【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい!   作:k-san

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運命じゃなくても②

 

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 すみれとの待ち合わせには、蒼生円蓋町(そうせいえんがいちょう)に隣接する繁華街への入り口として機能している巳波間(みはま)駅前の喫茶店を指定した。

 

 約束の時間は一二時だったが、それよりも三〇分は早く着いた。窓際の席で駅の出入り口を眺めつつ、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーをのむ。

 

 ところで、魔法少女のすがたは一般人には認識できない。ゆえに魔法少女に変身した状態では透明人間のような扱いを受けるのが普通なのだけれど、《幻惑魔法》は私の実体に作用する魔法ではなく、いわば周囲の人々の脳に幻覚・幻聴を植え付ける魔法なので、すみれが虚空に向かって一方的にまくしたてる――と第三者が誤解する――ような事態にはならない。

 

 一五分ほど経って、駅の出入り口を行き交う雑多な人々のなかから意中の人物が出てきたのを見つける。私の鼓動が速まった。彼女は迷いのない足取りでまっすぐ喫茶店を目指し――扉を開けた。

 

 快いベルの音が響き、すみれが入ってきた。

 彼女は真っ白な長袖ブラウス、グレーのチェック柄リボン、ギリギリ膝に届かない長さの黒いチェックスカートという出で立ちだった。胸ポケットに縫われた校章は――蓬莱(ほうらい)中学校のもの。きれいな黒髪と調和した見事なモノトーン・スタイルだ。

 

 私が立ち上がって注目を促す前に、すみれは店員の案内で私を見つけた。ああ、エスコートしたいのにいちいちアクションが遅れる。こちらに向かうすみれを迎えるため、私はようやく立ち上がった。

 

「ひ、久しぶりですっ! す――すみれ」

 

 うわずった声をあげて気が付いた。表情や声の調子を《幻惑魔法》でコントロールできるのだから、素を見せる必要はないのだと。

 

 すみれは口元に薄く笑みを浮かべた。

 

「うん。座ろっか」(とろ)けるような甘い声。

 

 彼女は私と同じくコーヒーを注文した。砂糖もミルクもなしでカップに口を付ける。

 

 おたがいに言葉はなかった。

 

〝ふたりのあいだに言葉は要らなかった〟――というようなロマンチックなことではなくて、こちらからどういうふうに切り出せばいいのか見当もつかなかったのだ。

 

 あんなに会いたかったすみれなのに、実際に対面してみると――残念ながら恐怖が勝った。

 

 彼女の整った顔貌(かおかたち)は神域のような(おごそ)かさがあり、そこに静かさが加わると圧を(たた)えているような気がしてくる。

 それに、落ち着いてすみれと向かい合うのは初めてのことだ。彼女と相対するのは、いつだって揉め事のさなか。素面(しらふ)でやりとりするのはこれが初といっても過言ではない。あのときは極端な状況だったからつい過激な言動をとってしまったけれど、冷静に振り返ってみれば、よくもまあ、あそこまでグイグイいけたなぁと我ながら感心する。

 

 しかも散々すみれのことをいじめて――どのツラさげて彼女に会ってるの、私!

 

 顔が熱い。

 

 うう、どう考えても変態のサディストって思われてるよね……。

 

 すみれのカップからはすでに湯気が立ち昇らなくなっていた。

 

 沈黙が続けば続くほど余計なことを考えてしまい、口が重くなる。この状況で第一声を切り出すのは困難を極めた。

 とはいえ、このとおりすみれは無口な人だし、誘ったのは私だから、私が会話をリードしなくてはならない。

 

「すみれ、朝食はなにを食べました?」

「コーンフレーク」

「…………」

 

 会話が終わってしまった。中身のない話題を振った私が悪いけど、もうすこしお話を継続する意志を見せてくれもいいのに……とも思う。でもそういうところも好き。

 

 んー。もうすこしゆっくり談笑して場をあたためたかったのだけど、このまま無言の時間が続くくらいなら、さっさとランチを始めたほうがいいかなぁ。

 

「もうお昼食べちゃいますか?」

「うん」

 

 メニューを開いてすみれに向ける。それぞれオーダーを吟味する。

 

「すみませぇん」と私は手を挙げた。店員が伝票を持ってやってくる。「彼女にナポリタンを――ぼくはこのカレーライスをお願いします~」

「カレーの辛さは一辛から五辛まで選べますが、どちらにいたしましょうか?」

「五辛でお願いします」

「五辛はかなり辛口ですが……大丈夫ですか?」

「はあい」

「かしこまりました」

 

 店員は去った。

 

「辛いの、好きなんだ」

「えっ?」

 

 すみれから会話を振られた驚きで訊き返してしまった。

 

「辛いの好きなんだ」彼女は同じ言葉を繰り返した。

「ああ――ふふっ、そうなんですよ~。一時期はなんにでもタバスコをかけて食べてたんですけど、ママに品がないからやめろっていわれちゃいました」

「それでやめたの?」

「はい。といっても、やめたのは胃が荒れちゃったからなんですけどぉ」

 

 すみれがくすくすと控えめに笑った。

 それを見て、私の胸があたたかくなる。

 

 ああ、幸せだ。いろいろと格好悪いところを見せてしまったけれど、ここに来て本当によかった。

 

 食べ物の好みについて彼女がぽつぽつと語るのを聞いていると、オーダーした料理が運ばれてきた。

 

 すみれの側には、トマトケチャップ、ピーマン、玉ねぎ、ウインナーを炒め合わせ、そこにパスタを絡めたごく普通のナポリタンが運ばれた。ほのかにバターの香りがする。

 

 私の側には、ゴロっとしたビーフが食欲をそそる欧風カレーが運ばれた。ライスにはパセリが軽く振りかけられており、彩りがたいへんよろしい。

 

 見た目はいいが、カレーソースがソースポットに入っている本格的な仕様なので、取り扱いが難しそうだ。ふだんならなにも気にすることなくライスにカレーソースをかけて終わりなんだけど、いまはすみれの前。

 もしも間違った所作を晒してしまったら? ――そう考えただけで目の前が暗くなった。

 

 お店に――すみれに試されてる!

 

 こんなことならカレーライスなんて注文しなければよかった。

 そもそもカレーポットなんてなんのためにあるの? 最初っからカレーソースとライスをひとつのお皿に半々にして盛り付ければいいのに、どうしてわざわざ分けて提供するのだろう。

 

 右往左往している私をよそに、すみれはナポリタンに手を付けた。スプーンを土台に、フォークにパスタをクルクルと巻き付け、ひとくちで食べる。所作に迷いはなかった。

 パスタの正しい食べかたなんて分からないけれど、すみれのそれは洗練されているように見える。

 

 私も早く食べ始めないと……。

 

 とりあえずライスのお皿にカレーソースを注ぐ――であってるよね? そうしないと食べられないし……。ただ、ソースをいちどに全部かけるのは間違いな気がする。フレンチなどの上品なお店は大きなお皿に少量の料理がちょこんと乗っているイメージがあるし、そうでなくても大盛りにはおてんばな印象がついている。

 

 私はお皿の余白の部分――あえて空けているのだろう――にカレーソースをすこし注いだ。

 

 途中、ビーフがぴちゃっと音を立てて着地した。その勢いでカレーソースがテーブルに跳ねる。私は背中に冷汗をかいた。いまのは無作法と判定されはしないだろうか? おそるおそるすみれの様子をうかがう。

 

 すみれはこちらをじっと見つめていた。

 

 見られてる!

 

 楪柚月が自分にとって本当にふさわしい相手かどうか、私の一挙手一投足から見定めているんだ!

 

 いまのはマイナス何点? ああ、早く挽回(ばんかい)しないと……。

 

 テーブルに常備されている紙ナプキンでカレーソースを拭く。拭いた後の紙ナプキンは、二つ折りにして汚れた面を見せないように配慮。

 

 どう? これで正解だよね? ミスはたしかにマイナスポイントかもしれないけど、ミスをどうリカバリーするかも評価の内だと思う。

 

 これでひとまずはすみれの不興(ふきょう)を買わなくて済む――。

 

 ああ!

 

 安堵した私の目に映ったもの。

 それは、二つ折りした紙ナプキンが徐々に開いていくところだった。このままでは紙ナプキンの汚れた面をすみれに見せることになる。そうなればこのデートはご破算。すみれとの明るい将来は完全に(とざ)されてしまう。

 だからといって上から手で押さえるのはナンセンス。だって、食事の最中にいつまでもそうしてはいられないでしょ? なんども指を押し付けて折り目をきっちりつけるのも却下だ。それでは神経質な人と思われかねないし、なんとなく行儀が悪い。

 

 私は苦肉の策に出る。

 

「ここの照明、雰囲気いいですよね」

「え?」

 

 すみれが天井に注意を向ける。

 その瞬間、魔道具を展開した。

 

 私の魔道具は鎖。

 

 鎖を重しにしてナプキンが開くのを防いだ。

 もちろん、鎖をすみれに認識されてはいけない。この鎖は私自身の延長という扱いで、《幻惑魔法》の適用範囲内だ。よって、保護色にして相手に認識できないようにすることも可能。動いているときは背景への同化が追い付かないが、静止しているときの同化率は驚異のほぼ一〇〇パーセント。気づかれるおそれはほとんどない。

 

 すみれは私に向き直った。

 

「ふつうじゃないかな……」

「そぉですか~?」

「どう雰囲気がいいのか、よかったら教えてもらえる?」

 

 小首をかしげるすみれ。

 

 かわいい!

 

 でも困った。雰囲気がいいというのは口から出まかせなのだ。私の目にもここの照明はとりたてて違いのないごくふつうの照明に見える。

 

 とりあえず、適当な美辞麗句を並べておけばいいだろう。それも、できるだけロマンチックで、かつ胸がときめくような言葉を。言霊(ことだま)というし、私の発言がこの場のムードを決定づける可能性はある。もしかしたら、すみれが私のことを意識してドキドキしてくれるようになるかもしれない。

 

 でも、こういうときに限ってうまい言葉が見つからないんだよね……。

 

 頭を捻ってると、すみれが「楪さん?」と急かし、パニックになった。

 

 ――ロマンチックな表現――ムーディな空気を――このあとにつながる言葉――私を意識させたい――もっとドキドキしてほしい――これがデートってことに気づかせなきゃ――いろんな考えが頭のなかで浮かんでは消え、思ってもいなかった言葉が飛び出した。

 

「こっ、ここの照明ってラブホテルみたいですよね!」

 

 厨房から皿の割れる音がした。

 

 なにをいってるの、私!?

 

 顔から火が噴き出そうだ。

 

 すみれは怪訝(けげん)そうな表情をしている。

 

「えーっと、あの、これは違くて……そのっ」

「ねえ、カレー食べないの?」

 

 彼女なりのフォローだろうか。必死に弁解しようとしてなんの意味もないことを口走る私に、すみれはまったくべつの道筋を示してくれた。

 

「そうですね」

 

 ありがたくその流れに乗ることにする。

 

 内心では猛烈な羞恥が嵐のように吹き荒れているし、もはや悶絶レベルだけど、それを《幻惑魔法》でとりつくろう。

 

 大きく深呼吸して心臓を落ち着かせたところで、スプーンでカレーとライスをすくった。

 

 ようやくひとくち――というところで、すみれと視線が交わる。

 

 彼女はさきほどのように私がカレーを食べるところをじっと観察していた。

 

 なにか間違ってる!?

 

 もしかしてカレーとライスを一緒に食べちゃいけないとか? いちどカレーのみをスプーンですくって食べ、そのあとライスに行くってこと? いや、さすがにカレーとライスをお皿のうえでぐちゃぐちゃに混ぜたとかでないかぎり咎められるいわれはないはずだ。ここは好きに食べるのが正解!

 

 カレーライスを口に入れた。

 

 ビーフの旨味とコク、香辛料の刺激が舌に広がる。店員が注意したほど辛くはないけれど、充分に美味しいカレーだ。二口、三口とスプーンを運んだ。

 

 それをじっと見つめていたすみれが小さくつぶやく。

 

「わたしもカレー頼めばよかった……」

 

 もしかしてずっと見ていたのはそれが理由?

 

 私は可笑(おか)しくなった。

 

「すみれのナポリタンも美味しそうですよぉ」

「となりの芝生は青く見える」

 

 ひとくち食べます? と訊こうとして、やめる。

 スイーツのシェアは不自然ではないかもしれないが、カレーはドン引きされるのが落ちだ。

 

 その代わりに。

 

「また一緒に来ましょう。そのときにカレーを頼めばいいんですよ~」

 

 さりげなく〝次〟を提案した。

 これはけっこう高度なテクニックではないだろうか?

 とはいえ、すみれが了承してくれないとなんの意味もないけれど。

 

 私は緊張しながらすみれの返事を待った。

 

「うん。そうする」

 

 大好き!!!!!!!




前話のあとがきでも案内したとおり、近く本作を非公開状態に設定します。賞の締め切りが4/10なので、4/9に非公開とします。非公開後もカクヨムでは読むことができます。
番外編はおそらく間に合わないので、完成しだい別個で短編として投稿すると思います。
よろしくお願いいたします。
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