ハリーポッターと灰色の貴族   作:ヨシフ書記長

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何とか書けました


戦争機械

金曜日の朝食の席。大広間には焼き立てのトーストやカリカリに焼かれたベーコンの芳香が立ち込めていたが、教職員席の一角だけは、まるで周囲とは異なる時間軸にあるかのような、静謐かつ凍てついた空気が漂っていた。

 

 アントワーヌ・ド・ポッターの前には、ハウスエルフ(屋敷しもべ妖精)たちが持てる技術の粋を集めたであろう、豪華極まりないフランス式の朝食が並んでいた。黄金色のクロワッサン、宝石のように輝くフルーツのテリーヌ、そして繊細なオムレツ。だが、アントワーヌはそれらの一切を無視し、ただ眉間に深い皺を刻んで座っていた。

 

 その顔色は紙のように白く、低血圧特有の不機嫌さが隠しきれない。彼は細く長い指で、漆黒のエスプレッソが注がれたデミタスカップを口元へ運んだ。

 

「アントワーヌ、せっかくの朝食じゃ…。少しでも腹に入れてはどうかの? 皆も心配しておるぞ?」

 

 楽しげにオートミールを掬っていたダンブルドアが声をかけたが、アントワーヌはカップをソーサーに戻すと、わずかに目を細めて、わざとらしいほど深く溜息をついた。

 

「Non……。遠慮しておこう。私の胃袋はまだ開店前でね。彼らの腕を疑ったわけではないが…Malheureusement(残念ながら)、この料理はアルバス、君か他の教授たちにでも回してくれたまえ」

 

 その丁寧で芝居がかった言葉とは裏腹に、エスプレッソを飲み干した彼の瞳は、冬の氷湖のように冷え切っていた。

 

「こんな朝に必要なのは…脳を強制的に覚醒させるカフェインと、慈悲のない冷徹な思考だけだ。今日の授業は、特にそれを必要とするからね…Absolument(絶対に)

 

 アントワーヌの視線が、生徒席でトーストを齧っていたハリー達に向けられた。ハリーがその視線に気づき、動きを止める。

 アントワーヌは無表情のまま、空のデミタスカップを置くと、優雅に、しかし拒絶的に椅子を引いて立ち上がった。まだ食事の時間は十分に残っているはずだが、彼にとっての「朝の儀式」は、その一杯の苦い黒い雫で完結していた。

 

「さて……アルバス、Excusez-moi(失礼するよ)。先に行って準備をさせてもらう。地下の教室を少しばかり『改造』しなければならないのでね」

 彼が去った後の教員席には、手付かずの冷えていくフランス料理と、言い知れぬ不安だけが残された。

 

「……ハリー」

 

 ロンが声を潜めて、震える手でソーセージを指した。

 

「君のおじさん、朝からあんなに不機嫌なんて……今日の授業、マジで命懸けになるんじゃないか?」

 

 ハリーは答えず、ただ去っていくおじさんの背中を見送った。

 


 

 マグル学の教室に足を踏み入れた生徒たちは、一様に息を呑み、入り口で立ち往生した。

 昨日まで並んでいた重厚な机も、座り心地のいい椅子も、すべてが跡形もなく消え去っていたのだ。石畳の床が剥き出しになった広い更地。その中心に、ただ一人……彼が立っていた。

 

 アントワーヌは、いつもの洗練されたスリーピースーツを脱ぎ捨てていた。

 

 代わりに身に纏っているのは、一分の隙もなく整えられた暗色の軍礼服。胸元には、鈍い光を放つ勲章がいくつも並んでいる。深く被った軍帽の庇が影を作り、その下にある瞳は、まるで感情という機能を物理的に切除したかのように冷酷だった。

 

「扉を閉めたまえ、S'il vous plaît(お願いするよ)…。そして、そこで直立して聞くがいい。今日は座って聴くような、安直な講義ではないのでね」

 

 冷たい声が教室の四隅に反響する。ハリーは隣でロンが震えるのを感じた。ハーマイオニーでさえ、教科書を抱きしめたまま顔を強張らせている。

 アントワーヌは教壇の上で、ゆっくりと……獲物を定めるような足取りで歩いた。軍靴の踵が石床を叩く硬質な音が、生徒たちの心拍数を嫌応なしに跳ね上げる。

 

「さて、授業を始めよう」

 

 彼は一度言葉を切り、軍帽の下から生徒一人一人の顔を検品するように眺めた。

 

「さぁ、君たちは……『禁忌の呪文』というものをどれだけ知っているかな?」

 

 教室内を、重苦しい沈黙が支配した。ハリーは喉の奥が渇くのを感じた。昨日までの宇宙への憧憬は……今この瞬間、完全に霧散していた。

 

「アバダ・ケダブラ……。『死の呪文』です」

 

 震える声で答えたのは、ネビル・ロングボトムだった。アントワーヌは教壇の上で、軍帽の庇を指先で僅かに押し上げた。その瞳には、生徒たちを怯えさせることを愉しんでいるような、あるいはその無知を憐れんでいるような、捉えどころのない光が宿っている。アントワーヌはチラリと、怯えるネビルを見ながら口の端を吊り上げた。

 

「『アバダ・ケダブラ』……死の呪文。Très bien(よろしい)、ロングボトム。正解だ……グリフィンドールに十点」

 

 アントワーヌは背後で手を組み、演説をするかのように朗々と、しかし冷ややかに語りだした。

 

「一撃で命を奪い、対抗呪文も存在しない。君たちの世界では、それが『究極の悪』であり、『効率的な死』だと教えられている。…Oui(そう)、確かに強力な呪文だろう。プロテゴ・マキシマでさえ防ぎ切れない、文字通りの必殺だ。だが……」

 

 彼の声色が一段低くなり、教室の空気が凍りついた。

 

「魔法使いが杖を振り、明確な殺意を練り上げ、長い呪文を唱えている間に……。マグルは指先一つの操作で、君たちの城を、伝統を、そしてその血筋を、歴史の藻屑に変える手段を確立した。今日は『魔法』というロマンチックな虚飾を剥ぎ取った、純粋な『殺戮の技術』について教えよう」

 

 アントワーヌは生徒たちを見渡した。

 

「では……他の二つについても触れておこうか。Qui sait?(誰か分かるかね)

 

 教室の沈黙はより深く、冷たくなった。ハーマイオニーがおずおずと、しかし義務感に突き動かされるように手を挙げた。

 

「あ、あとは……『クルーシオ』。苦悶の呪文です。それと、『インペリオ』……服従の呪文です」

Exactement(その通りだ)、マドモアゼル・グレンジャー。グリフィンドールに十点追加だ。肉体を極限の激痛で支配し、あるいは意志そのものを乗っ取る。実に魔法的で、そして……あまりに非効率だ」

 

 アントワーヌは吐き捨てるように言った。

 

「一人の人間を苦しめるために杖を振り続け、一人の人間を操るために神経を研ぎ澄ます。そんなものは『個人の技量』という狭い器の中の話だ。非魔法族の世界では、苦痛も服従も、とっくの昔に『システム』として構築されているのだがね」

 

 彼が杖を無造作に一閃させた。

 更地となった教室の奥の壁に、数体の「練習用人形」が音もなく出現した。それは上級生が防御魔法の訓練に使う、魔法の衝撃を受けると即座に『プロテゴ』の障壁を展開する精巧な自律人形だ。

 

 同時に……アントワーヌの前の空間が歪み、重厚なテーブルが現れた。その上には、鈍い銀色や無機質な黒を纏った、異様な形状の鉄の塊が数多並べられている。

 

「死の呪文が魔法族にあるように、非魔法族にはたった数ミリの弾頭が命を奪う器がある。それこそが――『銃』だ」

 

 アントワーヌは、その中から一挺の拳銃を手に取った。金属が擦れ合うカチリという冷徹な音が、静まり返った教室に鋭く響く。

 

「さて、グレンジャー。博識の君に質問をしようか……。さぁ、答えたまえ。『銃』とは一体何かな?」

 

 指名されたハーマイオニーは、まるで冷たい水を浴びせられたように肩を震わせた。彼女は目の前に並ぶ殺戮の道具を、生理的な嫌悪感を隠せない目で見つめながら、それでも絞り出すように答えた。

 

「それは……火薬の爆発力を利用して、金属の弾丸を高速で打ち出す……マグルの武器です。魔法使いが杖を使うように、マグルはそれを……」

「『杖と同じ』……かね?」

 

 アントワーヌがその言葉を遮った。彼の口角が…残酷なまでに吊り上がる。まるで、患者の誤診を指摘する医師のように。

 

「Non, non, non…。私の教え方が甘かったようだね。これは杖などという高尚な代物ではない。これは、物理法則という名の絶対的な暴力を、誰にでも扱えるようにパッケージ化した『死の自動販売機』だ」

 

 アントワーヌは人形へ向かって横を向いた。狙いをつける、という予備動作すら感じさせないほど自然な動きで、銃口を固定する。

 

「アバダ・ケダブラは選ばれた魔法使いにしか使えない。だが、マグル達は魔法の才能すらないのに、誰でもこれを使えば、人を殺せてしまうのだよ。赤子であっても引き金さえ引ければ、大魔法使いの心臓を止めることができる……。つまりどういう事か……いとも簡単に、大量に、『戦力化』が可能だと言うことだ」

 

アントワーヌは軍帽を深く被り直し、並べられた鉄の塊を、まるで患者のカルテを確認する外科医のような冷徹な手つきでなぞった。

 

「Mesdames et messieurs…瞬きをせずに見ておくがいい。君たちの信じる『魔法の絶対性』が、ただの鉛玉一つにどれほど無様に打ち砕かれるかを……Voilà(見ていてもらおう)

 

 彼は無造作に杖を振った。生徒たちの周囲に、空気の層が歪むような感覚が走る。

 

「一応…君たちには防音呪文をかけてあるが、念のため耳を抑えておきなさい。鼓膜が破れても、ポンフリー夫人の元へ保健室送りになるだけだがね。それも『教育』としては悪くないが……Ce serait dommage(残念なことだがね)

 

 アントワーヌはテーブルから一挺の重厚な拳銃を取り上げた。

 

「これはアメリカ製のコルト・ガバメントだ。1911年から使われている、実に平均的な拳銃と言えるだろう……Un classique(古典的だ)

 

 銃口が自律人形へ向けられる。次の瞬間、乾いた破裂音が教室に響いた。人形の周囲に青白い光の膜――『プロテゴ』が展開され、弾丸を弾き飛ばす。

 

「拳銃程度のエネルギーであれば、君たちの防御魔法でも受け止められるようだ。……では、次はこれだ。ショットガン……ウィンチェスター製だ」

 

 重々しい金属音と共にレバーが引かれる。ズドン、という腹に響く轟音と共に散弾が人形を襲った。プロテゴの膜が激しく波打ったが、まだ防ぎきっている。

 

「ほう…まだ耐えるか。Intéressant(興味深い)。では……次はライフルだ。リー・エンフィールド小銃を使うとしよう。第一次大戦で英国軍が愛用した信頼の置ける道具だ」

 

 アントワーヌが引き金を引くと、鋭い「ダンッ」という音が空気を裂いた。

 一瞬だった。プロテゴの光の膜が火花を散らして破散し、弾丸が人形の胸部を容易く貫通した。背後の石壁に、砕けた人形の破片が飛び散る。

 

「貫通したようだな。……では、次は条件を変えよう。自律人形に『プロテゴ・マキシマ(最大防御)』を展開させた場合は……」

 

 人形が再び立ち上がり、より強固な金色の光を放つ障壁を身に纏った。アントワーヌは満足げに頷くと、短く無機質な銃器を手に取った。

 

「次はマシンピストル……ドイツ製のMP40を使ってみよう。工学的な死の『継続性』を知るには丁度いい」

 

 引き金を引いたままにすると、ダダダダッという激しい連射音が教室を満たした。プロテゴ・マキシマは弾丸を跳ね返し続けたが、連打を浴びるたびに障壁が激しく点滅する。通常の自律人形は、その衝撃の余波だけで蜂の巣のようにボロボロになっていく。

 

「次だ。アサルトライフル……AK47。世界で最も多くの人間を葬った名器だ」

 

 凄まじい連射音。マキシマの障壁は何とか弾を受けきっていたが、その表面には、まるで見えない金槌で叩き続けられたような「ヒビ」が入り始めていた。

 

「最後に――水冷式機関銃」

 

 アントワーヌは、台座に固定された巨大な銃器の前に立った。ガチャン、という重々しいレバーの音が、これまでの銃とは一線を画す破壊の予感を告げる。

 

 彼が引き金を引いた瞬間、これまでとは比較にならない、雷鳴が連続するような咆哮が教室を震わせた。

 銃口から吐き出される白煙が、一瞬で教室を満たしていく。

 硝煙の匂い。鳴り止まない轟音。

 白煙の向こう側で、金色の光が、ガラスが粉々に砕けるような音を立てて弾け飛んだ。

 

 射撃を止めたアントワーヌが、ゆっくりと白煙をかき分ける。

 そこには、もはや人形だったものの残骸すら残っていなかった。ただの木っ端と鉄クズが、床に散らばっているだけだ。

 

「……このように、防御呪文は一の衝撃に対しては確かに効果的だ。しかし、複数の物理的衝撃が秒速数百メートルで連続して当たった場合、魔法という名の薄い膜はすぐに飽和し、崩壊する」

 

 アントワーヌは、まだ熱を帯びた銃身を素手で軽く撫でながら、震える生徒たちを静かに見渡した。

 

「諸君。非魔法族にこれらの物を向けられて、本当に魔法使いが無傷でいられると思うかね? 杖を振り、口を動かすそのコンマ数秒の間に、君たちの体には数百発の鉛が通り抜けている。……これが、君たちの知らない『現実(Réalité)』だ」

 

 硝煙の立ち込める教室は、墓場のような静寂に包まれていた。

 先ほどまでの鼓膜を揺らす轟音の残響が、耳の奥でキーンと不快な音を立てている。生徒たちは、床に散らばった「人形だったもの」の残骸から目を逸らすことができなかった。

 

 ドラコ・マルフォイの顔からは、元から血の気が薄かった顔色が、さらに一滴残らず消え失せていた。彼が誇りとしてきた「純血の魔法使い」という地位が、マグルの鉄屑が吐き出す悪夢によって、ただの肉の塊へと格下げされたからだ。

 震える指先が、無意識に杖を握りしめている。だが、その杖が先ほどの機関銃に対してどれほど無力か、彼は嫌というほど理解させられていた。

 

 ハリーもまた、膝の震えを止めることができなかった。

 おじさんの見せた「死の技術」は、機械的で冷酷な絶望だった。そこには意思の介在する余地などなく、ただ物理的な破壊が連続するだけなのだ。

 

 アントワーヌは、まだ熱を帯びた機関銃の銃身を、愛おしむように、あるいは呪うように見つめた。

 

「魔法界における死の呪文なんて、これらに比べれば優しいものだ。何故かって? ……綺麗に死ねるだろう?」

 

 彼は軍帽を脱ぎ、教卓に置いた。その動作一つ一つが、重い記憶を脱ぎ捨てるかのようだった。

 

「呪文による死は、魂が抜けるだけだ。だが、これを見ろ。砲弾に四肢が吹き飛び、臓物が垂れ流れ、汚泥に消えていく……。そんな死に方はしないだろう、君たちは。魔法という温室に守られてきたのだから」

 

 アントワーヌの瞳が…ふと遠い過去を映し出した。その眼差しは、教室の壁を通り越し、凄惨な戦場を見つめているようだった。

 

「私は第一次世界大戦に従軍した……。1914年、あの頃の私たちは、戦争を冒険か何かだと思っていた。馬に跨り、剣と杖を掲げて英雄になるのだとね。ましてや、私らは魔法使いだ。非魔法族の争いなど……高みの見物で済むと……英雄になれると楽観視していたのさ」

 

 彼は自嘲気味に鼻で笑った。

 

「だが、前線に着いて全てが崩れた。塹壕の中は死体とネズミに埋め尽くされ、毒ガスが肺を焼き、機関銃が人間を刈り取っていく。敵国の魔法使いも兵士として戦場に現れたが……彼らもまた、非魔法族が生み出した戦争機械の前では等しく無力だった。我々は非情な現実という壁を見てしまった……。魔法の盾を張る暇もなく、鉄の雨の餌食になった魔法族は数知れないとも……」

 

 アントワーヌは一歩、生徒たちの方へ歩み寄った。

 

「奢り高ぶった者ほど、呆気なく死んだよ。自らの魔力が、物理法則を凌駕していると信じて疑わなかった連中から順番にね……。さらには塹壕で我々はよくこう口にしていたよ……『どうせ死ぬのなら、死の呪文の方がマシ(Mieux vaut l'Avada Kedavra)』だとね」

 

 彼はゆっくりと、生徒たちの顔を一人一人見つめるように歩き始めた。軍靴が石畳を叩く規則的な音が、葬列の足音のように聞こえる。

 

「私は非魔法族を決して差別はしない。これだけの殺戮の道具を見て、そして自ら経験してもだ。何故か分かるかね? 彼らは自分たち同士……非魔法族同士で……何世紀もの間、より効率的に、より確実に勝利するために殺し合い続けてきたからだ。その飽くなき『向上心』に私は敬意を表する。さらにその果てに……彼らはついに、神の領域に等しい破壊を手にすることになった」

 

 アントワーヌが杖を背後の空間に一振りすると、闇の中から魔導具が起動し、教室の壁面に鮮明な映像が映し出された。

 

 最初は、野原に置かれた無機質なボンベがゆっくりと開かれる映像だった。そこから這い出すように溢れ出た黄色い煙が、足元の草花を、そして逃げ惑う人影を、音もなく飲み込み、地面を死の色で覆い尽くしていく。

 

化学兵器(chemical)。喉を焼き、肺を溶かし、溺れるように死に至らしめ、肌を焼く……毒の風だ。魔法薬が間に合うと思うかね?」

 

 続いて、白黒の写真が次々と切り替わる。全身に正視し難い発疹や壊疽を患い、力なく横たわる人々の姿。

 

生物兵器(biological)。目に見えぬ小さな死神が、杖を振る間もなく君たちの血を腐らせ、細胞を破壊する」

 

 そして、映像は極限の静寂を迎えた。

 

 画面の中央で、一筋の光が爆発したかと思うと、次の瞬間には巨大な火球が膨れ上がり、空を焦がす「キノコ雲」が形成されていった。衝撃波が大地を削り取り、鉄塔が飴細工のように溶け落ちる光景。

 それは、魔法使いが知るいかなる爆発呪文とも次元の違う、絶対的な終焉の象徴だった。

 

「そして……核兵器(atomic)。もはや個人の意志や殺意など必要ない。ボタン一つで、一国を、一つの文明を、数分で地図から消してしまう。彼らが生み出してしまった……悪魔の技術だ…」

 

 アントワーヌは映像を消し、再び静寂が戻った教室で、冷たく言い放った。

 

「彼らは数千年の間……魔法という逃げ道を持たなかった。だからこそ、物理の理を突き詰め、これほどの『死の技術』を完成させたのだ。さて、諸君……」

 

 彼は教壇に置いた軍帽を手に取り、ゆっくりと被り直した。

 

「まだ自分たちが、杖一本でこの世界の主役でいられると……この温室の中にいられると信じているかね? これらの代物がこちらに向けられたとしても……魔法は優位であると言えるかな?」

 

 教室の白煙が晴れ始めた頃、ハリーは自分の手が、かつてないほど激しく震えているのに気づいた。それは自分たちが守ろうとしている世界の「小ささ」を突きつけられたことへの、根源的な戦慄だった。

 

「『国際魔法使い機密保持法』というものが……世の中には確かに存在する……。我々がいくら……秘匿しようとも何時かは彼らに露見するだろう。彼らは宇宙にも行ったのだ、魔法界なんて何時かは見つかってしまうだろう。その時、彼らは……この世界を放っておくかな? Non, je ne crois pas(いいや、私はそうは思わない)

 

 アントワーヌは、庇の影から鋭い眼光を生徒達に放った。

 

「さて……今日、私が諸君に見せたのは、ただの武器ではない。魔法という独りよがりな幻想を打ち砕く『非情な現実』そのものだ。この現実を知らずして、真の魔法使いを名乗る資格はない」

 

 映写機が止まり、教室に完全な闇と沈黙が戻った。しかし、生徒たちの網膜には、あの巨大な光の柱と、崩れ落ちる街の残像が焼き付いて離れなかった。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは、教科書を握りしめる指が白くなるほど力を込めていた。彼女はマグル出身として、歴史の授業で「広島」や「長崎」という名前を聞いたことがあった。知識としては知っていたはずだった。しかし、アントワーヌが突きつけたのは、単なる歴史の年号ではない。魔法という「奇跡」を、ちっぽけな手品へと追い落とす、技術による暴力……そのものだった。

 

(魔法って……なんなの?)

 

 彼女の脳裏で、何世紀もかけて魔法使いたちが積み上げてきた呪文の体系が、核の火に焼かれて一瞬で灰になる光景がリピートされていた。彼女は吐き気を堪えるように、深く頭を垂れた。

 

 一方、スリザリンのテーブルを占める純血主義者たちは、石像のように固まっていた。

 

 いつもなら「マグルの汚らわしい道具だ」と鼻で笑うはずのドラコ・マルフォイは、口を半開きにしたまま、魂が抜けたような顔で更地になった教室の床を見つめていた。彼が幼い頃から父に教え込まれてきた「魔法族の優越性」という金科玉条が、ガラガラと音を立てて崩壊していた。

 

 一人の魔法使いが一生をかけて修練し、ようやく辿り着く強力な魔法。それが、マグルが「効率」を求めた末に生み出した、名もなき兵士がボタンを押すだけの行為に敗北したのだ。その屈辱と、底知れない恐怖が、彼らの傲慢を内側から食い荒らしていた。

 

 ロン・ウィーズリーは、ただただ呆然と、自分の古びた杖を見つめていた。

 

「……なぁ、ハリー」

 

 蚊の鳴くような声だった。

 

「僕たちのやってることって…マッチを針に変えたりって一体、何なんだろう…」

 

 ハリーは答えられなかった。

 おじさんの軍服の襟元で鈍く光る勲章が、あまりに重く、冷たく感じられた。

 

「さて、今日の授業はここまでだ……。今回のマグル学の課題は……ふむ、諸君らが戦争に巻き込まれたらどうするかを纏めてもらおう……。では以上だ……Allez-vous-en(解散)

 

 アントワーヌは教卓の上の書類を無造作にまとめると、一度も振り返ることなく教室を去っていった。その背中は、かつて地獄を見た者だけが持つ、救いようのない孤独を纏っているように見えた。

 


 

授業終わり…

 

 授業の衝撃が冷めやらぬまま、ハリーはアントワーヌの私室の重いオークの扉を叩いた。彼には聞かなければならないことがあった。あの冷酷な授業の裏にある、本当の理由を。

 

入りたまえ(Entrez)

 

 中に入ると、アントワーヌは既に軍服を脱ぎ、いつものスリーピースーツに着替えていた。彼は片目にルーペを嵌め、複雑な構造を持つ金色の懐中時計を分解していたが、ハリーの気配を感じると手を止め、ゆっくりと振り向いた。

 

「何のようだね、ハリー? Je suis occupé(少し手が離せない)。補習を乞うには早すぎるよ」

「……先生。いえ、おじさん」

 

 ハリーは真っ直ぐにアントワーヌを見た。アントワーヌは手を止めながら、ハリーの不安そうな顔をじっと見つめる。

 

「どうして、あんな恐ろしいものを見せたの? ただ怖がらせるためだけじゃない…よね?」

 

 アントワーヌはルーペを外し、ふと皮肉げに笑みを浮かべた。

 

「ハリーは、私が彼らの夢を壊した悪魔に見えるかね? そうかもしれないな(Peut-être)

 

 彼は椅子に深く座り直し、組んだ両手の上に顎を乗せた。その瞳は、朝の不機嫌さとは違う、深く暗い、古井戸のような静けさを湛えていた。

 

「私はね、ハリー……君も知ってる通り、闇の魔法使いとして生きていた過去がある。無論、Un criminel(犯罪者)としてね。悪い友人……ゲラートにそそのかされた訳でもないとも」

 

 アントワーヌの口調は、まるで今日の天気の話をするかのように淡々としていたが、その内容はハリーの背筋を凍らせた。

 

「自ら、協力を願い出たのさ。あの世界大戦に参加した事によってね。私は見たのだよ、ハリー。マグルたちが生み出す『死の工学』の美しさと、それに蹂躙される魔法使いの無様さを…。だから私は、グリンデルバルド()の扉を叩いた。『力』を求めてね」

 

 彼は机の上の、バラバラになった時計の部品を愛おしげに撫でた。

 

「私が今日…彼らに見せたのは、ただの『真実』だ。真実という薬はいつだって苦いものだが……飲まなければ死ぬだけだ。私はもう、無知なまま戦場に立ち、肉片になる若者を見るのは御免なのだよ」

 

さらに、アントワーヌはこう続けた。

 

だが、勘違いしないでくれたまえ(Ne vous méprenez pas)。私は決して、グリンデルバルドのように……非魔法族を恐れ、危険性を唱え、彼らを『管理』する側に回れと、この授業を通して伝えたいわけではない」

 

 アントワーヌは顔を上げ、ハリーの目を真っ直ぐに見つめた。そこには、かつての扇動者の熱狂ではなく、歴史の敗北者だけが知る静かな諦念があった。

 

「あのような思想は、1945年……私が彼に敗れた時点でもう過去の遺物だ。墓場から掘り起こして引き継ごうなどとは微塵も思わんさ。……あの思想は、あの時代に死んだんだ」

 

 彼はふっと息を吐き、自嘲気味に肩をすくめた。

 

「しかしね、ハリー。私は我慢ならないのだよ。魔法使いたちが、マグルを『滑稽な隣人』として、あるいは『守るべき弱者』として見下している、その傲慢さがね」

 

 アントワーヌは杖を振り、空中に浮かんだ古い教科書――これまでの『マグル学』のテキストを弾き飛ばした。

 

「コンセントの仕組み? ラバーダックの用途? 馬鹿げている(Ridicule)。これまでのマグル学は、まるで動物園の猿を観察して喜ぶような代物だった。だが、真実はどうかね?」

 

 彼は先ほどの授業で見せた銃弾の一つを、指先で弾いた。コインのような澄んだ金属音が響く。

 

La vérité(真実)を知らなくてはいけない。彼らの方が、殺戮の効率においては遥かに我々より『進んでいる』という真実を。魔法使いが杖を振って呪文を唱える間に、彼らは月へ行き、原子構造を知り、世界を焼き尽くす術を手に入れた。それを直視せずして…何の共存かね?」

 

 アントワーヌは椅子から立ち上がり、窓の外に広がるホグワーツののどかな風景を見下ろした。

 

「彼らは弱者ではない。敬意を払い、恐れるべき『隣人』だ。私は生徒たちに、その現実を教えたいだけだよ。無知なまま…彼らの作った鉄の雨に打たれることがないようにね」

 

 ハリーは何も言えなかった。

 おじさんの言葉は厳しく、冷たかったが、そこには確かに、不器用で歪んだ形ではあるものの、生徒たちへの「守りたい」という意志が含まれていたからだ。

 

「ね、ねぇ…おじさん…」

 

 ハリーはおずおずと尋ねた。

 

「おじさんを倒した、その人は…一体何者なの?」

 

 その名前が出た瞬間、アントワーヌの背中がピクリと震えた。

 彼はしばらく無言で窓の外を見ていたが、やがて独り言のように呟いた。

 

「彼は…私の時間を止めたのさ。この壊れた時計のようにね…」

 

アントワーヌは窓の外を見つめたまま、遠い地平線に消えた過去を追いかけるように目を細めました。その表情は、先ほどまでの冷徹な教師のものではなく、ただ一人の敗北者のそれでした。

 

「彼の名は、ジェイミー・リンドール……。アルバスの先輩であり、ゲラートやアルバスに次ぐ実力を持った男だった。だが、中身はまるで……そう、救いようのない『子供』のような奴だったよ」

 

アントワーヌは懐かしむように、あるいは忌々しげに鼻を鳴らしました。

 

「私はね、ハリー…。闇の魔法使いとして活動していた時代、何度も彼と交戦した。私の緻密な計算も、完璧な作戦も、彼という不確定要素の前に、ことごとくÉchec(頓挫)させられたのさ。実に、腹立たしいほどに…」

 

彼は机の上に置かれた、時を刻むのをやめた金色の懐中時計を、細い指先でそっとなぞりました。

 

「私やゲラートが『力』と『合理性』で世界を変えようとしていた時、彼はただ……目の前の誰かが泣いているのを放っておけないという…まるで英雄譚の英雄のような…それだけの理由で我々の前に立ちはだかった。Incroyable(信じられん)。そんな青臭い正義感が…世界を動かす軍隊や兵器に勝てると、彼は本気で信じていたのだ」

 

アントワーヌは、ハリーの方へゆっくりと振り返りました。その瞳には、ハリーの奥に眠る「何か」を見透かしているような光が宿っています。

 

「向こう見ずで、お節介で、そして…あまりに眩しすぎた。だから…私は、あの戦場で、彼という太陽に焼かれてしまったのかもしれない」

 

彼は再びルーペを手に取ると、独り言のように付け加えました。

 

「今日、私が君たちに『死の技術』を見せたのは、あの過ちを二度と出さないためでもある。もう世界魔法大戦のような事を見たくないし、その為に犠牲になった者達を愚弄したくないからね」

「おじさん…。その…ジェイミーさんは、今どこにいるんですか?」

 

ハリーの問いに、アントワーヌは答える代わりに、カチリと時計の裏蓋を閉めました。

 

「私の時は、1945年のあの日、あの場所に止まったままなのだよ……C'est tout(ただそれだけだ)。さぁ、もう行きなさい…ハリー。次の授業に遅れてしまうよ?」

 




アントワーヌが制作し、使っている懐中時計(魔導具)設定紹介


クロノス・レギュレーター《刻神の調律機》
見た目は金の懐中時計に見えるが、文字盤にはルーン文字が彫り込まれており、青く光っている。裏蓋や表蓋にも幾何学模様で彫り込まれた魔術理論が記されている。

• 時間静止
周囲、または特定の対象の物理的時間を完全に停止させる。飛来する銃弾や呪文、脈動までもが「静止画」となる。

• 事象の拒絶
既に起きた「結果」を因果律から抹消し、なかったことにする。破壊された物体を無傷の状態へ、負った傷を負う前の状態へ「事実」を書き換える。

• 時間の加速
特定の空間、あるいは自分自身の時間を数倍から数百倍に速める。他者が瞬きをする間に、自分だけが数分間の行動を完結させることが可能。

• 時間の巻き戻し
世界の「状態」を数秒から数分前へ強制的に差し戻す。逆転時計(タイムターナー)のような物理的移動ではなく、物質自体を過去の時点へ再構成する。

チート級の代物ではあるが、非常に不安定なものであるため…何度も使用することはできない。
尚、もう1つ壊れたクロノスレギュレーター(試作品)があり、それは壊れている

その試作品が生まれたのは…

(正式名称:第IV型時間軸干渉演算機――通称『プロジェクト・カエロス』)である。

発明された経緯:第二次世界大戦中、ナチスが欧州全土から拉致・強制的に徴兵した時計職人、魔術理論者、そして「アーネンエルベ」に所属する魔導具研究者たちを動員。ペーネミュンデの秘密研究所にて、V2ロケットの開発と並行して進められた禁忌のプロジェクト。

ナチスは過去へ遡り、歴史を書き換え、千年帝国を成就させる事を目標に作り出されようとした代物。
その計画にゲラート・グリンデルバルドが興味を示した(アリアナ・ダンブルドアの死を変えたかったのでは?)事により、アントワーヌが責任者として任せられた(元々逆転時計についての第一人者であったことも理由の一つ)

今現在持っているのは、戦後アントワーヌが作り出したもの、試作品よりかは安定しているが…それでも不安定なもので間違いない。何度か各国はこの時計をアントワーヌから取り上げようとしたが、アントワーヌの魔力でしか動かない設計のため…出来なかった


元ネタとしたのは、インディージョーンズの運命のダイヤル、ジョジョの奇妙な冒険のスタンドの力等…をモチーフにしてみた
この魔導具を考えたのは呪いの子にも話を広げやすくなるかなって思ったから


皆様、良いお年をお迎え下さい。それでは、感想をお待ちしております。




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