【WR】ハイキュー!! 『烏の三冠』獲得RTA 烏野(二年目)チャート   作:いる科

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裏5:ハバタキ

 落ちた強豪、飛べない烏。

 烏野をそのように揶揄する者は、今やどこにも居ない。

 日本代表ウシワカ率いる白鳥沢、"最強の挑戦者"稲荷崎をくだした実績は、全国を驚かせ──またその華やかなプレースタイルから、多くのファンを生み出した。

 ──今年も烏野が見たい。そのように願う者が、宮城県外にも多くいるのだ。

 

「……俺たち、ついてねえよなぁ……。よりによって烏野とか……」

 

 仙台体育館ロビーの片隅。

 試合前の緊張感と人混みの熱気が入り混じる中、くたびれた声を漏らしたのは大岬高校の三年・副主将だった。

 頭上には大会トーナメント表。そこに書かれた「烏野高校」の名前が、どうにも圧としてのしかかってくる。

 

「ハナっから負けたみたいなツラすんな! いや気持ちわかるけども、重々わかるけども!! せっかく来たんだ、勝つつもりで行かなきゃ楽しくねーべよ!!」

 

 キャプテンが肩を小突いて励ますが、その声にもどこか空元気が混じっている。

 目の前の相手が、県内でも全国でも話題沸騰中の“あの”烏野なのだ。浮き足立つなという方が難しい。

 

「そりゃ、そうだけどよぉ」

 

「それに、まずは第一回戦勝たないとだろ。目の前の試合に集中!! 二年と一年、お前らもな!!」

 

「オーーッス!!」

 

 なんとか気合を入れ直す彼らの傍らで、他校の面々が“優勝するのはどこか”、笑い混じりに予想し合っていた。

 その口ぶりは、まるで自分たちも同じトーナメントに立っていることを忘れているかのようで。

 

「白鳥沢ってどうなん? ウシワカもういないし微妙じゃね?」

 

「いやいや、二年のゴシキってやつがえぐいって噂だぜ。県民大会優勝してただろ」

 

「あー、烏野微妙だったんだっけ? サービスエース取られまくってたような。んじゃやっぱ白鳥沢優勝かぁ?」

 

「発足したばっかでバタバタしてただけだろ、三月の烏野は。人数少ねえし……今どうなってるかはわかんねえぞー」

 

「それと引き換え、青葉城西は完全に終わったってカンジだなー。あそこ及川ヤベーってだけだったろ、実際」

 

「俺らよりかは遥かに強いと思うけどな!!!! ……てか見ろよあの一般人の数。多分もれなく烏野贔屓だぜ……」

 

「駐車場のナンバープレート見たかよ? わざわざ東京から来てる人もいんぞ」

 

「すっげ、アイドルじゃん」

 

 話題の中心はやはり烏野、そして白鳥沢だ。

 観客の流れも視線も、あの黒いユニフォームに吸い寄せられていく。

 体育館のそこら中から「烏野だ」「あの10番が…」「今年もやばいぞ」といった囁きが漏れ、中には、まるで芸能人でも撮るかのように黒いジャージへスマホを向ける者の姿すらあった。

 この体育館の空気を支配している烏野は、名実ともに“優勝候補”と呼ばれるに相応しい存在感だった。

 

 

「去年までとは、えらい違いだよなァ……」

 

 その当の烏野のベンチ入りメンバー、木下久志は、どこか遠いものを見る目でぼやいた。

 

「そりゃ、あんだけ勝ったらな。てかそろそろ慣れろよ強豪扱い」

 

 何をいまさら──と、縁下の真っ当なツッコミが光る。

 烏野が必要以上に注目を集めるこの状態は、春高が終わってからというものの、常に継続されているものなのだ。

 それが故の過度な緊張に悩まされた日が、縁下にもあった。

 とはいえ、数か月を経た今、この光景はすっかり日常に溶け込んでいる。

 それに引き換え、木下の発言はまるで、数か月前から時が止まったままのようだ。

 

「ムリムリ、俺がなんかして勝ってるわけじゃねーし……荷が重いよ」

 

 木下の弱気な発言に縁下が何かを言おうとした矢先、西谷がそれを遮った。

 

「んなことねえ。応援も、いざってときのピンサーの準備もしてくれてるじゃねーか。練習だって、お前がいなきゃ出来ねえこともある。それは絶対チームの力になってる」

 

「西谷……」

 

「確かに、皆それぞれシゴトの量は違うかもしれねえ。でもバレーの勝利ってのは、チームで掴み取るもんだろ、久志」

 

「……っ」

 

 木下には、自分よりも一回りも二回りも小さい西谷が、山よりも大きく見えた。

 真っすぐに己を射抜いてくるその瞳の奥に、純粋な闘志が燃えていて──。

 一見綺麗ごとに聞こえる先の発言に、微塵の嘘も含まれていないとわかるから。

 

 かつてのことを思い出す。

 サーブで直接チームの勝利に貢献できず、悔しさに吞まれていたあの日。

 西谷は、己のサーブを糧に成長した姿を、木下に見せてくれた。

 こんな自分でも、チームの役に立つことができているのだと──確かな実感をくれた。

 

 縁下は自分の言わんとすることを完璧に代弁してみせた西谷に内心感謝しつつ、チームメイト全員に喝を飛ばす。

 

「西谷の言うとおりだ。俺たち全員で烏野だ。試合に出ない一年も、応援で力をくれ! 俺たち全員で勝つぞ!!」

 

「おォッ!!」

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 体育館のロビーは試合前のざわめきに満ち、黒いジャージの一団にちらちらと視線が集まっていた。

 だが、相応に緊張する山口達とは裏腹に、日向をはじめとした数人は注目など気にも留めず、いつもの調子で会話を続けている。

 

「ん~~~エアーサロンパスのにおいっ……!! 大会って感じしますねセンパイ!!」

 

「だろ!? 分かるやつだなあヒャミイは!!」

 

「日向と同じこと言ってら……ほんとに相性いいんだなお前ら」

 

 士気も十分に、烏野の面々が他愛もない会話を繰り広げる傍らで、他校の者が一人──ボソリと零す。

 

「思ったんだけどさァ──烏野のマネ、レベル高くね……?」

 

「それな、羨ましすぎる……金髪の子も水色の子もヤバい……」

 

「オレ水色派~」

 

「僕は金髪派かな……カワイイ」

 

「水色だろ……アイドルよりカワイイぞあれ。てか芸能人なんじゃね?」

 

 水色。そう、氷見 冷のことである。

 彼をマネージャーと思うのも無理はない。華奢な体躯に、可愛らしく華麗な顔がのっかっているとあれば、男子と見抜くことは難しい。

 どこからどう見ても、目に毒な華のJKである。

 

(どうも、それはうちのスタメンで、新兵器です)

 

 真実を知る烏野メンツの内心は、そんなものであった。

 かくいう氷見本人はと言えば、二軍の一年たちに囲まれ、日々の練習や紅白戦で築いた気安い距離感そのままにいじられていた。

 なんでもできる氷見は、一軍vs二軍の練習強度をあげるために二軍側に出張することが多く、その結果──。

 入部当初にあった距離は、とっくに解消されている。

 

「おいおいヒャミちゃ~ん? アレ多分また女子と勘違いされてんぞ~」

 

「告白されんじゃね? 一目ぼれです付き合ってください~!! って」

 

 くねくねと大げさな演技と共に、肘で軽く小突かれた氷見は「はいはい」といった風に手をひらひらさせて──何か悪いことを思いついたのか、口角をゆるく吊り上げた。

 

「お前らみたいにか~? てか今も俺にドギマギしてるくせに余裕ぶってんじゃねーぞー。視線が時折やらしーんだよ。そろそろ俺の顔見るたびに金取ろっかな」

 

「チクショウ、こいつ好き放題言いやがる……」

 

「事実だから否定できねえ!!」

 

 己の可愛さを自覚している氷見に隙はない。

 いじられたならばそれを百倍で返すのが氷見の流儀だ。

 

「なーなー、あいつらに笑いかけてファンサしたらどうなると思う?」

 

「マジでやめとけお前死人が出るぞ」

 

「クソ、好きだ……!! そういうところも……!!」

 

 はじめての公式戦を迎える一年たちの間にも、烏野らしい緩い空気が広がっていた。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 烏野の応援席は去年までとはうってかわって満員御礼──というほどにないにせよ、多くの席が埋まっている。

 二軍の面々をはじめとした生徒たち。烏野の活躍を一目見ようと押し寄せたファンや、烏養祖父と、そのスクールに通う子どもたち。

 そして最前線にいるのは──去年から彼らをひたむきに応援し続けている、滝ノ上と嶋田だった。

 谷地 仁花はマネージャーとしてベンチに座っているため、もうここには居ない。

 

「間に、あったァ~~ッ!!!」

 

「いや間にあってねえーよ、もう一セット目終わったっつの」

 

 観客席にドタバタと駆け込む冴子──田中姉。

 派手な音を立てながら向かってくるその姿は、まるで部活の試合に遅刻した現役生のようだ。

 滝ノ上が呆れたようにツッコミを入れるも、冴子は悪びれることなく、すぐに話題を試合に向けた。

 

「そっかぁ、で、前半どうだったの?」

 

「25-3。圧勝だよ。まあ驚きもねえけどな、俺たちはアイツらと練習試合してるし。こうなるだろうな、って感じだ」

 

「えーーすごいじゃん!? 三月は白鳥沢に負けちゃったんだもんね、気合入ってんだね!!」

 

 両手を上げて自分事のように喜ぶ冴子に、山口のサーブの師匠──嶋田が補足する。

 

「練習頑張ったのも気合入ってるのもそうだけど、それだけじゃない。今年は一年がヤバいんだ。いや、今年も、と言うべきかな……」

 

「へー、どれ? ……てかあの女の子なんでユニフォーム着てんの? マネージャーじゃないの?」

 

「その子がヤバい一年!! てか男!! 分かるけどね俺も女の子だと思ったし!!」

 

「えぇーーっ!!?」

 

 冴子の声が、周囲の観客数名を振り返らせるほどの大きさで響く。

 言われて改めて見ても、小柄で華やかな顔立ちはとても男性のそれには見えない。

 だがその目の奥には、笑顔のままでも獲物を逃さない猛禽の光を宿している。

 コートで暴れる準備を、今まさに整えている選手の目だった。

 かつて冴子が芯から震え上がった──ギラギラと燃える宇内 天満の姿と、否応にも重なる。

 

「……!」

 

 バレーボールにそれほど詳しくない冴子でも、この距離から"強い"と分かるほどの覇気を纏って、氷見は他のメンバーと共にコートへ向かう。

 そして、二セット目の開始を告げる笛が鳴った。

 

「あ、はじまった! がんばれ~~龍~~!! 他の子も~~ッ!! で、今の烏野は何がすごいの?」

 

「まあ、今は見よう。実際に見てから解説した方が分かりやすいと思うし」

 

「ハーイ」

 

 試合の内容は、実に呆気のないものだ。

 影山の殺人サーブのほとんどはサービスエースとして決まり、たとえなんとか拾って攻撃に繋いだとしても──。

 

「頼む、カバー!!!」

 

「レフトォオオ!!」

 

「よく拾ってくれた!! レフト!! 頼むぞエース!!!!」

 

 相手スパイカーが全力で放ったクロスが、鋭い角度で烏野コートへ飛ぶ──が、その前に滑り込む影。

 ボールを受けるのは田中。完璧な位置取りだったが──フォームが甘い。

 

 その瞬間、観客席の息が止まった。弾かれたボールが落ちる──と思われた刹那。

 

「すまん、カバー!!!」

 

「任せてくださいセンパイ!! センターオープン!!」

 

 青白い影が滑り込む。

 氷見はまるであらかじめ予見していたかのように──ボールと地面の間に身をねじこんで、限りなく完璧に近いトスをあげてみせた。

 

「おォッ!!」

 

 トスの先には、飛翔する"最強の囮"──日向 翔陽。ボールは、相手コートへと落ちる。

 

「クッソ……ッ!!」

 

「はぁ……はぁ……マジかよ。くそ、この差は。この差はねえだろ……!!」

 

「言うな! 次だ、次一本取るぞ……っ!!」

 

 セットがはじまってからずっと、このような流れが繰り返されている。

 烏野の強烈なサーブ&ブロック、そしてカウンターに、大岬は一度のサイドアウトも許されないまま追い込まれていく。

 

「なんか、すごい……今の、決まるんだ」

 

「そう、"点を取るまでの流れ"が前よりもずっと洗練されてるんだ。影山のサーブが強いのは今に始まったことじゃない。あわよくばサービスエース。そうでなくてもしっかり崩して、攻撃の選択肢を狭めて拾う。でも……たとえ選択肢が狭まったとしても、普通はあそこまで取れない」

 

「なんで?」

 

「スパイクってのは強力なモンだ。打つ人間を絞ってコース絞って、ようやく拾う"準備が完了"なんだ。そこから先は運も絡んでくる。崩されたって相手も高校生チーム、レフトで攻撃できる程度の技量はあるわけで……」

 

「それ全部返すのはしんどいって話? でも今の烏野はそれやってるじゃんね」

 

「それが異様なんだ。で、よく見ないとわからないんだけど……これにはさっき言ってた女の子みたいな一年の子、氷見が密接に関係してる」

 

「あの子が全部拾っちゃうってこと? でも今のは、龍がとったし、決めたの翔陽だったよ」

 

「守備範囲が異常に広いんだ。そのおかげで周囲が迷うことなくボールを拾えてる。しかも、自分の方に来ないって判断した次の瞬間には、フォローに入ってる……ハッキリ言って異常だ。俺はあそこまで守備の上手い選手を人生で見たことがない」

 

「えー! 夕よりも!?」

 

「それとはまた別ベクトルのうまさなんだ。試合全体をコントロールしてるみたいっていうか……そう。まるで……客席から試合を見てるみたいな完璧な動きだ」

 

「はぁ~~、よくわかんないけどそうなんだ……。てかあの子セッターなの? トスすっごい綺麗だったよ」

 

「いや、氷見は──パーフェクトオールラウンダーだ」

 

「何それかっこいい!!!」

 

 字面の響きに食いつく冴子に、嶋田は解説を続ける。高次元な駆け引きに基づく氷見のすごさは、冴子には理解できない。

 だが嶋田の自分自身が目の前の事実を信じられていないかのような口ぶりが、"氷見という選手が、なにかとんでもないことをしているのだ"という確信を冴子に抱かせた。

 

「守備、トス、攻撃──全部一流なんだ。あんな選手、全国を回ったってそうそういるもんじゃない。とんでもないよ、本当に」

 

「じゃあ──サーブも?」

 

「それも、これから分かる」

 

 影山のサーブ権は自身のミスによるアウトで失われ──ようやく試合が動く。

 しかし、これだけの点差がついてしまえば、最早ゲームは成立していない。

 終始烏野有利のまま試合は進み──ついに、氷見へとサーブ権が渡る。

 

 そして笛が鳴った次の瞬間。

 氷見のジャンプフローターが空を切る。

 完全な無回転を伴ってボールが放たれた刹那──ドン、と床を打つ低い音が体育館に響いた。

 氷見が、止まらない。

 

「もう一本」

 

 なんだ。あいつは、なんだ。一体なんなんだ──と。

 理不尽なまでの強さに、大岬は震え上がる。

 

「すっご……。なんか──プレイスタイルとかは、全然違うんだろうけどさ」

 

 淡々と、なんでもないことかのようにサービスエースを量産していく氷見の姿に、冴子は思う。

 

「ウシワカ、見てるみたい……」

 

 そして第二回戦──第三回戦と。烏野は異例の圧勝劇を繰り広げ、観客席を魅了し──各高校を、恐怖に震え上がらせた。

 

「今年も烏野やっべぇ……」

 

「あの一年ナニモンだよ、いやバケモンだよ!! 烏野の10番は毎回ああなのか!? 烏野の弱点なくなっちまったよ……!!」

 

「おいどうする、アレ」

 

「さぁ……やってみないことには何とも……でも。三月の時と同じと思ってかかったら、痛い目見るね。これは」

 

 青き瞳の烏のハバタキが──体育館を揺らす。

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