シャムロックグリーンとの初恋   作:松兄

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中学時代 俺と沙知の体育祭

 

 

 時計の針を巻き戻し――6年前。

 

 これは、まだ沙知と康太が中学1年生だった頃の物語。

 

 

 大賀美家の重苦しいしきたりや、周囲の大人たちからの過剰な期待に縛られていた沙知にとって、中学時代は人生がガラリと色づき始めた特別な時期だった。

 

 厳格な両親や祖父母も、沙知の初恋相手。康太が「泥臭いけれど、誰よりも誠実で沙知を命がけで守る人」であることを認め、沙知も家族が認めたために堂々と楽しそうに汗を流す康太の姿を追いかけることができるようになったのだ。

 

 

 そして訪れた、中学校最初の体育祭当日。

 

 晴れ渡る秋空の下、グラウンドは全校生徒の熱気と大歓声に包まれていた。

 

 体育祭の1年生第1種目は、1年生男子選抜リレー。

 

 最終アンカーを務めるのは、後に全中準優勝するサッカー部の未来のエースストライカーになることになる康太だった。

 

 生徒席には、大賀美家の厳しい言いつけを完全に無視して、右手ににメガホンを握りしめた沙知の姿がありました。

 

沙知「康太ーーーー!! 頑張れーーーっ!!」

 

 沙知の喉が張り裂けんばかりの大声援がグラウンドに響き渡る。

 第3走者からバトンを受け取った康太。この時、康太のチームはわずかに2位。

 

 しかし、前を行くトップの選手を見据える康太の目は、肉食獣のように鋭く澄んでいました。

 

康太「シャアアアッ!!」

 

 サッカーで鍛えた爆発的な脚力と美しいフォームでトラックを駆け抜ける康太。

 コーナーをぐんぐん速度を上げながら曲がり、ラストの直線でラストスパートで一気にギアを上げる。

 泥臭いまでの気迫でトップの選手を並ぶ間もなく抜き去り、見事に1位でゴールテープを切り、駆け抜けた。

 

 

沙知「やったぁぁぁっ!  康太すごいよーー!!!」

 

 

 飛び上がって喜ぶ沙知に向かって、息を荒らせながらガッツポーズを作り、弾けるような笑顔で親指を立ててサムズアップしてみせる康太。

 沙知の心臓は、まるで自分の胸の中で跳ねているかのようにドッキドキだった。

 

 

 そして、グラウンドには今度1年生の女子が出て、続いて行われた女子選抜リレー。

 

 沙知もまた、大賀美の娘としてではなく、ただの「一人の生徒」としてクラスのためにバトンを繋ぐ走者として出場していた。

 

 トラックの脇で、誰よりも大きな声を張り上げていたのは康太だった。

 

康太「沙知ーーー!  落ち着いて走れ!  自分を信じろーーーっ!!」

 

 普段のトレーニングで培った声量で送られる康太の応援に、緊張で強張っていた沙知の表情が一気に和らぐ。

 

 バトンを受け取った沙知は、風を切って必死に前を追いかけました。

 

沙知(絶対に勝つ……っ!)

 

 ―――だが、結果は惜しくも3位。

 

 1位には届かず、ゴールした後の沙知は少しだけ膝に手をつき、悔しそうに息を整えていた。

 

 しかし、生徒席に戻りすぐに駆け寄ってきた康太が、自分のことのように誇らしげな笑顔で、大きな手で沙知の頭をクシャクシャと撫で回した。

 

康太「すごかったぞ沙知!  最後まで絶対にあきらめない走り、マジでカッコよかった!」

 

沙知「わわっ、……もう、康太。髪ぐちゃぐちゃになるよ! ……でも、ありがとう」

 

 3位という結果自体は少し悔しかったけれど、沙知の胸の中は不思議と温かい満足感で満たされていた。

 

 

 かつてなら「大賀美の娘が3位など」と周囲の目を気にしていたかもしれない。

 けれど今、こうして汗をかき、泥に汚れながら、大好きな康太に自分の走りを見てもらい、真っ直ぐに褒めてもらえる。

 それだけで、順位なんてどうでもよくなるほど、世界で一番幸せだった。

 

 

 そしてもちろん、それは康太にとっても同じだった。

 

 自分が1位を取れたこと以上に、大好きな沙知が自分の応援に応えて全力で走り抜けてくれたことが、何よりも誇らしく、満足だった。

 

 

 そしてその後も他の学年の種目が終わり、お昼休憩を挟んで体育祭の午後の部、一曲目のブラスバンドの合奏が終わり、グラウンドに鳴り響いたアナウンス。

 

アナウンス『ただ今より、午後の部・第1種目『全学年男子による騎馬戦』を行います!』

 

 

 グラウンドの中央へ一斉に駆け出していく男子生徒たち。

 

 入場と同時に彼らが勢いよく上の体操着を脱ぎ捨てて上裸になると、秋の太陽に照らされた若々しい肉体がズラリと並び、グラウンドの空気が一瞬で「戦場」へと変貌しました。

 

 泥臭い肉弾戦、汗と男の意地がぶつかり合う荒々しくも激しい迫力に、観客席の女子生徒たちからは「キャーッ!」「みんなカッコいいー!」と黄色い大歓声が上がり、ボルテージは最高潮に達していた。

 

 

 けれど、沙知の瞳には、大勢いる男子生徒など一切映っていなかった。

 沙知の視線の先にいたのは、日頃のサッカー部のトレーニングで引き締まった見事な上半身を誇る、大好きな男の子。康太ただ一人だった。

 

沙知「康太ぁあぁああっ!!  負けるなーーーっ!!」

 

 

 騎馬戦がスタートすると同時に、笛の音とともに地響きのような大歓声が上がった。

 

 康太を騎手とする騎馬の周りにも、すぐさま相手チームの騎馬が2機、3機と同時に襲いかかってくる。

 

 沙知は居ても立ってもいられず、観客席の最前列のロープギリギリまで身を乗り出すと、右手のメガホンを口に当てて、自分の喉が枯れるのも忘れるほど必死に声を張り上げた。

 

沙知「康太ーーーっ!!  頑張れ!!  負けるなぁあぁあああっ!!」

 

 グラウンドを包む激しい狂騒と怒号の中。

 

 そして―――、その沙知の必死でまっすぐな大声援は、戦火の真ん中にいた康太の耳へ、まっすぐに届いていた。

 

 「ハッ」と沙知の方を振り返った康太。その瞬間、康太の目つきはガラリと変わった。

 それまでの真剣な表情から、一瞬で「大切な存在(沙知)の前で絶対にダサい姿は見せられない」という肉食獣のような野生のスイッチが入る。

 

康太「 沙知が見てんだよ……負けてまるかぁぁぁっっ!!

 

 

 ―――咆哮一閃。

 

 

 康太は襲いかかってきた相手騎馬の騎手を泥臭いまでの反射神経ではじき返すと、圧倒的な体幹と腕力で一気に間合いを詰めました。

 

 バッ!!  バサッ!!

 

相手「な、なんだアイツ!?  速すぎ――」

 

相手「ぎゃあああ!  鉢巻き取られたー!?」

 

 まさに無双状態。康太は迫り来る相手の攻撃を紙一重でかわしながら、相手大将や前衛の鉢巻きを容赦なく、そして鮮やかに次々と奪い去り、戦闘不能にしていった。

 

 相手は次々と崩れ去り、相手の意地も、数による連携も、沙知の声援を受けた康太の圧倒的なパワーとスピードの前には何の役にも立たなかった。

 

沙知「カッコいい……っ」

 

 グラウンドの真ん中で、奪い取った何本もの鉢巻きを手に持ち、上裸の胸を大きく上下させながら「どうだ!!」と言わんばかりにガッツポーズを決める康太。

 

 午後一番の太陽の光を浴びて汗を輝かせるその泥臭くも雄々しい背中に、沙知は言葉を失っていた。

 

沙知(……カッコいい。康太、すごく……カッコいい……っ)

 

 

 ドクン、ドクン と、自分の胸の鼓動がうるさいほど跳ね上がる沙知。周囲のクラスメイトや先輩の女子たちが、「康太くんすごーい!」「あの子運動神経ヤバくない!?」と騒ぎ立てる。

 

 そんな中、沙知は真っ赤になった顔を両手で覆いながら、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて康太から目を離せなくなっていた。

 

 

 自分の声に応えて、あんなに圧倒的でカッコいい姿を見せてくれた。

 その事実だけで、胸の奥が甘い熱でいっぱいになっていくのを感じていたのだ。

 

 試合が終わり、脱いだ体操着を着直して、汗を拭いながら沙知の元へ駆け寄ってきた康太。

 

康太「どうだ沙知、見たか!」

 

 照れくさそうに、でも誇らしげに笑う康太に、沙知は顔を真っ赤にしたまま、満開の花が咲いたような笑顔でコックリと頷くのでした。

 

沙知「ああ、世界で一番……カッコよかったよ、康太!!」

 

康太「サンキュー!」

 

 

 

 そして―――、体育祭最後の競技。部活動対抗リレーが始まる。

 

 沙知は部活には入ってないので参加しないが、康太はサッカー部として出る。

 

 そして競技が始まると、右手にメガホン。左手にポンポンを持って応援態勢の沙知。声を張り上げる。

 

沙知「康太ーーーっ!!  サッカー部頑張れーーーーッ!!」

 

 声を張り上げる沙知のメガホン越しの声援に、第4走者として控える康太はトラック脇でガッツポーズを作り、頼もしく「任せとけ!」と応えてみせました。

 

 1走者、2走者と見事なバトンパスでトラックを駆け抜け、専門職である陸上部とミリ単位の完全な互角の戦いを繰り広げる。

 

 しかし、バックストレートから猛烈な追い上げを見せて後ろから迫るのは、驚異の筋力を誇る野球部―――。

 

 さらにそのトップ3組を完全に射程範囲にとらえ、コーナーの隙をいつでも突ける位置で冷徹に機を伺うバスケ部―――。

 

 グラウンドは各部活のプライドと意地が激突する、まさに一歩も引けない大混戦状態となっていた。

 

 

雪人「うおおお!  渡したぞ康太ぁぁぁ!!」

 

 大混戦のまま突入したアンカーゾーン。サッカー部の第3走者である雪人が泥臭く滑り込みながら、ついにバトンが康太へと渡された。

 

康太「おっしゃああああっ!!!」

 

 バトンを受け取った瞬間、康太の体に爆発的なエンジンがかかった。

 午前中の競走、午後の騎馬戦でさらに研ぎ澄まされた康太の脚力が、秋のトラックを切り裂くように一気に加速する。

 

 

 生徒席では、沙知が身を乗り出すようにして叫んだ。

 

沙知「いけぇぇぇーーーっ!  康太、け散らせーーーっ!!」

 

 沙知の声援が背中を押す最高のブーストとなり、康太はコーナーで粘る陸上部のアンカーをアウトコースから豪快に捲り上げる。

 

 後ろから迫る野球部とバスケ部の追撃を一瞬で引き離した。

 

康太「見たかぁぁぁ!! これがサッカー部(と、沙知の応援)の力だぁぁぁ!!」

 

 

 圧倒的なスピードと気迫で最後の直線をごぼう抜きにし、見事トップでゴールテープへと飛び込んだ康太!

 

沙知「やったぁぁぁぁっ! 康太あぁあああっっ!!」

 

 跳び上がってポンポンを振り回し、満開の花が咲いたようなとびきりの笑顔で大爆笑しながら喜ぶ沙知。

 

 ゴール後、肩で息をしながら沙知の方を振り向き、これでもかとばかりにガッツポーズを決める康太の爽やかな姿に、全校生徒の大歓声と、見に来ていた全校生徒の家族の拍手が重なり合っていた。

 

 

 そしてこの体育祭は、康太と沙知のいる青組が総合優勝したのだった。

 

 ― つづく ―




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