雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
3人は長い礼拝堂の階段を戻り、ゲストハウスに帰るところだった。
ゲストハウスの入り口は開いていたが、ロビーの電気は消されていて、誰もいない。
上の階にいるいとこ達はもうすっかり寝入った後。電気がついているのは使用人室だけで、玄関も廊下も真っ暗だ。
3人はそれぞれの部屋に戻ってから喋るのも気が引けるということで、一階のロビーで少しの休憩をしていた。
「はぁ。今日はなかなか疲れたね……」
「ほんとね。まさかこんなことがあるだなんて」
その時、ロビーの奥の廊下の扉が開いた。そこから現れたのは大柄な男、郷田だった。
夜遅くに行動する3人を不審がるような顔をしていた。
「どうもこんばんは、皆様方。こんな遅くまでどうされましたか」
「ええ、ちょっとした用事で。お気になさらないでください」
猫を被り、淑やかに笑うヱリカ。何か言いたげな目で見つめてくる雄星を睨みつけて黙らせた。
「飲み物でもお淹れ致しましょうか?」
「こんな遅くまでお疲れ様です。人数分、温かいお茶か何かを頂けますか?」
「承知致しました。すぐにお持ちいたします」
下がっていく郷田の後ろ姿を、ヱリカはずっと見つめていた。
「ヱリカさんが謎を解いてくれてなかったら、恐ろしいことが起こってたかもしれないね……」
肩肘をついたまま、何かを考え込んでいる様子の彼女。雄星がそう言ったところで、素早く振り向いた。
指差された雄星は、小さく首を傾げてその言葉を待った。
「私がお助けするつもりだったのは我が主だけで、あんたはおまけなんですから。それに、地下では私のことを呼び捨てにしてくれましたね。我が主以外にそれを許した覚えはありませんから」
「ごめんごめん。ほんとに助かったよ。ありがとうね、ヱリカさん」
「ふん」
つんとした顔でそっぽを向くヱリカ。梨花も雄星も、彼女の性格に慣れて来た頃。今更、その言い方についてどうこう言ったりはしなかった。
そうこうしているうちに、郷田が飲み物を持ってきた。3人は彼に感謝を伝えて、カップに口をつけた。
「にしても、だいぶ濡れちゃったわね。このまま寝たくはないけれど……着替えとかあるのかしら」
「着替えでしたら、それぞれの部屋に用意してくれていると仰っていました」
すかさず返答するヱリカ。
「あら、それは助かるわね。このまま寝るわけにもいかないし」
「それぞれの客室にシャワーもあるみたいだし、シャワーを浴びたらすぐ寝よう。それじゃあまた明日ね、ヱリカさん」
と、梨花と雄星がロビーを去ろうとしたところ、ヱリカは戸惑いの声と共に立ち上がった。
「えっ、我が主。もしかして、この男と同じ部屋なのですかっ!?」
「この男じゃなくて雄星ね」
「……はい。お二人は、同室でお休みになられると?」
「ええ。今さらよ。同じ部屋で寝るのなんて、一度二度の話じゃないわよ?」
「ツインらしいから、安心してくれていいよ」
「あら。私はダブルでも良かったのだけれど?」
挑発的な笑みを浮かべて、雄星を揶揄う梨花。ヱリカも、人を殺せそうなほど鋭い視線で雄星を睨みつけた。
「もう、梨花……。ヱリカさん、変な話を聞かせてごめんね」
ヱリカの目がすっと細くなる。彼がその視線に目を合わせると、何かを探るように、じーっと見つめられる。
少しした後、彼女は興味を失ったように目線を外して、笑みを浮かべて梨花の方を向いた。
「でしたら、シャワーはどうなさるのですか」
「一つしかないけど、交代で入るわよ」
「それでは時間がかかります。我が主、私の部屋のものをお使いください」
「別に気にしなくていいわ」
「私が気にします」
即答だった。ヱリカは強い意志のこもった目で、梨花の目を見据えていた。
「我が主が待たされることなど、あってはなりません」
雄星が苦笑する。
「俺は待つの平気だし、梨花が先に入ってくれれば──」
「静かに。貴方は黙っていてください」
ぴしゃりと言い切る。梨花は呆れたような声で、肩をすくめた。
「……はぁ。そこまで言うなら、お言葉に甘えようかしら」
ヱリカはほっと小さく息を吐いた。
「はい!では、ご案内させていただきますね。こちらですっ」
るんるんと軽やかな足取りで2階へと向かうヱリカ。
雄星と梨花は目を見合わせて、変わった友人だ、と意志を通わせた。
頭から熱いシャワーを浴びながら、雄星は目を閉じていた。
彼が考えることは、今日という奇妙な1日のことだった。
伊豆諸島への旅行中、静岡の港からの船に乗ったところまでは順調だった。
船が出航する時は穏やかな空模様だったというのに、沖に出てからの突然の嵐。まさか船が座礁して、命からがら逃げ出すことになるなどとは、彼には想像もつかなかった。
そして、避難ボートに乗って彷徨う道すがら、同じく遭難している女の子を助けた。彼女は意識を失う瀬戸際だった。
凍てつく寒さの中で、彼は遠い昔のことを思い出した。
それから、たまたま流れ着いた大富豪一族の邸宅に避難させてもらうことになって、そこでは"魔女"からの挑戦状が届いた。
それをヱリカはものの数時間で解いてしまって、連れられるままに黄金の在処へと辿り着いた。
梨花と雄星は、付いていっただけに過ぎないといえど、今ではこの島の謎解きの当事者の1人になった。
礼拝堂の隠し入り口はまだ開かれたままだ。外が明るくなるころに誰かが散歩でもすれば、誰かが入ったことは必ず明るみになる。
彼は、決してやましいことはしていないつもりだった。黄金も現金も貰っていない。
だが、面倒なことに関わったのは事実。出来れば、このまま何事も起こらずに島を出ていきたいところだった。
考えているうちに、シャワーは終わった。
彼はシャワールームを出た。用意されていた寝巻きに着替えて、寝る準備は万端。
電気を消したままの暗い寝室には、彼一人。まだ梨花は帰ってきていないようだった。
「ま、先に寝ようかな……」
誰に言うでもなく、呟いた。
梨花の帰りを待って、話してから寝ようとも思っていたが、いつ帰るかはわからない。話したい気分なら、きっと起こしてくるだろう。その時に今日の話でもすればいい。
雄星はそんな風に考えた。
暗闇の中、一歩一歩を確かめるように、ゆっくりとベッドに向かった。
そして、毛布をめくってベッドに入ろうとした。そこで、不思議なことに気づいた。
「あれ?……もう、戻ってたんだ」
「うん」
そのベッドの中には、すでに先客がいた。小さな声で返事が返ってきた。
「今日はお疲れさま。疲れてない?」
「とっても疲れたわ」
「……だよね。さ、早く寝よう。朝ごはんにはきっと起こしてくれると思うけど、ちゃんと身支度をしてかなくちゃいけないからね」
「そうね」
雄星は、もう一つのベッドの中に入った。そして、目を閉じた。すぐに微睡の中に落ちる。
「ねぇ」
暗闇の中、掛け布団が動いた。
ほんのりと火照った少女の顔が、雄星をじっと見つめていた。
「どうかした?」
「……今日は、何もしないの?」
ほんの少し、震えが混じった声だった。
雄星はその顔を見て、小さくため息をついた。
「あのさ。女の子が年頃の男にそういうこと言うもんじゃないよ」
その少女は一瞬顔を歪めてから、顔を背けた。
「君、ヱリカさんだよね。部屋間違ったの?」
「……もし、間違えたのがあんただったら?」
そこにいたのは梨花ではなく、髪の毛を下ろしたヱリカだった。
「梨花が帰ってくるのを待つよ」
忌々しげに舌打ちをして、息を吐いた。
「ちっ……舐めた真似をしてくれます」
「声も違うしね。君がどこまで梨花のふりをするのかは、試したくなったけど」
「……結構なご趣味ですね」
「梨花とはもう10年来の付き合いだからね。暗闇だからって間違えたりはしないよ」
「ふーん、そうですか。聞いてもいない惚気話、ご苦労様です」
「これが愛のなせる技ってやつだよ」
そこで、ヱリカの表情が変わった。
おどけて言ったその言葉が、ヱリカの心の何かに触れたのが、雄星には分かった。
「愛……あんたの言うその言葉、反吐が出ます」
暗闇の中でもわかる無表情。苛立ったような言い方で呟く。
雄星は、ヱリカのその顔を見て、眠気が覚めた。
梨花が自分と仲良くするところを見て、今日一日中、苛立っていたのだろう。そう思うと、胸の内に少しの申し訳なさも湧いてきた。
「今日のことで気分を悪くしたなら、代わりに謝るよ。でも君も、いくら俺を嵌めるためでもこんなことしちゃダメだよ。自分を大切に──」
説教を垂れようとした雄星の言葉を遮って、ヱリカが口を開いた。
「愛など、無責任な言葉です。愛なんてものがあるからこそ、ありもしないものが見える。真実として証明できないもの以外、存在する価値などないんです」
ヱリカの独白に、雄星は暫し言葉を失った。彼女のその言葉は自分や梨花だけに向けられたものではなくて、この世界への絶望のように聞こえたからだった。
「……確かに、永遠に続く愛の証明っていうのは出来ない。それでも、その時の自分が誰を大事に思ってるかくらいは分かる。それを誰かに伝えることもできる」
「所詮、"その時”でしょう?」
ヱリカは冷たく言い切る。
「明日には変わるかもしれない。裏切るかもしれない。状況が変われば、簡単に崩れるものの、どこが信頼に値するんですか?」
「君は、変わってしまう可能性があるものは全部無意味だって言いたいの?」
「当然です。保証もない。永続性もない。第三者が検証もできない。そんな曖昧な概念を振りかざして、人を縛ったり傷つけたりする。滑稽極まりないです」
「でも──」
「あんたたちが気安く使うその言葉で誰かが傷つくことも、裏切られることもある。分かってるんですか?」
「それくらいは俺もわかってるつもりだよ……」
ヱリカの言葉には心当たりがあるのか、雄星は曖昧に返すだけだった。
「ふん、どうだか。軽薄なあんたじゃ、気がつかないうちにたくさんの人を傷つけてると思いますけど」
「確かに、人を傷つけることもあるかもしれない。だけど……人を救うことだってあると、思うんだ」
「……」
ヱリカは沈黙を貫いた。
「友達と過ごすことで、悲しい気持ちが晴れることもある。その愛や信頼が、永遠に続くものでなくとも、その瞬間の感情の変化は本当なんじゃないかな」
「……くだらない感情論に過ぎません。あんたがそう思いたいだけです」
ヱリカは苦虫を噛み潰した顔をした。
彼女にはあまり友達がいないのかもしれない、と雄星は思った。少し気の毒に思えて、付け足した。
「少なくとも、俺はヱリカさんと友達になりたいなって思うよ」
「はぁ?何言ってんですか。私はあんたとお友達になんて──」
「ヱリカさんって、結構面白い人だし。ほっとけないっていうか……俺のことを嫌ってなければさらにいいんだけどね」
雄星はそこまで言って、ヱリカから目を離した。天井を見て、ぼーっと彼女のことについて考えた。
ヱリカはそんな彼の横顔を見て、言葉を探した。
「……もういいです。感情論だけのあんたと話しても時間の無駄のようなので、私は帰ります」
小さな声でそう言うと、ヱリカはベッドから起き上がった。軋む音が鳴り、ベッドが揺れる。
雄星は彼女の方へと目を向けて、そこで初めてその格好に気づいた。彼女は寝巻きの下に水着を着ただけの薄着でベッドの中にいたのだった。
「おい、なんて格好でイタズラしに来たんだよ……」
雄星は慌てて目を逸らす。
「何見てんですか。気色悪い」
「口悪いな、君……部屋、遠いでしょ。これ持って行きなよ」
雄星はベッドから体を起こした。手の届くところにあったブランケットを拾い上げて、ヱリカに差し出す。
「ちっ、余計なお世話です。施しを頼んだ覚えはありませんけど」
大きな舌打ちをして、ヱリカはブランケットを乱暴に奪い取る。
「今日は寒いからね。あったかくして寝なよ」
「……あんたって、本当に馬鹿ですね。あんたみたいな浅慮な人間、見たことないです」
そう言いながらも、ヱリカは肩にかけた布を握りしめていた。
雄星は何も返事は返さず、ただ目を閉じた。
少ししてから扉が開いて、ヱリカの足音が遠ざかる。
それを聞いた雄星は安心した心地で深呼吸をした。今度こそ、本当に眠った。
私事ですが、今年限定の九羽鳥庵に行って参りました。
ファンにとっては素晴らしい場所なので、興味ある方は是非行ってみてください。