは見間違いだった可能性がある」

 

 まだ諦めるような時間じゃない。

 椛はゆっくりと目を閉じ、千里眼を走らせる。

 

 瞼の裏に映し出されたのは――鬼の如き形相で、天狗の領空を絶賛侵犯中の赤い腋巫女。

 

 椛はスゥ―っ……と大きく息を吸い、

 

「どうしてだよぉ‼」

 

 おぉんと吠え、膝から崩れ落ちた。怨念を込めて地面を何度も殴る。

 

「絶対に面倒事じゃんね!」

 

 あと三分もせず退勤、交代の時間だったのに。こんな仕打ちはあんまりではないか。

 

 ちくせう……ちくせう……と涙をちょちょ切らしながら、椛は観念して現地へ向かった。

 

「あ、ちょうどいい所に現れたわね下っ端」

 

 赤い腋巫女・博麗(はくれい)霊夢(れいむ)は椛に遭遇するなり「渡りに船だわ」と言いながらお祓い棒を構える。

 

「私の質問に答えるか、スコアになるか選べ」

「ほんとそう言う所だぞヤクザ巫女め……」

 

 まぁこれが巫女の当然と言えばそうなのだが……それにしたってこの霊夢と言う巫女は、妖怪に対して暴力を振るうことに躊躇いが無さ過ぎる。

 故に殺気ムンムンなこの巫女を通してしまうと、山でひっそりと暮らしている力の無い妖怪たちがパニックを起こしかねない。

 

「判った。質問に答えよう。だから一旦落ち着いて」

「素直でよろしい。さぁ、あのブンブンうるさい鴉天狗は今どこにいる?」

「ブンブン……ああ、あいつか」

 

 椛の眉間にむぎゅっとシワが寄る。

 

 射命丸(しゃめいまる)(あや)……鴉天狗の新聞屋だ。フットワークが異様に軽く倫理観はゆるキャラ、要は厄介者である。

 妖怪の山での力関係で言えば椛より上にいるため、絡まれる度に色々面倒な思いをしている。

 

 椛は「またあいつが招いた面倒事か……」とついつい可愛らしい舌打ちが出ちゃう反面、安堵を覚えた。

 

 あいつなら巫女にシバかれても別にいいや。

 

「ブンカス……じゃなくて、文さんがまた何かやったか」

 

 どうせ妙な記事でも書かれたとかだろう。霊夢の目的は射命丸をシバいて、その記事が載っている新聞を回収させると言った所だろうか?

 好きにしたらいい、むしろいいぞ、やったれやったれ……と応援したい所だが。

 一点だけ、このまま通す訳にはいかない理由がある。

 

「アレの居場所は知らない。山のどこかにはいると思う。まぁ、お前と文さんが親しいことは承知している特別に通行を許可しよう。しかし……もう少し穏便な雰囲気で進んでくれないか?」

 

 山の妖怪たちを刺激しないで欲しい。面倒だから。

 

「あ?」

 

 ……どうやら霊夢は相当キレているらしい。凄み方が巫女じゃねぇ。と言うか眼光の鋭さがもうヒト科のそれではない。

 

 何をやらかしやがったんだあのブンブン女。

 

「……致し方ない」

 

 大変不本意。しかしこの状態のままの霊夢を通す訳にもいかず、ここで霊夢と事を構えるのも面倒くさい。

 背に腹はなんとやらと言うことで、椛は笑顔を取り繕い……。

 

「ほーら、あややや~」

 

 赤子をあやすように満面の笑みで両手をひらひらさせる椛を見て、霊夢はしばらく沈黙……した後、ぷふっと小さく噴き出した。

 

「ちょっと、何でいきなりあいつの真似したの?」

 

 妖怪殺しここに在りと言った雰囲気は消え失せ、霊夢の顔に微笑が浮かぶ。「意味が判らな過ぎて力が抜けちゃったわ」と霊夢はお祓い棒を下げた。

 

 その様子に椛の頭上で「?」が躍り、やがて手で槌を打って納得した。

 

「ああ、そうか……さすがに覚えていないか」

 

 

   ◆

 

 

 ――少しだけ昔のお話。

 

 博麗神社の境内に、黒い羽を散らしながら舞い降りる少女がいた。

 清く正しいジャーナリスト・射命丸文である。ちなみに二つ名は自称である。

 

「ネタに困ったら博麗神社、これ常識ね」

 

 博麗の巫女はいつだってあれやこれやと面白いことに巻き込まれている。

 里での人気も高い。いわゆるラッキームフフな写真でも撮れたら、集客効果は絶の大と言ったところ。

 

 射命丸は舌なめずりをしながらカメラの巻き上げレバーをチキチキと回し、撮影準備完了。

 いつでもどこからでもやって来い、シャッターチャンス。

 

「盗撮♪ 盗撮♪ 楽しいなぁ~……って、おや?」

 

 しかし、ふと気付く。巫女の気配がしない。

 

「そう言うことばかりしていると、いつか背中から刺されるわよぉ?」

 

 不意に背後から響いた声。振り返るまでもなく射命丸の眉間がシワる。

 それでも渋々振り返ると……射命丸の予想通りの妖怪がそこにいた。

 

 どこからでも現れる胡散臭いスキマ妖怪……幻想郷の賢者である。

 

「げぇっ……賢者が出やがった」

「酷いじゃない。まるで毛虫でも降って来たみたいな反応だわ」

 

 毛虫の方がまだ愛嬌があるわ、と悪態を吐きつつ、射命丸は万が一にもカメラを奪われないように、胡散臭い賢者から距離を取る。

 

「と言うか、ここで会ったが百年目よ。先日お前がカメラごと盗んでいった私のお宝フィルムを返せ!」

 

 先日、射命丸は巫女のラッキームフフを激写することに成功したのだが……そのフィルムはこの賢者に回収されてしまったのだ。

 報道の自由を心得ない蛮族の如き所業である。ジャーナリストとしてこのような横暴には断固抗議をせざるを得ない。もしあの写真を掲載できていたならば、どれほど多くの読者を釣ることができたか……!

 

「あれが掲載できなかったせいでこっちは……椛がヘソ出しで無防備爆睡している写真でお茶を濁したんだぞ!」

「貴方ほんとにいつか背中から刺されるわよ」

「後頭部なら既に何度も噛まれた!」

 

 そんな後頭部ぼろぼろ射命丸に、賢者は「まぁ、埋め合わせと言ってはなんだけど」と指を鳴らした。

 空間が裂け、その裂け目――スキマと呼ばれるそこから出て来たのは……一台の乳母車だった。

 

「しばらくの間、これを貴方の好きにしていいわよぉ」

 

 乳母車と言えば当然、赤子がインしている訳で。大きな赤リボンと赤いちくわのような髪飾りをつけた赤子が、備え付けられた風車がカラカラ回るのをじいっと見つめていた。

 

「え、可愛…じゃなくて、何だこのナマモノ!?」

「人間の幼虫」

 

 確かに、おくるみに巻かれているそのシルエットは身の詰まった芋虫を彷彿とさせる。

 

「ちなみに次の巫女候補よぉ。せいぜい丁重に扱ってねぇ」

「次の巫女候補って、もう見繕って来たの? こっちはまだ何も動いていないわよ?」

 

 随分と気が早いのね、と呆れる射命丸に賢者は「今重要なのはそこじゃなくてねぇ」と乳母車の押し手部分をぽんぽんと叩いた。

 

「巫女も私も色々と用事が重なってしまって……しばらくこの子に構えないのよぉ。困ったわぁ」

「……ああ、巫女の気配がしないのはその用事とやらで留守だったのね」

 

 そして射命丸は察した。

 

「しばらく好きにしていいって……要するに子守りをしろと?」

 

 普通に嫌である。射命丸が即答で「他を当たってちょうだい」と突き放すと、賢者は少し思案し、

 

「他と言うとぉ……赤ちゃんとお饅頭を間違えて食べちゃいそうな亡霊とかぁ……お乳代わりにお酒を呑ませそうなちっこいのになるんだけどぉ……」

「ろくな知り合いいないわね!? いや、だとしてもお断りだけどね!」

 

 拒絶と、一瞬だけ脳裏をよぎった大きな小鬼のイメージを振り払うのも兼ねて、射命丸は全力で首を横に振る。

 

「あら、可愛い生き物はお嫌い?」

「好き嫌いの話じゃないでしょ。人間の赤ん坊なんてうるさいし臭いし貧弱だし、それを世話するだなんてクソ面倒な仕事……誰が引き受けるものか」

「あらぁ……クソ、だなんて嫌だわぁ。赤ん坊の前ではもっと綺麗な言葉を使ってくださいまし」

「はぁ?」

「この子が汚い言葉を使うようになったら、責任を取れないでしょぉ?」

 

 何をバカなことを、と射命丸は鼻で一笑。

 見たところ、この赤ん坊はまだ首を据わっていない乳児だ。喋るどころか喃語すらままならいはず。

 

「真似して喋ると言うならやってみろって話よ」

 

 射命丸は挑発するように乳母車の前でかがんで、赤ん坊の頬をつついてやろうと手を伸ばした。その時。

 

「くちょ」

 

 ジトっとした目で射命丸を見据え、赤ん坊はハッキリと言い放った。

 

「うっそだろお前!?」

「あぁ……まだ『まま』も覚えていないのに」

「マジかよ洒落になってねぇ!」

 

 やっちまったと頭を抱えかけ、射命丸はハッと気付く。

 

「いや知らん、どうでもいい。このふてぶてしいジト目の赤ん坊がどんな粗暴なクs…お転婆娘に育とうと、私には一切関係ない…です」

「と言いつつ言葉使いを修正するのねぇ」

「やかましい。とにかく、そんなとても面倒な仕事、引き受けてたま…引き受けられませんね」

「そう。それじゃあ後はよろしくねぇ~」

「いや引き受けないんだってば!」

 

 射命丸の叫びなど意に介さず、賢者はにっこり微笑みながらスキマの向こうへ消えた。

 

「う、ウソでしょ……マジで赤ん坊だけ置いていきやが…置いて行った……!?」

 

 あんのクソ賢者ァッと叫びそうになる口を押さえ、ぐぎゅっと呑み込み、射命丸は様々な怨念を凝縮した重いため息を吐く。

 

 どうしたものか……放置して帰る、なんて選択肢は無いだろう。

 先ほど自分で言っていた通り、人間の赤ん坊なんて貧弱の極み。放置は見殺しに直結する。

 

「私が預かるしかないのか……」

 

 乳母車の方へ視線を戻すと、赤ん坊は実に不満げなジト目で射命丸を見上げながら「あぶぅ」と鳴いた。

 何だその不満げな態度は。

 

「不満なのはこっちなんだよ…です」

 

 巫女を盗撮しに来ただけだのに、何でこんな目に……。

 私が一体なにをしたって言うんだ、と射命丸が恨めしく天を睨んでいると、

 

「へみ……」

「へみ?」

 

 珍妙な鳴き声が聞こえ――それが合図だと言わんばかりに、赤ん坊が大泣きし始めた。

 

「うぶああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ちょっ、えっ、うぇっはぁあ!?」

 

 赤ん坊、何故に泣くの。それが判れば苦労する親はいないか。

 それにしたって何きっかけだ、あまりにも突然のギャン泣き。涙も涎もぼろぼろだらだら、おくるみがはだけそうなくらい身もよじってそれはもうすごい有様である。

 

「ひぇっ、こんなんどうすれば……ぃ、いや落ち着け……!」

 

 赤ん坊は泣くのが仕事だとどこかで聞いた。古事記にもそう書いてあったらいいな。つまり赤ん坊が泣くのを無理に止める必要などないのだ。むしろお仕事の邪魔をするなんて無作法と言うもの。

 

「はいはい、お仕事お疲れ様です。気が済んだら勝手に寝てよね」

 

 無視だ、無視を決め込め。そう心に決めた射命丸であったが……。

 

「うぶあああああああああああああああ!!」

「………………」

「うきゅ、うぁ、あああああああああああ!!」

「…………うっ」

 

 

   ◆

 

 

 舌打ちのリズムが秒針とシンクロしそうだ。

 

 実に不服と言った空気を全身から滲ませつつ、犬走椛は博麗神社を目指して飛んでいた。

 その手には、里に立ち寄って購入した育児用品が詰まった大きな風呂敷がひとつ。

 

「ったく、あのブンカス……急に使いの鴉をよこしたかと思ったら『赤ん坊のお世話に必要そうな道具一式を調達して今すぐ博麗神社に来てください』って……」

 

 一体、何をする気だろうか。

 と言うか「来てください」って、頼みごととは言え奴がよこすメッセージにしては妙に丁寧で気味が悪い。

 

「……しかし、博麗神社か」

 

 鴉天狗たちは博麗の巫女はネタの宝庫、激アツ物件だと興奮気味に語る。中にはあまりに巫女に付きまといすぎて、保護者面する鴉天狗までいるとか……。

 そのせいで椛たち白狼天狗の間では「あそこの巫女からは、天狗を誑かす怪しい何かが分泌されるのかも知れない」なんて噂もある。

 

「……あんま関わりたくないなぁ。博麗神社」

 

 しかし妖怪の山は圧倒的縦社会。先輩が来いと言うなら行くしかあるまい。

 椛はせめて巫女を刺激しないよう、いきなり境内に降りるようなことはせず、石段下に降り立つ。鳥居へ向け一礼して、ちゃんと一段ずつ登っていく。

 

「ったく、面倒臭い……全部あいつのせいだ。今度パシらせやがったら後頭部じゃなくて鼻っ柱を噛んでやる」

 

 鳥居をくぐる前にもう一度一礼し、境内に視線を走らせると……早速、見つけた。

 椛を呼び付けた鴉天狗、射命丸が……三人いる?

 

「いや、違う……!」

 

 さっぱり意味は判らない、意味は判らないのだが……射命丸が凄まじい速度で反復横跳びをしているのだ。三人に分身して見えるほどの速力、さすがは鴉天狗。

 

 いやほんとに意味は判らないが。

 

「えっ、いや……文さん?」

「いないいない いないいない いないいない いないいない いないいない いないいない」

 

 何か「いないいない」連呼してる。

 もはや意味が判らな過ぎて椛が恐怖さえ覚え始めたその時、一瞬にして、三人の射命丸が消えた。

 椛はその行方をかろうじて肉眼で追えていた。上空だ。一瞬で、消えたと錯覚してしまうほどの速力で雲の上まで飛んで行ってしまった。

 

 そして、またしても一瞬で、戻って来た。

 着地寸前で超減速、着地点の周辺――そこにある乳母車に衝撃がいかないように配慮しながらのソフトな着地。

 

「ばあっ!」

 

 両手を広げ、射命丸は満面の笑みを乳母車へと向ける。

 そこまで見て、椛はようやく理解した。

 

 ……『いないいないばあ』だ、アレ。

 

「どうですか、これぞ鴉天狗に伝わる至高のI2B。人間が行う欺瞞とは違う、マジで一回その場からいないいないして戻って来る……この圧倒的な迫力に喜ばぬ子供などいないいない!」

「へー」

「泣き止んだのは良いけど何か小馬鹿にされている感じがする!」

 

 全力で児戯に興じる先輩と、その先輩をジト目で眺めながら鼻で笑い飛ばす乳児。

 

 何だこの光景……と椛はしばし呆気に取られ、やがて目的を思い出す。

 

「何をやってんですか、文さん……」

「おや椛、イイ所に」

 

 椛に気付いた射命丸はシャツの裾で雑に汗を拭うと「頼んでいたものは?」と手を差し出した。

 椛は抱えていた風呂敷を渡しながら、念のため自分が買ったものを頭の中で思い浮かべる。

 

「はい。文さんのご要望通り、赤ん坊の世話に必要そうな物は思いつく限り一通り買って来まし……あっ」

 

 ふと、ある物品を手に取った覚えが無いことに気付いた。

 

「……すみません。おしめ買い忘れたかもです」

「育児用品と言えばで真っ先に思い浮かぶものでは!?」

 

 やっちゃったぜ、と椛はてへぺろ。

 

「まぁでも……察するにそっちの赤ん坊のための物ですよね。この神社の子ですか?」

 

 であれば換えのおしめくらい、神社の中にあるのでは?

 

 椛の考えを察した射命丸は「あー……それは」と気まずそうに頬をかく。

 

「そう言えばこの神社で飼っているのか誘拐して来たのか確認してなかった……まぁこの神社の子だとしても無理よ。今、巫女は留守だもの」

「今さら何を言ってんですか」

 

 あんたが無許可での家捜しを躊躇うような柄かよ、と椛は思う。

 

「……過去に何度かジャーナリズムに溢れた家捜しをしたせいか、この神社の中は天狗絶許トラップだらけなのよ」

「あんたマジで何やってんの?」

「困った巫女よね」

 

 こんな連中に付き纏われている巫女に同情しつつ、椛は思案。ふと空腹の予兆を覚える。

 

「ああ、もうすぐお昼時ですね。お弁当のついでにおしめも買ってきますよ。文さんは何を食べま……」

「ふぁいあ」

 

 乳母車の方から響いた声。椛はスンと鼻を鳴らし、

 

「……このガキ、今まさに糞たれましたね」

「なんてタイミングだっ!」

 

 狙いすましたかのようである。

 

「それから椛。このガキではなく『この子』。、糞たれじゃなく『うんち出た』です。気を付けてくださいね。マジですぐ覚えるから」

「いや、ちょっと気にし過ぎでは?」

 

 見ればまだ首も据わっていないような乳児ではないか。

 

「大体、人間の赤ん坊なんてバカだし、そう簡単に言葉を覚えたりなんて……」

「くちょたえ」

 

 乳母車から聞こえた可愛らしい声に、椛は「なるほど」と納得した。

 実に賢い子である。将来が厄介そうだ。

 

「へみ……うぶああああああああああああ!!」

「ああ、せっかく泣き止んだのに……!」

 

 赤ん坊の豪快な泣きっぷり。狼狽する射命丸とは対照的に椛は「ふむ」と顎に手をやって赤ん坊をまじまじ眺める。

 

「自分で漏らしといて尻が不快と泣き喚くって、よくよく考えると理不尽な生き物ですよねコレ」

「ちょっと判るけど相手は赤ん坊ぞ!?」

 

 何か余裕の無い射命丸が面白く感じ、椛は内心「いいぞ赤子、もっとやれ」と応援する。

「早くおしめを買ってこなきゃ……椛より私の方が速いからここは私が……うっ、でも泣いている赤ん坊をそのままにして行くのは何だか気が引けると言うか、何だか良くない気が……」

 

 射命丸は頭を抱え、困惑の唸りを漏らす。

 

「あやややや……」

「あうあああ~~」

「おや、慌てふためく文さんを見て泣き止んだ上に、とても楽しそうに笑っていますよ」

「このクソガキ!!」

「くちょあき」

「覚えないでください(切実)」

 

 何はともあれ、泣き止んだのであれば好機。

 

「椛はその子の機嫌を維持しつつ、お尻拭き用のぬるま湯を用意してください!」

 

 端的な指示を告げ、小さな旋風だけを残して射命丸が消えた……と錯覚する全速力で里の方へとすっ飛んで行った。

 

「いや、機嫌を維持しつつって……」

 

 さらっと結構な難度の指示を出されてしまった気がする。

 

「へみ……うぶあああああああああああ!!」

「あちゃー……文さんがいなくなった途端に」

 

 椛は一般的ないないいないばあをしたり、乳母車を前後に揺らしたり、ちっちっと舌を鳴らしたり……パッと思い浮かぶ赤ん坊の気が逸れそうな行為をやっていくが……赤ん坊はまるで意に介さない。「さっきの奴を連れて来い」とでも言わんばかりに泣き声はどんどん圧を増していく。

 

「参ったな。文さんを真似るにもあんなアクロバティックないないいないばあは出来ないぞ」

 

 うむむむ……と唸りながら思案している内に、ふとあることに気付く。

 この赤ん坊、射命丸が狼狽える姿にはきゃっきゃっと喜んでいたのに、椛が悩まし気にする姿には全く興味を示していない。

 

「……誰かが困っている様を面白がるクソガキ、と言う訳ではないのか?」

 

 であれば、先ほど機嫌が良くなったのは何故?

 

「うぶああうあ、あうあうああああああ!!」

「……もしかして」

 

 ……奴の口癖を真似るのは嫌悪感を覚えるが、仕方ない。

 

「あ、あやややや~……?」

「あうあああ~」

 

 ……それはもう、アッと言う間に上機嫌になりやがった。

 

「帰還っ!」

 

 風を巻き散らしながら射命丸が境内に落下。慌て過ぎて着地をミスったようだ。

 

「椛、ぬるま湯の準備は……って、その子、めちゃくちゃ上機嫌ね……?」

 

 頬や服についた土埃を払うのも忘れ、射命丸はとても上機嫌な赤ん坊の姿に茫然。

 

「私があれだけ必死にあやしても、ふてぶてしく鼻で笑う程度だったくせに……この子、私とは相性が悪いわ……」

 

 ……ああ、事情を知らないとそう言う解釈になるのか。

 

「いやぁ……文さんとこの子、多分めっちゃ相性イイと思いますよ?」

「はぁ? どこがよ?」

「くちょ」

「あ、早くおしめを換えろと催促してますね」

「完全に覚えちゃってるゥ……」

 

 


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