八崩賢 極致のシーア   作:蟲の月

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23/世界を敵に回しても

 

 

 

 

 

 

 

 鋭い拳骨が頬を掠める。

 それにいちいち構ってる余裕はなく、ただひたすらに相手の攻撃を捌くのに意識を割いていた。

 他のことに意識を向けていたら、真っ先に顔面を叩き潰されていただろう。

 

 

 ーーは、速ぇ……!

 

 

 汗が吹き出る。

 生まれて始めて感じた濃厚な死の気配に体が震える。

 その震える体を理性で無理矢理抑え付け、目の前を暴れまくる拳の暴虐を必死で捌ききる。

 全身に魔力を厚めに纏い、致命傷になるであろう胴体への攻撃だけは絶対に防ぐ。手足に刻まれていく夥しい数の傷跡を気にするのは最初の段階でもうやめていた。

 

 

 ーーこんなバケモノの戦い方に付き合ってたんじゃ体が持たねえし、下手すりゃ削り殺されるな。

 

 

 そもそもフランメは魔法使いであって戦士ではない。それにも関わらずシーアと近距離で攻防を行っているのは、単純に先手を取られてしまったからだ。

 先の戦いの最中。隕石の如く落下し、そこからくっつき合う磁石のようにして私の元にすっ飛んできたシーア。

 それから今まで私は慣れない近距離戦を強いられている。

 

 

地獄の業火(ヴォル)ーー」

「シィィィィィィッッッ!!」

 

 

 ならば距離を取るか。

 しかしそれは簡単なことではない。

 シーアは私の魔力の波をつぶさに観察しているようで、私が魔法を発動しようとすると、ここぞとばかりに攻撃を畳み掛けてくるのだ。

 その攻撃を防ぐのに私は魔法の発動を中断しなければならず、結局また振り出しに戻ってしまう。

 おかげで私はここを離れようにも離れられない。

 しかし打つ手が無くなったという訳ではなく、僅かだが光明は見えている。その打開策はエルフの里で得た知見を元に導き出した推測もどきでしかないが、恐らく有用だ。

 

 シーアの魔法である『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』は、使用者に馬鹿げた身体能力と鋭敏な五感を与える魔法である。

 そして戦ってみた感じ特にデメリットなども見当たらない。身体能力を引き上げる代わりに肉体組織が損傷する……と言ったあって然るべき代償も全く見られないのだ。

 もしかすると負った損傷も引き上げられた治癒能力によって再生するのかもしれないが、それは流石に無いと思いたい。デメリットを帳消しにするほどのメリットをもたらす魔法など、それこそ考えるのもバカみたいだ。

 そして私が僅かに見出した光明であるが……これは単純に魔法の効果が切れる瞬間を狙うというもの。

 いくら人智を超えた身体能力を得ると言っても、その効果が永続的でないことは誰よりも私が深く知っている。

 奴はエルフの里にて、私とミリアルデと戦っている最中に何度も魔法を掛け直していた。事前にミリアルデと殺し合っていて、幾度となく魔法を使っているにも関わらずだ。

 効果が永続的ならば一々魔法を掛け直したりはしないだろう。これは推測の域を出ないが、あれは短時間しか効果が持たないのではないか?

 まだ確定した訳ではないが、恐らくきっとそうだ。

 ならばこそ、そこに付け入る隙がある。

 

 

「はあぁああぁあぁあぁぁっっっッッ!!!」

「っ……!」

 

 

 シーアの猛攻が止まらない。

 迫り来る拳が残像になって見えるほど高速で動いている。

 シーアの黒焦げた両腕は音速を超えてまるで鞭のようにしなり、空気を叩く音を響かせながら四方から飛んでくる。

 体に魔力を込めて身体能力と動体視力を引き上げ、奴の攻撃の隙間に無理矢理体をねじ込み、何とか猛攻を捌いていく……がいかんせん速すぎる。

 拳が皮膚を掠るたびに肉を抉られるような激痛が走り、さらに長引く攻防により集中力は乱れ、息も上がってくる。

 もう動かすのも億劫になった両腕を使い、私を殴り殺そうとする拳を捌き続け、いつか訪れるであろう隙を伺う。

 ふと、シーアが足を半歩後ろに下げるのを見た。

 攻撃の前触れか!? だがシーアが後ろに重心を傾けたことで、今まで嵐のように絶え間なく襲いかかって来た拳に、僅かに間隔が空いたのをフランメは見逃さなかった。

 

 

「ハッッ!!」

 

 

 その僅かな隙を認識した瞬間、フランメは半ば無意識に、且つ反射的に魔力を放出した。

 膨大な魔力を一気に解放する荒技。

 それをシーアの暴虐に晒されるよりはマシだと判断して、自らを巻き込む自爆のような形で咄嗟に展開したのだ。

 舞い上がる爆炎から尾を引きながら、反対方向に吹き飛ぶシーアとフランメ。

 永遠に続くかと思われたその一方的な殴り合いは、フランメの強引な荒技によって唐突に終わりを迎えた。

 

 

「嫁入り前の乙女の体をキズモノにしやがって。この代償は高く付くぞ、クソ魔族」

「大丈夫、お前は一生独身だよ。その心配は杞憂に終わる」

「…………あ?」

 

 

 ブチッ、と。私の中で何かがキレた。

 奴の黒焦げたニヤケ面に思い切り魔法をぶっ放したくなる衝動に襲われたが、それをぐっと抑え込み状況を分析する。

 今のシーアは憎たらしい軽口こそ叩いてはいるが、その佇まいや魔力を観測するにもう余裕は無さそうだった。

 先程あれだけの猛攻を仕掛けてきた男と同一人物とは思えないほどに、今は大人しくこちらを見つめているだけだ。

 

 

「……その魔法、やっぱ永続的なモノじゃねえのか」

 

 

 フランメの予想は当たっていた。

 『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』の効果は永続的な強化ではなく、やはり一時的な強化に過ぎないのだ。

 それならやりようはいくらでもある。

 人智を超えた膂力は考慮しないとして、肉弾戦を主軸とするシーアへの対応は、実は全知のシュラハトよりも簡単だ。

 

 "遠距離から攻撃魔法を放つ"。

 

 言葉にするならたったこれだけで良い。

 万全のシーアが相手ならばそう上手くは行かない戦法であるが、今のシーアは魔力が枯渇しかけている上に、大魔族との激闘によって消耗し切っている状態だ。

 生命力は相変わらずゴキブリ並みだが、これなら攻撃魔法を繰り返し放つだけで削り殺せるだろう。

 正直なところ、距離を十分に確保し警戒を怠らなければ今のシーアは脅威でも何でもなかった。

 多種多様な魔法で攻撃をする私と違い、近接戦のみで攻撃を仕掛けてくるシーアには、可哀想なくらい手数が足りていない。物量で押し切ってしまえば恐らく勝てる。

 シーアはここで殺す。確実に。まだ芽が若いうちに仕留めなければ、いずれ人類にとんでもない災厄をもたらすだろう。

 

 

『人類の『怒りを買い』そして『殺される』という危機感が、俺を更に上の領域まで連れてってくれる筈なんだ』

 

 

 あの日の言葉が脳裏を過ぎる。

 何の罪もない無辜の民を、コイツは私利私欲だけで弄ぼうとしやがった。そしてそれを何とも思っていないように嗤うふざけた顔が、私は何より許せない。

 今すぐにでもぶち殺してやりたい。

 だが、厄介な奴がこちらの様子を伺っている。

 

 ーー全知のシュラハト。

 

 シュラハトはシーアが現れてから今までの間、ただ大人しく戦闘を眺めているだけだった。

 

 

「お前はいつまで高みの見物を決め込むつもりだ?」

「シーアは手を出すと怒るからな。観戦でもしてるさ」

 

 

 シュラハトは私の言葉にそう返すだけで、具体的なアクションを取ることは何一つ無かった。

 なぜシュラハトがコイツに与するのかは分からない。

 シュラハトとシーアの関係性がどうしても読み取れなくて、それを考察しようとするがすぐに脳内から切り捨てる。

 そんなの、どうでもいいことだ。

 目の前で敵として立ち塞がっている。

 それだけで、殺す理由足り得るのだ。

 余計な考えはいらない。

 私はただ全力を以って目の前のコイツを叩き潰すだけだ。

 

 

地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)

 

 

 手のひらから炎を解き放ち、出力を上げ目の前の魔族を焼き尽くそうとした瞬間。

 背後から並々ならぬ魔力の昂りを感じ、すぐに防御術式に魔力を通し衝撃に備える。

 不可視の攻撃。

 目に見えず、ノーモーションでシュラハトから放たれた魔力の刃は、同じくフランメの魔力によって作られた不可視の壁にぶつかり音もなく消え去った。

 

 

「チッ、何が観戦だよ」

 

 

 目に見えぬ戦い。

 普段のフランメなら感覚を研ぎ澄ますだけで対処できただろう。

 単純な攻撃だ。

 純粋に魔力を圧縮し、指向性を持たせて放つだけの子供騙し。

 だが、魔力を圧縮し解放するだけの単純な攻撃は、単純さ故の恐ろしさがあった。

 攻撃の出が異常に速い。

 でも、それだけだ。

 こんなものは魔法ですらない。ただの魔力の塊だ。

 

 

「こんな温い攻撃、この私に通用すると本気で思っているのか?」

 

 

 そこまで言って、ふと違和感を覚える。

 今の攻撃は、私を仕留めにかかる攻撃だったか?

 ……いや、違う。

 全知のシュラハトはこんな無駄なことに魔力を割いたりするバカじゃない。

 アイツのことはよく知らないが、少なくともそんな阿呆とは思えなかった。

 そうか、これは私を仕留めるために放った攻撃じゃない。

 牽制……か。

 何に対して? その答えなんてすぐにわかる。

 目の前のチビを殺させないための牽制なのだ。

 なんて鬱陶しい。

 なんて邪魔な。

 普段なら取るに足らない攻撃でも、的確に嫌なタイミングで打ち込まれれば意識をそちらに向けざるを得ない。

 

 

「面倒くせえな」

 

 

 ただでさえギリギリだと思っていたこの戦いが、自分の思ったより更に面倒なものになりつつあると知って苛々が募ってくる。

 シーアをあやしながら、シュラハトとも踊らなければならない。

 なんて面倒くさい。

 シュラハトはここではない何処かをじっと見つめているものの、意識は常にこちらに向いているのだ。

 私が少しでも隙を見せればここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくるだろう。

 それが、シーアをなかなか殺しに掛かれない理由の一つだ。

 距離を取った今のシーアなど脅威でもなんでもないが、生き汚なさだけは一丁前にありやがる。

 コイツの息の根を一瞬で断ち切るには少しだけ戦闘に集中する必要がある。

 だが、その機をシュラハトは決して見逃さないだろう。

 私が僅かでもシーアに注意を向ければ、その分シュラハトに対しての対処が遅れることになる。

 それは本当に瞬き数瞬くらいの隙でしかないが、確かにその分シュラハトから意識が逸れてしまう。

 強者との戦いにおいて、それは致命的だ。

 たかが数瞬、されど数瞬。

 つまり私がこの場を潜り抜けるには、シーアとシュラハトの攻撃を捌きつつ、二人をまとめて殺せるだけの大魔法を放つしかない。

 

 

師匠(せんせい)の頼みを気まぐれで引き受けただけだってのに、何でこんなことしてんだろな」

 

 

 その嘆くような呟きとは裏腹に、フランメの顔にはただひたすら獰猛な笑みだけが浮かべられていた。

 目標を達成するまでの壁はあまりに遠く、そして高い。にも関わらずフランメは奇妙な昂ぶりを感じていた。

 殺し殺され生を掴む。闘争への期待。それに何故だか心が弾む。自らの内に生まれつつあるその感情に、フランメは今だけ気付かないフリをした。

 

 

 

 

 ーーあ、焦りすぎたか……!!?

 

 

 フランメの咄嗟の反撃によって距離を引き離された時、シーアが一番最初に思ったことがそれだった。

 一瞬一秒が生死を分ける強者同士の戦いに於いて、焦りとは最大の敵でありトラップだ。

 あまねく強者に共通する事項として、揺るがぬ冷静さというものがある。強者とは己の感情を常に律し御せるからこそ強いのだ。焦りを感じるのは生物として当然だとして、それを冷静に御せなければ待っているのは敗北だろう。

 実際さっきの肉弾戦では、身体能力に於いて遥か格下であるフランメを相手に引き分けで終わっている。

 いくら衰弱し魔力が切れかかっているとは言え、普段の俺ならばフランメを半殺しにするくらいは出来た筈だ。

 高度な魔法戦ならともかく、近接戦という俺の土俵で無様を晒す訳にはいかない。

 そしてこの戦いに於けるシーアの勝利条件は2つだ。

 

 

 1つ、フランメをぶち殺すこと。

 2つ、魔力を切らさないこと。

 

 

 1つ目に関しては当たり前だ。戦っている相手をぶち殺せばそれだけで決着が付くのだから。何も難しくない。

 2つ目に関しては……これは少し難しい。

 まず大前提として、今の俺には魔力があまりない。

 リヴァーレと殺し合った時に魔力は全て使い切ってしまっているし、その上フランメの攻撃を喰らって死にかけたのだ。角を犠牲にする代わりに魔力を得たが、それも本来の俺の魔力量から見れば雀の涙ほどでしかない。

 まあ何が言いたいかと言うと、『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』はそう簡単には使えないということだ。

 使えないと言うと語弊があるが、今までのようにホイホイ使っていられないと言うのが正しいか。

 おおよそ三回。

 それが魔法を使える限界だ。

 そもそも俺の肉体は、現在進行形で棺桶に片足を突っ込んでいる状態だ。そんな死にかけのゾンビみたいな俺を魔法によって無理矢理支え、補強しているのが今の状況である。

 魔法がなければ今頃俺は死んでいるとは言え、しかしそう頻繁に魔法を使ってもいられないという事実。

 つまり、俺が勝つには短期決戦しかないのだ。

 それ以外の道はない。

 

 

「嫁入り前の乙女の体をキズモノにしやがって。この代償は高く付くぞ、クソ魔族」

「大丈夫、お前は一生独身だよ。その心配は杞憂に終わる」

「…………あ?」

 

 

 ビキビキビキッ、と。般若のような形相で青筋を立てるフランメ。まさか乙女とやらの琴線に触れたのだろうか。

 フランメにそんな可愛らしいモノが存在しているか分からないが、もしかしたら地雷だったのかもしれない。

 しかしフランメは怒りで我を忘れるなんて愚行を犯すことはなく、冷酷な眼差しでこちらを探るように見つめてきた。

 

 

「……その魔法、やっぱ永続的なモノじゃねえのか」

 

 

 ふと、フランメがそう呟いた。

 それはこちらに語りかけてくる発言ではなく、己の中の疑問に納得のいく答えを見つけた時のような呟きだった。

 ならば、その疑問とは一体何なのだろう?

 シーアは一瞬そう思ったが、すぐに察しがついた。

 

 

 ーーああ、身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)か。

 

 

 フランメは俺の魔法を解析していたのだ。

 その解析がいつから行われていたかは分からないが、確かにフランメの目の前で何度も披露した以上、術式を解明する為のサンプルが十分に揃っていてもおかしくない。

 だが正直なところ、俺の魔法は詳細がバレたところで痛くも痒くもないのだ。例えばーー。

 

 ーー黄金郷のマハトの『万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)』。

 ーー断頭台のアウラの『服従させる魔法(アゼリューゼ)』。

 

 この二人の魔法は他者に作用する魔法であり、片方の魔法に至っては明確な弱点というか落とし穴がある。アウラはその落とし穴を逆手に取られて自らの魔法が死因となり、マハトも黄金に対する対抗手段を編み出されてしまっている。

 まあつまり何が言いたいかと言うと、この二人の魔法は対策される余地があったということだ。そしてそれはイコールとして己の弱体化や敗因に繋がりやすい。

 しかし俺の『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』にはそれがない。

 この魔法は自分自身に作用する魔法の為、相手に取れる対策なども無ければ封じ込める手段も無い。だから、魔法を解析されるのは別に良いのだ。良いのだがーー。

 

 

「ーーいや、やっぱあんまり良い気分じゃないな」

 

 

 何というか、ああ。やはりどうも気に食わない。

 俺が一から生み出し育て上げてきた大切な魔法に、まるで土足で踏み込まれているような気分だった。

 俺たちの軌跡を知らない女がズカズカと遠慮もなく、空き巣に入るコソ泥のように術式を物色しているのだ。

 それがどうしようもなく許せなくて、認められない。

 この魔法が『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』のように一般攻撃魔法に堕とされ、有象無象どもに好き勝手に扱われている光景を想像してみて、俺は鳥肌が立った。

 

 

「ーー身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)

 

 

 シーアは無意識のうちに己に魔法を掛けていた。

 身体の中から重みのある何かが失われる。

 同時に、尋常じゃないほどの怪力がこの身体に宿った。

 その感覚に身を委ねながら、仁王立ちしたままのフランメに向かってシーアは思いっきり突っ込んだ。

 この魔法は俺だけのモノなんだよ。

 他の誰のモノでもない、俺だけのモノだ。

 

 

地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)

 

 

 目にも止まらぬスピードで攻撃を仕掛ける俺に、しかしそれでもフランメは対応してみせた。

 業火を敵に向かって放つのではなく、自分の周りに壁のように展開することによって、即席の盾としたのだ。

 相手への牽制と身を守る盾としての機能を見事に両立させている……がそんなの関係ない。

 フランメが俺の攻撃に尽く対応すると言うのなら、俺はそれを『力』によって無理矢理突破するだけだ。

 難しいことを考える必要はない。

 そんな思考など枷になるだけだ。

 時間は有限。

 魔力も残り僅か。

 やることは一つだけ。

 ただフランメの元へ突っ込んでぶん殴ればいい。

 それだけだ。

 それだけなんだよっ!

 

 

「ぬあああああああああああああッ!!」

 

 

 豪速の拳を振るう。

 ドス黒い業火の城壁を真っ直ぐに貫いて行く。

 がむしゃらに腕と足を動かし続け、フランメの居る場所へようやく辿り着いた時にはもう彼女の姿は消えていた。

 

 

「接近戦に持ち込んでひたすら殴る」

 

 

 何処かから声が響いた。

 

 

「お前がやってることはいつもそれだ。力任せに突っ込むだけなら魔物でも出来るんだよ」

 

 

 瞬間、頬を撫でる風。

 シーアは考えることすらせず体を横に滑らせた。

 

 

竜巻を起こす魔法(ヴァルドゴーゼ)

 

 

 全身を鋭い烈風が撫で切っていく。

 それに一々反応することなく、シーアは魔力探知と五感を併用し、隠れ潜むフランメの姿を見つけ出した。

 

 

「コソコソ逃げ回るだけかよフランメッ!」

 

 

 そう言うや否や、フランメを殴り飛ばすシーア。

 しかし、その手応えに僅かな違和感を覚える。

 殴れてはいるのに殴れていない不思議な感覚。

 それにフランメを殴った筈の拳が見当違いの方向にずれている。これはーー。

 

 

「……方向をずらした、のかっ!?」

 

 

 シーアは瞬時にその現象を看破した。

 フランメが繰り出したのは魔力で作った障壁だ。

 それもただの厚い壁なんかじゃない。

 "方向をずらす壁"。

 拳が当たる瞬間、力のベクトルが横へ逃がされる。

 喰らえば原型を留めない暴虐の拳。フランメはそれを躱すのでも避けるのでもなく敢えてずらすことによって、回避から攻撃に切り替わる瞬間の隙が生まれないようにしたのだ。

 バカな。そんなことあり得ない。

 と言うより、対応が尋常じゃなく早すぎる。

 さっきの殴り合いでこんな芸当は見せてなかった。つまりこれは、さっきの殴り合いから今に至るまでにフランメが編み出してみせた対応策ってことになる。

 

 

地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)

「ぐうっ……!?」

 

 

 突如、目の前で業火が炸裂した。

 シーアは避け切れなかった。非力な魔法使いが近接に持ち込まれた時どうするか。その対応策を瞬時に編み出し実践してみせたフランメの対応力と発想力に、シーアは思わず戦慄してしまったのだ。

 

 

「だから言ったろ。突っ込むしか能がねえヤツに負けるほど、私は甘くねえんだよ」

 

 

 凛とした声が灼熱の世界で反響した。

 魔力制御。

 戦闘技術。

 魔法への理解。

 そして、魔族を殺す為に特化した戦い方。

 フランメはそのどれもが高水準で極められている。

 彼女の戦い方は至ってシンプルなモノだ。

 強力な魔法を巧みに操って、彼我の戦力差を冷静に見極め立ち回り、相手の油断や隙を突く。

 特に面白みもない堅実な魔法使いの戦い方だった。

 だがシーアが今まで戦ってきた魔法使いは、全員堅実な戦い方をするタイプの魔法使いではなかった。

 フリーレンは確かに優れた魔法使いだったが、フランメと比べれば全体的に未熟で、不可視の攻撃や魔力の刃といった単純な魔法しか使ってこなかった。

 ミリアルデは体術の合間に魔力の光線を差し込んでくる程度で、魔法使いとはとても呼べない立ち回りだろう。

 ソリテールは……知らん。

 

 

「強い、速い、そして硬い。正直お前は面倒くせぇ相手だよ」

 

 

 フランメの声は確かに辺りに響いていると言うのに、その出所だけが何故か掴めない。位置が全く特定出来なかった。

 

 

「でもな、一つだけ足りねえ」

「……何がだよ」

「想像力さ」

 

 

 上下左右にフランメの像が浮かび上がる。

 だが本物じゃない。業火の熱によって作られた蜃気楼を使って、俺を惑わそうとしているのだ。昇華された五感も、業火の中では碌に機能しない。

 

 

「お前は自分の力を過信しすぎてんだよ。拳が届けば勝ち、近付けば勝ち、壊せば勝ち。だからいつまで経ってもその先を考えられねえ」

「…………は」

 

 

 シーアは立ち塞がる虚像に向けて拳を振るった。

 当然、それは蜃気楼だ。決して本物のフランメじゃない。

 それでもシーアは、フランメの言葉をそのまま受け入れる訳にはいかなかった。

 自分の力を過信しすぎている……?

 いいや、違う。

 自分の"力"を信じることの何が悪い。

 俺はいつだってそうやって生きてきた。

 この"力"のお陰で、俺は世界の極致へと至ったのだ。

 出来ると信じることが魔法の質を高め、魔法の質を高めることがより強い力を得ることに繋がる。

 それが魔法の理だ。幻想の在り方だ。ここはもうコンクリートで閉ざされた世界じゃないのだから。

 

 

「ならお前は、自分の魔法が失敗すると思って使うのか? 攻撃魔法を使う時に『当たらないかもしれない』と思いながら使うのか? そうじゃないだろ」

 

 

 業火の向こうへとシーアは言葉を投げかける。

 返ってきたのは沈黙だけだった。それにも関わらずシーアは言葉を続けた。

 

 

「魔法ってのはイメージの世界だ。出来ると強く信じる心が魔法を更に強固なモノに昇華するんだよ。だから信じる。その分だけ応えてくれる。なあフランメ。俺の言っていることの一体何が間違ってる?」

「私が言ってんのは魔法の本質とは別の話なんだよ。戦いってのは腕相撲じゃねえんだ。強い力を持ってる奴が勝つなら世の中はもっと単純だった。残念だったな」

 

 

 何処かで、鼻で笑う音が聞こえた。

 

 

「現実は、お前の頭よりもう少し複雑だ」

 

 

 フランメの声が霞のように溶けて聞こえなくなる。

 そしてシーアは、この局面に至ってようやくフランメの術中に嵌っていることに気が付いた。

 シーアがフランメに攻撃を仕掛けてから今までの間、彼女は積極的に姿をくらまし撹乱の攻撃ばかり放っていた。

 それの意味するところ。

 つまり、それはーー。

 

 

 ーーこの会話は時間稼ぎ! 俺の『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』の効果が切れるまで隠れ潜むつもりか!

 

 

「……チッ、それは雑魚の思考だろ」

 

 

 シーアはそう呟くものの、フランメがそういう正面切った戦いをするタイプでないことは十分に理解していた。

 『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』の効果時間がそんなに長くないことは、向こうに恐らく知られている。

 フランメはその効果時間が切れる頃合いを見計らって攻撃を仕掛けてくる筈だ。だってアイツは卑怯だから。

 魔法使いのクセに魔力を抑制し弱く見せかけて、正面から戦わずに卑怯な手ばかり使ってくるゴミのような人種だ。

 でも俺は分かってた。

 フランメは誰よりも魔法が好きだということを。

 卑怯な手ばかり使うように見えるのは、俺が魔族の視点に立ったからなんだ。かつての俺はその戦い方に好意を見出していた筈なんだ。

 

 

「だけど今は違う」

 

 

 反吐が出る。

 魔法使いでありながら平気で魔力を抑制し、騙し討つような卑劣な戦法を使い、数多の魔族を殺戮するその在り方。

 今は到底認めることなど出来やしない。

 同じく魔道を極める身なら魔法くらい真摯に向き合ってみせろ。純粋な魔法の腕で勝負しろ。魔力を抑制なんて卑怯な真似はするな。それが出来ないって言うならお前に魔法を使う資格はない。

 

 

「お前は魔法使いの風上にも置けない。

 ーー身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)!!」

 

 

 目にも止まらぬ速さで空を蹴り、その勢いで体に纏わりつく業火を無理矢理振り払う。

 ふと、何かを呟く声がした。

 それは虫の声にも負けるくらい消え入りそうな声だったが、シーアの異常に研ぎ澄まされた聴覚にははっきりと届いていた。

 

 

地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)

 

 

 聞こえている。

 シーアの周囲に壁のように展開される業火。

 それを大気を蹴り付けることで上へと駆け上がり、業火の届かぬ領域に無理矢理体を滑り込ませる。

 

 

竜巻を起こす魔法(ヴァルドゴーゼ)

 

 

 見えている。

 突然、その業火をまるごと包み込むようにして大きな竜巻が展開された。業火を抜け出さんとしていたシーアもそれに巻き込まれる。

 

 

風を業火に変える魔法(ダオスドルグ)

 

 

 全部分かっている。

 シーアはこの魔法を見たことはなかった。が、頭の中の知識には確かに刻み込まれている魔法だった。

 それは一級魔法使いの第一次試験にて。デンケンがフリーレン相手に使っていた災害の如き攻撃魔法そのものだった。

 

 

「ーー裁きの光を放つ魔法(カタストラーヴィア)

「ーー地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)

「ーー破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

 

 フランメの猛攻が止まらない。

 彼女の魔法を手繰る手が忙しなく動いている。

 閃光。業火。紫電。竜巻。灼熱の渦。

 異なる性質を持った魔法同士が、まるで一つの生物のようにシーアを攻撃し、互いの隙を埋めるように展開を始める。

 その光景は、死に瀕しているシーアが一瞬でも我を忘れて感嘆してしまうくらい……美しかった。

 

 

「なのに、まだ魔力を抑制するなんて卑怯な真似は続けるんだな」

 

 

 ポツリと、どこか少しだけ残念そうにシーアは呟いた。

 俺とフランメは何もかもが違う。

 起源も、種族も、性別も、思惑も。

 俺たちを構成している全てのモノが何もかも違う。

 それでも、大好きな魔法の根底の部分だけは確かに共有している筈だと……そう思っていたのに。

 

 

「やっぱり、分かり合えねえんだな。俺たちは」

 

 

 シーアは己に掛けた魔法がまだ切れていないことを確認すると、勢いを増し続ける業火の竜巻から無理矢理抜け出し、そしてフランメに向かって拳を振るった。

 瞬間、斬撃。

 四肢が深く切り刻まれる。

 その正体は光の矢だった。

 フランメから放たれる閃光の矢は、もはや矢と呼べる軌道をしていなかった。

 しなやかな光はまるで鞭のようにしなり、空気を叩く音を響かせながら、俺の手足を皮膚ごと深く切り裂いていく。

 

 

「はあああああぁああッッッッ!!」

 

 

 叫びながら閃光の矢をまとめて殴り飛ばす。

 そのまま魔法に身を委ねて、シーアは戦況を俯瞰した。

 大陸最北端の大地は、いつの間にか形を失っていた。 

 業火が地表を焼き払い、竜巻は岩盤を削り取り、紫電はあらゆるものを蹂躙し、閃光が視界を断ち切る。

 シーアは満身創痍ながら、その全てを『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』で踏み越えつつあった。

 

 

「…………足りねえ。が、まあいいか」

 

 

 ふと、フランメがそう呟いた。

 その呟きを耳にした瞬間、シーアの踏み込みが止まった。

 何故足を止めたかはシーア自身にも分からなかった。

 ただ、異常に昇華された己の危機察知能力が、"フランメに近付くな"とうるさく警鐘を鳴らし始めたのだ。

 足りない。とフランメは言った。

 何が? 何が足りない?

 その音の響きはシーアの耳にハッキリと届いていたが、彼女が何を言わんとしているかは全く分からなかった。

 

 

「……何がだよ」

 

 

 フランメは答えない。代わりに、空を見上げた。

 シーアもそれに釣られ、一瞬だけ空を見上げる。

 そこには、偶然ではない条件が揃いつつあった。

 

 

「空模様が……」

 

 

 空にはいつの間にか暗雲が立ち込めていた。

 シーアがそのことに気付いた次の瞬間、ポツポツと空から冷たいモノが降り注いだ。

 

 

 ーー雨、か……?

 

 

 火照った体を豪雨が乱暴に冷ましてゆく。

 緩やかに解けつつある魔法に若干の危機感を抱きながら、シーアは乱れ始めた呼吸を整えた。

 そのことに焦りはない。だが時間もない。

 短期決戦で決着を付けなければならないのに、何故だか体が動かない。シーアの肉体に備わっている無意識の警鐘が、今もフランメから視線を切らせないでいる。

 

 

『一瞬だ』

 

 

 脳裏に響く謎の声。

 

 

「この魔法は誰にも避けることは出来ねえ」

 

 

 バチバチッ、と。眩い光と共に何かの鳴る音がした。

 暗雲の向こうが激しく点滅している。

 いつの間にか、フランメの右手に紫電が灯っていた。

 彼女の呟いた言葉。それは、どこかで聞いた覚えのあるフレーズだと思った。

 

 

『この術は天照と同じだ』

 

 

 ふと、シーアの頭の中に声が響いた。

 脳裏に蘇る憎しみを孕む声。

 それは誰にも避けることの出来ない不可避の術。

 俺は何故だか、その光景を知っている気がした。

 

 

『絶対に躱すことは出来ない』

 

 

 ーー絶対に、躱すことは……。

 

 

 胸をざわつかせる嫌な予感がした。

 これまでのフランメの戦い方に、今更だが漠然とした既視感を覚えてしまった。それは最強の雷遁の作り方だった。

 フランメにこの魔法を使わせてはいけない。

 シーアは思考を巡らせることなく、半ば直感的にそのことを理解した。これだけは使わせてはいけない。

 幸い『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』はまだ掛かっている。

 

 

『術の名は麒麟。雷鳴と共にーー』

  

 

 シーアは大地を蹴り飛ばし、一気に加速した。

 これまでの戦いで、フランメが業火を併用した魔法ばかり使っていたのはこの為だったのだ。

 業火の熱によって上空の空気を温め、その上昇気流で雷雲を作り雷を落とす。

 つまりここに至るまでの業火は俺を殺す為のモノであり、更にこの魔法の下準備も兼ねていたモノだった。

 全ては、無意識に積み重ねられていた。

 シーアは失敗を悟ったが、時は既に遅かった。

 

 

「ーー破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

   

 

 フランメが静かにその魔法の名を唱える。

 その声が届くより先に、シーアの視界が真っ白に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーが、幸運の女神はシーアに微笑んだ。

 

 

「…………お゛お゛あ゛あ゛ぁ゛ッッ!!」

 

 

 刹那の間、シーアの世界から音が消えた。

 続いて、天地を揺るがす轟音が辺りに鳴り響く。

 フランメの紫電によって導かれた雷撃が、シーアの体をその身に纏う魔法ごと刺し貫いたのだ。

 白光が肉体を焼き、大地を溶解し、巨大なクレーター痕だけがその場に残る。それでも、シーアはまだ立っていた。

 リヴァーレとの激闘を経たことによって異質に昇華しつつあった『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』が、雷撃の直撃すら"耐えられる"ようにシーアの体を昇華したのだ。

 

 

「…………がっ、あ゛ぁッ!」

 

 

 焼け焦げた全身がボロボロに炭化し、片腕は力なく垂れていたが、それでもシーアは未だ立ち続けていた。

 

 

「………………うっ」

 

 

 ーーうおおおおおおおおおおおおおッッ!!??

 ーーい、生きてるッッ!?

 ーー耐えられたのかッ、俺!? 

 ーーつか、あの女マジで『麒麟』を再現しやがった!

 

 

 白くぼやけて薄れつつある視界の中で、シーアは己の肉体がまだ健在であることを何とか把握した。

 これまで味わったことのない激痛が、今も尚シーアの肉体を苛烈に責め続けている。

 思わず気絶してしまいそうになるのを何とか堪えながら、シーアは己の内に残っている僅かな魔力に手を付ける。

 度重なる攻撃魔法に晒され、落雷に打たれても、シーアの瞳には未だ揺るがぬ闘志が滾っていた。

 だって、この状況はむしろチャンスなのだから。

 シーアは思考を巡らせることもなくそう感じていた。

 あの時、フランメは至近距離で『麒麟』を放った。

 幾ら大魔法使いフランメと言えども、至近距離に雷が落ちれば多かれ少なかれ隙が生まれる筈だ。

 自分で導いた落雷だとしても、生物の本能的な反射は簡単に消せないのだから。

 それに彼女は俺が雷に打たれてすぐ動くとは想像もしていないだろう。その認識が続いてる今この瞬間が最大の隙だ。

 ならば、最後の魔法の使い所はここしかないーー!

 

 

身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)ッッ!!!」

 

 

 正真正銘これが最後の魔法だった。

 残っている魔力の全てをこの魔法にぶち込んだ。

 まだ前に掛けた魔法の効果は残っている。

 にも関わらず、シーアは魔法を重ね掛けした。

 シーアは『麒麟』の落雷によって互いの魔力探知が切れたことを機に、一息でフランメへと接近しようとしていたのだ。

 

 

 ーーこのまま取る! カウンター!

 

 

 鼻腔をくすぐる僅かな汗の臭いを感じる。

 シーアの極限まで昇華された嗅覚は、降りしきる豪雨の中にあってもフランメの位置を容易く特定することが出来た。

 警察犬すら真っ青になるレベルの嗅覚で臭いの元を辿り、膨れ上がる"力"に物を言わせてロケットの如く飛び出す。

 

 

「シーア!」

 

 

 誰かの声が響いた。

 これはフランメの声じゃない。だが聞き覚えがない訳でも無かった。この声は……確か全知のシュラハトの声だ。

 俺とリヴァーレが交戦を始めた時に逸れてしまったのだと思っていたが、シュラハトはずっと俺の近くに居たのだ。

 でも、今はそんなことよりもーー!

 

 

「見つけたッッッッ!!!!」

 

 

 泥で汚れたボロボロのフランメを視界に収める。

 その瞬間、シーアは全てを投げ捨てて拳を握り締めた。

 思考も葛藤も何もかもを投げ捨てる。

 イメージするのはたった一つ。

 フランメという魔法使いの死。それだけ。

 それ以外のことなんて知らない。

 彼女が死ぬことで『葬送のフリーレン(原作)』の物語が滅茶苦茶になるとか。

 フリーレンが人を知るきっかけが無くなるとか。

 あらゆる魔法理論の発展が遅れるとか。

 そんなの全部、俺の知ったこっちゃねえんだよッッ!

 

 

「じゃあなっ、卑怯者の魔法使いッ!」

 

 

 立ち尽くすフランメの顔面目掛けて拳を振り抜く。

 圧倒的な拳の速度。

 瞬間的な速さは落雷をも超える。

 フランメは咄嗟に反応することも出来ないだろう。

 シーアの拳がフランメの顔面に突き刺さろうとした、その瞬間ーー。

 

 

「ーー災禍の豪雨をもたらす魔法(ゲヴァルテーゲン)

 

 

 ーー魔法の極致を垣間見た。

 

 ここから先は、完全にシーアの誤算だった。

 シーアはフランメが『麒麟』を放った時、それが彼女の奥の手だと勝手に思い込んでいた。でも、違った。

 業火で雨雲を作る布石は『麒麟』を放つ為のモノでもあり、更に保険として『災禍の豪雨をもたらす魔法(ゲヴァルテーゲン)』の発動の準備も兼ねていたモノだったのだ。

 業火でダメなら落雷を使う。

 それでもダメなら豪雨そのものを利用する。

 油断も隙もない二段構えの対策だ。

 それは俺という存在を最大限に警戒した上で緻密に編み込まれたモノであり、更に離れたところに佇んでいる全知のシュラハトへの牽制も同時に行う為のモノだった。

 ……いや、違う。

 これは牽制じゃない。俺を相手にしながらシュラハトも殺すつもりの"本気で勝ちに行く"戦法だったんだ。

 自分で言って、思わず笑ってしまう。

 一手、二手先を読むって次元じゃない。

 イカれてやがるよ、コイツは。

 何なんだよ、この戦い方。

 どこまで見据えてやがったんだよ。

 未来でも見えてるんじゃないのか。

 これが人類の魔法の開祖フランメなのか。

 強すぎるよ。

 純粋な力とかじゃない。

 巧い、手強い、隙がない。

 そして何より、届かない。

 魔法使いの極致だーー。

 世界の法則が書き換えられる。

 辺り一帯に降り注ぐ雨の一粒一粒。それらがフランメの魔力の後押しを受けて、その全てがシーアに牙を剥いた。

 

 

竜巻を起こす魔法(ヴァルドゴーゼ)

 

 

 この絶対絶命のピンチの中で、真っ先に動いたのはシュラハトだった。彼の魔力が唸りを上げて具現化する。

 俺を包み込むようにして展開した竜巻で、この身を穿とうとする雨粒の全てを無理矢理掻っ攫おうとしているのだ。

 が、それすらもフランメの手のひらの上だった。

 

 

「シュラハトがシーアの守りに徹し、積極的に動かなかったこと。それがお前らの敗因だ」

 

 

 その言葉だけが、何故か俺の心に引っかかった。

 何でシュラハトが俺を守るんだ……?

 そう思ったのも束の間、竜巻に流されつつある雨粒の全てが、フランメの意志の後押しを受けて逆襲を開始した。

 渦を巻く水に墨汁を入れ続けたら黒く染まるように、竜巻の中にある雨粒全てがフランメの魔力を帯びることで、竜巻の支配権そのものをシュラハトから奪い取ったのだ。

 

 

「じゃあな、クソッたれの魔族ども」

 

 

 フランメから放たれる重圧が、唐突に今までの比ではないくらいにまで膨れ上がった。

 彼女が今まで抑制していた本来の魔力量。

 それを、この瞬間に全て解き放ったのだ。

 過去に対峙したフリーレンをも遥かに超える膨大な魔力。

 これが、大魔法使いフランメの"真骨頂"なのか。

 

 

「…………強い」

 

 

 それは、心の底から出た言葉だった。

 嘘偽りのないシーアの本心そのものだった。

 フランメの膨大な魔力によって強化された、弾丸の如き無数の水の礫。

 それが、シーアの肉体を全方位から撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 




個人的に、フランメの強さ……というか潜在能力は呪術廻戦で言うところの五条悟クラスだと思ってます。
人々に魔法を普及させる時間を己の鍛錬のみに使い続けてたら、きっと従来のフランメより強いスーパーフランメが爆誕すると思うんですよね。語ると長くなってしまうので省きますけど!
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